2019年11月22日以前の住職のつぶやき

●2019年11月22日●
違和感が大切だと改めて感じた。

葬儀に向かう車を運転しながら、「なんで、こんなことをしなければならないのだろう」と感じていた。

人間界では、「それは仕事だから、仕方ないだろう」で済ませている。
しかし、阿弥陀さんは、許さない。
「それが、お前の生きる意味とどう関係しているのか」と問い詰めてくる。

この違和感は、その問いから引き起こされてきた違和感だ。

〈真実教〉は、「いつでも・どこでも・だれでも」だから、いつでも究極の生きる意味と関係していなければならない。
運転中は、無関係というわけにはいかない。

「大いなる無意味」、つまり、「何の役にもたたないということ」に〈意味の病〉が解体されなければならない。

「大いなる無意味」だけが、救いだ。

その違和感は、「それでいいのか」と問いかける阿弥陀さんのご催促だった。

何かの役に立ちたいとか、何かの意味を得たいという姑息な煩悩をうっちゃってしまわなければならない。
そして、宇宙に〈いのち〉が誕生した「存在の零度」に帰らなければならない。帰れなければならない。
●2019年11月11日●
連続5日間の法話ツアーが、昨日終了した。
秋葉原親鸞講座から始まり、三条別院の報恩講、最後に茨城県日立市の光円寺だ。
さすがに、身体に疲れが溜まっていたようだ。
「身を粉にしても報ずべし」と言われても、凡夫には難しい。
 ただ「説法は聴聞なり」なので、聴聞するためには説法をしなければならないとよくわかった。話し手は阿弥陀さん。私は聞き手に徹した。
 だから話がよかったかどうかは、凡夫の私が云々できる立場にない。話をすることは、言葉を発しなければならない。無理にでも発しなければならない。そうすると、いままで曖昧だったことが、「こういうことだったの!」とさらに深く教えられてくる。無理にでも発しなければ、曖昧なままだ。これはトンネルを掘るために、最前線で掘削する掘削作業と同じだ。放っておけばトンネルは完成しない。そのためには掘削作業が欠かせない。 「いのちの背景をいただく」「いまは三十八億年の最先端」「三十八億年かかった上でのおっしこか」「おのおの十余ヶ国のさかいを超えて~は、人生の行方を問うこと」「百千万劫を背景としたいま」「問うのは絶望、問われるのが解放」「一回限りの〈いま〉を当たり前と見る堕落」「そこに阿弥陀さんがいるか」「念仏とは溜め息なり」「阿弥陀さんにまかせて生まれてきた身体」「それはいかなる意味空間で感じていることか」「天皇と呼ばれる煩悩具足の凡夫がいる」「真宗門徒としての条件をすべて剥奪される」「何があっても〈一人一世界〉内部の出来事だ」「何のために生きるのかの答えが『この世は私一人を教育する阿弥陀さんの学校なり』だ」そして「阿弥陀さんのためにこそ生きてやれだ」「人生に目的がなくなると、あらゆる瞬間が目的になって下さる」「母の背中は尊い、しかしお腹は醜い」「全宇宙を動かしている阿弥陀さんの馬鹿力」藤原正遠先生の「生きるものは行かしめたもう 死ぬるものは死なしめたもう 我に手のなし 南無阿弥陀仏」だ。「差別は分かっても、どういう状態が差別を超えた状態かが分からない」「真宗門徒内的日本人か日本人内的真宗門徒か。どっちだ」「究極的アイデンティティをどこに置いているか」「人間界は植松を有罪だというが、阿弥陀さんは無罪だという」「阿弥陀さんに悪人よと呼ばれた善人は柔和忍辱の人間となる」「あらゆる人間は被害者として誕生する」「人間は生まれた途端に死んでいる」「阿弥陀さんに一生問われることの幸せ」「答えがあったら絶望だ」「自力の罪は死ぬまで永続する」「真の平等は如来回向の信心で成り立つ」「一世界全人類包摂世界観は危ない。〈一人一世界〉の覚醒以外にない」「私と対面する、あらゆる人間の向こう側には阿弥陀さんがいる」「阿弥陀さんが生み、阿弥陀さんが引き取る」「自分の名前を自分で付けた人間はいない。本名は南無阿弥陀仏」「魔郷という人間界を超えん」「仏法を食べているひとは、激昂しても柔和忍辱だ」
 いま振り返ってみると、以上のようなコトダマたちが御利益として与えられている。人間界の喜びは一過性で空しい。ただただ聴聞以外の喜びはないなあと、いま感じている。
●2019年11月09日●
生まれて初めて、「今日」という日を迎えた。
記憶にある「昨日」という日々は、すでに過去のことだ。
間違いなく確認できた、地球上に誕生して、初めての日。
それが「今日」だ。
私が「今日」を迎えることは、宇宙的な規模の出来事である。
そんな大事件が起こっているのか!と驚愕するのみだ。
これが〈ほんとう〉ということか!
親鸞は「真実」という言葉を321回使用している。
親鸞が直感していた「真実」とは、この〈ほんとう〉のことだろう。
「真実」という言葉は、人間が理解することを完全に拒否している言葉だ。
だから、「真実」という文字はあるが、内容は人間には把握できない。
把握できないで不満な人間と、把握できないで幸せな人間とがいるだけ。
所詮、「真実」は「不思議」なものだ。
親鸞は「仏智不思議を信ずれば」とか「仏智の不思議を疑えば」と言っているのは、そのことだ。
信じようが疑おうが、ただ、ただ、「不思議」だ。
「不思議」に頭が下がった人間と、「不思議」を疑う人間がいるだけだ。

●2019年11月04日●
阿弥陀さんは無時間
「時間」は人間だけにある

 阿弥陀さんは永遠だから、無時間だ。しかし、人間には「時間」がある。「時間」という観念は人間だけにある。
 その「時間」という秤の上に自分の人生を置いてしまう。
「昔はこうだった」という観念を過去と呼び、「やがてこうなるだろう」という観念を未来と名づけた。それもこれも幻想だが、人間だからそう考えざるを得ない。
 ただそれは〈ほんとう〉じゃないと、阿弥陀さんから教えられている。
〈ほんとう〉はそんななことじゃないぞと教えられる。それでは〈ほんとう〉はどこにあるかと探しても、人間には見つからない。人間に見つかってしまったら、それは〈ほんとう〉ではないから。もっと言えば〈ほんとう〉の力が消え失せてしまうから。
 「鶴の恩返し」という昔話で、見てはいけないと言われていたものを見てしまい、すべてを失う男の話が面白い。
 あれと同じだ。〈ほんとう〉を見たいのだ。見たくし仕方ないのだ。しかし〈ほんとう〉を見てしまったら、〈ほんとう〉は逃げて言ってしまう。それは〈ほんとう〉自身の優しさだ。もし〈ほんとう〉を見てしまったら、〈ほんとう〉から受け取る利益を失ってしまうからだ。
 だから「時間」は幻想だと知りつつ、あたかもそれが本当であるかるかのようなふりをしながら生きているしかない。〈ほんとう〉のことは無時間なのだ。永遠なのだ。
 阿弥陀さんは十劫正覚だと言うけれど、それは〈ほんとう〉のことなのだ。
無時間の世界を暗示しているのだ。
 それにどこかで触れることだけが救いである。
「時間」からの解放は、「無時間」が〈ほんとう〉だと知らされること以外にない。

 かつて私も「時間」が本当のことだと錯覚していて、回心を体験のように考えていた。「ひとたびの回心」を自分はしたのかしないのかと考えていた。つまり、今はまだ回心していない。しかしやがて回心できるだろう。そうやって聴聞生活をしてくると、どこかで回心らしき体験をする。するとあの時は回心していなかったが、今は回心したと自分で自分を納得させることになる。
 いまではそれが間違った観念だと教えられ。
「回心」とは、自分が人生の主人公だと思っていたものが客人にさせられることだった。というか、これはもともとそうだったという話だ。三十八億年前から、そうやって人間として生みだされてきたのに、それを忘れていたのだ。
 そうやってひっくり返されてみると、「回心」などは必要なかったのだ。「回心」を体験という傲慢から救い出さなければならない。
 もし「回心」を体験と考えてしまうと、「回心後」の自分とは、「信心をいただいた傲慢の徒」と堕す。それは龍樹が言うように「菩薩の死」でしかない。
●2019年11月01日●
手紙を書く、それは当面、相手を思って書く。
しかし、その先には阿弥陀さんがある。

つまり、相手を予想して書いているんだが、究極は、その向こうにある阿弥陀さんに向かって描いている。

こんなこと書いてどうかなとか自己内省をしながら書くのだが、そうやって書いてしまったものは、阿弥陀さんに向かって表白されたものだ。

仕事も、そう。当面の相手はあるが、その向こうには、阿弥陀さんがいる。

その仕事の結果は、阿弥陀さんに向かって差し出されたものだ。

全人生は、阿弥陀さんに向かって投げ出された、奉仕人生となる。
阿弥陀さんに養育され、阿弥陀さんのなすがままにされてきた人生。だから、人生のゆくえも阿弥陀さんまかせ。

一歩も阿弥陀さんから、抜け出ることはできない。

一ミリも抜け出せない。
阿弥陀さんが人生の主人公。
私は客だから、仕方ない。
言いなりだ。

先日、やまゆり園の植松君は、「無罪」だと述べて、ある聴聞者に衝撃を与えてしまった。あれほど酷いことをした人間が「有罪」であるはずがないと思ってきたからだ。
この問題を解くには、「意味空間論」に立たなければ解けない。
まず第1の意味空間は、「私が植松をどう見るか」という意味空間。そして第2には「人間社会は植松をどう見るか」という意味空間。第3は「植松が植松自身をどう見るか」という意味空間。第4は「阿弥陀さんが植松をどう見るか」という意味空間だ。
第2の意味空間は、分かりやすい。司法が裁く意味空間だから。彼を裁判にかけて、死刑にするかどうするか量刑を決める。また民事で言えば、被害者本人並びに家族に対してどういう賠償・謝罪をするかだ。
さらに、彼を教誨・教育して、彼自身に自らの罪の重さを自覚させる精神的教育システムをどう作るかという問題もある。それを突き詰めていけば第3の意味空間内部で植松自身が自分の行為を内省していくことにもつながるだろう。
しかし、聴聞者は第1の意味空間で、植松を決して許せないという自分があることを感じていたという。彼が「無罪」であることを認められない自分がいたと。
これには共感される人々も多いはずだ。やまゆり園の障害者は、第三者だから、自分と遠くにあると感じているひとには、そうは切実な問題にならない。それが当事者、あるいは当事者家族であった場合には、決して許すことはできない。その聴聞者は、1人称の当事者でもないし2人称の当事者家族でもない。しかし、かといって3人称の、つまり第三者でもない。言わば「2.5人称」の立場で苦しんでいた。
この苦しみを問題にされている人々も多いはずだ。
私にもこの第1の意味空間はあるから、彼を許すことはできないという意見と軌を一にする。ただし、そこに第4の意味空間が介入してくると変化が起きる。

つまり第4の意味空間は、阿弥陀さんが植松をどう見るかだ。この意味空間だと、阿弥陀さんは一切衆生の救いを誓っているのだから、あらゆる存在を無条件に救わなければならない。それこそ「蜎飛蠕動」までを救いの対象としているから、救いは人間に限定していない。そうなってくると、植松もその中の一人ということになり、彼も救われなければならない。もし彼が救われないようであるならば、阿弥陀さんはウソを言っていることになる。このひとは救うけれども、このひとは救わないという限定付きの救いならば、阿弥陀さんは虚言の誓いを語ることになる。
そうなると、植松が救われなければならない。救われるということは、「無罪」になるということだ。
しかし、ここで意味空間の混乱が起こる。第1と第4とが錯綜してしまい、自分の内部で混乱が生じる。聴聞者はそこに立っている。
私は、そこで、第1意味空間と第4意味空間は並列していないと考える。第1意味空間が第4意味空間に包摂されていると考える。並列か包摂かで、「救いの概念」が違ってくる。
植松は阿弥陀さんから見たら「無罪」だ。彼が行った行為は「罪」ではない。親鸞的に言えば「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」(『歎異抄』第13条)だ。そうせざるを得ないような必然性がやってきたならば、どのような行為もしてしまうものなのだという意味だ。
絶対他力の立場であれば、どのような行為もすべてが他力のなせる業であり、それは如来回向の行為だ。
まあそれを言えるのは第4意味空間内部でのことだ。第1や第2では絶対に許すことができない。
ただし、それだけでことは済まない。それは第3意味空間があるからだ。もし植松に第4意味空間が開かれたとしてだが、その場合に第3意味空間が変化するに違いない。第4意味空間が開かれなければ、いくら第2意味空間で教誨・教育したとしても、彼は心底ではこころが改変されてはいない。第4意味空間が開かれたとき、初めて自分自身の行為の「罪」がいったいどういうことだったのかということが自覚される。そこで初めて阿闍世がたどったこころの軌跡を辿るのだ。初めに慙愧が起こる。慙愧が深まると、自分自身を追い詰め自殺願望を生む。もし彼に慙愧のこころが芽生えたら、彼は死刑にしてほしいと願い出るに違いない。そのとき第2意味空間に立つ我々はどうするか。死刑でよしとするか、あるいは死刑を阻止して、生涯罪を償わせるか。まあこれは司法が決めることだから、そこにまかせるしかない。「死刑反対」を主張するひとたちは、死刑阻止に立つだろう。
ここまで「罪」に括弧をつけて書いてきたが、果たして「罪」とはいかなるものなのか。それをもう一度根底から問わなければならない。
いかなる罪を罪とするのか。まだ誰も〈ほんとう〉の「罪」を見たことがないのではないか。
私は第4意味空間が開かれれば、阿闍世の軌跡を辿り、やがて「無根の信」という世界が開かれると思っている。それは阿鼻地獄に落ちてもよしという、「地獄一定」に定まることだ。阿闍世が「罪」に目覚めるときには、仏さんの赦しが切っ掛けとなる。阿闍世に「罪」があるのならば、私にも「罪」があると仏さんは述べる。その「無罪性」の赦しがあって初めて、阿闍世は「罪の自分」と一体化する。そして地獄へ落ちていく決意をする。つまり、植松が慙愧にのたうつとき、仏さんと出遇い。それを通して初めて「罪の自分」と一体化するのだ。大事なことは、「無罪」の赦しを受けて「無罪」になるのではない。そこで初めて「罪の自分」に目覚め、「罪の自分」が誕生するのだ。
〈一切衆生人〉の誕生だ。
親鸞が『教行信証』信巻でこだわったのは、五逆と誹謗正法の問題だった。五逆は第2意味空間での問題。誹謗正法は第4意味空間の問題だ。それが並列するか包摂するか。それは一人一人の決断にかかっている。
第2意味空間での「五逆(行為の罪)」は、第4意味空間の「誹謗正法(存在の罪)」から派生して起こってくる。だから問題は第4意味空間なのだ。つまり宇宙に唯一無二の自己存在と阿弥陀さんとがどのように出遇っているかなのだ。

●2019年10月29日●
「極楽浄土」などという仏教語を使って、我々に、「そっちのほうへ」とこころを動かす。初めから「地獄行き」などという表現であれば、人間は見向きもしないだろう。
だから、「安楽」「安養」「安穏」「妙楽」「虚空」「空」「真如」「実相」「寂静」などの用語を使って、我々をいざなう。「往生」も「成仏」も、みんなそうだ。
仏教語は、「そっちのほうへ」という矢印に過ぎない。しかし、その「そっちのほうへ」という方角がよくはわからない。なぜならば仏教語はすべて「メタファーmetaphor(隠喩)」だから。
「さとりは夢から覚めることだ」などと言われる。夢を見ているときは、夢を見ていることも知らずに、ドキドキハラハラしながら見ている。いやいや、多少は「これは夢だな」とどこかで感じつつもだ。夢から目が覚めたとき初めて、「ああ、あれは夢だったのか」とハッキリと自覚することができる。
しかし、そんなたとえ話を聞いても、「自分は目覚めてはいるけれども、さとりの目から見たら、やっぱり夢の中なんだろうな」と考えてしまう。「夢から覚めるってどんなことだろう」とも考えてしまう。
〈ほんとう〉のことを言えば、人間には夢から目覚めることはない。どこまで行っても夢の中だ。「夢の中だ」という表現も、またまた矛盾している。どうして夢の中にいるのに、それが「夢の中だ」と言いうるのか。
まあそれが覚めるということなのだ。いつかこの夢から覚めるのではないかと期待しているこころは、まだ余裕のあるこころで、まだまだ夢が見たいこころだ。それは貪欲が見せる夢だ。
この「現実」が夢だったらいいのにと思う人もいる。それは「現実」から逃げたいだけなのだ。「現実」から逃げよう逃げようとしている間は、「現実」は逃げ水のように追っかけてくる。しかし、この「現実」が「現実」という幻想だと覚めたとき、いままで「現実」だと思っていた世界が激変する。私には「現実」などというものはない、すべては阿弥陀さんの教材だったと激変する。(そうやって阿弥陀さんをここに登場させて、何事かを完結させようとしている自分がいる)
だから自分が「現実」だと思っている世界全体がメタファーになり、「極楽」とか「浄土」などの言葉が指さしている世界が〈ほんとう〉だと覚める。
「覚める」と聞けば、また「覚めた世界はどんなにいいのか」と夢想する。「覚める」ということの〈ほんとう〉の意味は、「覚めるということはありえない」ということだ。もし目覚めてしまったら、目覚まそうとする阿弥陀さんと縁が切れてしまう。永遠に目覚めないものだから、永遠に目覚まそうとする阿弥陀さんの覚醒作用が必然するのだ。
(これを読んで、「そうか目覚られなくていいのか」と自分を慰めている自分もある)
どうしても人間は、「時間」という幻想をもっているから、「過去・現在・未来」という計量的な時間で、自分自身を当てはめて苦しめる。目覚めていなった自分=過去。目覚める自分=現在。目覚めるだろう自分=未来と。
我々が「現実」だと思っている「時間」すらもメタフアーなのだ。
そうやって、幻想の皮をひとつひとつ剥がされていくことが、阿弥陀さんの御利益なのかもしれない。
●2019年10月28日●
あれよあれよといううちに二日間の報恩講は終了した。

「祭の後の寂しさは、たとえば女でまぎらわし~♪」という吉田拓郎の歌を思い出した。やはり、時間というやつは、「過ぎていく」という幻想と強く結びついている。〈ほんとう〉の時間は、「流れ」ではないのに。時間は流れないのに。そう感じてしまう自分の傲慢さを感じる。
自分は「時間」を知っている。「時間」なんか、みんな知っている。地球はそうやって動いていると思っている傲慢さだ。
ただ、それが「幻想」であることを教えられた喜びだけがある。

少し残っている二日間の疲れが、その痕跡を残して、清々しい。
法話では、「忘恩講」と、まず話した。これは平野修先生の言葉だったのではないかと記憶しているが、間違っているかもしれない。
報恩講とは、親鸞聖人のご命日に門徒が集い、親鸞聖人の遺徳を偲び、御恩に感謝する集いだと「世間」では言われている。まあそれは「正しい報恩講理解」なのだ。それはまあよしとして、それでは、どんな御恩を受けているのかと、自分に問われると、これがまったく不確かになる。
あげつらえば、あれこれ「御恩」らしきものも見えるのだが、そんなちっぽけなことが御恩かと言われそうで、親鸞聖人に面と向かって「有難うございます」と言えない後ろめたさを感じる。
そう感じた平野先生は、「忘恩講」だとおっしゃったのかもしれない。「御恩を忘れているお講」と。しかし、それでもまだ傲慢だなと私は感じた。「忘報」の「忘」は「忘れている」という意味だから、かつては知っていたということだ。知っていたものを忘れたというのだろう。そうすると、かつては御恩を知っていたのかと問い返される。反問性だ。
そうすると、「忘恩講」という言葉も使うことができない。
それでは何かと問うて、向こうから立ち現れてきたものが「背恩講」だ。
「恩に背くお講」という意味だ。そうか、むしろ恩に背いていたのではないか。
そうは思ったのだが、それもまたひっくり返され、傲慢だと教えられた。
なぜならば、恩に背くということは、その恩を知っていなければ背くこともできない。恩を知っているならともかく恩など知らないわけだから、恩に背くことも不可能だ。
となると、どうなるか。
つまり何のために報恩講をするのかという究極の理由は、こちら側から、つまり人間の側から決めることができないということだ。
そうやって報恩講が空ぜられると、ようやく報恩講の本質が見えてきたように感じた。
本質は空洞で、ドーナツの穴と同じだ。その周りだけがいろいろと見える。なんやかんやいいながらやっている日常やら報恩講が見えている。しかし、その本質、つまり〈真実〉は人間には見えない。その周辺しか見えない。
●2019年10月25日●
人間は、未来と言っても、過去の中に未来を見る。
過去以外に、人間には「時間」なし。
未来は見えない。
いまも見えない。

未来は阿弥陀だから。
いまを知覚したときも、それは第二想起で捉えたとき過去となるので、過去以外にない。

死を知らず。故に生も知らず。
ほんとうに生きるとはどういうことかがわからない。

直感で生きているだけだ。
想いの中の自分しか知らない。〈ほんとう〉の自分には会ったことがない。
それは、自分を握りしめる意識からの解放でもある。

阿弥陀さんから、そう教えられる。
●2019年10月22日●
阿弥陀さんを食べて
阿弥陀さんを飲んで
阿弥陀さんを吸って
阿弥陀さんを吐く

これがすべてだ。
今朝は豆腐を食べた。豆腐が私の口に入るまでの「歴史」を思うと、これが果てしない。かい摘んで言えば、豆腐を作っているひと、大豆を育てているひと、そして大豆という豆が地球上に存在してから2019年の現在まで辿ってきた先祖たちの「歴史」。それをもっともっと遡れば、阿弥陀さんにまで行き着いてしまう。
大豆の歴史を、私は究極まで追い詰めることはできない。最後は阿弥陀さんだ。
そうすると、この豆腐は阿弥陀さんだ。
私は阿弥陀さん以外を食べたことがなかった。
こんな不可思議なことがあろうか。
この壮大な宇宙開闢の歴史に、この瞬間に立ち会っているのだ。

今日は天皇即位の日だそうだ。
首都高三宅坂で黒煙が上がったとテレビで報じていた。これはもしや政治的意図かと色めいたが、いまのところ単なる車の事故らしい。事故らしいと聞いて、「なんだ」と思っている自分がいた。
私の深層ではまだ「天皇制」に対峙している思いが隠れていたようだ。それも「共同幻想」だと頭では分かっていても、その底にくすぶっているものがあったらしい。
「教団」も「天皇制」もともに「共同幻想」なのに。
私のいまいる場所は、「方便化身土」だと徹底的に教えてくるものがなければ、火照った頭がクールダウンできない。

●2019年10月17日●
自分が他人のように見え、他人のように扱えたら、どれほど楽なことだろうか。

自分と「自分自身」とを切り離せないことが、あらゆる問題の根っこかもしれない。

その切り離しを、阿弥陀さんが助けてくれる。

どうしても自分と「自分自身」が癒着してしまう。煩悩とは癒着の名人で、その関係をどろどろに溶かしてしまう。

それを何とか剥離させ、切り離しをさせて下さるのが阿弥陀さんの力だ。

阿弥陀さんにおまかせする以外にない。

●2019年10月15日●
「煩悩具足」という言葉の重みは何トンか?
軽く感じるときもまれば、ものすごく重たく感じるときがある。
でも、まだその重さを、本当には量ったこともないのではないか。
恐ろしい言葉だ。

もしかしたら、もともと人間には量ることのできない言葉なのではないか。
「煩悩具足」の一部分だけを見て、「俺はなんという煩悩だらけの存在か」と嘆いてみたり、「みんな煩悩具足の人間ばかりじゃないか」と腹立たしく思ったり、「煩悩具足なんて言っていたら、誰も向上心を起せやしない」などといきり立ってみたり。
それは、みんな「煩悩具足」の一部分だ。
まるごとの「煩悩具足」、根こそぎの「煩悩具足」など、知るよしもない。
蟹は自分の甲羅に見合った穴を掘るという。
それは、そういうことを言い当てたことばではないか。
自分に見合った世界を自分自身で作っては、その世界に反応しているだけだ。
そこには〈ほんとう〉が見えていない。
いや、〈ほんとう〉は人間には見えない。
見えないで「助かっていく世界」なんだな。

●2019年10月13日●
台風19号
たくさんの被災されている方々には、こころよりお見舞い申しあげます。

因速寺には、甚大な被害はありませんのでご安心ください。
しかし、因速寺も昨日の夕方16寺30分には、荒川が氾濫危険水位に近づき、避難勧告が出されました。まだ台風本体が来ていないのに、ここまで水位が上がっているとは。こんなことはいままでの人生で経験したことがなかったので、不安になりました。
町会の班長さんから電話が入り、避難場所は砂町中学校ですとお知らせ下さいました。
速報メールによりますと、建物の3階以上に避難せよとあったので、大事なものを3階まで運び始めました。過去帳やパソコンのハードディスク等、飲料水や薬や電池等。
ネットで荒川の水位や河川カメラを注視していました。
午後8時ころから、台風本体がやってきて、9時には、そうとうな暴風が吹き荒れました。しかし9時15分頃になると、風も止み、雨はあるものの静かになりました。テレビで台風情報を見ながら、荒川の水位が心配ではありましたが、11頃には床に就きました。
今朝6時頃にネットを確認すると、水位も下がっていたので安心しました。また昨日の天気がウソのような、太陽が燦々と照らす晴天が広がっていました。
テレビを付けると、やはりいろいろな河川で氾濫が起こっていました。
地球温暖化ということになると、これからも毎年このような台風災害が起こると思います。亜熱帯の気候風土になった東京の防災をあらためて考えるべきだと思いました。
●2019年10月6日●
10月3日に「無人の会 公開講座」(テーマ:天皇制を超えるための〈意味空間論〉が開催された。講師は西田真因先生で、十数年連続開催されてきた。
 講義の中で先生は、「誓願不思議の信心と名号不思議の信心」の違いを強烈に語られ、「名号不思議の信心」こそが、《天皇制》を生む我々の観念体系だと暗示された。
 歎異抄の著者とされる唯円も歎異抄第11条で、その問題を見間違っていると批判された。「誓願不思議の信心」以外に真実の信心はなく、それを誤解しているのが「名号不思議の信心」だと。それを11条では「誓願の不思議を、むねと信じたてまつれば、名号の不思議も具足して、誓願・名号の不思議ひとつにして、さらにことなることなきなり。」と誤解していると批判された。
 先生の「名号不思議の信心」の理解はこうだ。
「〈名号不思議の信心〉では誓願不思議を憑む念仏ではなく誓願不思議の功徳を頼む念仏となるので、その念仏には念仏者の利己的な意志が加わっており、それは自己を利するための念仏であり、それはいくら念仏に励んだとて、暗い念仏、不安の念仏、したがって疑心暗鬼の念仏である。ここでの名号不思議は名号の中に不思議な功徳を秘めているがゆえにその名号は不思議なのであり、その神秘的な力を具足しているから名号不思議なのだと考えられている。」(『歎異抄論』西田真因著作集第1巻 所収「信仰の問題としての天皇制」法蔵館、2002年5月12日)
「名号」つまり南無阿弥陀仏という記号に万徳が込められているという発想は、「南無妙法蓮華経」にしても、また「南無大師遍照金剛」にしても、「南無釈迦如来」にしても、同じようにある。それは、信仰理論を詳細に述べると時間と手間がかかるから、それらを濃縮ジュースのように煮詰め、モノ・フレーズ化するという発想だ。
 まあ南無阿弥陀仏と他のモノ・フレーズの意味場は違うのだが、それは置いておくとして、モノ・フレーズ化することで、やがて濃縮されたジュースを還元して、その信仰的意味が自覚されるときがくると期待した発想であることは間違いない。つまり、それは極めて「臨床教学的発想」である。
 絶対他力の教えは、人間からの作意や努力を完全に否定するので、「易行」化する。よって、たったの六文字(南無阿弥陀仏)で救いの全体系を暗示する。またそうでなければ絶対他力とは言えない。
 それで唯円は「誓願の不思議によりて、たもちやすく、となえやすき名号を案じいだしたまいて、この名字をとなえんものを、むかえとらんと、御約束あることなれば、まず弥陀の大悲大願の不思議にたすけられまいらせて、生死をいずべしと信じて、念仏のもうさるるも、如来の御はからいなりとおもえば、みずからのはからいまじわらざるがゆえに、本願に相応して、実報土に往生するなり。」と記しているのではないか。
 唯円が、如来回向の信心に開かれたのは、やはり「名号」という記号が救済法則を表現しているものであり、そのおかげであるという感激があってのうえのことではないか。最初に「名号」に接していたときには、まだ如来回向の信心の意味が開示されていなかったが、やがて、その意味が開示された、だから「御約束」という言葉が生まれたのではないか。自分は当初は自覚していなかったが、阿弥陀さんが、私のことを哀れに思い、かねてから約束して下さっていたのだという感謝の表現である。
 西田先生の言うように「名号不思議の信心」という言葉で「名号不思議」を概念化してしまうのは、ちょっと行き過ぎではないかと思った。確かに先生の論理展開で「名号不思議の信心」を「異議」として剔抉すれば、それはそれとして理路は成り立ちうる。しかし、「名号不思議」に、親鸞的にいえば「第20願の信心」を読み込むことができるのだろうかという疑問が残った。
 この問題には唯円も親鸞も気づいていないのだとおっしゃっておられたが、私にはいまひとつ疑問が残るところでもあった。
 ※「モノ・フレーズ」は武田の造語である。ある意味場を表現するには、膨大な説明が必要なので、その意味を凝縮した短い熟語で暗示すること。また暗示されたフレース(熟語・成句)のこと。モノは「mono」(単一の。ひとつの」という意味。
●2019年10月1日●
仏語は問い返しの言葉だ。
たとえば、「浄土」とは、お前はいかなる世界を生きているのかと問う言葉。
また「仏」とは、お前はいかなる存在かと問う言葉。
「本願」とは、お前の本当の願いは何かと問う言葉だ。
それらは、すべて「反問性」だ。仏教語があるから、実体があるように錯覚してはならない。実体はない。すべては私を問うている「反問性」だけ。

 阿弥陀さんの悲愛は、あらゆる苦悩する存在に平等に投げかけられているという。しかし、唯円は「いそぎまいりたきこころなきものを、ことにあわれみたまうなり。」(『歎異抄』第9条)という。
この「ことに」が大事だ。
阿弥陀さんは、あらゆる衆生に向かって平等に悲愛を投げかけておられる。だから、私だけ特別に愛してくれるわけではない。しかし、ここに「ことに」とあることは、特別に愛して下さるのだと強調されている。
これは自覚の言葉である。阿弥陀さんの悲愛の強度の問題ではない。
急いで浄土に往きたいと思うこころのないものを、特に強く阿弥陀さんはあわれに思い、絶対の悲愛を投げかけてくださるのだと。
 なんという都合のよい解釈ではないか。
 阿弥陀さんは、どんなふうに思っているのか、そんなことはどうでもよいという潔い態度でもある。
 「私においては」という受け止めだけがすべてだ。
 
 そのことと関連して、親鸞が末法史観を援用して説くのは、その底に「疑惑」があるからだろうと思った。
 道元は、末法史観を採らない。仏法の法則性は、常住普遍だから、いつでもどこでも平等に流れているのだという。だから正法・像法・末法などは人間が勝手に作った幻想だと言いたいのだろう。そんなことより、ただ修行する気持ちがあるかないかだけだ問題だという。こっちのほうが真っ当だと思える。これこそが仏法だ!と言いたいほどだ。
しかし親鸞は末法史観に乗っかりながら説いていく。
まあ私は親鸞ではないから、ことの真相はわからない。またわかる必要もない。
ただ、気になるのは、この「ことに」という問題だ。
 時代が戦乱やら飢饉やらで「非仏法化」していくことへの歎きの底に、私自身の「疑惑」が関わっている。
 仏法は時間を超越することくらいは親鸞とて知っていたはずだ。それでも敢えて末法史観を採るのは、その底に人間の抱えている「疑惑」があるからだろう。
 阿弥陀さんは超時間であり、平等だが、「私においては」それが「ことに」深く感じられるということだろう。
 非仏法化していくことが、「ことに」阿弥陀さんの悲愛が強まっていくように感ずるということだ。非仏法化の原因を「自己」の内部に見ていく眼だ。そうでなければ、時代の濁りは他人のせいにできる。非仏法化していくのは、あいつが悪いからだ、時代が悪い、社会が悪いと敵を向こうに見てしまう。その矢印が「自己」の内部に向かっているのが親鸞だろう。
 「ことに」という受け止めは「ひとえに親鸞一人がため」(後序)の出来事なのだ。
〈一人一世界〉での出来事なのだ。
※行事予定
次回のブッディーサロンは11月17日(日)16時~
因速寺報恩講は10月26日~27日
無人の会公開講座は10月3日(木)14時~。会場:文京区本郷の求道会館。講師:西田真因先生。テーマ「天皇制を超えるための〈意味空間論〉です。
●2019年9月30日●
5歳の孫から学んだこと。

彼は、いわゆる「幼児の万能感」をもっている。ボールを使った遊びをしていても、とにかく万能感をもっている。つまり、「自分はもともと何でもできるものだ」という万能感だ。だから、難しい遊び方をすると、すぐに拗ねてしまう。やろうとしてもできないからだ。
その態度を見て、私はひるんだ。
まだ5歳なんだから、すべてのことができなくて当たり前だと思っていたからだ。しかし彼はできなきことが当たり前ではない。すべてのことはできて当然と思っている。思いは万能感なのだが、現実はできないことばかり。だから拗ねてしまう。
遊び方を教えてあげると言っても、もはや拗ねて聞いてくれない。
そんな態度に私は当惑した。
まだ5歳なんだからできなくて当たり前だろと言っても通じない。少しずつできるようになればいいんだからなどという言葉も通じない。
ということは、人間というやつは、もともと「自力作善」を本能的にもったまま成長していくということだ。後天的なものではないらしい。
 それで観無量寿経ではお釈迦さんが韋提希に向かって、1からやってごらんと騙し騙し勧めたのかもしれない。もともと人間というやつは「自力作善」でできあがっているものだから、最初から南無阿弥陀仏を与えたんでは、子どもに刃物を渡すようなものだ。
 それで1をやってごらん、それができるようなら2をやってごらんと騙し騙し、南無阿弥陀仏に誘引していったのかもしれない。
 「いずれの行もおよびがたき身」と気づくまで、気長に待たれたのかもしれない。
とても人間には真似のできないことだ。
 
●2019年9月29日●
仏の完成態が菩薩である

一般仏教では、凡夫は煩悩だけで生きるもの、菩薩は、そこから菩提心を発し仏を目指すもの、仏は、その修行が完成したものと言われている。

しかし、〈真実教〉では、最後が違う。仏は目指すべきものではなく、むしろ水泳の選手がターンして戻ってくるのに似ている。仏は留まるべきものではなく、ターンして菩薩に帰ってくる折り返し地点だった。
いままで仏がゴールであり、そこを目指していた眼が逆向きになる。ゴールとしての仏は幻であり、「菩薩の死」だと見た。そして、ターンして戻ってきたら、いま・ここ・わたしが菩薩だった。間違っていけないのは、「私が菩薩」ではなく、「菩薩が私」だったというところ。
菩薩とは未完成態ではなく、完成態だった。
未完成態だと見えてみた眼は、「いま」を否定し、「さあこれから」と、仏をゴールに幻視した眼だった。
完成態だと見えた眼は、「すでにして」という眼だ。もう何も足さない、何も引かない、そこにある、いま・ここ・わたしが完成態だった。
ここより他に自分の生きる場所はなかった。
完成態を生きる眼は、苦の娑婆を「芸術化」する。
「芸術化」とは、一期一会の作品に変えることだ。
あらゆる瞬間、あらゆる行為を、一回限りの芸術作品にする。
芸術作品だから、「ごらんの通り」でしかない。ひとがなんと言おうと、「これはこう」としか表現できない。

●2019年9月26日●
ヘラクレス大かぶと虫の幼虫をいただいた。
小さい水槽の中に腐葉土らしきものが敷きつめられ、その中に幼虫が入っている。時たま、白い肌が水槽から透けて見えるときがあるから、確かに入っているのだろう。
孫にどうかと勧められたので、息子に電話したら、「じいちゃんがやってくれるなら、いいよ…」という返事で、私が飼育を引き受けることになってしまった。
聞くと、この秋に成虫になるか、はたまた来夏に成虫になるかは分からないという。もしサナギにならなければ来夏に成虫になるらしいし、もしサナギになれば、この秋に成虫になるらしい。さらにオスともメスとも、未定なので、角があればオス、無ければメスだそうだ。
いまのところの飼育方法は、水槽の蓋にはガーゼの窓があって、そこに霧吹きでシュシュっとやって水槽内の湿度を保ってやれば、あとは何もする必要はないらしい。
もし成虫になってしまったらどうするの?と聞いたら、大きい水槽に移して飼育しますというので、ホームセンターで大きめの水槽を購入して、置いてある。
万が一、成虫になったら、なってしまった段階で、飼育方法をお尋ねするしかない。
いただいたときに、ひとつ注意事項がありますと言われた。
このかぶと虫は外来種なので、万が一逃げてしまったり放されたりすると、日本の生態系に影響を与えるので、それだけは注意して下さいとのことだった。
なんだか、とても大変な代物を預かってしまったようで、気の抜けない日常が始まっている。
いまは、できれば来夏を待って成虫になってくれることを願うのみだ。

●2019年9月25日●
「何かをしなければダメ」はダメ
「何もしなくてよい」というのもダメ
「するかしないか」という意味場から遊離するのが〈真実教〉
人間は、「する動物」だから「する」しか価値を見出さない。その「する」から遊離する。その零度の基点が他力の場所だ。
結局、「する」という関心からは、そこを脱出する出口はない。「無有出離之縁」だ。
してもダメ、しなくてもダメだからだ。
自力のこころが、そこで窒息させられる。
どうしてよいか分からなくなる。

その窒息状態から見えてきたものが、「せしめられてある世界」だった。
そこは絶対受動の世界だった。
絶対受動の世界で呼吸し始めると、もともと自分は絶対受動から始まっていたことに、あらためて気づく。
そして、三十八億年のいのちの最先端に自分の〈いま〉があることに愕然とする。
それが「ただほれぼれと」(歎異抄・第16条)だ。

Eテレの「100分で名著」で大江健三郎の「燃え上がる緑の木」を取り上げていた。
「信仰なきものの祈り」とか「自分よりも相手を先にする」とか、キリスト教のモチーフを底辺にして、それを小説化しているような印象だった。
 しかし、そんな問題は、すでに『歎異抄』が第4条で取り上げている問題だ。
「聖道の慈悲」と「浄土の慈悲」として。
 そして歎異抄は「人間を超えよ」と叫んでいる。人間を超えるべきものが人間の本質だと見ている。人間は人間を超えられないと、最初から決めつける必要はない。
 人間は人間を超えるために、この世に現れたのだ。
 その「超える」が、究極の課題だ。
 それを曇鸞は「門」というメタファーで暗示する。
超えてしまったら、もはや「門」は必要なくなる。「門」が消滅したら門の意味はない。
この世とあの世をつなぐための「門」があって初めて、「超える」ということが成り立つ。「門」が見つかればよいのだ。「門」が見つかれば、超えずして超えるのだ。
 浄土からの視線と穢土からの視線とが交差する場所。それが「門」だ。
●2019年9月24日●
我が内面こそ、原始林。

新生児は、大人の食べ物を食べられない。それは咀嚼するための歯がないとか、ハード面の問題でなく、内臓がまだ未発達だからだそうだ。それは内臓には消化をおこなう腸内細菌やらが、まだ内臓に住み着いていないからだという。だから、外界にいる細菌を徐々に体内に取り込むことで、自分の内臓に住まわせる。その準備ができあがった段階でないと消化ができないらしい。
そう思うと、人間というのは、外界の細菌、つまり「環境」を内部に取り込まないと人体として生きることができないということになる。
考えてみると、「人体」というやつは、もっと自立的に単体の「主体」だけで独立に生きているものだと思っていたが、そんなことはない。「環境」が「主体」を成り立たせていたのだと、あらためて思った。
もっと言えば、「人体」全体が「環境」なのだ。目で見て、皮膚で覆われているほうが「人体」だと考えているだけで、本当は「人体」そのものも「環境」の賜物だ。
そんなことを考えていたとき、「我が内面こそ原始林」というイメージがやってきた。
外界に不可解なものがあるという場合もあるが、もっと切実に自分自身のことに置き直してみれば、自分の内面こそが原始林だった。
つまり、自分の内界こそが不可解そのものなのだ。
一般的には、自分の内界など分かりきっているじゃないかとタカをくくっている。自分のことなど、自分が一番よく知っていると。
どっこい本当のところは、自分の内界こそが不可解そのものだ。
こんな原始林を抱えているのが自分という領域だ。

自分の表層だけを自分だと思って生きているがそうではない。中層も深層もすべての環境を含めて自分なのだ。
●2019年9月22日●
獲れたての鼻クソを見ていて、鼻クソから問いかけかれた。

「あなたは、私を見捨てられるのですね。
いまのいままで、私はあなた自身だったのに。
鼻からほじくりだされて、ポイと捨てられた。
なんだか、もう私は、必要なくなったんですね。
さっきまでは、あなたそのものだったのに。
要らなくなれば、もうあなたは見向きもせずに、非情にも、指先で摘まんで、ゴミのように扱うんですね。
まるで、汚いものでも見るかのように。

分かりました。
あなたは、そういう人だったんですね。
もういいです。
さようなら。
私はあなたに嫌われるゴミと一緒になっていきます。
もういいんです。
言い訳など聞きたくありません。
さようなら。」

そんな声が、鼻クソ、いやいや鼻クソさん。いやいや鼻クソ様から聞こえてきた。

あらためて言う。
人間って、なんという自我中心的な生き物なんだ!

●2019年9月20日●
ある門徒の奥さんがこんなことをおっしゃった。
老齢になる姑が数週間入院し、一時はどうなるかと危ぶんだが、幸いにも退院できたときの話だ。
奥さんが「退院できてよかったですね」と言ったときの姑の返答が、これだ。
「あんた!私が死ねばいいと思ったんだろ!」だ。
奥さんは「そんなことはちっとも思いませんでしたよ。なんて酷いことを言う姑なんだろう」と内心で思ったそうだ。
私も、「それにしても、ひでえ姑だ!鬼だな!」などと奥さんに同情した。なんだかんだと日頃から文句を言われながら、それでも介護を続けている奥さんは素晴しいと思った。
そんなことがあってから数日して。
しかし、ちょっと待てよと思った。
それは、奥さんの内面で、「あんな姑は死ねばよかったのに」と、チラッとも思わなかっただろうかと。百パーセント思わなかったと言い切れるだろうかと。
ほんの少しくらいは、「いいかげんにしてよ」とか「もう顔もみたくない」とか、そんなことを思わなかっただろうか。
そう問い返してみると、やはり、あの姑の吐いた毒言は、〈真実〉を言い当てていたのだ。死ねばよいのにと思ったか、思わなかったかと聞かれれば、はやり思ったのだ。
そういう毒を私自身も抱えていた。
あの姑だけが鬼だと思っていたが、実は私も鬼だった。
それに気づかされてみると、同罪の凡夫が、そこにいただけだ。憎まんでもよい相手を憎み、殺さんでいい相手を殺し、火宅無常の世界を這いつくばっている。
ただ、二人の頭上には、阿弥陀さんだけが、ニコニコと笑いかけておられる。
●2019年9月18日●
二カ月に一回、血圧の薬をもらいに近所の医院に通っている。
その待合室で、近くに座っていたおばあちゃん二人が話していた。
「もうじきお彼岸で、お寺さんが来るからね。いまのうちにここ(病院)へ来たの」
「働いてるときは、何とも思わなかったけど、いまは年金だから、大変よ!!
お茶も何も出さないで下さいとお寺さんから言われたから、何も出さないけどね」
「年金だから、大変よね」
「私は向こうは関係ないというか、うちはどこって(決まった寺は)ないけど…かかるからね…」
「1つと車代だから、大変よ!!」と、指を一本曲げていた。
「前は、(お寺が)お参りに来てたけど、いまは断ったわ。
お寺さんは黙ってもってくだけだから。」

最後の「お寺さんは黙ってもらっていくだけだから」が、もの凄く重たい響きをもって聞こえてきた。
 隣で聞いていて、早く話題が変わってくれないかと願ったいた。万が一、小生の知り合いの年寄りが入ってきて、「住職!」とでも声をかけられたら、たまったもんじゃない。
看護婦さん!早く!「治療室へ入って」と、声をかけてくれ!と願った。
 待っている時間は長かった。
ようやく治療室へと声をかけてくれて、問診が終わり、採血も終わって、再び待合室に帰った。すると、知り合いのおばあちゃんが、「住職!」と声をかけてきた。びっくりして見ると、ごくごく知り合いのひとだった。最初は、誰かわからなかったが、話しているうちにようやく人物が特定できた。89歳にもなると顔が変わってしまうものだと、つくづく思った。世間話をしていたが、例の二人のばあちゃんは、傍にいないだろうかとヒヤヒヤしながら会話をしていた。
 なんだって、こんなにヒヤヒヤするんだ。
 よっぽど坊主は大罪人だと実感した。
 「年金暮らしで、もうお参りは結構です」と言やあいいじゃないか!と思ったが、それも言えず、ずるずると因習に従っている。寺も寺で、「もうそろそろお参りはいいんじゃないですか?」とも聞けず、これもずるずると習慣に従っている。
 そうやってずるずると来たのが、いわゆる「習俗仏教」だ。
 こんなことでは将来どうするのだと叱咤するひともいるが、どうしようもないのだ。
 仏法を喜んでいるひとだけが、「ありがとう」とお布施をくれるわけではない。そんなことをしたら、いまの「習俗仏教」はつぶれてしまうだろう。喜んでいようが喜んでいまいが、そうするより仕方がないということで、ずるずるとやっているのだ。
 まあ日常生活は「ずるずる」が本質かもしれないな。
 理詰めで、日常生活を送っているわけではないから。すべてに理詰めで、目的があるのだと意識的に生きている人間は、おそらくいないだろう。
 やはり「ずるずる」がもっている力も信じなければならないな。
 
●2019年9月15日●
今朝のお朝事の和讃は「五十六億七千万 弥勒菩薩はとしをへん まことの信心うるひとは このたびさとりをひらくべし」だった。
弥勒菩薩とは、「必至補処の菩薩」と言われ、お釈迦さん亡き後、仏処、つまり仏さんの役割を担う菩薩という意味だ。それまでは兜率天にいて、五十億六七千万年後にこの世に現れる菩薩とされている。
それが、「まことの信心うるひとは このたびさとりをひらくべし」だから、〈いま〉真実の信心のひとは、弥勒菩薩と同じ役割を担うというのだ。
これも親鸞の「如是我聞」(親鸞におきては…)という了解だ。親鸞とて、弥勒菩薩に会ったことも、ましてお釈迦さんに会ったこともない。だから、そうに違いないと親鸞の内心で思っているというだけのことだ。客観的な保証などない。そんな保証を必要としない。
だから、「親鸞におきては…」なのだ。それをお前はどう受け取るか?!と迫ってくるだけだ。
そう思ったら、信心とは極めて流動的だと直感した。
「さとりをひらくべし」と言ってみたり、「恥ずべし、傷むべし。」と言ってみたり、いろいろな表現をする。それは信心が流動的なものだから、どこかを切り取ってみれば、みんな静止画のような言葉になる。信心は動画だ。
そしてどれだけ、言葉で静止画を撮ったとしても、それはすべてが影でしかない。
影でしかないということを悲しむ必要もない。影以外には人間には知り得ないのだから。影で結構だ。
ただ影に固執してはならない。〈ほんとう〉は動画であり流動だからだ。
人間には決して知り得ないのだから、〈ほんとう〉は犯されない。
〈ほんとう〉を〈ほんとう〉のままに、そっとしておけるのが信心だ。
●2019年9月13日●
この夏、高野山に参詣した。高野山の奥の院には25万基のお墓があるそうだ。その中に親鸞のお墓もあった。なぜ高野山にあるのかが知りたくなり、ネット検索などで調べてみた。その結果、高野山・西禅院のHPに興味深い文章が掲載されていた。
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●高野山 西禅院●

当院は平安時代、弘法大師が高野山開創直後、壇上伽藍至近の谷上の地に明寂阿闍梨にって開かれた由緒深い寺院です。
高野山の念仏の基をひらいた真義真言宗の開祖である覚鑁上人が高野山へ登って師事しのが明寂阿闍梨とされております。
後に第三世泉勝阿闍梨の時代に現在の地に移り、親鸞聖人が高野山に訪れ当院で念仏のに励んだと伝えられております。

●親鸞聖人自像●

浄土真宗の宗祖親鸞聖人が高野山へ登山されたのは1235年の春、聖人63歳の頃と伝えれております。 聖人は当院本尊阿弥陀如来の御宝前にて100日の修行をなされました。当院の本堂には聖人自作の自像が奉納されており、奥之院にある「御髪爪塔」は一時は法大師廟をしのぐほどの参詣者があったといわれています。

〒648-0289 和歌山県伊都郡高野町高野山154
 高野山 別格本山 西禅院
TEL 0736-56-2411
mail saizenin@koya.or.jp
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「親鸞聖人自像」があるとは更に驚きだ。よっぽどの縁があったのだろう。
 そういえば房総半島の鹿野山・神野寺にも親鸞像があり驚いたが、それに匹敵する。
まあ、五輪塔に関しては、おそらく西禅院の縁者が建てたものだろう。しかし五輪塔は供養塔であり、墓所ではないと言われる。西禅院のHPにも「御髪爪塔」とある。
親鸞の63歳と言えば、関東から京都へ帰った頃の歳であり、京都から足を伸ばされたとも考えられなくもない。しかし、「100日の修行」とはいかなるものなのか、ちょっと分からない。弘法大師以降の高野山には念仏信仰が取り入れられ、真言浄土教が成り立ったことを考えれば、あながち縁がなかったとも言えない。
 親鸞の伝記をざっと見たが、60歳頃の記述には、高野山に参詣したことは見当たらなかった。もしご存知の方があったら教えてほしい。
●2019年9月8日●
「共に」は阿弥陀さんだけが使える言葉

「共に」は人間には使えない言葉だ。人間の使う「共に」は煩悩まみれだ。だから、仲間作りが、仲間外れを必ず生む。
阿弥陀さんだけが、「共に」と呼びかけ得る。
その「共に」という声を聞いた私は、「自己一人」で受け止める。
孫と「おかあさんといっしょ」(Eテレ)を見ていたら「ベルがなる」というエンディング曲に真・宗を聞いた。
歌詞はこうだ。
「元気にベルを鳴らす君
 ひとりで遊んでいたボクは
 ベルにつられて歩きだす」だ。
ベルを鳴らす君とは阿弥陀さんのことだ。それが聞こえてきて、自分ひとりに閉じこもっていた世界から、広大な法界へと呼び出され、歩き始める。素晴しい歌詞だ。

この世に「生きている」のは「私一人」だから。
これを私は〈一人一世界〉と呼んでいる。
この世界が開かれないと、どうしても、世界の重さにやられてしまう。向こうにある「客観的」世界の方が重たくて、自分ひとりくらいと「私一人」が軽くなる。御国のために比べれば、自分ひとりくらいどうなってもよいという観念もそこから生まれる。
あるいは、世界は広大で、その中に「私一人」くらいは紛れ込んで、ひっそりと逃げおおせると無責任の底無し沼に落ちていく。
だから、世界の重さをどうやってひっくり返すかが緊急の課題だ。
まだまだ、私たちが、あたかも「客観的」に存在しているであろうと考える「世界」とか「生活」とか「死」とか、そんな大雑把なものは解体し得る。
 解体される喜びが、〈真実教〉の醍醐味である。
●2019年9月6日●
みどり子のこころ

近頃、一歳になる孫にいろいろと教えられている。

まあ、何をやっても愛らしい。

そして、屈託がない。
そのまんまの煩悩まるだし。

人間は、老齢化すると「大人」と呼ばれる文化の仲間入りをする。
「大人」になると、煩悩を取り繕うことに長けてくる。

何か、もっともらしい理由があって、こういうことをしているのだと、自分で自分に言い訳をする。

孫には、そんな小賢しさがない。

彼女に接していると、私が教育されていく。
ほんとうの姿は、「大人」じゃないんじゃないの、と。

私の腕時計など、ヨダレでベトベトにしてしまう。

でも、こっちがほんとうじゃないの、人間らしいんじゃないのと、訴えてくる。

だから、もっと老齢化してくると、みずからの過ちに気づいて、みどり子らしくなってくるんじゃないか。

ボケとか認知症とか世間では呼ばれているが、それはほんとうの人間に戻るための一歩ではなかろうか。

ボケた親から、「あなたは、どちらさまですか?」と声を掛けられる日を楽しみにしている。

無意味とは、ほんとうと同義語なんだ。

無意味は人間を解放する大切な言葉だったんだ。
●2019年8月31日●
今朝のお朝事は、曇鸞さんの和讃だった。
「如実修行相応は 信心ひとつにさだめたり」だ。
結局、〈ほんとう〉の修行というのは、「信心」以外にはないという結論だ。修行と言えば、我々が何がしかの行為をするという文脈で受け取ってしまう。その修行が「信心」ひとつに解消されている。
そこで人間は「おやっ!」と思う。いままでは、どのような行為をするか、〈ほんとう〉の行為とは何かと考えてきた思いが、肩すかしをくらわされる。行為が「信心」ひとつ納まってしまえば、それは何もしないことと同じではないかと。
そうだったのだ。何もしないことと同じなのだ。
「えっ!何もしないことが『如実修行』なの?」と私は問う。
すると阿弥陀さんは、「そうですが、何もしないことにご不満でもございますか?」と問い返す。
私が沈黙していると。
「何かをしていないとご不満なのは、あなたの勝手な考えでしょう。私は最初から、あなたに何も要求していませんけど」とさらに追い打ちをかけてくる。
そうやって、「信心ひとつにさだめ」られてしまったのが親鸞だったのだろう。
しかし、親鸞など、本当はどうでもよいのだ。
私と阿弥陀さん以外には、この世で大切なものはないのだから。私と阿弥陀さんとの無言の対話の中から、「親鸞も、そうだったんではないか」と思いを馳せているだけだ。
親鸞も「お釈迦さんだったらそうお考えではないか」と言っているから、同じ方式を採っている。「客観的真理」などないのだ。
そもそも、この世には私と阿弥陀さんの関係しか存在していないのだから。
その関係の中から生まれてきた言葉を、他人が「ひろってよろぶ」だけだ。

明日は、震災記念堂(東京都慰霊堂[墨田区横網])での大法要に参詣する予定になっている。どうなることか。
●2019年8月27日●
〈真実教〉は「騙し舟」の如し。
 一番大切なものは何か?と問われれば、親鸞は、「行」だという。えっ、「信心」が大事ではないのですか?と問えば、信を成り立たせるのが行だと答える。それでは「行」をすればよいのですか?と問えば、いやいや信心がなければただの南無阿弥陀仏という発音になるという。しかし、行と信があったとして、いつになったら「証」(目的=成仏)が得られるのですか?と問えば、それは信の定まったときだという。信心の他に「証」はないという。
 証か?と問えば、信と答え、信か?と問えば、行だと答え、行か?と問えば信だと答える。これは丁度、折り紙の「騙し舟」のようなものだ。
 結局、どこにも落ち着ける場所を与えない。
 これが〈真実教〉の救済地点だ。
 人間の自我は不安定なものだから、何らかのアイテムを身につけて安心したい。そのアイテムをことごとく剥奪してしまう。
 これは人間にとって、恐ろしい教えだ。こんなものを人間が欲するわけがない。
 欲するわけもないのだが、これがなければ、また究極的に納得できないものも人間である。
 「人間」とは、かくも不思議な、まだまだ原始未開のなにものかなのだ。
それを分かったことにしたとたんに、地獄に落ちる。自業自得という地獄へ。
●2019年8月25日●
孫(一歳)を抱っこして、墓地を歩く。
両腕に、ずっしりと10キログラムの重みを感じつつ。
一歩一歩、歩みを進め、次々と墓石を眺める。
覚えている人もあり、その方の顔を思い出す。
おそらく、参詣に来られる方々は、生前のその方々に会いに来るのだろう。
単なる物質的な石に会うためではない。
石を通して、その向こうにイメージしている生前のそのひとにだ。
 何もなければ思い出すこともできない。思い出すためのきっかけが石である。
 生者は、亡き人の思い出を胸に秘めてしか生きられない生き物なのか。
 そう思ったら、亡き人たちは、まだ死んではいなかったのだ。生者の胸には、生前の、そのひとたちが、まだ生き生きと生きている。
 生者の世界には、死はないのかもしれない。
 生のみしかないのかもしれない。
 果たして、「生きる」とはどういうことなのか、〈ほんとう〉のところはまだ何も分かっていないのが、人間という生き物なのだ。
 もっと正確に言えば、他人のことは分かっているのだ。
分かっていないのは、他ならぬ「自分自身の生きる」ということなのだ。
●2019年8月24日●
即身成仏を説く真言宗は、この世以上に、あの世を強調する。
一方、西方浄土への往生を説く真宗は、あの世以上に、この世を重視する。
これは面白いコントラストだ。
 いずれにしても、「この世」というのも「あの世」というのも、「人間の考え」以外のところには存在しない。
 問題は「人間の考え」ひとつだ。
そう言ってしまえば、すべてが「現世」のことになってしまうではないかという批判も、「この世」と「あの世」という「人間の考え」にとらわれたところからの発言だ。
 果たして「人間の考え」が、どこにあるのか?は、よく分からない。
 人間が希望を懐くのも、落胆するのも、いずにれしても「人間の考え」内部の問題であることは間違いない。
 「人間の考え」の外部に出たことがないのだから、「人間の考え」そのものも完全に相対化して、手にとるように知ることもできないのだ。
そうすると「人間の考え」なんぞはほっておいて、達観できればよいのだが、それもままならない。
「人間の考え」は、これもよくはわからないのだが、無意識の深いところから表面へ表れてくるようで、自分で制御することも不可能だ。
 自分にわかるのは、意識のほんの一部分の、些細なことのようだ。
 生きることの全体は、ほとんどが未知の領域にある。
 生をミクロに見つめてみると、そんなことが言えそうだ。
まあ真宗はとことんアブノーマルだから、世間の真反対に位置を占めているのだろう。
●2019年8月17日●
やはり、物語が大切だ。
まあ物語という言葉も、偏見をもたれている。
イソップ童話とか、日本昔話とか、寓話のようなものだけが物語だと思われている。
確かに、それも物語の一部ではあるが、全体ではない。

私の考える物語は、文化人類学や哲学の領域にある、いわば河合隼雄先生が用いる物語だ。

自分がなぜこの世に誕生し、何をして、どこへ去っていくのかという、自分が生きるこのできる「自分だけの物語」のことだ。

目に見える世界は、因果論で解決がつく。しかし、不条理に出会ったとき因果論では解決がつかない。

不条理は結果だ。昨日も水難事故で4名のいのちが失われたという。
小田原の海で11歳の女児が溺れ、それを44歳の母親が助けようとして、母親が溺れ亡くなったという。

因果論は簡単で、人間は肺呼吸の生き物だから、海水中では肺に酸素が取り込めないから、窒息状態になり、死亡する。

なぜ海に行ったのか、なぜ親が同伴しなかったのか、なぜ高波の危険のある海に行ったのか。
因果論は果てどなく、なぜ?が湧いてくる。しかし、それにいくら因果論で応答しても、人間は満たされないものを抱えている。

因果論は物理的要因は解けても、実存性が解けない。
なぜ、私の娘であり、なぜ私の母親に起こらなければならなかったのか?
が解けない。

我々の住んでいる世界は、因果論の世界だが、多重なる因果が重なりあっていて、その因果の束のひとつひとつを人間は、完璧に知ることができない。

この世は、人間には分からない因果で動いている。
一部しか人間には知らされていない。

そんな因果を支配する魔物などはいない。

もとを辿ると、私がこの世に誕生したという一点にすべてはある。
それは、生の誕生であると同時に死の誕生でもあった。

その初めと終わりをどう受け止めるか。

そこで初めて物語が必然する。
人間は、「物語的生き物」であるから、物語を生きるかどうかという選択ではなく、どの物語を生きるかという決断の問題になる。
死ぬために生きる絶望の物語か、生と死を超越する信仰の物語かだ。
●2019年8月15日●
今朝、長年、因速寺の責任役員・総代をお勤めいただいた佐々木曻さんが亡くなられました。長年のご功労を偲び、ここに深く哀悼の意を表します。

尚、通夜は8月17日土曜日18時~
葬儀は8月18日日曜日11時30分~

会場は平安祭典(南砂会館)
カルチャーパビリオン 平安 南砂
住所 東京都江東区南砂4-3-9 電話 03-5633-6111 FAX 03-3632-6267
●2019年8月14日●
昨日(8月11日)、小田原の海で11歳の女児が溺れかけた。お母さんが助けようとして、溺死し、女児は助かったと報じられた。これからの一生を、女児はどういうふうに過ごしていくのだろうか。
自虐的になるのではないかと、心配した。なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?と、なぜ?の矢が無尽蔵に彼女を襲うだろう。
その時、彼女を免罪してくれる論理はどんなものだろうか。
どういう理屈なら彼女は、この不条理を、引き受けるのだろうか。

死の根本原因は誕生だ。条件は様々だ。

彼女の中に母のたましいが乗り移り、一体になって生きることしかないように思う。母の、彼女を生かそうとした願いに蹂躙されるしかないと思った。
(以上をフェイスブックに投稿した)

この世は「不可逆性」だ。
未来を見通す眼が人間には与えられていない。
いわば、人間には「過去」しか与えられていない。人間に輝かしい「未来」などない。
その「過去」をどのように解釈し、受け取り、受け止めるかだ。
そのためには、「この世」全体を見通す「物語」がなければならない。
いかがわしい「物語」でなく、健康な「物語」でなければ。
人間的に解釈された「物語」ではなく、非人格的物語でなければ。
●2019年8月9日●
昨日は、NHK青山教室の2回目だった。小生はガラケイなんで、写真は載せられない。テーマは「なぜ悪人が救われるのか?」だった。歎異抄の第3条。
先輩たちは、悪人を「道徳的悪人・法律的悪人」あるいは「存在的悪人」(殺生・虚言・悪口せざるを得ない存在)などと定義されているが、歎異抄のいう悪人は「信仰的悪人」だ。
いわば人間からは見ることができない存在だ。唯一、阿弥陀さんからしか本当の姿の見えない存在だ。だから、人間が、「やっぱり俺は悪人だよな」と歎くようなところに真の悪人はない。悪人に、否定的な感情が混じっていたら、それは真の悪人ではない。

以上の文章をフェイスブックに投稿した。
 やはり「罪」の対義語が、人間にはわからない。太宰治も、なんか曖昧な形で語っている。暗示的に女性の「純粋無垢、無防備、博愛性、無疑性」になぞらえていた。
 普通は、人間が考えうる範囲内での、自己反省的な悪性、つまり欠損というか、マイナス部分を「悪」や「罪」は表現している。
「信仰的悪人」とは、本願に背く「悪」と、一応言ってみた。だから、人間の社会的な悪とは無縁だ。阿弥陀さんと自己の関係における「悪」だ。
 『歎異抄』は、「自力作善」を「悪」と見ている。なぜならば、阿弥陀さんは、まったく救いの手がかりすらない存在を、無条件に救いとると言っているのに、そんな心配は要りませんよ、私は私の力でやっていけますからと拒否することが「悪」だ。つまり阿弥陀さんの救済を拒否し、阿弥陀さんの救済を無駄にさせることが「悪」である。
 まあ第3条の表面上は、それを「善人」と述べているが、深層は、「偽善の善人」であることに無自覚であることが「善人」だ。それが、「善人」の偽善性を自覚したとき、阿弥陀さんから「悪人」と呼んでいただける。だから「悪人」は阿弥陀さんから言い当てられた私自身の名前である。
 それは私を自己紹介するときに用いる「姓名」を失うことでもある。まあ姓名は、自分で名乗ったわけではない。親か誰かが私に貼り付けたレッテルに過ぎない。そのレッテルを剥がして見れば、剥き出しのいのち、「無名のいのち」でしかない。
 その「無名のいのち」を「悪人」と呼んで下さるのが阿弥陀さんだ。そして無名の存在をようやく、初めて、「存在」としてこの世に誕生させて下さるのだ。
 だから、「私は悪人です」と他人に向かって自己紹介することができない。自分で自分自身を「悪人」だとは呼ぶことができないし、思ってもいけない。それは越権行為だ。阿弥陀さんだけが、私を呼ぶことができるからだ。「悪人」とは「呼びかけ」であって、「自己紹介」ではない。
 阿弥陀さんの救済力を拒否すると言ったが、そんなことをするだけの力も私にはないのだ。阿弥陀さんに背いているように思っているだけで、阿弥陀さんに背くなどということもできないのだ。阿弥陀さんの悲愛を拒否することができるなどと思うのも、思い上がりの傲慢というものだ。
 だから、やはり「罪」の対義語は、人間には見出せないのだ。
昨日の、青山教室の語りでは、言い切れなかったところを補いたくなったので、ここに記すことにした。
 
●2019年8月6日●
娑婆のことは
娑婆の内では
決着つかん

今朝、またまたいただいた聴聞法語(救済詩)だ。
「いま・ここ・私」が、娑婆を超越するしかない。
何も足さない、何も引かない、そこに厳然とあるもの。
これが娑婆を超越している現事実。
「いま・ここ・私」を、そうあらしめている全背景。
それを思ったときには、もうはや超越している。
超越した視点から、娑婆を眺めている。死から現在を眺めている。
死から出発する生になっている。

問題は、超越なのだ。
自分から超越する必要のない超越。
全人類が願っている超越。
「超越」という言葉が解体された超越。
永遠とスパークしている〈いま〉
これこそ「超日月光」だ。
●2019年8月5日●
「無条件の救い」と聞くと、素晴しいことを語っているようだが、手っとり早く言えば、「人間は何にもする必要がない、ただおまかせ」という意味だ。
戦争や差別や貧困や、様々な人間の諸問題を改善しようとする観念から見れば、とんでもないことを語っているように見える。
これをどう考えるか。
結論から言えば、この問題が問題として成り立っている意味空間(意味場)が違っているということだ。この「意味空間異次元論」そのものが、反動的だと見る見方もある。しかし、その見方そのものが成り立っている意味空間を、視座を後退させて、再度検討しなければならない。
「無条件の救い」を問題にしている意味空間は「信仰意味空間」で、戦争等の問題が成立している意味空間は「政治的意味空間」として、異次元化してみた。
「信仰意味空間」は、すべての意味空間を包摂するので、すべてが「信仰意味空間」内部の問題となる。しかし、「政治的意味空間」は、この意味空間だけが正しい意味空間であり、他方は成り立たないと見えてしまう。単純に言えば「信仰意味空間」は「あれもこれも」だが、「政治的意味空間」は「あれかこれか」ということになる。
だから、自分はどちらの意味空間に生きているかの見極めが問題になる。

「信仰意味空間」は、「個と絶対(永遠)」の関係、つまり「自分と阿弥陀さん」との関係の意味空間だ。「自分は、必ず死ぬのになぜ生きるのか」が最大の問題関心となる意味空間だ。これを私は「タテの意味空間」と呼んでいる。井上洋治神父の言葉を借りれば、「自分が、どれほど悲惨な状況にあろうとも、それをイエスと受け入れ」られるかどうかの「意味空間」だ。
そして「政治的意味空間」は、「個と他者」の意味空間だ。これを「ヨコの意味空間」と呼ぶ。「ヨコの意味空間」は、目に見える関係だ。たとえば選挙権が男性だけに認められるのはおかしいといって、女性も選挙をできるようにする。仕事における賃金の格差を是正してお互いに納得したものにする。つまり、状況を改善することによって何事かを成り立たせようとする意味空間だ。
これはその時代時代の生活条件の変化改善の意味空間だ。だから時代の生活条件に左右される。しかし「信仰意味空間」は、時代の生活条件を問わない。それこそ釈迦の時代も、親鸞の時代も、現代も問わない。生活条件の変化改善が現代化していなくても、成り立つ意味空間だ。
これが「永遠」という言葉で象徴される。「永遠」は時代を問わない。超時代性だ。
これが冒頭の「無条件の救い」が成り立つ意味空間だ。
私も「政治的意味空間」に住んでいたことがあった。例の赤軍派の残党と同じ意味空間だ。まさに「あれかこれか」という意味空間だ。それは〈真実〉を叶えるための「あれかこれか」だった。そこで挫折したが、そのあと〈真実〉追求というテーマはどうなったのだろうか。コミュニズムが幻想だと分かったとき、他の〈真実〉を追求するエネルギーはどうなったか。
このテーマを拾い上げてくれる意味空間がないままに、いまだに心から血が流れ続けているように見えた。
この「政治的意味空間」を掬いあげてくれたのが、「信仰意味空間」だった。
この言い方も、以前の自分には「挫折」と映ったに違いない。
これは人間に〈真実〉はわからないという、大いなる断絶を経なければならなかった。
人間が求めるいかなる〈真実〉も、それは〈真実〉の幻影に過ぎないという断念だ。
この断念を引き起こす作用が〈真実〉だったのだ。
人間が求める〈真実〉を断念させられると、〈真実〉を求めることから解放される。むしろ〈真実〉に背を向けることこそが、唯一、生き延びる道として開かれてきた。
この言い方もおかしい。〈真実〉がわからない以上、「背を向ける」という表現もおかしい。
それでも人間は何かを欲動している。欲動せざる得ないように日々生きている。何を食べるか、何を行為するか、何を考えるか、その根底には欲動がある。それが〈真実〉へと轍をひとつにしているかどうかと以前は問うた。一挙手一投足が、〈真実〉に適っているかと問うた。しかし、いまは、そうは問わない。
〈真実〉と轍をひとつにしているかどうかは、自分にはわからないと開き直ったからだ。
つまり、何を食べ、何を考え、何を行為するかは、バラバラの連続でしかない。自分にはそれをひとつの轍へと統一することができない。できないということが分かった。
譬喩的に言えば、それは闇だ。以前は光の世界と闇の世界があると思っていたが、いまは、すべてが闇になった。
闇って、こんなに居心地がよく温かいものだと、いまでは闇に安住することができた。
「信仰意味空間」とは、人間がメタ化される意味空間だった。メタ化作用を擬人的に「阿弥陀さん」と呼んでいるだけだ。この身体が、何を食べ、何を考え、何を行為するか、そのすべてがメタ化だ。メタ化作用が、極々末端の行為にまで表出してくる。
完全にメタ化されることが「無条件の救い」だったとは。
この世は「メタ化の学校」だったのだ。
●2019年8月2日●
 少し前に、Eテレで連合赤軍のその後をやっていた。もうみんな70歳くらいだ。その中の一人だが、その人は、仲間をリンチで殺してしまい、何年も服役した人だった。その彼は、仲間の親から、謝ってほしくないという申し出を受けて、「謝罪をしない」と言っていた。謝ってしまうと、そのことが過去のことになってしまうからと。それを聞いて、こころが動いた。
 この世では、人に迷惑をかけたら謝ることが是とされるから、彼の態度は批判される。
ただ彼の態度決定を、そのとおり、と受け取っている自分がいた。
 まあ謝罪は感情から発するものだから、それを知性で云々はできない。
謝らざるを得ないのだが、謝っている自分を、どこかで肯定する感情がはたらく。それを突き詰めれば、「謝らない」に行き着く。
「ほんとうに謝る」ことは、「どこまでも謝らない」に行き着いてしまう。それが究極の謝罪だったとは。
 そうすると、心が癒されることはない。心が中ずりにされたままになる。しかし、そこから少しでも、心が謝罪のほうに動いてしまってはならない。苦しくなって、動こうとすると、「これだけ謝っているのに、なぜ許してくれないのか」と、相手に要求することになる。謝罪している自分を受け入れろという暴力になる。
 決して謝らないという彼は、問題をつねに「現在化」させている。これは、意味場が異なるが、親鸞の「現生正定聚」への直感と通じるものがあると、思った。

以上の文章は、フェイスブックに上げたものとほぼ同じものだ。
 これを「つぶやき」に転載して、あらためて見つめてみると、結局、「自己責任」などということは成り立たないのが人間だと思った。すべては、「阿弥陀如来の御はからい」以外にないと、あらためて思った。
 
●2019年7月28日●
 あの津久井やまゆり園の事件に比べて、京都アニメーションの事件では、さほど心が動かないのはなぜだろうか、とふと思った。
やはり、犯行人の動機がよくわからないからだろうか。
やまゆり園の場合、犯行人の動機は優生思想であり、資本主義の倫理であって、理解し易かった。これは自分の中にも流れている思想だから。
しかし、少ない情報から推測すると京アニの場合は、個人的な逆恨み程度のことだろう。動機が違うと、何十人もの人が亡くなっていても、こころが動かないのだろうか。
まあ、突き詰めれば、どちらにしても自分は当事者ではないというあたりに行き着きそうだ。
京アニ事件の動機は「怨み」であることは間違いないだろう。ところが、やまゆり園の場合には、「善意」であった。「心失者」(犯行人の使用言語)は、「健全な社会」にとって不要の存在であり、「健全な社会」に損害を与える存在だから、その存在を排除するという考えだ。自分は「善いこと」をしているという意識だ。
しかし、人間は「善意」であれだけの人間を殺すことができるのだろうか。「善意」にはそんなエネルギーがあるだろうか。
その「善意」にはどこかで屈折したものがあるのではないか。
その「善意」はどこかで「怨み」を内包していないか。
「健全な社会」の構成員である「犯行人」を内側から蝕む害虫のように恨んではいなかったか。障害者をそのままにしておくことができなかったということは、やはり彼らの存在が自分に不利益を与える存在と見えていたということではないか。
もしそうであったなら、そう感じさせたものは「犯行人」の「貪欲」ではないか。

やはり人間は「未生怨」ではないのか。京アニはもちろん、やまゆり園の「犯行人」の根底にも「怨み」が、こころの土台を形成していたのではないか。
現代人は、いや人類は、みんな「未生怨」であるのではないか。
何か生活条件が悪いから怨みを懐くのではなく、本質的に、生まれながらに「未生怨」だ。
「なんであんなに酷いことを!」とひとは言うけれど、人間はもともと「酷いもの」なのではないか。
そのことを白日のもとに表明していくべきではないか。
誰しもが、みんな「未生怨」なんだと。怨みを抱えていない人間は、この世にひとりもいないのだということを表明すべきだ。
「煩悩具足の凡夫」ということは、そういう意味ではないか。
 人類とは怨みを抱えて生きている生き物だと言っていくべきではないか。

それだから、外から強制的に、「怨みを晴らす行為」を押さえ込まなければならないと人類は考えてきたのだろう。近代法を単純化すれば、「自分がしてほしくないことを他者にしてはいけない」というものだ。
これが複雑な法律の束をそぎ取って、一番「核」にある倫理の源泉ではないか。
ただ、屈折すると「自分がしてほしくないこと」をすることが、「善い」ことだというマゾヒズムもあるから厄介だ。
人間は、幾重にも屈折していく生き物だから。

まあ究極的に、その「未生怨」を溶解させるには、阿弥陀さんの謝罪との出遇い以外にはないのだ。それが一番根源的なことで、その他の表層のことは、「それなりに」ということになろう。
やまゆり園事件も京アニ事件も、究極的解決策は、「阿弥陀さんの謝罪を聞いたか」という問いかけとの出遇いしかない。
●2019年7月27日●
「NHK文化センター青山教室」の 次期講座日程が決まりましたのでお知らせします。
10月からは、午前ではなく夜の講座です。
講義時間はいずれも18時30分開始~20時迄です。

内容は、『歎異抄』というテキストを第1条から順番に読んでいくというスタイルです。

ご興味のある方、また一度は学んだことがある方へ。
『歎異抄』は、初めて読んでも、また何度読んでも、新しい気づきが与えられる書です。『歎異抄』と自分が、共にスパイラルに深まっていく醍醐味を体験しましょう!

第1回 2019/10/15(火) テーマ:第1条
第2回 2019/11/26(火)テーマ:第2条
第3回 2019/12/24(火)テーマ:第3条
第4回 2020/01/21(火) テーマ:第4条
第5回 2020/02/18(火) テーマ:第5条
第6回 2020/03/17(火) テーマ:第6条

ご興味のあるかたは、ぜひお申し込み下さい。

「冬 講座」になりますから、まだ申し込み受付は始まっておりません。開催2カ月前くらいから申し込み可能です。→https://www.nhk-cul.co.jp/school/aoyama/
●2019年7月19日●
なんだろう。この存在の空虚感は。

22年間、生活をともにしていたネコ(プチ子)が、昨夕亡くなった。
もはや、彼女の往生は、ネコとか人間とかの段階を超えている。

我々の家族とともに身体化してしまっている。
(だからといって、一緒に墓に入りたいなどとは、まったく思わない)

いつも、ダラッとしていると、彼女は必ず私の右脇腹にのそのそとやってきて、身を横たえ、トントンをせがむ。
トントンというのは、隠語で、私の手のひらを彼女の腰の辺りもっていき、正確には、仙骨の辺りだが、そこを、こぎみよくトントンと叩いてやることをいう。
彼女はトントンが大好きで、必ずせがんできた。
私が、忘れていると、まるで、「ねえねえ」とでもせがんでいるように、ニャゴニャゴと寄ってきた。

トントンをしてやると、えも言えない顔をしていた。

その顔がみたくてトントンをしていたときもある。

私と彼女だけの、極めて閉鎖した関係を、お互いに分かっていて、トントンで確認しあっていたようだ。

いまは、私の右側に、妙に空虚感がある。

彼女の〈一人一世界〉が消えてなくなった。

私はプチ子のために、泣いているのではない。プチ子を縁として、自分の空虚感のために涙を流していた。
●2019年7月15日●
お盆やお彼岸など、真宗寺院では報恩講以外の、すべての法要は日本の習俗にお付き合いしてやっていることだ。
だからお盆の四日間だけ、お彼岸の一週間だけが、仏さんと対面する時間ではない。それこそ365日、24時間、仏さんと対面する時間だ。
まあ正確には仏さんから問われる時間だ。〈ほんとう〉にあなたは、仏さんと対面していますか?と。
この「〈ほんとう〉に」という言葉が付くと、大変なことになる。この「〈ほんとう〉に」は、「あなたのこころの中だけで仏さんを思っているようでは〈ほんとう〉ではありませんよ」と問い詰めてくるからだ。
まあ「仏さん」と言えば、差し当たって思い当たるのが、自分の身内である。その身内の生前のことを思い浮かべる程度で、それが「仏さん」だと思っている。
しかし、それが「〈ほんとう〉の仏さん」ですかと、さらに問われる。
そうやって「〈ほんとう〉」に問われ続けると、人間の思いは、身ぐるみはがされてマルハダカにさせられる。
そうやってマルハダカにさせられると、「仏さん」などと、〈ほんとう〉には出遇っていなかったのだ。
ただ「自分の思い込み」を「仏さん」だと錯覚していたという、お粗末な話だ。
その底から、地鳴りのように叫び、吹き上がってきた言葉が「親鸞は父母の孝養のためとて、一返にても念仏まうしたること、いまださふらはず。」(歎異抄第5条)だった。
●2019年7月9日●
この言葉は2回目だけど、再び登場してもらった。

人間の諸問題は
人間界では
決着つかん

まあ「諸問題」も表層の問題から深層の問題まであるから、これも一概に括ってしまうと異論が出る。
深層の問題とは、「生老病死」に関する問題としておこう。
別の分け方もできる。表層の問題と深層の問題の違いは、自分が24時間の間、何にこだわり何を問題としているかだ。その時間の多い方が深層の問題ということになる。
これもひとによって違うから、また一概に括ると異論が出る。
NHKで放映していた、その後の連合赤軍の人々を観た。
その中で、静岡でスナックをやっているひとが、「自分は、自分のやったことを謝らない」と言っていた。同士を殺して、懲役刑に服した彼。「なぜ?」と思う私。彼は「謝ってしまえば、それは過去のことになってしまうから」というようなことを言っていた。
これも面白い。普通は被害者に対して謝罪するというのが、「表層の問題」領域での処し方だ。ところが彼は、謝ってしまえば、あの事件は過去のこととして葬り去られてしまう。だから、謝らない。彼にとって、あの事件は、「現在」の問題だからと言う。
これもある意味で、まっとうな処し方だと頷いた。
人間の諸問題は、人間界では究極的に決着つかん。
他者が彼を罰したとしても、また彼自身が自分自身を罰したとしても。あるいは被害者からの許しがあったとしても。さらに、彼自身が彼を赦したとしてもだ。
事件や事故は「たまたま性」だが、この「たまたま性」」が、「そうだったのか性」に変わるには、どうしても阿弥陀さんが介在してこなければならない。
表層のレベルで、いくらあれこれやったとしても、最終的には「たまたま性」は解消されない。
もっと深層の、つまり生老病死の次元で、深く「そうだったのか」と腑に落ちるには、〈真実〉が関わらなければならない。
それは決して過去にならない。いままさに立ち現れてくるようなものでなければ「そうだったのか性」には満たされない。
●2019年7月5日●
昨夜、九州の妙好人から、久しぶりに電話があった。
どうも体調が良くないらしいことはおっしゃっていた。
 しかし、たましいは、相変わらず法界を生きておられるので、お声をお聞きすることができ、本当に嬉しかった。

(『救済詩抄』第2巻の感想で)自分の言いたかったことを書いてくれて有り難かったと、感情を込めて、何度も言っていた。
(そうか、親鸞も、「よくぞ書いてくれた!」と想っているんやないかなぁと、それを聞いて連想した)

できれば、先生に会いたいと言っていた。

もう、念仏に生きる者は、無言で会話できるもんやと思った。
もう言葉が要らんという、感慨を得た。

ただ言葉を聞いているだけで、それでもう何も要らない。
嬉しかった。

(法縁の波紋)
●2019年7月3日●
絶対性の根拠が相対性である。
相対性の根拠が絶対性である。
この相互根拠性が〈真実教〉である。

簡単に言えば「仏を救わずんば我ならず。 我を救わずんば仏ならず」ということだ。
天台本覚論や西欧一神教は、「相対性の根拠が絶対性である」になる。
しかし〈真実教〉は、一方的ではなく、相互的に根拠になる。それを「相互根拠性」と言ってみた。
ここまで来ると、「絶対性」とか「相対性」という言葉自身も意味を持たなくなる。
無明を脱するのではなく、無明を味わいに転じていく。
ただただ、〈真実教〉が、具象化しただけなのだ。
●2019年7月1日●
南直哉の『超越と実存』の一部を読んだ。(新潮社2018年1月・p222)
「親鸞のアイデアは、かろうじて『仏教』の範疇に留まっていた法然の浄土教思想を突破し、それが内包する超越的理念(阿弥陀如来と極楽)を、悉く『念仏』という行為に落とし込み、消去してしまったのである。」
「その脱落は『信じる』主体を放棄し、『信じられる』対象(阿弥陀如来と極楽)を消去するだろう。このとき、念仏はただの音声、意味を理解する必要のない発音の連続になるのだ。」(p220)
南は、かなり深いところまで親鸞を理解している。法然を深化発展させたのが親鸞ではなく、まったく別物だとも言っている。その通りだと思う。まあ法然の思想にヒントを得て、そこから親鸞独自の問題意識が展開したと読むべきだろうが。
そこで、ここに「南の理解する親鸞」が述べられていた。
親鸞は「信/不信」の問題を越えて、ただ南無阿弥陀仏の発音という行為へと抜けたと。
 後に、道元のことについて触れて、坐禅という行為を南は問題にする。「自分が行為する」のではなく、「行為する自分」と逆転することだと強調する。つまり「自分」という自意識を無化して、無意味な行為のみを重んずる。行為を重んずるから、親鸞も念仏という行為を重視したと見えるのだろう。
 そこでちょっと疑問に思った。自意識を行為で解体するところまでは、その通りだと思うのだが、その「行為する自分」が、とことんまで行為に細分化されてしまい、今度は「統合」できなくなるのではないだろうか。
 南は、「悟った」とか「信心を得た」とか言うことを拒否する。それはその通りだ。過去形で語った場合、信仰は死ぬことを知っている。それを解体するのが単純で無為な行為だということも分かる。
 しかし、それらが解体されたままで「統合」されなければ、「自分が生きる」ことにならないのではないか。この「自分」は「能動詞としての自分」ではなく、「受動詞としての自分」なのだが。
 解体されて再統合されなければならないように思う。それを私は〈一切衆生人〉と呼んでいる。
 いま(時間)・ここ(空間)・わたし(主体) の統合体が〈一切衆生人〉だ。
●2019年6月29日●
2019年度 秋葉原親鸞講の日程が決まりました!粗々ですが、お知らせしておきます。

①2019年10月9日(水)午後19時~20時30分
②2019年11月6日(水)午後19時~20時30分
③2019年12月11日(水)午後19時~20時30分
④2020年1月15日(水)午後19時~20時30分
⑤2020年2月12日(水)午後19時~20時30分
⑥2010年3月11日(水)午後19時~20時30分

会場:TKP秋葉原カンファレンスセンター(千代田区神田松永町4-1ラウンドクロス秋葉 原) ※前回のUDXビルよりも広い会場になりました。

テーマ:まだはっきり決まってはいません。ただ『歎異抄』を巡って、親鸞の法界を遊ぶことになろうかと思います。
●2019年6月28日●
【止まる修行】
こっちが止まると、世界の動きが見える。こっちが動いていると、それが見えない。視点が動き通しだと、世界の動きがよく見えない。まず止まる。
「他力の修行」とは、こっちが止まる修行だ。
千石イエスが、「客観が動き出す」と述べていたことと通じる。
人間が「修行」と言えば、自分からすることだと思い込む。
自分から迎えに行く修行は、本当の修行ではない。
それが、止まるときがある。
止まってみたら、周りが動いていたことに初めて気付く。
「する」→「止まる」→「ある」→「されている」という順番に深化する。
●2019年6月27日●
【おことわり】
先日、本山の高廊下に小生の言葉が二つ掲示されるとお知らせしましたが。それは取りやめになったというお知らせ。
理由は、①あの高廊下は亡くなられた先生方(偉い)の言葉を掲示してきたところで、現在存命の方(チンピラ)の言葉を掲示したとはない。また、掲示すると、その方に直接問い合わせなどが行き、ご迷惑をお掛けすることになるかも知れない。(括弧内は武田の補記)
②存命の方の言葉を掲示すると、「なぜあの方の言葉を掲示したのか?」とか、「それならば、この先生の言葉を掲示するのが本当だろう」などのクレームが寄せられる可能性がある。(「そんなクレームが来たら、どう対応するんや、いらぬ仕事が増えるやろ」、武田の補記)
本山内部でそういう意見が上がり、掲示は取りやめとなったらしい。
これは邪推だが、恐らくこれは「武田定光」ブランドへの反発のあらわれではないか。
もっと偉い先生の言葉であれば、生前の方でも問題なく掲示できるが、あの「武田定光」だけは許せんというやつだ。
本山が、あらぬクレーム対応に追われるのは困るという教団としての嫌悪感であれば組織体としての正常な忌避観の表れであって納得できる。
それならば分かる。
しかし、もし「武田定光」ブランドへの拒否感であれば、それは逆に、凄いことだと誇りに思った。あってもなくてもどちらでもよいと思われるのではなく、あってもらっては困るという拒否感だから、それは「武田定光」ブランドの「劇薬性」が証明されたことになる。
 まあ本山の報恩講法話で「私の信心と親鸞聖人の信心は同じです」などと、「劇薬」をばら蒔く人間の言葉など、あの尊い「高廊下」に掲示させるものかという反発だろう。
これは、喜ぶべきことに違いない。
 「武田定光」ブランドというリトマス試験紙を、ある種の液体に付けると、赤になったり青になったりするだけ。リトマス試験紙本来の色はまったく変わることはない。
●2019年6月23日●
人間の諸問題は
人間界では
決着つかん

田んぼに、道路を通す計画が持ち上がり、その所有者に補償金が入ることになった。お金が入ることで、当人は豊かになり喜んだ。しかし村人たちには、羨みが起こった。もう少し道路が逸れてくれれば、自分の田んぼにも補償金が出たのにと。
「妬み嫉み怨み」が噴出した。空は青く、田んぼは緑、吹く風は心地よいのに、人間のこころは真っ暗闇だ。
そんなある日、補償金をもらい豊かになったひとの子どもが交通事故で亡くなった。村人は、嫉妬心を少し撫で下ろした。ひとりだけ上手いことやってるから、ああいう目に遭うんだと。
何が幸せで、何が不幸なのか、人間界の「規則」は、ただただ煩悩だ。
この煩悩の「規則」に操られて一生を終わっていく。
人間のあらゆる問題は、人間界では決着つかんのだ。
人間界を解脱しなければ。人間界を解脱して〈阿弥陀界〉に生きなければ。
●2019年6月22日●
昨日、小生が留守の間に、ある女性が訪れてきて、「三世一念の理」について教えて下さいと言われたと聞いた。女性は、他のお寺へも訪ねたらしいが、「うちは違うから、浄土真宗のお寺へ尋ねたら」と言われてやってきたそうだった。
寺に戻ってから、その女性に電話して説明した。
「三世」は「過去世・現世・未来世」のことで、これが「一念」であるという意味だと答えた。彼女は「一念」を「一心不乱で、一生懸命に念ずる」と受け取っていたようだ。そうではなくて、過去世も現世も未来世も、ただこのひと思いの中にあるという意味だ。
過去のことを振り返っているのも、未来のことを考えているのも、すべては「ただいま」の思いでしかない。どうやって考えるかと言えば、過去は「後の祭り」、未来は「取り越し苦労」だ。過去や未来が実体的に、あるわけではない。過去と未来への執着があるだけ。その執着は煩悩のなせる業だったかと、覚めること。簡単に言えば「取り越し苦労と後の祭りからの解放」が「一念の理」だと説明した。
どうも文言のルーツを調べると、「三世一念の理」は日蓮系の文献にあるらしい。法華天台の教学から生まれた言葉らしい。
しかし、親鸞の目からいただけば、そういうふうになる。
「いささか所労のこともあれば死なんずるやらんと、こころぼそくおぼゆることも煩悩の所為なり」と親鸞は『歎異抄』第9条で言っているではないか。ちょっと風邪でも引いて病状が長引けば、死ぬんではないかと心細く思ってしまうのも煩悩のせいだと。
つまり「取り越し苦労」ということだ。人間は、自分の未来を二つの目でしか見られない。ひとつは「悲観」、もうひとつは「楽観」だ。そうやって「観る」のも煩悩の目でしかない。〈ほんとう〉のことは、如来さんだけがご存知なのだ。人間には過去も未来も〈ほんとう〉に観ることはできない。そうやって覚めていくのが「三世一念の理」である。
そんなことを説明したら、女性は、「よくわかりました。」と電話越しに感動の声を上げていた。
その時は、分かったような気になるが、また再び疑問の雲に覆われるだろう。そうやって阿弥陀さんは、私たちを丁寧に養育するのだ。
●2019年6月21日●
「自己解体の文脈」か、「自己肯定の文脈」か。
二つに一つだ。

「本願ぼこりといましめらるるひとびとも、煩悩不浄具足せられてそうろうげなれ」
だ。
煩悩不浄具足とは、自己肯定以外に生きられんやろうという批判である。
その自己肯定も、他力よりの促し以外にないのだ。
自分は人生の主人公ではないのだから。

させられて、しているのだから。

「さるべき業縁のもよおさばいかなる振る舞いもすべし」をどっちの文脈で読むかだけが、喫緊の課題だ。
●2019年6月19日●
京都・東本願寺、つまり本山の御影堂から参拝接待所に渡る廊下を「高廊下」というが、あそこにはいくつか法語が掲示されている。そこに小生の言葉を載せたいと本山から申し出があり、許可した。

それで掲示の期間は2019年7月~12月で、

「悪人が救われる」のでなく、救われた人間の自覚が「悪人」だったのです。

が掲示されるそうだ。

次のは2019年12月~2020年6月迄が掲示期間で、

阿弥陀如来の本願は私たちを一方的に愛し続ける「永遠の片思い」なのです。

が掲示される予定。これらの言葉は拙著『なぜ?からはじまる歎異抄』の中に出てくる言葉だ。
 掲示ばかりでなく、LINEによる法語配信と、しんらん交流館が配信するメールマガジンで配信するそうだ。現代の機器はよくわからんが、そういうことらしい。

万が一、本山に行かれたら見てやって下され。
それもこれも、ひとえに、みんな阿弥陀さんのためでしかない。
●2019年6月17日●
法蔵菩薩が私
私が法蔵菩薩ではない

寝床で、今朝、阿弥陀さんから、そう教えられた。言葉としては曽我先生から、それに似たフレーズは聞いていた。
ただそれは言葉だけであって、自分に身体化していなかった。言葉が身体化したとき、その言葉が生き生きと蠢く意味場に、私が生きることになる。
「法蔵菩薩が私」というのは、大経の「群生を荷負して重擔とす」だ。この身体が法蔵菩薩だったということだ。四苦八苦の私と一心同体にになって同感同悲されている姿が法蔵菩薩だ。
だがそれは「私が法蔵菩薩」という文脈とはまったく違う。この「私が」というところからすべてを出発すると、あらゆることが「自己肯定の文脈」に堕す。

先日も、「私が法蔵菩薩だなんて」とか「私が法蔵菩薩の仕事をさせていただくのですか」と問われたが、それはまったく違う。
法蔵菩薩が仕事をされている姿が、私の身体だったのだ。私はその法蔵菩薩を、我が物と思ってはならない。私の身体となって私の苦しみ悲しみを同感、同悲されていることに頭を垂れるのみ。
●2019年6月16日●
「自分が」見ると
自分は見えない
映されて
初めて見える

38億年前から、いのちの噴出として、自分は、いま、ここに、ある。
誕生してから何歳というのは、リンゴの皮と同じ。皮でしか、自分を見ることができなかった。
何だか分からないのだが、「意識」と呼ばれているものがあって、「自分と世界」とを見させてくれた。それで「自分と世界」が見えたように錯覚した。
だって、木は緑、空は青いのだから。それが〈ほんとう〉の「自分と世界」だと思ってきた。
ところが、そうではなかった。
映されなければ「自分」は見えなかった。何が映しているのか。その主体を自分は見つけることができない。映されていることは分かるのだが、何が映しているのかは不明だ。 映されてみると、「自分と世界」はひとつのことだった。分けることができなかった。

人間は、自分では「自分」を見ることのできない悲しい生き物なのだ。
●2019年6月14日●
説者は阿弥陀。聴者はわたし。
どうも法話の発話主体は阿弥陀さんだったようだ。わたしはそれを聞いて、スピーカーのように拡声するだけ。
だから布団の中でも、阿弥陀さんは法話を始めることがある。私は、うるさくて寝られないこともある。
そうだったのか。
わたしは拡声器だったのか。
●2019年6月9日●
人間が貼ったレッテルをすべて、ぶっ壊す。
それが阿弥陀さんの破壊力だ。

レッテルが剥ぎ取られてみれば、そこは生々しいいのちの爆発だ。

だから、〈ほんとう〉の世界には名前はない。人間が把握することのできない不可思議態である。

そっちがほんとうだ。人間のレッテルは、幻想だ。

生々しいいのちの爆発の爆風に吹っ飛ばされるのみ。
●2019年6月7日●
今度、NHK文化センター青山教室で、「歎異抄」の話を頼まれた。
テーマは「歎異抄を読む いま、親鸞が語ること」だ。
↓↓↓↓
https://www.nhk-cul.co.jp/school/aoyama/
7月11日・8月8日・9月11日の三回連続講座だ。
果たして、現代に「歎異抄」に対する要求があるのかどうかを確かめる実験だ。
第1回目が「歎異抄とはどういう書物か?」まあ、初心のひともいるから、階段を一歩ずつ登っていく。
第2回目が「悪人が救われるとはどういうことか?」だ。まあ歎異抄と言えば「悪人成仏」が有名だから、名所旧跡を尋ねる。
第3回目は、「信仰は信か知か?」というテーマにした。
まあ、「信」か「知」かというテーマを付けた段階で、「信」と「知」は別物だという観念が浮かび上がってくる。ほんとうに「信」と「知」は違うものだろうかという問いかけだ。
まあ、突き詰めて言えば、問題は歎異抄ではなく、歎異抄を読む私が明確になることだ。「私が歎異抄を読む」ではなく、「歎異抄に私が読まれる」という体験にまで深化できれば幸だと思う。
●2019年6月6日●
親鸞も、浄土なんか、知らんで生きてたんだ。
分かったところに往生しようと考えたわけじゃない。
わからんところに往生したんだ。
分かったところに往生しようとしたのならば、そこは化土だ。

「真実」と言っても、わかって使っているわけではない。
わからんということだ。
わからんによって不安になっていないだけだ。

「輝かしいわからん」なのだ。
わからんで解放される「わからん」だ。

それを〈真実〉という。
●2019年5月30日●
東京駅に降り立った時、ちょっと、ゾッとした。

ここは人間の知恵から生まれた疑似空間だ。見渡す限り。
唯一の自然は、生身の人間のみ。

1+1=2というハウツーの知恵から生み出された擬似空間を人間たちは、当てもわからずに歩いている。それがあたかも、「現実」であるかのように。
これは「現実」ではない。
老病死という3次元が、見えない。
観念だけが溢れかえっている。
整然と植えられた街路樹も、人間の知恵に渋々承諾し、遠慮がちに立っているようだ。
いったい人間の知恵はどこに向かおうとしているのか。

思い通りにすることが、幸せだとするなら、それは狂気だ。
人間の思い通りは、地球を破壊してしまう。
この沸騰した人間の知恵をクールダウンするものは何か。

でも、知っていると思い込んでいるんだ。道を歩いている無数の人々は。自分の行き先くらいはちゃんと分かっている。だが、それをずっと突き詰めると、いったいどこに向かって歩いているのか。
そんなことは、問わないようにしているのだ。
そんなことを考えていたら、車に轢かれてしまうから。

永遠は知っているんだ。人間は、本当は「死なない」ことを。
擬似空間が「現実」だと思い込んでいると、「死」で終わる絶望的な人生になる。

川崎の殺傷事件は、本当に痛ましい。テレビ報道を見るたびに、気分が沈む。
あの殺人者が生まれるのも、我々に罪の一端がある。
〈未生怨〉は、現代人のこころの深奥に、間違いなく存在しているからだ。目には見えない〈未生怨〉が、都市には充溢している。特に、川崎は近年、地政学的に見ると、旧住民と新住民との格差が生じている場所らしい。特に武蔵小杉は象徴的らしい。
殺人者は、社会は大きく、自分は小さく取るに足らないものに見えていたのではないか。この世界観をどうやって対自化するかだ。
●2019年5月28日●
『救済詩抄』の76ページ「もう済んだと思ったが まだ始まっていなかった」を、あるお寺で輪読したらしい。ご門徒の90歳の男性が、「自分と同じだ。前半はわかる」とおっしゃったという。
しかしあるひとは暗く受け止められたという。
そのかたは親の介護でヘトヘトのひとで、この介護生活は、もう終わりにしてほしいのに、まだ始まっていなかったんですかと、がっかりされたようだ。
その時、若住職さんが、その方にどんな言葉をかけたらよいのか…と悩まれたそうだ。
 これにはいろいろ考えさせられた。
 まあ、人間は自己関心でしかものを見たり考えたりできない生き物だとつくづく思い知らされた。介護をされている方は、「もう済んだ…始まっていなかった」を、そのような関心で受け止めしまったということだ。それは私の意図とは違うのだが。
 人間はつくづく「誤解」の生き物だと知らされる。ただし、「誤解」以外には生きられないので、その「誤解」を「誤解」のままにするのではなく、その「誤解」が正解に導かれるようにと願うばかりだ。
 how toの次元で言えば、介護生活がいくらかでも楽になるようなアドバイスを介護専門の方に聞く以外にない。それから、「介護するかしないか」「介護できるかできないか」という次元の問題は、その方の業縁に任されている。まさに「当事者性」だ。
 それで、私ならどう答えるかと聞かれたので、「その介護生活を阿弥陀さんはどうご覧になっていらっしゃるでしょうね?」とお返しするだろうと言った。
 介護を頑張れとも言えないし、大変ですねと慰めることもできない。介護なんかやめて施設に入れる手立てを考えろなどとも言えない。それは人間にはどうしてみようもない次元の問題だから、阿弥陀さんにおまかせするしかない。
 当事者は、ヘトヘトになりながら介護生活をしているのだろう。疲れ果てて、もういい加減に死んでほしいという思いも起こる。そういう思いが起こることについても、「なんといういやらしい、鬼のようなこころを自分は思っているのか」と絶望的にもなるだろう。肉体はしんどいのだが、それ以上に、自分で自分自身のこころのありようをどうしたらよいのかと、持て余し苦しんでいる。
 そんなどん底状態のときには、人間の慰めなど通用しない。ただひとつ。阿弥陀さんは、どうあなたをご覧になっているのでしょうかという問いかけしかない。そしてそのひと自身が阿弥陀さんと対面していただくしかない。
 
 まあ、その場面で、その時どう動くか、どんな発言ができるか、そんなことも阿弥陀さん任せだ。だから、どんな言葉をかけるかではなく、沈黙するしかないときもある。
沈黙は、人間の言葉が通じない状況でのみ重みを発揮する。言いたいけど言えない、言葉を失ってしまう。その沈黙は、言葉以上に雄弁に何かを語るものである。
 沈黙すればよいのだと、そっちのhow toに逃げてしまったら、沈黙の重みはなくなる。何かを言いたいのだが、言えないもどかしさ。そのもどかしさだけが沈黙の重みを増す。
 最後はその方と、自分がともに阿弥陀さんの前に端座するしかない。

●2019年5月26日●
阿弥陀さんから、どんどん遠くなっていく感じがした。
 遠くなれば遠くなるほど阿弥陀さんの救済力が強く増してくる。阿弥陀さんに近づこうとすれば、救われない。阿弥陀さんから遠ざかれば遠ざかるほど、救いの力が強くなる。
 親鸞は末法を悲しんでいるが、その裏で阿弥陀さんの救済力がより強力にはたらくことを喜んでいる。

 完璧なひとには近寄りがたい。話しかけたくもない。そういう阿弥陀さんの近くにいるひとには近寄りがたい。
 目指すのは、向こうから話しかけられる存在だ。黙っていても、向こうから近寄ってきて、「ねえねえ…」と話しかけられる存在こそが、「菩薩」というイメージではないか。
それはミヒャエル・エンデのモモの立ち位置だ。
●2019年5月25日●
「方便」という言葉をどう受け取るか。
「方便」という言葉を聞くと、すぐに連想されるのが「ウソも方便」ではないか。
これは「有相(うそう)方便」から連想された言葉ではないかと言われている。「有相」とは「相(すがた)が有る」ということで、「現象」という意味だ。
そのせいか、「方便」という言葉を耳にすると、どうしてもマイナスの雰囲気を連想してしまう。方便=嘘(ウソ)であって、「真実」ではないものという観念が、頭の中に惹起させられる。
つまり、その時、頭の中には「方便=マイナスの価値・真実=プラスの価値という観念が出来上がっているということだ。固定観念という執着だ。
その時の観念は、ちょうど同じテーブルの上に「方便」と「真実」が並べられていて、「方便」はダメで「真実」はオッケイというデジタルな観念になっている。
まあ、そういう並列的(デジタル)な意味場で「方便」と「真実」とが用いられる場合も当然ある。法然の「選択・選捨」という意味場だ。一方を取って、他方を捨てるという意味場で決断を迫ってくる意味場だ。
しかし、違った意味場もある。
それは、人間が接することのできる「言葉」や「意味」は、すべて「方便の次元」にあるという意味場だ。つまり、人間が用いる「方便・真実」という言葉は、すべて「方便の次元」にあるという意味場だ。たとえ人間が「真実」と用いたとしても、それは「方便の次元」にある「真実」という意味になる。
〈ほんとう〉の「真実」は決して、人間につかみ取ることも表現することもできない領域にある。人間にとっては、「非知」であり、「不可思議」としか言えない。これも形容矛盾である。人間にとって表現できない領域のものを、どうして人間は「非知」と命名することができるのか。だから、唯一、許される表現形式は、「非」という非定型での表現しかない。阿弥陀の「阿=無」が、それを表している。
宮沢賢治が『銀河鉄道の夜』で、「本当の神様」の話をしていて、僕のいうのは「本当の神様」のことで、君の考えている「本当の神様」ではないという。しかし相手も、君の考えている神様の上にある、本当の本当の神様のことを僕は言っているのだという。記憶違いかもしれないが、そんなやりとりがあった。
これも「真実」と「方便」の問題だ。まあ西洋一神教は、そうやって、「本当の神様」の上にある「本当の本当の神様」として絶対神を立ててきた。これは私の主張する「一世界全人類包摂世界観」である。まあ現代人は、この世界観が「客観的真実」であり、これしか世界はないのだとマインドコントロールされている。
しかし、人間は、これでは死んでいけない。〈一人一世界〉でなければ。
「本当の神様」という観念の中に自分が包摂されてしまう。まあ包摂とは言わずに救済というのだろうけど。神様が一元で、私はおおぜいの人間の中のたった一人という観念になる。この観念だと一元の神様は絶対的な存在になってしまう。神様は、苦しんでいる者のために救済のはたらきをするのだが、そうなると神様が絶対であり、自分は相対、つまり被救済者になってしまう。それは神様に救済される者として、自分は神様の支配を受ける存在になってしまう。
親鸞が直感した〈真実教〉は、「我をたすけずんば仏ならず。仏をたすけずんば我ならず」だ。西欧一神教は、救われていない人間がいたとしても、そんなこととは無関係に絶対的な神様だ。完璧な神様だから、人間を救うことができると言っている。ところが阿弥陀さんは、救われないひとが一人でもいたら、自分は仏として失格だと言っている。これが「誓願」である。
つまり、私が救われない限り阿弥陀さんは仏に成れないのだから、私が救われることによって、初めて阿弥陀さんが仏に成れる、つまり仏として救われるわけだ。こうなってくると、阿弥陀さんも命懸けで関わらざるを得ない。もし私が救われなければ、自分は仏に成れないからだ。絶対の神様だと、一人の救いは片手間といっては失礼だが、救済力のすべてを使わなくてもよい。76億人を救う神様であれば、76億分の1のエネルギーだけで済む。 西欧一神教は、「76億対1」だが、阿弥陀さんは「1対1」だ。
阿弥陀さんは、たった一人の被救済者がいたなら自分は仏に成れないのだから、全身全霊で救済を果さなければならない。阿弥陀さんも命懸けになる。
私も助かるためには命懸けになり、阿弥陀さんも命懸けになる。こういうやって救済者と被救済者とが、共に助かっていく世界が、親鸞の直感した〈真実教〉だ。どちらかがどちらかを一方的に救済することになると、救済されたものは救済したものの奴隷にならざるを得ない。
 
●2019年5月20日●
「あらゆることに対するアンチテーゼが、真宗だ」と、酔っぱらっている最中に、自分が自分自身にメールを送っていた。
 まるで、へそ曲がりな人間の言いぐさのような言葉じゃないかとも思ったが、案外そうでもないと、覚めてから眺めている。
 その「あらゆること」とは、何かと問えば、「自分が知っていること、人間が決めていること、万人が、これでよしと肯定していること」その全体を指しているようだ。
 そうすると、「これでよし」と自分自身に言い聞かせる現象がすべて溶解していく。
いわゆる「既存」のものが、すべて溶解していく。
 そうして、甦ってくるものは、「いま・ここ・わたし」という不可知だった。

阿弥陀さんだけが、唯一の批判の主体である。人間には立場とすることのできないものだ。ただし、そうやって、いま、ここで、こういう文章を書いている、自分は、そのことを知ってしまっている。
 知るということは、どこかで、その阿弥陀さんの立場を奪っていることにならないか。
その通りだ。
 だから、〈ほんとう〉は、そういうように表現することも憚られることなのだ。
決して、阿弥陀さんの立場に立つことができないにも関わらず、そのように表現してしまう罪だ。
 それも果たして罪と言いうるものでもないのかもしれない。
 言葉で表現してしまうこと、そのことは「未知」が「既知」へと引きずり込まれてしまうことだから。
 そうやって、見ていくと、自分は何十万年も前の原始人の眼へと戻ってしまったようだ。「近代文明」の生みだした建物や道などが東京には氾濫しているのだが、それすらも原始林のような有り様ではないか。
 原始未開の眼が、レントゲンのように「近代文明」を骨抜きにしてましった。
●2019年5月18日●
 本当の仏教とは何か、お釈迦様が語った真実は何か。そう問い詰めてきた歴史が「仏教」といわれているものだっだ。しかし、いくら古い経典に、「これこそが真実だ」と書かれていても、それが自分の救いに無関係であれば、それはただのお飾りに過ぎない。
 歴史的により古い経典が出てきても、それが本当のことを語っているかどうかを吟味しなければ、信用できない。より古いものが「真実」だと考える発想は、考古学的関心だ。歴史的に古いというだけで「真実」を述べていると思い込むのは、「古い」という観念に対する権威主義だ。
 たとえそれが「古い」ものであったとしても、それが本当のことを語っているかどうかを、自分自身が吟味しなければならない。極論を言えば、自分自身の吟味を「救い」というわけだ。
 つまり、いかなる権威にもおもねることなく、自分自身の「救い」をもって、経典を「真実」と認定する以外にない。だから、自分の「救い」を抜いて、経典の真実性を証明することはできない。
「仏教」がどこにあるのかと言えば、古めかしい経典の文字にあるわけではない。そこに書かれている文字によって、自分自身が救われ、これこそが間違いのない教えだと認定する以外にない。だから、「客観的証明」などは必要ないのだ。もし国家が認定したとしても、自分を抜きにすれば、それは何の役にも立たない。
 しかし、その「自分自身の救い」というやつが、また怪しいのだから、いたちごっこだ。それは個人的なことであって、決して普遍的な救いとは違うのではないかと言われてしまえば、それで終いだ。
〈ほんとう〉のことは、決して言語で表現することはできないので、どれほど普遍的な救いだと喧しく言っても、無意味だ。
 ただ、それは〈ほんとう〉のことではないのではいかということを直感できるようになる。その表現には〈ほんとう〉の濃度が低いのではないかとだけは直感できる。それが「自分自身の救い」の普遍性だろう。
 そう直感させるものこそが、〈ほんとう〉というものだろう。
●2019年5月17日●
結局、罪の対義語は、分からない。

太宰治は「しかし、牢屋にいれられる事が罪じゃないんだ。罪のアントがわかれば、罪の実体もつかめるような気がするんだけど、……神、……救い、……愛、……光、……しかし、神にはサタンというアントがあり、善には悪、罪と祈り、罪と悔い、罪と告白、罪と、……ああ、みんなシノニムだ、罪の対語は何だ」(『人間失格』)と言っている。
アントとはアントニム(対義語)の略であり、シノニムは(同義語)という意味だ。
ただ、それらの単語を対義語ではなく、同義語として太宰は考えている。
その次の段階では、内縁関係のヨシ子が他者に強姦というほどのこともなく犯されていく。
「ヨシ子は信頼の天才なのです。ひとを疑う事を知らなかったのです。しかし、それゆえの悲惨。
神に問う。信頼は罪なりや。
ヨシ子が汚されたという事よりも、ヨシ子の信頼が汚されたという事が、自分にとってそののち永く、生きておられないほどの苦悩の種になりました。」と述べている。
太宰は次のページに「はたして、無垢の信頼心は、罪の源泉なりや。」と述べ、その次のページにも「無垢の信頼心は、罪なりや。」と記す。
ヨシ子のひとを信じて疑わない性格が、他者の犯罪行為を引き起こしてしまう源泉だという意味だろうか。それでは対義語になってはいない。同義語的解釈だ。
 それともここにはヨシ子の信頼心が、太宰の愚かさ(つまり罪)と対比されているのだろうか。

何かに背いている、非本来的なあり方をしているということを、罪と言うのであれば、本来的なことが自分に分からない以上、罪は分からないということになる。

誹謗正法は、一見するとわかったような雰囲気になるが、本質的に言えば、そもそもその正法とは何かが分からない以上、それを誹謗することもできないことになる。
そうなると、罪とは何かが分かるということは、すべて自己解釈の範疇内のことでしかない。
つまり、生きてること全体が、「自力という煩悩」で汚染されているとなると、「本願ぼこり」でしか生きられないことになる。

つまり、それは言わば無罪性でしかない。いや違う。対義語がない以上、「無罪」という言葉も成り立たない世界だ。
人間の、側から爪がかからない以上、無罪性もない場所だ。
 すべては、許されてあるということだ。「許されて」という言葉も間違っている。「さるべき業縁」性としてあるということだ。行為も意志も、それらが引き起こされてくる原初は、人間には知らされていないからだ。
しかし、この世は「偶然性」という虚無主義で覆われているから、「必然性」などということは人間界では口に出して言ってはならないのだ。
〈真実教〉の範疇でしか言えないことなのだ。
「救い」などということは、自分勝手な、個人的な、つまり「蜘蛛の糸」のカンダタなのだ。
●2019年5月15日●
共著『ここが わからん 浄土真宗』(大法輪閣1700円+税)が発刊されました。
内容は
第1章 知っておきたい浄土真宗の基礎
浄土真宗とは何か……深川宣暢
 浄土真宗の教えとは…武田定光
 浄土真宗の仏事としきたり…直林不退
 浄土真宗の分派とゆかりの地…佐々木隆晃
 浄土真宗が自慢できること…狐野秀存

第2章 浄土真宗への「疑問」に答える
 親鸞・真宗の歴史についての疑問に答える…直林不退
 教えについての疑問に答える…藤丸智雄
 葬儀・法事・信仰生活などの疑問に答える…義盛幸規
 
第3章 淨土真宗への「誤解」をとく
 親鸞・真宗の歴史についての誤解をとく…武田未来雄
 教えについての誤解をとく……本多静芳
 葬儀・法事・信仰生活などの誤解をとく…佐々木隆晃
 
第4章 浄土真宗 ホットな論点
 浄土真宗をめぐるさまざまな議論…藤原正寿
 親鸞は往生をどう捉えたか…臨終往生説…小谷信千代
 親鸞は往生をどう捉えたか…現生往生説…長谷正當

この本は大法輪閣の編集部が編集したものですが、ハウツーものとしては、なかなか面白い作りになっている。ぜひお勧めします。
因速寺では、著者割引で1500円でお分けしている、らしい。

●2019年5月11日●
明日まで、生きてると思うな、と呼び掛けられているのに、明日の予定を見て、溜め息をついている自分がいる。
なんという反逆。

すべては、自己批判以外にない。

大津で53歳の女性が、2歳の保育園児を二人、轢死してしまった。
あの事故に加害者はいない。

両者ともに被害者ではないか。

ああ、〈私〉が悪いのだ。すべては〈私〉の責任だ。全人類は、そう受け取るべきだ。

すべての罪は、〈私〉一人にあり。
●2019年5月8日●
お話に遅刻した。
大阪でのお話だった。前の晩は、スタッフのひとたちと夕食をし、ホテルに泊まった。翌朝、十分間に合う時間に起床した。電車を乗り継ぎ、会場へと急いだ。ところが、目指す駅がどこだったか分からなくなってしまった。
いま改札を通った駅が目的の駅のはずだが、今度は乗るべき電車が分からない。どうも、ここで電車に乗ってはいけないことに気が付き、再度、改札からでなければならなくなった。しかし改札が混雑している。モバイルスイカで改札を抜けたので、出札するときにもピッとやって出なければいけない。それなのに改札口には、他の客が溜まっていてなかなか出ることができない。
ものすごくイライラしていた。ようやく、自分の番が来た。スイカは一度解除してもらわないと、改札を抜けられない。その作業をしてもらうように頼んだ。ところがそれが新米の女性駅員だったから、その作業に戸惑って、先輩職員に聞いている。やっとスイカは解除された。次に、私は自分の持っている地図(略図)を見せて、ここへ行くには、この駅で降りればいいんだよねと確認した。駅員は、そうですと答えた。
駅を抜けて、タクシーに乗れば、時間に間に合うと思っていたら、とても間に合わない時間だと分かった。
朝の電話では、もうすでに会場には50~60人のひとたちが集まって先生を待っているという。またまたものすごく焦った。今度はタクシー乗り場がわからない。あれこれしていると、スーツに間衣を着た関係者が待ち構えていて、こっちですと教えてくれ、同伴してくれた。
その中には、私を指名して呼んでくれたひともいた。
大きな槗を渡らないと会場にはいけない。流しのタクシーを拾おうにも、先客が乗車していて拾うことができない。気が付くと、スタッフが増えていた。焦りながら会場へと数人のスタッフと向かった。朝8時からの講演なのに、もう既に9時になっている!ええっと思ったが、もう手遅れだ。
そんなことをしているとき、向こうから空車のタクシーが来た。これ幸いと乗ろうとしたら、客席にはネコが二匹乗っている。運転手の飼っているネコらしい。そんなことにかまっていられないので、乗せてもらった。乗ろうとしたら、スタッフが8人にもふえていて、助手席に無理やり4人乗り、後部座席には3人が乗った。これは定員オーバーで違反だと嘆きつつ、運転手はどうにか乗せてくれて、会場へ向かった。
私は私を呼んでくれたスタッフに、タクシーで迎えにきてくれればこんなことにはならなかったのにとぼやいた。他の会場ではホテルまでタクシーで迎えに来てくれるから遅刻することもないのにと、なじった。
 そのスタッフは「えっ!」という顔で、言い返してきた。「自分は今度、池袋のスタッフになるんですよ!」と。小生は、何を言いたいんだろうと当惑した。そんなことをしているうちに、タクシーは会場へ着いた。
控室にも寄らず、まず皆さんが待っている会場へと急いだ。すると朝の7時ころから待っていたお客さんが、三々五々と、会場から出てきてしまった。もう9時だから、開始時間の8時をオーバーしている。会場を後にするお客さんの顔をみると、ムッとしている様子だった。会場へ着くと、ほとんどのひとたちが帰り支度をして、席を立っていた。私は「申し訳ありません。申し訳ありません。」とペコペコ、頭を下げるしかなかった。
その中の一人が、すれ違いざまに、頬に涙を流しているのが見えた。私は、それほど期待して待っていてくれたんだ、酷いことをしてしまったと、さらに申し訳なく思った。
取り返しの着かないことをして、本当に申し訳なかった。
もうほとんど会場にはお客さんが残っていなかった。
ただ、数人だけ残っている様子だった。そんな中でも、私は計算していた。全員帰ってくれればお話をしなくてもよいのに、数人残ってしまったら、そのひとたちのためだけに話をしなければならないと。こうなったら、できたら全員帰ってほしいと願っていた。
会場で謝罪をしながらも、こころの中では、さもしいことを思っている自分がいることをも気付いてしまった。
 
 その辺で夢が醒めた。しかし、つくづく夢でよかったと思った。しかし、これは予知夢かもしれないのだ。
●2019年5月7日●
お朝事で、「一代諸経の信よりも 弘願の信楽なおかたし 難中之難とときたまい 無過此難とのべたまう」(淨土和讃)を唱えているとき、「難中之難」に目がとまった。
「難中之難」と言われてしまえば、やはりそれは私にはとても難しいことなのだろうなと思った。そのとき、そう感じている意味場があぶり出された。
「私にはとも難しいことだ」と感じる意味場は、「自力」の意味場だった。
その意味場は、一生懸命に努力精進していけば、何とかなると思っている「自力のこころ」が感じる意味場だ。とても自分にはできそうにない難しいことなのだろうと思ってしまった。
そうではなかった。
〈ほんとう〉は、「難中之難」と受け止めただけで救われているのだ。「難中之難」とは救いの言葉だった。その「難」は「困難」の「難」ではなく、「不可能」という意味だからだ。
「不可能」という言葉を「自力」の意味場で受け取るか、「他力」の意味場で受け取るかが問われていたのだ。
あまりにもた易いことだと、人間は、疑ってしまうのだ。少しくらい、何かしなければ、申し訳ないのではないかと。
あ~あ、いま・ここ・わたしだった。このままで救われていくことを受け入れられなかった。それこそが「難中之難」だ。
●2019年5月1日●
自らのアイデンティティーを、売り渡してはならないと思う。

平成から令和へと、マスコミは浮かれている。これも、視聴者という「見えざる大衆」におもねた情報提供だから、マスコミが悪いわけでもない。
マスコミと大衆が相乗効果で、ある種の「共同幻想」を作り上げていく。
これは、日本だけのことでなく、国家というものの宿命みたいなものだ。

それは、よいのだが、果たして、真宗門徒は、自分のアイデンティティーをどこに立てるべきだろうか。このことが気になっている。

どっこい生きてたISのバグダディは、異教徒を殲滅すると言っていた。
彼は自分のアイデンティティーをどこに立てているのか。
少なくとも、この世とあの世を貫いたところに立てているのだろう。
この世だけにアイデンティティーを立てている人間よりも深いアイデンティティーだということは間違いない。だから、この世のことが軽くなってしまう。
また、この世とあの世を超えたところの意味空間を、自分が知っていると思っているところが、危ないところだ。本当は知らないのだ。カミのみが知っていることなのだろう。カミのみが知っていることを、人間の自分が知っていると思うところに信仰の傲慢がある。

真宗門徒は、当然、この世とあの世を超えたところにアイデンティティーを立てているが、その場所を自分は知らないということを知っている。最後は阿弥陀さんにまかせている。だから、〈ほんとう〉のところは「分からない」として、その熱気を抜いている。

ところで、真宗門徒のアイデンティティーだが、これは一人一世界以外にない。
この世が私一人の世界というアイデンティティーだ。
世界が一つとか、ある仲間が一つだとか、我々が自分を自己肯定するようなところにアイデンティティーをたててはならない。その自己肯定は、すべて独我論だ。

自己肯定が溶解していくところにアイデンティティーを立てなければ、ウソだ。
天皇の支配する時間から、抜け出すには、一人一世界しかない。
一人一世界に軸足を置いて、「共同幻想」を仮のこととして生きなければならない。
●2019年4月30日●
夫婦喧嘩が絶えないということから、私の主張する「一人一世界」は、まったくその通りだと実感するという印象を聞かせてもらった。
同じものを見ていても、食べていても、一人一人感じ方は全部違うのが「一人一世界」だから、私と女房の感じ方が違って当然、だから喧嘩が絶えないというのだ。
確かに、その通りなのだが、どこかが違う。
私の言う「一人一世界」は、この世界全体、つまり目の前にしている女房にしても、私の世界を構成していて下さる諸仏だから、感謝と尊敬をもっていただく存在である。その諸仏に対して、自分と意見が合わないということで諍いを起こす。これは諸仏を傷つける罪である。
そう言ったからといって、明日から夫婦喧嘩を止めろと言っているわけではない。喧嘩が起きるのは娑婆の常である。本当は、喧嘩をしたくて喧嘩をしているわけではない。本当は、旦那も喧嘩をしたくないに違いない。始めから喧嘩が目的であれば、結婚などしないのだから。本当は喧嘩をしたくないのに、ついつい意見が食い違って喧嘩になってしまっているというのが現状だ。煩悩は止めることができないし、「さるべき業縁」(『歎異抄』第13条)で催すものだから、決して人間が止めることはできない。我慢はできても、止めることはできない。
そのとき、どうするかだ。
親鸞は、女房の恵信尼を「観音菩薩」の化身として見ていた節がある。それは「六角堂夢想偈」(通称「女犯偈」)から連想されることだ。あそこには、「犯」という文字がある。自分にとって恵信尼は連れ合いなのだが、その連れ合いをただの連れ合いとしてではなく、観音様の化身としていたようだ。その観音菩薩を「犯す」という罪だ。
当然親鸞と恵信尼は夫婦だから、夫婦喧嘩をしたに違いない。そのとき、親鸞はそれをどういただいたのか。そこに「犯」という文字があるということは、恵信尼=観音菩薩を「犯す」という自覚があったということだ。そこに罪人親鸞という自覚が生まれている。
それを敷衍すれば、夫婦であっても、親兄弟であっても、すべて自分が対面する人間は、自分にとって「観音菩薩の化身」となってくるのだ。それが「一人一世界」の真髄だ。
だから夫婦喧嘩とは観音菩薩を傷つける大罪なのだ。
それであっても、日常生活に戻れば、夫婦喧嘩が絶えない。本当はしてはならないことなのだから、止めることができない。
そのとき、阿弥陀さんからの批判の矢がが届く。本来であれば、感謝と尊敬をもつべき相手に対して、異議申し立てをし、腹を立てて喧嘩することは、「観音菩薩」を傷つけている罪を犯しているのだぞと。
その犯罪者の自覚を親鸞は「犯」という文字によって、教えられ続けたのだろう。
これが「一人一世界」を、〈ほんとう〉に生きるということだ。

●2019年4月26日●
守中高明著『他力の哲学』-赦し・ほどこし・往生-河出書房新社を読んだ。
 ネットでお勧め図書として上がってきたもののひとつだった。当初は、まあここで読まんでもいいかと流しておいたのだが、ちょっと気になって買ってしまった。
 著者は、浄土宗の僧侶であり、早稲田大学の哲学の先生をしている。まあ全体は読んでいないのだが、ざっと目を通し、これはこれはと思ったので、ちょっと感想を書いてみた。
 著者は、一遍上人を本物だと見ているようだ。
 一遍は、法然の孫弟子筋のひとで、こんなことを言っている。
「我執を捨てて南無阿弥陀仏と独一なるを、一心不乱といふなり。念々の称名は、念仏が念仏を申なり。」(『播州法語集』)
 これを引用して、「『一心不乱』という境位が出現するとき、そこに立ち昇る称名は、衆生をその主体と見なすことすらもはや無意味となる。称名念仏という行為が『一心不乱』に遂行されるとき、そこにあるのは出来事としての称名だけであり、その出来事は誰の人称にもけっして回収され得ない。『念仏が念仏を申』すとは、そのような非人称的遂行性の出来を指している。」(141)
 南無阿弥陀仏という発語行為そのものがあるのであって、それを「誰が称える」という意識が消えている状態を指しているのだろう。
 さらに面白いのは、
「又云、決定往生の信たたずとて、人毎になげくは、いはなれき事なり。凡夫の心には決定なし。決定は名号なり。しかれば、決定往生の信のたたず共、口に任せて称名せば往生すべきなり。所以に、往生は心品によらず、名号によりて往生するなり。決定の信心たつて後往生すべしといへば、なほ心品にかへるなり。我心を打捨て一向によりて往生すと心得れば、やがて決定の心はおこるなり。是を決定の信たつといふなな。」(『同書』)
を引用している。
 これは信心がなくても、口に任せてただ南無阿弥陀仏と唱えれば往生は間違いなしだと言っている。「心品」というのは、人間の属性のことで、それを条件にしないのが往生だから、ただ信心があるかないかにとらわれず南無阿弥陀仏を唱えよというのだ。
いかにも一遍らしい。
 そして中守さんは言う「ここには先行者たる法然、そして親鸞に対する批判が、否、両者になおわずかに残る『自力』的なるものを一掃しようとする思考の速度がある。『決定往生の信たたず共、口に任せて称名せば往生すべきなり』という一句は、法然を捕らえていた『決定往生』へのかすかな意志をも無意味と断ずるものであろうし、親鸞における『信』を獲得すれば往生へと導かれるという理路は、まさに『なお心品にかへる』態度として斥けられているだろう。(略)その『他力』の力に『心品』が関与する余地を一切認めない--これこそが一遍の思考の核心なのだ。」と。
 ここまで読んだとき、ちょっと待った!という思いがやってきた。
これが一遍の了解だとすると、それは「法然帰り」したことになる。法然の往生理解は、「守中さんが理解している一遍」と同じ論理だからだ。そしてもうひとつ、一遍は信心はいらない、ただ称名すべし、それで往生決定だと考えているのだが、実はその「考え方」をこそ「信心」というのだ。弟子たちは、信心が必要だと思っているが、一遍は不要だという、その信念はどこからくるのか。その信念をこそ「信心」というのだ。だから、一遍は「信心」を持っていることになる。ひとには信心は不要と言いながら、自分は信心を持っているという間違いを犯している。というか、一遍にはそれが間違いだは見えていないのだろう。自分は「信心」など持っていないという「信心」を持っているのだから。
 一遍は「一心不乱」に、ただ念仏し、つまり忘我の状態を作り出そうとする、それは「宗教」の危ない部分でもある。ファナティックなものは、確かに「宗教」には必然するし、これがなければ「宗教」にはならない。しかし、もうひとつの要素として、このファナティックを覚ます装置がなければならない。「熱狂と覚醒」の両方がなければ、「成熟した宗教」とは言えない。
 ええと、往生には人間の属性を条件としないという考えは、法然も親鸞も一遍も同じ考えだ。そこで忘我状態で一心不乱称名念仏するというのが法然・一遍の傾向性だ。まあ法然は一遍まで突っ込んではいないが、法然を延長すれば同じ系譜に属する。
 ところが親鸞は、なぜ人間の属性を条件としないかと言えば、それは阿弥陀さんが自己を信じているからということになる。信心は、人間が阿弥陀さんを信ずるものではなく、阿弥陀さんが人間を信ずるという形になる。だから、絶対他力なのだ。しかし、そのように受け取ることを「信心」と言うのだと守中さんはお考えなのだろう。
 まあ一遍にしても親鸞にしても、「信心」を持っていることに変わりはない。どちらの「信心」が真実に適っているかということなのだ。親鸞の「信心」は、「信ぜよ」という「如来の絶対命令」だから人間に属することは一切ない。
●2019年4月9日●
今朝のお朝事の和讃は「願力無窮にましませば 罪業深重もおもからず」(正像末和讃)だった。この和讃を見たとき、そうか私たちの罪業深重を嘆くことはないのだな、阿弥陀さんの救済願力が超越的なものだから、と受け取ってしまった。
どんなに罪が深くても、阿弥陀さんの願力のほうが深いのだから、大丈夫なんだと受け取ってしまった。
ところが、これはとんでもない受け取り間違いだと気づいた。罪業深重など、私に分かるはずがない。自分の知っている程度の罪しか私は知り得ない。「深重」など、私の与り知らぬ深さだ。
だから「願力無窮」など、夢のまた夢。想像も及ばない。
ただ、親鸞がそういう表現、つまりメタファーを通して、私に何かを訴えてくるのみ。それを私がどう感じるかだけだ。
つまりそれは、救われたことと救われないことが、ひとつのこととして感じられなければならないということだ。
●2019年4月2日●
いつから「私」が始まったのか。
自意識が芽生えた時からか。「私」の発見は他者の発見と同時だと言われる。他者が最初に発見され、その他者の他者としての「私」が、やがて発見される。
もし他者がいなければ、「私」は「私」として発見されることがなかった。
とすると、「私」という意識そのものも「私」単独では成り立っていなかったようだ。

ラカンが「鏡像段階(stade du miroirフランス語)」という理論を打ち立てている。
ここからはネットに載っていた文章だ。
「フランスの精神分析学者ラカンの用語。生後6か月から1歳半に至る発達段階のことをいう。幼児の自我は身体像を通して形成されるが、鏡像段階以前では身体像は全体として統一のとれたものでなく、ばらばらに寸断されたものであり、「寸断された身体」とよばれる。鏡像段階になると幼児は自分の姿が鏡に映っていることに特別の関心を示し欣喜雀躍(きんきじゃくやく)するが、これは全体としてまとまりのある身体像をみいだすことができるからであり、全体としてまとまりのある自分というものを発見することができるからである。この発達段階以前では、幼児の身体的動きは全体として協応しておらず、ばらばらな運動をしている。この時期になって初めて統一のとれた運動ができるようになり、鏡に映った自分の姿は幼児の全体像を表すようになる。つまり、幼児は鏡像によって、初めて自己の全体像をつくりあげるようになる。とはいえ、幼児が自分の姿と思っているものは鏡に映し出されたものであり、自己疎外された鏡像にすぎない。この意味で幼児の自我は、鏡像を通してつくられるもので、幼児が自我とみなしているものは、自分自身ではなく、眼前に差し出された鏡像(他者)なのである。この鏡像と根源的な同一視をする幼児にとって、自我とは他者にほかならない。鏡像段階は、こうした対人関係の基本的構造を示したものであるが、幼児の対人関係だけでなく、一般的な対人関係の構造を示すものと理解されている。[外林大作・川幡政道]」
 
「幼児の自我は、鏡像を通してつくられるもので、幼児が自我とみなしているものは、自分自身ではなく、眼前に差し出された鏡像(他者)」であり、「自我とは他者にほかならない。」がグッとくるところだ。
 これは幼児だけでなく、大人もそうだろう。つまり〈ほんとう〉の自分というものを人間は見たことがないのだ。いままで自分を知っていたと思っていた意識がゲシュタルト崩壊していった。
 本当は、自分というものは、未知未開の出来事なのだ。
●2019年3月31日●
自分の「身体」が阿弥陀さんだった。
自分の「身体」はなかなか自分の思い通りにはならない。若いときには筋肉系の自由が効くので、思いどおりになっているような感じがする。しかし内臓系は思いとはひとつになってはいない。
「身体」は思いで計ることができない。これは阿弥陀=無・量というこことだ。阿弥陀さんも思いで計ることができないし、「身体」も計ることができない。「身体」が阿弥陀さんだったんだ。
いや、この言い方は違う。「身体」を阿弥陀さんと受け取るところにあるものだ。
そう受け取るか受け取れないかが雲泥の差。
「不請之友」とは阿弥陀さんが私の「身体」として、頼みもしないのに一体になって下さっていたということではないか。
「身体」の声を、静かに聞いていこう。

●2019年3月26日●
『仏教抹殺』鵜飼秀徳著 文春新書を読んだ。
京都の四条大橋には、明治期の廃仏毀釈で壊され、溶かされた寺院の仏具類が資材として使われているそうだ。明治政府の取った神仏分離令により、廃仏毀釈の波が日本全国に広がった状況が詳しく述べられていて興味深かった。
政府は神仏判然令を出しただけで、僧侶を還俗させたり、寺院を取り壊せとまでは言っていないと弁明しなければならないくらいに燃え上がったようだ。それは各藩の受け止めに温度差があったり、それまで仏教教団に抑圧されてきた民衆や神職たちが蜂起したかららしい。
まあ、それは政治現象であって、なぜ明治政府がそういう方針を出したのか、そしてそれが私たちにとってどんな意味があるのかというところまでは掘り下げられていなかった。
徳川幕藩体制が約三百年間温存してきた機構そのものを明治新政府は欧米をならって改革するわけだから、それは強固な政策を必要としたのだろう。
一言でいえば、天皇制の導入であり、国家神道により民衆のアイデンティティを天皇に直結させるイデオロギーを欲したのだ。
いままで神仏混交でやってきた日本の精神を分断することで、いままでの神道とは違った国家神道を打ち立てようとした。
日本人が精神を一極集中にもっていこうとするとき、仏教は目障りだった。
仏教は、インド発祥であり中国・朝鮮も伝承国としてあるから、日本人だけの純粋な神を主張するわけにはいかない。一言でいえば「不純」ということになる。どうしても日本古来の、日本人だけの純粋な依代として天皇像を作り上げなければならなかった。
これは蘇我氏が仏教を日本に導入するとき、物部氏と争ったところまで遡る問題である。物部氏が仏教を排除しようとした理由は、日本古来の神があるのに、なぜ外国の神をまつる必要があるのかという論理だ。日本古来の神が嫉妬するではないかと。この論理の方が「常識」ではないか。この「常識」に頷く自分がどこかにある。何が頷かせてしまうのか、問題はもっと深いところにある。
この問題を、日本人のアイデンティティの問題として考えてみなければならないだろう。
自分はどのへんの深さに存在の根拠をもっているかだ。
アイデンティティを「深さ」という観念で計れるならば、固有名詞としての姓名→日本人としての自己→人間としての自己→一切衆生としての自己と、深まっていくように思える。それはより深いものに根ざしていないかぎり、「時代の空気」に翻弄される。
明治期の廃仏毀釈に遭った僧職が、みずから率先して衣を脱ぎ神社の社職へと衣替えしたこともあったという。そのときの彼のアイデンティティはどこにあったかが、あぶり出されてしまった。
時代が変わっても、つまり過去であっても未来であっても、「日本人として」とか「日本古来の日本人の素晴しさ」などということを要求するとき、第2、第3の廃仏毀釈は必ず怒るからだ。

●2019年3月22日●
〈真実教〉は、お彼岸だろうが何だろうが、毎日が報恩講でなければならない。
それは、いつでも、仏さんと対面している生活でなければならないということだ。言葉を換えれば、「死」と対面しているということだ。
いま既に死す。そこからさあどう生きると問われているだけだ。
そう考えると、次の一瞬は「私の余生」だったのだ。
まあおぎゃーと生まれたときに「」として誕生するわけだから、生まれた途端に余生が始まるのかもしれない。
私はいつから私に成ってきたのかと言えば、38億年前からだ。38億年という時間そのものが私だった。
そんな壮大なことが、私に起こっていたとは。
まったく驚嘆する以外にない。

●2019年3月14日●
存在の磔(ハリツケ)
親鸞が直感した真宗なるものは、「存在の磔」だった。つまり、「さあこれから修行するぞ」「さあこれから聞法するぞ」「さあこれから念仏するぞ」という思いの死である。
「さあこれから…」と思うとき、〈いま〉ある存在が否定されてしまう。世間では「さあこれから…」という思いは、良いこととされているのだが、親鸞はそれを許さない。「さあこれから…」という思いが死ぬこと、それが真宗だと親鸞は直感した。
「さあこれから…」は、〈いま〉ある存在ではダメだという認識から引き起こされる。
だから、その「さあこれから…」が、存在から殺されなければならない。
誤解をされると困るので、一応断っておくが、子どもが「さあこれから勉強するぞ」を否定しているわけではない。この世の過ごし方としては、「さあこれから…」も大切だ。ただ、「救いの問題」、つまり、自分の存在根拠の確立という問題に関しては無効なのだ。 「さあこれから…」が殺されるというと、それではなにもしなくていいんですねという反論が出てくる。そういう反論が起こってくるのは、やはり「さあこれから…」がよいと思っているからなのだ。そうやって、自分の発想を肯定したいという狡賢い考えが生まれる。
「さあこれから…」が存在から殺されると、「いま・ここ・自分」が回復してくる。それは自己肯定や自己弁護ではなく、自分の思いを打ち破る形で「いま・ここ・自分」が輝きを放ってくる。まぶしいような「いま・ここ・自分」だったのだ。
思いを超えた、超え続けている「いま・ここ・自分」だったのだ。
目で見ることもできないほどに純粋な「いま・ここ・自分」だ。
●2019年3月7日●
「生かされている」でいいのか?
 天地いっぱいの力で生かされている、自分などという障碍はないと聞いた。確かに「生かされている」で間違いないのだが、「生かされている」だけでよいのか!?と問いかけてくるものがある。 
「生かされている」でいいじゃないかと言いたい自分もいる。しかし、そこに留まらせないものがある。そういう作用を阿弥陀と名づけているだけだ。
「生かされている」という土台にも落ち着かせないもの。そこにも留まらせないはたらき。そして自分の落ち着こうとする土台をもひっくり返してくるもの。
 それが有るか無いかだ。

★『大法輪』4月号(2019年4月1日発行)に小生の講演録「時間論で考える『往生と成仏』」が掲載されました!これは中野サンプラザで開催された、在家仏教協会定期講演会(2018年1月13日)の講演の一部を収録しました。
 ご縁のある方はお読みくだされば幸です。
 
●2019年2月17日●
従果向因
これは、「果従(よ)り因に向かう」という教学タームだ。
因というのは、「救われていない状態」のことだ。まだタネの状態で、これから育てられて果実になることを待っている状態だ。これは法蔵菩薩の段階もある。法蔵菩薩は、あらゆる苦悩する存在を救わなければ、私は仏(阿弥陀仏)には成れませんと誓っている菩薩だ。だから、法蔵菩薩は「従因向果」(因従り果に向かう)ことを願いとしている。
常識的には、すべての宗教は「従因向果」だ。救われていない状態から救われた状態へと目指す。
ところが、〈真実教〉は、「従果向因」だ。
「果従(よ)り因に向かう」とは、もはや救われた状態(果)から、救われていない状態(因)へと向かう。阿弥陀仏の物語で言えば、「救われた状態=阿弥陀仏」から「救われていない状態=法蔵菩薩」へと向かうという意味だ。
 この阿弥陀仏を曽我量深先生は「成り下がられた仏さま」と呼んだ。これから成り上がるのではなく、もう完成して仏になったのだが、あえてその仏の位を放棄して、菩薩と成り下がられたのだと。
 これは唯識の言葉を使えば、「現行」(生きてはたらくはたらきそのもの)を言い当てようとしているのだ。つまり、阿弥陀とか法蔵とは何かと言えば、私を一瞬も休むことなく救おう救おうとはらき詰めにはたらいている運動そのものということになる。
 曽我先生が「仏さまの本願によって、われわれもまた仏さまと同類だということを教えられる。我々のようなものでも仏さまと同様かと言われるかもしれないけれども、本願を聞くと、同類ということが分かる。(略)もう成仏したと言ってもよい。そういうわけではないかもしらんけれども、成仏したと同じことなのです。」(「法蔵菩薩」)
と曽我先生に語らせるはたらき、それが「現行」である。
もう、我々は救われているのだが、そこにとどまるわけにいかない。救われていることを証明するために、救われていない場所に立つ。救われていることを、本当に証明する場所は、救われていない場所以外にはない。
 
●2019年1月28日●
いまここが、槍ヶ岳の頂上だったとは。
お正月のテレビ番組で、北アルプスの槍ヶ岳山荘をドキュメンタリーでやっていた。あんな険しいところに山荘を開いて、いまは二代目と三代目の方が護っている。三代目は若夫婦なのだが、山荘が開いている時期は、旦那は山で連れ合いは下界で、夫婦離ればなれになって暮らしていた。連れ合いも、山荘とはつねに無線でやり取りして、下界の情況や山荘の天候など情報交換をしていた。
そんなある日、お連れ合いが初めて山荘へ登山して来た。旦那の仕事場や普段の暮らしを知るためもある。山荘は、山頂より少し下の場所にある。そこから山頂へは、まだ少し登っていかなければならない。連れ合いは、断崖のように切り立った場所を手さぐりで進んでいく。恐ろしさのあまり、立ちすくむこともあった。そしてとうとう槍ヶ岳の山頂への登頂を達成した。
感想を聞かれたとき、「生きてる」という実感がしたというようなことを述べた。
それを見ていた私は、〈真実教〉は三千メートルを登ったひとと同じ利益が与えられるんだと、驚いた。何も三千メートル登らなくても、いまここが槍ヶ岳の山頂だといただくことができる。足を滑らせれば、転落していくような危険な場所を生きていることと、私のいま生きている場所は、そうそう違ったことではない。
「思い」とはしてはずいぶん違うのだが、「事実」はあまり変わってはいないことを知らされる。
臨終は「一瞬先に」あるのだから、槍ヶ岳の山頂も、いま・ここも、そうそう違わないのだ。
●2019年1月21日●
ここのところ、つぶやきが更新されていないと、御意見をいただきました。
その理由のひとつは、いま『救済詩抄』の第2巻目を執筆していることが考えられます。しかし、そんな言い訳もできませんので、ひとつつぶやいておきます。

「七高僧は親鸞の頭の中にしかいない」
親鸞は浄土教の系譜を七高僧としてまとめた。龍樹→天親→曇鸞→道綽→善導→源信→源空と。仏教史を一応「編年体」に則ってまとめている。
しかし、七高僧のご当人たちは、自分たちが浄土教を後世に伝えるために、あたかも駅伝マラソンのように、タスキを受け伝えていったわけではない。おそらく生きていれば龍樹も天親も、「私はそんなことをひとつも考えていませんよ。むしろ七高僧として位置づけられることは、はなはだ迷惑だ」と言うだろう。それぞれの七高僧に駅伝ランナーとしての承認をもらったわけでもない。すでにこの世を去っているので、承認を得ることもできない。
曽我量深先生は「浄土真宗は親鸞の仏教史観」と述べた。つまり七高僧という見方そのものが親鸞の仏教史観だとおっしゃったのだ。
考えてみれば、仏教とは何かとひとことで言えば、私がどういう仏教史観に立っているかというだけのことだ。
この考えに立てば、私から仏教が始まる。もはや「仏教」というものがどこかにあるわけでもなく、まして本に書かれてあるものでもなく、私が主体的に、仏教の歴史、それはもはやお釈迦様を遡り、阿弥陀さんから私にまで届いた〈真実〉を受け取るだけのことだ。 私が受け止めたところ以外に「仏教」は、どこにもないのだ。
●2019年1月6日●
「時間」を受け取る感受性
「空間」を受け取る感受性
そして「自己」を受け取る感受性
これらは、すべて感受性の問題だ。つまり、「固定的」なものでは、決してない。「固定的」なもので「絶対的」なものだと、思い込まされているだけだ。
お正月に原宿の路地を軽自動車で突っ込んだ青年も、おそらく「世間(社会)」が「固定的」なものに見えてしまっていたんだろう。「世間(社会)」は、決して「固定的」なものではない。「共同幻想」に過ぎない。「共同幻想」なのに、それを「固定的」なものだと受け取ってしまった。「固定的」だと思い込まされている感受性を疑うべきだった。あまりにも信じ込みすぎている。
疑って、疑って、疑い尽くして、疑っている意識そのものを疑い尽くす。そうやって掘り進んでいくと、感受性が変化してくる。
だから、まず疑うことだ、信じること以上に、疑うことが大切なのだ。
●2019年1月5日●
目の前の 阿弥陀に向かいて 猪突猛進
 例年のことだが、皆さんに年賀状をいただいた後に、返信のような形で年賀状を出した。300枚くらいか。
 賀状には「この世に 一本として 同じ枝振りの 木はない」と印刷した。そして返信を書いているとき、「目の前の 阿弥陀に向かいて 猪突猛進」が浮かんできた。
 ちょうど今年は、猪(イノシシ)歳らしく、「猪」と「猪突猛進」が重なった。
 思えば、自分はどこに向かって生きてきたかと言えば、目の前の阿弥陀さんに向かって生きてきたのだ。38億年のいのちの流れを旅して、「私」というものを生みだし、さらに引っ張っているのは阿弥陀さんだ。目の前にしてきたのは、家族とか、学校とか、仕事とか、そのときそのときに出会う人間であるとか、しかしそれらを透過して対面してきたのは阿弥陀さんだった。
 そして、これは私ひとりのことだと思っていたら、そうではなかった。全人類が、そうやって生きているのだ。だから、「目の前の 阿弥陀に向かって」全人類が生きているのだ。
 阿弥陀に向かってというか、阿弥陀に引っ張られてというのが正しい言い方だろう。
目の前には阿弥陀さんしかいなかった。
●2019年1月3日●
もうはや、1月3日だ。「おめでとう」という言葉にも飽きてきた。
もうすぐ今年も大晦日を迎えるだろう。
正月は確かに「おめでたい」に違いない。だが、元日は「おめでたい」が3日にもなると「おめでたい」がインフレ状態になって、「なんともない」に変化していく。そこで親鸞というひとは、確かに人間社会では元日が「おめでたい」のだが、「ほんとうにめでたいとはどういうことか?」と考えたひとだ。
「ほんとうに」ということは、日がたつに従って「おめでたい」が段々「なんともない」に変化していく「おめでたい」は、「ほんとうのおめでたい」ではない。いつでも、どこでも、だれにおいても「ほんとうのおめだたい」と言いうるとしたら、それはどういう条件によってなのかと考えたひとだ。
まあ、「淨土」とか「安楽」とか「常楽」とか「安養」というイメージ言語で親鸞は、「ほんとうにめでたい」を考えたひとだ。
なんでも最初に、「〈ほんとう〉か?」という問いを立てれば、すべてが〈真宗〉になっていく。
窮極を言えば、それは「自分が」問うている問いではない。阿弥陀さんから問いかけられている問いなのだ。その問いを「自分」の問いにしてしまったら、絶望しか与えられない。問うているのではい、問われているのである。
いつでも、どこでも、問われているのである。
臨終の一念にいたるまで問い続けられているのである。
これぞ新鮮な、空前絶後の〈いま〉である。
●2019年1月3日●
もうはや、1月3日だ。「おめでとう」という言葉にも飽きてきた。
もうすぐ今年も大晦日を迎えるだろう。
正月は確かに「おめでたい」に違いない。だが、元日は「おめでたい」が3日にもなると「おめでたい」がインフレ状態になって、「なんともない」に変化していく。そこで親鸞というひとは、確かに人間社会では元日が「おめでたい」のだが、「ほんとうにめでたいとはどういうことか?」と考えたひとだ。
「ほんとうに」ということは、日がたつに従って「おめでたい」が段々「なんともない」に変化していく「おめでたい」は、「ほんとうのおめでたい」ではない。いつでも、どこでも、だれにおいても「ほんとうのおめだたい」と言いうるとしたら、それはどういう条件によってなのかと考えたひとだ。
まあ、「淨土」とか「安楽」とか「常楽」とか「安養」というイメージ言語で親鸞は、「ほんとうにめでたい」を考えたひとだ。
なんでも最初に、「〈ほんとう〉か?」という問いを立てれば、すべてが〈真宗〉になっていく。
窮極を言えば、それは「自分が」問うている問いではない。阿弥陀さんから問いかけられている問いなのだ。その問いを「自分」の問いにしてしまったら、絶望しか与えられない。問うているのではい、問われているのである。
いつでも、どこでも、問われているのである。
臨終の一念にいたるまで問い続けられているのである。
これぞ新鮮な、空前絶後の〈いま〉である。
●2018年12月29日●
食べるということは、世界を受け入れるということかもしれない。
味噌汁を食べると、鰹節の香りを食べる。鰹が太平洋を泳いでいた姿が目に浮かぶ。ワカメを食べると、海の揺らぎをいただく。豆腐を食べると、大豆が畑に実を結び、やがて収穫されて、豆腐屋さんが、それを加工している姿が目に浮かぶ。
お米だって、たくあんだってそうだ。たくあんは、あの北風の寒さが歯ごたえを生むらしい。たくあんに風を感じ、ワカメに海の塩味と大海原の揺らぎを感じる。
そうそう秋田にはイブリガッコがある。あの燻製の味はなんとも言えない。チーズとイブリガッコを合わせると非常に美味い。あっこれは、このあいだ秋葉原で食べた味だった。何といっても、香りは脳の深いとこにまで届いて記憶されるようだ。
そうか、食べるということは、そういう世界をすべて丸ごと自分に受け入れることだったのではないか。そして、その世界が、すべて〈私〉という国境を蹂躙し、溶解させていくのだろう。〈ほんとう〉は〈私〉なる国境はなかったのだと。
そうすると、偏食というのは、世界を拒否している姿かもしれない。自分は、そう思っていたのだろう。自分の苦手な食べ物を、少しずつ食べる訓練をしていたようだ。それでも、まだあの香菜(シャンツァイ・コリアンダー)は受け入れられない。
まだまだ、感受性の部分で、世界を受け入れられない自分がいる。

●2018年12月28日●
風邪で体調が、いまいちだ。
今朝のお朝事をしていて、お朝事のできる、お寺でよかったなあとつくづく思った。
お朝事の、この本堂の畳の、私の座っている、この場所は、「存在の零度」だなあと思った。
何も済んでいないし、また何も始まっていない。言い方によっては、もう済んでいる場所であり、その済んでいる場所こそが、まだ始まっていない場所なのだ。
この畳の上で、大きな声を出して、和讃を称えていると、これはもしかしたら原始人の産声かもしれない。
「存在の零度」とは、現代人の言葉で言えば「無意味なる一点」だ。何かのためにお朝事をしているわけではない。ただ大きな声を出している。この畳の上に座っている自分自身が、宇宙と同じ重さに感じられた。
お寺とは、「無意味なる一点」を与えて下さる場所だ。
それに、たまたま人間が触れると、人間が、根底的に癒されるようになっているだけだ。 だから、お寺は、根底的には、何をする場所かは決められていない。何のために存在しているのか分からない場所である。それだから、何をしてもよいし、何もしなくてもよいのだ。まさに自由。
●2018年12月26日●
いつも思うことだが、この年末年始というやつは、サラサラとした砂のようなものだ。
サラサラと落ちてきて、サラサラと過ぎていく。
鯨や鳥やネコには、まったく無関係の、これは人間だけの、「恣意的な時間」だと、うそぶいてしまいたい。
しかし、否定できないような、圧倒的な、この「共同幻想」の年末年始。
それをうっちゃってしまいたいのだが、なかなか強敵だ。
やはり、自分は「人間」という生物から一歩も抜け出ることができないと、つくづく知らされる。
宗教を突き詰めると、その「感受性」までをも変化させられるのかということだ。
意識はどうでもよい。そんなものを相手にしてはいない。
その意識を支えている「感受性」までをも、変化させられるのか。
「感受性」にまで根を下ろして、ものごとを考えているのかと、問われ続けている。
問題は「感受性」なのだ。
●2018年12月18日●
本日、新潟の方から蟹をいただいた。
蟹たちが、真っ赤に茹でられていた。
法語を思い出した。
「ぼく 今日 蟹を食べた
蟹の一生を
食べたんやなぁ」
という法語だ。
蟹を食べたのではない。
蟹の一生を食べたのだ。
何の言い訳も、弁解もできない。
先方の思いはともかく、これは「罪悪深重の衆生」であることから、一歩も足を踏み外してならない!という阿弥陀さんの厳しい説法だと受け止めた。
●2018年12月12日●
昨日は、東京7組の聞法会に行ってきた。
法座は、まさに一期一会、空前絶後の一回きりのライブである。二度と同じ法座はない。

 真宗の教えは何の役にも立たないが、住職に言われたから、義理で参加したというひとがいた。この方は参加者の多くのこころを代表したものではないかと思った。真宗の教えは、譬えれば空気のようなものだ。空気があってもなくても、普段の生活には何の影響もない。しかし空気がなければ、我々は生きられない。そんなものだ。
 だから、そんなものは当たり前じゃないかというひともあれば、これ無くしては生きられないというひともいる。それらはすべて「いただく世界」の違いだ。
 私は、役に立つか立たないかということも大切な論理だが、それだけに頼っていると、自滅しますと語った。老いるということは役に立たなくなることだから、その論理を当てはめれば、自滅の論理になる。その論理が自滅の論理だと知りつつ関わらないと足をすくわれる。
 この世全体が、〈ほんとう〉は阿弥陀さんの体内のようなものだ。毎日の生活は阿弥陀さんの体内を駆け回っているようなものだ。
 母が書道教室で、書道の先生から「一切唯心造」という言葉をお手本にもらって来た。「これってどういう意味?なんて読むの?」と聞いてきた。「いっさいゆいしんぞう」と読むのだと教えた。そうしたら「意味はどういう意味?」と聞くので、「そんなのは書いた先生に聞け!」と跳ね返したら、「先生は、たまにしか教室に来ないから聞けないのよ!」言い返す。それで仕方なく紙に意味を印刷して渡した。

 「一切唯心造」(いっさい ゆいしん ぞう)
「一切」→「すべて」
「唯」→「ただ」
「心」→「意識(=妄想)」
「造」→「つくる」

「一切唯心造」は「すべてのものは、あなたの意識が作り出した妄想である」という意味。
「すべては、あなたの妄想であると目覚めなさい」というお釈迦様の説法の言葉である。
 
さて、何と言ってくるか。
●2018年12月11日●
●来年の1月から、静岡親鸞講座というのが静岡駅ビルパルシェで始まる。
テーマは正信偈。正信偈を本格的にテーマにするのは、初めてなので、自分の中からどんな正信偈が生まれてくるのか、楽しみにしています。
詳細は「浄土真宗の法話案内」を参照のこと。

●孫の「宮参り」というのに行ってきた。
場所は水天宮。水天宮は予約は受け付けていないので、当日、全員集合してから受付に申し出るシステムだった。リニューアルされた水天宮は、建物も近代的で、機械化されていた。我々よりも少し前に来ているグループもあった。少し待たされて、本殿に案内された。巫女さんらしきひとと、宮司(禰宜とか権禰宜とかいう位かも)がペアになって、儀式を進行する。ときたま、「頭をお下げ下さい」と女性に言われて頭を下げる。そして宮司の祝詞を聞いて、「二礼・二拍手・一礼」という作法でやって、退出。僅か15分ほどの儀式で、あっと言う間だった。これが「戌の日」だと大混雑するらしい。水天宮は安産祈願の名所だからだ。
我々は六曜には無関係に、ただ両家の日程を優先して決めた。
以前の私だったら、「水天宮は神道で、自分は真宗だから…」とわだかまりもあっただろう。しかし、今の自分は、そんなことはまったくお構いなしになった。
恐らくそれは、神道と真宗が並列関係になくなったからだ。並列関係だと思ってしまえば、同じ秤の上に乗ってしまう。そして、同じ秤に乗ってしまうと「比べる意識」に襲われる。この「比べる意識」は、最終的には内ゲバの論理へと変質していく。
今の私には、その秤が不必要になった。
なぜならば、私にとって、真宗が絶対的になったからだ。もやは「比べる意識」に襲われなくなった。絶対的とは、私=真宗ということだ。私が体験すること、思うこと、すること、すべてが真宗内的出来事になったからだ。
神道も真宗内的神道で、19願という意味場だ。いずれも真宗内的出来事だから、何一つをとっても真宗と無関係のことはない。
最後に、境内に置かれていた、親子の戌の置物の頭を撫でて、水天宮後にした。

●本日は14時~東京7組の聞法会(願徳寺・北区王子本町1-8-9)があります。行ってきます!
●2018年12月7日●
『ゴッホと〈聖なるもの〉』の著者・正田 倫顕さんに、続々と講演依頼が届いております!

 これからは、「ゴッホと言えば正田倫顕!」と呼ばれるほどになるに違いありません。
ぜひこの機会に、ご参加下さればと思います!
現在はNHK青山教室で、講義をされていますが、これからは「新宿」「横浜」「柏」と、巻頭一円からのアクセスも網羅しておられます。
お近くの教室に、ぜひどうぞ!

 朝日カルチャーセンター新宿教室「ゴッホと『聖なるもの』」
 https://www.asahiculture.jp/shinjuku/course/bec75b77-426f-478f-50f0-5bad96e99aef

 朝日カルチャーセンター横浜教室「ゴッホの芸術―その本質に迫る」
 https://www.asahiculture.jp/yokohama/course/1e23d2f6-1f4b-e478-97b5-5bc84aa3400a

 NHK 文化センター柏教室「ゴッホを読み解く―その作品を貫くもの」
 https://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_1164312.html

●2018年12月6日●
新潟県での真宗教団連合の研修会に行ってきた。
真宗各派の研修会だ。今回の当番は仏光寺派で、いろいろとお心遣いいただき、大変有り難いご縁をいただいた。
こじんまりとした教団だからか、アットホームで、皆さん温かかった。

懇親会でも、小生の話と絡むかたちで、皆さんが語って下さった。これが、我が派だと、「話は話、宴会は宴会」と断絶することが多い。残念至極だ。
持参した本もすべて完売して下さった。
〈ほんとう菌〉が伝染することだけが願いだ。
日常は仮のことで、非日常こそが、〈ほんとう〉だと、引っくり返る蝶番があるかないかだ。

お邪魔した日は、歴史上、12月の最高気温を記録した日だ。
親鸞が島流しになった日にも、こんな日があっただろうか。
すでに刈り取られた田んぼには、白鳥がエサをついばんでいた。
真宗教団に元気がないのは、もう済んだことになっているからだ。
そして、親鸞を流罪にしたのが私の罪だと見えていないためだ。

自分たちは流罪にされた〈正しい教団〉だと錯覚しているからだ。むしろ、親鸞を流罪にした旧仏教教団と同質の自分である。

親鸞の末裔でもなんでもない。親鸞を踏みつけ踏み台にした教団だ。
親鸞がいのちがけで、訴えたことは。
ひとつも済んだことにするなということだ。
現在、成り立っている教団は、あくまで途中経過であり、発展途上だ。
決定版ではない。

この世には、自分しか生きていないのだから、自分が真宗を生きなければ、真宗などどこにもない。
あるのは幻想のみ。
自分の前には道がない。
だから自由であり、融通無碍だ。
 ある仏光寺派の住職さんは、今回、欠席された。わけを聞いたら、「詰め番」だという。「詰め番」とは、正しくは「勤式当番」といい、京都の仏光寺派の本山に全国の教区から当番が参勤する制度らしい。京都・仏光寺の日常のお勤めをする当番らしい。これもこじんまりとした教団だからこそのことだろう。
 こんな当番があったら、やはり自分たちで本山を支えているという意識も高まろうというものだ。仏光寺で出版した『晴れてよし、降ってよし』という写真法語集は、良い本だった。もう絶版かもしれない。法語も素晴しい。
 今回は、仏光寺派のお徳に触れさせていただいた研修になった。
●2018年12月1日●
もう12月になり、季節が早く過ぎていくことを実感している。おそらく皆さんもそうだろう。しかし季節が早く過ぎていくという感覚は、堕落以外の何ものでもない。時間は早いものでも遅いものでもない。それを人間だけが、早いと感じる。
それは日常がルーティーン(お決まりの日常)になったと感じるからだ。〈ほんとう〉のことは、日常は幻想であり非日常こそが〈真実〉である。
そうやって〈真実〉に目覚まされることで、人間は正気に戻れる。
人間は〈真実〉を生きることはできないけれども、そっちのほうが〈真実〉だったのだと覚醒することだけはできる。それで正気に戻されるのだ。
人間は「物理的な時間」を生きることはできない。人間が生きられるのは「時間という意味」だけなのだ。
●2018年11月27日●
ニュースでは、今朝も家族内殺傷事件が報じられていた。こういうニュースを見るたびに、どうして、何があってそういう事件になったのかと、いつでも理由を追求したくなる。もう、あまりに痛まし過ぎて、ニュース番組を見るのも嫌になってしまう。
そんなとき、阿弥陀さんから「さるべき業縁のもおよせば、いかなる振舞いもすべし」と聞かせてもらった。聞かせてもらって、「さるべき業縁」かと受け取ったのだが、何かもうひとつシックリこないものを感じた。
それは何だろうか。
それは、「さるべき業縁」と言えば、何か分かったような気になっている自分があったことだ。「さるべき業縁」とは、阿弥陀さんの説法だが、それを聞いて、「さるべき業縁でしたか」と受け取る自分の側に違和感が残ってしまった。
「さるべき業縁」という言葉は知っていても、〈ほんとう〉の「さるべき業縁」をお前は知っているのかという問いとなって聞こえてきた。
とすると、どこまでいっても、「さるべき業縁」という言葉を使えるのは、阿弥陀さんだけだな。人間がこの言葉を使って、何事かを納得することはできないのだなと思った。
人間は原始未開の時代から、何にも変わっていないのだなと教えられた。
近代人は「因果論」に洗脳されているから、そういう結果が起こったことには、必ず理由があるはずだという幻想にとらわれている。本当は原因など分からないのだ、自分にも他者にも。
原始林を黙々と歩いていた自分が、思い出される。
●2018年11月24日●
昨日は、平塚市・真福寺の報恩講に行ってきた。
真福寺は室町時代の創建だった。やはり、親鸞は鎌倉にも行っていたし、このあたりも歩かれていたのだろうと、親鸞の足音が聞こえた。平塚駅からは、東に一キロ強の位置にあった真福寺まで、御旧蹟巡拝の気持ちで歩いた。
お話は午前と、午後の二回だった。住職からは、お昼のお斎(昼食)を食べると門徒さんは、大半のひとは帰ってしまいますから…と聞いていたが、午後も対して減った感じがなかった。やはり、自分自身のいのちにまつわる〈ほんとう〉の話は、聞かざるを得ないと思ったのだろう。
真宗の法話は、「教訓話」でも、「こういうふうになりなさい」という教育話ではない。
いま、眼の前で、いつ死ぬとも知れぬいのちを生きている、そのいのちをどう受け取るか、いのちの〈ほんとう〉に驚いた感動の表白だ。だから、聞いたからといって、どうなるというものでもない。
現実はまったくかわらない。相変わらずの苦の娑婆だ。
しかし、だからといって、いのちの〈ほんとう〉は、明日のために生きているわけでもなく、何かのために生きているわけでもない。ただいのちそのものが、爆発しているだけだ。
その爆発に打ちのめされているということを、私が語るだけだ。
打ちのめされると、現実が何も変わる必要がなくなる。
娘さんが拒食症で、大変にうろたえている親御さんがいる。しかし、教えを聞いたところで、その現実がどうにかなるわけではない。現実はそもそも、人間が変えることができないからだ。その現実の前に、頭を下げるしかない。
それは、そうなるべくして、そうなっているだけ。それが現実。
その現実を拒否しているのは、何かと言えば、「こうあるべき、こうあるのが本当」という予定概念だ。
人間ほど不可解なものはいない。自分ほど神秘的な生き物はいない。
だから、自分や身内に何が起こるかなど分かったことではない。
ただ、起きてきたことをひとつ、ひとつ拾っていくだけだ。
「業を果す」とはよく言ったものだ。現れてきた現象は、自分の予期しないことばかりだ。しかし、その起きてきた現象に驚きたじろぎする。平然としてなどいられない。それこそが、自分でも、思っても見なかった業の出現である。まあ、そんな業を貯めて抱えているわけではないのだが、あたかも貯めてでもいるかのように業を果すと言う。果すというのは、その業を、その業のままに受け止めていくということだろう。
いま、ここ、わたしの、一瞬一瞬の〈いま〉は、私の思いを超えて、不可知不可解な〈いま〉なのだ。それが〈ほんとう〉のことだ。それをあたかも当たり前のこととして生きている、この思いが砕け散る。この砕け散る音が、こころよいのだ。

●2018年11月22日●
昨日の秋葉原親鸞講座で、ひとりの男性が、質問してくれた。
「お話の中で、ひとが愛する人を失ったとき、涙を流すのは、失ったひとへの思いとか悲しみではなくて、自分が寂しいから泣いているのだ、ひとは自己関心以外に泣くことができないのだ、とおっしゃいましたが、いま目の前で、家族を失って泣いているひとがいて、それも自己関心だけと言えるのでしょうか?」
ちょっと違うが、そんな質問だった。
私は、何も、いま目の前で泣いているひとに向かって、「それは自己関心ですよ」という必要はまったくないと申し上げた。それは、阿弥陀さんからいただく言葉で、人間が人間に向かって使える言葉ではないと答えた。
つまり、阿弥陀さんからいただくとは、〈真実〉からいただく言葉だ。
感情は、すべて自己関心をベースにする以外に動かないというのは、〈真実〉から教えられることだ。つまり、自己と阿弥陀さんとの対話の中で聞き取られる聞き言葉である。
ということは、私が昨夜お話したことは、すべて、阿弥陀さんに向かっての表白に過ぎない。
その阿弥陀さんへの表白を、たまたま、そこに座ったひとが、耳にしたというのが、昨日の講座の真の姿だ。お話のターゲットは受講生ではまったくなく、阿弥陀さんそのものなのである。
●2018年11月21日●
本日は、近田昭夫先生(86歳)の本葬だ。
御指名で法話を頼まれている。私は近田先生とのご縁も長く、いろいろなことが思い出される。
そして、最終的に、いま何を思っているのかと言えば、近田先生は「南無阿弥陀仏に成られた」という感覚だ。
淨土に往生された諸仏というイメージよりも、南無阿弥陀仏に成られたのだという思いが強まった。
南無阿弥陀仏は、我々への覚醒運動であり、いま現にはたらいている仏さまの姿だ。
近田先生の方便法身は亡くなったが、法性法身は、いま現に脈々とはたらいているのだ。そのはたらきを受けた和讃が、親鸞の「南無阿弥陀仏をとなうれば、十方無量の諸仏は百重千重囲繞して、よろこびまもりたまうなり」だ。
これは、往生を済んだことにしてはいない。いま現に「よろこびまもり」というはたらきを受けている感動を謳っている。
お念仏に生きた方々は、いま現に南無阿弥陀仏に成られたのだなぁ。
そして私とひとときも離れることなく、真実へと目覚まし続けて下さっているのだ。
それが生きた近田先生なのだ。

そんなことを憶念しながら、法話の場に立たせていただきたいと思っている。
●2018年11月16日●
★真実の切り口。
一面の真実。
真実は細部にしか宿らない。

★分かることは縛られること。
人間にとって、分かることは嬉しいことだ。
しかし、それは同時に、自分が縛られることだった。
ふとした場面で、「自分は男だから〇〇すべきだ」とか、「日本人だから〇〇すべきだ」とか、「坊さんだから〇〇すべきだ」とか、「大人だから〇〇すべきだ」とか、「人間だらか〇〇すべきだ」と、自分で自分に言い訳をしている自分がいた。
それって、言い訳だな。言い訳をすることで、自分を縛っているようだ。
〈ほんとう〉のことは、分からないのだ。
〈ほんとう〉は、人間なのか大人なのかどうかは分からない。
つまり、分からないものがいまここで呼吸をしているだけだ。
それが〈ほんとう〉のことなのに、その上に分かったことをあれこれと塗りたくって、言い訳にしているようだ。
醜いものだ。
スズメは、何の虚飾もなく、マルハダカで生きているのに。
いのちを剥き出しにして、生きているのに。
人間は、なんとも恥ずかしいものだ。
●2018年11月13日●
今朝のニュースで、71歳の男性が34歳の女性を金目的のために刃物で襲ったと、トップニュースで報じていた。これが20歳~30歳の男性だったら、おそらくトップニュースにはならなかったのではなかろうか。なんと71歳の高齢者が襲ったというのでトップになったのではなかろうかと思った。
71歳と言えば、大人としての分別もあり、また強盗をするほどの体力もないだろうと普通は判断しているからだ。テレビの監視カメラ映像では、なんと杖をついている。あれは偽装ではなさそうだ。近所のひとが、病気をしてから杖をついていたと証言している。
71歳の貪欲の煩悩はまだまだ盛んだったということだ。強盗をせざるを得ないような事情があるのだろうが、果たして他の方法手段はなかったのだろうか。思いつかなかったのだろうか。
71歳の男性は、おそらく自分の貪欲が見えていなかったのだと思う。それが見えていれば、躊躇したことだろう。真宗は、煩悩を対自化し対象化して、自分と煩悩の距離感を生む教えである。ということはだ、我々真宗教団に所属している人間たちの怠慢ということにならないか。世界中に、自分と煩悩を切り分ける装置をばら蒔いていたら、あのような犯罪が起こる可能性が、多少は少なくなる。
あのような犯罪が起こる要因のひとつは、なんと、私の責任でもあったのだ。
●2018年11月12日●
月刊雑誌・『大法輪』の12月号「特集 浄土真宗がわかる基礎講座」に原稿を依頼され、書きました。もしご縁がありましたら、買って下さい。
目次は以下のようなものです。「巻頭→浄土真宗が自慢できること。(迷信を拒否する。権力に負けないなど)。
第1部これでわかる浄土真宗。(真宗の利益。親鸞の名言名句。蓮如の名言名句など)
第2部ここがわからん浄土真宗(修行しない?戒律がない?、悪人ほど救われる?など)」 小生の担当箇所は第一部「これでわかる浄土真宗」です。「これでわかる」かどうかは、面々のおんはからいです。東西両本願寺の学者さんが、それぞれ担当して執筆しています。巻頭は狐野秀存先生です。
ぜひ買って下さい。
●2018年11月9日●
生まれ出たところがゴールだったんだなあ。
生まれ出たところが、の現場だった。
その不可思議な現場から、いままで一歩も動いてはいなかった。
生まれ出たところがゴールだったんだ。
ところが、人間は「成長」という幻想を与えられ、その幻想に惑わされて人生を送っていく。
「成長」などということは一切ないのだ。
生まれ出たの現場に、還っていく修行をさせられるのだ。
人間は眼が前に付いているから、前進するのだ、どこかへ行くのだと、前ばかり見ている。
しかし、〈ほんとう〉は、の現場から逃げ出そうと迷い走っているだけ。
の現場に帰ろう!と叫び続けているものがある。
魔郷にはとどまるべからずと、叫んでいるものがある。
一歩、一歩と、の現場に還っていく。そのための修行が人生だったのだ。
何のための修行か?だって。
そんな目的など必要としない修行だ。目的があったら、修行にはならない。苦行になってしまうからだ。
すべては、向こうから教えられてくる。
●2018年11月3日●
想念の視覚化、そして構造化をする。
言葉は必ず、意味場にのみ存在する。意味場は目には見えない。だから私たちは、言葉が、どの意味場にあるのかを、つねに探っている。
 家族に、「それ取って!」と言われても、「それ」が分からず、違うものを手渡すなどということはよくある。家族には「それ」がありありと分かっているのだが、私にはそれがわからず、「違うよ、それじゃなくて、これよ」などと言われてしまうことがある。
 家族と私は、視覚的には、つまり眼球には同じものが映っているはずだが、その映像の中のどれが「それ」なのかが違うのだ。これは家族の意味場と私の意味場が異なっていることを表している。
 以前にも書いたが、「私の息子は女です」もそうだ。この言葉(文章)も、どの意味場で言われているかがわからないと理解できない。多くの人々は、「私の息子は男であって、女であるはずがない」という意味場が開かれてしまうだろう。それはこの意味場が「生理的」な意味場で読まれてしまうからだ。ところが、意味場はそればかりではない。この言葉(文章)が、同窓会での会話であり、同級生の長男のところには男の孫が生まれたが、私のところには女の孫が生まれたということを述べている意味場だとすれば、すっなり理解できる。つまり私の息子には女の子が生まれたということを言おうとしてたのだ。
 これは、「意味場論」である。
 この意味場論を用いて考えていかないと、親鸞の文章も理解できない。さらに、それは親鸞を理解するためだけでなく、親鸞を親鸞たらしめた〈真実教〉を理解できない。私たちの、一番の関心は、親鸞ではなく、私なのだから。つまり私の救いである。私の救いとは、私が、いま・ここに・いることの意味の解明である。
 
●2018年10月31日●
近田昭夫先生が、2018年10月26日にご逝去されました。86歳でした。生前の御教化のご功徳を憶念しつつ、謹んで哀悼の意を表させていただきます。
もしご縁の方がおられましたらと思い「つぶやき」に掲載します。

真宗大谷派東京教区第7組顕真寺前住職・近田昭夫先生(87歳)の本葬の日程が決まりました。

日時・2018年11月21日(水)13時~

場所・真宗会館(練馬区谷原1-3-7)

電話・03-5393-0810

何卒宜しくお願い申し上げます。

※葬儀・告別式のち、法話(武田定光・約30分間)の日程です。およそ2時間はかかる見込みです。(-人-)
※仮通夜・密葬は近親者と七組寺院関係者で既に勤められました。

南無阿弥陀仏(-人-)
●2018年10月30日●
一昨日は拙寺の報恩講で、昨日は「無人の会」の公開講座だった。
 連ちゃんで、身体は疲れているのだが、こころは晴れやかな感じで、今日を迎えている。報恩講で西田真因先生は、富山の越中水橋門徒・吉田家の家訓を示され、これこそが真宗の信心の本質を言い当てていると語られた。
 吉田家家訓とは、これだ。
「婦夫ノ中に 申ス事 出来候テ 腹立候供 扨々 此ニテ 永ク大悲ノ御胸ヲ焦シ
 又モ大悲ノ御胸ノ イタマシモノヲト 早ク 回心可仕事」(夫婦の中に 申すこと 出で来そうらいて 腹立ちそうらえども さてさて これにて 永く大悲の御胸を焦がし またも大悲の御胸の 痛ましものをと 早く 回心つかまつるべきこと)
 これは真宗門徒のエートスをよく表している。夫婦ばかりでなく、家族等の人間関係で、腹の立つことが起こる。その時、阿弥陀さんが自らの御胸を焦がしておられることを思い、さらに、いくたびも、いくたびも阿弥陀さんを悩ませ傷ましている罪を思い、それに気づいたならば、いち早く、その心をひるがえしなさいという意味だ。
 自分の怒りや腹立ちが、阿弥陀さんのこころを踏みにじっているという罪の自覚が生々しく感じられる。
 真宗門徒は、この世のあらゆる関係性を、すべて阿弥陀さんを媒介にして再解釈していただいていく。自分のアンデンティティは、阿弥陀さんと自己存在という宇宙軸なのだ。それが絶対だから、「天皇」とか「日本」とか「国」とか、「教団」とか、そういったものはすべて幻想である。阿弥陀さんとの絶対関係があって、その中に幻想として「日本」や「教団」や「世界」がある。絶対関係が、〈ほんとう〉であって、他のものは仮のものなのだ。
 昨日の「無人の会」公開講座では、「未来の戦時下教学を超えるために」というテーマで西田先生に、約三時間、熱のこもったお話をいただいた。
 暁烏・曽我・金子、三先生の「天皇と阿弥陀さんの心は一つ」という発言をキッカケにして、西田先生は、三人の「人格」や「人間」を批判しているのではなく、三人の「教学」を批判しているのだと断言された。
 その「教学」の問題は、「教・行・信・証・四法型概念装置」であり、それらの先生方の発想の基本になっている。(特に金子大栄先生について語られたが)親鸞の晩年完成した教学は「要真弘三門型概念構造」だとおっしゃった。これこそが真宗の信心だと。
 「教行信証」という教学構造は、いわゆる「聖道門」の教義体系で、それはどこまでも修道論の文脈で成り立っている。ところが親鸞の教学は、「存在」が問題であり「行為」の問題ではない。
 「報化二土」を道綽は立てているが、報土と化土とが別物、あるいは報土の手前の化土といった構造になっている。それは源信も法然もそうだ。ところが親鸞は、報土の中に化土があるので、別物とは考えていない。
 つまり、自分が真実と向き合っていることを構造化している。自分は真実か虚偽かという見きわめだけでは、並列的だ。どちらかしかないということになってしまう。しかし親鸞は、真実に出遇えば出遇うほど自分の虚偽が暴かれ、その虚偽を暴いて下さる阿弥陀さんと出遇っていく。螺旋状に深まっていく。そういう構造が生きた信仰である。
 私は、曽我先生が、なぜ「阿弥陀さんと天皇のこころはひとつだ」とおっしゃったのかが気になっていた。
 曽我先生は「感応の道理」という講題で、昭和23年3月29日に石川県小松大谷学場で講話されている。(蓮如上人450回忌御遠忌ね年講話。→『曽我量深選集』第11巻所収)
そこで次のように述べられている。
「蓮如上人以来、久しい間、年代は経って、特に徳川幕府250年、その間に真宗は盛んになったようでありまするが、ある一部の同行の間にだけ真宗の御法(みのり)が限られてしまったやうであります。(略)明治維新以後になりますと、仏法というものはただ私生活にだけ止まってしまい、公の生活には仏法はなくなってしまったようであります。御門徒の家の中には仏法はあが、一度家を出て所謂、公の社会に出ると、そこには仏法はありません。
 町を歩いていても汽車に乗っても仏法はない。仏法は寺のみにある。ただ私の家庭生活に仏法はその命脈をつないでいるが、一般社会または学問・思想界・公の政治には仏法はない。公の世界では、全く無宗教の生活、唯物主義の生活をしています。強いて申せば、神道があるが極めて外面的なもので、なんら深い人間の精神には無関係のまた力のないものであります。ただ明治以来、学校教育は、宗教と関係のないところの『教育勅語』が発布されましてから、一種の国体信仰が教育の方針となって来たようでありますが、高い宗教というものから見れば、今日の日本の学問・思想・政治・社会・教育等に亙って無宗教と申してよい状態であって、まことに慨かわしいことであると思うのであります。
 かくてわれわれ日本人は、無宗教の世界、無宗教の政治・社会の中に住んでいる。その結果はどうなるか。まことに恐ろしいものがあると思う。明治の45年に二回、大正の15年に一回、そして已に昭和に入って満州事変より大東亜戦争のあの恐ろしい戦争にぶつかって、ああいう戦争をした。そしてそれを善い戦争であるか、悪い戦争であるか、それに対する批判力がない。ただ御国のためというような漠然として、東洋平和のためという名義の下に幾百万幾千万の人が命を失った。そして戦争は惨めな敗戦を以て終った。この戦争は誰か或る特種な指導者があって、その人々に指導されたのだと云えばそうかなあと思うようであるけれども、しかしその責任は各自各自にあると思うのであります。戦争を正しく批判する眼を奪われていた、眼を失っていたと、そういう風に云へばそれまででありましょうが、結局こんな状態になったのは各自各自の自覚の不足に帰着するのであると私は思うのであります。」(139~140頁)
 これを読んだとき、曽我先生は自分自身の発言(天皇と阿弥陀さんはひとつ)をどう考えておられたのかが気になった。曽我先生たちが、そう言って日本の若者たちを戦場に駆り立てたことは間違いない。それを「その責任は各自各自にある」という無責任な表現で終ってしまってよいのだろうか。「戦争を正しく批判する眼を奪われていた、眼を失っていた」という言葉が、自らの罪の懺悔であるのかと思ったが、「そういう風に云へばそれまででありましょうが」というような、開き直りとも受け取れる表現になっていることが問題である。
 その時の曽我先生の教学の構造、つまり頭の中はどうなっていたのだろうか。やはり戦前あるいは戦時中は、みんなが「戦争を正しく批判する眼」が奪われていたのだから、私がそのような表現をしても仕方なかったのだと思っていたのだろうか。もしそうだとしたら、そのように考えたことと、自分自身の真宗教学とはどういう関係になっていたのだろうか。
 私は、曽我先生の頭の中では、やはり「世界」は大きな入れ物であり、その中に教団や個人が住んでいるというふうになっていたのではないかと思った。「公の生活には仏法はなくなってしまった」という表現をみると、「公の生活」が大きな入れ物であり、私生活、個人は小さな存在と考えられていたようだ。
 その発想があるために、大きな入れ物である「公の生活」を形作っている天皇が絶対であり、その入れ物の中の小さな存在である教団や個人は、それに従うべきだと考えたのだろうか。どうも、天皇というものが西洋一神教の神の概念と同質になっていたのではないかと思える。明治維新政府は、八百万の神として相対的に遍在していた神を、西洋一神教のような唯一絶対の神に仕立てることで、人民のこころをマインドコントロールしたのだ。明治生れの曽我先生は、そのマインドコントロールの嵐の中に誕生され、その幻想世界を生きられたのだろう。
 だから曽我量深のアイデンティティは、世界は大きな入れ物であり、その中に教団や個人が暮らしているというものになっていたに違いない。
 奇しくも曽我量深の直弟子・西田辰正さんが、師・曽我量深に向かって「それでよいのですね!」と迫ったのは、まさに阿弥陀さんと自己の絶対関係というアイデンティティを裏切ったからではないのか。自己のアイデンティティを、阿弥陀さんから天皇に売り渡してよいのですかと叫んだのだろう。西田辰正さんに、そう叫ばせたものこそが真宗ではないか。
 しかし、世界は大きな入れ物であって、個人はその入れ物に入っている存在という世界認識は現代でも同質である。私はそれを「一世界全人類包摂世界観」と呼んでいるが、この世界観にマインドコントロールされている人間は、曽我先生と同じような過ちを侵すに違いない。
 阿弥陀さんと自己とが絶対関係に入らなければ、つまり私の言い方で言えば「一人一世界」へ覚醒してしかなければ、同じ過ちが繰り返されるに違いない。
  
●2018年10月25日●
昨夜の第1回秋葉原親鸞講座には定員60名を超え、80名以上の方が来られた。事前申し込みをされていない当日参加者には椅子のみで、机が当たらなかった。池袋よりも狭い教室で、超満員という感じだった。狭いという印象だっのだが、狭さが却って熱気を生みだしていた。
娑婆では、狭いよりも広いがよいに決まっている。しかし狭さが御利益を生むこともあるのが浄土だと頂いた。
秋葉原は2008年の殺傷事件があった場所だ。まさに、現代を象徴する事件だった。この場所で親鸞講座が開かれる意味は重いと思っている。現代人の精神を象徴する言葉が「未生怨」だ。いまだ生まれざる怨みを抱えて生きているのが現代人だ。
「誰でもよかった」という発言は、社会という幻想に圧迫されている人間共通の発言だ。〈一人一世界〉が本当の世界なのに、社会という世界が強大で、自分はちっぽけな存在と思い込んでいる悲劇だ。だから、〈一人一世界〉を取り戻すことが喫緊の課題なのだ。
まさに絶望の人生観から柔和・忍辱の人生観へと転換せねばならない。
資本主義は絶望の人生観しか生みださない。この共同幻想に、老いも若きも毒されている。老人だけが、死ねば死に切りで、何にも残らない、無意味な人生だった、あとは子どもたちに迷惑をかけずに樹木葬か散骨でもなんでもしてくれと絶望的になっているわけではない。若い人々も同じ人生を、着々と、確実に歩んでいるのだ。
さて、この「絶望の人生観」が、「柔和・忍辱の人生観」へといかにして転じられるか。これが人類の普遍的課題である。
幻想から目覚めるためには、〈ほんとう〉に触れなければならない。
私も以前は、この世に〈ほんとう〉などあるわけはないと思っていた。それこそが絶望感の人生だった。しかし、〈ほんとう〉に出会えないと、いくら拗ねてみたところで、やさぐれていくだけだ。どうせ人生に意味などないのさと、ふて腐れていくだけ。
そのくせ、本当のところは、喉から手が出るほどに〈ほんとう〉が欲しくて欲しくて仕方ないのだ。
〈ほんとう〉に出遇うと、この世が違って見えてくる。嘘偽りの娑婆を、嘘偽りと知りつつ悠然と生きられるようになる。まあ生きるのがよいのか、死ぬのがよいのか、本当のところはわからないところだが。
人間は何万年前も、これから何万年経とうと、進歩発展はしていない。生老病死だけを繰り返してきた。人間の本質は原始人だからだ。その原始人が跋扈する秋葉原で、〈ほんとう〉を叫んでみたい。
あの会場の熱気は、そういった要求が沸騰した状態ではないかと受け止めた。
●2018年10月24日●
佛は2、人間は3
佛には真実か虚偽(方便)かしかない。しかし、人間には真実から虚偽への橋渡しがいる。 それが言葉であり、意味である。
 人間が真実に触れるためには、言葉が不可欠だ。その言葉を通して、意味以前の真実に触れるしかない。そういうこともすべて、言葉を通してしか表現できない。
 言葉で言えば、「真実に触れ得ないという形で真実に触れる」としか言いようがない。
南無阿弥陀仏と言おうが、阿弥陀さんと言おうが、浄土と言おうがだ。
 しかし、人間は真実に触れ得ずして、決して究極的に満足できないようにできている。この人間という不可思議な海へ、いざ漕ぎだして行こう。
●2018年10月22日●
なんだか、「信心」とか「本願」とか「念仏」とか「浄土」とか、そういった宗教語で、ものを語ることが辛くなってしまった。
それらの言葉で親鸞が語ろうとした〈意味界〉があって、そこに足を浸していると、もはや親鸞の語った言葉は、親鸞だけの個性的表現だと思えるようになった。つまり、以前のように「親鸞が考えたように考えよう」という強制から自由になった。
以前は、親鸞が残した表現から遡って、「なぜ親鸞は、そういう表現をしたのだろうか」と考えていた。まあそれで追い詰められることもあるのだが、それはある程度までだ。そこから先は、「…と、私は思う。」と言わねばならぬ領域に入っていく。
つまり、最終的には、親鸞はそう考えたか、そう考えなかったかは分からないのだ。
そうなると、いままで自分が頼りにしてきた「確かさ」がこころもとなくなってくる。
果たして、自分の考えていることが〈ほんとう〉に適っているのかと。
そして親鸞を自己身体化させていく。自己身体化とは、親鸞を自己の内面化することだ。
つまり、自分が感じたり、考えたりすることと、親鸞が考えたり、感じたりすることは、差ほど違いがないと思うことだ。いままで親鸞を理想化していたときは、そんなことは露ほども考えれないのだ。それこそカリスマ化だ。
もし〈ほんとう〉が親鸞の中にあるのならば、私の中にもなければならない。それが〈ほんとう〉というものだ。私にも流れている〈ほんとう〉に響かせて、親鸞の表現を見ていくと、私の中から新たな表現が芽生える。もはや、親鸞の言わなかった表現だ。それが創造的な〈真実教〉だ。誰しもの中にも芽生え始める。
それが普遍的な〈ほんとう〉の表現であるのかないのか。それを顕彰するのは、あなた一人以外にはない。決して、他なる権威を持ってきても、それを正当化することはできない。
この世は、一人一世界なのだから。
●2018年10月21日●
やはり、私だけがこの世に生きていると、はっきり言える。
 私だけの世界。
 私だけが生きている世界。
 私は何のために生まれてきたのか。
 その答えを出すために生みだされたのだ、苦の娑婆へ。
 その仕組みが教えられていないから、人間は戸惑う。
 この世と関わる触覚は三毒の煩悩以外にない。
 貪欲・瞋恚・愚痴という触覚。
 戦時中は天皇制に洗脳されていた。
 現代では、資本主義に洗脳されている。
 新興宗教には洗脳されていなくても、資本主義には洗脳されている。
 それは幻想であり、妄想だと教えるものに身を委ねる。
 〈ほんとう〉からの批判を受け続ける。
 そしていつも、私は「零度の存在」に返される。
 「零度の存在」から出発し、「零度の存在」へ帰る。
 
●2018年10月14日●
縁瑞寺報恩講へ行ってきた。
山梨県は念仏砂漠と言われてきた。しかし、親鸞聖人が越後から茨城に来たときの状況もそうだったのではないかと思った。
根本的に、念仏に無関係の人間はいない。そもそも、死ぬために生まれてきたのだから、生きる意味についての答えが、喉から手が出るほどに欲しい生き物なのだ。ただ、それが分からないから、気晴らしで生きているに過ぎない。電車の中でスマホをせざるを得ないのと同じだ。人生という電車に乗り合わせ、することもないからスマホをいじる。スマホいじりは娑婆での生活と同質だ。することもないからいじる。やがて電車は目的地へ着いてしまう。そのときスマホから目を離す。
あっと言う間に、死と対面する。この人生で、いったい何をやっていたのかと振り返れば、スマホいじり以外にはなかったと愕然とする。
それは「生きていた」のでは、「死なないようにしていた」というだけのことだ。
寺では、六組聞法会が開かれ、岐阜から田中謙次先生にお越しいただいた。小生は聞法会に間に合わず、懇親会のみ参加した。
田中さんは、娘さんと各地の同行さんと六人ほどで東京へ来ていただいた。ほんまもんの生きた念仏者だ。自宅を開放して、毎月2日に法座を開かれているという。お話にもあちこちへ歩かれている。本物の妙好人に会いたいひとは、田中先生に会っていただきたい。六組聞法会では連続二回来ていただいた。
懇親会場(味久)の座敷の床の間には「大道無門」と軸が掛けられていた。これは『無門関』の言葉だ。禅宗ではどう了解するのか分からないが、小生は、仏道は360度の道だから、日常のあらゆる場面に転がっている。ところが、そこに入る門が見つからない。道は広い。誰でもが、その場で入門できる。しかし、その門が見つからないという痛ましさを感じた。
おそらくそれは近すぎて見えないということだろう。

そうそう、何で仏道を説くひとを「先生」と呼ぶのですかと聞かれたことがあった。確かに「曽我先生」とか「暁烏先生」とか、「〇〇先生」と呼ぶ。小生も「武田先生」などと社交辞令で呼ばれることもある。しかし、そんなところに私はいないのだ。まあ「〇〇先生」と呼ぶひとの中にしか「〇〇先生」はいないのだ。「〇〇先生」と呼ばれる実体などどこにもないのだ。おそらくそう質問したひとの中には、すでに「先生」という、何か固定観念があって、それが「あいつが先生などと呼ばれることは納得できない」と叫んでいるのだろう。それはそのひとの「思い込み・固定観念」でしかありえない。しかしそれも無駄ではない。なぜそれが納得できないのだと、阿弥陀さんから「反問」されるからだ。
要するに、自分の固定観念以外では、この世のことと関係できないのが我々だ。
果たして実体はどうかと言えば、何もないのだ。問題は、その固定観念以外にないのだ。
●2018年10月11日●
その先の言葉にならないところを言葉にする。
 何を感じ、何を思っても、それはすべて自分の固定観念・思い込みである。
 言葉は、つまり文字は、私の眼前にある。
 しかし、その言葉に何を感じ、どう反応するかは、自分の固定観念という限定を受ける。つまり、「自分の意味場」以外からは生まれない。
 その固定観念の意味場は無色透明で見えない。
 その見えないところをさらに掘り進む。
 掘り進んで、〈ほんとう〉がほの見えるところまで掘り進む。
 これが私の生きている意味である。

 私は、誰でもが同じように感じ、同じように考えられることを第一義に思ってきたようだ。だから、文章を書くときも、自分から吹き出てきた感情を、まず横において、それで、「さて、他者の目からみたらどう見えるか」と思って、冷静な文章に仕立ててきたように思う。
 しかし、もはや、そんな他人の目を気にすることもいらないのではないか。
それよりも、自分の深淵を掘り進んで、個人を掘り進んで、それが普遍にまで到達する井戸を掘削する以外にない。
 人間は、どこまで行ってもモノローグ以外に表現のすべをもってはいないのだ。
果たして、モノローグだからといって、自分がすべてそのことを把握しているかと言えば、そんなことはない。言葉として外化された段階で、それは自分を超え出てしまい、もはや「私」と呼べるものではなくなる。
ただ、外化し、表現し、その表現したものから再び刺激を受ける。これが生きている意味だろう。
●2018年10月9日●
雖陜舎の報恩講へ行ってきた。
東京駅から高速バスで一時間半。知らなかったが、鹿島への高速バスは約10分間隔で運行されている。こんなに鹿島への本数が多いのかと驚いた。これは鹿島臨海工業地帯への唯一の(つまり鉄道のアクセスが悪いので)アクセスだったのだ。
 大原求道さんが、鹿島セントラルホテルまで車で出迎えてくれた。そこで東京からこれらる方々を待って自宅へと向かった。
 大原さんは自宅を「雖陜舎(すいこうしゃ)」と命名し、報恩講を開催しておられる。そこには土浦から茨城・親鸞の会の川島さんや原さんが集ってこられていた。他の参詣者は大原さんのご家族方で、十数人の集いとなった。
 この「雖陜舎」という名前は、谷田暁峰師から頂いたという。これはもともと石川県能登で櫻井鎔俊師が、戦前、若人と仏道の鍛練の場として海岸に建てた小屋の名前だという。戦後、櫻井師は、葬式法事をやらずに本当の仏道を広めるという願いで東京(豊島区)へ「真々園」を建てられた。そこで谷田師は櫻井師に出会い、自宅を「雖陜舎」と名のられたそうだ。その後、谷田師はサラリーマン生活を定年退職され、出身地の石川県能美市へ戻り、「広大舎」を名のられたので、「雖陜舎」を大原氏に譲られたという経緯らしい。
「雖陜舎」の出所は、法然上人の『漢語燈録』にある「念仏の草庵隘しと雖も、しかも恒沙の聖衆雲集して、庵羅園の華座に同じ。三昧の道場陜しと雖も、しかも無数の賢聖側塞として、霊鷲山の苔筵に等し。若し人念仏せざれば、則ち恒沙の聖衆一個も接せず。無数の化仏一佛も来らず。念と不念と得失天渕、行者まさに知るべし。」だそうだ。
(茨城親鸞の会 会報『じねん』2018年1月1日発行第71号所収・大原求道著「雖陜舎報恩講」参照)
 まさに「維摩の方丈」を思わせる。そこには念仏のいぶきを感じた人びとが集い、まさに地下茎の如き熱気を感じた。
 これは「地下茎のサンガ」だと直感した。地上には政治経済の出来事ばかりが目につく。しかし、その大地を支える地下には、地下茎の如き念仏のサンガがあった。〈ほんとう〉を求め、〈ほんとう〉のコトに触れたいという願いと、それに触れ得た感動が満ちあふれていた。
 インド発祥の仏教も、地上から消えて地下に根を張った、その根から中国やベトナムなどに芽が生まれ、やがてそれがアジアの東端の日本に芽を出した。
 地上がどれほど喧しく変化しようとも、決して変化せず、またひと目につかない地下にこそ根を張っている。この念仏のサンガの底力を実感させられた。
 いわば宗派や〇〇教というのも、地上の出来事だ。地下茎はひとの目には見えない。その地中深くを見つめる眼がなくては。
 お斎のそば屋で出された、巨大なえび天には驚かされた。一本食べたら満腹で、もう一本は持ち帰り晩御飯のおかずにした。いくら海老好きの小生にも荷が重かった。
 霞ヶ浦でこんな海老が取れるはずもないがなぁと思いつつ、鹿島の地を後にした。 
このお念仏の集いの後の余韻がなんとも言えず、いいものなのだ。
●2018年10月7日●
★『救済詩抄』出版しました!★
この本は、右頁に「救済詩」が墨書で書かれ、左頁にはその「味わい」が書かれた法語集形式の本です。「救済詩」の墨書は、小生に響いてきた〈真実教〉の響きを詩的に述べたものです。全200頁で、実費500円(税込み・送料別)でお分けすることが可能です!ぜひどうぞ!

【今日のつぶやき】
それでよいのか!?
浄土真宗本願寺派では、「住職」の資格を取るための必須科目に、比叡山の「居士林」での修行を取り入れるべきだという意見が出ているらしい。この問題が気になっていた。
これは宗派の質を云々しているわけではないことを、まず断っておきたい。
つまり、親鸞の「絶対他力」の教えから見たとき、どうなのだろうという質の問題だ。
昨今、いわゆる「住職」の質が問われる時代になり、「住職」の質を「向上」させるには、自力修行も必要という考え方ら出てきたことではないかと思う。宗祖の親鸞も比叡山で20年間ものあいだ修行をしたのだから、そのご苦労を偲ぼうということも考えられる。
宗祖・親鸞のご修行の苦労も知らずに、「他力」などと軽々しくは言えない、という考えもあるのかもしれない。もっと言えば、親鸞聖人は、その修行をしたお蔭で「他力」の教えに目覚めたのだから、修行もせずに、「他力」など分かるはずもないということもあったかもしれない。
まあ、2500年もの間、仏教は、いわば「お釈迦さん」のやり方を真似てきたのだから、そういう発想があっても仕方ないだろう。
また、現代の坊さんがしっかりしないから、教団に元気がないのだという、教団に属する重鎮が愚痴るのももっともな気もする。
しかし、親鸞が直感した〈真実教〉は、そういう発想を執らない。大事なことは、私は釈迦でも親鸞でもないという絶対現実だ。だから、真似をしてもよいし、真似をしなくてもよい。また、親鸞が20年間修行したから「他力」の教えに目覚めたといっても、それでは、私が20年間修行したら目覚めるかと言えば、それは別の問題だ。お釈迦さんが「勤苦六年」と言ったから、私も苦行を六年やれば、目覚めるというわけでもない。それが開祖であろうと、宗祖であろうと、その人間と自分とは業が、まったく違う。
いわば〈真実教〉の前には、道はない。
つまり「どうしたらよいか?」という方法論は、自分自身が自己責任で負うしかない。
その問いは誰もが問うという質ではなく、私自身が私の全責任で負うとき、「問いの中に答え」が見つかる。
まあ、「真実を求める」という問題と、ある宗派の「住職になるための養成コース」とを同じ質で論じてしまうことに間違いがある。
やはり、基本は「いわゆる〈仏教〉は、修行をしなければ救われない。しかし、〈真実教〉は、修行をしようとしたら救われない」ということだ。
肉体的な修行をするかしないかは、業縁の決めることだから、人間が「するな」とか「しろ」とかは決められない。つまり、「修行をするかしないか」という行為の問題と、「修行をしなければ救われない、修行をしたら救われる」という発想の問題とは次元が違うのだ。
そもそも、救われる前には、「救い」など分かってはいないのだ。分かっていないにも関わらず、「救い」がほしいと言っているだけだ。おかしなことだ。
まあ、「救い」を求めるこころそのものが求道心などではなく、ただの貪欲だったのだ。
●2018年10月5日●
生後二カ月半の孫が5000グラムを超えた。
あれを見ていると、やはり人間は、絶対他力から誕生する以外にないと確信した。
生まれるのも他力、死ぬのも他力。
すべてが他力の中の出来事。
それで「いいのですね?」と阿弥陀さんに吐露している自分がいる。
おそらく以前の自分であれば、「それでいいはずがない!」と、批判したい気持ちになっていたことだろう。
「世界全体が幸福にならないうちに、個人の幸福はあり得ない」のだから。
でも、それは人間の願いではない。阿弥陀さんの願いだ。
そんなものを願える、あるいは願おうとしたら、人間が潰されてしまう。

つくづく「意味場」だと思う。いま、自分はどんな「意味場」に住んでいるのか。
経済の意味場か、政治の意味場か、音楽の意味場か、芸術の意味場か、欲望の意味場か、信仰の意味場か。
私のこころは、それらの「意味場」を次々に渡り歩く。
「私」などという実体はないのだ。「私と思うこころ」があるだけだ。そのこころが、点々と「意味場」を遍歴する。

時間を超えろ。存在に開かれろ。それも「零度の存在」にだ。
●2018年9月30日●
寺に住む人間は、寄生虫。
今朝の蓮如の『御文』は、きついお聞かせだった。二帖目第十二通(真宗聖典790頁)
「それ、人間の五十年をかんがえみるに、四王天といえる天の一日一夜にあいあたれり。またこの四王天の五十年をもって等活地獄の一日一夜とするなり。これによりて、みなひとの地獄におちて苦をうけんことをばなにともおもわず、また浄土へまいりて無上の楽をうけんことをも分別せずして、いたずらにあかし、むなしく月日をおくりて、さらにわが身の一心をも決定する分もしかしかともなく、また一巻の聖教をまなこにあててみることもなく、一句の法門をいいて門徒を勧化する儀もなし。ただ朝夕は、ひまをねらいて、まくらをともとしてねぶりふせらんこと、まことにもってあさましき次第にあらずや。しずかに思案をめぐらすべきものなり。」
 「四王天」とは、四天王の住む場所らしい。人間の寿命が五十年と考えられた時代に、その五十年は、四王天のたったの一日で、その四王天の五十年が、等活地獄の一日に当たると、比喩的に語る。つまり、地獄に堕ちて、地獄の苦しみを味わう時間は永遠だと強調する。
 それだから、一日もはやく地獄行きの人生から、極楽浄土の生へ目覚めなければ、人間に生まれた甲斐がない。それなのに、ただ毎日をのんべんだらりと空しく月日を送り、お聖教を開いてみることもせず、どこかの一節を引いて門徒を教化することもしない。ただただ、暇を見つけて、枕を共として安眠を貪っている。これはほんとうに浅ましいことではないか、よくよく考えてみなければならない、と。
 これは、蓮如さんをも含めたことを歎かれているのだろうが、これを突き付けられてみると、いま寺で生活している人間は、まさに仏法の寄生虫ではないかという批判に聞こえる。
 いま、小澤竹俊(ホスピス医)さんの『今日が人生最後の日だと思って生きなさい』が25万部の売れ行きだという。彼はクリスチャンだが、この言葉は仏説ではないか。これこそが、南無阿弥陀仏ではないか。
 この題名を見て、何を感じるかだ。このタイトルに対して、どう反応するかが、自分の〈いま〉を物語っている。
 まあ、いろいろ言いたいこともあるが、今日のところは、止めておく。 
●2018年9月24日●
1、もう少しで『救済詩抄』が出版できそうです。
これは、右ページに墨書(小生の墨で書いたもの)があり、左ページには、その「味わい」が書かれた構成になっています。100の墨書を選びましたので、やく200ページものになっています。

2、月刊『大法輪』12月号の「浄土真宗」特集の原稿を書いています。
親鸞の名言名句や蓮如の名言名句なども載せています。
ご縁のある方は、買ってください。

3、とにかくこの娑婆を、仏法の言葉であふれらせることだけが願いのように思えます。
「真実」(〈ほんとう〉)ということだけが、人間を納得させ、人間を癒し、人間を救います。
生きていれば、いろんなことが降りかかってきます。それもこれも、すべては娑婆の「味わい」です。
一生涯が、修行の場ですから。目的を教えられていない修行の場ですから。目的のある修行は「苦行」です。目的が教えられていないから、娑婆の修行が、「味わい」に変わってくるのです。
人間には、そして人生には結論はありません。
●2018年9月20日●
自分が、自分であって、自分でない。
長生きすると、いままで見えなかったものが見えてくる。これもやって、あれもやってと、自分では思っていたのだが、それもこれも「縁」が熟さないとやり通すことはできない。
「佛は細部に宿りたまう」で、日常の細部を見ると、そこに自分の人生のすべてが現れている。
トイレに入って、トイレットペーパーで肛門を拭いたあと、床を見たら、トイレットペーパーのほんの小さな切れ端が落ちていた。どうしても、ペーパーをちぎる時、ペーパーの紙片が落ちてしまうのだ。
それを、拾って水と一緒に流せば、床が綺麗になると思っていた。その時までは。
しかし、実際にトイレから出て、後から気付いたら、ペーパーの紙片を水に流すことを忘れていた。
後から思うと、あの時、ああするはずだったのにと、ああしておけばよかったと後悔する。
やはり人生は「後の祭り」と、「取り越し苦労」の連続だ。
〈いま〉の抜けた人生は、その二つで終っていく。
●2018年9月17日●
高岡教区第2組の第35回同朋大会に行ってきた。
当日は雨模様の中100人くらいのひとが、砺波文化会館に集まっておられた。
初っぱな、三帰依文を称えてお話を始めようとしたら、途中で三帰依文を忘れてしまった。懇親会で、門徒の方々と飲んだが、これがよかったとおっしゃって下さった。
別に自分では何の作意もなく、ただ三帰依文が途中で消えてしまって、聴衆の方にお聞きして、助けていただいた。
しかし、聴衆は、さあこれからどんな話が始まるのだろうと緊張していたが、あのど忘れで、皆さん、どっとリラックスしてしまったと、おっしゃっていただいた。
何が幸いするかはわからない。何の作意もなく、ただのど忘れも、阿弥陀さんのお手回しと思うしかない。
100人の聴衆は、みなさん、集中して聞いていただき、とても熱気のある集会になった。それもこれも、みんな阿弥陀さんのひとりばたらきだ。
合唱団「蓮の音(ハスノネ)」の皆さんの歌声に聞きほれた。「花は咲く」は3・11の震災から流行した。みんなで歌った。「花は 花は 花は咲く いつか生まれる君に 花は 花は 花は咲く わたしは何を残しただろう」で終る。
〈ほんとう〉に私は何を残せるだろうと問われた。
やはり、仏法の言葉を世界中に、あふれさせることだけが願われているのだろう。
言葉は、時間も空間も超えてしまうからだ。
●2018年9月12日●
「無人の会」公開講座のご案内
日時:2018年10月29日(月)午後2時~5時(受付は1時30分~)
会場:求道会館 文京区本郷6-20-5(℡03-5842-4803)
参加懇志:3000円
〔懇親会:3,000円・住職は5,000円〕
講師:西田 真因 先生(真宗大谷派 元教学研究所所長)
テーマ:未来の「戦時下教学」を超えるために
ご案内:
 今年、西田真因先生が、大谷専修学院編集部発行の『願生』第169号特集号(2018年2月26日発行)に「戦時教学」論の一断章-「教学」の〈体系性〉の缺如を問う-」という文章を発表されました。ここで先生は、太平洋戦争の戦時下における真宗大谷派の教学状況を問題にされています。当時、暁烏敏師が「天皇の本願と阿弥陀佛の本願と同様である」と発言し、金子大栄師が「第十八願が天皇の願いであるから四十八願がそのまま陛下ののりである。」と言い、曽我量深師が「弥陀の本願と天皇の本願と一致してゐる。」と発言されています。
 このことのもっている教学的問題性について、先生方は、戦後言及されませんでした。政治的圧力によって、仕方なくそのような発言をしたのであればまだしも、先生方は、どうも「本心」からそのように発言されているようなのです。
 これは、戦時下という特殊状況の中での発言ですから、2018年を生きる者が、真意を推し量ることはできません。
 しかし、〈真宗〉という真実に照らした場合にどうなのでしょうか。三師の発言のもっている教学的問題性を「個人」に特殊化するのではなく、「人類」の問題として明らかにしなければなりません。
「過去は未来の鏡」です。やがて当来するであろう「戦時下」に、現代を生きる私たちはどのような教学的態度を取り得るでしょうか。皆さんと共に考えてみたいと思います。
 
※参加ご希望の方は、当方(武田)まで、ご連絡下さい。尚、当日の参加も大歓迎です!
宛て先
 ℡03-3644-0986
 メール insokuji@at.wakwak.com
●2018年9月10日●
自分のやったことを、自分の手柄にした途端に、やったことが濁ってしまう。
ついつい人間は、「俺もまんざらではない」とか「俺のお蔭で会社がうまくいっている」とか思ってしまう。思ってしまうことは、よいことでも悪いことでもない。あるがままに、そういう心が沸き起こってくるものだから。
ただ、何でも、それを自分の手柄だと思ったとたんに、その行為自体が汚れてしまう。
それでも、人間は褒められたいという煩悩をもっているから、厄介だ。
今朝のテレビを見ていたら、いまペンギンが流行っているという。ネット上で流行っていて、それが人形等の関連商品を生み、いまでは五億圓産業になっているという。このペンギンは、些細なことでも、すべてをほめてくれるのだ。「朝、目が覚めた、あんたら素晴しい」とか、「電車に乗れて、凄い!」とか、ささいな日常の行為をすべて肯定してくれる。そうすると人間は、やる気が出てきて、心地よく生きられるというわけだ。
なんとそのペンギンの名前が面白い。それは「肯定ペンギン」だ!
あらゆる行為を肯定し褒めてくれるから、「肯定ペンギン」。これは「皇帝ペンギン」をもじった命名なのだ。
 私には、阿弥陀さんという「肯定ペンギン」がいるのだが、ちょっとそのペンギンとは性質が違っている。阿弥陀さんは、ただすべてを肯定することはしない。最初に、「絶対否定!」があった上での「絶対肯定」だ。
 ただの「絶対肯定」に人間は耐えられない。そのうち肯定されていることに不満を感じる。肯定が日常化してくると、肯定の効果が薄まってしまうからだ。
 それで、阿弥陀さんは、まず「絶対否定」してくれる。
 なんでも自分の手柄にしたい、そしてほめられたいと思っている自分を「絶対否定」して下さる。そのうえでの絶対肯定だ。
 
●2018年9月7日●
なんということだ。北海道で震度7!
小生の先輩の寺が、苫小牧にあるので連絡したが、当然、つながらず、災害伝言ダイヤル(171)に伝言だけは録音した。他にも北海道各地に知人があり、無事を祈るばかりだ。
 地震は五不思議の中の「龍力不思議」にあたるだろうか。
 この「日常」は、「非日常」の土台の上に成り立っていることを改めて教えられた。
インフラと呼ばれる、水・電気・水道がなければ、人間は、ほんとうに無力だ。
 テレビの中で、住民が、東日本大震災は遠いひとごとだと思っていたけど、初めてわかりましたと話していた。そういうことだろうと思った。
 ひとごとか、我が身に降りかかってきたことかは、業縁が決めることだから、これは人知を超えている。
 いずれやってくる関東大震災に、私も同じ思いをするのだろうと思った。
 2011年以来、日本は地震の活動期に入ったそうだ。北海道の地震も、「予震」というひともいる。「本震」はこれからやってくると。
 日本は、地震大国だということを、改めて思い出すべきだろう。
 いろんな備えをすべきだとテレビは言うけど、いつでも人間のやることは「間に合わん」が本質なのだ。
 
●2018年9月6日●
孫が寺にやってきた。3500グラムほどの、小さい肉のかたまり。しかし、目も二つ、耳も二つ、眉毛までついてる。小さいけれど、人体のフィギュアになっている。片手でホイと投げ棄てられるほどの軽いいのち。
 この小さないのちに圧倒されている。
 小さないのちを見ていると、中世の出家者が仏像を観想しているのと同じ効果がある。仏像の顔と小さないのちの顔は似ている。寝ていても微かな動きがあり、停まってはいない。レム睡眠のように瞼の下で目の玉がクルクルと動き、ときたま、ニヤ~ッとした表情を作る。この小さないのちは、いったい、どんな夢を見ているのだろうか。
 ときには悲しい顔をしたり、泣きそうになったり、仁王のように憤怒の貌になる。
 たぶん、私とそうは違った夢をみてはいないと思う。夢は経験したものを再現したものではないからだ。感情というやつは、いのちの小ささには無関係だ。
 果てしない夢を見て、彼女も人生を生きていくのだろう。
 まあ、〈ほんとう〉のいのちは「」なのだが。
 
★新刊講演録・『救済詩の旋律』が出版されました。(実費冥加金500円)
 ご希望の方は因速寺までご連絡下さい!
●2018年8月30日●
聖典を開くと、昔読んだ馴染みのある場所もあり、まったく新鮮な場所もある。何十年も「真宗」と関わってきたのに、まったく読み飛ばしている箇所があるなぁと嫌になった。まったく読めていなかったなぁと思うこともある。
 しかし、それは間違っていた。
 聖典を開くたびに、まったく新しい出遇いがあるのが〈ほんとう〉だ。
 今朝初めて開いて、教言に出遇う。馴染みがある場所だと思っていたのだが、それをよくよく見つめていると、まったく理解が届いていないということが露になる。それは、理解が届いていないのではなく、新鮮な出遇いを求められているのだ。
 聖典から求められているのだ。
 だから、いままでの理解とか、分かっていたことなどは吹っ飛んでしまっう。毎回が、「万劫の初事」であり、人生で一回こっきりの出遇いの場なのだ。
 聖典を読むのに、「玄人」になったらお終いだ。いつでも、「素人」なんだ。
「素人」にさせていただけるのも聖典の御利益だ。
 
●2018年8月27日●
親鸞の言う「信」も「願」も「浄土」も、すべては、ひとつのことのメタファーなのだ。それは、〈ほんとう〉ということ。
 それを、あの手この手で、暗示してくる。
 目の前にしている景色も、光景も、すべてが〈ほんとう〉のメタファーだった。
特に、人間の手を通していない景色が素晴しい。「他力度」が、人工のものより勝っている。
 セミの鳴き声も、まさにお念仏ではないか。ちょっとここんところ、セミの鳴き声が、か細くなってきて、盛夏が過ぎていくことを知らせている。
 ああ、すべてが「お浄土」の荘厳ではないか。
 何一つをとってみても、「他力」で成り立っていないものはない。
〈ほんとう〉など、人間には知ることはできない。〈ほんとう〉の片鱗が、世界中に遍満しているだけだ。
 
●2018年8月25日●
すべては、無駄の上に成り立っている。
そうだったのだ。人類には明るい未来などない。地球もやがて、無くなるときがくる。
そのときは、人類もこの世からいなくなっているはずだ。
マクロの視点で眺めてみると、自分の日常がいかにちっぽけなことであくせくしていることかと、呆れてくる。
しかし、このマクロの視点が、あの相模原事件の被告にはないのだ。地球が無くなり、人類も滅亡するという、その視点に立って、〈いま〉を眺め直してみなければならない。
そうすると、〈いま〉、ここ、わたしというものが、奇跡的なことだと、見直されてくる。 見直さないと、役に立つものは〇、役に立たないものは×という殺人の論理から抜け出せない。そして、やがて彼にもやってくる老病死という限界状況を受け入れることができないだろう。

《ご報告》
娘が8月22日に女児を出産しました。つまり、小生にとっては孫です。
ご心配いただいた方々に、取り急ぎ、感謝を込めてご報告させていただきます。
●2018年8月14日●
ああ

見くびっていた

まさか

ここに居るのが

仏縁だなんて

目にするもの

すべてが

仏縁だなんて

見くびっていた

なんということだ

オセロが

真っ黒に並んでいるのが

俺の人生だと思ってきた

この一点に目が止まると

目の前が真っ白になった

なんということだ

一気に

いままで真っ黒だったオセロが

ずずずんと

バタバタばたと

真っ白にひっくり返ってしまった

ああ

なんということだ

これが

〈ほんとう〉のことだったとは

ああ恥ずかしい
●2018年8月3日●
ようやく講演録第五巻『反問性という運動』(8月)は出来上がりました。
さらに続けて、講演録第六巻『救済詩の旋律』の出版を準備中です。いま第一稿を印刷所に搬入しています。これから校正段階に入ります。
 その次に、『救済詩抄』という一行詩とその心を合わせた本を作成中です。これは書き下ろしです。
 よって、「つぶやき」の更新ができません。また、縁が熟したときには、更新させていただきます。
 更新されてないじゃないかと、ご心配をいただくといけないので、一応、報告しておきます。
 
●2018年7月26日●
安田理深先生は、生前、自分の話したものを本としてまとめることを忌避されていたと聞く。発行を希望する人間が、「どうしても」とお願いして、ようやく先生も了解されて出されるということだったようだ。
名著となった、『自己に背くもの』(文明堂)がある。これは曇鸞の『浄土論註』の「八番問答」についての講話だ。私も、何度も読んだことを覚えている。親鸞も、「八番問答」は『教行信証』信巻の末部に引用している。まあ、「疑と信」の核心部分を問題にしているところだ。
内容ではなく、この書の書名についてエピソードがあったと聞く。
当初、発行を希望してたものが『本願に背くもの』という書名で出そうとしていたが、それを安田先生はよしとされなかったという。(あるいは出版してしまったとも聞く)そもそも凡夫が本願に背くなどということはできないというのだ。だから、もし付けるのであれば「本願ではなく、自己に背くもの」ではないかと。本願は絶対なるものであるのに、相対である自己が、その絶対に対して背くなどということはできないというのだ。つまり本願を受け入れるべき「本当の自己」に対して、「疑いの自己」が背いているのだと先生は言いたかったのだろう。
確かに、そのように言われれば、そうかもしれない。しかし、私は内容はそうであろうけれど、書名としては「本願に背くもの」のほうがよかったのではないかと思っている。
私たちは、本願を信じたいと思っているのだが、その本願を信じたいということそのものが、実は本願に背いていることなのだというアンチテーゼが表現されるからだ。
そもそも、凡夫が「本願」という言葉を用いることそのことが、「本願」を冒涜しているのだ。本当の「本願」は、人間が考えることも、語ることもできない真実そのものなのだ。その不可称不可思議の本願を、人間の恣意的な言語世界に引っ張り込んで、勝手に「本願」と命名しているに過ぎないのだから。冒涜以外に何ものでもない。
ただ、人間には、そういうやり方でしか、「本願」というものを考えることも触れることもできないので、それも致し方ないことだ。
本当は、「本願」などに人間が触れ得るものではない。
人間は、自分の考えた「固定観念」に対して、「阿弥陀」と言ってみたり、「本願」と言ってみたりしているだけだ。そういう形で、「絶対と相対」を綺麗に断絶してくれることで、救って下さるのだ。
もし私が「本当の阿弥陀さん」を知っていたり、「本当の本願」を知っていると思ったら、それは大いなる誤りである。それだけは間違いのないことである。
●2018年7月22日●
いかなる「物語」を生きるかが問われている。
先日のBサロンのとき、電車に乗っても、優先席に若者が平気な顔をして座っている。座った途端にスマホを取り出し、没頭し、あたかも周りにひとがいないかの如くに閉鎖した世界に没入する。あれはいかがなものかという話になった。
確かに、マナーが悪いのは目に余るほどだ。若年層に問題はある。
しかし、高齢者にも問題があるのではないかと話した。尊敬すべきお年寄りがいないという問題だ。
「朝は、いつ起きてもいいし、毎日、学校に行かなくていいし、宿題もないし、毎月、おこづかい(年金)をもらえるし、年寄りはいいなあ。はやく年寄りになりたいなあ」と、小学生が言ったという。尊敬されるべき老人が、これだとすると絶望的だ。
それらは、突き詰めれば、そもそも、人生の「物語」が描けていないことの問題だ。誕生して青年期を過ぎ、老化して死ぬのが生理体としての人間の有り様だ。社会の役に立つ人間が、徐々に役立たずになっていくという、「絶望の物語」を現代の老人は生きてしまっている。
だから尊敬されるはずもない。

浄土教は「往生という物語」を説いてきた。自分がここに居るのは、阿弥陀さんの淨土へ往生するための生という物語だ。「死」で終っていく絶望の物語から、「死」で終らない物語の提起だ。
自分は「物語」なんかを生きていないと思い込んでいるのが現代人である。ところがどっこい、自分は「物語」を生きてしまっていたのだ。「絶望の物語」を。
 この「絶望の物語」を脱して「往生の物語」を生きませんかと浄土教は呼びかける。「魔郷には停まるな」と善導も呼びかけている。
 ただし、「この世」は苦しいけれども、「あの世(淨土)」は安楽な場所だから、そこへ往くのだという物語ではない。その物語の描き方を親鸞は第十九願の往生物語と見た。
「この世」はダメで、「あの世」がオッケイという描き方は、オウム真理教のポアに通じてしまう。「この世」は仮の世で「あの世」が本当の世界だと言う新宗教は多い。それもこれもみんなオウムのポアと軌を一にする。それは恐ろしいことだ。
 親鸞は、極楽が安楽なところだから、そこへ往くというのは「功利主義」であり、利害損得の心が、そう言わせているのだと見ている。親鸞のいう往生とは、行き先をすべて阿弥陀さんにおまかせした信心だ。
 もし「この世」がダメで、「あの世」がオッケイというふうに描いてしまったら、それは恐ろしい。
 『歎異抄』第九条は「踊躍歓喜のこころもあり、また急ぎ淨土へもまいりたくそうらわんには、煩悩のなきやらんと、あやしくそうらいなましと、云々」と述べている。
 念仏を称えて嬉しいとか、早く淨土へ往きたいなどと言うのは、煩悩がないのではないかと、怪しく思えると言っている。これこそが第十九願の往生を批判するストッパーである。
 「絶望の物語」を生きるか「往生の物語」を生きるか、ふたつにひとつしかない。
●2018年7月22日●
NHKスペシャル「相模原障害者殺傷事件被害者たち2年に密着」を観た。
もう2年も経ったのかという思いと、まだ2年しか経っていないのかという思いとが交錯した。
最首悟さんは、障害者の娘さんを夫婦で介護し生活をしている。彼が植松被告に面会に行った。しかし、植松は「心失者」という用語を作り、その「心失者」は社会にとって不利益を与えるから存在しないほうがよいと、いまでも主張していたという。
この問題は私が寺報「よびごえ」114号(2017年2月)に書いていたので、改めてここに引用しておきたい。タイトルは「相模原事件を根絶する方法」だ。

■相模原の事件■    
「相模原障害者施設殺傷事件とは、二〇一六年(平成二八年)七月二六日未明に神奈川県相模原市緑区千木良にある神奈川県立の障害者福祉施設で発生した、刃物による大量殺人事件である。同日中に一九人の死亡が確認され、二六人が重軽傷を負った」等とウィキペディアに出ている。
 事件そのものの全容はまだ明らかになっていない。かつて容疑者は、この施設の職員でもあったという。「優生思想」に感化されての犯行で、戦慄したのは、自分の犯行を「善いこと」と考えているところだった。
■事件のもっている普遍性への注視■
 森達也はこの事件について述べた末尾に、「特異性と併せて普遍性をこそ見つめるべきだ」と強調している。(『現代思想』二〇一六年一〇月号)私たちは事件が起きると、必ず「なぜ?」と原因を問う。そしてその原因を「特異性」に押し込めてしまう。精神的偏向や家族関係や遺伝的気質が原因だと。森は、それは危ないと見ている。むしろ事件の「普遍性」に目を開けと言っている。そして次の言葉を置く。「衆議院議長宛の手紙に容疑者が書いた「安楽死」という言葉を目にしたとき、僕は(少し大袈裟に書けば)戦慄した。怖かった。例えば身内が重度の意識障害で植物状態に陥って長い時間が過ぎたとき、必死に看病しながらも、もう一人の自分がこの言葉を囁く瞬間は、きっと誰にでもあるはずだ。それを誰が責められるのか」と。つまり、私自身の内部に、容疑者と同じ傾向性があることを発見したのだ。誰にでも当てはまること、それが普遍性だ。
■「他人に迷惑をかけないように」という言葉の毒■
 社会学者の大澤真幸は、こう言う。「U(容疑者)は言う。障害者は殺すべきだ、と。とんでもない! 微塵も賛成できない。ほんのわずかでさえも、共感の余地はない。誰もがそう思うだろう。私もそうである」そこで「だが」と大澤は続ける。「私たちはどう反論すればよいのか」と。それに反論することは「人を殺してはいけない理由を説得的に提示することが困難だったのと同じように難しい。どうしてか、私たちが普段、素朴に正しいと信じている道徳的な規定を、純粋に論理的に敷衍していけば、Uの主張を正当化しかねないところまでいくからだ。」と言って、森が「普遍性」として述べた文脈をわかりやすく説いていく。
 「私たちは、できるだけ多くの人ができるだけたくさん幸福であることがよい、と考えている。言い換えれば、不幸や不快ができるだけ少なく、小さくなることがよい、と。これには、ほとんどの人が賛成するだろう。このアイデアを、倫理学的な原理にまで高めたものを、功利主義と言う。だが、功利主義は危険な思想である。功利主義に基づくと、他人に多くの快楽や幸福をもたらすことができる人の生は重んじられ、逆に、他人に苦労を要求せざるをえない弱者の生は軽いものになってしまうからだ。その弱者には、障害者や老人が含まれる。すると、気づかぬうちに、私たちはUの主張のすぐ近くに来てしまう。(略)素朴な功利主義と同じことだが、もっと単純に、ほとんどの人が、こう思っているし、こう言って子供たちを教育しているのではないか。『他人に迷惑をかけてはいけないよ』と。確かに、これは文句のつけようがない道徳的な項目だ。(略)考えてみれば、人が生きるということは、ほとんど常に、他人に迷惑をかけることでもある。そして、この当たり前の規範が、障害をもつ人にとっては抑圧的なものになりうる。」だから、大澤は「他人に迷惑をかけたっていいではないか」、「ときには、他人に迷惑をかけるべきだ、と。私たちは、場合によっては、他人に迷惑をかけることを望まれてさえいるのだ、と。こう言い切ることができたとき、こう断定する自信をもてたとき、私たちは不安をほんとうに払拭することができる」と結論づけている。
森も大澤も、容疑者の動機と私たちの何気ない「常識」が同じ所から生まれてきていることを教えている。そこをしっかりと押さえておかないと、「障害者を差別すべきではない」というスローガンが上滑りしていく。私たちは、いのちの重さは誰も変わらない、いのちこそもっとも尊いものであると、平然と主張するのだが、その主張は「恐ろしき功利主義」から生まれてくることも知っておかねばならない。
 私は、そこに逆の揺さぶりをかけるべきだと思っている。つまり「なぜいのちは平等に尊いのか」、「なぜ障害者を差別してはいけないのか」という突きつけだ。その問いに真正面から答えられなければ、〈ほんとう〉の意味で、相模原の容疑者を非難することはできないだろう。「基本的人権があるじゃないか」というヒューマニズム程度の批判では、毒の根っこを根絶するところまでには矢が届かないだろう。
■阿弥陀さんの叫びを我一人が受ける■
 やはり私は「一神教的なるもの」、つまり「絶対項」からの矢が一人一人に打ち込まれなければダメだと思う。「絶対項」とは、様々な民族が描いた絶対的なる存在、Godや神や仏などのイメージのことだ。
 歴史を振り返れば、人類は「宗教的なるもの」なにしはいられなかった。それが一神教であれ多神教であれだ。幸いにもというか、奇しくもと言うべきか、私たちの浄土教は一神教的な「絶対項」をイメージとして与えられてきた。それが「阿弥陀さん」である。
 この「阿弥陀さんと自己」という関係の中で差別観とか功利主義が批判されなければならない。「絶対項」からの批判はヒューマニズムの意識を貫通し、もっと底にある毒まで届く。その矢は意識を貫通し感受性の部分にまで達する。私たちの感受性にまで浸透しているのが差別観であり功利主義だ。つまり自分さえよければ他人はどうなってもよいというエゴイズムだ。
 この最深部にある毒にまで光が届いたとき、初めて、相模原の容疑者を批判しうるだろう。つまり、「いのちは平等に尊い」というメッセージが人間のスローガンであることを透過し、「絶対項」からの絶対命令とならなければならない。そうでなければ、差別問題と同じように、差別心は「差別はいけませんよ」というスローガンの背後に隠れ、ぬくぬくと温存されてしまう。
阿弥陀さんは、一切衆生に呼びかける。あらゆる苦悩する存在が、絶対肯定され、存在が許されなければ、私は仏に成れないと。この「一切衆生よ!」という雷の如き叫び以外に「いのちが共に尊い」ということは成り立ち得ない。その叫びを人間のスローガンに持ち替えれば、理想主義に堕す。いのちが平等に尊いと叫ぶことができるのは、阿弥陀さんだけだ。この叫びだけが、最深部にある毒を撃ち、とろかす。誰一人として見逃さないという悲愛を「私一人」が浴びるときなのだ。

以上が、「よびごえ」の文章だ。
字数の制限があるためか、まだまだ言い足りない部分がある。
昨夜のテレビを観ていて感じたことがあった。それは最首さんの娘さんや、相模原の入所者の生々しい「障害者」の姿だ。テレビの映像を観ながら、自分の内面が「植松被告」の主張に揺さぶられていることを実感した。最首さんは、「障害者に意志が無いと彼は言うが、そんなことは無いのだ」というふうに反論していた。そして思ったのは、ここにも一人称の問題と二人称の問題、三人称の問題で、「意味場」が違っているということだ。「意味場」とは、見え方や感じ方、つまり「世界」のことで、それが違っているということだ。
私は「よびごえ」で、最後は、一人一人が阿弥陀さんの批判に遇うしかないと書いた。それはいまでも変わっていない。それしか結論はない。
阿弥陀さんだけが、人間だけでなく、「蜎飛・蠕動の類」にまで悲愛を注ぐ。「蜎飛・蠕動の類」とは、蚊やミジンコや蛾やミミズやナメクジたちだ。彼らと人間とは、何にも変わらないと言いうるのは阿弥陀さんだけだ。『聖書』のカミは、どうも人間だけを特別扱いしているふうに感じる。そこをもうひとつ破っているのが阿弥陀さんだ。このいのちの絶対平等の叫びに一人一人が遇わなければならない。

さらに、なぜ「被告人植松」が誕生したのかと考えた。彼が誕生した養殖場は「功利主義牧場」だ。そして第二第三の「植松」が養殖されていく場所が「現代社会」という養殖場である。それを根絶させるためには、やはり「一人一世界」への覚醒しかないと思えた。 「植松被告」は、「一世界全人類包摂世界観」に浸かっている。世界はひとつであり、その中に私も住んでいるという発想だ。世界はひとつだから、障害者にパイを与えれば、健常者のパイの取り分が減ってしまうという発想だ。
阿弥陀さんは言うのだ。「蜎飛・蠕動の類」が、そこに一人いれば、そこにひとつの世界がある。私が一人いれば、そこには一つの世界しかないと。そう見えないのは、人間の眼で見ているからであり、人間の眼で見ていることが「真実」だと錯覚しているからである。「蜎飛・蠕動」も人間も、生まれ方は同じである。ミミズもミミズに生まれたいと思ってミミズに生まれたものはいない。人間の私も、人間に生まれたいと思って、人間に生まれたわけではない。投げ出されるようにして誕生せしめられたのだ。阿弥陀さんは言うのだ。ミミズもお前も、生まれ方は同じだと。ここには「人権」などという傲慢な言葉は存在できない。その言葉を借りるならば、許される言い方は「衆生権」だ。
しかし、人間は、そういう平等の見方が成り立たないのだ。テレビを見ていて分かった。ただ食べて寝て排泄しているだけの存在が、果たして幸せだろうかと感じてしまう自分がいたのだ。それは否定できない感情だった。
そう思ったとき、やはり私はこの問題を三人称の意味場でしか見ていない自分を発見した。最首さんは二人称の意味場で生きておられた。そこには、他者には分からない愛情関係が成り立っていた。
まして一人称の、当事者にしてみれば、もっと違った内面性があるに違いないのだ。それをこちらが理解できないだけなのだ。
私の中には、「植松被告」を否定できない自分がいる。彼とつながっている自分がいる。このことだけは、間違いのないことなのだと、つくづく教えられた。
●2018年7月21日●
富山に行ってきた。
会場は富山湾に近いお寺だったので、暑い中にも浜風が吹き抜け、東京とはやはり違った。エアコンなしでも、窓を開け放っておけば、浜風が心地よかった。
 ずいぶん昔のことだが、京都の高倉会館でお話を聞いているとき、講演台の上に置かれていた水差しのコップを講師がひっくり返し、水がこぼれてしまい、聴衆も慌た様子で水を慌てて拭いていた光景を思い出した。
 その時、講師は、「如来の命じられたようにしたまでのこと」というふうな言葉を吐いた。私は、その言葉にずんぶんと引っかかっていたようだ。水をこぼすというのは、世間的に判断すれば、自分の失態ということになる。しかしそれが、如来の命令ということになると、何でもこの世の失敗とか過失とか、すべてが如来の命令ということになってしまうではないかと思ったのだ。ひいては犯罪もすべて如来の命令になると。そんな馬鹿なことはない、そんなことは許されないと。
 それが、今になって思うと、そう感じていた自分の浅はかさを恥じることになった。
その講師が語られていた「意味場」は「阿弥陀さんと自己」という救済の場の話だったのだ。私は、それを間違った意味場で受け取っていた。「世間の意味場」で受け取ってしまっていた。「世間の意味場」は、過失や失敗や犯罪を決して許さない。だから、そこには救いは、決してない。
 ただその講師は、「阿弥陀さんと自己」の救済の意味場で語られていたのだから、それは救いの表現だったのだ。人間には「自己責任」などというものはひとつもないということだ。
 自分がどこから自分に成ったのかといえば、絶対受動からである。絶対受動なのだから、何を思い、何を行為するか、その全体が絶対受動、つまり阿弥陀さんの言う通りということになる。
 それに不満を感じていた自分は、「自己責任」を追求し、叱責し、処罰する「世間の意味場」に生きていたのだ。「如来の命じられるまま」という言葉に対して、どう反応するかも、「如是我聞」だったのだ。 
●2018年7月15日●
【阿弥陀さんの身投げ】
新盆のお宅でお経を上げた。
親戚一同が会しているお内仏の前で読経をした。犬までが身体を横たえ、読経の声を静かに聞いた。私の読経の声は、私から生まれているようだが、私のものではない感じがした。ひとりでに響きだけが、部屋に反響した。
部屋中に読経が響きわたり、皆さんのこころの静寂と共に、空間がひとつに溶け合った。読経後に、本堂で聞くのと、自宅で聞くのは違いませんか?とお聞きしたら、確かにそうだと頷いて下さった。
私も本堂に比べて狭い空間の響きに酔いしれた。狭いから、また響きが強く伝わり、皆さんのこころをひとつにしたように感じた。
いまは亡きご主人のたましいも、そこに確かにあったと感じた。
「南無阿弥陀仏をとなうれば 十方無量の諸仏は 百重千重囲繞して よろこびまもりたまうなり」(現世利益和讃)が、おのずと称えられた。
お念仏を称えれば、そこに無量無数の諸仏方が、十重二十重に、そのひとを取り巻き、喜んで護って下さっているのだと実感した。
阿弥陀さんの救いは、条件を変えて救うものではない。問題を取り去って救うのではない。苦しみ悩んでいる、そのひと自身とひとつになって、苦しみ悩みを共感し、荷なうかたちで救うのだ。
私の身体の中に、阿弥陀さんが身投げするのだ。
阿弥陀さんの身投げだ。
●2018年7月13日●
第五回目の桑名別院での講話がもうじき本になる。
題名は『反問性という運動』だ。
毎回、お話にはテーマはないのだが、それを編集し校正している間に、浮かんできた如来回向のテーマだ。話は、「音声言語」で表現されているから、それはこの世に停まることがない。法座という「祝祭空間」での、一期一会のライブでしかない。話は話者の声帯の響きが空気を振動させて、聞き手の鼓膜を震わすという生理的な行為だ。また、そこには話者と聞き手が同時に存在し、その場の「意味場(空気)」を形成する。
だから決して、一期一会のライブを再現することは不可能である。たとえテープに録音されたとしても、そこには「意味場(空気)」が存在しない、ただの「音声言語」しか残らない。
よく言うことだが、「バカ!」という「音声言語」も、他人同士の「意味場(空気)」なら軽蔑と怒りの表現であっても、恋人同士の「意味場(空気)」なら、愛情の表現になるようなものだ。
しかし、それをテープ起こしという作業をしていただいて、「音声言語」から「文字言語」に変換されたとき、また違った位相の空間が広がる。
私が話した「音声言語」が「文字言語」に変換されたものを、再び私が読むという不思議な空間に移行する。話したのは間違いなく私だから、私の口から出てきた言葉には違いないのだが、その言葉たちと再び出会うとき、私の中に再び何かが動き出す。動き出す場合もあるし、動き出さない場合もあるのだが、動き出す場合が多い。
私の口から出てきた言葉たちは、果たして私のものなのかどうか、これがわからなくなる。間違いなく口から出てきたものなのに、それが今度は自分を読み手として突き放していく。
時々、「えっ、それってどういう意味?」と原稿に向かって語りかけたくなるときがある。そうかと思うと、「そうだったのか!」と自分を驚かし感動させてくれることもある。
もうそうなってくると、自分の話ではなく、一聴聞者とされた自分が、そこに誕生する。
だから、『反問性という運動』は、単純な講演録ではなく、講演録とはひとつ位相の異なった読み物になってくる。
今回の講演では、やたらと「反問性」が出てくる。すべてのことにおいて、「それでよいのか?」「それが本当か?」と問われるということだ。人間は、問われることをヨシとしない生き物だ。結論を握りたくなる。「これをもって瞑すべし」と言いたくなる。
まあそれは貪欲という煩悩なのだ。その煩悩を、「それでよいのか?」「それが本当か?」ととことん追求してくるはたらきが「阿弥陀さん」だ。
問われ続けることが、喜びなのだ。問われ続ける限り、「答え」という過去にしばられなくなるからだ。
この世で息が停まるまで、問い続けてくる。この問いに晒され続けていることが「」を生きることなのだ。だから「これまで!」と言う必要がなくなる。
答えを握ったときには、阿弥陀さんと縁切りだと思っていたほうがよい。
●2018年7月10日●
ネコが、お茶の入っている茶碗を、尾っぽでひっくり返した。器の中のお茶がこぼれて床を濡らした。
まあ、床に茶碗を置いている自分も悪いんだが、ネコなんだから、自分の身体感覚くらいしっかり覚えておけよ!尻尾が茶碗に当たるなぁくらいのことは分かるだろうに!と、いらっとした。
しかし、こぼれてしまったお茶を拭かなければならないので、慌ててティッシュを探して、拭き取った。
この事件の顛末は、それでお終い。
ただ、これが人間だったらどうだろうかと思った。おそらく、もっと激しい怒りがやってきたに違いない。「なんで茶碗をひっくり返したんだよ!気をつけろよ!ごめんなさいと、ちゃんと謝ってないじゃないか!」などと毒づくだろう。
さらに、相手が謝らなければ、「人間には礼儀というもんがあんだろう!」などと追い打ちをかけるに違いない。
なんせ、自分で茶碗を割ったときは、「割れた」と言い、ひとが割ったときには「割った」と言うのが人間だから。それが本能のように、自動的に、口をついて出てきてしまう生き物なのだ。
よくよく考えてみると、怒りは甘えから起こってくるのだと思わされた。ネコの所行にはいらっとしたが、それで怒りの煩悩はさあっと去っていく。ところが人間に対しては、そうはいかない。いつまでも怒りが滞留してしまう。
それは、ネコと人間とで、無意識のうちに自分は違った対応をしていたということだ。
人間がやったことに対しては、「人間なのに、何でそんなことをしたんだ」「人間だったらもっとましな対応があるんじゃないか」という期待を、相手に対してしているということだ。
自分は、そんな不当な扱いをされる覚えがはない、もっと自分に対して丁重な謝罪なりをすべきではないかという、「甘え」があった。そこに人間に対しての過信というか、過大評価が潜んでいる。それも無意識のうちに、そう思ってしまっている。
ネコに対しては、そんな期待は持たない。だから、仕方がないなと、すぐにあきらめが付く。ところが人間に対しては、そうはいかない。そこには、相手を、すでにして「人間様」として扱ってしまっているからだ。憎たらしい相手であれば、ネコ以下の扱いでもよいのに。ネコ以上に優遇してしまっていたとは。
人間を「ネコ並」に扱う訓練をしなければと思う。相手に期待しない訓練だ。
期待するから、期待外れというしっぺ返しがくる。期待した分だけ、期待外れの分も増大する。
やはり「一切衆生人として」生きようとしているのだから。
でも、それができたら越したことはない。そんなことができたら、阿弥陀さんとお別れだと、またしても「零度」に戻されてしまった。
●2018年7月8日●
いまだかつて、誰も成仏していなければ、誰も救われてはいない。
私が往生するときに、十方無量の諸仏も一緒に往生するのだ。
親鸞が「南無阿弥陀仏をとなうれば 十方無量の諸仏は 百重千重囲繞して よろこびまもりたまうなり」(現世利益和讃)と語ったのは、そういう意味だと受け取っている。
たとえ身を失ったとしても、たましいはまだ成仏していないし、往生してもいない。
私と共に往生するのだ。
この世の苦しみのすべては、諸仏の励ましであり、諸仏から与えられた宿題である。
さてそれをどうやって解いていくかだ。
そもそも、この世に生まれたこと自体が、自分の意志ではなく、阿弥陀さんのご催促だ。だから、人間は、自分がどうなったら本当に幸せか?、またどうなりたいか?も分かっていない。
ただただ貪欲(愛欲・欲望)と瞋恚(怒り)の煩悩の板挟みになっているだけだ。二河の譬えでは、これを「火の河」「水の河」と説いている。このふたつの河に溺れそうになりながら日々を喘ぎながら生きているだけだ。
だから、何のために苦悩し、何のために苦労して生きているのか、その究極的な目的は知らされていない。行き当たりばったりの人生というのが、〈ほんとう〉のことだ。
さあ、どこに向かって生きているんだ、何が欲しいんだと、阿弥陀さんからせっつかれている。
さあ
さあ、と。
●2018年7月7日●
オウム真理教の井上嘉浩君が、国家によって殺されてしまった。
まさかこのタイミングでと、驚いた。しかも教祖・麻原彰晃(63)以下6名(早川紀代秀[68]・井上嘉浩[48]・新実智光[54]・土谷正美[53]・中川智正[55]・遠藤誠一[58])を別々の刑務所等で、一気に死刑にしたのは歴史上初めてだ。
大きな政治的意図を感じざるを得ない。
昨日、死刑執行の事実を教えられた後、正信偈をお勤めした。正信偈をお勤めする私のこころには、井上君が絞首刑になる姿が見えた。刑がいつ執行されるかは受刑者には告げられていない。朝、看守がやってくるまでわからない。
再審請求も出していたこともあって、なぜ、このタイミングで、と彼も思ったに違いない。
しかし、事実として彼は国家によって絞首刑にされた。
「死刑を回避するための恩赦を求める署名」のお手伝いをしていた自分は、いま、呆然としている。
署名のお願いをしているとき、「なぜ井上君だけなんだ、なんで麻原はやらないんだ」と質問を受けた。それは縁のあった、狭い関係の中で、自分の身が動く以外に、動けないのだと答えた。
私が井上君にシンパシーを感じていたのは、なぜだろうかと自問してみた。それは、元信者・高橋英利さんが書いた『オウムからの帰還』(草思社・1996年3月)を通してだった。高橋さんを勧誘し、彼との関係を述べる部分に、井上君への共感を得ていたのだ。

「アーナンダ(井上君の出家名)には麻原さんとは大きく違っていたところがあった。それが何かを僕はうまく表現できない。だが、実際に面と向かったときに感じるあの温かさの深さは、麻原さんには感じられなかったものだった。ほかの誰にも感じたことはなかった。アーナンダに導かれてオウム真理教に入信した人があれほど多かったことも当然だと僕は思っている。
おそらく彼は、心の底から人びとの『救済』ということを願っていたのだと思う。だが、その彼が『救済』の名のもとにヴァジラヤーナのもっとも過激な先鋒に立たされていったのだ……。」

これはほんの一面のことかもしれない。しかし、井上君が「純粋」だったがゆえに、教祖のクローンのように人格を奪われ、教祖のロボットと化してしまった悲劇を思わざるを得ない。
彼には、生きて「オウム真理教」という未解明の出来事を生涯において語り継ぎ、解明して欲しかった。
いずれにしても、「国家による殺人を存続させてはならない」と思う。
本日、19時~お通夜が、明日は13時~葬儀が、京都の岡崎別院で執り行われるという。
※この「つぶやき」は、自分の狭い狭い縁の中での独白だ。だから、これを読まれた方は、「被害者の苦悩を思え!」「死刑で当然だ!」という思いをお持ちの方もおありだと思う。
もし自分や自分の家族が被害に遭っていたら、自分の考えも変わっていたに違いない。しかし、いまの自分の狭い狭い縁の中で感じられたことだけを述べたまでに過ぎない。唯一、阿弥陀さんだけが、被害者も加害者も、そしてあらゆる衆生をも、共に救って下さるに違いない。
●2018年7月5日●
河合隼雄先生の話をNHKテレの「100分で名著」で観た。
ユングは「howどうしたら?」ではなく、「whyなぜ?」を大事にした。しかし、whyは答えがない。どうして恋人が死んだのかには答えられるが、なぜ、他でもないこのひとが死んだのかには答えられない。「どうして」に対しては出血多量ですとか、医学的答えができる。しかし「なぜ」に対しては答えはない。これはスピリチュアルペインとも呼ばれている。
ところが、whyに問われると、「自分の物語」が生まれると言っていた。whyは、いまある自分のいのちに対して向き合うことになるからだろう。言わば、人間の理性では答えのない問題に対して、立ち向かうことになるからだ。
さらに、人間の理性以上に、深く、ありありと「ある」ものが自分のいのちだったのだと、思い至る。いままでは、理性万能で生きてきた。ところが、それがスピリチュアルペインに出会うことによって、理性以上に重たく深いものが、この自分といういのちだと逆転させられるわけだ。理性といのちの逆転現象だ。
そして過去と周りを見渡すことが始まる。古代人はどうやって、このスピリチュアルペインを乗り越えてきたのか、そして他の人々はどうなのかと。スピリチュアルペインは、古代から現代までを、根底で貫く深層問題だ。それは古代人にもあったし、現代人にもある。
さらにこの問題は、他ならぬ自分自身のいのちの問題として、誰も答えを出してもらえない。他者の事例や意見は参考になっても、自分自身の答えにはならない。
ここに至って、ようやく、代替え不能の自分といういのちと向き合うことが始まる。いや、「自分といういのち」というよりも、自分をも支えている広大ないのちと向き合うと言ったほうが正確だろう。
「ガンの宣告を受けたときに、初めて生が始まる」と述べた米沢慧さんの言葉が重たい。(『自然死への道』朝日新書)
howの次元で通用していた自分が、実はwhyの次元ではまったく通用しないことが暴露されてしまった。
ハダカのまま、太平洋の真ん中の無人島へ放り出されたようなものだ。
「二河の譬喩」で言えば、「無人空迥の沢」に立たされたということだろう。
そこでユングは「自分の物語が生まれる」というのだが、私流に言えば「一人一世界」に目覚めるということになる。私の見渡す世界も、そして私自身も、実は私一人が受け取るべき、私だけの世界だったという受けとめだ。この世には、私以外に、私を一人称で生きる存在はなかったということだ。そして、私の受け取っているこの世界は、私がどのようにでも受け取り直すことのできる世界だという目覚めだ。「客観的な世界」はどこにも存在しない。唯一存在できるのは「理性の世界」の中だけである。そこには〈ほんとう〉の私は住めないのだ。
 さて、whyの前に立たされてた自分は、古代人と通底している自分だった。そして人生のどの時間を切り取ってみても、whyの前に立たされ、whyの前から一歩も動いていない不動の自分の発見だった。
これが一切衆生の立つべき地平だったとは。
(100分で名著は、現在放映中)
●2018年7月2日●
ご飯を食べていて、「あれっ」と思った。
次に味噌汁をすするか、納豆とご飯を口に運ぶのか、はたまた漬け物を摘むのか、そんなことまったく意識していないなあと。
なんで漬け物なんだ。なんでご飯なんだ。その順番は誰が決めているのか。
そう思って、もう一度自分に聞いてみた。
「次に何に行く?」と、その途端に箸が迷い出した。
しかし、ここに人生のすべてが凝縮していると感じた。
この些細な、ご飯を食べるというシーンと自分の一生とが同じ構造をしていたのだ。
つまり、次に箸で何を摘もうとしているのかなんて、考えたことはないのだ。もう機械的に、自動的に、無意識に、摘んでは口の中に放り込んでいるだけ。これが私の一生だ。
果たして、「自分」などというものが、どこにあるのか。
「自分だ、自分だ」と自分にばかり関心を集中させていたが、それは「ドーナツの穴」に何かを詰め込もうとしきただけじゃないのか。

固く固く
掴もうとしている手
掴もうとしてきた手

その手を開くための練習が
の真実かもしれないなあ。
●2018年7月1日●
こっちから
追いかけようとすると
つかまらない

むこうから
つかまれて
おちつく

いままで能動で
生きていた

思っていた

ほんとうは
すべて受動だった

さめてしまった

能動など
どこにもなかったのだ

●2018年6月26日●
ああ、万劫の初事だ。
運転していて、信号が赤に変わり、停まった。その瞬間に無為な時間が発生する。理屈をこねれば、赤信号で停まるのが交通ルールだとか、停まることで、初めて横断歩道を横切る人間の安全が確保されるのだとか、あれこれと理由がある。
そんな理屈が吹っ飛んでしまうように、無為な時間がノペーッと展開してしまう。
何をするわけでもなく、何かのためにある時間でもない。
すると、あの赤信号は、「お前の人生は何のためにあるか?」という問いとなって、私に迫ってきた。この人生全体も、実は「無為な時間」ではないのかと。その「無為な時間」を無為ではないように、悪足掻きしている「無為な行為」なのではないかと。

ちょっと待てよ、あの赤信号に、そんな重大な意味があるとは、まったく気付かなかった。
そうなんだ、人生全体が、阿弥陀さんの教育現場なのだから、どこを切り取ってみても、阿弥陀さんの何かを暗示しているに違いないのだ。

そうして、横断歩道の前で停車していたとき、ああそうだったのかとやってきたのが。
「この瞬間って、万劫の初事だった」という気づきだ。
〈ほんとう〉の時間というのは、一瞬たりとも「流れない時間」だったのだ。
自分が誕生する何億年前のいのちから、ずっと時間はとまったままだ。
「流れない時間」こそが救いなのだ。
「流れる時間」は絶望しか生みださない。赤信号とは、それを教える。赤信号で「流れる時間」が遮断されたとき、「無為な時間」が現れてしまう。それが問いとなって、「それでは無為でない時間とは何か」と迫ってくる。
あたかもこの時間は何かのための時間、この時間は何かをするための時間と自分では思っていたのだが、それは「無為な時間」を「無為ではないことにしたい」という煩悩のあせりが感じていた時間ではないか。

一寸先に「死」があるのだから、つまり、その「有意味な時間」が断絶されているのだから、本当は、「有意味」などは幻想だったのだ。
そう思えたとき、この瞬間が実は「永遠」から流れない時間だったと、落ち着いた。
「流れない時間」があるから、この娑婆の「流れる時間」を悠然と生きられるのだ。
「流れる時間」だけでは絶望だ。
赤信号で止められたとき、「流れない時間」が顔をのぞかせた。ああ万劫の初事よ!
●2018年6月24日●
〈真実教〉は、〈ほんとう〉ということしか教えない。
自分が生まれるためには両親があって、その両親二人にも、それぞれ両親があるから四人の両親があって、その四人の両親にも…と、やっていくと無量無数の両親があったことがわかる。それは〈ほんとう〉のことだ。
先日も、近頃のひとは「先祖供養を忘れている」と、もっもとらしいことを言っているひとがいた。先祖にあれこれとお願いするのはけしからん、先祖あっての自分たちなのだから、先祖に御礼を申し述べるのが当然だという。それも一理ある、世に言う「信心家」の発言だ。
〈真実教〉は、「先祖に御礼を申し述べよ」とは決して言わない。ひとに対して、あれこれと注文はしない。ただ〈ほんとう〉ということだけに対面し、〈ほんとう〉だけを表現するのみだ。
自分には、自分を生んだ親があって、その親を生んだ親があってと、どんどん遡っていくと、地球上にいのちが誕生するところまで遡れる。自分がいま、ここに生きている「いのちの背景」には何十億年がかかっている。それは〈ほんとう〉のことだ。
だからといって、「それらのいのちに感謝せよ」とか「恩義を感じろ」とは、決して言わない。また言ってはならない。言ったら、それらの〈ほんとう〉が汚されてしまう。
ただその〈ほんとう〉を感じたとき、自分の内面に様々な感動などが惹起されるだけだ。それは各人各人にまかされている「受けとめの世界」だ。その〈ほんとう〉をどう感ずるかは、「面々のおんはからい」でなければならない。
それを、世に言う「信心家」のように、「先祖供養を忘れている」というような「似非道徳」に変えてはならない。もし「信心家」のように発言してしまうと、その発言が、今度は自分に跳ね返ってくる。
「先祖供養を忘れている」とお前は言っているけれども、〈ほんとう〉に片時も忘れずに先祖を供養できているのかと。先祖供養を〈ほんとう〉に考えているのであれば、起きているときは勿論、寝ているときも先祖を供養し続けていなければならない。そんなことがお前にできるかと、〈真実教〉は批判してくる。
「いやいや、せめて起きているときだけ供養ができるので、寝ているときは無理です。そこまで先祖も望んでいないと思います」とでも言い訳したら、そんなものは〈ほんとう〉でも、仏教でも宗教でもない。
生きている人間の胸先三寸で、先祖という亡き人々を、「ああではないか、こうではないか、こうやったら喜んでいるんではないか、こうやったら先祖に失礼ではないか」と、推し量っているだけだ。それを窮極まで突き詰めていくと、「先祖供養」と言いながら、「先祖を自分のこころで推し量り、生きている自分たちを慰める道具」にしているだけということにならないか。
〈真実教〉は、〈ほんとう〉という原理だけを生きている人間に提示する。その〈ほんとう〉とどう関わるかだけを、私たちひとりひとりに願っている。
まあ「願っている」というのも、私一人の受けとめには違いないのだが。
●2018年6月23日●
「間に合わんから、始まる生活」

間に合わんは
〈真実〉を暗示している
間に合っているあいだは
まだ〈真実〉が顔を覗かせていない

間に合わんがあって〈真実〉にであう

人間は
間に合わんが、嫌いだ
だから、〈真実〉は嫌いなんだ

にも関わらず、〈真実〉に出会うようにできているのも人間だ

間に合わんから、始まって、
間に合わんで終わっていく

だって、この世への誕生すら
自分には間に合わん出来事だったのだから
●2018年6月21日●
昨日は専超寺報徳会(夏安居)に行ってきた。
最後に、聞法経験豊かな男性から質問を受けた。私が「真宗以外は、修行をしなければ救われない教え。真宗は修行をしたら救われない教え」と言ったことを受けて、「修行をしたら救われない」とはどういうことかと説明してほしいといわれた。
社会通念にまでなっているのが、「仏教は修行をして悟りを開く」という考え方だ。別に仏教徒ではなくても、仏教というものは、そんなものだと漠然と考えている。だから、因速寺の門徒に対して、「みなさんは私が修行をしてお坊さんに成ったと思っていませんか?」と質問する。そうすると、みんな「そうだ」というふうにうなずく。しかし私は「真宗は修行をしたら救われない教えですよ」というと、キョトンとした顔をする。
まあ、ふつうはキョトンとする。
まあ、そういう私も以前は、そういうものだと思っていた。しかし親鸞の言葉を学んでいくと、そういう発想は「自力のこころ」と教えられ退けられる。それでも、何もやらないということは人間にはできないので、あれこれとやってみることになる。法然門下の弟子たちも、旧仏教の修行は駄目でも、浄土門で認定している念仏くらいならよいのではないかと、百万遍でも称えてみようということにもなった。
人間は、救いを得るために、あるいは悟るために何かをしなければ気の済まない生き物である。
ところが親鸞は、そもそも修行をしたら何とかなると思っている、その発想そものもが「自力のこころ」なのだから、その修行をしたら何とかなるという思いが断念しなければ、〈ほんとう〉の救いにはならないという。
そう言われてみて、私たちは、あれこれと何かをしなければならないと思ってしまう。何かをしないなければ、それは仏教ではないと考えているからだ。何かをするということは、将来に何かを期待してやるのだから、何かをすることそのことが方法になってしまう。手段になってしまう。何かをすること自身が満たされていないことになる。
ところが、親鸞は、それは自分の力や努力を信じている「自力のこころ」であって、そのこころでは決して救われないと、また応答される。
つまり、さあこれから念仏を称えようとか、修行しようと志した時点で、もうそれは〈ほんとう〉の救いに近づけないのだ。
明恵上人は、そんなことを言ったら悟りに近づけないじゃないか、そんなのは仏教ではないではないかと批判された。その批判も一理ある。
それは「常識」だ。
むしろ親鸞の言うことの方が、「非常識」だ。
さあ、修行しよう、さあ念仏しようと思うことは、親鸞以前は「菩提心」と呼ばれてきた。しかし親鸞はその「菩提心」こそが、「貪欲の煩悩」だと暴いてしまったのだ。
そうなると、さあこれから念仏しようという思いがあるうちは〈ほんとう〉ではないということになる。
そこで、さあ念仏しよう、念仏して何とかしようという思いが死ぬのだ。
死なないことには、話が始まらない。親鸞の〈真実教〉は、「自力のこころ」の死から始まるのだ。
親鸞の言い方だと、もともと人間というものは修行をしたくらいでは救われないという。そもそも修行ができると自惚れていることで、躓いているという。人間は何でも努力で出来ると思っているけれども、そんなものは、「思い」だけであって、事実は他力以外では成り立たないと思っている。
そうやって、「自力のこころ」が死ぬことが、初めて〈真実教〉だったと目覚めたのだ。
まあ正確に言えば、「修行をしたら救われないのではなく、修行をしようと思ったら救われない」と言わなければならない。修行をするかしないかは、縁が決めることであって、人間がどうこう言えるものではない。ただ、修行をしようという思いは「自力のこころ」だから、そのこころでは救われないと言っているのである。
「自力のこころ」では救われないということに目覚めたのが「他力の信」である。
だから、「他力の信」に転じなければ、「自力のこころ」は駄目なのだということにも気付かないのだ。
そうやってひるがえってみると、自分はこの世に誕生する何億年も前から、阿弥陀さんのお世話になっていたのだ。阿弥陀さんの絶対他力のはたらきの中にいたのだ。
だから、自分にとってはあらゆることが受動である。もはや「自分」という意識すらも受動的に与えられたものである。どこにも「自分」という実体がない。

この瞬間も、どの瞬間も、阿弥陀さんに対面していた時間であり、対面している時間である。
●2018年6月16日●
ようやく「まっさん塾」の宿題をやり終えた。宿題とは、講演のテープ起こしを書籍化するための手直し作業のことだ。
「話」は、それこそライブなので、その場に居た人間と空間を共有することで生まれるものだから、立体感のある生き物である。それが「文字」という平面の世界に置き直されると、立体感がなくなってしまう。
「ばかっ」という言葉も、恋人同士なら愛情表現になるが、他人同士なら喧嘩売ってんのかということになる。しかしただ「ばかっ」だと、そこに居ない人間には判断が付きにくい。文字とは、平面な記号に過ぎず、その場の臨場感は再現できない。
ジュリア・クリステヴァがいうように「書かれたものは死体」に違いない。その死体をどのように扱おうと、それは読む側に全権が委譲されている。読む側は、頭を白紙にして読むわけではない。テープレコーダーなら、録音される前のテープは「白紙」状態で、何も書き込まれてはいない。しかし人間は違う。人間は、すでにある情報という紙の上に、新たな情報を乗せていく。「すでにある情報」とは、先入観や思い込みや固定観念のことだ。
つまり、パソコンであれば、OSはすでに出来上がってしまっているのだ。そのうえに様々なソフトを乗せていく。ソフトによっては、OSと不具合が生じることもある。その場合にはソフトのほうの故障を疑う。
まあ聴聞もそれと同じことが起こっているのだ。
しかし、いわゆる「真宗」は、法話を聞くという修行だけをやってきた。それは何をすることかと言えば、ソフトが乗っているOS自身を解体することだ。
そして、一から組立直すことだ。しかし、いままで、散々自前のOSで生きてきたから、それを壊されることに恐怖を感じる。
それは人間にとって、二回目の誕生の苦しみである。一回目は生理体として産道を通る苦しみ、そして二回目は、こころの「死と再生」の苦しみである。
それが見事にドキュメンタリータッチで述べられているのが歎異抄第九条だ。
唯円が苦しんでいるのではなく、「how toの知恵」自身が苦しんでいるのだ。念仏したら歓喜が起こる。1+1=2という発想だ。その発想が通じないのはなぜかと問うている。
 「how toの知恵」が成り立つ世界もあるから、それを応用しようとするのだが、それが通じない世界がある。それがお釈迦さんが出家せざるを得なかった「老病死」という限界性だ。
 親鸞は、死ぬんじゃないかと不安になるのも煩悩のせいだという。念仏していても、喜びが起こらないのも煩悩のせいだという。
そして唯円の「自己責任」という発想を解体していく。自己責任というのは、「how toの知恵」の世界でしか成り立たない。
 この「how toの知恵」というOSが解体されたのだ。
最後には、急いで阿弥陀さんの淨土へいきたいなどと考えるのは、煩悩がなくなってしまったのではないかと怪しく思われると結んでいる。
ここに「断煩悩」→「不断煩悩」→「煩悩拝跪」という、人間解放の原理が成り立ったのである。
●2018年6月12日●
阿弥陀さんと関わるのは、人間にとって、面倒くさくい。
だいたい、あなたが見ている世間は、「あなたが見ている世界」であって、そんなものは〈ほんとう〉の世界ではありませんよと、言われ続けることになるからだ。
お前の見ている見方は、「偏見」だぞと、批判され続けることだからだ。
お前自身の見ている見方を信じるなと、徹底的に糾弾されるからだ。

自分の見ている見方を信じてしまうことは、ものすごく恐ろしいことだ。
 それは『仏説無量寿経』で言われる、「国王」の視線になってしまうからだ。
「見る」というのは、見られるものを対象物に変えてしまうことだからだ。
「見る」というのは、自分の見方で相手を評価し、価値付けするという毒をもっている。「見る」という視覚は、暴力的なのだ。
「国王」の座はいつでも、高所にある。
 見られる対象は、いつでも低い所に据えられてしまう。
「国王」が気に入らなければ、他者にナタでもナイフでも振り下ろす。
 それを支えているのが「国王視線」である。
 見られる対象物は、国王によって切断された画像でしかない。それは「いのち」ではなく「モノ」に変えられてしまう。
 だから「見る」ということは恐ろしい。
もし、その「見る」を信じるなと糾弾する阿弥陀さんがなければ、
私たちは、いつ、純粋な形で他者と出会うことができるのだろうか。
阿弥陀さんのご覧になっている視線に晒されたい。
 晒されねばならない。
●2018年6月11日●
東海道新幹線の車内で、殺人事件が起こった。男性一名が亡くなり、女性数名が怪我をしたと報じられた。容疑者は22歳の小島一朗という氏名だそうだ。少し前に韓国映画「新感染」を観ていたので、列車の中を逃げまどう乗客の姿が、手にとるように感じられた。
小島が語った犯行の動機は、「むしゃくしゃしてやった。誰でもよかった」である。
テレビでは実父と母方の祖母がインタヴューを受けて話していた。二年前から両親と折り合いが悪く、祖母と同居していたが、一年前から家には戻っていないという。
テレビ等からいろいろな情報が流れてきた。
そして私の中で感じ取られてきたことは、彼は両親から「丸ごとの受けとめ」がされていなかったのだろうということだ。この手の犯行には、「だれでもよかった」が流行り言葉のように聞かれるようになった。彼もこの言葉を自分で開発したわけではなく、おそらく以前の容疑者たちの言葉を模倣したものではないかと直感した。
そして私は感じた。あの「だれでもよかった」の裏には、「両親」が張りついているのではないかと。本当は、両親を殺したかった。しかしそれが叶わなかったので、仕方なく誰かを、つまり誰でも両親の代理として殺したくなったということではないか。だからあれは誰でもよかったのではなく、誰でもが両親の代理に代わりうる限りにおいて「誰でも」ということではなかったか。
もうひとつ気になったのは、彼の出身地が「愛知県岡崎市」という地名だ。ここは、私が先月訪れた場所で、真宗門徒の多く住んでいる場所と認識している。何か、真宗の免疫力が作用しなくなってしまっているという申し訳なさも感じた。
つまり芹澤俊介さんの「ある-する理論」(武田命名)を援用すると、家族が「する」に価値をおきすぎてしまって、彼の「ある」をそのまま、無条件に受けとめきれていなかったということだ。資本主義社会は、「する」一辺倒だから、「ある」の不安定な人間ならば、あっと言う間に、抑圧され圧殺されていく。
 やはり、「一人一世界」をいかに獲得していくかが緊急の課題なのだと、思わされた。
「する」という世界は、「比べる世界」でしか通用しない観念だ。「出来る出来ない」は娑婆の論理だ。
 それは「危ない世界」だ。
 本来的に人間は「一人一世界」以外を生きられないのだし、もともと生きているのであり、そのことを忘れているだけなのだ。いつの間にか「一世界全人類包摂世界観」にマインドコントロールされてしまっているだけなのだ。
 「独生独死 独去独来 身自当之 無有代者」(大経)
「独り生まれ、独り死し、独りゆき、独り来る。身、みずからこれに当たる。だれも代わる者なし」を「一世界全人類包摂世界観」で受けとめれば絶望だ。
 それを「一人一世界」で受けとめねばならない。
●2018年6月7日●
昨日は、東京教区の同朋大会だった。文京シビックホールに、何百人かが集った。
芹澤俊介さんの「親鸞と家族」というテーマの講演があり、その後、花園一実君との対談がおこなわれた。
その中で、芹澤さんの「母性は本能ではない」が印象に残った。母性が本能であったら、子殺しは起こらないはずだ。確かに、そうだ。母性が本能であれば、児童擁護施設に子どもがやってくるはずがない。確かに、そうだ。
人間は本能がぶっ壊れた、理性の生き物だと言ったのは、ユングだったか。育児もセックスも、すべて人間は本能でしているわけではない。自然界の動物には発情期があるが、人間は365日発情期だ。これは本能のなせる業ではない。
親鸞がなぜ結婚したのか。それも、〈ほんとう〉のところはわからない。親鸞自身にもわからないことだった。いつでも人間の行為というやつは、「行為の条件」は無量無数にあるが、結果はたったひとつだから。
結果がひとつだから条件もひとつだと、人間は思いたいのだ。ところがどっこい、無量無数だ。よって、人間にはわからない。

「親殺しの前には子殺しがあった」というのも芹澤さんの言葉で印象に残った。
阿闍世が父王を殺す前に、阿闍世が両親から三度殺されていた。その報復として親殺しがあったと。
そして、その視線は、やがて自分のほうへと矢印が向いてくる。果たして自分は、子殺しをしていないかと。
子どもには必ず「受けとめ手」が必要だと芹澤さんはいう。それが母親だったら子どもにとって最高だ。しかし、母親が「受けとめ手」になれない場合もある。むしろ「受けとめ手」を許否する場合だってある。その場合、子どもは最悪の状況だ。
善鸞は親鸞によって受けとめられていたのだろうか。
芹澤さんは、受けとめられていなかったのではないかと考えている。それが、善鸞義絶という結果になって現れたと。
芹澤さんは、どうしても、親に全責任があるという立場だ。「誕生は親が子どもに対する強制的贈与であり、暴力だ」という立場だ。
しかし、「親」って〈ほんとう〉にいるのだろうか。世間で「親」と呼ばれている存在は、〈ほんとう〉のことを言えば、みんな「子ども」じゃないのだろうか。
子どもは親によって無条件に受けとめられなければ、生きる居場所がないというけれども、果して、受けとめられる「親」っているのだろうか。
その「親」って、「親」自身が受けとめられたことのない、「永遠の子ども」なのではないだろうか。
受けとめられたことがないから、当然、受けとめ手にはなれないのだ。
問題は、その「親」というやつが、まず、〈ほんとう〉に受けとめられることだ。それが最初の、最初の、最初の第一歩だと思ってしまった。
●2018年6月6日●
仏道の道幅は 360度。
「道」というと、どうしても細長いものをイメージしてしまう。ところが、〈真実教〉の道幅は、360度だ。
まあ、これは形容矛盾だ。道幅であれば、何㎝とか何mとか言わなければならない。しかし、それを度数で表現したところがミソだ。
〈真実教〉の道幅は360度だ。つまり、全方位が道である。そんなものを娑婆では「道」とは呼ばない。
「道」とは、非日常性のメタファーなのだ。
非日常性を埋没させてしまうのが「日常」だから、この「日常」が、〈ほんとう〉は「道」だったのだと、覚醒させるはたらきをもつ。
「道」だと教えられて、ようやく息の詰まるような娑婆で呼吸ができる。
娑婆は、毒ガスが蔓延している世界だから、人間はどうしても腐ってしまう。身体が腐ってしまい、こころも腐ってしまう。
しかし、「道」というメタファーは、非日常性のメタファーであると同時に、プロセスのメタファーでもある。「道」は、必ずどこかへ通じているものだからだ。この世の出来事はあくまでプロセスだと教え、結論付けたい欲望をはね除ける。
これは結論付けたい欲望を排除するはたらきはあるのだが、ここにもう一つ問題がある。
プロセスは、〈いま〉に満たされないからだ。
この世の不条理に遭っても、それはプロセスだと教えられれば、不条理を受けとめる力とはなる。しかし、それは一面、〈いま〉に満たされない。プロセスとは、「〈いま〉ではない」と教えるものだから。
〈真実教〉は〈いま〉に満たされた上で、プロセスを楽しむ世界だ。だから、「道」というメタファーで表現することもできない。
いやいや、人間はどうしてもプロセスだと教えられて救われる生き物だ。どうしても、「時間」は昨日から今日へ、今日から明日へと流れるように感じてしまうからだ。共同幻想なのだが、どうしても人間には「物語」がなければ生きられない。
〈ほんとう〉は、弥陀成仏の昔から、阿弥陀さんの前に端座していたのに。つまり、「もう済んで」いたのだ。
「もう済んで」いたから、「まだ済んで」いない物語を生きることができるのだ。
「もう済んで」いた世界は、いわば無時間の世界。「まだ済んで」いない世界は流動的時間の世界。無時間という一点を根拠にして、流動的時間という「道」を生きるのだ。
●2018年6月3日●
有名で厳格な仏教学の大家であろうと、また読み書きのできない農民の一人であっても、そんなこととは無関係に、「そうだ!」と納得できるものでなければ、「さとり」でも「すくい」でもない。
〈ほんとう〉とは、そういうものであるはずだ。

有名な仏教学者・中村元先生が、私たちの常識を覆す表現をしていた。
まず第1に「仏教そのものは特定の教義というものがない。ゴータマ自身は自分のさとりの内容を定式化して説くことを欲せず、機縁に応じ、相手に応じて異なった説きかたをした。だからかれのさとりの内容を推しはかる人々が、いろいろ異なって伝えるにいたったのである」
第2に「特定の教義がないということは、決して無思想ということではない。このようにさとりの内容が種々異なって伝えられているにもかかわらず、帰するところは同一である。既成の信条や教理にとらわれることなく、現実の人間をあるがままに見て、安心立命の境地を得ようとするのである。」
第3に「実践としての立場は、思想的には無限の発展を可能ならしめる。後世になって仏教のうちの多種多様な思想の成立した理由を、われわれはここに見出すのである。」
(『ゴータマ・ブッダ』上(普及版) 春秋社 2012年8月発行)
要するに、いままで2500年の歴史をもって、ガッチリと「仏教」という実体があるかの如くに語られてきたが、〈ほんとう〉は、まだ発展途上の思想であるということだ。「無限の発展を可能ならしめる」という言葉がそれを物語っている。
私は、釈迦のさとりの内容を「縁起の法」だと、漠然と考えていたが、中村先生は「釈尊はすでにさとりを開いたあとで、しばらくたってから十二因縁を感じたのであり、縁起説とさとりとのあいだに本質的な連関は存在しない。」と述べられている。これにはびっくりした。縁起説がさとりの内容ではないと語られているからだ。
それでは、どこから仏教が出発するのかと言えば、それは他でもない、「私自身」という場所だ。「2500年間語られてきた仏教」は、文字として、そして文化としてはある。しかし、それと「生きられる仏教」とは別物だった。
中村先生が「現実の人間をあるがままに見て、」と語られているのは、いま・ここを生きている私のことである。
この「私自身から始まる仏教」こそが「生きられる仏教」である。
そう思うと、いままで「2500年間語られてきた仏教」という伽藍が音を立てて崩れてしまう。ただし、「私自身から始まる仏教」は、一面、解放と自由を与えるのだが、今度は、それでは何を頼りに道を求めていけばよいかがわからなくなる。いままで「ある」と思ってきた仏教を頼りに生きてきたから、そうは思わなかったが、「自分から始める」となると、頼りとすべきものは何もない。方向を決められれば、それに沿って歩むとか、道に逸れているとわかるのだが、360度の方向へ自由に進んでよいと言われると、今度は一歩も歩めなくなる。
そうなると、自分自身のたましいに聞き耳を立てて、聞いていくしかない。唯一のツルハシは「それは〈ほんとう〉か?」という〈反問性〉だ。オウム真理教から離脱した高橋英利さんも、その〈反問性〉のおかげでオウムから離れることができた。親鸞が29歳で比叡山を捨てたのも〈反問性〉だ。
〈反問性〉に晒され続けていく。そうすれば、必ず〈真実教〉にたどり着く。
この世に、一人称で〈私〉を生きる人間はいない。つまり、この世に「生きている」と実感できる人間は私以外にはいない。これも〈反問性〉から問われて、見えてきた世界だ。そして、そこにこそ〈ほんとう〉がある。
●2018年6月2日●
近頃、ますます阿弥陀さんと自分との距離が遠く離れていくように感じる。
本当であれば、ますます近づいてくると言えなければならないのだろうが、それが逆だ。
惑星探査ロケットが、惑星からどんどん離れていってしまうイメージだ。
それだからといって、阿弥陀さんとの関係が無くなったとか、薄くなったとは、まったく感じない。離れていくほど、身近に感じられるという不思議な感覚だ。
つまり、長年真宗と意識的に関わったならば、それなりに真宗の影響を受けるとか、理解が深まるとか、そういうことがあるはずだと思ってきたのだ。
ところが、自分のありのままのこころを覗いてみると、真宗と縁をもつ前の自分とあまり変わっていない。「あまり」ではなく、ますます「全然」変わっていないと、より鮮明に見えてきた。
それなので、阿弥陀さんとの距離感が隔たってきたと感じたのだろう。
しかし、阿弥陀さんの鏡は、まさに「浄玻璃」で、どんな些細な内面の罪までも映し出す。より赤裸々に、映し出す。
これが〈真実教〉だったか。
とにかく、人間は「これから、これから」と考えてしまうのだが、阿弥陀さんは、それに対して「すでにして、すでにして」と答えられる。
この阿弥陀と自己の乖離こそが〈真実教〉なのだ。
●2018年5月31日●
立て続けに、愛知県岡崎第六組と石川県羽咋本念寺の親鸞聖人750回忌に行ってきた。
何をやっているのか、自分でも、よくわからない。
阿弥陀さんにこき使われて、西へ東へといった按配だ。
本念寺では、拙著を買ってくれたひとに、オマケとして色紙を付けたいので、色紙に言葉を書いてほしいと頼まれた。12枚頼まれたが、結局、置かれていた18枚の色紙すべてに言葉を書いた。
書き終わって色紙を眺めていたら、この色紙たちをひとにあげてしまうのが惜しくなった。それで携帯電話で写真を撮った。
「一人一世界への覚醒」とか「いま いま いま 生まれて はじめて 生きる いま」とか「弥陀成仏の昔より 阿弥陀の前に 端座せり」とか「私の人生は 阿弥陀一人の 救済実験場」とかね。
やはりワープロ文字よりも、手書きの墨書のほうが味わいが深い。自分から生まれた言葉であっても、自分の言葉ではない。やはり仏法という普遍の法則から生まれた言葉たちだから、これを私有化してはならないのだろう。
自分が生きる意味とか、自分が生まれた意味とか、すべて「自分」へ「自分」へと還元しようとする。そういうベクトルが逆流し始めていくのが仏法だ。
そして「阿弥陀さんのためにこそ 生きて やれ」という言葉も生まれてしまった。
●2018年5月30日●
ご縁のある皆様へ

あの『ゴッホと〈聖なるもの〉』の著者・正田倫顕さんが、ベルギー大使館で発表されます。もし、御興味がありましたら、またどなたか興味を持たれている方も、ぜひ足を運んであげて下さい。150人~160人くらいの集会になるようです。詳細情報を以下に記します。武田定光
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日本ベルギー学会開催のお知らせ
下記の通りBJASを開催致しますので御案内申し上げます。

今回はベルギー学の将来を担う若手研究者に学会報告の機会を提供し、今後一層の研究奨励を図ることを目的としております。気鋭の4名の研究者の報告がございますので、皆様宜しく御出席下さいますよう御願い申し上げます。


日 時:2018年6月15日 金曜日18時 開始 (開場は17時半から)

場 所:ベルギー大使館 (東京都千代田区二番町5-4)

報告者およびテーマ:
1)正田倫顕 「ボリナージュの祭壇とオーヴェールの教会」

2)大迫知佳子 「19世紀フランス語圏におけるリズム理論と生理学の関係 -ベルギーの音楽理論家達によるリズム理論を中心に-」

3)加来奈奈 「カール5世治下ネーデルラント女性総督マルグリットの平和外交」

4)佐藤龍一郎 「フランドル彩飾写本の都市図像における実景とその転用 -パリ国立図書館本(ms.fr.9087)を中心に-」

当日の予定
17:30 開場
18:00 開会の挨拶 ヴェルゲイレン公使および北原和夫BJAS代表

18:10 報告 司会・武居一正
20:30 レセプション
21:30 お開き

その他会合運営のための会費として、当日お一人1000円のカンパを御願い致します。

日本ベルギー学会事務局 武居一正
ご出席いただける場合は、お手数ですが下記宛に6月11日(月)までにお知らせください。
宛先  e-mail : hiroko.date@diplobel.fed.be (ベルギー大使館 伊達泰子様宛)
●2018年5月28日●
「西方淨土」の「西方」とは、物理的方角ではなく、人生の究極的意味を表す言葉である。日常生活は、いわゆる「雑事」に追われて日々が過ぎていく。「雑事」という言い方は、あまりに大雑把で、種々様々な行為の連続という意味だ。
それが、意識的に「〇〇のためにこれをしている」という自覚があれば、その行為は充実している。たとえば、赤ん坊のオムツ換えを、「子どもの成長のため」と意味づけできれば、汚らしいオムツ換えも問題にならなくなる。というか、汚いという意識もないままに機械的に、やっていることではある。
あるいは、「一流大学に合格するため」と意味づけできれば、受験勉強もやりおおせることが可能だ。毎朝の通勤ラッシュも「家族のため」と意味づけできれば、それに堪えることもできる。まあ、問われれば、そのように応えるだけで、普段の生活は、そんなことを意識することもなく、ルーティン・ワーク(決まりきった日常茶飯事)に埋没しているだけだ。
それも、まあ意味づけできる目的があるうちは成り立つ論理だ。人生も後半になると、意味づけする目的がなくなる。子育ても終わり、親の介護も終わり、さて自分は何のために生きているのだろうと、ポッカリと穴が開くことがある。
そのときに問題になるのが、「西方」だ。実は、「西方」という課題は、人生の後半の問いでもなんでもない。幼いころから、死ぬまでを包む時間の問題だ。
日常茶飯事の取るに足らない単純なひとつの行為の意味が、「西方」を指さしているかどうかという問題だ。
地球上のどの場所においても、「方位磁石」を取り出せば、針は「北」を指す。これと同じだ。生きている、あらゆる場所で、「意味磁石」を取り出せば、針が「西方」を指しているかどうかだ。
臨済録の「随所に主となれば、立処みな真なり」(随所作主 立処皆真)は、そのことを問題にしている。まあ、これは臨済録の中を流れている〈真実教〉で、〈真実教〉の一部分を表現している。
 あらゆる場所で主体性が成り立っていれば、自分のいる居場所はすべて真実という意味だろう。これも、様々な文脈で解釈されるが、まず「主」が問題だろう。
自分で意識している「主体」などは仮のもので、〈ほんとう〉は「空っぽ」でなければならない。仏法は無我が本質だからだ。
 まあ、それはともかく、臨済録が、矢印を「主」という中心に向けているのに対して、「西方」は外に向けている。
 中心を向こうとする矢印が、すべて「西方」という外を向いているということが、何か大きな問題を暗示しているように思う。「西方」は、人間が意味づけできる意味ではないから難しい。むしろ逆に、人間の「意味づけ」を解体される方向だ。
 人間の「意味づけ」を解体して、「西」を向かせる。
●2018年5月26日●
うちの子どもが幼いころ、家族で出かけることがあった。すると子どもが、口癖のように、「ねえ、今日は何時に帰るの?ねえ、何時に帰るの?」とせっつくように聞いてきた。あまりしつこく聞くので、「まだ出発もしていなのに、いつ帰るかなんてわからんよ!」とぞんざいに応えたことを記憶している。
彼にとっては、家族で出かけることがあまりに楽しく、この楽しい時間がいつまで続くのだろう、早く終ってほしくない、出来るだけ楽しい時間が長続きしてほしいと切実に願っていたのだ。
まだ、家から出てもいない段階で、この楽しい時間が終ってしまうのに堪えられない、せめて楽しい時間が終ってしまう時間だけは知っておきたい。そしてその終わりを覚悟しておきたいという思いでいっぱいだったのだ。
彼のこの切実な願いは、私にもよく分かった。確かにそうだ、この時間が楽しい時間であればあるほど、長続きしてほしいし、終ってほしくない。しかし、いつか終わりがくることは間違いない。そのことも知っている。ああ、いやだ、終ってほしくない。

この感覚はどこから来るのかと考えたら、やはり、人間にとって、「時間」というもののありようをよく表しているのだと思う。「流れていってしまう時間」に人間は堪えられないのだ。ということは、逆に言えば、人間は決して「流れていかない時間」を求めているとも言えるのではないか。
親鸞が「時剋の極促」(教行信証・信巻)と詩的に語っているのは、そんな時間を暗示していると思った。
この言葉を『教行信証』で二回使っている。
「行巻」では、「『即』の言は、願力を聞くに由って、報土の真因決定する時剋の極促を光闡せるなり。」(ここでは「即是其行」の「即」の解釈をしている)と述べている。
「信巻」では、「それ真実信楽を案ずるに、信楽に一念あり。『一念』は、これ信楽開発の時剋の極促を顕し、広大難思の慶心を彰すなり。」と言っている。
 この箇所の星野元豊先生の解釈(『講開教行信証』信の巻・法蔵館)によると、「その一念というのは、信心をうるその端的、その刹那を一念といったのであって、時間的に極めてすみやかに一瞬であることを示しているのである。真実信心は獲信のその瞬間パット明るくなるようにえられるのである。ここではまず時間的に極めてはやいことを一念といったのである。」等と述べている。
 さらに追加の解釈があって、「一念はこのように時間的な意味をもつと共にその極点としての零点というような意味をもったものであると思う。」とも述べ、続けて「時間を超えた念である」とも言い、シュライエルマッハッーの「神秘に満ちた瞬間」gehemnisvolle Augenblick)であり、それは「先験的、神秘的零点と表現したいと思う」とも述べている。
シュライエルハッハーはドイツの近代神学者だから、キリスト教内部においても「時間」というものが大問題だったことがわかる。
それは、真宗とか仏教とか宗教とかが捏造した教義ではなく、やはり、そもそも人間というものが本質的に持っている欲求に応じたまでのことなのだと思う。キリスト教においても、「流れない時間」というものを予見していた。
私は、「流れない時間」を「弥陀成仏の昔より 阿弥陀の前に端座せり」と表現している。
いつ、自分が自分になったのだろうと考えてみたい。自分は人間に生まれたいと思ったわけではないから、自分の思いより前に、自分は自分だったはずだ。この身体というものは、どこからやってきたものだろうか。自分を生んだ母、その母を生んだ母と遡っていくと、少なくとも38億年にまで遡れる。
この時間がなければ自分は自分になっていない。つまり、自分の身体は38億年かかって、ようやく自分になってきたのだ。その38億年前から自分は阿弥陀さんの前に端座していたのだと思った。
そして〈いま〉も端座している。これこそが「流れない時間」だったのだ。この〈いま〉という時間は38億年と融合する時間であり、いつでも〈いま〉として私の前に現れる「流れない時間」だったのだ。
これを親鸞は「時剋の極促」という言葉に定着させたのではないか。究極の時間というものは阿弥陀如来からの促しであるという意味だ。
 まあ38億年と言ったが、それは少なく見積もってのことであって、〈ほんとう〉は「永遠」なのだ。永遠という時間を背景にした〈いま〉こそが、決して流れることのない時間だ。人間にとって、〈ほんとう〉の意味で生きられる時間は、〈いま〉以外にないのだから。
「時間が流れる」と感じるのは、人間の意味現象であって、そんなものは仮のものだ。〈ほんとう〉の時間とは永遠に流れることのないものだったのだ。
 それは幼ない子どもでも直感しているものだったのだ。
●2018年5月25日●
阿弥陀さんの立像を見ていたら、私の内面を外に立てているのだなと、改めて感じた。
もし偶像として、前に立てていなければ、どうしても仏さんのイメージが自分の内面に出来上がってしまう。どれほど阿弥陀さんのイメージを内面に取り込んだとしても、それは、偶像ですよと注意して下さるのが、偶像として目の前に立っている阿弥陀さんだ。
偶像を否定することは、一面純粋のように見える。偶像は人間の手で作り上げたものだから、そんなものは〈ほんとう〉の神でも仏でもない。
親鸞は、そんなことくらい先刻ご承知だ。ではなぜ偶像としての阿弥陀仏立像を前に立てるのか。それは、どれほど人間の内面に神や仏のイメージが出来上がっても、それは目の前に立っている偶像と同じ質のものだと批判するためだ。
だから、本堂の阿弥陀さんと人間が「対面形式」に出来上がっていることが重要なのだ。これは単なるお飾りではない。とても深い意味があるのだ。
もし人間の内面に神や仏のイメージができあがり、それが批判されなければ、神や仏と自分とが一体化してしまうのだ。これは、仏教の文脈に置き直せば、「天台本覚論」や「即身成仏」の論理になり、西洋一神教の文脈に置き直せば「イスラム原理主義」の論理にもなる。
親鸞を揺さぶった〈真実教〉は、決して、自分の内面に出来上がった神や仏のイメージを許さない。それはそれは徹底して許さない。
そうやって対面形式にすることによって、神や仏の「奴隷」になることから人間を救っているのだ。神や仏のイメージを内面化すると、神仏との一体化という神秘主義にも落ちていくし、また一方では神仏の奴隷にもなってしまうのだ。
どこまでが、自分の思いで、どこからが神仏の願いなのかが峻別されなくなるからだ。
親鸞がやろうとしたことは、神仏と人間との棲み分けとでも言うべきものだ。
曽我先生の言葉でいえば「仏と人間とが不可侵条約を結ぶこと」だ。
神仏と人間とは、「絶縁」という関係で出遇う以外にない。
絶縁という関係は、髪の毛一本で〈ほんとう〉に触れることであるし、「牛盗人と言われても、仏法者と見えるように振舞うな」という絶対戒律を生きることでもあるのだ。
●2018年5月21日●
いま、オウムの「井上嘉浩さんの死刑執行を回避するための恩赦を求める署名」をお願いする場面が増えている。これはもともと友人の鈴木君代さんからのお願いで、小生も共感しているので、署名をお願いしている。
彼女は、井上さんが東京拘置所に拘置されて10年以上も面会を重ね、交流をされてきた。現在、大阪刑務所へ移送されても、面会を続けている。この度、オウム裁判がすべて終ったということで(麻原教祖は済んでいないが)、各受刑者が、地方の刑務所へ移送された。
これは死刑が早まるのではないかという危機感をかきたてた。来年5月の改元を前に、「死刑」というけがれは、前の天皇と共に洗い流し、「新天皇」は清浄無垢な存在として誕生させるという政治的思惑があるようだ。
そこで、何とか多くの人々の署名を集め、井上さんの死刑を思い止まらせようと願っている。
しかし、署名のお願いをすることで、様々な反応をいただく。「なぜあれほど残忍な殺人事件を引き起こした容疑者を許すのだ」、「日本はまだ死刑制度を法的に認めているのだから、粛々と法律に則って死刑を執行すべきではないか」、「死刑を回避する恩赦の署名活動など、大谷派にとっての汚点になるのではないか」。
そして私は考えた。これらの反応を総合すると、この事件に対する三つの立場があることだ。
1つには当事者の立場。容疑者本人と容疑者の家族などの立場。
2つには被害者の立場。被害者は容疑者を死刑にしても、最愛の家族が戻ってこないことはわかっているが、せめて死刑にでもしてくれなければ、気が済まないという立場だ。
3つには第三者の立場。私の立場はここにある。不特定多数の人々もここにある。
なぜ署名活動に協力しているかと言えば、井上さんの資質に真宗的なものを感じたからだ。1995年已来、事件に対する様々な情報が提供された、それらの中で井上さんの表現などを見ていて、私には共感が持てた。大谷派との縁もあって、恩赦を求めるひとたちも多くいる。
彼を死刑にしてしまうと、いままでのオウム事件の全容解明が不可能になる。なぜ「宗教」がひとを殺してしまうまでの幻想を与えるのか、なぜこういう事件が起こったのか、彼は当事者として、そのことを生涯をかけて、獄中で表現し続けていかねばならない。それが被害者への、せめてもの謝罪行為ではないか。
また大谷派教団の責任も感じる。もし彼らの宗教的欲求を吸い上げられていたら、彼らはオウムには行かなかったかもしれないのだ。その意味で我々、教団に属するものの責任も感じている。
 親鸞はこう言っている。
「一人にてもかないぬべき業縁なきによりて、害せざるなり。わがこころのよくて、ころさぬにはあらず。また害せじとおもうとも、百人千人をころすこともあるべし」(歎異抄第13条)
 たとえ一人であっても、殺すような「業縁」がないから殺さないだけだ。自分のこころが善良だから、殺さないのではない。また殺したくないと思っても、「業縁」があれば一人はおろか、百人、千人も殺すことだってあるのだ、と言っている。(戦争がその例だろう)
 もし私に業縁があれば、オウムに走っていたかもしれない。あるいは、業縁がもよおせば人を殺すようなことだってあるかもしれない。自動車を運転していて、それはいつも思うことである。だから、自分の心が善良だから殺さないなどとは思えないのだ。縁があれば、いつでも事件や事故を起こすのが自分自身だ。
 署名に反対するひとたちの心情を推し量ってみると、自分は「善良」であり、決して事件や事故は起こさないと思い込んでいるようだ。果たしてそうだろうか。
 またこういう意見も聞いた。なぜオウム事件の容疑者たち全員の恩赦ではなく、井上さんひとりなのだと。
 これは私の限界であり、まさに「有縁を度すべきなり」(歎異抄第5条)と記されているように、自分に縁のあった中での署名活動というだけのことだ。もちろん阿弥陀さんは、全員を愛し続けているに違いないのだ。教祖の麻原をも見捨てることはない。ただ、人間としての私には、限界のあるなかで、縁のあった井上さんの恩赦をお願いしているだけである。もしご賛同いただけるかたがあったならば、空メールで結構ですから送って下さい。返信用のメールにPDFファイルを添付して返送いたします。ここにPDFファイルを添付しようと試みたのですが、出来ませんでしたので、ちょっと面倒なことになり済みません。自ら印刷していただき、ご署名いただき用紙にある宛て名へお送り下さい。何卒宜しくお願い申し上げます。
●署名用紙(A3版)にある鈴木君代さんのお願いの文章を載せておきます●

「井上嘉浩さんの死刑執行を回避するための恩赦を求める署名のお願いです。
〈 趣 旨 〉
2018年1月20日、オウム真理教の被告であり元信者の高橋克也さんの刑が確定しました。このことによって、1995年7月に始まったオウム事件の裁判は、22年6カ月を経て全てが終りました。共犯者の刑が確定するまでは死刑を執行しないことが慣例とされていますが、裁判の終結により、いつ死刑が執行されてもおかしくない状況になりました。
 私は、井上嘉浩さんと十年間にわたり東京拘置所で面会を続けさせていただいています。死刑判決を受けた井上さんを支援する会の通信『悲』に掲載された私の投稿文を読んだ井上さんから手紙が届き、交流がはじまったのでした。
 井上さんの存在を知ったとき、「京都で同じように悩みを抱えた一人の人間として、すれ違っていたかもしれない人」と私は思いました。幼少期から暗い闇の中で、「何のために生まれてきたのか」と道を求め、寺院を訪ね歩き、たまたま親鸞聖人の仏教に出遇えた私は、悩みながらも今、歩ませてもらっています。「どんな人に出遇ったか」、人はその出遇いによって一生が決まります。そして誰もが、思いどおりにならない現実の中で悩みを抱えて生きています。誰もが出遇おうとしても出遇うことの出来ない苦しさ、押し寄せる不安感、どうすることもできない孤独感と共にあります。
 井上さんは、高校二年生のとき、「何のために生まれてきたのか」という深い悩みの中で、オウム真理教に入会し、真摯に道を求めたからこそ、教団の要職を任されました。彼が高校生まで暮らしていた場所(京都市右京区)は私の生家の近くでしたから、尚更に他人事には思えずにいます。ですから、拘置所のアクリル板の向こうにいるのは、私だったかもしれないと思いながら面会しています。私と井上さんとは、たまたま出遇った人が、出遇った教えが違っていただけなのです。
 井上さんは、毎日、自分の犯した罪の重さに苦悩し懺悔されています。「二度と救済の名の下において、同様の事件が起きませんように、何度も自問せずにはいられません」と言われています。その存在は、誰の中にも在る闇を見つめさせ、常に、「どんな人も殺してはならない、殺さしめてはならない」と知らせます。同じように悩みを抱えた若者たちが、カルト宗教に向かわぬよう、再びカルトによる悲劇を繰り返さないために、被害者すべての人に贖罪しながら、一生、拘置所の中で深層を明らかにしてもらわなければなりません。
 1995年オウム事件以後、2001年9・11同時多発テロ、最近ではイスラム国の台頭により、一般に「宗教は怖い」と言われるようになっています。何が怖いのかを吟味することなく、「宗教は怖い」と線引きすることは、もっと怖いことだと私は思います。むしろ「何が人間を迷わせるのか」「何が人間を目覚ませるのか」をはっきりと見きわめる眼こそ宗教の本来であろうと思います。井上さんには自身の過ちを通して見えていること、真実を求めながらも流転し続ける人間の業について、語り部になっていただく使命があると私は信じます。
 井上さんには、宗教という名のもと、もう二度とあのような犯罪が起こることがないように、世界でも類を見ないオウム事件の真相を明らかにしつつ、決して償いきれるものではない重い罪を自らに受けとめ続けてほしい。そう願わずにはいられません。一審で無期懲役の判決を下した井上弘通裁判長は、「一人の人間として、自らの犯した大罪を真剣に恐れ、苦しみ、悩み、反省し、謝罪し、慰謝するように務めなければなりません」と言われています。 
 生きて償い続け、カルトの恐ろしさを伝えるために、死刑執行を回避し恩赦を求める署名をお願いするものです。                真宗大谷派僧侶 鈴木君代」
●2018年5月20日●
「なんやかんや、ありまして」。
Eテレの「デザイン・あ」の中のコーナーに、「なんやかんや、ありまして」がある。
トイレで手をかざすと、自動に水が出てくるやつ。手を出せば、水は出るという単純なことなのだが、実際には手を関知する赤外線センサーがあり、それを電気信号へ変え、水道からの水を開栓し、蛇口まで水を送る。洗い終わって手を引っ込めると、それを赤外線センサーが関知して閉栓するという複雑な機械だ。
そこで、「なんやかんや、ありまして」というメッセージが流れる。
今朝、トイレで自分のウンコを見たとき、「あっ、なんやかんや、ありましてだ!」と驚いた。これはトイレの水どころではない。口から入った食べ物が、ものすごく複雑な経路を辿って排泄される。これって「まさに、なんやかんや、ありまして」だ。食べ物がどこでどうなって分解され、栄養分が摂取され排出されるのか。
そんなことを意識は、まったく知らない。
結果は、単純なたったひとつ。しかし、そのための条件は無量無数だ。
これは何にでも応用できる。自分の人生の〈いま〉にも応用できる。
まさに、なんやかんやありまして、いまの年齢だ。
そして、今だかって生きたことのない、未知なるこの一瞬だ。
●2018年5月19日●
「まっさん塾」に行ってきた。
ここで話したものが、文字となり本となって結実している。前4回までは本になっているが、5回目は、まだ形になっていない。そして今回は第6回目だった。早く形にしてくれないと困るというプレッシャーが、まさに残雪のように溜まっていく。はやく第5回目のを形にしないと、どんどん上に積もっていき、やがて屋根が押しつぶされてしまいそうだ。雪かきを迫られた状況の中、圧迫感で生きている。
今回の「まっさん塾」は、何とも不思議な感じのする時空間だった。話し始めて、一時間半ほどたったのだろうか、何だか、まどろみの中にいるような、まさに聴衆と一緒になって温泉にでも浸かっている感覚だった。桑名の気温も高く、部屋の温度も高かったせいもあるのだろうが、そればかりではなかった。聴衆のたましいの熱気とでもいうようなものが感じられた不思議な時空だった。
話はダラダラと、いろいろな話題に展開していった。オムニバス形式の法話だったようにいまでは記憶している。その雰囲気が懇親会にまで影響を与え、まさにカーニバルのような興奮状態で、終焉した。おかげで、アルコール後遺症に悩まされているかたもいた。

いつも感じることだが、話し手は、「楽器」に過ぎない。聴衆のたましいの指によって、自由自在に奏でられる楽器に過ぎない。だから、私はいつも受け身でしかない。
前夜は韓国映画「新感染」を観ていた。ホラーのような、人情噺のような映画だった。あるひとから、「講演前夜なのに、映画なんか観てるんですか」と尋ねられ、私は「別に何も考えてないから」と答えた。それは奇を衒ったわけでもなく、正直な思いを返しただけだった。
私はいつも、何も考えてはいないと言ってみたものの、それは厳密な意味では正確ではないとも思っている。いわばことさら考えてはいないのだが、いつも気にかかっているものがあるのだ。海の表面は、さざ波やらうねりやらがあって意識は波立っているのだ。しかし、深海では、いつも同じ流れが流れている。その深海では、寝ても覚めても、いつも考えているのだ。いつも深海で考えているので、ことさら、取り立てて、講演前夜にあれこれと考える必要がないのだ。深海で考えることを親鸞は「憶念」と言ったのだろう。親鸞は、いつでも「寝ても覚めてもへだてなく」という世界を生きている深海生物だった。
そこには、海面のような風も吹かず、さざ波もない。いわば「無時間」である。いや、無時間ではないな。超時間だ。
マッコウ鯨は、深海に潜ってイカを主食にしているそうだ。深海に潜らないとイカには会えない。これは私と同じだと思った。
深海に潜らないと阿弥陀さんと出会えないからだ。
●2018年5月15日●
物語を受け入れられるのは、物語性を捨てているからである。物語を「物語」として受け入れるのではなく、物語を〈真実教〉の象徴として受け入れるからだ。
「物語」という言葉に抵抗感をもつひとは、「この世」の現実社会が、「実在」として存在しているという思いにマインドコントロールされているひとである。「宗教が『物語』を説くのは、なんかうさん臭い」と感じるひとは、自分の生きている現実社会が、真っ当で、客観的事実だと、固く思い込まされているからである。
この現実社会が、ありありと、いかにもリアリティーをもって感じられるのは、そういう「リアリティーを信じたいという宗教」に洗脳されているからだ。
〈真実教〉は「覚醒」の教えだから、その洗脳を解こう、覚まそうとする。しかし、そういう「宗教」に洗脳されているひとは、覚まそうとするものを許否し、拒絶し、殲滅しようとする。それが「承元(建永)の法難」という弾圧事件だった。
事情は、中世も、現代も、何も変わってはいない。
「孫」という、未開の生き物と接する時間が多くなった。公園の地面に広がっている砂利を、手で掬っては、掌からサラサラと地面に落下させている。掌に砂がなくなると、また同じようにサラサラと、愛おしむように落としている。
私は、その光景を眺めているうちに、縄文時代の原始人の時代にトリップした。この砂利を掌から、サラサラと落としている行為そのものは、恐らく原始未開の世界を象徴しているはずだ。私は、その行為を眺めて、うっとりしてしまった。うっとりし過ぎてしまい、意識が表層から深層へと落ちていくのが分かった。
孫の、そんな行為を、彼女が飽きるまで、いつまでもいつまでもさせておきたかった。それが永遠に続いているように、うっとりと眺めていた。見ているうちに、だんだん、眠気まで催してきた。いかんいかんと、意識を表層に戻そうとした。
孫の、その行為は、もしかしたら原始未開の「宗教行為」だったかもしれない。この行為に「無意味」とレッテルを張ったのは、現代人という名のつく「善人」だった。
「効率」とか「時間」とか「意味」とかいう、「善人」の作った「宗教用語」は、そんな厳粛な行為に対して、まったく太刀打ちできない。

そういう原始未開のたましいを回復する装置を、浄土教は「阿弥陀仏救済物語」として表現したのだろう。
貴方が原始未開のころから、心配されお世話になってきた仏さんがいるんだよと「物語」で教えてきた。現世の親は「仮の親」で、「本当の親」は、その仏さんなんだよと教えてきた。正確に言えば、「生んだ親」は現世の親、「生ませた親」が阿弥陀さんだ。
そして、その「本当の親」の言いなりになって、いままで生きていたんだよ。だから「自分の意志」で生きてきたのではない。その「自分の」というものも、そのように思い込まされているだけだ。身体のどこを切り刻んでみても、その「自分の」というものは取り出すことができない。「自分の」というのの原初は、免疫細胞の免疫システムじゃないかとも言われてきた。しかし、現代ではその免疫システム自身が瓦解し始めている。自分が味方なのか、敵なのか、もはやわからなくなってきてしまった。
全世界の政治状況がまさにそうではないか。自国の利益を追求しようとして、他国を圧迫することが、実は自国を傷つける結果になるという。奇々怪々な現象が起こっている。 もはや、いわゆる自国に対するアイデンティティは、自分を支える根拠にならなくなってしまった。「アメリカ人だから」「日本人だから」「中国人だから」ということが、そのひとを支える根拠にはならなくなった。まあ、それよりもう少し強固な基盤が「宗教」だった。「キリスト教徒だから」「ユダヤ教徒だから」「イスラム教徒だから」「仏教徒だから」
とか。西洋一神教は、淵源は同じで、「物語」を「物語」として生きようとしている。浄土教以外の仏教は、物語を捨ててしまった。親鸞浄土教、つまり〈真実教〉は、仏教を超えて物語性で信仰を表現してきた。人間は、本質的に「物語」を抜きに生きることのできない生物であるからだ。だからといって、西洋一神教のような、「物語」を「この世に実現しよう」とか、「この世」の成り立ちのすべてを、神という一神に還元して考えようとはしない。まあちょっと変な言い方をすれば、西洋一神教と仏教を淘汰したところに〈真実教〉を表現してきた。

さて、これからは、何が自我を支える根拠になるのだろうか。「日本人として」なのか、あるいは「人類として」なのか。
私は、それではまだ根拠の基盤としては弱いと思っている。究極的には「一切衆生人として」までいかなければダメだと思っている。〈真実教〉を生きる主体は「一切衆生人」でなければならないと思っている。
●2018年5月14日●
昨日は永代経法要だった。
講師は高柳正裕先生。愛知県からお越しいただいた。当初の予定では懇親会まで残られる予定だったが、12日に師である児玉暁洋先生がお亡くなりになり、急遽、帰路につかれた。先生のお話では、「死を分かったことにしているひとは、生も分かったことにしている」ということが印象的でした。生を分かったことにしているということは、自分は自分を知っている、人生を知っているという傲慢顔になっているということです。それで、親は子どもに向かって、自分は人生を知っている、お前より知っている。だから愛情でもってお前を導いてやる、お前のためを思って私はやってるんだ、だから従いなさいと暴力という名の「愛」を押しつける。
だから、〈ほんとう〉には知らないということを、ちゃんと知っていなければ、人間はいつでも傲慢に成り上がる。

なんか人間とは、真っ赤に焼けている鉄の棒ような気がした。いかにも元気そうに赤々と光っているが、だれもその鉄をもつことができないし、近寄ることもできない。もってしまったら、こっちが火傷してしまう。近づこうにも、熱くて近づくことができない。
灼熱の刃をクールダウンさせ、バケツの水に浸けることこそ、人生最大の課題だ。
焼けた鉄が水につけられたとき、ジューッという。これこそ人間の傲慢が阿弥陀さんに破られた、断末魔の叫びだ。ナンマンダブツという断末魔の。
●2018年5月12日●
森岡正博(早稲田大学人間科学部教授)の「宗教性を哲学者ばどう考えるか」を読んだ。
(『現代と親鸞』第36号(2017年12月号・親鸞仏教センター発行)この本の中で、森岡さんが次のように述べている。
「素人としての違和感をというものをもってもってしまうのです。それが、浄土真宗に戒律がほとんどないというところです。(略)実は、これが浄土真宗、あるいは親鸞というものの根本と繋がっている話ではないかと予感するので、最初にこの話をしたいと思うのです。その中で特に、お酒を飲むということが引っかかるのです。私の友人である淨土真宗のお坊さんもお酒を飲みます。これはもう皆さんいろいろな方から言われていますでしょうから、目新しいテーマではないとい思ますけれども、仏陀の五戒の中に「不飲酒戒」というものがありまして、お酒を飲むなと書いてあるわけです。」
「世界各地に仏教が広まっておりますけれども、世界的に見た場合、やはり飲酒をしないという戒律を守っている仏教徒が大変多いです。その中で日本では、そこがどうなのだろうかということは常に感じることです。そのときに、こういう主張を言われるのかなといろいろ予想するのですけれども、例えば、人間は弱いものである。そして、お酒は飲まないほうがよいことはわかっている。それでも止めることはできない。そういう煩悩具足の凡夫であると、その自覚からスタートするのが親鸞の教えだと。まさに凡夫であるから救われるというわけです。ですから、酒をんでしまうということを否定するのではなくて、酒を飲んでしまうことからスタートするのが親鸞の教えであると。
 ただ、もし仮にそういう説明を私が受けたとした場合、私は何かそこに引っかかりとうか、欺瞞を感じてしまうのです。
これはおそらく倫理とか、戒律などというものと救済、救いというものとの関係がどうなっているのかというあたりに納得できない部分があるからではないかと思います。
倫理や戒律を守る、守らないこととは無関係に救いというものは行われるというのが、親鸞の教えのかなり根本的なところではないかと理解しています。しかし、これが真宗を民衆に伝えていく際の躓きの石になっている可能性は十分にあると考えています。」 
「浄土真宗の特に大谷派の皆さんは、ハンセン病の差別問題ということに宗派をあげて取り組んでこられていることはよく存じあげております。自らの歴史を振り返る、大事な試みをされているわけですけれど、飲酒問題への取り組みはされているのでしょうか。」 
「これに対する理屈を予想してみますと、たとえば僧侶の方はこういうことをおっしゃるもしれない。絶対他力の信頼によって私は救いを得ている。また仏教僧侶として私は酒を飲まない。だけれども一般人と一緒にいるときには、きっと一般人が酒を飲むわけですら、一般人に疎外感とか圧迫感を与えないために、わざと彼らの習俗に合わせて一般人といるときは飲酒をするということを選びとっているのであると。そう言われると私は納得します。なるほどそういう深い配慮があって、一般の方と会食するときはお酒を飲んでいるのかと。あるいは、こういう理屈というものもきっとあるのではないでしょうか。
絶対他力への信頼というものによって救いを得ていること、それが一番大事なのであって、あとは現代社会の法と正義にのっとって生活をしていればよいのだと。現代社会におい飲酒は許容されているということですね。 
 また大谷派は特に、ことあるごとに死刑反対の声明発表をしておりまして、それを読たびに私は本当に力づけられる思いです。ただ、ここでも先程と同様のことが気になっしまうのは、その大谷派の方が死刑廃止をする根拠なのです。
 真宗は死刑反対をする理由がどこにあるのか。これは私の見たところ、それは現代世界に生きる人間としての倫理というところから出てきているのであって、真宗の宗教性から出てきているのではないのではないかと。そのように考えます。
 真宗の宗教的な教えへの核心部分というのは罪を犯しても、犯していなくともそれと救いは無関係であるというところにあるのだと私は理解しています。救いへの希求がある限りにおいて、罪を犯す、犯さないであるとか、それによって死刑を受ける、受けないであることと救いは別の次元で果たされる問題だとすると、実は死刑反対論理というのは真宗の宗教性から出てきているのではなくて、真宗の道を生きているひとたちが、この現代社会の一市民として生きるときの倫理観や人間の尊厳というような人間観・生命観から出てきているのではないかと思います。」
 まあ抜粋なので、すべてを知りたければ、本誌をお読み下さい。
 ここで森岡さんが、疑問に思っていることは、ごく普通に感じる疑問ではないかと思う。その疑問の切っ先を突きつけると、「真宗における倫理性はどうなっているのか?」ということになる。
 まあ最初の問題は「飲酒」ということで、これは釈迦が始めた仏教の初期に生まれた「五戒」のひとつであり、これを守っていないのでは仏教と言えないのではないか。それがハッキリしないから、真宗は民衆から見て得体の知れないものになっている。それこそが「躓きの石」だという譬喩で語っておられる。
 もうひとつは、ハンセン病問題と死刑反対問題に関わる真宗人の反対の論理が、現代人の倫理観から生まれてきているのであって、真宗教理の必然性から生まれているのではないのではないかという疑問だ。
 これも飲酒問題と同様に、なぜ真宗人はそういう行動を取るのか、その行動を取るときの基準とは何なのかという疑問だと思う。
 まあ、森岡さんは、真宗の教えについてあまり馴染がないようで、親鸞が「無戒名字」と述べていることを御存じないようだ。だから、釈迦の仏教を、仏教の正論だと考えてしまっているようだ。親鸞は釈迦の仏教を正論と考えていないので、そもそもの理解が混乱している。
「五戒」が生まれた経緯も、当初は原始教団の緩い決まり事として始まったものだろう。やがて、教団にはさまざまな例外事例が生じ、その例外を禁ずることで戒律が膨大なものに増えていく。戒律の「戒」は自戒であり、自分自身がこころに誓うこと、「律」は、規則であり、集団の秩序安定のための決まりである。
 戒律の当初は、健康そうに見えるのだが、やがて後期になってくると、戒律を守ることそのことが目的化して、本末転倒してくる。そして戒律を守るものが悟りに近く、守らないものが悟りから遠く置かれてしまった。だから、親鸞は戒律を守ることで、救いに近い存在と、そうでない存在が生まれるのは仏教ではないと考えた。それで自分自身を「無戒名字の比丘」と呼んだのだろう。大切なことは、「破戒」ではなく、「無戒」と言ったことだ。破戒は、「戒」のあることが前提になっていて、それを破るという意味だが、「無戒」とは、そもそも人間には「戒」ということが成り立たないという意味だ。それで、親鸞は『教行信証』化身土巻に、最澄の『末法灯明記』を引用して、無戒こそが末法における宝だと証明する。
 しかし、それでは無秩序にならないか、それが真宗なのかと批判を受ける。まあこれは真宗の系譜で言えば、「本願ぼこり」の問題と同じである。阿弥陀さんが救ってくれるのだから、あえて悪事を犯してもよいのだ、むしろ悪人を救ってくれる阿弥陀さんは、悪事を好むのだとさえ曲解した。
 無戒は、無秩序という意味では、まったくない。むしろ秩序を生む源が無戒という自覚である。この無戒の精神こそ、「恥ずべし、傷むべし」という親鸞の懺悔である。それは、親鸞が述べる言葉にも感じ取れる。
「凡夫というは、無明煩悩われらがみにみちみちて、欲もおおく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおおく、ひまなくして臨終の一念にいたるまでとどまらず、きえず、たえずと、水火二河のたとえにあらわれたり。かかるあさましきわれら」(『一念多念文意』)
 このように「あさましきわれら」という受け止めが懺悔である。この「あさましさ」は、阿弥陀さんのひかりを浴びたところから生まれる懺悔の言葉である。
 だから、なぜ酒を飲むのかと聞かれれば、それは人間にはわからないとしか言えない。あれこれと飲酒を正当化する論理はすべて欺瞞である。〈ほんとう〉は、なぜ人間が酒を飲むのかなど、人間にはわかるはずがないのだ。それをわかったようにしていうことはできない。いわば宿業因縁としか言いようがない。
 なるべく飲まない方がいいが、飲んでしまうのは煩悩のせいであり、その自覚から出発するのが真宗だなどいう論理は、自己正当化と自己弁護以外の何ものでもない。また、本当の飲むべきではないが、みんなと一緒に飲むときに、ひとりだけ飲まないひとがいると場の雰囲気を崩してしまうから、敢えて飲むのだというのも欺瞞だ。自分で飲まないと決めているのであれば、飲まなければよいだけの話だ。飲みたければ飲めばよい。それが仏法の道理だ。場の雰囲気におもねるというのは、大衆の無言の要求に応えようとする偽善の現れだ。この「大衆の無言の要求」に応えて、戦争翼賛していったのではないか。
 飲酒を「酒は百薬の長」と言ってみたり、「ストレスを取り除く妙薬」と言ってみたり、「人間関係の潤滑油」と言ったみたり、人間はあれこれと飲酒の言い訳を考える。何とも見苦しい。飲酒に理由などないのだ、飲みたいから飲む、ただそれだけ。他に理由はない。酒を飲むのも宿業因縁なんだ。飲むのがよいのか、悪いのかなど誰にもわからないことだ。これは原始未開の人類が、なぜ酒や麻薬などの毒を愛飲するようになったのかという問題にまで遡る問題なのだ。
 もうひとつ。死刑反対の〈真実教〉の根拠を考えてみた。
 まず、一切衆生は阿弥陀さんが救おうとする悲愛の掛かった存在である。阿弥陀さんが私を愛するように、その被疑者をも愛しておられる。それなのに、被疑者を殺させるということは、阿弥陀さんの愛を裏切ることになるから。
 いのちは阿弥陀さんのものであり、人間の所有物ではないから、被疑者本人が、罪を感じて「死にたい」と訴えたとしても殺してはならないのだろう。
 死刑がよいことなのか、悪いことなのか、本当のところは分からない。ただ、私はよくないことと思っているというだけのことだ。ここにも一人称・二人称・三人称の意味場があって、自分が犯罪の当事者であったらどうか、被害者であったらどうか、第三者であった場合はどうかという意味場で、意見が違ってくることも考慮に入れておかねばならないだろう。
 
もうひとつ「南無阿弥陀仏こそが倫理の源泉」であると言っておきたい。
これこそ禁止事項を持たない自律的倫理感の誕生だ。
 歎異抄には、「自然のことわりにて、柔和忍辱のこころもいでくべし。」(第16条)と出ている。第6条には「自然のことわりにあいかなわば、仏恩をもしり、また師の恩をもしるべきなりと」とある。この「自然のことわり」こそが倫理の源泉である。
 この「ことわり」に適えば、自律的に「柔和忍辱」、つまり「柔軟で穏やかなこころが生まれ」、「忍辱」とは、「たとえ苦しみの境遇にあっても、その苦しみとひとつになってそこを逃げずにちゃんと受け止め立ち上がるこころ」である。さらに、「仏恩と師の恩」だから、阿弥陀さんへの報恩感謝の思いも、そして、そこへ導いて下さった師匠の御恩をも一生涯忘れないで生きるようになることである。この「自然のことわり」こそがもっとも大切な倫理の源泉である。
 もうひとつの源泉は、次の親鸞の文章である。
「われはこれ賀古の教信沙弥 この沙弥の様禅林の永観の『十因』(往生十因)にみえたり の定なりと云々 しかれば、縡(こと)を専修念仏停廃のときの左遷の勅宣によせましまして、御位署に愚禿の字をのせらる。これすなわち、僧にあらず俗にあらざる儀を表して、教信沙弥のとくなるべしと云々 これによりて『たとい、牛盗(うしぬすびと)とはいわるとも、もしは善人、もは後世者、
もしは仏法者とみゆるように振舞うべからず』とおおせあり。」(『改邪鈔』)
 犯罪者と言われるよりも、念仏者とか仏法者と見られることの方がもっと悪いと親鸞は言っているのだ。ここで何が言いたかったのかを考えてみた。
 突き詰めて考えてみると、「牛盗」とは、何の象徴かと言えば、自分で自分自身を「自己規定」できない存在のことだ。仏法者とは、自分で自分のことを「仏法者」だと自己規定でき、自認できる存在のことだ。自分で自分自身を自己規定できる能力のある存在を「仏法者」と親鸞は見ている。自分は「聖なる者」の領域にあって、これでよしと自認している人間のことだ。自分で自分のことを自己規定できるのであれば、何も阿弥陀さんは必要ないではないか。だから〈ほんとう〉は自分は「自分」のことをひとつも知らないのだ。
 つまり、生きる主体としての自己を、阿弥陀さんに明け渡した存在に、親鸞は「教信」を見ていたということだ。阿弥陀さんが自己に乗り移り、「自己」が客体にされたのだ。
 そうなってくると、「我に真無し、故に自由」という言葉が輝いてくる。
「自己」には一切の真実はないのだ。真実はないと阿弥陀さんから教えられ続けるのだ。阿弥陀さんから、そう言われると、自分は完全な「偽」になることができる。「偽善」に安住することができる。それこそが「自由」の源泉である。
 その「自由」は欲望の自由ではなく、「仏の捨てしめたもうをば捨て、仏の行ぜしめたもうをば行じ」という善導の言葉が象徴しているような精神生活が始まるということだ。
 生きる主体が阿弥陀さんになり、自分は真っ黒な偽善に棲み分けされてしまったのだ。
●2018年5月10日●
満員電車の中で、ほとんどの乗客は、スマホをいじっていた。
本を読むひとも、新聞に目を通すひともいない。ただひたすら多少うつむきながら、片手でもったスマホに目をやっている。メールを打つひとはすくないようだ。むしろ、ひたすらスマホのガラス面に指を滑らせている。
この光景に、ずっと違和感を感じていた。おそらくスマホをいじっているご本人は、そんな違和感などないに等しいのだろう。
そして、ずっと、この違和感が、私の身体深くで疼いていたのだろう。そして、ハッと気付かされた。
これは、まさに出家精神のあらわれではないか、と。
満員電車は、まさに娑婆そのものだ。過密な人口の中で息苦しいような無言の娑婆が展開している。この裟婆の息苦しさから解脱したいという欲求が、あのスマホいじりに象徴されているのではないか。
だから、やっぱり、自分だけの「一人一世界」を欲求しているのだ。
そうなのだ、そうに違いない。
どれほど息苦しい娑婆にあっても、「いま・ここ・わたし」だけの世界を獲得したいという欲求だ。それも、「やがて」ではなく、「いま、即座」でなければ、我慢できないのだ。
頓速でなければ、ならないのだ。
ああ、私は見間違っていたのではないか。スマホに依存しなければ生きていけない病的な人間たちだと思っていたのではないか。その見方は間違っていたのではないか。
むしろ彼らは、いま、ただちに、この娑婆の鬱陶しさから解脱して、自分だけの「一人一世界」を獲得したいという欲求のあらわれだったのではないか。
自分でも抗うことができない菩提心の欲求につきうごかされて、ひたすらスマホのガラス面を指で擦っているのだ。
満員電車の乗客たちは、スマホ依存の病的人間ではなく、むしろさとりを求める菩薩たちだったのではないか。
〈ほんとう〉の情報がほしいのだ。〈ほんとう〉に、いま・ここ・わたしが心底うなずけるような情報がほしいのだ。
●2018年5月8日●
「私は淨土から来たのだから、一生が終ったら淨土へ帰るのだ」という言い方は、間違いじゃないか。
高僧和讃で法然を讃える親鸞は「阿弥陀如来化してこそ 本師源空としめしけれ 化縁すでにつきぬれば 淨土にかえりたまいにき」とか「本師源空命終時 建暦第二壬辰歳 初春下旬第五日 淨土に還帰せしめけり」と歌っている。
「淨土に帰る」とか「淨土に還帰」するというのは、親鸞のいただいている法然像で語りうる言葉だ。我々、一般大衆には当てはまらない。
だからといって、よくご住職が亡くなったときの挨拶文に、「お浄土へ還帰された」と記されていることが間違いとはいえない。やはり、それは、自分から見て、向こうにいるひとに対して、用いられる言葉だからだ。ただし、自分自身のことを、自分が表現する言葉としては間違いだと思う。
自分自身のことに関しては、徹底して「往生」というような言葉で言い表すべきだろう。なぜ、「往生」のように、こちらから向こうへ行くという意味場で語るのかといえば、自分はもともと淨土の住人ではないからだ。もともと淨土の住人であれば、そこへ帰るということも成り立つが、自分は淨土の住人ではないのだから、「帰る」という言葉は不適当だ。
しかし、そこをもっと深く掘っていくと、また違った考えも浮かんでくる。
私は「弥陀成仏のこのかたは、いまに十劫をへたりまえ」(『讃阿弥陀仏偈和讃』親鸞)と「自身は現にこれ罪悪生死の凡夫、曠劫より已来、常に沈み常に流転して出離の縁あることなき身」(『歎異抄』)が対応しているように感じている。
曠劫已来、流転してきたということは、「十劫」という言葉と同じ長さを言っている。自分が迷ってきた時間は、この世に生まれてからなどという短い時間ではなく、それこそ「曠劫」であり「十劫」である。そうなると、自分の曠劫の時、阿弥陀さんが関わっていないということはないのだ。この世に誕生してから、阿弥陀さんと関わりだしたのでなく、「十劫」の昔、「曠劫」の昔にまでご厄介になっていたということだ。
そうすると、阿弥陀さんがおられるのは淨土だから、自分を淨土にいたんじゃないかという考えにも流れやすい。ところが、それは違う。阿弥陀さんがおられるところは、お浄土ではなく、娑婆だからだ。もしお浄土に阿弥陀さんがいたとしても、阿弥陀さんがするべき仕事はない。なぜならば、淨土は救われたひとたちの場所であって、いまだ救われていない人などいないからだ。阿弥陀さんが必要としている場所は、地獄の最下底でしかない。そこで苦悩する存在ひとりをも残さず救わなければ、私は阿弥陀失格だと誓われているのだから。
地獄の底におられて、その地獄を支えておられるのが阿弥陀さんだ。
そこまでいけば、もはや「帰ろう」が「往生していこう」が、どっちでもよいことになる。どんな言葉を用いて、それを語ってもよいのだ。だいたい、阿弥陀さんしか、私が死んでどこにいくのかを御存じないのだから。親鸞も、門弟に、先に行って待っていてねとも言うし、自分が先にいったら待ってるからねなどとも言っている。そこに「往生のファンタジー」が無限に広がっていくのだ。
そうそう、「真宗は『死なない』宗教」だから、私はやがて「あのひとが死んでいったように死ぬ」ことはない。「死ぬこと」は決して、絶望感でとらえるべきことではない。実は、その絶望感こそを打ち砕き破壊していかなければならないのだ。
打ち砕くというのは、大げさだな。正確には、阿弥陀さんにおまかせしていくということに尽きるのだ。
 だから人間は、どっち向いて生きているのか、自分ではわけもわからず、ただ迫りくる娑婆の要請に応じているだけの「根無し草」なのだろう。
●2018年5月6日●
今朝のお朝事で、御文の拝読を聞いているとき、ふと目を上に向けてみたら、自分の出した本の束が、目の前に積まれていた。これだけ世に出してきたんだなぁと感慨に耽りそうになった。しかし、そんなことを考えていたとき、間髪を入れず「こんなもんは、紙の束に過ぎん!焼けてしまえば、すべて無くなってしまうではないか!」と阿弥陀さんの声が聞こえてきた。
そして次にやってきたのが、「焼けても失せぬ重宝は、南無阿弥陀仏なり」という蓮如さんの言葉だ。
一番新鮮な〈ほんとう〉の言葉は、いま、私の口をついて出た、ナンマンダブツしかない。もう口から出てしまったナンマンダブツは死語だ。出てしまったら死体になってしまう。
こんなに足の早い言葉はない。口をついて出たら、もはや腐っていく。鮮度だけがいのちだ。
だから、誰も〈ほんとう〉の念仏など称えたことはないのだ。お釈迦さんでも法然上人でも親鸞聖人でもだ。人間が称えられるような念仏は、すべてカスだ。

〈ほんとう〉が言葉になったとたんに、腐るということは。一面ではひとを受け入れるのだが、一面ではひとを拒絶するという言葉だ。浄土真宗に馴染んだ人間に、南無阿弥陀仏は快いが、日蓮宗で育った人間には不快だろう。まして外国人には意味不明な呪文にしか聞こえないかもしれない。
だから、何も言わないのが一番よい。言葉にならないのが一番よいのだ。純粋とは、そういうことだ。
しかし、では、なぜ、そんな危険まで犯して、敢えて言葉になって下さったのか。それは、他ならぬ、貴方のため、私自身のためなのだ。あなたのいのちは、あなたのものでは決してない。そうやって教えてくれるためだ。それ以外に、南無阿弥陀仏は意味はない。

「いわれなき
ひとのいのちと
そいたまう
かたじけなさに
なみだ
こぼるる」か。
●2018年5月5日●
テレビをつけたら、あのマンガ「進撃の巨人」の作者・諫山創が出ていた。なんと、あのマンガ、7400万部を売り上げたそうだ。
チャンネルを変えられなかったのは、彼が大分県日田市の出身だったからだ。日田盆地の風景が、四方を山々に囲まれ、ちょうどあの「進撃の巨人」に出てくる「壁」を連想させた。これが諫山さんの心象風景だったようだ。日田は、連れ合いの父、つまり義父の若いころの赴任地でもあり、実家の宇佐からも近いので、何度か訪れたことがあり、すごく馴染があった。
諫山さんがインタヴュアーから聞かれていた。「進撃の巨人」で何を表現しようとしたのか?と。ここからは、私の受け取ったところの彼の表現だから、正確には違っていることを断って述べてみたい。
日常生活に対する違和感を表現したかったようだ。「壁」の中の日常は、ごく普通のありふれた日常だが、どこかに違和がある。つまり「壁」の外を覗くことができないし、語ってもいけない。そこは危険な非日常の巨人の住む空間だからだ。主人公は、その日常に対しストレスを強く感じだす。あるとき巨人が壁の向こうから壁を破って、人間の住む場所へ侵入してきて、人間たちを喰い殺す。その巨人と主人公は戦っていく。
物語は、まだ連載中で、終ってはいないようだ。直に結末を迎えるらしいが。

もうひとつ印象に残ったところがある。それは主人公が巨人たちと徹底的に戦っていくのだが、実は、主人公も巨人に変身する能力をもっていたことが判明したこと。そして巨人になった主人公が住民たちとの軋轢から、今度は、巨人として敵視されていく。いままで巨人は外敵だったが、今度は、自分が逆に外敵にされてしまう。
諫山さんは、我々は、ついつい自分が被害者であるかのように思って暮らしているが、あるとき、自分の中にある加害性が目覚めるときがある。いままで善人であり、被害者だと思っていたが、実は加害者だったという、そういう逆転を描きたかったとも語っていた。

そして、究極的に何が描きたかったのかというインタヴュアーへの応答として、諫山さんは、「わからない」と答えた。何か、理由もなく自分を圧迫してくるものに対する反発を描きたかったのではないかと、いかにも他人事のように語った語り口が素晴しかった。
なぜ他人事だったのか。それは〈ほんとう〉の表現の能動者は、わからないからだ。ただ作者は、その能動者からの促しによって、手を動かされ描かされていくだけだからだ。
これはうがった言い方でいえば、「如来回向」である。

また「壁」の中の生活とは、我々現代人が住んでいる日常そのものではないか。巨人が何の象徴かといえば、「老・病・死」であり、「四苦八苦」の象徴である。だから巨人という外敵は、実は外にいるのではなく、我々自身の内部に潜んでいるということだ。自分自身の存在が死へ向かって一歩一歩、歩いている姿だからだ。だから、いくら「壁」の内部の暮らしが、ありふれた日常だとしても、それは言い知れぬ危機感を土台にした日常だったのだ。
さらに、被害者と加害者の問題でいえば、これは歎異抄第3条の「善人・悪人」問題そのものだ。現代人は、自分は被害者であり、善人であり、悪いやつは外部にいて、自分は決して加害者ではないという意識で生きている。その被害者が実は、一番危ない加害者だったと教えるのが歎異抄だ。そう考えていくと、「進撃の巨人」とは、現代において、まさに歎異抄のテーマを赤裸々に問題提起している書ではないかと思い至った。
だから、7400万部も売れているのだろう。それは、抜き差しならない自分自身の問題を問い詰めいる書だからだ。その、ことばで表現することのできない圧迫感と恐怖感とストレスを諫山さんは、マンガという象徴的媒体で、現代人に突きつけている。

●2018年5月4日●
目が覚めて見れば、なんということはない、生まれる前から回心していたのだ。
回心という宗教的覚醒が、いつ起こるのか。いつか起こるのか。それまでは、自分は、まだまだ信仰が徹底していないと思っていた。もし回心がなければ、自分の人生は、まったく無意味だとさえ思っていた。
その回心という人生における一点がなければ、この世のあらゆる価値を手に入れたとしても、それはすべて虚しいことだと思っていた。
そして、この世のあらゆる「楽しみ」が、すべて色あせていった。それでもこの世を生きていれば、「楽しいこと」がある。テレビを観ていて、思わず笑ってしまったり、食べた料理が、ものすごく美味かったり、あまりに天気がよく、ウキウキした気分になったり。しかし、そんな上機嫌な自分を発見したときこそ、決まって、地べたに叩き落とされた。どれほど上機嫌でも、回心の一点を体験しなければ、人生のすべては無価値だからだ。
そうなると、今度は、日常の中で、上機嫌を恐れるようになる。浮ついた気持ちになったときほど、地べたに叩き落とされるのだから、浮足立つこころを起こさない。用心して、上機嫌にならないように、いつでも自分のこころを監視するようになる。
このノイローゼは、親鸞も、そして宮沢賢治も体験したことだと、同病愛哀れむことが、いまはできる。
そのこころは、〈いま〉を許否するこころから、起こっていたのだ。親鸞の分析だと「第19願」というノイローゼだ。気がつけば、いつでも〈いま〉は、まだ回心を体験していない。だから、「いつか」「やがて」と回心を先送りしてしまうのだ。
阿弥陀さんは、〈いま〉と言っているのに。私は〈いま〉ではありませんと拒否し続けるのだ。そうやって阿弥陀さんに抵抗し続けるのも、やはりいまから思えば、必要なことだったのだ。
目が覚めてみれば、生まれる前から私は回心していたのだ。阿弥陀さんに心配され続けていたのだから。阿弥陀さんの心配を「回心」というのだ。まったく、人間がこれから体験するようなちっぽけなものではない。
いつでも「こころをひるがえせ」という命令が「回心」なのだ。真実に帰れ、目を覚ませと命じられ続けることだからだ。
生まれる前から、私は阿弥陀さんの前に立ち尽くしていたのだ。そして、それは〈いま〉もずっと同じだ。阿弥陀さんの前ににいる自分は、決して流れない。時間が永遠に止まっている。これが〈ほんとう〉の時間だ。
人間が感じている「時間」は、第19願が感じている時間だ。親鸞が「時剋の極促」と語ったのは、それではないか。
「即」の言は、願力を聞くに由って、報土の真因決定する時剋の極促を光闡せるなり。」と言い、「「一念」は、これ信楽開発の時剋の極促を顕し、広大難思の慶心を彰すなり。」と『教行信証』で述べている。
 この「時剋の極促」とは、「時とは、究極のご催促」という意味だ。私たちが感じている「時間」の本質は「究極のご催促」、つまりこの時間こそが、阿弥陀さんのご教示という意味だ。
阿弥陀さんの時間は、いつでも「ただ〈いま〉」だが、人間の時間は、いつでも「いつか」なのだ。
この永遠の乖離の一点が、阿弥陀さんに出遇うところだった。
流れていく時間を生きる人間に、決して流れることのない〈いま〉を与えようという、「究極のご催促」だったのだ。
●2018年4月30日●
住職修習でのこと。
私は、総代さんたちに、「自分は、仏法の話で飲める総代さんが一番好きです」とお話した。まあ、酒を飲む飲まないはさておき、仏法の話で、にこやかにお話ができる関係が一番好きだと。
その話を聞いて、総代さんたちが、「住職と仏法の話ができる」とはどういうことかと問題になったそうだ。
そして、「そりゃ、お経の話をするということだろう」という意見もあったそうだ。
それを聞いていて、私は、こう思った。
「お経の話なんて、つまらないなぁ」、「まあ、仏法の話をするとは、どういうことなのか?と住職さんと話してみたらどうだろうか」とも思った。
それで、ああは言ってはみたけれども、改めて、「仏法の話ができる」とはどういうことだろうかと考えてみた。
そしてよくよく突き詰めてみたら、どうも話のネタのことではないらしいことが分かった。そうではなくて、そのひとの「こころの構え」のことではないかと思った。つまり、同じように阿弥陀さんの方を向いている「こころの構え」なのかどうかということだ。
その「こころの構え」さえ同じ方向に向いていれば、話のネタは、どんなことでもよいのだ。
またネタとしては、親鸞というひとが、そこでどんなことを考えたのか、なんでそんなことを言ったのかと、俎上にあげてもよいだろう。ネタは多種多様だ。
これは聞いた話だが、かつての専修学院院長・信国淳先生と、親友のように付き合っておられた仏者・安田理深先生が、学院の報恩講で隣り合わせに会食する場面があったそうだ。それとはなしに、お二人の会話が耳に入ってきた。お二人は、さぞや仏法について深い会話をされているのだろうと思って聞いていたが、そんな話はまったくなかったというのだ。「あのお店の〇〇は美味しい」とか、「どこどこの〇〇はよかった」とか、いわゆる世間話だったそうだ。
それを聞いて、私はそうだろうなと思った。話のネタはどのようなものでもよいのだ、その方と「こころの構え」が同じ方向を向いているのであれば、どんな話でも、それは仏法の香りのする話に転ぜられるのだ。
「こころの構え」は、決してひとに教えることはできない。一人一人のことなのだ。
●2018年4月29日●
 京都(本山・東本願寺)での住職修習(二泊三日)に行ってきた。住職修習とは、新しく住職さんになる方々の研修会で、本山では、毎月の26日~28日までの二泊三日で行っている研修である。
 全国から、様々な事情で新住職になろうと志されている方々が集まった。現住職が高齢で、息子さんが住職を継ぐために来られた方もある。また定年退職するまでは公務員をされていたが、この度の退職で住職を継ぐことになった方もある。あるいは現住職が急逝され、急遽、住職になる方もおられた。門徒数もまちまちで、寺を専業にされている方も、また兼業で凌いでおられる方もおられる。
 面白いのは、新住職が、必ず「帯同者」を1名伴って参加する決まりになっているところだ。だいたいは寺の「総代」さんが来られるが、様々な事情で総代さんが来られない方もいる。高齢であるとか、あるいは寺の内部で様々な事情があって、代理の方を帯同されている方もいた。
 初めは、住職班と総代班の合同の講義になったが、二日目は住職班と総代班とが別々の講義になる。班別座談会の時間もたくさんあり、その中で、ある総代さんが「住職の研修なのに、なぜ我々まで来なければいけないのだ?」と愚癡とも疑問ともつかないことを言われていたという。その疑問もさもありなんと思った。
 しかし、真宗寺院は、僧俗共々の協力によって成り立ってきたという事情がある。決して、寺に住む人間たちだけで寺を維持運営してきたわけではない。東本願寺第12代の教如上人が、現在の東本願寺がある京都烏丸七条の土地を徳川家康が寄進されたときのことが思い出される。家康は、伽藍も建ててやると申し出たのに、教如上人はそれを辞退し、土地は有難くいただくけれども、伽藍は門徒の手によって再建いたしますと申したそうだ。さすがに、真宗は僧俗を超え、門徒の手によって成り立ってきたのだという伝統を守ったのだ。
 住職も総代も、共に「住職の仕事とは何か?」「寺は何のためにあるのか?」「総代の仕事とは何か?」と、二泊三日考え抜いた。
 研修開始当初は、みんな「住職って、そんなに責任が重たいのか。住職になるって大変じゃないか。ここに来るまで、そんなことは考えていなかった。」などと戸惑っていたようだ。しかし、後半には、徐々に煮詰まってきて、「住職をやってみよう。やれそうな気がする。いろいろと試してみよう。門徒に声をかけていこう。開かれた寺にしよう。」などと積極的になってきた。
 寺は必要とするひとのためのものであり、究極は「真実信心の畑」である。通夜・葬式・法事・月参りなども大切な仕事だが、中核は、「信心の畑」ということだ。その畑を耕し続ける農業が、真宗寺院ではないか。だからまだ、発展途上なのだ。
 私は「真宗大谷派」の間に点を打って、「真宗・大谷派」と黒板に書いた。「真宗」と「大谷派」の意味がまったく違うからだ。みなさんはこれから研修を受け、28日には住職任命式を経て住職になります。「大谷派」という組織としては、それで晴れて「住職」だが、「真宗」という視点から見たら、それは違う。「真宗とは、〈ほんとう〉か?」という問いかけであるから、「あなたは〈ほんとう〉の住職か?」という問いかけを受け続けることである。そうすると、ひとりも「〈ほんとう〉の住職になりました」と過去形で語ることが許されない。「住職になりつつある存在」ということになる。
 そして、住職とは、人類の一番先頭に立って、「死ぬのに生きる意味はどこにあるのか?なぜ生きるか?」と問う人間のことであるとも語った。人間から問いが始まるのだが、やがてその方向が変わり、人間が問うのではなく、人間が問われるという状態になる。仏さんから問われるという方向へと変わってくる。
 だから、「住職」だからとか、「総代」だからとかという問題ではない。本当は、「人間に成るとはどういうことか?」ということを学ぶ研修だったのだ。もっと根源的なことを学ぶ場所だから、帯同さんも対象外では、まったくないのだ。

 いろんなことを考えさせられたが、以下に思いついた言葉を記してみた。

●「住職」は成っていくもの。
だから、いまだに、「成った」ひとは一人もいない。むしろ、「成って」しまったら住職失格である。
これは阿弥陀さんと同じだ。まだ阿弥陀さんは仏には、「成って」いない。阿弥陀さんに成ろうとしている法蔵菩薩だ。
阿弥陀さんに「成って」しまったら、阿弥陀失格だ。
成らしめようとする願いだけが、〈ほんとう〉なのだ。

●真宗の寺は、「問われる場所」だ。
寺とは何のためにあるのか。住職のほんとうの仕事とは何かと、つねに問われる場所だ。
しかし、それは寺ばかりではない。寺を出て、他の場所でも同じように問われる。
なぜ生きるのか?という問いは、人間である限り避けて通れない問いだから。それを人類の最先端で問う場所が「真宗寺院」だ。

●人間の考案した研修は、二泊三日ですが、阿弥陀さんの研修は、一生涯です。

●住職とは何か、総代世話人とは何か?について、これほど人生で考えたことはないでしょう。
しかし、この問いは、住職、総代世話人にとどまるものでなく、人間とは何か、私とは何かにまで通じる問いである。

つまり、いま、ここ、わたしの境遇全体が、「なぜ?」と問われているのだ。
これは問いのみしかない。
自分が問うのではない。問いの主体は阿弥陀さんだ。
わたしは全身全生活をあげて、それに答えるのみだ。
それを「因位に生きる」という。

●いま、ここ、わたしが、必然だったのだ、という仰せを聞き続ける。
 いま、ここ、わたしが、一生涯、偶然としか感じられない人間だから。

いま、ここ、わたしが、全体を受け止められてしまったら、阿弥陀さんの仕事がなくなる。

●あの世とこの世をともに超える。
 住職とは この世のものでなく、あの世のものになること。
「善悪のふたつ総じてもって存知せず」だ。

この世がいいのか、あの世がいいのか。
ほんとうは分からないのである。

分からないと阿弥陀さんから教えてもらうのだ。

●自力はダメなんですか?という問い。

それに対して、他力がなければ、自力を尽くす基盤がないとか。
他力に安んじて自力を尽くすとか。
いずれにしても、自己正当化の文脈に置き換えようとする傲慢さがある。

すべて自己正当化の文脈だ。
他力をも自力の文脈におき直し、自分の不安を払拭したいのだ。
「ああ、そういうことだったんですね」と理解して安心した途端に、法蔵菩薩のご苦労が踏みにじられる。

●自力は「思い」。
 他力は「行為」だ。
●2018年4月24日●
なぜひとは、「善」がほしいのだろうかと問われた。
私は、それに「人間は不安だからです」と答えた。
不安なものだから、善という虚飾、富という虚飾、健康という虚飾、名前という虚飾、やり甲斐という虚飾がほしいのです。
それらを身にまとわせてみても、所詮、マルハダカなんですから、無意味なことです。
阿弥陀さんは、「あんたは、もともとマルハダカじゃないかね」と問いかけ、
「あっそうでした!マルハダカでした」と私は頷くだけです。

私自身は、「中空構造」なのでした。
中空構造だから、その中を自由にいろんなものが流れ、透っていけるのです。
煩悩も通れば、阿弥陀さんもすり抜けて、透っていくのです。
●2018年4月20日●
お皿に残っていた、ちりめんじゃこ。
カボチャの煮物に混じり込んでいたちりめんじゃこ。
そのじゃこを箸の先でつまんで、口に放り込んだ。
あっ、ちりめんじゃこの、あの胡麻粒ほどの目と、会ったような気がした。
お前、俺を食うんだな。
そう聞こえた。
もう、そのときには、奥歯でじゃこを、噛みつぶしていた。
あいつの、一生を喰ってしまった。
あいつの肉を、おのれの肉に変えてしまうのか。
もう、あらゆることに手遅れだと、思い知らされた、朝。

罪が深くなれば、深くなるほど、いのちの根っこが太くなる。
罪と共に、いのちの大地へ降下していく我。

●2018年4月15日●
昨日は、梛野先生の「聖徳太子伝の絵解き説法」をお聞きした。三河の御自坊から、六幅の掛け軸を車に積んで、東京までお越しいただいた。大変なご苦労をお掛けした。
太子は、日本人にとっては馴染深い存在で、日本人のこころの拠り所にもなっているようにさえ思える。大勢のかたの話を一度に聞き分けたので、「豊耳」とか「八耳」とか呼ばれたとか。文武両道の才能の持ち主だったとか、彫刻や大工さんにも尊い存在として祀られている。
親鸞も、太子を激愛している。父の如く母の如くに愛している。また日本に仏教を伝来させた功労者としても尊崇している。親鸞は幼くして母を亡くし、父とは別に暮らしていたらしく、両親に対する愛情を太子に向けていたようだ。私は、親鸞にとっての太子を「元型アーキタイプ」と考えている。
だから、親鸞の内面にある太子は、観音のイメージだったのだろう。和讃には「救世観音大菩薩 聖徳皇と示現して 多々のごとくすてずして 阿摩のごとくにそいたまう」と詠んでいる。多々は「パパ」だし、阿摩は「ママ」だ。救世観音とは、世を救う観音だ。その観音が聖徳太子として現世に表れ、パパやママのように護り養育して下さるという。
昨日の絵解きでも触れられていたが、親鸞の19歳と29歳の夢の告げは、聖徳太子が深く関わっている。
19歳の「磯長の御廟の夢告」は、「叡福寺(えいふくじ)」にある。ネットを調べると、次のようにあった。「大阪府南河内郡太子町太子にある仏教寺院。聖徳太子の墓所とされる叡福寺北古墳(磯長墓〈しながのはか〉)があることで知られる。山号は磯長山(しながさん)、本尊は如意輪観音である。開基(創立者)は、聖徳太子または推古天皇とも、聖武天皇ともいわれる。」
親鸞は、比叡山からここまでやってきて、三日間ここで参籠したという。そこで受けた夢の告げが、「聖徳太子 善信ニ告勅シテ言ク 我ガ三尊 化塵沙界 日域大乗相応地 諦聴諦聴我ガ教令 汝命根応十余歳 命終速入清浄土 善信善信真菩薩」(三夢記より)である。
「聖徳太子が、善信(親鸞・つまり私)に告げておっしゃった。私(弥陀・観音・勢至)は砂粒のように遍満する世界を教え導く。ここ「日域(日本)」は、大乗仏教が説かれるに相応しい場所である。あきらかに聞け、あきらかに聞け、私の教えである命令を。お前のいのちは後十年足らずだ。いのちを終えたら清浄の淨土へ、すみやかに入りなさい。善信よ、善信よ、本当の菩薩よ」という意味だ。
親鸞は比叡山に入山して、10年が経っている。そのときの親鸞の求道的課題はどういうことだったのかはよくはわからない。誰を師匠として学んでいたのか。伝記には様々な仏教を勉強していたと書かれているが、どうも師が明確に示されていない。後に七高僧として選ばれる源信にしても、過去の人物だから、直接会うことはできなかった。何かもうひとつ仏教の核心を掴むことができなかったのだろう。
その求道の煮詰まりが、聖徳太子の廟所での参籠を促したのかもしれない。それを観音菩薩の化身である聖徳太子に聞きたかったのだろう。最後の「善信善信真菩薩」をどう読むかというのも問題のようだ。「善く信ぜよ、善く信ぜよ、真の菩薩よ」と命令として聞くか、あるいは「善信」は親鸞の房号だから、「善信よ、善信よ、真の菩薩よ」と読むか。まあそこはどちらでもよいような気がする。
それよりも、この日本が大乗仏教が説かれるに相応しい場所であり、親鸞のいのちがあと十年ほどしかないという、死刑宣告のような内容である。
それから10年ほど経って、親鸞が28歳のときには比叡山にある大乗院で、如意輪観音から、再び夢の告げを受け、さらに29歳のとき六角堂で夢告を受けるという流れである。この三夢記は、偽作ではないかという説もある。
因みに28歳の夢告は「如意輪観音 自在大士 告命シテ言ク 善哉善哉 汝願 将 満足 善哉善哉 我ガ願 亦 満足」とある。「如意輪観音が、告げられた。いいぞいいぞ、お前の願いは、もうじき満たされるであろう。よかったよかった、私の願いもまた満たされるだろう」という意味になろう。これも観音菩薩からの夢告だ。
磯長の夢告から十年ほどで、如意輪観音からの知らせがあり、とうとう29歳に親鸞は六角堂で、通称「女犯偈」(六角堂夢想偈)を受ける。この夢告を受けて師の法然のもとへ入門したという伝記もあるし、すでに法然の弟子となってから夢告を受けたという伝記もある。あるいは兄弟子の聖覚法印の導きで法然の門下に入ったという説もある。そのへんはよくわかっていない。
 29歳で受けた夢告は、六角堂である。この寺は聖徳太子が建立したことになっている。「三夢記」には、こうある。「六角堂ノ救世大菩薩、告命シテ善信に、言ク 行者宿報設女犯 我成玉女身被犯 一生之間能荘厳 臨終引導性極楽」。ここでは救世菩薩が告げている。
親鸞にとって聖徳太子は、両性具有の観音菩薩として、彼を導いていったのではないか。「夢告」というのは、現代人が見る夢とはちょっと違っていたらしい。必ず行者は、求道的課題をもって堂に参籠する。だから、参籠するときには、仮眠状態で御告げを待つのだそうだ。ただお堂で眠っていたら夢の告げを受けたというのとはわけが違う。必ず求道的課題がある。それは行者にしかわからないのだ。
また、行者であっても、夢告はイメージとして受け取るもので、それを言語に変換するときには、どうしても知の脚色が入る。これは現代人の私にもよくわかる。夢の内容を他人に語るとき、どうしても実際の夢とはズレてしまう。また、夢は決して言語に変換できないものでもある。
これは歴史を遡って、後から意味づけることになるが、親鸞が三歳のときには、法然が既に比叡山から降りて、吉水に草庵を開いていた。おそらく親鸞は、その事実を知っていたに違いない。やがて比叡山や興福寺から目をつけられ、弾圧を受けるのだが、それほど当時の仏教界にとっては、奇異な存在に見えていたに違いない。そのウワサを聞いて、一度や二度は吉水に様子見で行ったことがあるかもしれない。法然の吉水教団は、現代の感覚で押してみると、奇異な新興宗教集団のように映ったかもしれない。旧仏教も、何とか教えを広めようと、大衆に門戸を開こうとしていたという話もある。それにしても、身分も問わず、職業も性別も問わない教団は、やはり奇異な集団に見えたのではなかろうか。
親鸞が見てきた教団は、男性のみの閉鎖集団だったからだ。一応、日本の仏教はすべて大乗仏教だから、あらゆる人間を救うという建前は立ててある。しかし、現実には男性中心の閉鎖社会であることは間違いない。それが建前ではなく、現実に展開している吉水教団には、奇異な感覚と共に、仏教の〈ほんとう〉があるのかもしれないと直感したのかもしれない。半信半疑なままに、29歳の親鸞は、法然を尋ねたのかもしれない。
そういえば、和讃にもこういうのがある。
「正像末和讃
康元二歳丁巳二月九日夜
寅時夢告云
弥陀の本願信ずべし
本願信ずるひとはみな
摂取不捨の利益にて
無上覚をばさとるなり」
これは、親鸞が85歳の2月9日に見た夢告和讃である。
こう見てくると、親鸞は人生の中で、夢をみるタイプだったのかもしれない。この85歳の和讃は、さすがに参籠をしてみた和讃ではないように思う。

そういえば、六幅の聖徳太子絵伝に、守屋が打たれている絵が描かれていた。守屋は、蘇我氏に敵対し、仏教を日本へ導入することに反対した。その守屋を目掛けて聖徳太子が弓を引き、なんとその弓矢が守屋の胸に突き刺さり、血が滲んでいる絵が描かれていた。これを見たとき、太子の作った「和らかなるこをもって貴しとし」(よく「和をもって貴しとなす」と読まれる箇所)という『十七条憲法』と矛盾するではないかと思った。
また、現代の日本人ならば、太子より守屋に加勢するのではないかとも思った。外来の神様を導入するなど、とんでもないと思うのではないか。それもインド・中国・朝鮮などの民が崇めている神様を祀るなどは、拒否するだろう。まあ、当時の人々は西欧の存在は知らないので、文化はインドや中国などの先進国から入ってくるので、状況は違っている。だから、蘇我氏、つまり太子は、先進国の神様を日本へ導入したいという思いだったのだ。仏教より以上に、先進国の政治や文化を輸入したかったのではないか。
この守屋の廃仏思想は、明治維新政府の廃仏毀釈にまで繋がってくる。日本人が、「日本は素晴しい」「日本古来のものは素晴しい」と自尊感情を煽るとき、仏教は必ず弾圧される。
「過去は未来の鏡」なので、廃仏毀釈は、未来に必ずやってくる問題である。
だから、聖徳太子を尊崇することは結構なことだが、それが加熱するとナショナリズムへ偏重することだけは知っておくべきだろう。
●2018年4月14日●
坊守連盟の坊守研修会へ出講するため、京都・東本願寺(本山)へ行ってきた。
全国30教区から、80人の坊守さんたちが集まった。二泊三日の研修だが、遠くは鹿児島や北海道からもみえるので、前泊をされてのご参加だから、三泊四日の行程の方もおられた。
方言もさまざまで、とても温かい集いだった。
小生のお話の後、7班に分かれての班別座談も、大変に盛り上がった。小生が7班全部を回るのに時間切れとなってしまったが、それでもずっと小生が来るのを待っておられて、予定の時間が終了しているのに、そのまま待っているという、何ともアグレッシブな方々の集いだった。
普通の座談会は、予定の時間がくれば、それでやれやれと終了して片づけてしまうのがほとんどだ。しかし、彼女たちは違った。これはなんとしても講師に尋ねなければならないという熱い思いでお待ちいただいたようだ。
坊守さんたちは、明らかに危機意識を持っておられた。お寺から門徒の方々の足が遠退いてしまったことを何とかしたいという思いでいっぱいだった。葬儀や法事の儀式も簡略化し、そもそもそういう儀式を執り行う人数が減ってきた。これは東京でも見られる現象で、あきらかに少子高齢化の影響だと思われる。特に地方の寺院の場合、お年寄りがその地方にとどまり、若い世帯は都市部に暮らすという別居世帯が圧倒的に多くなった。そのお年寄りが夫婦で暮らしているとして、どちらか一人が亡くなれば、残された親は、若い世帯に身を寄せ、いままでの家が無くなるという状態が続いている。
これは産業構造の変化と、家族形態の変化が表れた現象であることは間違いない。
これは迂遠な構想だが、日本の食料自給率をあげる方策を考えなければならないだろう。日本は第二次産業と第三次産業で稼いでいて、第一次産業は明らかに減少している。第二次産業もかなり危なく、ほとんどが第三次産業である。つまり日本人の食料は外国から買って喰っているという状態だ。
もし外国から食料輸入がゼロになったら、たちまち日本人は喰えなくなる。まあいつどうなるか分からないが、食料が政治の材料になる日もやってくるのではないか。つまり、「おれの言うことを聞かないと、お前の所には食料は売らないよ。それでもいいのか」という脅迫に使われかねない。
政治のことはよくはからないのだが、自給率を上げる方法はないのだろうか。

まあそれはともかく、どうすれば寺が活性化するかというテーマは重たく、とても小生の答えられることではない。臨床的な対処方法は、まあいろいろあるだろう。つまり、いま流行のヨガ教室をやるとか、写経の会をやるとか、映画鑑賞会やら、子供会や、俳句や川柳の会、落語会などなどがある。
しかし、根本的に、寺は何のためにあるのかという第一義の問題が抜けてしまっては、何にもならない。寺は、必要としているひとのためにあるものだが、その「必要」ということも、様々あって、根源的には「必ず死ぬのに、なぜ生きるのか」という大問題に応答していく場所だということだ。
この世に生まれたということは、死ぬ(いのち)を手に入れたことだ。それではやがて死んでしまうのに、なぜ生きなければならないのだろうか。この問いは、何も特別なものではなく、人類である限り誰しもが避けて通ることのできないもんだいである。
その「人生の意味」を解くために寺があることが第一義の存在理由である。

そのためには、まず寺にいる人間が、この問いに切実に向き合わなければならない。自分を棚上げして、寺にひとを集めるということは、本末転倒である。
ただ、「生きるための意味」を求めても、なかなか答えはおいそれと与えられないところが、また難しいところだ。顔は全人類すべて違うように、その答えも全人類にそれぞれ違うのだから、これは難しいのだ。
美味いご馳走があっても、それを自分が喰ってみて、初めてこれは美味いと身心ともに頷くことができる。それと同じだ。いくらひとが喰って、「美味しい」と聞いても、まず自分自身が食べて見ないことには、美味いのか不味いのか分からないことになる。
それでも、坊守さんたちは、危機感に揺れていた。
 しかし、不安や戸惑いがあるということは、まだ「生きている」ということの証だ。まだ免疫力がはたらいていて、何とか宗門という身体を活性化させようともがいておられる。だから、不安や戸惑いが無くなってしまえば、それは「死に体」なのだ。
 この不安や戸惑いにも「様々」あって、私は、それらを「阿弥陀さんの揺さぶり」と考えている。このままでよいのだろうか、何をしたらよいのだろうか、果たして寺とは何をするところなのかという問いは、阿弥陀さんから賜わった問いである。
 まあ、こんなことを言えば、元も子もないが、この問いの答えは、永遠に無いのだ。
「これが寺の存在意義だ」と決定してしまえば、それは傲慢というものだ。私たちは自分たちの居場所を安定したいという欲求を持っている。だから、これこれこういうことをしていれば、これで寺として健全に動いているということだと自らを慰めたいのだ。
 それを阿弥陀さんは見透かしたように、揺さぶってくる。それが〈ほんとう〉の寺の存在意義なのだろうかと。この問いは、問いのみあって、答えはないのだ。
 私たちを不安にし戸惑わせる、根本の力は、阿弥陀さんの力だからだ。
 この不安や戸惑は、私たちの努力不足でも何でもない。それは阿弥陀さんの力なのだ。それを見誤ってはならない。だから、不安や戸惑いが起こってきたら、それは阿弥陀さんの動揺力なのだと感じ取らねばならない。
 ようこそ、ようこそと受け取らねばならない。それは人間にとって、とても迷惑な感情なのだが、仕方がない。阿弥陀さんの力に逆らうことなど、人間にはできないのだ。
 
 しかし本山の「お朝事」(本堂での朝のお勤め)はよかった。あの早朝の、凛とした雰囲気。本堂内部の独特の香り。そして何といっても、黒々と光っている親鸞聖人座像の存在感。彼と対面するのが、何とも言えなく、嬉しいのだ。
 本山での行事や研修で、何といっても一番好きなものが「お朝事」だ。親鸞聖人座像は確かに偶像である。ただ偶像だから、様々なイメージと遊ぶことができる。偶像が無くなれば、親鸞聖人が人間の内面に閉じ込められ、貴人化されカリスマ化されてしまう。それを敢えて外化し対象化し偶像化することで、カリスマ化を免れているのだ。やはり「対面性」が大切なのだ。対面性が抜けると、聖なるものと自己が一体化する神秘主義に堕していくのだから。
 そうそう、「お朝事」では晨朝法話(ジンジョウホウワ)があるのだが、そのとき法話された方が、『末燈鈔』(親鸞の手紙)を引用して、「浄土宗のひとは、愚者になりて往生す」という法然上人の言葉を語られた。それは法然上人が語られた言葉だと親鸞は手紙に記している。(「浄土宗」とは、法然・親鸞の信仰のこと。後世の「浄土宗」という宗派のことではない)
 それをいままでは、「そうか、我々は偉いもの、尊いものになって往生するのではなく、愚か者のままでよいのだ」と受け取っていた。ところが、それをお話で聞いたとき、ハッと気付いた。
 「愚者になりて」ということは、「愚者のままで」ではなかった。「愚者になりて」は、「愚者に成って」と聞こえてきた。(因みにお西の現代語訳では「愚かさに気付いて」と訳されている)
 私には「成って」と聞こえてきた。ということは、私はまだ愚者ではないのだ。これから愚者に成って往生するのだ。いまはまだ愚者ではない。「賢善精進の善人」だったのだ。私たちの、もともと愚者だと自認している傲慢さがあぶり出された。
 まだ愚者には成っていないのだ。
●2018年4月8日●
山形でも、秋田県に近い地域でお聞きした、感動的な話。
今年の冬は雪がひどく、雪かきも大変だったそうだ。
あるお寺の娘さんが、住職として跡を取り、結婚相手のひとが、御養子として入寺された。もう結婚されて何年にもなるという。
その彼が、本堂の大屋根に登って雪下ろしをしていた。その姿を下で娘さんが見ていて、涙ぐんでいたそうだ。
大屋根にいる彼が、「どうしたの?何で泣いてるの?」と聞いた。
すると娘さんは、「私と結婚しなければ、こんな苦労をすることもなかったのに、私と結婚したためにこんな苦労をさせて、ほんとうに申し訳ない…」と言って涙を流していた。
それを聞いた彼は、「なに言ってる!もう結婚して何年も経っているのに。この寺は自分の寺だと思っているから…」と、娘さんの肩を抱いた。そのとき彼も同じように涙ぐんでいた。
この話を聞いたとき、聞いている私のほうも感動していた。
これが親鸞の六角堂夢想偈(通称、女犯偈)の「犯」という精神ではないかと直感した。
これは私も「結婚第2条」として語っている話だ。
「犯」とは、自分と相手が結婚することで、相手にしなくてもよい苦労をさせてしまうという「犯」の罪意識である。お互いに「犯」の関係に入ることが「結婚」という意味場だ。意味は違うが「共犯」という関係なのだろう。
もし、「結婚」という意味場が、「当たり前」のこととなってしまったら、そこからは、あらゆる煩悩が惹起されてくる。
それは、たとえば「結婚」であり、それをもっと根源的に考えれば、「生きる」ということにまでつながっている。
他なるいのちを殺し食うという「犯」の関係が、その根底にあるのだから。
●2018年4月7日●
わかったことをしゃべるんじゃない。
わからんことをしゃべるんだから不安も、またワクワク感もあるんだ。
何で不安があるのかと思ったが、それは、自分でもわからんことを語るからなんだ。
わかったことをしゃべるのは、ある種の優越感がともなう。
つまり、話し手が安心してしまって、聴衆を啓蒙するという意味場が開けてしまう。
法話とは、そういうものであってはならない。

聴衆を前にして、つまり、対面性だが、内面の暗部にある対面の場に、たましいがおりてゆき、その暗部から、言葉が湧きだしてくる。
言葉なきものが言葉となって現象化されてきて、方便化する。
方便化してしまうと、再び自分に対面し、反問性へ姿を変える。

やはり、方便化されることで、反問され、再びその言葉と対面させられて、新たな創造性へと歩まされる。

唯識でいえば「種子生現行(シュウジショウゲンジョウ) 現行薫種子(ゲンギョウクンシュウジ)」だ。
種子は、阿頼耶識という深層意識に種として保存されている。それが発芽して、現象界に姿を表すことを「現行」という。つまり言葉となって方便化されることだ。
方便化されると、つまり「現行」となると、再びその現行が、深層の種子に薫りを付ける。
この無限運動こそが、〈真実教〉ではないか。
●2018年4月3日●
瞬間の〈真実教〉

すべての結論は、今度、生まれてきたときに出す。

あらゆる、結果は、今度生まれてきたときに出す。

ええっ、それはどういうこと?

そして

ああ、そうだったのかと納得させられた。

すべての結論を、この世にいる間にだそうとするから、〈いま〉に力点を置けない。

結論があの世だったら、〈いま〉に全力が入る。

これは、〈真実教〉のある瞬間を切り取った言葉ではないか。

危なっかしい第19願の世界なのだが、第18願の意味場で受け取り直してみると、それも〈真実教〉だなぁと思う。
●2018年4月2日●
私というパンドラの箱
「世界」は、私というパンドラの箱がぶちまかれたような状態だ。ギリシャ神話に出てくるパンドラの箱は、慌てて蓋を閉めたので、中には「希望」だけが残ったといわれている。
しかし、私というパンドラの箱は、「希望」すらもぶちまかれてしまった。
だから、世界中の出来事などを見ているのは、自分の内側を覗いているようだ。
ひとつも自分と無関係なものがない。
これこそが自分の内部ではないかとさえ思えてくる。
●2018年3月28日●
花見というが、いったい花の何を見るのだろうか。
花より団子というのもある。雰囲気、風情を感じるというのもある。
しかし、「〈ほんとう〉の」という言葉をつけてみると、花見がゲシュタルト崩壊してくる。「〈ほんとう〉の花見」とは。
これは大問題だ。
何ごとにおいても、〈ほんとう〉の?という問いがつけば、いままで済んだことにしてきたことが、すべて崩壊し、不可思議という顔をむき出しにしてくる。
〈ほんとう〉の夫婦関係とか、〈ほんとう〉の親子関係とか、〈ほんとう〉の政治とか、〈ほんとう〉の人生とか。
今朝のお朝事では、やけに阿弥陀さんの立ち姿が輝いていた。「木像より絵像、絵像より名号」と蓮如はいうが、「名号より絵像、絵像より木像」ということもあるのだ。これが両方なければ、〈ほんとう〉の〈真実教〉にはならない。
蓮如は、意味の限定性を突きつけてくる。突きつけてくるには、「言葉」が必要だ。しかし、それだけではファンタジーが死んでしまう。つまり、知にとっては「分からない」という世界が確保されていなければならない。感情やイマジネーションが自由に遊べる世界が確保されてあるべきだ。
知にとって、それは曖昧なもので、我慢ならないものだが、しかし知の根っこを養うものが、イメージでもあるのだ。
所詮、「分かること」以上に「分からないこと」の方が圧倒的なのだから。
●2018年3月25日●
亡きひとを、そっとしておけるなんていうことは、とてもじゃないが、なかなかできるもんじゃない。

どうしても、亡きひととの縁によっては、自分の思いの中に引きずり込みたくなる。

可哀想だとか、懐かしいとか、様々だし、時間が立てば、思いが変化していくこともある。

頑固でぶっきらぼうな舅を介護していた長男の連れ合い、つまり、嫁が漏らしていた。
晩年、舅が病院へ入院したとき、着替えや身の回りのものを持参して毎日のように見舞っていたが、相変わらずぶっきらぼうで、「有り難う」の一言もなかったという。

そんな中、舅は亡くなっていった。舅が亡くなっても、悲しみの感情はなかった。やっと頑固爺が亡くなったと、清清していた。
ところが、亡くなってから、嫁が病院の看護婦さんたちに挨拶に行ったら、看護婦さんたちは、「いつも、お父さんは、貴女に感謝してると話してたわ」とか「あんなに優しい嫁はいないよ」と話をしていたというのだ。
それを聞いた嫁は、自分が恨んでいた我が心を、恥ずかしく思い、いままでの恨みが感謝へと転じたという。
お父さんに対して、本当に済まなかったと謝っていた。
そのときようやく、悲しみが込み上げてきたそうだ。

〈事実〉は何も変わらない。
ただ、そのことの「意味」が転じたのだ。
やはり、人間は「意味」によって地獄になったり、お浄土になったりする哀れな生き物だったか。
●2018年3月24日●
阿弥陀さんが、はたらかれる運動場を「私」という。
「する」ということに価値をおこうとする人間社会。
それに対して「ある」ことにすべてを見ようとする阿弥陀さん。
「ある」とは、阿弥陀さんがはたかられる場所である。だから、私にとっては、「ある」は、「されている」ということになる。
「ある」は名詞でなく、動詞である。

だから阿弥陀さんの救いとは、自分が客体になり、阿弥陀さんが主体に入れ代わることだ。
●2018年3月21日●
自分を優遇してほしいから政治家と付き合うわけだ。政治はみんな、そうだ。
だから、それを延長すれば、森友問題になるだろう。
原理的に言えば、自分を優遇してくれなくても、貴方の政治理念を支持するとならなければならない。
しかし、そんなことが成り立つのだろうか。
人間が掲げた「自由・平等・博愛」が、その理念足りうるか。圧政や抑圧を粉砕するアンチテーゼの理念にはなっても、その結果もたらされた、安定期の市民社会の理念足りるか。

国家のためとか、人類のためとか言うけど、その理念が、個人の利害を超えうるかだ。
そして、その理念を打ち立てられなければ、森友学園問題の範囲を誰も超えられない。与党も野党もだ。

そう考えると、利害性から、遠ざかっているのは大谷派だ。
自分が優遇されるために議員選挙があるわけではない。
むしろ、優遇されないために組織があるのかもしれない。

個人の利害を優先するのが政治だとすれば、それと真反対の組織だ。
組織のために末寺があるというのが、理念だった時代もある。
今は違う。
どうしても、利害感情が優先する。これだけ支払ったのだから、優遇されるべきではないかと。
突き詰めると、優遇性から絶縁されているのは、本願を、組織の基準に、辛うじて保っているからではないか。あくまで「辛うじて」だ。

人間は、究極的にどうなればよいのか、何のために生きてるのか、その結論を人間が限定していないところがよい。ひたすら本願にまかせているから、どこか「組織」として硬直化しないで済んでいるのではないか。大谷派が「組織以前だ」と批判されるけれども、それは、むしろ本願がはたらいているからではないか。

人類が目指してきたのは、共産世界(社会主義=理性主義)でも、欲望絶対世界(資本主義=欲望主義)でもないだろう。
ただ歴史は、理性以上に、欲望のほうが信じられると判断したのだ。理性以上に「煩悩」のほうが信頼できると判断したのだろう。
資本主義を世界が選んだのは、そういうことだ。
だがそれは、造悪無碍に偏重する。欲望礼讃は、つねに、そっちへ偏重する。
そこから、欲望拝跪へと深化しなければならない。
それには、どうしても、「阿弥陀さん」という絶対項がなければならない。阿弥陀さんというワンクッションを置くことで、「欲望礼讃」が解毒できるだろう。

そこまで来ないと、金子みすゞが言うように、「みんな違って、みんないい」にはならない。
●2018年3月20日●
病床で、ただ空を眺めておられるかたがおられる。
眺める空は、どんな模様だろうか。
薄曇りだろうか
どんよりした曇りだろうか
雨模様だろうか

こころと空模様はつながっている

いつまで、こんな生活が続くのだろうか

まさか、こんなに高齢まで生きるとは…

兄弟はみんな、往ってしまったのに…

じいちゃん、ばあちゃん、早くお迎えにきてよ…

空は、薄曇りだ。

そこに阿弥陀さんは、いるのだろうか。

阿弥陀さんは、何と言っているのだろうか。
阿弥陀さんが介入してこないと、何も始まらない

まだ、何も済んでいない
はじまってもいない

〈自分〉という病床から

ひとは、一度たりとも、起き上がったことがないのだ
※3月25日のBサロンにご参加の皆様へ!できましたら、何か一品、おつまみをご持参いただけると助かります。何でも結構です!
●2018年3月17日●
この一点が成り立たないと、人生のすべてが無意味になる。
そういうものが親鸞の直感した「信」だ。
その一点は、何をしたからといって満たされる一点ではない。
難行苦行をしたからといっても、
人にはできない危機や災難を体験したからといっても、
刻苦勉励し必死の思いで頑張ったからといっても、
満たされるものではない。
いわゆる「doing」でもって満たされる一点ではない。
その一点は、こちらから捕まえようとすると、スルッと逃げいてってしまうような一点だ。
別に、何が不足しているわけでもない。ただ、虚しさに飲み込まれていく。
自分では、どうしてよいのやらわからないような一点だ。
自身の内部で、「そうではない…そうではない…」と囁く声が聞こえてくると、すべてが虚しさに飲み込まれていく。
この虚しさは、自分の方に問題があって、起こってくる虚しさだと思っていた。
「自分の方に」と考える、その考えが、「劣等感」だったのだ。劣等感とは、能力地獄から生まれる言葉だ。つまり、自分に自信がある人間が感じる感情なのだ。
それは変だろう。自分に自信がないから劣等感に落ち込むのではないか。ところが〈ほんとう〉はそうではないのだ。
劣等感とは、自分の能力のないこと、努力の足りないことを知ってはいても、もし能力があり努力しさえすれば何でもできると思い上がっているこころが感じるマイナス感情なのだ。つまり、その一点を成り立たせる能力や努力が、いまの自分には無いだけで、本当は何でもできると思い上がっているのだ。
その思い上がりが、その一点を納得していなかっただけなのだ。

親鸞が「人の執心、自力の心は、よくよく思慮あるべし」(『恵信尼消息』)と漏らした声が、響いてくる。また、
自力諸善のひとはみな
仏智の不思議をうたがえば
自業自得の道理にて
七宝の獄にぞいりにける(「疑惑和讃」)
が、それをよく表している。
その一点を拒否して、虚しさに落ち込んでいたのは、「自業自得の道理」だったのだ。
しかし、その一点とは、一点ではなく、「常」だったのだ。
「自業自得」だと思って苦しんでいたことそのことが、阿弥陀さんの大いなるお育てだったのだ。
あの虚しさの根源も、阿弥陀さんの摂取不捨の力だったのだ。
誰が悪いわけでも、努力が足りないからでも、やり方が悪いわけでも、能力がないわけでもない。
私は、「一点」だと思っていたのに、〈ほんとう〉は、「よるひるつねに」その一点が成り立っていたとは。
その「つねに」は、今ばかりでなく、自分が誕生する以前の、あらゆる時のことだったのだ。
「たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ」(『教行信証』総序)と親鸞は述べる。
「たまたま」は偶然ということだ。自分の意識にとっては、すべてが偶然なのだ。しかし、その偶然とは、本当は必然のことだったとひっくり返ったのだ。
「遠く宿縁を慶べ」の「遠く」とは、「弥陀成仏のこのかたは」といわれるほどに遠いのだ。
そうやって夢から覚めてみると、欲していた「一点」は消えてしまい、「つねに」という時間に変わってしまった。
●2018年3月14日●
〈ほんとう〉とは何ですか?と聞かれるとき、私は、「それは違うなぁ」と感じさせる感性だと答える。
何かを聞いたり、体験したり、読んだりするとき、当初は分からないのだが、やがて、「何か違う、どこか違うなぁ」と違和感がやってきて、その淵源を尋ねていくことになる。
それが〈ほんとう〉への旅だ。
違和感とは、よい言葉だ。
明確に、「それは違う!」と断言できるまでには成長していない〈ほんとう〉の芽みたいなものだ。その芽が育っていって、やがて「それは違う」と言いうるまでになる。
違和感を育てることだ。
違和感を、この世を生きるアンテナにするのだ。

●2018年3月13日●
「自分のもの」はひとつもない。
自分の服も、自分の名前も、自分の子供も、自分の孫も、自分の車も、自分の家も、自分のご飯茶碗も、自分のペットも、自分の身体も、他のどんな「自分のもの」であっても、「自分のもの」はひとつもない。

この「自分のもの」という思いすら、「自分のもの」ではない。
となると、この「自分の…」と考えている、これは一体何なのか?

何か、楽しくなってきたぞ!

●2018年3月12日●
九州の妙好人のおばあちゃんから電話が掛かってきた。
もう90歳を越えた年齢であるにも関わらず、「私はねぇ…まだまだ苦労が足りませんでねぇ。日々、阿弥陀さんのご厄介になっております」とおっしゃった。
これが妙好人の生きている世界だ。
一般人は90歳にもなれば、「私はここまで苦労して生きてきた。やれやれ」と、自分を振り返るのではないだろうか。ところが、彼女は「まだまだ苦労が足りない」と漏らされる。
これは、やはり「もう済んだと思ったが、まだ始まっていなかった」という世界ではないか。
この世は、私、たった一人が阿弥陀さんから教育を受け続ける現場なのだ。
ただ、問題は、教育を受けていることが分からないという病である。不感症なのだ。
 お父さんとお母さんがセックスしたことで、偶然、事故のように生まれたのが私である。
右も左も分からず、右往左往して生きている。その場その場の出来事への対応で、人生のすべてを費やしてきた。
 そう思っているひとには、「教育現場」ということが分からない。

 怒り、腹立ち、ねたみ、そねみ、愚痴は、すべて私を教えて下さる教材なのだ。
私の何を教えて下さるのか。
 それは、この世には私一人以外は生きていないという真実を、だ。
 
人生の「底」が変わらなければならないのだ。
私が、いったいどこから始まって、私に成ってきたのか。
その「基点」を明確に、刻みつけなければならない。
●2018年3月10日●
信心は小我を超え、大我を自己とする。 「一切衆生の我」となる。
こんな変な直感がやってきた。
というか、釈迦が直感した「無我」ということだから、そうそう目新しいことではない。
親鸞も筆が滑ったように、「この如来、微塵世界にみちみちたまえり。すなわち、一切群生海の心なり」(『唯信鈔文意』)と記しているから、これも目新しいことでもない。
この世のあらゆる現象は、自己一人の精神の展開したものだから、一切の現象に対して、私に責任があるということだ。責任というと大げさか。私と無関係に成り立っているものはない、と言うほうが事実に近い表現だろう。

それでも「三界」は、ひと言で言えば、苦海というよりも「面倒海」「厄介海」だ。
苦海というと、精神的痛みや肉体的痛みを連想させるが、「面倒海」「厄介海」といえば、苦海ほどではないにしても、娑婆を生きるについての面倒事や厄介事が付きまとう泥沼の感覚がよく表われている。

「面倒海」「厄介海」の岸辺にたって、海を眺めている時がある。
もちろん自分もその泥沼の中の存在なのだが、岸辺に立って、その海を眺めていると感じることもある。
自分が立っている背景はわからないのだ。見えないのだ。眼は前を見ることしかできないから、後は見えない。
ただ背中に、悲愛の視線を感じるだけだ。その視線は温かい。

人間というやつは、最初から最後まで、愚かなものだという感覚が与えられる。
愚かというのは、自分は正しい、間違っていない、これこそが人類の願っている正しい方途だと思って愚行をする生き物という意味だ。

ああ、第一原理は「損か得か」、これは経済的原理だ。(マクロ経済等の問題)
第二原理は、「快楽か不快か」、これは生理的原理だ。(医療・福祉・介護等の問題)
第三原理は、「善か悪か」、これは政治的原理だ。(グローバリズム、戦争等の問題)
この三つの原理で最高の方途を目指してやってきたのが人類である。それを「愚行」というひと言で言ってしまえば、あまりに高飛車な表現になってしまうだろう。
しかし、それを「愚行」と言い切ったしまったのが法然・親鸞ではないか。
だから、弾圧を受けたのだろう。弾圧の中核にある真髄を取り出して、現代に置き直してみれば、そういうことだった。
間違っていけないのは、人間が人間に対して「愚行」というのではない。
阿弥陀さんが「愚行」とおっしゃっているのだ。
唯一の批判原理は、阿弥陀さんにしかない。
この批判を受け続けるところに広がる世界が〈真実教〉だ。
宗教でも仏教でもない、〈ほんとう〉を解き放つ教えが、〈真実教〉なのだ。
●2018年3月5日●
人生のあらゆる場面で、「任せよ」と叫ばれている。

葬式の場面で、一人一人が、この現事実に、「任せよ」と叫ばれている。

そのことを人間が認識し、意味づける。

また、意味づけざるを得ないのだが、そのときには「任せて」いないことは確かだ。

常に問いかけかれついるのだ。
この事態をどう受け止めるかを。

常に「有ること」から、問いかけられているのだ。
この事態を、どう受け止めるかを。

9歳の孫が突然死した、この事態を。

「思い」を「まさか」と裏切る事態を。

その態度決定以外に、「この世」ですることは
他にないのだろう。

過去は当然のことだが、未来をも、現在をも、常に「過去」としてしか対面できない。
未来も現在をも包み込んだ、「過去」と、どう対面するかだ。
●2018年3月3日●
歎異抄のいう「回心」とは、この世のすべてのことがメタファー(隠喩)に転換されること。
私は、いままで、この世に成り立っているあらゆることが、「客観的な事実」だと思い込んできた。
ところが、そうではなかった。
すべては、メタファー(隠喩)だったのだ。
私には「客観的な事実」を見る眼はなかったのだ。

そうやって、私一人を愛し、私一人を養育し、私一人のために世界が用意されていたとは。
露程も気付かなかった。
●2018年3月1日●
門井慶喜の『銀河鉄道の父』を読んだ。
宮沢賢治の父・政次郎一家の空気が、手にとるように分かった。
 また、その中で育った賢治との親子関係が、隠しカメラで隠し撮りでもしたかのような小説だった。
7歳の賢治が赤痢に罹ったときの政次郎の看病ぶりは、子煩悩丸出しだ。母親にも看護婦にも指一本触らせない看病ぶりは、あまりに子煩悩過ぎる。
政次郎が、大沢温泉で夏期講習会なるものを催していることは知っていた。代々浄土真宗の檀家だった宮沢家は、文化人などを花巻まで招聘し、講演会を開いていた。その中に暁烏敏や多田鼎に近角常観の名前もあった。
賢治の妹・トシの問いに答えた常観の手紙もあったという。トシは東京へも出ていたから、本郷の求道会館へも通っていたことだろう。自らの病弱な体質もあってか、信仰へ心を寄せる中での問いに、常観が応答していたのだろう。
しかし政次郎自身の信仰は、さほど堅いものではなかったと小説は記している。確かにお朝事(朝のお勤め)では正信偈を唱えていたようだが、質屋で稼いだ金を社会に還元するというような、慈善事業的関心で講習会を開催していたようだ。

父・政次郎は、長男の賢治を、目の中に入れても痛くないほどに可愛がっていた様子が印象的だ。看病もさることながら、家業である質屋を継がないことも許し、東京へ出ていった後も仕送りを怠らず養育している。明治期の家業承継は長男相続が当たり前になっていた時代にである。
私は、政次郎と賢治の間は、もっと冷めたものだったのではないかと勝手に想像していた。ところが、この小説を読んで、思いを新たにした。まあこの小説が、どれだけ史実に近似値を得ているかが問題であることは当然考慮すべきである。
東北の農民の貧しさ、弱者への視線は、賢治のたましいを大きくかたどっている。
童話作品などは、常に弱者への視線と共感を基調音にしていることは、誰もが認めるところだろう。家には島地大等の『漢和対照 妙法蓮華経』が具えられていたという。
賢治の健康的な感性と法華経とが相俟って、父と衝突する場面が描かれている。
政次郎の台詞から引用しよう。
「うちは代々、浄土真宗だ。わかってるべ。いったい何を考えている」
賢治も立ち上がり、充血した目で、
「嘘いつわりの宗派です」
「何!」
「南無阿弥陀仏とくりかえせば極楽往生だなんて、そんだら現世の努力の必要がねぇ。ただ人間を堕落させるだけでねすか」
「お前……」
政次郎は、ただの檀家ではない。
小学校を出てからの学問的な関心は、すべて親鸞につぎこんでいる。反論はきわめて容易だった。
「それはお前、他力本願ということばの解釈がまちがっている。よくよく字を見ろ。他力とは仏の力をさし、本願とは仏の願いをさす。力と願いが合わさったところに一切衆生の救済が成り立つ、そういう意味が元来なのだ。われわれ人間にひきおろして言うなら、力とは才能、願いとは大志。才能ある者が大志を抱き、さらに努力をかさねれば、きっと成功をおさめられる」
「たしかに、お父さんは、才能と大志と努力で成功したじゃ。弱い人からお金をしぼりあげることに」
「だから、いつも言ってるだろう、質屋はそういう商売ではねぇのだ。質屋のおかげで客たちは当座の金が手に入る。飢え死にせずにすむ。人造宝石よりは人をしあわせにする」
「おらの大志は、質屋にはねぇすじゃ」
「こらえ性がねぇだけだべ」
「おらの大志は、日蓮聖人の教えを世にひろめること」
「あすは何になる」
「二度と変えない」
「どうだか。これまで何度…」
「おらは死を賭けている」
(死)
その一語に、政次郎は心臓がふくれあがる。
「思いあがるな。ろくろく世間も知らぬ者が軽率に言うな」
ほとんど悲鳴だった。賢治はぐっと顔を近づけて、
「お父さん」
「な、何だ」
「お父さん、おらと信仰をともにしませんか。お父さんの生きかたは、じつは法華経の生きかたなのす」
賢治の口から、熱いしぶきが飛んでくる。どうやら皮肉などではなく、
(本心から、改宗を)
政次郎は横を向いて、
「ばか」
父子のこんな論争は、二、三日おきに繰り返された。ひとたび始まれば近所に声がとどくほどの激語となり、深夜におよぶこともめずらしくなかった。

そして作者は「こんな対立がかさなる理由は、ふたりが正反対だからではなく、逆に、(似た者どうし……だからか)」と記している。
 妹・トシが結核で亡くなり、賢治も後を追うようにして37歳で亡くなる。
賢治の遺言ともいうべき「雨にもまけず」は有名だ。死に際に、父・政次郎に法華経を千部印刷して縁者に配ってほしいと遺言したことを父は、後に実行した。
小説の末尾には、こうある。
「政次郎はふと、改宗しようかと思いついた。」と。
政次郎の信仰理解を読むと、このひとは浄土真宗の檀家とは言いながら、内面は法華経にフィットした人生だったのだろう。簡単に言えば、昨日よりは今日、今日よりは明日のほうが幸せになっているはずという信仰だ。
 まあ法然・親鸞を弾圧した旧仏教も、それと共鳴する信仰形態だった。
 そして私自身の内面も、そうあってほしい、そうなったらいいなぁと思っているのだ。努力をしなければいけないし、努力をしたことが報いられる社会でなければダメだと思っている。
 ところが、それが〈ほんとう〉か?と問われると、その考えが揺らいでくる。
 そこには、「(いのち)」の〈ほんとう〉が抜けてしまっている。(いのち)は、明日のために生きているわけではない。難しい表現だが、(いのち)は〈いま〉のために〈いま〉を生きている。
 私の「思い」を突き破るようにして、(いのち)の〈ほんとう〉が暴き出されてくる。人生は意味が有るものではないし、また意味の無いものでもないと。この「意味の有る・意味の無い」という「有無の思い」を超越させて下さるのが〈ほんとう〉の力である。
それがよく法座で聞く、「聞いてから成るのではない。成っとることを聞け」である。
 阿弥陀さんは幸せか、不幸せかでなく、〈ほんとう〉か〈ほんとう〉でないかと問いかけてくる。
 
●2018年2月25日●
「わた~しは なにを 残しただろう~」(「花は咲く」歌詞)

ご飯を食べて、トイレに行って、またトイレに行って排尿。

はて、わたしは何を残しただろう?と、おっしっこから、問いかけられる。

生々しいなぁ、生命は。

生々しい、問いかけだ。

昨夜の豚汁、美味かった!

牛蒡にニンジン、コンニャク、ネギ、豚…。
みんなに、口に入れてもいい?と承諾を得たわけではない。
「生命」を「食物」にしていい?と聞いたわけでもない。

はて、わたしは何を残しただろう?何を残せただろう?

問いのみあって、答えがない。

いのちは、とことん、生々しい。
●2018年2月24日●
人間もワラスボも同じだ。
ひょんなことから、昨夜はワラスボの話題になった。
ワラスボは、日本では有明海だけに生息し、泥の中をうごめくウナギのような生き物だ。
長い顔の先端に歯があって、ちょうど、エイリアンのような形をしている。
ワラスボも自分自身を見たことがないから、驚かないが、もし目があったら、さぞ驚くのではないか。実際に見たことはあったが、まだ食べたことはない。
そこで正確な情報をウィキペディアで調べてみた。
「成魚は全長40センチメートルに達し、オスの方が大きい。体形はウナギのように細長く、背鰭・尾鰭・尻鰭も繋がる。体色は青みがかっており、青灰色や赤紫色にも見える。目が退化していて、頭部にごく小さな点として確認できるのみである。上向きに開いた大きな口には牙が並び、独特の風貌をしているが、噛まれてもあまり痛くはない。鱗も退化していて、体の前半部に円形・後半に楕円形の鱗が散在する。これらの外見が海外映画『エイリアン』シリーズに登場する宇宙生物の頭部に似ていることから、メディアで採り上げられる際はしばしば「エイリアンのような魚」と比喩される。」

泥の中を、エサを探してくねくねとうごめく姿を考えると、醜く、おぞましいが、これは、もしや我が姿ではないかと思い至った。
何が欲しいのか、何が幸せなのか、究極的にどうなりたいのか、まったくわからずに、ただ行き当たりばったりで、汚泥の中の如き人生を生きているのだから。
そんなことはない。人間にはちゃんと前を見る眼があるじゃないかと批判されそうだ。
しかし、「見えている」という過信があるだけではないか。「見えているという過信が」、〈ほんとう〉のことを見えなくしているのではないか。

我が姿は、そして、我々の姿はワラスボではないだろうか。
●2018年2月23日●
阿弥陀さんの教育現場で寝起きする

老病死というベッドが

阿弥陀さんの揺りかごである

ああ

肺に

生まれて初めての

空気が

流れ込んできた

ああ
●2018年2月16日●
息を
しているのか(A)
させられているのか(B)
どっちだ?
これが〈ほんとう〉からの問いかけだ。

しかし、この問いかけに対して、AかBかと結論を出すことができない。
なぜならば、〈ほんとう〉はどちらでもないからだ。

自分は目的地に向かって行くのか
それとも
目的地が自分に向かって来るのか
どっちだ?
これも〈ほんとう〉には答えが出せない問いかけだ。
どちらかを中心にするかで、答えが違ってくるからだ。

〈ほんとう〉は、そうやってAかBかに決めようとする人間の知を砕く。
決めることは、閉鎖系だが、〈ほんとう〉は永遠の解放系だ。
●2018年2月15日●
今朝のお朝事の和讃は「真実信心うることは 末法濁世にまれなりと 恒沙の諸仏の証誠に えがたきほどをはらわせり」、そして「往相還相の回向に もうあわぬ身となりにせば 流転輪廻もきわもなし 苦海の沈淪いかがせん」だった。
親鸞聖人は、「真実信心うることは」と、いかにも人間が信心を獲ることができるように謳っている。まあ、そうでも言わなければ人間は「信心」を求めるという動機すらないから仕方がない。「真実信心」がどれほど素晴しいものか、どれほど人間にとって手に入れがたい宝物であるかと思わせぶりだ。
もし、人間が欲望し、思い描いている「信心」を手に入れてしまったなら、それは「真実信心」ではないのだ。手に入れるという形では決して表現できないものが「信心」だからだ。人間が「獲た」という思いをも捨てさせるものが真実信心である。
そういう意味では、本当に信心とは流動的であり、結論を人間に掴ませないものだ。
次の「往相還相の回向に」の回向とは、如来回向ひとつのことなのだ。如来回向の能動の面と受動の面とを表した言葉が、「往相・還相」だ。自分が往相で淨土に往生して、それから淨土から帰って来て、つまり還相して人々を救うなどという戯言ではない。
私たちの課題は「往相」しかない。往生淨土の相が往相だ。ただ往相が発動する根拠が、往相回向だけにはない。そこで、往相回向が発動する根拠を還相回向という。つまり還相とは淨土から阿弥陀さんが還ってくる相になる。還相を根拠にして往相回向が発動するから、絶対他力なのだ。もし往相回向が発動する原因を人間が生み出すとなると、これは他力にならない。 
 ここにも阿弥陀さんの流動性が示されている。人間は、あらゆるものを固めたいのだ。そして過去形にして自分はその過去形を眺めてみたいのだ。しかし、〈ほんとう〉のことはすべて流動的なので、固めること、固定することができない。
 固定化し、固めたい欲求を、サラッと流して下さる阿弥陀さんがいなければ、自分は、石になってしまうではないか。
●2018年2月12日●
鎌倉時代の親鸞や法然や栄西や道元や日蓮などの諸師方の関心とは、いったい仏教とは何か?というテーマだった。
いかにも仏教は2500年の間、営々と確実に続けいてきたかのような幻想があったが、果たしてその伝統とは何か?という問い返しが、鎌倉時代に起こったのだ。
その問い方の切り口は、「要するに仏教とは何か?」だ。
そうしてみると、2018年の現代、まさにその問いが再燃する時ではないのか。
「要するに仏教とは何か?」という問いが、現代の問いだったのだ。
いかにも仏教が分かったかのように、自明のことになっていたが、果たして仏教とは何なのだろうか。
この問いを現代にぶつけてみると、やはり、どうしても、よくわからないということになるのではないか。
この問いに、一人一人が答える時代になったのだ。
決して、誰かの権威におもねることは許されない。〇〇さんがこう言っているから、これが正しいのだろうという曖昧な答え方は許されない。〇〇教団や〇〇宗が、こう述べているから、これが正しいに違いないという答え方も許されない。
裸の、剥き出しの一人が、自己の実存責任において答えなければならない。
そういう時代がやってきたのだ。これは鎌倉時代の仏者たちの問いそのものなのだ。現代は鎌倉時代だったのだ。
●2018年2月8日●
仙台教区・学仏道場へ行ってきた。
二泊三日で、9時間くらいお話した。仙台の方々は、熱心に、二泊三日の聴聞をされ、その姿勢に頭が下がった。この聴聞の場に身を据えたということで、この研修会の目的は達成している。
この研修会に皆さんを押し出した力、それこそが仏法の力であり、阿弥陀さんの力である。50名ほどの人々だったが、法座は、始まってからほんの数時間のことで幕を下ろす。いまは、会場となった場所はガランとして誰もいない。
まさに何事もなかったかのように静かだ。
蓮如さんの「幻の如くなる一期なり」(白骨の御文)である。あの熱気のある法座はどこへいってしまったのだろう。
「無為にして化す」という言葉を聞いたことがある。作為的なことでも、企みでもないのに、ただそのことによって自分が教育を受け、救われるという意味だ。救う主体なくして、救われるという、まさに天衣無縫の教育力が阿弥陀さんの力である。
寺に戻って、何をするかと言えば、仕事は、やはり、阿弥陀さんとの対話以外にはない。身が仙台にあろうとも、東京にあろうとも、仕事は同じことだ。
それが、私がこの世に関わる接点なのだから。
●2018年2月2日●
[悲しみ]

かなしみと
わたしと
足をからませて たどたどゆく

これは八木重吉の詩だ。
汲めども尽きぬものに出会ったひとは、幸せだろう。
舐めても溶けない飴を見出したひとは、幸せだろう。

[不思議]

こころが美しくなると
そこいらが
明るく かるげになってくる
どんな不思議がうまれても
おどろかないとおもえてくる
はやく
不思議がうまれればいいなあとおもえてくる

生活全体が、人間にとっては、「暗号の山」なのだろう。
一カ所も安全地帯のない、「暗号の山」なのだろう。
「不思議」が「不思議」だと思えない「不思議」さもある。
「不思議」を人間が、ちゃんと分かっていれば、「不思議」などはないに等しい。
人間にとっては、いつでもこの世は「暗号の山」であるに違いない。
自分の内部から、どんな「暗号」がやってくるのか。まわりから、どんな「暗号」が突きつけられてくるのか。
すべては「暗号の山」だ。

●2018年1月27日●
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あるひとに、「阿弥陀さんを仲間に入れてあげて」と応答したら、それはどういう意味かと問われた。
これは困った。よく「阿弥陀さんと相談して」とか「阿弥陀さんと対話する」などと語っているのだが、それがどういうことかと聞かれると、答えに窮する。
 私の中では、そういう表現がピタッとくる領域があるのだが、それをひとに説明するのは至難の業だ。
それでも、一応、あれこれ考えてみた。
ええと、普通、人間は、自分を縛りつけて生きている。「もっとこういう自分でなければ駄目」とか「こんなことを考えるような自分は駄目」とか「情けない自分は自分じゃない」などと。
人間は努力して向上するのが正しいあり方だと、思い込んでいるから、自分を自分で縛りつける以外にないのだろう。先日も、技術畑の方が、「技術を常に向上させ、新しいものを生み出す努力でやってきたのに、あなたは絶対受動とか、あるがままとか言って、そんなことでは日本は世界から置いてきぼりにされますよ」と、言われた。
確かに、そうなのだろう。戦後の貧しい時代を経て、あの「三丁目の夕日」(映画)の時代をくぐり、日本人は奮励努力して、今日の日本をつくってきたのだ。
だから、まず努力しなければならないという考えもさもありなんと思う。
結論を言えば、努力で実現できる問題と、決して努力では実現できない問題とがあるというのが正しい見方だろう。
その考えは、機械技術やテクノロジーには当てはめられても、「自分の生きる」ということに関しては、無駄なのだ。
「自分の生きる」という次元が問題になるのは、「不条理」に出会ったときだ。まあ最大の不条理は、「死ぬために生まれてきた」という大問題だ。
それ以外にも、人間の不条理は、どこにでも転がっている。まさに白昼の闇のように存在している。その辺を歩いているひとに、「ちょっと困っていることはありませんか」と尋ねれば、何かしらある。「ものすごく困っている問題」もあるが、「ちょっと困っている問題」もある。まあ、それは不条理のロープでつながっているのだが。

それはともかく、自分を自分で縛っている、そのロープを解くのが、「阿弥陀さんとの相談」である。まあ私もこの歳になれば、もはや「理想の自分」などは、幻想だと思っている。ただ、過去の自分の取り返しのつかない汚点は、できれば消し去りたいとか思っている。
 しかし、今日という日は、人生を生きてきて初めて迎える一日なので、未知の出来事なのだ。大部分は昨日と同様のことが展開するように見えて、どこかは違う。〈ほんとう〉は、まったく違うのだが、意識はそれが耐えられないから、「昨日と同じ」という幻想で麻痺させている。
 ということは、まだ自分の内部で、未知の状態で眠っている自分から、今日、初めて溢れ出てくる自分が、必ずある。何が起こるかわからないから、何かを恐れているのだが、〈ほんとう〉は「自分」が一番怖いのだ。
 その自分を縛りつけて、不自由にして、何とか平穏に暮らそうとしている。しかしだ、エロスの裏側にはタナトスが張り付いているように、「自分」は呪縛を突き破って溢れだしてくる。
 そいつをさらに縛りつけようとするから、日常は、ものすごく疲れるのだろう。
阿弥陀さんと相談するということは、その縛りつける手を緩めることだ。もっと言えば、縛りつけようとする腕を切り落としてもらうことだ。
 そうやって、自分を解放し、自由にしてあげること。まさに、縛りつけようとする自分から見れば、それは無秩序だ。無秩序を恐れる必要はない、阿弥陀さんは「悪をもおそるべからず」(『歎異抄』第一条)とおっしゃっている。
 
●2018年1月25日●
昨日の講座で、初めてお会いしたMさんが、声をかけてくれた。
拙著『なぜ?からはじまる歎異抄』(108頁)の「真実は『無義』(はからいを超えている)なのですから、人間がいくら言葉で表現したとしても、それは如来に指一本ふれたことにはなりません。」を指摘して、この「指一本ふれたことにはなりません」という言葉に感動したとおっしゃる。
これは、歎異抄第十条の私の味わいだ。第十条は「念仏には無義をもって義とす」で始まる。南無阿弥陀仏は、人間のはからいの無いことこそが正しいという意味だ。唯円は、これから異義批判をしていくには、義を立てていかなければならない。しかし義を立てるということは、人間の理屈をもって、異義を批判することだ。つまり、異義を批判できる資格は、自分が「正義」でなければならない。ところが、異義を批判するにせよ、自分が「正義」の立場に立って異義者を批判するとなれば、それは自分を「善人」の立場に立てることになる。それは歎異抄全体の主張と矛盾してしまう。
歎異抄は、「悪人成仏」の立場だから、「善人」では往生できない。それでは、どうやって、その隘路を唯円は超えたのだろうか。
それが、人間の言葉で異義者を批判したとしても、自分が善人にならない立場である。それは、自分がどれだけ如来について表現したとしても、それは真実に指一本触れていないという確信である。そうすれば、自分は、「善人」にならずに済む。
異義者を批判することが、「正義」の立場にならない場所とは、自分も異義者と同じく、阿弥陀さんから歎異される場所である。異義者と通底している唯円の立場が明確になったのだ。
それは異義が異義者という特殊な人間の引き起こした問題ではなく、唯円の中にもある、「人間存在」そのものの持っている「偽善」だと自覚した立場だ。
その立場は、どれだけ異義者を批判しようと、義を立てようと、指一本、真実に触れてはいないのだから、義を尽くして表現してゆく勇気を得たのだ。
ただし、この「指一本触れていない」という確信も、如来から回向されてこなければだめなのだ。
人間が人間の知をもって語ってしまえば、それこそ偽善になってしまう。ここが難しいところであり、また信仰の醍醐味である。
本願、第十八願には、それで「唯除」が付けられている。これもなぜ付いているのか、いろいろな意味場があるが、信仰のダイナミズムとして親鸞は受け取ったのだろう。
救いから「唯除」していただいたところ以外に、信仰は成り立たないのだから。
信仰は常に、「逆説的表現」でなければ、語ることはできない。
   
●2018年1月24日●
先日の勉強会で、「念仏三昧」という言葉が問題になった。
お通夜の時に、東京では「龍樹和讃」を次第四首で称えることになっている。龍樹は「八宗の祖」と呼ばれるくらいに、どの宗でも、自らの宗の草分けだと受け止められている。 その和讃は、「生死の苦海ほとりなし ひさしくしずめるわれらをば 弥陀弘誓のふねのみぞ のせてかならずわたしける」から読み始め、「恩愛はなはだたちがたく 生死はなはだつきがたし 念仏三昧行じてぞ 罪障を滅し度脱せし」で終る。
いつごろから、東京で、この和讃が称えられていたのかはわからないが、真宗大谷派では、通夜勤行の定式はない。葬儀勤行の定式はあるのだが、通夜は地方色が強いために、統一できなかったのだろう。それこそ「弥陀成仏のことかたは…」という和讃をあげるところもあるし、通夜には坊さんを呼ばないで、門徒たちだけで正信偈をお勤めするところもあると聞く。
それはともかく、ここに「念仏三昧行じてぞ」と書いてあるけれども、皆さんはどんな気持ちでこの和讃をあげていますかという質問が出た。
もちろん「ナンマンダブ、ナンマンダブ」と大声で称えて、朦朧とするような念仏のことを言っているわけではないとは分かっているのですが、とも付け加えられた。
一応、柏原祐義の『三帖和讃講義』(平楽寺書店1959年第十一版)で、その「念仏三昧」の解説を載せておく。
「一心に念仏すること。三昧は三摩地ともいひ、梵音サマ-ドヒ(samadhi)で、等持と訳する。禅定のことである。即ち心を一境に止めて動かぬことである。それで念仏三昧とは、一心に念仏して余へ心を乱さぬことであるが、この念仏について、ここでは理観の念仏と解釈する(の)と、憶念の念仏と解釈するとの二種の見方がある。理観の念仏とは、法身仏を観きはめることで、初めに定(じよう)に入って仏の相好荘厳(すがたおかざり)を観念(おもひみ)し、その観ができあがると、次に法界に周辺(ゆきわたり)する法身の理を観念するのである。つまり真如の道理を思ひ観ることである。
また憶念の念仏とは憶念称名のことで、信心を得て口に御名(みな)を称へることである。然るに、この二種のうち、宗祖聖人は第二の憶念称名の他力念仏として、念仏三昧を解釈せられる。そのわけは理観の念仏は自力の観察であり、称名は他力念仏である。そしてすでに述べたやうに、勢至菩薩は超日月光仏(ちようにちがつこうぶつ)の教(おしへ)を受けて、念仏三昧を証(さと)られた。即ち西方淨土の阿弥陀仏の教を受けられたのである。従ってどうしても理観の念仏と見ることはできぬ、是非とも弥陀の名号(みな)を称ふる称名念仏とせねばならぬからである。」
 結構、面倒なことが言われている。「理観の念仏」は自力で、「憶念の念仏」は他力念仏であり、これは称名念仏のことだと述べている。まあ「信心を得て口に御名を称へる」と述べているように、信心からの促しで、口をついて出る念仏のことを言っているようだ。 それで、勉強会では、「あなたは念仏が出ますか?」という問いになって、次々にひとを渡り歩いた。「あなたはどうですか?」と聞かれると、「なかなか出ませんね」、「出ませんよ」と応えるしかない。次のひとに、「あなたはどうですか?」と尋ねられると、「出ますよ!」と応えられないような雰囲気になった。
 私は、出るか出ないかは問題ではないと思っている。出るか出ないかは、阿弥陀さんの仕事だから、私には無関係の領域なのだ。念仏を出そうと思って称えるときもあるし、ただ無意識に口ずさんでいるときもあるし、場面によっていろいろだ。
 私は「念仏三昧行じてぞ」という「行ずる主体」は、私でなく阿弥陀さんだと思っている。阿弥陀さんが念仏三昧を行じて下さっているのだろう。もっと言うと、阿弥陀さんの念仏三昧とは、そこにものが「ある」という存在肯定なのだ。ものが「ある」ということは、阿弥陀さんの念仏三昧のお蔭で、あるのだ。「ある」も「ない」も引っくるめた存在肯定なのだ。
 藤原正遠さんの、この詩が、それを物語っている。
生きるものは生かしめたまふ 死ぬるものは死なしめたまふ
                         われに手のなし 南無阿弥陀仏
 そうなってくると、私が目にしている世界すべてが念仏三昧の世界になる。
それが「私が客」、「阿弥陀さんが主体」になるということなのだ。
   
●2018年1月23日●
都会は、ちょっと雪が降ると大騒ぎすると、よく雪国の方々から揶揄される。
確かにそうだ。雪に馴れていないのだから、そう言われても止むなしだ。
昨夜、雪が降りしきる中、地下鉄で帰宅した。私が乗った次の駅で、ご老人が乗り込んできた。私は自席を譲るために、思わずそのご老人に、「座りませんか」と声をかけた。明らかにご老人だと思ったからだ。すると、その方は「あなたと同じくらいじゃないですか」とニヤッとして応えた。同じような老人が、老人に向かって席を譲るなど、ちゃんちゃらおかしいんじゃないの!お前!自分では若いと思ってるようだが、もう立派な老人だぜという意味だ。
それを聞いて、私の隣に座っていた後輩が立ち上がり、ご老人に席を譲った。
隣に腰を下ろしたご老人に、私は、「干支は何ですか?」と聞いてしまった。すると、その方は「ウマですよ」と応えた。
私は内心で、エッと思った。実は私もウマだったからだ。しかし、同い年のウマではないはずだ、ひと回り違っているはずだと思ったが、もう「何年生まれですか?」と質問することはやめた。
万が一、同い年のウマだったらどうしようと思ったからだ。私から見ると、そのひとは、明らかに白髪のご老人だ。しかし、その方から見ると、私も老人に見えたということだ。そう思ったら、すかさず「世間」に頼りたくなった。つまり、「世間的に見て、彼のほうが老人だよな」と、世間を味方につけたくなったのだ。
ということはだ、やはり、私は老人に見られたくないという思いが強くあったということだ。「年齢のわりには、お若いですね」と言われ続けてきたから、思わぬ逆襲を、そのご老人から受けることとなった。
「あなたと同じくらいじゃないですか」は、いままで生きてきて、人生で初めて投げかけられた鋭い問いだった。
 「老・病・死を見て世の非常を悟る」(『大経』)、か。
●2018年1月22日●
いま
いま
いま
生まれて
初めて
体験する
いま

もう「いま」ということを言い過ぎて、語り過ぎて、「いま」のインフレ状態で、何の感動もしないはずなのに、あらためて「いま」に感動してしまった。
生まれて初めて、体験しているのだ。いまを。
未知であり、未来であり、当来のいまだ。
だから、昨日と、「まったく」異質な、いまを生きている。
何が起こり、何を考え、何をするか。そんなことは、「まったく」予知できない。
この「まったく」というところが、またいい。

「当たり前」は幻想であり、「万劫の初事」が真実である。
いつでも、真実に帰ることができるから、安心だ。
どれだけ幻想の世界を生きていてもいいよと、真実は言ってくれる。
八木重吉の「心よ」を思い出した。

こころよ
では いっておいで
しかし
また もどっておいでね
やっぱり
ここが いいのだに
こころよ
では 行っておいで

この詩に押し出されて、「それでは、行ってきます!」

●2018年1月20日●
在家仏教協会の定期講演会のテーマは「時間論で考える往生と成仏」だった。
このテーマは、ものすごく大事だと、いま思えている。
小谷信千代大谷大学名誉教授が、『真宗の往生論-親鸞は「現世往生」を説いたか-』(法蔵館(2015/6/20)・武田は未読)を出されてから、俄かに、親鸞が説いたのは「現世往生」か、「臨終往生」かということが、新たに脚光を浴びてきたようだ。小生も、2012年に三河地域教化センター主催のシンポジウム「往生とは何か-現生往生説と臨終往生説-」に呼ばれ、西本願寺の総合研究所研究員の方と二人のシンポジウムに参加したことがあった。西本願寺の方はは、小谷教授と同じ意味場で「臨終往生説」を主張されていた。その主張を小谷教授の言葉でうまく表現されていると思われる箇所があったので、引用する。
「当時最も信仰を集めていた命終時に如来の来迎をたのむ半自力半他力の臨終来迎の往生ではなく、本願力によって現生に正定聚の位に就かされ、臨終時には直ちに淨土往生がかなえられる、完全に他力のみによる往生」が親鸞の確信であると述べている。(『親鸞の還相回向論』法蔵館(2017/6/20)
 そして小谷教授が批判している、つまり小谷教授が間違いだと考えている「現世往生説」は、「往生はこの世で死んで淨土に生まれ変わることではなく、現世で精神的に新たに生まれ変わること」(同書)である。
 三河のシンポジウムでも語ったことだが、私は、親鸞が「現世往生説」であるとも「臨終往生説」であるとも主張しなかった。なぜならば、その場合の「臨終と現生」をいかなる時間論に立って主張するが解明されなければ、どちらを主張しても無意味だからである。 つまり、小谷教授の主張するように、親鸞は現世では信心獲得、臨終には往生確定という説は文献上で見る限り正しい主張だと思われる。しかし、その場合に、小谷教授のみている「臨終」とは、いつのことなのかが問題になってくる。何十年後なのか、それとも今晩のこと、もっといえば、一分後なのか。それが問われなければ、親鸞以前の「臨終往生説」と、親鸞の「臨終往生説」の違いが不明確になってしまう。もし「何十年後」の未来と考えているのであれば、それは間違いである。
 親鸞にとって「臨終」とは、「いのち終る時」ではなく、「いのちおわらんときまで」(『一念多念文意』)だから、「次の一瞬」である。「次の一瞬」であれば、「現在」と言ってもよいわけだが、厳密な意味では「現在に往生した」と語ってはならない。人間は、「現在」を生きることができないからだ。人間にとっての「現在」とは、人間が感じ取り、意味づけした「現在」であるからだ。人間が意味づけした「現在」とは、すでに「過去化」された「現在」でしかありえない。 
 もし、「現世往生説」を主張するひとが、現世で精神的に生まれ変わり「往生した」と語るのであれば、それも間違いということになる。人間にとって、「往生」が過去形で「往生した」と語られてはならないし、未来形で「まだ往生していない」と語られるのも間違いなのである。
 これは、親鸞の表現に、〈ほんとう〉の片鱗が見えているだけなのかもしれないのだ。まだ親鸞も、信仰の生々しいダイナミックスを完全には表現できていないのだろう。信仰の〈ほんとう〉は、親鸞の思考世界をも超えているからだ。
 それを曽我量深は、「純粋未来」という言葉で感得したのである。曽我量深の直感的信仰理解は、親鸞の思考世界をも超えて、〈ほんとう〉と対話したところから生まれてきたものである。曽我は「釈迦以前の仏教」と言ったが、それをパラフレーズすれば、「親鸞以前の仏教」を直感していたのが曽我量深である。
 さて、小谷教授が、好意を持っておられる金子大栄の言葉を、『親鸞の還相回向論』に引いている。
「念仏申させて貰うことによって(中略)有難いという感覚をおこさせるものがあるのであります。死ねばお浄土へ行けるのであると〔思うのであります〕。人間の生涯の終わりには淨土へ行けるのであり、死の帰するところを淨土におくことによって、それが生の依るところとな〔るのであ〕って、淨土を憶う心があると、その心から光りがでてきて、私たちに不安の只中にありながら、そこに安住の地を与えられるのであります。」(『往生と成仏』)
 それに続けて、「金子師の言葉は、親鸞の往生を願う心を的確に捉えている。」と述べている。まあ、金子大栄が、どういう意味場でこれを語ったのかがわからないので、一概には批判できないが、「念仏申させて貰うことによって(中略)有難いという感覚をおこさせるものがあるのであります。死ねばお浄土へ行けるのであると〔思うのであります〕。」という文章と、『歎異抄』第九条の「念仏もうしそうらえども、踊躍歓喜のこころおろそかにそうろうこと、またいそぎ浄土へまいりたきこころのそうらわぬは、いかにとそうろうべきことにてそうろうやらん」という唯円の言葉が、ひとつに感じられない。
 それは親鸞ではなく、唯円の言葉だから、ひとつの意味場で論じるのは問題外と一蹴されるかもしれないが、私には、そうは思われない。「親鸞学」ならば、問題外でよいかもしれないが、「真宗学」ということになれば、それは大変な問題だと思われる。
 私は、唯円の言葉の方が身近に感じられる。そして、この唯円の発言が、人生のあらゆる場面で顔を出すというのが、凡夫の偽らざる姿ではないか。この唯円の心情が、丸ごと肯定されているのが真宗ではないか。そして、この心情のところにこそ、「往生せよ」という阿弥陀の悲愛が響いてくるのである。この心情を抜きにしては、真宗は成り立つ場所を持たないと言ってもよいのではないか。
 いずれにしても、私は、「臨終」を「通時的時間」で見るか、「共時的時間」で見るかが問題なのだと思っている。「通時的時間」とはカレンダーやか時計で量れる時間観念のことだ。そして、信仰とは「通時的時間」しか知らなかったものに、「共時的時間」が開かれることだと考えている。比喩的に言えば、時間の逆流が起こることなのだ。

通時的時間 未来 ← 現在 ← 過去
 
共時的時間 未来(当来)→ 現在 ← 過去

今日のところは、ここで留めておきたい。
●2018年1月11日●
経験や人格や能力に還元しない見方
どうしても、聞法とか坐禅とか念仏とか、いわゆる「行為」に重きを置いて考えてしまうと、経験や人格や能力へと思考が還元されてしまう。
歎異抄が「老少善悪をえらばれず」(第1章)というとき、それらへ還元しようとする傾向性が完全に払拭されていく。
そういう言葉が出てくる背景を考えると、未来に絶望しているのだ。つまり「行為」をすることで、未来に何かを期待していないのだ。
いかなる「行為」であっても、それが動き出す原点を自己意志に定礎すると、そうなってしまう。
「老少善悪をえらばれず」は、自己意志を基点とせず、さらにその自己意志すらも促されたものと見る、徹底した受動性の世界からしか生まれない言葉だ。
自己意志を煩悩だと見限ってしまうと、そこから先へは進めない。たとえ煩悩であろうとも、その煩悩の底を突き抜けていくと、煩悩すらをも賜わったものという世界へ抜けていく。
そこまで突き抜けていくと、もはや、これが「自己」だとか、これが「意志」だとかいうリミッターは破壊されてしまう。
まあ、破壊されて終わりではないのだ、破壊されたところから、「何でもないような日常」へと再び帰ってくる。
「何でもないような日常」が、阿弥陀さんから一番遠い場所になっていればよいのだ。
「神も仏もあるものか!」という日常に帰っていられればよいのだ。
そこが私の
唯一無二の
「何でもないような日常」の
場所だから。
●2018年1月6日●
オセロの黒の前には、必ず白が打たれていたということだ。
人間は、まず「自分」があると考える。その「自分」が、この世をどう生きるか、なぜ生きるかと自分の人生にかかわるものだと考える。
それは、オセロゲームが開始する前に、すでに黒=自分があり、その黒から、あれこれと考え出していくという発想だ。
しかし、黒の前には、必ず白が打たれていたということに愕然とするのが〈真宗〉だ。
そもそも、身は意識を超えている。常に、身が先、意識は後だ。
そういうことに気付いて、眼を外に向け、世界を眺めてみると、すべてが意識より先にあったことに、またまた愕然とする。
木々や花々、太陽や風や雨、それらは、意識より先だとはすぐにわかる。それだけではない。マンションや団地、電柱や道路。それたちもこの世の意識より先行しているものを加工したに過ぎない。やはり、意識よりも先だったのだ。この世界も。
●2018年1月4日●
法然も道元も、まず自分から能動的に、ある行為を発するという条件において仏道を成就しようと考えている。
法然は、称名念仏という行為を起こす能動的な意志によってだし、道元も坐禅という形を取ろうと能動的に意志することによってだ。
法然は称名念仏、そして道元は坐禅というひとつの行為を選び取った。やはり、一つの行為という形式がなければ、真実の道理に触れてみようがないと考えている。
そして、ひたすら人間の能動性に呼びかける。
しかし、親鸞まで行くと、人間の能動性をすら否定してしまう。つまり、菩提心を発そうとする能動性をも「自力のこころ」として否定されてしまう。それではまったく人間から真実の道理にたどり着く術がなくなってしまうではないか。
ただ、そこまで行かなければ、「平等の救い」(誰もが真実の道理にふれること)は成り立たないと親鸞は直感しているようだ。
人間の側に、ほんの少しの能動性が残っていたなら、それは仏道ではないと言うのだ。
だいたい、仏道は、「さあこれから求めよう」という菩提心から出発することになっている。それすらも否定されてしまっては、もはや「仏道」ではないと明恵も批判した。
明恵の批判もよくわかる。
そうすると、親鸞の発想は、もはや「仏道」ではないのかもしれない。まだ、我々が見たこともない思想なのかもしれないのだ。
人間の側から、一歩でも真実の道理に近づこうと意志した途端に、それは平等な救いから逸脱してしまうのだから。
人間は、そこまで追い詰められると、逆切れする。そんなことじゃ、誰も真実の通りに近づくことはできないじゃないか!と。それは親鸞に対する我々の逆切れであると同時に、かつての親鸞自身の逆切れでもあったのだろう。
しかし、人間は、意志する生き物だから、自分から能動的に行為しようとする本能をもっている。もはや、平等の救いからは、永遠に断絶された存在だ。
そこで親鸞はひっくり返ったのだろう。そもそも、人間に能動的な意志などというものがあるのかと。人間が自身の内を覗き込んでみて、「能動的」だと考えているだけで、そんなものは〈ほんとう〉の「能動性」なのかと。
その「能動性」が怪しいものだと感じ始めたとき、親鸞の中を絶対の受動性という電流が貫いたのだろう。
人間は、いつでも「さあこれから!」だが、仏法は、「もう済んでいる」と応じてくるのだ。昔から、「聞いてから成るのではない。成っとることを聞け」と言われる通りだ。
●2018年1月3日●
報恩などと、呑気なことが言えなくなるのが、真の報恩である。

 元旦の拙寺の修正会と真宗会館の修正会が終った。いろいろなことが私の口をついて発語された。人間は発語しかできない。それは決して法ではない。ただ、その発語を通してしか法は生まれないことも確かだ。発語を法として調理できるのは、聞き手以外には無い。 僧侶とは、何か。
僧侶とは、表現者である。また、表現者、足り得なければならない。
 曽我量深先生は、「回向は表現なり」と直感的に教えられた。表現が人間から生まれるのは、如来からの促し以外にないということだ。
 つまり、自分は客体になり、真の主体を阿弥陀さんに譲ることである。
 
 正月の初詣とは、人間の欲望の数々を、ありありと自覚する場所である。神社仏閣には、人間の欲望が、賽銭箱に投げ入れられる。商売繁昌は欲望だとしても、家内安全は素朴な願いじゃないかと言う。しかし、元宮司が現宮司を刀で切り殺す場所で、祈られる願いであることも悲しい現実だ。
 人間があれこれ願うのは、現実には、それが決して叶うものではないからではないか。叶うものではないから、いつまでも願い続けなければならないのだろう。
 そうであっても、唯一の救いは、そういった現実を、ありありと対象化して見せてもらえることである。「対象化」とは、自分のこころそのものが、向こうにある対象のように見えるということだ。欲望も、貪りも、「対象化」されれば、それが「教え」になるチャンスである。煩悩が無くなってしまったら、私を教えてくれる材料がなくなってしまう。 だからこそ、この世で一番堕落した存在にならなければならない。煩悩が肥大化すればするほど、教えの教材が増えるのだから。
 この世で、もっとも救いの可能性が少ない存在にならなければならない。もっとも可能性のないものだけにしか、救いは届かないのだから。
 全人類が救われたとしても、私は決して救われない場所にいなければならない。そこだけが、唯除の悲愛が渦巻く場所なのだから。
●2017年12月31日●
誕生した途端に終わっていたのだ。

誕生した途端に「死んでいた」のだ。
だから、〈いま〉、生きているのは、一種の幻想なのだ。
「現実」だと思っている〈いま〉が、実は幻想の内容だったのだ。

しかし、まだ物語の幕は閉じていないようだ。誕生した途端に、「余生」だったのだ。
幻想には、終わりが知らされていない。だからまだ結論が出ていない。

確かなことは、「弥陀の本願」だけ。
絶対の片思いだけ。
これだけが、間違いないことだ。

「自分」という思いも一種の幻想なのだ。幻想の中では、「自分」というものがあるように思い込まされ、主人公として演技させられる。

「自分」という確かなものがあって、それが生きているという幻想は辛い。
無いものの上に、有るという砂上の楼閣を建てているのだから。

それも、これも、幻想だったのだと、教え続けている阿弥陀さんの悲愛だけが確かなことだ。
 これぞ永遠の片思いだ。

「自分」というものは客体であって、主体は阿弥陀さんなのだ。
だから自分に、真実は教えられていないのだ。
ゆえに教えられ続ける窓が開かれる。

●2017年12月30日●
身もだえする教団に縁を得て
弥陀の悲愛の言いなりのまま

「身もだえする教団」とは、現大谷派教団のことだ。親鸞已来800年の宿業を抱えて現在にまで至っている。私はよく、こんな言い方をする。「古代から現代にいたるまで、様々な宗教教団が誕生した。また現代も誕生しつつあるのだろう。しかし、現大谷派教団の内部を覗けば、それらの教団の体質をことごとく有している。だから、将来起こるであろう新しい教団であっても、大谷派の内部の体質と同質の教団なのである。もちろん喜ばしい体質もあるし、喜ばれざる体質も内包している。例えばオウム真理経的体質も、イスラム原理主義的体質もある。だから、新しい教団が誕生しても一喜一憂する必要がない。なぜならば、それらの体質は、すでに大谷派が温存しているのだから。」
 この視点に立てば、大谷派は間違いのない正しい「聖なる教団」だとも、また大谷派は抹殺すべき「醜悪な教団」だという主張からも身を遠ざけることができる。とにかく、人間が「共同幻想」として作り上げた組織は「玉石混淆した教団」なのだ。若いころの私は、玉石混淆は間違っていると思っていて、何とか「玉」=宝=聖なる教団だけを残し、石=罪悪を抹消していくべきだと考えていた。それは正しい考えのように見えて、ちょっと人間存在の罪業性を軽く見積もりすぎていた。人間という存在は、そんなに聖なるものでもないし、また醜悪過ぎるものでもない。いずれにせよ、中途半端な存在なのだ。もっとも、聖と悪を混在させているのが人間という生き物の「偽らざる、ありのままの姿」だ。そういう人間の大地に着地してからは、教団の諸問題に一喜一憂することがなくなった。
 しかし、それでも、この「中途半端さ」に耐えられなくなり、なんとかせねばとか、この曖昧としたアンニュイに対して、ストレスを感じてしまい、何らかの動きを始めだそうとする。そのとき、想わなければならないのは、阿弥陀さんの悲愛である。阿弥陀さんの悲愛がなければ、私たち人間は人間の力で、そのアンニュイをやっつけなければならなくなる。
 だから、どうしても人間を「超えた」ところから人間が照らされ、アンニュイがおのずと溶解されていかねばならない。それが「弥陀の悲愛の言いなりのまま」である。
 阿弥陀さんの愛には必ず、悲しみがある。それを唯円は「歎異」という言葉で受けとめた。「異なるを歎く」と。「異なっている」という批判も、「歎く」という悲しみも、すべて阿弥陀さんの悲愛である。人間には、起こらないこころである。人間の「歎く」は煩悩の歎きであり、絶対的なものではない。「もっとましな人間になってほしかったのにと歎く」とか、「現代の政治状況を歎く」とか、「自分自身の不甲斐なさを歎く」とか、さまざまに人間は使うのだが、それもこれも、自分が貪欲によって描いた「思惑」と違った結果になり、その姿を瞋恚の煩悩によって、つまり怒りの感情を底辺にして、残念がるのである。
 『歎異抄』第四条の言葉を借りれば、人間の「歎く」は「聖道の慈悲」で、すべて条件付き、つまり煩悩内部の出来事だ。
 阿弥陀さんの「歎く」は「淨土の慈悲」で、無条件、つまり「人間を超えた歎き」である。
 「超えた」ということも文字でしか言い表せない。
しかし、「超えた」という言葉を使わずに、そのことを言い表すことのできないものが人間にはどうしても必要なのだ。「超えた」という言葉では、決して言い表せないのだが、この言葉を使わずに表現できないもどかしさだけがある。
 「超越」とか、「彼」とか、「畢竟」とか、そういう言葉で「超越」の手触りを何とか伝えようとしているのだ。いつも言うように、デッサンでしか人間には〈真実〉を描くことができないから。
 連れ合いから、筧忠治という画家のいることを知らされ、驚いた。
「筧忠治(1908-2004)は、現在の岐阜県一宮市萩原町東宮重に生まれ、市内小信中島で機屋を営む父のもとで幼少期を過ごしました。9歳の時に名古屋市中区上前津に転居し、高等小学校卒業後に愛知県測候所(現・名古屋地方気象台)に勤務するようになってから画家を志しますが、画壇との交流もなくほとんど独学で絵を描き続けました。」(ネットより)
 とにかく、何十年も自分の自画像を書き続けたひとだ。絵を見てギョッとするくらいの自画像ばかりだ。写真の彼とは、違っている。鬼のような、悪魔のような、閻魔のような形相だ。
 そして思ったのだ。彼はなぜ、自画像にこだわり、何十年も書き続けたのかと。
私は、自分の顔など見飽きていると思っているが、彼にとってはそうではなかったのだろう。未知なるものであり、いまだかって、「描けた!」と満足しなかった題材なのだろう。だから、死ぬまで自画像を書き続けたのだろう。
 彼にとり憑ついていたものこそ、〈真実〉だろう。〈ほんとう〉の自画像を描きたかったのだろう。それは私と同じことではないか。やはり、形式は違っても〈ほんとう〉を表現しきったとは言わせないものがある。筧さんも表現者なら、私も表現者だ。
 〈ほんとう〉にとり憑かれているかどうかだけが、究極的なことなのだろう。
「弥陀の悲愛の言いなりのまま」とは、自分にとって、「弥陀の悲愛」の仰せの言いなりになるという受け身体験を語っている。この「言いなりになる」も、どういうふうな意味場で味わうかで違ってくる。人間が、自分の自己肯定に使うならば、それは「造悪無碍」だ。私はむしろ、「弥陀の悲愛」の仰せによって振り回され、こき使われるという受け未体験の意味場で使っている。
 自分が生きているという根本の真実は、阿弥陀さんの悲愛の仰せのままに生きているということだ。私は「阿弥陀さん」を〈無・意味〉と翻訳しているのだが、誕生という〈無・意味〉に押し出され、未来という〈無・意味〉に向かって、〈無・意味〉な生を〈いま〉生きている。その全体が阿弥陀さんの掌の中だ。
 自分には「真実の自分」を見る眼がない。それでよかったと、言い得る喜びだけがある。
 
●2017年12月27日●
南無阿弥陀仏はブラックホールか!
 善導は『観無量寿経』を総括して、「上よりこのかた定散両門の益を説くといえども、仏の本願の意を望まんには、衆生をして一向に専ら弥陀仏の名を称せしむるにあり、と。」(『観経疏』散善義)で述べている。
いかにもこの経全体が、観想の行を説いているように見えるが、結論は「南無阿弥陀仏」を称えることだと言っている。
この善導の受けとめ方をどう読むかだ。要するに、お経には「定散二善」(定善13観・散善3観)という観法を説くのが中心のように説かれているが、結局、それもこれも南無阿弥陀仏を称えさせるためだったとも読める。
 しかし、この善導の文章を読めば、そんな無駄なことをしないで、最初から南無阿弥陀仏を称えろとだけ言ってくれればいいじゃないかとも読める。あるいは、南無阿弥陀仏を称えることの重要性を知るためには、まず定散二善という難行をしなければ分からないのだ。16観をやったお蔭で、初めて南無阿弥陀仏の重さがわかるようになるのだとも読める。果たして、どうよむかだ。
 『観経』は、お釈迦さんが、韋提希に向かって、淨土へ往きたいならば、とにかくやれるもんならやってみろというふうにけしかけている。そして、定散二善を説く。『観経』はやはり、王舎城での事件をキッカケにして展開したお経なので、どうしても臨床教学であることは免れない。だからこれは韋提希というクライエントに対してだけ、カウンセラー釈迦が処方した教えなのであろう。
 そうではないとお釈迦さんは言ってはいる。「未来世の一切衆生の煩悩の賊のために害せらるる者のために」とは言ってはいる。それを受けて善導は、韋提希だけでなく、全人類の救済の経典だと普遍妥当性を読み込んでいく。しかし、そうなると、我々も定散二善をやらねばならなくなる。まあ、定散二善をやるかやらないか、またやれるかやれないか、あれこれ様々に受け取れるが、そんなものを一切合切全部飲み込んでしまうのが『観経』のようだ。
 やはり、『観経』は、すべてを南無阿弥陀仏に飲み込んでいいくブラックホールだと言いたいのではないか。

『観経』という経典は物語である。だから、教科書や教訓話として読んではいけないのではないか。いわばおとぎ話のように、「むかしむかしあるところに韋提希がいて…」というふうに読めばよいのだろう。この物語性が、これを読む人間の物語性と響いてくるのだ。王舎城という家庭が物語の設定として使われる。そしてこれを読む我々も自分の家庭を、それに重ねて読んでいく。まず家庭が仏法が説かれる、仏前であるというのがいい。ここが仏法を聞くためのど真ん中のかぶりつきということだ。
 そこに事件性があり、次々と家族の人間像が浮き彫りになり、登場人物の台詞が折り重なっていく。物語は、つねにこれを読む人間の物語性と共鳴していく。
 そして、最後のクライマックスが南無阿弥陀仏だ。南無阿弥陀仏が人生という物語の結論であり、南無阿弥陀仏によって、人生のすべての吉凶禍福、喜怒哀楽が吸い尽くされていく。南無阿弥陀仏で物語の幕が下ろされる。
 それが、「仏の本願の意を望まんには、衆生をして一向に専ら弥陀仏の名を称せしむるにあり」なのだろう。
 善導はどうか分からないのだが、親鸞は、「称するにあり」ではなく「称せしむるにあり」と読んでいる。称えるのも、受動体験だと見ている親鸞がいる。

 そういえば、2013年8月に新宿の専福寺で「親殺し」という芹沢俊介さんの作った劇が、野外劇で夕方から夜間に掛けて上演された。それこそ王舎城の事件を題材にした芝居だった。その劇中に出演者たちが、次々に大声で「親を殺せ!親を殺せ!親を殺せ!」と叫ぶシーンがあった。観客の私は、あまり大声で叫ぶものだから、大丈夫だろうかと心配になった。つまり、専福寺は近隣住民に近接しているので、夜でもあって、近所から苦情がこないだろうかと不安になったのだ。上演二日目に、その予想があたった。パトカーが来たと聞いた。
 そして苦情を言ってきた男性が、やってきて苦情を述べたそうだ。聞くと、その男性の親が、少し前に亡くなって、悲しんでいるという。そんな時に、親を殺せ!とは何事だというのだ。
 まあ、その文脈も分からないでもない。
だが、「親を殺せ」という記号が、我々の想定を超えて、不特定多数に響いたという、これこそが仏教の神髄なのかもしれないと思わされた。苦情を言ってきた、その男性には、切実に迫ってきたのだ。
「非常識極まりない!」と。しかし、それが生きた仏言ではないか。そういう形で、〈ほんとう〉の仏教は伝わるのかもしれない。そのひとの日常を抉りだすようにして、切り付けてくるものこそ、〈ほんとう〉なのかもしれない。
そういうライブの生々しさを「おとぎ話形式」で教えるのが『観経』なのではないか。
●2017年12月26日●
他者の言動に対して、腹が立つのは、その背景に「甘え」があるからだ。
つまり、「夫なら、私にもっと優しくするのが当然でしょ」とか。「女房なら、俺のやっていることくらい理解してくれているのが当たり前じゃないか」とか。
頭に来るなぁと思っているこころの裏側には、私を愛し、優遇してくれるのが当たり前じゃないかという「甘え」が潜んでいた。逆に、「甘え」のないところに腹立ちは起きない。
 車を運転していても、青信号でどんどん進めるのは心地よいが、黄色信号になり、赤信号になると不快になる。自分が走っていて、何度も赤信号に引っかかるとさらにイライラが募ってくる。これも「甘え」が関係している。
 本来ならば、自分は青信号で快適に進めるはずなのに、なんで赤信号ばかりになるのかと腹を立てる。「本来ならば、私は快適に進めるはず」という「甘え」が、逆にイライラを募らせるのだ。別に、ひとを苛つかせるために、赤信号になっているわけでもないのに。
単なる機械的なシステムにさえ腹を立てるのが、人間の浅ましさだ。それはやはり人間が「物語」無しには生きられない存在であることを証明している。機械的なシステムを人間が、「人間的物語」に変換してしまい、腹を立てているのだから。信号は、単なる機械なのに、それをあたかも人格化し、自分の快適さを敢えて阻止する「物語の登場人物」に仕立ててしまうのだ。
しかし、何度も何度も、進んでいくたびに青信号から赤信号に変わってしまうと、「今日は、なんて日だ!」と絶叫したくなる。それもこれも、自作自演の物語だったのだ。
「甘え」も、仏教的に解釈すれば「貪欲」だ。快適を、そして優遇を貪りたいだけだ。
その快適と優遇を遮断されたとき、「貪欲」は「瞋恚」という怒りに変質する。
「本来なら、こうして当然じゃないか」という、その「本来」ということろにいろいろなものが当てはまる。「夫・妻・父・母・子ども・孫・社員・上司・親友・友だち・同僚・日本人・人間・現代人・社会人・政治家・警察官・医者・看護士」等々が当てはまる。
 しかし、果たして、その「本来」というのはどういう性質のものなのだろうか。それは「甘え」ではないか。いくら「本来」を立てたところで、現実にトラブルが起きているのだから。阿弥陀さんなら、「本来」なんか、「本来無いよ」というのではないか。人間が七〇億人いれば、七〇億の理屈があるのだから。
 まあ確かに、社会的に見てどうなのかという特殊な例もある。たとえばゴミ屋敷の住人とか、極端な音量で音楽を流す住人とか。誰が見ても、それは異常じゃないのかと思われるものは、「本来」に当然あてはまる。
しかし、問題なのは、「社会的に見て異常」と言われるほどではないけれども、自分にとっては不快という境界域ではないか。むしろ、これのほうが大問題だったりする。人間のストレスの八割は人間関係だと言われることが、それを証明している。
人間は集団生活をする生き物だから、恐らく、これは原始未開の頃からある、人間にとってはとても深刻な問題なのだろう。
対人関係でストレスを感じたとき、人間は、そのストレスをそのままにすることができない。ストレスは澱のようにたまっていくからだ。まあひとによって、ストレスを開放していく方法は違うのだが、そのひとつには、「仲間作り」という方法がある。つまり、嫌いな上司がいて、その「異常」さを同じように感じている仲間を作り、自分たちは「まっとう」で、上司は「異常」と振り分けて、飲み会で上司の悪口を言い合うという方法だ。一対一の場合は、なかなかそうはいかない。
 いずれにしても、本当は、慎ましやかに、あたかも道端に咲いている健気な雑草でありたいと願っているのだが。そんなことを許してもらえるはずもなく、相変わらずイライラ、腹立ちというステージでスポットライトを浴び、怒りのエネルギーで全身をギラつかせているのだから。どこにも逃げ場がない。
●2017年12月23日●
行為は否定
存在は肯定

麻原の行為は絶対否定だ。しかし、存在は絶対肯定だ。
もし麻原が、助からなければ、全存在を救うといった阿弥陀さんは嘘つきになってしまう。1995年のオウム事件のとき、吉本隆明さんは、「麻原は救われる」と言って、マスコミから叩かれた。おそらく彼が言いたかったことは、そのことだったのだろう。
しかし、足指一本、土俵を割ってしまっていた。それは、「麻原が救われる」と断言したことだ。〈ほんとう〉のことを言えば、救われるか、救われないかは、麻原個人と阿弥陀さんとの関係でのみ言いうることであって、それを第三者が救われるとか救われないとかいうことは越権行為だ。救いはどこまでも、一人性でしか確認できないことだ。
だから、もし麻原が救われなければ、阿弥陀さんの慈悲は不完全なものであり、そんな阿弥陀さんなら、私たちは願い下げだとだけとだけは言いうるということだ。そもそも、阿弥陀さんは「一切衆生」を救うと断言していいるのだから。まあ、正確に言えば、阿弥陀さんが断言しているのではなく、もし普遍的な救いを成就させる「阿弥陀」というはたらきがあるとするならば、それはあらゆる存在を救えなければ、「阿弥陀」とは言えないというだけだ。
「阿弥陀」さんは、殺人罪に問われる人間をも助けるのかという批判を受ける。その問いに対しては、その通りだと答えなければならない。一方に被害者遺族の心情をどう考えるのかという意味場は確かにあって、その意味場は限定された意味場の中で、誠実に共感・同情・哀悼の意を評していかなければならない。被害者が、もし貴方の肉親だったらという、前提で、それは成り立つ。
ただ、その意味場と、「救い」の教えの意味場は次元を異にしていることは間違いない。意味場を混乱すると、〈ほんとう〉が見えなくなく。
あらゆる苦悩する存在を救えないようでは、阿弥陀さん失格だ。それでは阿弥陀さんはどんな者でも肯定していいくのかといえば、そうではない。
「行為」は絶対否定、「存在」は絶対肯定だ。
第18願には、五逆を「唯除」されている。五逆とは犯罪だから、犯罪行為は救いから除外される。しかし、それだからといって、五逆の者を救わないとは言っていない。五逆の行為は絶対否定だが、犯した存在は絶対肯定する。犯した存在も、「一切衆生」の範囲内だから。
行為は絶対否定。存在は絶対肯定。これが〈ほんとう〉の筋道だ。こうやって意味場の次元を腑分けして、棲み分けていければ、信仰生活の混乱はなくなるだろう。
●2017年12月20日●
12月17日の「つぶやき」の文章について、質問がありましたので、同じような疑問をお持ちのかたもあると思い、質問文と応答文を転載いたしました。
【質問文】
武田定光 様
「住職のつぶやき」をいつも拝見させていただいております。
頭の中がひっくり返されるような先生の表現が、わが身に響く阿弥陀さんのはたらきのように感じられています。
昨年、大垣教務所に来ていただいた時、初めて先生のご講演も拝聴しました。
講演の内容はあまり覚えていませんが、「なぜ?からはじまる歎異鈔」は買って読みました。
先生の言葉の中で私の中でのキーワードを少しあげさせていただければ

・まだ表現されていない真宗

・仏法(阿弥陀さん)は、絶対否定装置

・「言葉を超えている」ということも、また言葉以外では伝えられない
などです。

本日は、失礼ながらお聞きしたいことがありメールさせていただきました。12/17のつぶやきの以下のところですが

「~だから聞く」は、まだ済んでいない世界だ
「~を聞く」は、もう済んだ世界だ

のところが、うまくいただけません。
逆ではないかと思うのですが、私が領解できていないのかもと思案しています。
お教えただければありがたいです。

【武田応答文】
メール拝受いたしました。いつも「つぶやき」をご覧くださり有り難うございます。
さて、お尋ねの件に付いてお答えします。
2017年12月17日の「住職のつぶやき」には以下のようにあります。

「邪見憍慢だから聞くのではない
邪見憍慢を聞くのである
この二つの言い方だが、世界がまったく違う
「~だから聞く」は、まだ済んでいない世界だ
「~を聞く」は、もう済んだ世界だ
もう済んだ世界を、まだ済んだこととしない新しい世界の開けである
どこまでも開けていいく世界である
宇宙の終わりまで、開き続けていく世界である」

以上が、「つぶやき」の文章です。
 結論的に言えば、貴方と私の「済んだ世界・済んでいない世界」の言葉の受け取りが、ちょっと逆さまになっていただけのことではないかと思います。
 私は「邪見憍慢だから聞く」ということになると、自己の「邪見憍慢」をマイナス評価して、それを足場として、さあこれから聞法しなければならないと考える世界で、「済んでいない世界」と表現したわけです。
 一方の「邪見憍慢を聞く」というのは、「邪見憍慢」が自己を教える教言となって、自己の罪悪性を白日のもとに照らし出し、息の根を止めるので、「もう済んだ世界」と表現したのです。
 ですから、この「済んだ」という言葉をどの意味場で受け取るかの違いです。これは私の中でも、違った意味場で使われているので、混乱するのも当然かと思います。
 私は去年、『もう済んだと思ったが、まだ始まっていなかった』という題名の講演録を出しています。(※「単語」は同じでも、「意味場」が違った意味に用いられる場合もあります)
 この場合の「済んだ」は否定的な意味で使われています。もう「仏教はある、真宗はある、本山はある、教団はある」と済んだことにしてしまっていて、それが〈ほんとう〉は「まだ始まっていなかった」とひっくり返ることこそが真宗だと表現したのです。
 しかし、「つぶやき」では、「済んだ」を肯定的な意味に用いていますから、混乱してしまいますよね。ここでの、「済んだ」は、曽我量深先生の言葉で言えば「信に死して、願に生きよ」の「信に死して」という意味で用いたのです。「信に死す」とは、自分自身のこころの有り様を「邪見憍慢」だと劣等感情で見ていた、その「自力のこころ」に死ぬことを意味しています。ですから、「邪見憍慢だから聞く」というのは、まだ死んでいない、つまり19願の意味場で考えられた「邪見憍慢」です。
 それが18願の意味場に転じられますと、「邪見憍慢」は、自分で自分のこころを劣等感情で価値判断した、その「自力のこころ」に死んで、自己への教えと転じた世界です。ですから、そこには阿弥陀さんが介在してきます。自分が自分自身を振り返って、「ああ俺は邪見憍慢だなぁ」という意識をひっくり返して、それは、阿弥陀さんのご覧になった私のこころの世界だと逆照された世界です。
「邪見憍慢」は自分で自分のこころを劣等感情で受け取ったものではなく、阿弥陀さんが、あなたに教えて下さった教えに転じたのです。ですから、「自力のこころ」に死んで、阿弥陀さんの教えの世界に出ていくことになります。
 この阿弥陀さんからの逆照に会って、「邪見憍慢」を教えとして転じられたならば、そこからますます教えを聞いていく新たな世界が開かれてきます。まあ、阿弥陀さんの教えを聞くことのできる「耳」が生まれたということでしょう。
 阿弥陀さんから「汝、邪見憍慢なる者よ」という声が聞こえてきたならば、懺悔するのみです。その懺悔は阿弥陀さんの、私への直説ですから、それはそのまま有り難い、悲愛の讃嘆へと抱かれていきます。懺悔と讃嘆は、紙の裏表の関係です。
 これでお分かりいただけたでしょうか。ご質問、本当に有り難うございました。
2017年12月20日    武田定光 拝
●2017年12月17日●
邪見憍慢だから聞くのではない
邪見憍慢を聞くのである

この二つの言い方だが、世界がまったく違う

「~だから聞く」は、まだ済んでいない世界だ
「~を聞く」は、もう済んだ世界だ

もう済んだ世界を、まだ済んだこととしない新しい世界の開けである
どこまでも開けていいく世界である
宇宙の終わりまで、開き続けていく世界である
●2017年12月15日●
決して、ひととは交わらない線路を、ひとは、ひた走っている。
初めから、ひととは決して交わらない線路だったのだ。
隣の線路を見ては、いろいろとモノを言いたくなるのだが。
だから、決定的に、他者と「孤絶」している。
もっと、もっと、「孤絶」して、徹底的に孤絶し尽くしたとき、初めて、他者が「不可解な他者」として、甦ってくる。

●2017年12月8日●
富岡八幡の宮司殺傷事件に驚いている。
同じ江東区ということもあり、あの八幡様の境内に隣接している門徒もあり、小生もその門徒宅へお参りに行った見覚えのある場所なので、ギョッとした。
 まあ、以前から宮司の悪いウワサは、漏れ聞いていたのだが、まさかここまでこじれているとは知らなかった。因速寺の門徒で、国会議員の柿沢未途さんのお宅も、ご近所でなので、テレビのインタビューで顔をのぞかせていた。
 場面はまったく違うのだが、『観無量寿経』の王舎城の物語を連想してしまった。まあこっちは王宮内での事件で、欲望空間だから、権力闘争等が頻発しても、さもありなんと思える。ところが、今回のは神社という、「清められた清浄な宗教空間」内部での事件だけに、ギャップが大きすぎる。テレビで放映された、宮司宅玄関前のおびただしい血痕が、より鮮烈に、違和感を感じさせた。
 そして、直感的に、ああ、ここには阿弥陀さんがいなかったのだと、思い至った。神道には阿弥陀さんがいない。様々な事情、つまり宮司後継問題とか兄弟間のカインコンプレックス問題とか、金銭問題などがあったことは当然だ。しかし、それらの諸事情を洗い流して、本質を突き詰めてみると、やはり、そこには阿弥陀さんが介入するキッカケがなかったということに尽きる。
 当然、神社・神道も阿弥陀さんの救済空間内部の出来事であることに違いない。神社だから、阿弥陀さんの治外法権ということはない。神社だろうとキリスト教会だろうが、阿弥陀さんの救済空間内部の出来事だ。
 だから、それをもっと突き詰めると、行き着くところは、阿弥陀さんの救済力が弱かったということに尽きるのかもしれない。そこで、泣いておられるのは、阿弥陀さんだろう。
 あの宮司家族には、阿弥陀さんがあっても、無きが如しという生活だったのだろう。
結局、自分自身の煩悩を映す鏡がなかったのだ。神社には鏡と刀と勾玉(三種の神器)が安置されているという。その鏡は、人間の欲望をありありと映し出す鏡ではなかったのか。ただの神様を象徴するためのアイテムだったのか。
 阿弥陀さんをこころの鏡とすると、口で言うのは簡単だし、真宗のお話では、在り来りの話だが、それが「我がこと」として切実にはたらきだすのは、地球が逆回転するほどの奇跡だったのだ。
 
●2017年12月7日●
今朝、「自己化」という言葉が、回向された。
 一体自分は、何に向かって、日々を「生きている」のだろうか。今朝も「思い」を超えて、目が覚めた。これは「自分の意志」ではない。意志を超えた行為であって、自分の「思い」からすれば、超越的なことだ。それを私は「宗教行為」と名づけている。
 呼吸をするのも、目が覚めるのも「宗教行為」だ。
 「思い」を超えている行為を、すべて「宗教行為」と呼んでいる。
その「思い」を超えている宗教行為を、思いはつねに後付けして「自分が思った、自分が意志した、自分がやった」と思い込もうとする。これはひょっとすると、越権行為かもしれない。
 ただ人間は、そうとしか思えないのだ。
 そうとして思わせるのも、宗教行為なのかもしれない。それは何のために。
そう、それは自分が「自己化」するために。
 まだ、自分は自己になっていないのだ。自己になっていないから、娑婆にはいろいろな仕掛けがしてあって、自分を自己として育ててくれるのだろう。
 人生は、自己化の装置だったのではないか。
 まだ、自己になったひとはいないのだから。
●2017年12月5日●
世間のお役に立とうとすると嘘になる。
仏法は、世間の価値観はダメだと絶対否定する装置だから。
しかし、「世間のお役にたたなければならない」と考える僧侶も多い。「寺の社会的存在意味」とか「公益法人としての役割」とか、「反戦平和の担い手」とか、様々な有言・無言の要求やら強制がある。
 これは、時代の空気だから、絶対に目で見ることはできない。その時代の「良心的な僧侶」はその空気をいち早く察して動いた。
 その空気は右にも左にも吹きつける。
 曹洞宗の僧侶・仙涯は「気に入らぬ 風もあろうに 柳かな」と詠んでいる。柳を揺らす風。気に入る風も、気に入らぬ風もあるだろう。ただ、目に見えない風が見えていた。
 目には見えない風だけを、見つめていたい。
また、それを見つけることだけが僧侶の存在意味ではないか。
  
●2017年12月3日●
同じことの繰り返しはない。これが「真実」である。
しかし、人間は「同じことの繰り返し」が好きだし、喉から手が出るほどに欲しいのだ。やはり、「真実」に背いているのが自分、ということなのだ。
それが自分の定位置だ。
今日は、お天気がよく、公園の紅葉が真っ赤に色づいている。
その赤に感動している自分がいる。
それも、いつまでも感動していられるわけではない。
いわゆる「時」と共に、その感動も薄れていく。
感動も電流ようものだから、自分を経過して、大地に放流されていく。
ああ、同じことの繰り返しはない。
繰り返しはない。
それなのに、いや、それであっても、自分は、「明日も生きている」と固く思い込んでいる。
とことん、自分は「真実」に背いている存在なのだと、あの紅葉から証明されてしまった。
●2017年11月27日●
息が詰まるほどの、〈いま〉を生きろ。
漫然と、眺めることのできない 〈いま〉を生きろ。
超越的な〈いま〉を生きろ。

と、聞こえてきた、今朝。
「思ってしまったこと」は、決して「思わなかったこと」にはできない。
「やってしまったことは」は、決して「やらなかったこと」にはできない。
全部、阿弥陀さんはお見通しだ。

阿弥陀さんから、見られた私は。
マルハダカだ。 
●2017年11月22日●
「救いの道理」と「自分の心情」とを分割し峻別する。
たとえ自分にそれができようが、できまいが、「救いの道理」は、それ自身で厳然として成り立っているものだ。ただ、「救いの道理」を徹底して解明し、表現し尽くしていく責任が人間にはある。
 『歎異抄』第一条の冒頭荷は、「弥陀の誓願不思議にたすけられまいらせて往生をばとぐるなりと信じて、念仏もうさんとおもいたつこころのおこるとき、すなわち摂取不捨の利益にあずけしめたまうなり」とある。
 この文章を読んで、自分自身のこころの内を探りだす。「果たして、信じているのか?信じて念仏しようと思ったことがあるのか?」などと。そして「そんなことは自分には、ないなあ」と結論づける。
 ここには「救いの道理」が述べられているので、果たして、それを人間ができるかどうかという意味場とは違ったことが述べている。まず、「救いの道理」と「自分の心情」とをきちっとわけなければならない。
 つまり、「できるか、できないか」ではなく、「できても、できなくても」という世界だ。
 南無阿弥陀仏がちゃんとできているか?と問われれば、できていないとしか答えられない。それはそれでよいのだ。ちゃんと称えられるようになったとしても、またちゃんと称えられなくても、それは阿弥陀さんとは無関係だ。
 ただ、ちゃんと称えられようが、称えられまいが、そんなことと無関係なのが南無阿弥陀仏だ。そこに救いの道理が厳然と成り立っていることだけは確かだ。救いの道理だけは、燦然とひかりを放っている。
 やはり、阿弥陀さんとの不可侵条約を結ぶしかない。
 河合隼雄先生が「一人でも二人、二人でも一人で生きるつもり」ということで、ひとりで生きているひとは、こころの中にパートナーをもっていると述べていた。それが、「父なるもの・母なるもの・内なる異性・もう一人の私」など、様々な顔をもっている。
 私も、「阿弥陀さんと対話する」などと話すこともあるので、何か二人の人間が面と向かって話し合っているようにイメージされるきらいもある。しかし、阿弥陀さんなど姿は見えないし、声もしないし、イメージすることは不可能だ。だから「対話」などという表現も正確ではない。
 それでは、私が「対話」と言ったのはどういうことかというと、時々、「それは違うんじゃないか?」「それは〈ほんとう〉だろうか?」という疑問形になって阿弥陀さんが関わってくるということなのだ。初めは、違和感程度のことだったり、あきらかに疑問形であったり、ほんの些細な御知らせなのだ。
 それが阿弥陀さんとの不可侵条約ではないか。決して、阿弥陀さんとの絶縁ではない。「条約」を結ぶというメタファーは、そのためにある。
●2017年11月20日●
❶あるお寺の伝道掲示板に、こんな言葉が書かれていた。

あれもできる
これもできる
と言う弱さ

確かに、そうだ。年齢がいくと、そういう言葉が多くなる。たくさんのことが「出来たほうがいい」と思っているから、そういう言葉を吐いてします。しかし、そういうことを言わなければならないほどに、自分は弱いものなのだと法語は語っている。

❷中年期の憂鬱

子育ても終わり、親も見送った
さて
私は、これからなんのために生きるんだろう

当面の目的が達成されてしまうと、生きる目的が曖昧になる。
青年期には、生きる目的などは必要ないのだ。
そんなことを考えているひまはない。子育てに親の介護に明け暮れている。
しかし、それがすべて済んでしまうと、目の前のやるべきことが消えてしまい、生きる目的が無くなり、憂鬱になる。

ここで初めて〈出家〉が問題になる。
●2017年11月16日●
 あの赤信号にイライラさせられる。青信号から黄色になりそうなとき、前を走っていた車が、停まった。「おいおい、この速度だったら、まだ交差点を走り抜けられただろう!」とイライラした。それから青信号に変わって、イライラも過ぎ去って気持ちよく走っていた。ところが、また青信号が黄色に変わり、赤になって停車させられた。
ここでまたイライラ。東京は、信号が多すぎる!走っている時間より、停車している時間が圧倒的に長い!などと、内心でつぶやく。
 いつも、あの赤信号にイライラさせられ、このイライラと自分自身とが分割できない。自分自身とイライラとを分割できることが真宗のはずなのにと思うが、それができない。それが「現事実」。
 イライラはコールタールのように自分自身に張り付いていて、ぬぐい去ることができない。皮膚の細胞の穴、髪の毛一本一本、内臓脂肪に溶け込んでいる部分、自分では見たこともないような自分の微細な部分にまで、ベットリとコールタールのように塗り込められている。
 この煩悩以外では、自分は出来上がっていないはずなのに。どこかで、この煩悩を何とかしたいと思っている。煩悩は、相手に対して害毒を流すが、実は自分自身を汚し、傷つけ、疲労させていくのだ。
 そうそう、二車線の道路を走る方が、一車線の道路を走るときよりも疲労するのは、そのためだろう。二車線あるいは三車線の道路だと、車線変更をしなければならないからだ。「しなければならない」というのは間違っている。そのまま自分の車線を行けばなんの問題もないからだ。ただ、車線変更をして、できるだけ前へ、速く行こうとする煩悩が黙っていないのだ。だから、二車線道路で、追い越し車線が渋滞すると、左側の車線に移動したくなる。左側の車線が混みだすと、右へ移動したくなる。そうやって、まさに「右往左往」することで疲れて果ててしまうのだ。
 それに比べて、一車線の道路は疲労度が少ない。混みだそうと、停まろうと、この道を行くしかないからだ。右往左往する煩悩が起こらない分、疲れないのだろう。このどうしようもなさを、いつも味わわされている。
 以前、門徒を乗せて走ったことがある。そのとき、「住職はハンドルを握ると、性格が変わるねえ!」とたしなめられた。つまり、車線変更を繰り返したり、追い越し車線を多く走るとか、(いやいや、法令遵守の範囲内ですよ)まあいろいろあるのだが、それを揶揄されたのだ。
 しかし、私はそれを聞いて「いやいや、性格が変わるんじゃなくて、もともとの性格が表に現われただけですよ」と言い返した。門徒の見ている私は、門徒が懐いている「幻想の私」である。住職というものは、そんなにあくせくしないで、泰然自若と構えて、小さなことには目もくれず、ゆったり豊かに生きているものだという幻想である。思い込みと現実とは、常に乖離しているのだ。
 ところで、あの赤信号の意味転換が、ようやくできた。
あの赤信号は、いわば私の貪欲の煩悩を遮断するはたらきをしていた。貪欲が遮断されると、遮断した対象に対して瞋恚(怒り)の煩悩が引き起こされる仕組みになっている。そこまではすでに分かっていた。
 今回、あの赤信号は、「臨終現前」の象徴だと意味転換することができた。あの赤は、お前が明日も生きられるという思いを遮断して、臨終が目の前に現われ、突きつけられたという教えに転換できた。貪欲の煩悩を遮断するばかりでなく、いのちがある、明日もある、という「思い上がり」が断絶される教えだったのだ。
 意味転換できたことで、あの赤信号の味わいが変化してきた。だてに赤信号をやっているわけではなかった。あの信号機も阿弥陀さんのお手回しだったとは。
 「摂取不捨」とは、このことだったのかと、あらためて感じ入った。
●2017年11月15日●
親鸞聖人も、お人が悪い。
「仏智を疑惑するゆえに」とか「如来の諸智を疑惑して 信ぜずながらなおもまた 罪福ふかく信ぜしめ 善本修習すぐれたり」などと言う。
仏智や如来の智慧を疑える者は、仏智と同質・同格の者でなければならない。私たちには、仏智など知ることなどできないのだ。
それなのに、「お前は仏智を疑っているだろう」と、痛くもない懐を探られるようなもんだ。こう親鸞聖人に問い詰められれば、私たちは立場が弱いもんだから、「申し訳ありません。仏智を疑っているつもりはないのですけれども、仏智を疑ってしまっているのです。ごめんなさい」と、苦し紛れに詫びなければならない。
親鸞聖人は、仏智と同格でもない者が、仏智を疑えるはずはないと、先刻御存じなのだ。御存じのことを、隠しておいて、「お前は仏智を疑っているぞ」と恫喝しているのだ。なんとお人の悪いことを言うのか。
そもそも、その恫喝を契機にして、自分自身が仏智を分かっていると思い上がっている罪を自覚させようとするのだ。そう思うと、なんともお手回しのよいお説法だと、やはり、親鸞聖人は私より、役者が二枚も三枚も上だと、脱帽せざるを得ないなあ。
●2017年11月12日●
阿弥陀さんに起こされて、寝床の中で目が覚めた。
「生きる」ことも、阿弥陀さんの命令だったのか。
阿弥陀さんに命じられるままに、娑婆での修行が始まった。
阿弥陀さんの舞台は、なんと広大なんだ。
ハナミズキは、春先白い花を咲かせ、夏には緑の葉を繁らせ、秋には紅になり、冬には一枚残らず、葉を落とす。
そいつの近くに立っている源平桃は、春先には白とピンクの咲分けで春の訪れを、誰彼、隔てなく伝えてくる。あの美しさは、見たものを、感動させずにはおかない。しかし、11月の現在でも、緑の葉は繁ったまま。ひとつの葉っぱも落としてはいない。
なんだか、ハナミズキは老病死を象徴しているのに、源平桃は、青年のままかと、想えたりする。なんだ、この個性の違いは!ひとつとして同じハナミズキは存在しない。唯一絶対の存在だった。我々は、あれはハナミズキだとか、植物だとか、分類して分かったことにしているが、そんなところには〈ほんとう〉のハナミズキは存在していなかった。それなのに、ハナミズキなどと、人間は勝手にレッテルを貼っている。これほどの差別はないだろう。
ああ、それも、これも阿弥陀さんの舞台内部のことだった。
まさか、阿弥陀さんが紅葉にしたりしてはいないのだが、あたかも、阿弥陀さんがそうしているように感じてしまう。
この世は、あらためて阿弥陀さんの「教え」の世界なのだと、実感した。この世のどれほど些細な部分を切り取ってみても、それが「教え」でないことはないのだ。
なんの「物語」もなく、「孤独」に存在しているものは、この世にはないからだ。
●2017年11月9日●
仏教を何らかの形で表現するものは、それがどんな場面であろうとも、必ず、あの釈迦の「梵天勧請」のエピソードが、再現されていなければならないだろう。
釈迦は、さとりを言葉として表現することをためらった。それは、表現することが、必ずしも、よろしき影響を他者に対して与えるとは限らないからだ。むしろ、他者にとっては毒となるような影響を与えかねない。真実は、誰にでも公開されなければならないことは当然だが、それをこの自分を通過させることで、変質させてしまうからだ。でもそれは、個性だから、仕方のないことだ。真実は、言葉を超えているが、「言葉を超えている」ということも、また言葉以外では伝えられないからだ。
この表現へのためらいが、仏教を表現する人間には付きまとう。また、このためらいのないような表現は、仏教表現にはならないと思っている。
それが、「牛盗人とは呼ばれても、仏法者と見えるように振舞うな」という親鸞のたましいの掟である。
●2017年11月7日●
自分は知っていたのだ。
古代に。
そのことを。
ただ。
それを忘れていたのだ。
何億年ものあいだ。
だから。
その毛先ほどの。
真実の。
味を。
おお。
このことか。
と。
いまさなながら。
おおっ。
と。
至極。
当たり前のように。
あっけらかんと。
驚き。
惚けて。
いるだけだ。
●2017年11月5日●
親鸞の「禿」とは。
 流罪以後、愚禿親鸞と名のったという。果たして、この「禿」という言葉に、親鸞はいかなるイメージをもっていたのだろうか。
『真宗新辞典』には「頭髪がないこと。髪を剃って僧侶の形をしているが、僧としての修行ができておらず、単に頭髪がないという意で、親鸞が自身の姓とされた文字である。自己をへりくだっていう。「僧にあらず俗にあらず、この故に禿の字をもって姓とす」(化身土巻)」とある。
それで、「愚禿」を見よと指示があり、調べると、いろいろ書かれてあって「越後配流を縁として自ら名告り、その後、生涯を通じて用いた。『愚と言うは是れ卑謙の詞、禿は姓となす』[六要鈔]、なお「愚禿」の語は、最澄の入山発願文に「愚中極愚、狂中極狂、塵禿有情、底下最澄」に拠るといわれる。」とあった。
さらに「禿居士」を調べると「〈かぶろこじ〉とも、本来は漢語で、〈とくこじ〉ともいう。頭髪を剃っているだけで生活は俗人同様の者の意で、戒行を欠く半僧半俗的僧侶をさす、破戒僧の蔑称とすることが多いが、僧がみずからを謙って言う場合の謙称ともする。親鸞が愚禿と称した類は後者の例である。〈俗聖〉〈毛坊主〉〈禿驢〉なども類義語。」(『岩波仏教語辞典』)とあった。
広辞苑には「禿(かぶろ・かむろ)頭に髪のないさま。はげ。幼童などの髪を短く切りそろえて垂れたもの。また、その幼童。」などの意味が載っている。
禿風な親鸞木造もあるので、まんざら、「禿」が精神性だけでなく、容姿にも影響を与えていたとも考えられる。
 ともかく、愚禿の「愚」のほうは、いろいろとイメージしやすいのだが、「禿」のほうのイメージが定着しにくい。最澄の文章から「愚禿」を連想したとするのも、ありえるかもしれない。しかし、最澄の場合には、自己卑下のイメージが強い。最澄には阿弥陀さんがいないからだ。仏道を求めるなどということは、とても恐れ多いことで、私のような浅学非才の輩には、不遜なことなのだと謙って表現するのが、入門の常套手段でもあるからだ。
しかし「禿」のイメージは、外見上や生活態度は、半僧半俗で、僧侶の生活態度からすれば、僧侶失格というイメージだ。髪形から言えば、散切り頭で、稲刈りの済んだ田んぼに稲が刈り残されている状態だ。つまり、中途半端、不徹底というイメージだ。毛髪を蓄えるということは、虚飾をまとっているというイメージで、煩悩を断ずる僧侶にはあるまじき格好ということになる。だから、頭髪を剃ることで僧を表し、長髪は俗を象徴することになる。
親鸞は、半僧半俗ではなく、非僧非俗だから、なおさら難しいイメージだ。まあ外見上の格好は、二次的な問題として、内面性はどうなっていたのか。
それはやはり不徹底とか、中途半端というイメージではなかろうか。仏道を求めているとはいいながら、すべてが不徹底なのだ。だから、「これでよし」と非の打ち所がないほどに自己肯定することができない。
 今朝のお朝事で、読経していたとき、その中途半端・不徹底が、まざまざと自分に現われてきた。今日まで、「これでよし」と言えるような法事や法話や葬儀をしたことがないからだ。商品の売買であれば、品物を定価で売って、売り手も買い手も「三方よし」になれば、「これでよし」と納得できるのだろうが、寺の生活は、すべてにおいて中途半端だ。
 でも、待てよと思われた。
 その中途半端さは、どこから促されてきた中途半端さなのだろうかと。もしかしたら、ここに親鸞の「禿」のイメージがあるのではないかと思い至った。
 この中途半端さは、仕事だけの話ではなかった。この人生全体を象徴する言葉だったのではないか。
 つまり、「これでよし」と言わせないものがはたらいているということだ。中途半端さは、自分の堕落した状態で、ダメさ加減だと思い込んでいたのではないか。それは〈ほんとう〉かという揺り戻しのはたらきだったのではないか。
 だから、この不徹底や中途半端さが、大事なのだ。そこに〈ほんとう〉がはたらいているのだから。この世のことは、「これでよし」と言い切れるようなものは、一つもないのだ。
 そう言わせないものがはたらいていることの象徴だった。
  
●2017年10月28日●
今朝のお朝事をおつとめしていたとき、ナ・ム・ア・ミ・ダ・ブ・ツ~が、口から出てくるとは、なんと不思議な、またなんと有り難いことか~と感動のあまり、涙が滲んだ。
また、ナ~ム~ア~ミ~ダ~ブ~と称えているクチビルが、蓮如さんのクチビルではないか!そして、親鸞の舌だったのではないか!と教えられ、ビックリした。
このクチビルと舌が、自分のモノだと思い込んでいた意識が砕かれた。これは彼らの遺産であり、御旧蹟だったのだ。
ああ、アムアミダブツという言葉は、なんということか。なんという重さか。ああ~
そうか、今日は親鸞聖人のご命日だったのか。それで御回向して下さったのか。
●2017年10月23日●
昨日の報恩講では「如来大悲の恩徳は…」の恩徳讃で終了した。
ところが、今朝の「お浚い勤行」では、その次にある「不了仏智のしるしには 如来の諸智を疑惑して 罪福信じ善本を たのめば辺地にとまるなり」をうたう。
この和讃の順番は、親鸞が考えたのか、あるいはその後のものが考えたのか、実に素晴しい。
「如来大悲の…」でファナティックに感激した感情を、「不了仏智…」でクールダウンさせるからだ。如来大悲の恩徳を感じているようなふりをして、〈ほんとう〉は仏智を疑っているのがお前ではないかと、重い鉄槌を下される。
「報恩講」といっておきながら、何に恩を感じ、何に報いようとしているのか。表層の感情で「ありがとうございます」などとは言えないような重さを「報恩講」はもっている。
だから、何が有り難いのか、そんなことはとんと頭にあがってこない。むしろ報恩講の準備やらの作業でアタフタとさせられ、疲労させられ、疲れた疲れたで終わるのだから。
だから、この「報恩」はもっと深層のことを言っているのだ。〈ほんとう〉は身を粉にしてでも、報いるべきことなのだが、そんなことがまったく感じられない。
感じられない深い底で、初めて感じられる「恩」なのだ。つまり、自分が生きているのではなく、自分は阿弥陀さんの手足とさせられるということなのだから。
まあ、そんなことに感激していい気になっている、そのいい気が危ない。
この頭から水をぶっかけるような否定力こそが〈ほんとう〉の宗教の証明である。ファナティックがなければならないが、それを覚ます作用が同じようになければならない。
熱狂と覚醒とが螺旋状に展開していくのが〈ほんとう〉だ。
●2017年10月20日●
「分かったと言わせない喜びを与える」
これは昨日の東京七組聞法会で誕生した言葉でした。
自分はエンジニアだとおっしゃる方が質問されました。私たちは、いままで分からないことを分かるようにしてきました。それなのに、分からないことが〈ほんとう〉だとはどういうことでしょうか?と。
まあ、人間が知的に分かることは確かにあります。いままで不可解だったことが科学の力で分かることも当然あります。古代、雷は竜神等が起こしていると思われていましたが、科学の知恵で、空気中のマイナス電子とプラス電子がスパークしていると解明されました。それでいままで分からないことが、分かるようになったと、言われるようになりました。
それら科学技術の「分かる」というのは、「how toの意味場」の話です。なぜか?と問い、どうしたらよいのか?と問い、「ああ、こうすればよいのか」と分かる意味場です。
しかし、人類にとっての「宗教的なる関心」は、自己存在の不可解さから出発しています。
なぜ自分は自分なのか?なぜ、他ならぬ自分は、必ず死ぬのに生きねばならないのか?という根本的問いです。これは科学技術で解明することはできません。
この問いに対して、知的に「分かろう」とする知が絶対否定されなければなりません。それが「分かったと言わせない」という力です。
ところが、それが知にとっては、あたかも絶望のように感じられるのです。知が断絶されてしまえば、原始未開の時代に舞い戻ってしまうではないかという批判も生まれます。知的な疑問を全部封じられてしまえば、為政者の指示を鵜呑みにする愚民になってしまうのではないかという不安も感じるでしょう。
知は、知が断絶されることを極度に恐れますから、様々な理由をつけて、それを阻止しようと、グロテスクな言い訳を、もっともらしく仕立て上げます。
そこで聞こえてきたのが、『歎異抄』第一条の「悪をもおそるべからず」です。知は悪を恐れます。いつも無色透明で純粋な善でありたいのです。
しかし、知の化けの皮が徐々に剥がされていくと、知で「確かだ」と思えていたものが不確かなものに変化していきます。なぜ自分はゴキブリに生まれず、人間に生まれたのか?この単純な問いに対して、知は答えを出せません。私は人間に生まれたくて人間に生まれたわけではありません。気がついてみれば人間だったというのが〈ほんとう〉のことです。それはゴキブリにしてもそうでしょう。存在には、確固たる誕生の理由がありません。やはり不可解なのです。そうやって、化けの皮を剥がしていくと、「分からない世界」の方が圧倒的に多いことに気付きます。
そしてとうとう「分かったと言わせない喜び」に導かれていきます。
 親鸞が「愚」という言葉を使うのは、その世界です。愚は、知恵←→愚というレベルの愚ではありません。愚は、人間存在の根源的不可解さの表明です。さらにいえば、愚は愚という存在の基点を得たことの喜び表現でもあるのです。知は愚を否定しますが、愚は知を愛情をもって受け止めます。最後に、知は愚に破れ、降伏して、悦服します。悦んで服従するのです。知が存在に負けて、降伏することが、実は知の喜びだったのです。
●2017年10月19日●
人間は、人間を超えたものに出会わなければ、
自分を納得して受け取ることができない。
人間は「人間程度の幸福」では、
決して満足しないように出来上がっている。
人間は、
もともと、
人間程度を超えている何かだからだろう。
●2017年10月14日●
鼻の調子がよくない。朝から、鼻水が出る。法事の読経中も出てきた。顔をなるべく上向きにしていないと、鼻水が垂れてきてしまう。途中で鼻水をかんだり、くしゃみが出たりと、難儀をした。
もともとアレルギー性鼻炎をもっているので、仕方がない。
なんでこんなことをやっているのだろう?と思った。こんな思いまでして、お経を読む意味など、どこにあるのかと…。
そうこうしているうちに、「意味など無し!」と、阿弥陀さんの悲愛がやってきた。
そうだったのか!意味なんか無いんだ。そう教えられると、わだかまりがスーッと消えていった。
人間は、いつまで生きても、この「意味の病」から自由になることはできないようだ。
あいかわらず鼻水は垂れてくるのだが、その目の前のことに、ピタッとひとつになって行為することができた。
もし、「意味」などというものがあるとしたら、〈ほんとう〉の意味を知っているのは阿弥陀さんだけなのだろう。
 やはり、阿弥陀の「阿」は、否定の動詞だった。
●2017年10月12日●
何をしたいのか。
何が〈ほんとう〉に願いなのか。
何が〈ほんとう〉の幸せなのか。

その答えもわからずに生きている。

降りかかってくる火の粉を避けるように
日々の生活に追われている。

何がどうあろうとも
人間は
そして私には

〈いま〉以外を生きることができない。

この永遠の〈いま〉を生きる以外にない。

娑婆は「神話」の中の現実だから。
一切の人間が出した結論を
結論とする必要がない。
●2017年9月30日●
おろかの
ままで
うれしい

おろかの
ままが
うれしい朝
●2017年9月26日●
「きよこのくら」上映会のご案内のチケット差し上げます。

「詩人 永瀬清子の魂に映画作家中村智道が挑む! 蔵は壊され 記憶は残る」
監督 中村 智道
音楽監督 坂本 弘道
声の出演 二階堂 和美

詩人・永瀬清子とは
「現代詩の母とよばれる詩人永瀬清子は明治39(1906)年に岡山県豊田村大字松木(現:赤磐市)に生まれた。
17歳で詩人を志し、翌年には「詩の家」(佐藤惣之助主宰)同人となり、24歳で処女詩集『グレンデルの母親』を発刊。
戦禍を逃れ昭和20(1945)年、39歳のときに、東京より帰郷し、のちに岡山市内へ転居するまでの20年間を、映画の舞台となった生家で暮らす。清子はここで初めて農に取り組み、詩を作り、二男二女を育て上げる。
農へ関わる生活者として言葉を紡いだ『あけがたにくる人よ』は美智子さまが英訳し、そのみずみずしい感性は多くの人を励ました。
清子は詩に「誰もが尊重され、何ものにも束縛されず、自分の人生を全うできる世の中であってほしい」との願いを託し続けた。
ライフワークとして40年間、ハンセン病患者の隔離施設である長島(岡山県瀬戸内市)へ通い、詩作の指導に勤めた。昭和27年に創刊した詩誌「黄薔薇-キバラ」は今も縁のある詩人達の手で発行され続けている。
昭和61年三木記念賞受賞。
昭和62年『あげがたにくる人よ』で地球賞受賞。翌年、同書によりミセス現代詩女流賞を受賞。平成7(1995)年、誕生日と同じ2月17日に逝去した。」

※映画制作を企画したNPO法人永瀬清子生家保存会は、清子の生家を文藝活動の研究と交流の拠点として整備し「文学記念館」として立ち上げるべく平成17年より活動をスタートさせました。映画の舞台となった蔵は崩壊寸前で、隣接する母屋へと傾き始めたため、平成29年解体という苦渋の選択へ。壊れゆく蔵を影像で記録するとともに、清子を知るひとたちへのインタビューを通し清子の魂も残したいと願っています。映画をご覧いただき、文学記念館立ち上げまでの道程に、みなささまのお力添えを頂戴できればこの上なき幸いです。
「活動についての多い合わせ先」
NPO法人永瀬清子生家保存会 事務局
岡山県岡山市東区瀬戸町二日市276-4
電話070-3783-217 Eメール kiyoko@unita.jp
HP www.nagasekiyoko-hozonkal.jp

■10月7日(土)岡山県立美術館ホール 上映15時~
岡山市北区天神町8-48

■12月3日(日)くまやまふれあいセンター 上映15時~
岡山県赤磐市松木621-1
(以上:チラシの案内文)

※小生、両日とも先約があり岡山まで行けません。もし、お時間のある方、ご興味のある方がおられましたら、チケットを無料にてお送りします。
ペア券×6枚あります。お知らせください。(先着順です)
(当日券は1名1,000円です)
●2017年9月24日●
親鸞の言葉に引きずられながらやってきたが、いままで親鸞の言葉が「概念」だと思っていたが、徐々に、「詩」に、そして「詩」からも溶解していき、とうとう「メタファー」に変化していった。
「概念」が意識の表層の領域のことであるならば、「メタファー」は深層の領域のことである。
たとえば、親鸞にとっての「牛盗人」とは、どういう意味場にあるのか。これは覚如の『改邪鈔』にあるから、覚如が引用した意味場にある言葉だ。ただし、親鸞がその言葉をどういう意味場で用いたかということと、意味場がズレているだろう。
また、その親鸞の言葉を、現代人の私が受け取る意味場ともズレているだろう。私は、自分を「偽」であり、「悪」であり、「罪」の立場に見出した親鸞の言葉だと受け取っている。
果たして親鸞の意味場がそこにあるのか、それは確かめようもない。
親鸞の言葉は、いつも「光度」によって受け止めの深さが変わる。光の強さによって、闇を照らし出し、闇をより黒々と抉りだす。光は、闇を晴らすはたらきではなく、闇の黒々とした部分をより鮮明に照らしだす。だから、光が弱ければ、闇も灰色としてしか反照しない。光が強くなるほど、闇の黒々とした部分がより鮮明に黒々と輝きだす。
となると、私が「偽」であり、「悪」であり、「罪」であると表現するときの、光度はいかほどの強さだろうか。
当然、自分の反省や後悔程度の光度であっては、親鸞の意味場とは乖離してしまうだろう。
そうなると、親鸞が「仏智うたがうつみふかし」と歌う意味場にある「つみふかし」はどの程度のことなのだろうか。
何か、いままで、そういう言葉たちを手がかりにしてきたが、その言葉たちのゴツゴツとした引っ掛かりが溶けていき、とうとうその手がかりがなくなってしまったようだ。つるっとした表面のどこにも、手をかけることができない。爪さえも引っかからないで、落ちていく。
落ちていく、落ちていく。
落ちつつあることだけは、分かっている。果たして底があるのかどうか、おそらく、ないのだろう。地獄には底はないのだろう。深広無涯底なのだろう。
 
●2017年9月10日●
浄土真宗は、仏教界の中の一神教だ。

やはり、阿弥陀さん一仏に限定するのは、「あなた一人」を救う限定性なんだ。
あれもこれもは、曖昧になるだけ。
あれもこれもでは、誰でもよいという、曖昧さだ。
やはり、私でなければダメなんだ。他のひとではダメなんだ。
それを阿弥陀一人に限定して教えるのだ。
この世が滅んだとしても、自分さえ助かればよいというふうに思わせて下さるのも阿弥陀さんの差し金だ。
そうでもして自分を愛させなければ、人間は、〈ほんとう〉の意味で、自分を愛することができないからだ。
人間は、自分の「思い」、つまり自分の都合で、自分の存在を消そうとする生き物だからだ。
●2017年9月7日●
「私ほどの悪人はいない」という自覚。

相模原事件の犯人よりも、ヒトラーよりも、私のほうが、ずっと悪人である。

それこそが、阿弥陀さんの救済対象者の自覚だ。

我々から見て、犯罪を犯した人間がどれほどの悪人であったとしても、そのひとを救済から除外するということでは、真宗にならない。それは、阿弥陀さんの救済力を侮辱することになる。

人間は悪人を除外して決して許さないが、阿弥陀さんは決して除外せずに悲愛される。
そして、人間には信じられないことだが、阿弥陀さんは極重悪人ほど深く悲愛される。

つまり、私ほどの悪人はいないと、徹底的に地獄の底におりなければ、阿弥陀さんに出遇うことはできない。

自分は、まだましだ、まさかヒトラーやあの相模原の犯人よりは、罪は浅いのだと思い上がっているのだ。

その思い上がりが、阿弥陀さんの悲愛を見えなくしている原因なのではないか。

「悪人成仏」などと口では言っていても、こころの中は「善人往生思想」になっているのではないか。

これが阿弥陀地獄の鉄槌か。

●2017年8月27日●
当たり前のことは
ひとつもない
ああ
ひとつもない
ひとつもない

 当たり前すぎて、そのことが、改めて見えなくなっていた。しかし、当たり前のことなど、ほんの些細なことまでを含んで、まったくなかったのだ。
そんなこと、言われなくても分かっているし、これ見よがしで、言うことすら憚られるようなことだろう。
 ところがだ。当たり前のことはひとつもないのだ。「当たり前」とは、観念に過ぎないのだ。「思い」に過ぎないのだ。事実は、空前絶後の奇跡の連続だったのだ。
 寝床で、目が覚めてみたら、そのことが教えられ。慌てて、パソコンのキーボードを叩き、「つぶやき」のためにホカホカの法を載せてみた。
 このほんの些細な、口の中に唾液が充満していることすら、目に目脂がついていることすら、これも、実は、阿弥陀さんのおはたらきだったとは。
 見くびっていた。馬鹿にしていた。まさか、阿弥陀さんがそんなことまでされているとは、露知らずだ。
 そんな罪の自分が、教えられて、嬉しかった。
しかし、娑婆は「相対的」な意味場で、それを断罪する。すべてが阿弥陀さんなら、戦争も阿弥陀さんのはたらきかと。それは、そうに違いないのだ。人間には、まったく責任も罪もないのだ。また、罪を負えるような力もないのだ。
 そう言うと、ますます、「そんな馬鹿なことはないだろう。無責任過ぎるじゃないか」と批判を受ける。自分の罪を、すべて阿弥陀さんになすり付けて、自分を許しているだけじゃないかと。
 この問題を煎じ詰めると、歎異抄第13条の親鸞の発言に収斂する。
「これにてしるべし。なにごともこころにまかせたることならば、往生のために千人ころせといわんに、すなわちころすべし。しかれども、一人にてもかないぬべき業縁なきによりて、害せざるなり。わがこころのよくて、ころさぬにはあらず。また害せじとおもうとも、百人千人をころすこともあるべし」だ。
 業縁の促しが、人間の全存在なのだ。
 人間には罪を犯すことも、あるいは善かれと思ってやっていることでも、すべてそれは人間が責任を負えるようなことでなく、ひたすら業縁だと親鸞は見ている。
 まあ、この「業縁」という単語を、どういう意味場でいただくかが分岐点だ。
自分が自分に対して、「それは業縁だから仕方がないのだ」と慰めに使うか、あるいは阿弥陀さんから自分に対して、「自分の罪を自分で負えると思っている傲慢を思い知れ、すべては業縁(私のはたらき)なのだ」と教えとして聞くかの違いである。
 自分が自分に対して使うときには、決して「救い」にはならない。自己保身の罪を犯しているだけだ。いわゆる歎異抄で言えば「造悪無碍」という考え方だ。
 だが、それを「教え」としていただいた場合には、私は私に内包されている全人類の罪とひとつになる。
 如来が「一切衆生の救い」を約束しているということは、「一切衆生を包含した自己」にならなければ救いは完結しない。「一切衆生の中のひとり」では、完結しない。
   
●2017年8月18日●
自分自身を、分かったことにするな。
人間を、分かったことにするな。
私は、「自分自身」を分かったことにし過ぎている。
「人間」などいうものも、分かったことにしてきたのではないか。
いつも言うように、それは「もう済んだ」ことにしてしまっていた。
〈ほんとう〉は、「自分自身」など、分からないくせに。
 ああ、そうだったのだ。
「自分自身」のことなど、ほとんど分からないのだ。
だから、原始未開の「自分自身」と、今日も、歴史始まって已来、初めて出会っていくのだ。
「自分自身」とは原始未開が溢れだしてくる噴火口だったのだ。
 
●2017年8月17日●
意味は、人間の内面に沸き起こる何かである。
人間はいろいろなものを欲しがるが、究極的に欲しいものは「意味」だ。
スイカが大好きだが、食べてしまえばなくなってしまう。愛し合う者でも、いつかは相手がいなくなってしまう。
不安で、お金を溜めているひとがいる。何億円を溜めても不安だ。でも、物理的なお金という数字が問題なのではない。これでまず安心だという「意味」を確認して生きているのだ。
〈ほんとう〉は物ではなくて、意味が問題なのだ。
「意味」は、永遠になくならないから。

どれほど小さなことからも、どれほど些細なことからも、どれほど他愛ないことからも、汲み取ることのできる「意味」がほしいのだ。

人間は、井戸のようなものかもしれない。
その井戸にツルベを垂らせば、いつでも、どこでも、汲み取ることのできる「意味」を湛えている。
でも、それが自分ではなかなか気がつかない。
自分が井戸だなんて。
●2017年8月14日●
かなりの確率で、〈いま〉というのは非常事態だ。
昨日の水難事故で11名が亡くなったという。そのニュースを見ていて、「なんで?海になんて行ったんだ?子どもをそのとき、親は見ていなかったのか?なんで酒なんか飲んで海に入ったんだ?ええっ、こんな浅瀬でなんで水死?」と様々な問いが湧きだしてきた。
ここに娑婆の本質がある。
「まさか」という本質である。「まさか」が赤裸々に暴かれるのが水難事故だ。
だから、亡くなられた方たちが、私であった可能性も十分にある。ただそうならなかったのは、ただ縁がなかったから。だから、あの水死体は私である。

まあ日常生活で水難事故に遭うひとの可能性は低いだろう。しかし、そうやって自分の胸を撫で下ろしていられるだろうか。〈ほんとう〉は、その「まさか」は、自分の足元に迫っているし、自分の身にも上陸してしまっているのだ。
水難事故に遭わないひとも、必ず亡くなる。
そうやって、「我が事」として問い詰めてくるものが、〈ほんとう〉の力である。
たとえ寝床で寝ていても、その寝床は「まさか」の上に成り立っているのだ。そして、その「まさか」は、必ず、人間の思いを否定するようにして顔を現す。
だが、「まさか」と対面するとき、実は阿弥陀さんとも対面しているのだ。

昨晩も、「まさか」の上で眠り、今朝は「まさか」の上で飯を食っている。
「まさか」が娑婆の本質であり、「平凡」は幻想だった。
●2017年8月7日●
やはり、「一人一世界」が〈ほんとう〉の世界だ。
生きているのは、私一人しかいない。
〈ほんとう〉の意味で「生きている」といえるのは私一人しかいない。
そして、私一人と阿弥陀さんの関係が〈ほんとう〉の関係だ。
阿弥陀さんと私一人が、どこで関係するかといえば、「罪悪深重煩悩熾盛」の場でだ。
阿弥陀さんに背を向ける、その場所でだ。
阿弥陀さんに背を向けると、全世界、全宇宙が自己の身体になる。
まるで太陽が地球を照らすように。
照らされることによって、存在が立ち現れてくる。

独り生まれ、独り死し、独り去り、独り来る。
●2017年7月31日●
固定しよう
固定しようとすれば
流れていく
固定しようとする意識が
ひっくり返されると

向こうから
固定されてくる
いつでも
どこでも
固定されてくる

お朝事は気持ちがいい。大きな声を出して、声明(しょうみょう)をしていると、意識があらぬところに広がっていく。この世から離れては、遊びだし。再び、この世に還ってくる。そこには「何のために…」という問いは消されてしまう。なんで声明をするのか?という問いは無化されてしまう。
それがよいのだ。
いま大きな声で、念仏を称えている。ただそれだけが、あるだけだ。他にはなんにもない。それでよいのだ。
原始未開の時代、そのものが展開しているのだ。
目の前には、原始未開だ。
どこまで生きても、原始未開。

●2017年7月29日●
講演集第3巻目!『人間からの解放』が出来上がりました!
小生には、この「住職のつぶやき」しかホームページの更新ができません。よって、ホームページに新刊書の紹介がありませんよとおっしゃられても、「ごめんなさい」と謝るしかありません。
 いずれ、更新してもらえると思いますので、その暁には掲載されるはずです。
(※難波別院の『南御堂』新聞には、図書紹介してもらえることになりました。)
話者:武田定光
書名:『人間からの解放』(約180頁)
定価:500円(税込み)〔1冊500円+送料180円〕
内容:三重県桑名別院で開催された「まっさん塾」の講演録。
ご注文は、拙寺まで。
●2017年7月22日●
ひとは三毒のアンテナ以外では、この世と関わることができない。
ダニは、嗅覚と知覚と運動の三つしか、この世と関わるアンテナはないらしい。
交尾したメスは、木に昇って、ひたすら下を温熱動物が通るのを待つ。なんと18年間、血を吸わずに生きたダニがいるという。
運良く温血動物が出す酪酸を感じ取る嗅覚、それを感じたら、下に落下する知覚運動、さらに、皮膚に穴をあけて血をするという運動。これだけだそうだ。
その三つの要素で「世界」と関わっている。
人間は五官(眼・耳・鼻・舌・身)で世界と関わっているという。それは表層の感受システムであって、それを総合している深層の感受システムが「意識」であり、それが「三毒」ということになる。
心理学では「知性・感情・意志」と分類するのだろうが、いかにも純粋な、つまり客観的な心理分析のように語るが、仏教は、それを「罪」として語ってきた。そこには、「客観的」などということは眉唾であって、罪の感覚なしには、人間の存在はありえないという世界認識が横たわっている。
そこで、問われているのだ。あなたは「罪」に立つのか、それとも「客観的」に立つのかと。
●2017年7月18日●
いま新宿駅のホームに降り立った。
ホームから壁を見たら、薄汚れた「初台-新宿-新宿三丁目」という掲示プレートが目にとまった。
そうか、いまこのプレートを「薄汚れてる」と実感しているひとは、世界で自分ひとりだろうなぁ。ため息まじりに、これを見つめているひとは、私たった一人だろうなぁと、いま目が覚めた。
 
 そこに「私」が関与すると、すべてが動き出す。万劫の初事として。

そうやって、いつも、あとからやって来るんだ。
如来回向は。
●2017年7月16日●
青桐が大きな葉っぱをたゆませて、ゆらゆらゆらゆらと揺れている
大きな葉っぱたちが、大きな手をふって、おいでおいでをしているようでもあり
コーラスでも歌っているように、同じように葉が揺れている

人工のものは決して揺れない、揺れないように、団地も出来ている
しかし、自然は揺れる、曲がるのだ。
風に吹かれて、逆らわずに。

仙涯は「気に入らぬ 風もあろうに 柳かな」と詠んだ。
柳は、一見、風に逆らわずにゆらゆらと、しなやかにゆれている。
でも、それは人間が、そう見ているだけじゃないのか。
柳だって、気に入る風も、気に入らぬ風もあろうにという仙涯の皮肉眼だ。
だから
柳を見て、自分は柳のようにしなやかになれないと自虐するのも傲慢だと教えている。
つまり、なんだかんだ言っても、結局、自分で自分を慰めているだけの話だ。
まったく、仏ってやつは、地獄の鍋の底まで、くっついてくるやっかいなやつだ。
●2017年7月14日●
お朝事の終了した時、やっていること、なしていること、すべて、中途半端で、どうしようもないなぁ、という感慨がやってきた。
生きていること、生活していることの全体の意味は、どこにあるのだろうか?という問いと共にやってきた。

その問いがやってくると、自分のやっていること、していること、すべてが偽だなぁと、中途半端だなぁと、思わされた。

果たして、こんな自分を阿弥陀さんはどうご覧になっているのだろうか。

万が一、自分の生活のほんの少しでも、〈ほんとう〉に適っていてくれればなぁと…思った。

自分が、偽だ、中途半端だという立場だけは、決して動くことができない。この一点が動いてしまえば、決して〈ほんとう〉に適うことはない。

親鸞は、それで「恥ずべし、傷むべし」と、深く、深く存在のアンカーを海底に打ちつけたのであろう。

どんな嵐が来ても、決して動くことのない存在のアンカーを。
●2017年7月12日●
嫌なもんを、「嫌だ!」と言ってみる。
口にしてみる。
口にしてみるのと、口にしてみないとでは大違いだ。
口にしてみないときには、見えなかったものがみえてくる。
これって、念仏にも通じそうだ。
正直に、愚癡を吐いてみる。
愚癡を吐いてみると、その愚癡を吐いたという原点が誕生する。
その原点が足場となって、自分を支えてくれる。
まず、その欲求不満を、そして愚癡を、外にだしてみよう。
外に出してみるのと、内にしまっておくのとは、大違いの「現実」が待っている。
●2017年7月11日●
宗教は25時の仕事である。
だから、決してこの世の出来事に還元できないし、またするべきではない。つまり「お役に立つ」ものでは決してない。「お役に立つ」ものだとすると、それはすぐに「お役に立たなくなる」ものでもあるからだ。
緊急のことでもあるようであり、永遠の課題でもあるような、そういう曖昧なところにあるものなのだ。
「曖昧」ということは、因位という意味だ。

人間が感じられる苦しみ以上の苦しみは、決して与えられない。

だから大丈夫。
●2017年6月27日●
明日が来る、という幻想
夜、寝る前に、「また明日が来るのか…ひと苦労だなぁ…」とため息が漏れた。
と思ったら、「明日が来る」というのは幻想だと、すぐさま教えられた。それは幻想だと分かっていたことなのに、「それこそが現実だ」という「幻想」のほうが確実なものだと「信じて」しまっていた。
幻想の力はすさまじい。
まあそれでも、その「現実という名の幻想」に酔っていたと教えられれば、また〈ほんとう〉の現実に戻ることができる。
そう教えられたとき、肩の荷が下ろされる。
「明日が来る」などという幻想にごまかされずに、永遠の指先に触れていればよいのだ。
「いま」というのも幻想であれば、「永遠」などというのも幻想なのだから。
●2017年6月21日●
慙愧のこころの底が抜けると
罪と一緒に
底無し沼へ
落ちていく

もはや そこは
罪を知っているという
自分の底が抜けたところだ

いま
目の前にある罪
そして
ひとに気付かれることのない
微細な内心の罪も

その罪が
お前の本質であると

38億年かけて
いま
教えて
くれているのだ

●2017年6月10日●
一つ一つのつっかえ棒をはずされて
あみださんに
丸め込まれる

取りつく島がない

あとは 人間には
すべて言い訳しか出てこない

言葉よりも
意識よりも
存在が先なんだ

このなんという
圧倒的な力か

阿弥陀さんのいいなりになるしかない

阿弥陀さんは
絶対肯定なんだ

人間の罪など
塵の重みももたない

阿弥陀さんのいいなりになるために
生まれてきたんだ

動詞の世界は

すべて阿弥陀さんの領域だ

●2017年6月8日●
月刊『大法輪』7月号に、在家仏教協会の主催の定期講演会で、小生がお話したものが掲載されましたので、お知らせです。(昨年の4月23日に話したものの抄録です)
そのときの「リレー講演」のテーマは、「慈悲を問う」でした。在家仏教協会ですから、一宗一派にこだわることはしません。いろいろな宗派の方々が「リレー方式」でお話をされていました。
私のテーマは「無縁の大悲」といたしました。
この慈悲は、普通一般に考えられるような「愛情」とは、異質の愛です。まあ世間一般の感覚でいえば、「愛」とも言えないような「愛」です。極論を言えば、人間からは何もしない愛です。むしろ人間からの愛が減額されて、零円にさせられ、そこから更にマイナスにされ、とうとう借金させられるような愛のことです。誰に対してかといえば、阿弥陀さんです。
(ご縁の萌した方はご笑覧のほど)
●2017年6月7日●
『宗教研究』2017年6月が送られてきた。
パラパラとめくっていたら、なんと「『選択集』書写の条件としての見仏」という田中和夫という「広島大学研究員」の論文が載っていた。
そこには「『選択集』の書写を許された者は、幸西(1163-1247)、聖光房弁長・隆寛(1148-1227)・証空・長西(1184-1266)と親鸞であるが、この者達の入門が法然の晩年であることに注意したい。証空は法然58歳の時、弁長は65歳・親鸞69歳・長西70歳・隆寛72歳であり、それは『三昧発得記』に記される法然の見仏体験の時期(66歳-74歳)と重なっている。つまり、皆、法然と共に別時念仏を行ったと推測できる者達である。」
と、田中氏の見方は、「見仏体験」をした弟子にだけ選択集の書写を許したのであって、親鸞も見仏体験者だと判断されていた。
「親鸞の信の確立は、この法然の見仏の期間と重なっている。」、「選択集書写を許された元久二年の正月の別時念仏において、親鸞は見仏体験をし、それを法然が確認したことが、選択集書写につながったことになる。」と書かれていた。
また親鸞は和讃で「子の母をおもふがごとくにて、衆生仏を億すれば、現前当来とうからず、如来を拝見うたがわず」等とうたっているので、これは見仏の証拠であり、そこから信が生ずるのだと田中氏は判断している。
さらに田中氏は浄土真宗では親鸞の見仏体験を否定していると言っているが、それに疑問を投げかけてもいる。
この問題について、考えてみた。
まず「見仏体験」とはどのようなことなのかという問題がある。法然の弟子である聖光房弁長は、より具体的にこのように述べている。
「凡夫の肉眼は無漏の仏身を見るべからずと云ふ難に至りては、機熟し時至れば穢土にありて凡夫肉眼と言えどもこれを見奉る」(『念仏三昧発得事』浄土宗全集第10巻)と。
凡夫の目は煩悩に汚染されているから、仏の身体を肉眼で見ることはできないだろうという批判に対して、我々の求道心が成長し、成熟したあかつきには、この世のこの場所で、仏身を見ることができるというのだ。
弁長が果たしてどのような仏身をみたのだろうか。もし肉眼で仏さまの姿が見えたとしたら、それは妄念妄想ではなかろうか。「私には見えたのだ」というひとに対しては、「そうでしょうね、見えたのでしょうね」、と答えるしかないのだ。これは、霊が見えるという話と似たタイプの話だ。
親鸞の宗教のルールを当てはめると、それが「いつでも、どこでも、だにもでも」見えるのかという問題だ。もしそのルールに当てはまらなければ、「見えた」ということをもって「宗教」だと認定するわけにはいかない。
まあ法然は、「見仏体験」があったのかもしれない。称名念仏を一日七万遍も称えるひとだから、当然、この世を超えるような体験をしていたはずだ。親鸞とて、比叡山の常行三昧堂では、同じような見仏体験をしていたのではなかろうか。そのときの見仏体験を法然に語ったことがあったとしてもおかしくない。だから、それをもって、法然が選択集を書写すに値する人間だと判断したというシナリオも成り立ちうる。
それは書写を許す側の問題であって、書写を許される側の問題ではないから、わからないところである。
また、田中氏が何を「見仏体験」とするのかという体験内容を語られていないので、それを同判断するかという材料にもならないわけである。
私は、親鸞がもし見仏体験をしているとするならば、比叡山でではなかろうかと思っている。ただ、それを後々、第20願という信仰のスタイルだと見抜いたのだと思う。エクスタシーや超常現象やメディテーションによる心像は、すべて、一過性の体験であると見るいたのだ。確かに、そういう精神状態に人間はなりやすい。ただ、それは、残念ながら「いつでも、どこでも、だれでも」というルールに漏れてしまう。
百歩譲って、弁長が「いやいや、やってごらんなさいよ、誰でも簡単に見仏体験はできるんですよ。だから、いつでも、だれでも、どこでも出来る易行なんですよ。大乗仏教として淨土の教えが普遍的なんですよ」と言ったとしても、それは納得できるものではない。
なぜならば、親鸞は「する仏教」と完全に決別してしまったからだ。こちらから、仏さんに近づこうと意志した段階で、それは「易行」ではなくなってしまうのだ。少しずつやってみたら何とかなりますよという、オタメゴカシには乗らないのだ。
いつも言うように「修行をしようと思ったら真宗ではなくなってしまうのだ」。だからいちばん厳しい難行なのだ。
もう「すでにある」ことにはたらいている力を感得する以外にないのだ。だから「ある仏教」なのだ。
私たちはすぐにというか、それ以外に考えられないのだが、「どうすれば?」と問うてしまう。この「問い」そのものが、「ある」という世界から逃げていることなのだ。だから、その逃げている存在が、「ある」によって殺されなければならない。
 それこそ、いつでも、どこでも、だれでも、殺されることが可能なのだ。
というか、瞬間、瞬間、いまここで、殺されて続けているのだ。
それが生きた仏教である。
●2017年5月28日●
世間には、たくさんの苦しんでいるひとがいるんですから、自分がもし真宗に触れて喜びを感じているのであれば、それをひとに伝えてあげなければいけないのではないですか?と問われた。
私は、真宗が必ずしも、万人の喜びにつながるかどうかはわからないと思っている。真宗に出会ったために、自殺されたかたもいるからだ。また、専修学院を卒業しようとしているひとたちが、「真宗に出会わなければ、こんなに苦労することもなかったのに…」と愚癡を吐くのも聞いている。
「真宗は劇薬の如し」であり、「真実は劇薬である」だ。その激烈なはたらきを知っているので、もし病気でもないひとが飲んだりすると、逆に毒になってしまう。真宗は重病人の特効薬であって、健康なひとの常備薬にはならない。
だから、「法話のご案内」とか「お勧め」に、あまり積極的にはなれない。
一応、教団も寺院も「教化」ということは掲げているし、自分もそういうご案内はしていしまっている。しかし、どんなもんかなぁと、いつも躊躇いながら、うろたえながらご案内をさせていただいている。「劇薬であっても、あなたは召されますか?」と、おずおずとお誘いしている。
「そんな自信のないようなことでどうするか!自信のないような教えでは、誰も信じてくれないぞ!」と叱られても、自分は、あまり積極的にはなれない。
それは、どうしても、「牛盗人とは呼ばるとも、もしは善人…もしは仏法者とみゆるように振舞うべからず」(『改邪鈔』聖典680頁)という親鸞の戒めに縛られているからだ。
「こっちに来たら絶対に幸せになれるよ。一日でも早く迷いから覚めて、こっちへおいで」とは、言い難いものがある。いくら仏法に出会った喜びが大きいからといって、その喜びを「善」として、迷っている人間を、こちらに引っ張りこもうとは思わない。
本質は、やはり、「教化」は阿弥陀さんがされるものであって、人間は、その邪魔をしてはならないと思っているからだ。まあ、阿弥陀さんも人間をつかって教化をされるのだから、人間が動かなくてどうすると言われてしまうかもしれない。たとえそうであっても、私は、動けない。
また、それが〈ほんとう〉のものであれば、伝えようとしなくても、おのずと伝わっていくものではないか。
「ひと知るもよし、知らぬもよし、花は咲くなり」と武者小路実篤は詠んだらしいが、そんな花が「教化」の本質を物語っているように思う。

そうすると、真宗の「教化」は、「ポジの教化」でなく「ネガの教化」ではないか。「ポジの教化」とは、自分たちの立場を善であると肯定したうえで、迷える人間を教化教育して、自分たちのところまで引き上げようとする教化だ。一方「ネガの教化」とは、自分の立場を善であるとは肯定せずに、むしろ迷える存在の中にこそ「善」を見出していく教化ではないか。
●2017年5月27日●
●手助け●

阿弥陀さんの一億分の一の手助けをさせていただく

しかし

これはなんという傲慢

思い上がり

それを承知で

させていただく

●阿弥陀さんの光景●

阿弥陀さんが

ご覧になっている光景を

この私に

ずっと

見せてくださっていたとは

あ~

●2017年5月20日●
産業廃棄物を格安で寺院の境内に捨てさせ、その業者から御布施の名目で金銭をもらっていた僧侶がワイドショーで報じられていた。
そのテレビを見ていた私の反応。
その1
「こんな馬鹿な坊主がいるから困るんだ。坊主が金儲けを優先するから、『坊主丸儲け』とか、『坊主のくせに、何やってやがんだ!』と批判を浴びることになる。問題はあの坊主だけの問題ではなく、「真面目にやっている坊主」も世間から同じような視線を浴びることになる。ひいては、仏教界全体の信頼を失うことになるではないか!」という怒りの反応が出てきた。
その2
「あの坊主の精神的経歴はどうなっているのだろう。なぜ坊さんになったのか。あるいはあの坊さんが、境内に残土を廃棄させることを許した動機は何か。単なる金儲けなのか、あるいはテレビには浮上してこない事情があるのか」それを知りたいという好奇心が出てきた。
その3
「もし金儲けが動機だったとして、そういう動機が自分自身の中にはないのか。そう問われれば、自分自身の中にもある。坊主と言えども霞を食って生きているわけではない。できるだけお金はあったほうがよいという意識はある。そうなると、あの坊主を責められるような自分ではないな」と認識した自分があった。
その4
「あの坊主を責めている自分は、『善人の自分』だと自覚した。自分とはまったく別人の、無関係な特殊な犯罪者だと見えてしまった。そしてもう一つは、あの坊主と自分は地続きで繋がっている「悪人」だという自覚もやってきた。」
その5
「最終的にあの坊主を断罪するのも、あの坊主を許すのも、両方共に驕り高ぶりではないかと自覚した。一方に偏れば、善人往生、また一方に偏れば造悪無碍だ。」そこには阿弥陀さんがいないと思い至った。

私は、阿弥陀さんを知っているように振る舞ってきたけれども、それは阿弥陀さんを自分の都合のよいように利用してきただけのことではないのか。
一方では「自己(人間)批判」に、もう一方では「造悪無碍の自己肯定」に。そこには阿弥陀さんはいない。
「善悪のふたつ総じてもって存知せず」だ。
とうとう、阿弥陀さんを知っていた自分が奈落の底へと突き落とされた。そこはブラックホール、そこは深淵、そして透明。
曠劫以来流転してきた奈落の無限スパイラル。
●2017年5月18日●
昨日は、最終回の池袋親鸞講座だった。
やはり、つくづく、小生は、ちっぽけなひとつの楽器だと思った。皆さんの無言の指によって、楽器が爪弾かれ、曲を奏でた。
不思議なもので、聴衆の前にたった、自分は、空っぽだった。レジュメなどを作ってはあったが、それは、すでに過去のことだ。
空前絶後の〈いま〉、ここにおいては、何の役にも立たない。
この世に生まれ落ちた裸のいのちが、聴衆の前に、ただ置かれていた。
ライブが終わってみると、自分を爪弾いた聴衆の痕跡だけが、かすかに残っていた。
やはり、終わりがあるということはありがたい。
人生においても。

今日は、山形へライブに行ってきます。小生を、弾きたいという人々がいるものだから。
●2017年5月9日●
お通夜の席で、喪主の奥さんが、こんなことを漏らしておられた。
「主人が食べられなくなり、そして話せなくなって…私たちが当たり前に、食べたり、話したりしていることは、ほんとうは当たり前のことじゃないんですね」と。
それを聞いたとき、その奥さんの洞察の力に驚かされた。
普通は、自分から見て、病んでいるご主人のことがかわいそうという視線で終わってしまう。しかし、病んでいるご主人から、自分に視線が注がれているのだ。こっちからの視線だけでなく、向こうからの視線がやってきているのだ。
さらに「おかげさま」とか「生かされている」という言葉まで出てきた。お通夜の席で、そこまで、いのちの〈ほんとう〉の姿に接しておられる。これは、大変なことだ。
やはり、この世は、つくづく阿弥陀さんの教育装置だったのだと、また教えられた。
●2017年5月3日●
親子としてしか関われなかったものが、「同行」として横の関係を開くことが、真宗だろう。
 それを「千石イエス」はやってのけた。イエスの方舟で、彼は女房とは離婚し、子供は縁を切って養女のようにして、他の信者と「横の関係」を形成した。つまり、神と等距離の関係を、形として作ったのだ。
 寺が「マイホーム化」しているといわれて久しいが、「横の関係」が形成できていないことが問題だ。
 まあ千石さんのように、離婚したり縁を切らなくてもよいのだ。たとえそれであっても、ちゃんと「同行」として横の関係が開かれているかだけが問われているのだ。
 阿弥陀さんとちゃんと距離がとれていれば、その他はすべて「横の関係」になれるはずだ。
 もうひとつ。
寺の本質は、何のために存在しているのか分からないところだ。これが分かってしまっては、何にもならない。
 それだから、寺はデパートみたいなもんになる。何でも売っている、何でもありなんだ。そこで、欲しいものをみんなが見つけて、欲しいものを手に入れていければよいのだ。
 「寺は聞法の道場だ」などと、一応、言ってみるが、それだけではない。様々なものが通り抜けていける場でなければならない。
 
阿弥陀さんは〈無・意味〉なのだから。
 
●2017年4月30日●
パチンコ屋でパチンコしてるひとも、比叡山で修行をしている修行僧も、五十歩百歩だ。
人間の目からみれば、大違いに見える。でも、如来の目からみたら、五十歩百歩だ。

彼等はみんな、そうせざるを得ないという必然性に促されて、そうしているだけだ。そのそうせざるを得ない必然性、つまり業報に促されている点で同質だ。

その業報は、百千万劫を背景とした、いまなんだ。

だから奇跡だ。

いま、ここ、わたしが奇跡だ。

当たり前、そう見える目は灰色に
一分一秒この場所は、眩しきいのちの噴火口!!
●2017年4月19日●
なんか、阿弥陀さんが、人間と関係をもつと、人間は浅ましいもので、何でも利益に還元しようとする。
救いも、そう。
さとりも、そう。

阿弥陀さんを、反戦の象徴にする意識は、参戦の道具にもする意識だ。

だから、阿弥陀さん。
気をつけて。
●2017年4月13日●
■いのちの初音■
母の胎内で
初めて
いのちの
鼓動を刻んだ
その最初の音を
覚えているか

■阿弥陀さんとの等距離■
親も子も
じじばばも

親鸞、釈尊さえも

自分の前に
置いてはならぬ

横にいる
泥凡夫として
出会いなおさねば
ならぬ

煩悩に喘ぎ
たじろぎため息をつく
孤独なただびととして
横に置く

そのとき阿弥陀さんから、等距離の

「横」の関係が開かれる

阿弥陀さんとの距離以外に

平等の関係は開かれない
●2017年4月5日●
あなたは、何を見ているのか。
どの深さまで、見つめているのか。

物事には、必ず「深さ」がある。
真実は、まだ見ぬ深淵にある。
前人未到の深淵がある。

その底を窮めることが、「生きる」ことではないか。

いやいや、それを「生きる」という一語で、曖昧に決着を付けてはいけない。

どうも苦し紛れに「生きる」という言葉を使ってきたように、想う。

●2017年4月2日●
洗濯物が、風でゆらゆら揺れていた。はあ、洗濯物は自分でゆらゆらと自身を揺らしてはいない。風が洗濯物にぶつかって、ゆらゆらと揺れているのだ。
何という奇跡!何という偉業!
あのゆらゆらは、今世紀最初で最後のゆらめきだ。空前絶後のゆらめきだ。
同じ揺らめきは、今世紀いや未来永劫にない。
風はどこから吹いてくるのか。大自然と宇宙とのゆらめき。何十億年という宇宙の歴史の指先が、いま、この洗濯物をゆらしている。
洗濯物よ、その指はくすぐったいか。
●2017年3月17日●
彼岸の入りのお朝事で、阿弥陀さんから問いかけられた。
「お寺は、何のためにあるのか?」と。
それに対して、私は「南無阿弥陀仏のためにある」と即答した。
そう答えて、間違いないと実感した。お寺が大木だとすれば、ドンと中心には南無阿弥陀仏の幹がある。そこから、様々な枝が延び、その先端には、いろいろな仕事という葉が生まれていく。枝葉にばかり気を取られていると、いったい、何のために寺があるのかがわからなくなる。
「お寺は、お寺を必要としているひとのためにある」も真理の一言だろう。しかしそれは臨床の答えだ。原理としての答えは、やはり「南無阿弥陀仏のためにある」だろう。
「雑事」といわれる仕事の究極的な意味は、南無阿弥陀仏のためであったと頷けなければならない。
南無阿弥陀仏とは空(クウ)だ。人間的に言えば、何の意味もない。何の意味もないものがなければ、「意味の病」に罹った人間は救われないのだ。南無阿弥陀仏は、「何の意味もない」とつねに人間に叫び続け、病に酔っている私を目覚ましめる。
●2017年3月16日●
昨日は、池袋親鸞講座だった。
今朝になっても、まだ余韻が残っているようだ。聴衆と一体に溶け合って、一度きりの法話ライブを楽しんだ。
生きていれば、次年度も講師を担当することになっている。それで時期のコンセプトは何かなぁと思いを巡らしていて、やってきた言葉がある。それは「歎異抄の世界を遊ぶ」だ。
そうか!これだっと直感した。

昨日も「定光和讃」24首をご披露した。この和讃は、一気に出来たのだが、なかなか面白い。何度読んでも味わいがある。自分の中に体験している親鸞を想像してみると、おそらく親鸞も一気に作られたものだろうと思った。作品が出来るときには一気にできるのだ。
日々、コツコツと作られたものではない。一気に出来上がるために、コツコツと仕事をしているのは無意識だ。意識的には、何にもしていないに等しい。無意識君は、実に凄いなぁと、いつも感心させられる。

「忙中、閑あり」という諺がある。どんなに忙しくしている中にも、暇を見つけることができるという意味だ。しかし私の解釈はちょっと違う。生活全体は、何かに追われようにして忙中を生きている。ただ、はっと我に帰る時間があるということだ。別にそれは暇ということではない。やはり、ふと我に帰るという瞬間があるじゃないか。
そして、「俺って何をやってるんだろう…」と思ってみたり、「こんなことやっていて、いったい何になるんだろう…」と時間の隙間に落ち込んでいくときがある。
その瞬間に、「何をやったらいいのか」、「ほんとうに何がやりたいのか」、「いやいや、何もしていないなぁ」という感情に襲われる。
しなければならないことがあるはずなのに、何をしたらよいかわからない瞬間だ。それは言葉を換えれば「自由」ということでもある。「自由」は過去に対して感じる感覚だという池谷裕二の説もあるが、未来に対しても感じるのではないか。さあこれから何をしようかと、自由を前にして空漠とした感覚がやってくるのだから。自由とは、行為する前にある感覚ではないか。
その空漠の瞬間を味わうと、何もしていないし、やるべきこともないし、ただただ、永遠を前にしてたたずんでいる自分に戻される。
自分は何もしてこなかったなぁという感慨だ。それは「零度」に戻されるということかもしれない。存在の零度だ。
「人生は大いなる暇つぶし」という言葉を聞いたことがある。それは徒労という意味で私は受け取っていない。「暇つぶし」の前に「大いなる」と付いているではないか。「存在の零度」から出発したものが、「零度の存在」へ帰っていくという「大いなる暇つぶし」なのだろう。
さてさて、人生という未知の世界へ、さあ船出を試みよう。
●2017年3月4日●
相談の相手が自分しかいないと、孤独になる。
真宗門徒には、阿弥陀さんという相談相手がいる、自分以外に。荷が重すぎて、人間には真の相談相手を務めることができない。たとえカウンセラーがいたとしても、究極的には、絶対なる孤独の自己と、絶対なる超越の阿弥陀さんとが対話して、ことが収まるのだ。 しょせん、人間は「一人一世界」をのみ生きているので、決して他者に成り代わって生きることはできない。他者とは絶対断絶があって、共有することは不可能だ。徹底的に隔絶し、絶縁されている。
その「一人一世界」が自己自身なので、それをどう受けとめるかということしかない。ただ人間には、それを三毒という三つのアンテナで受けとめるしか方法がない。これがまた寂しく悲しいところである。
視覚という、ものを見る感覚も、根底には貪欲が働いている。つまり深層のエゴイズムだ。私たちは、無色透明というか、「客観的に」そして「あるがまま」に世界を見ていると錯覚している。それを「幻想世界」と名づけよう。
〈ほんとう〉は、無色透明でもなんでもない。それは貪りのエゴイズムを根底にした「見る」でるあるから、譬えれば「貪欲の眼鏡」を通した「見る」である。それ以外に、人間には視覚を通した世界は成り立たない。
それも「一人一世界」だから、他者と「見た世界」を共有はできない。「幻想世界」では、みんなで一緒に同じ影像を見ているということは成り立つのだが、「一人一世界」では成り立たない。
つまり、「見る」ということも、厳密な意味でいえば、一人一人、すべては違うということだ。これが「真実」だ。
人間には「客観的」ということは、厳密な意味では成り立たないのだ。
だから、この「一人一世界」をどういただくかということが大問題なのだ。あなたがこの世界をどういただくかが、全世界的な問題なのだ。
この貪欲、瞋恚、愚痴という三つのアンテナだけで世界と関わっていることを重々に知るべきだ。
無色透明で客観的な世界など、どこにもないのだ。
そうやって教えてくれるのが阿弥陀さんだ。そうやって「客観的世界」が〈ほんとう〉だと錯覚しているのを、実は「幻想世界」なんだと教えてくれるはたらきが。
だから、阿弥陀さんと相談するといっても、人間的に相談してはダメかもしれない。
いつも阿弥陀さんから、教えられ、覚醒され、幻想だと教えられ、そして正気に戻されるだけだ。
目の前にしている世界を、阿弥陀さんの教えとして、いただき直せと迫られている。
●2017年2月27日●
有名な親鸞の和讃、通称「恩徳讃」は「如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし 師主知識の恩徳も骨を砕きても謝すべし」だ。法座のお終いには必ず、皆さんで合唱する。
多くはマイナー(短調)なメロディーで歌われる。ただ、「恩徳讃」は他にも二つのメロディーがあり、他のは、メジャー(長調)だ。
まあそれは置くとして、昨日のBサロンでは、この恩徳讃の裏に張り付いているのが「愚禿悲嘆述懐和讃」と呼ばれている和讃だと述べた。「浄土真宗に帰すれども、真実の心はありがたし、虚仮不実のわが身にて 清浄の心もさらになし」だ。
恩徳讃の「報ずべし」「謝すべし」の「べし」をどう読むかで、宮城先生は、「確信推量」か「当然」で読まれているらしい。しかし、私は「命令」で理解すべきだと思っている。「確信推量」の場合「…にちがいない」とか「きっと…だろう。」になる。つまり「報じていく身になるに違いない」か「きっと報ずるだろう」になるだろう。あるいは「当然」だと理解すれば、「…当然だ」「…べきだ」「…なければならない」だから、「当然、報ずべきだ」「報じなければならない」となるだろう。
これを「命令」と受け取ると「…べきだ。」「…なければならない」だから、「報ずべきだ」「報じなければならない」と訳される。「当然」と「命令」は似ているが微妙に違っている。「当然」の方は、自分が自分自身を励まして、報ずべきだ、当然報じなければならないというニュアンスになろう。しかし、「命令」だと、命令する主体は自分ではない第三者ということになる。つまり、それは阿弥陀さんからの命令という意味になる。ちなみに、西本願寺の現代語訳を見ていたら「深く感謝して報いていかなければならない」となっていた。これだと、「私たちは深く感謝して報いていかなければなりません」という自分たちを励ます「当然」の意味で解釈されているようだ。
一方「愚禿悲嘆述懐和讃」で「真実の心はありがたし」「清浄の心もさらになし」の「ありがたし」「さらになし」と否定しているのは誰かという問題がある。これが親鸞自身なのか、あるいは阿弥陀さんなのかという問題だ。表面上は親鸞の懺悔のように読めるのだが、やはり真の主体は阿弥陀さんで、阿弥陀さんが「ありがたし」、「さらになし」と否定して下さっているのだと理解している。綺麗さっぱり否定されて、こちらには何も残らないようになっている。
恩徳讃では、「ほうずべし」「謝すべし」と述べ、「愚禿悲嘆述懐和讃」では「ありがたし」「さらになし」と働き続けているのが阿弥陀さんということになる。
恩徳讃は、讃嘆の歌で、愚禿悲嘆述懐和讃は懺悔の歌だといわれるが、両方共に、阿弥陀さんのひとり働きをたたえる歌だったのだ。
●2017年2月26日●
安田理深先生の刺激的な言葉を紹介します。

「この『時』は日常的時間を高めると共に形而上的時間を現実性に転じ、時計の時間を永遠に高め、時計を超えて永遠の象徴である形而上学的時間を媒介にする。この日常的時間と形而上学的時間を媒介する時は、「信巻」の真ん中の本願成就である。
本願とは大体いうと未来であるが、未来とは永遠を時間で象徴したものであるから、象徴を象徴として受け取る限り未来往生ということになる。これは間違いではないが、象徴が象徴性を失ったら未来が死後になる。死後の往生になる。未来往生というのはまだ間違いではないが、死後の往生と言ったら間違いである。象徴性を失った未来は象徴の概念であって、宗教を負う時間ではなくなる。だから象徴の象徴性を自覚すれば、それは現在である。本願でなく本願の成就である。乃至一念という言葉が時をあらわしている。これもやはり親鸞の教学を待って始めて明らかになることで、法然上人では一念といっても行の一念だから時ということが充分でない。法然上人では一念でも十念でも、十念であらわされる本願の成就であり、十念が念仏の行を選択された本願であるから、その行の一念を一声の念仏といい、そうなるとそれがどこにあっても行である。親鸞はその意味を否定したわけではないが、一念の中には行の一念があり、行の一念に即してそこに信の一念というものを明らかにされたのである。行の一念は法であり、信の一念というときになると時が入って来る。それが時剋の極促というのであって、時剋の極促とは今の言葉では瞬間である。」
ここに宗教的時間というものを何とか表現しようとしている安田先生のご苦労を感ずる。しょせん、我々の時間意識を土台にして考えれば、それは「矛盾」にしか感じられない。平易な言葉でいえば「もう済んだと思ったが、まだ始まっていなかった」ということである。そういう時間をたまわる。
永遠なる、未開なる、未然なる、純粋なる、時である。浄土とか地獄とか、そういう神話的表現を突き抜けていく時間である。
〈いま〉でありつつ永遠であり、永遠でありつつ〈いま〉である。もう済んでいるのかといえば、そうともいえる。もう済んでいるから、まだ始まっていないのだ。
そういう時間を我々は「矛盾」と感じてしまう。
でも矛盾と感じる方が間違っているのであって、〈ほんとう〉は、矛盾ではないのだ。
●2017年2月23日●
阿弥陀さんとは、意識を徹底的に相対化する原動力である。
昨日の池袋親鸞講座は歎異抄第18条がテーマだった。そこに「念仏もうすに化仏をみたてまつる」という表現があり、そこに眼が止まった。ナンマンダブと念仏を称えることによって、そこに仏さんがイメージされるということがある。ただ、それがどんなイメージであろうとも、イメージされた限りの仏さんは「人間的な仏さん」だ。決して、聖なるものでも、超越的なものでも、人間を超えたものでもない。親鸞が観音菩薩から夢告を受けたということも、それはあくまで親鸞の心なかにイメージされた菩薩像でしかない。
その程度といっては失礼だが、あくまで人間的な、つまり相対的なイメージなのである。それを特殊化したり権威化してはならない、という言葉が「化仏をみたてまつる」ではないか。
思えば、親鸞以前の仏教は、化仏を「真仏」だと受け取ってしまったのではないか。西洋の一神教も、神Godを「実在」だとしてしまったのではないか。その「実在」というのもイメージに過ぎない化仏なのだと相対化させてくれるはたらきそのものが阿弥陀なるものなのだ。
がら、徹底して、「無(ア)・量(ミダ)」と、量るべからず、量ること無用なりとイメージを否定してくる作用のことなのだ。
人間はなんでも実体化し、実体化した他者に対して腹を立てたり、歎いてみたりする。実体化した意識は固定的であり、その固定的な意識は、精神を高ぶらせ、硬化させ、疲労させる。その固定化を粉砕し、量るべからずと、綺麗に否定して掃除して下さる。だから、阿弥陀さんによって固定化が掃除されれば、スッキリし、素面の自分に還れるわけだ。それだから有り難い、助かったとなるのだ。こころの凝りが解消されるのだから。
しかし、それは作用そのものなのだから、はたらきでよいはずなのだが、それを敢えて擬人化して「阿弥陀さん」と親しく呼ぶのだ。
親鸞は「十方微塵世界の 念仏の衆生をみそなわし 摂取して捨てざれば 阿弥陀となづけたてまつる」(和讃)と歌う。この「阿弥陀となづけたてまつる」という表現が実に奥深い。化仏であれば、それを人間は阿弥陀と名づけるのだと言えばよいはずだ。しかし「たてまつる」という。ここに、実に深い親鸞の信仰世界が暗示されている。現代語にすれば「阿弥陀と名づけさせていただくのである」となろう。なぜ敢えて、謙譲表現を取るのかだ。そこに阿弥陀さんと並々ならぬ交流関係がある。
阿弥陀さんを私は「永遠の片思い」と表現しているのだが、なぜそこまで阿弥陀さんは慈悲に徹底するのか。阿弥陀さんが百パーセントの慈悲であることの原因は、我々にある。我々の苦悩にある。もし我々が苦悩する存在でなければ、阿弥陀さんは慈悲であろうとなかろうとどうでもよいのだ。我々が四苦八苦という苦に喘ぐ存在だから、その存在を救いたいという慈悲が発生したのだ。
阿弥陀の慈悲の源泉は、我々の苦悩にある。
その苦悩をお救いいただくから、どうしても、そこに「有り難い」とか「済まない」という感情が生まれてくる。その感情が、「たてまつる」という謙譲表現を生むのだ。何も念頭に阿弥陀なるイメージがあって、そのイメージに対して謙譲やら尊敬の念を感じているわけではない。まず我々の苦悩を救って下さったという感謝が先にあって、その感謝の感情が、おのずと「なづけたてまつる」という表現を生むのだ。
本来人間が名づけることもできないし、名づけること自体が不遜なことだと知っているのだ。人間が命名するものは、人間的なもの、つまりは人間以下の存在に命名することができるのだ。人間が命名することで、人間に認知され実体化される。そのこと自体が罪だと知っているのだ。
人間を超えているものを人間が命名することは、越権行為だ。本来は命名することも、こころに思い浮かべることも不可能なのだ。そういう行為そのものが傲慢なのだ。それを敢えて「阿弥陀」と名づけるのだ。そのことの罪を懺悔している表現が「たてまつる」でもあるのだ。

●2017年2月7日●
ようやく講演集第2巻『善の毒』が、最終段階に入ったので、再び、「つぶやき」も更新する余地が生まれまた。
というか、寺の行事予定が全然更新されてない!と御意見をいただき、昨日、このホームページ作者の池田君が家族で来たので、手ほどきしていただき、結果的には更新された。池田君に三人目の赤ちゃんが生まれたので、ご家族で「初参式」に来たのだ。
手ほどきの時間が少なかったため、こうして、ああしてと手取り足取り教えてもらって、いざ更新しようとしたら、全然できないのだ。ええっと思って、先程、手ほどきしていただいた手順を思い出し、何度もトライしてみたが、びくともしない。出来の悪い生徒だと思い、池田君にメールして、寝てしまった。翌朝、パソコンを立ち上げて、確認してみたら、更新されていた。夜中に彼が更新してくれたようだ。
ええっと思った。寺のパソコンからやらなくても、更新って出来るんだ!まさにびっくりだ。ただ、結果的には更新されたのだが、自分でできなければ、一人立ちしたことにはならない。再度トライしてみたいと思っている。
さて、アメリカ大統領トランプ氏の一連のパフォーマンスをどう考えたらよいのかと質問をいただいた。
一言でいえば「神Godなきエゴイズム」だ。神は人間に、この世をちゃんと神さまに見せても恥ずかしくない世界にしなさいと命じている。だから、アメリカは「世界の警察」を自負してきた。Godは、アメリカ合衆国だけがよくなれば、それでよしとは言わない。全世界、そして全宇宙がGodのお気に召すものでなければ、お許しにならない。だから、お節介が過ぎるくらいに全世界に干渉してきた。
そこにはアメリカの軍事的優位とか、資源の利害とか、様々に政治的要因もあるのだが、それを煎じ詰めると、そういうことになるだろう。
しかし、彼は「神God」に宣誓をして大統領になったが、本心から誓ったわけではないと、教会側では見抜いているようだ。そんなニュースも入ってきた。
「神God」は人間に、「善人たれ」と命じ続けてきた。しかし、いまや教育ママである神の手を振り切って、悪戯っ子は自由気ままに振る舞う快感を得たかのようだ。彼を支持しているのは、おそらくアングロサクソン系の人々ではないかと想像する。それと早々と電車に乗り込んで、後から続々と乗り込んでくる人間には、「もう満員だから乗るな、もう乗り込んでくるな」と叫んでいる乗客的な人々ではないか、と想像する。
アメリカには全世界が綿密な連携をもっていこうとする協調路線から逆方向に進んでいく恐ろしさを感じる。生みの親であるイギリスもEUを離脱し、協調路線から外れていく。
人類は、大きな歴史的な転換点にあるのかもしれない。それは協調か孤立かの転換点だ。 人類には「宗教的なるもの」がなぜ必要なのか。人類から〇〇教というものが生まれなければならなかった必然性は何か。有名なのはユダヤ教・キリスト教・イスラム教・仏教などだが、なぜそういう「宗教的なるもの」が起こってきたのか。
 それは、「宗教的なるもの」なしに、人間は〈ほんとう〉の意味で人間になれないからではないか。つまり、「絶対項」がご覧になったら、私の存在はどう見えるのか、私の行為はどう見えるのかという視点が抜ければ、私は〈ほんとう〉の意味で人間にはなれないのだ。「絶対項」とは、God・ヤーウェ・神・アッラー・阿弥陀など、いろいろな民族がイメージしてきた絶対的なるもののことである。
 この「絶対項」からの人間否定、人間批判がなければならない。人間のエゴイズムを決して許さない否定がなければ。親鸞ならば「浄土真宗に帰すれども、真実の心はありがたし」(和讃)という否定である。
 人間は間違うものであり、真実と背いて生きる存在であるという阿弥陀さんから批判を受けた表白だ。
 トランプ氏は、エコノミストであって、政治家ではないともいわれる。しかし、商売で有名な近江商人の家訓には「仏さんの前で開けられんような帳簿はつけるな」だったそうだ。だからエコノミーと「絶対項」は対立しないのだろう。むしろ「絶対項」の視座から逆照されたときにのみ、エコノミーも健康性を取り戻すということではないか。
 近江商人は、エコノミーを「お恥ずかしい」という一言で誠実に行ってきたのではないか。
 さかなやさんが さかなを うっているのを さかなは しらない
 にんげんが みんな さかなを たべてるのを さかなは しらない
 うみの さかなも かわの さかなも みんな しらない
これは、まどみちおさんの「さかな」という詩だ。
 ここに、ひたひたと、あなたの足元まで罪がやってきて、それがあなたの身体を形成しているというところまで占領してこないだろうか。
 最初、この詩を読んだとき、ぞっとした。「食べる」ということは、そのまま罪を作っていることなのだから。
 こういう感覚こそ、「絶対項」から与えられる感覚ではないか。
トランプ氏には、こういう感覚を回復してもらうしかない。生きることは罪であり、その罪は「絶対項」との関係の中でしか感じられないものなのだということを。

●2017年1月30日●
なぜ平等でなければならないのか。なぜ格差があってはならないのか、ということの根拠がヒューマニズム程度のレベルでは確保できないのではないか。どうしても、「絶対項」がなければならない。
 神がそう願っているからだとか、阿弥陀さんがそう誓っているからだとか、そういう人倫レベルでなく、もっとそれを深層で支えるものでなければ耐えられないのではなかろうか。
 自分がされたら嫌なことは人に対してもしないというのが人倫レベルである。それはそれで近代国家の法の基本理念だろう。しかし、それだけでは漏れてしまうものがある。それは、ひとに嫌なことをすることに快感を感じる自分がいるからだ。自分だけは安泰な場所にいて、他者を蹴落とすというエゴイズムがあるからだ。邪見憍慢の悪衆生だからだ。感受性が変化するところまでに届く言葉でなければ、耐えられないのではないか。
 相模原の事件を憶念していて、そう感じた。
いのちは平等に尊いのだと評論家は言うのだが、なぜ尊いのかの根拠がヒューマニズムでは弱い。
 
※いま『もう済んだと思ったが、まだ始まっていなかった』の第二弾を制作中のため、「つぶやき」の更新がままならない。お許しくだされ。
●2017年1月26日●
ひとをいたわるとか、優しくするというのは、わかりやすいが。自分自身を大切にするということは、とても難しいことだ。
そもそも自分を大切にするなどとは、考えたこともないからだ。手紙の末尾には「ご自愛下さい」などと偉そうに書くこともあるが、果たして「自愛」などどういうこと自体がわからないではないか。〈ほんとう〉の意味で、自分など愛したことがないのだから。だから、「ご自愛下さい」とはなるべく使いたくない。「御身お大切に、お互いに」などと書くこともある。自分自身を大切にしたことのない人間が、先方さんに、「御身お大切に」とだけは書けたものではない。そんな偉そうなこともいえないのですが、お互いに身体を大切にしましょうねという形でお茶を濁す。まあそういう言葉しかないから、やむなく渋々使ってしまっているだけだ。そういうふうに手紙を書くことで、自分自身を免罪にしているわけだ。
自分の欲望のままにワガママを通すことには慣れていても、〈ほんとう〉の意味で自分など愛したことはない。
まあ都合のよい自分は愛するが、都合の悪い自分など愛せないではないか。だから、〈ほんとう〉の意味で、自分を愛したり大切にすることは、とても難しいことではないか。
まず、自分などまったく知らないのだというところから、自分自身に聞いてみることだろう。自分自身を大切にするということはどういうことですかと。
まず自分自身に頭を下げて、静かに聞いてみるところから始めなければならない。
そうすれば、相手も、教えてくれるかもしれない。
そうだな。まず、自分自身に頭を下げることだな。
そこから、考え直さなければならないだろう。答えが出るか出ないかは、別にしてだ。
●2017年1月13日●
全部が、まだ済んでいない。
いままで済んでいると思えていたものが、済んでいないのだ。「食べる」がまだ済んでいない。いままで、何十年間、いのちを食べてきた。だが、まだ「食べる」という行為が完結したわけではない。また今晩も食べなければならない。ということは、「食べる」という行為が、まだ完結していないのではないか。まだ継続中なのではないか。
朝御飯とか晩御飯とか人間は名づけているが、それは完全に終了して、結論が出たわけではない。いわば朝から晩までのインターバルをもって食べているに過ぎない。だから、まだ「食べる」という行為すら済んでいないのではないか。
そうやって身近な「生きること」を見ていくと、生きることはまだ済んでいないし、誕生もまだ済んでいない。何十年前に生まれたと聞かされているが、まだ誕生しつつあるといったほうがよい。記憶にはないが、母の胎内からこの世へ生み出されたときには産道を通ったはずだ。しかしそれをもっと大きく拡大すれば、生から死への産道を通過中なのかもしれないではないか。そうなれば、まだ「誕生した」と過去形で語れない。「誕生しつつある」というのが〈ほんとう〉のところではないか。
そうなってくると、まだ「生きた」と過去形で語ってはならない。「生きつつある」というのが〈ほんとう〉のところだ。まだ結論は出ていないのだから。
親鸞が大事にしている言葉が「因位」だ。因の位とは、原因の段階ということだ。因位の対概念が果位だが、親鸞は果位には興味がない。いつも因位ばかりを大切にする。利益を得て喜ぶのは常識だから親鸞は好きではない。親鸞は「まだ利益を得ていないのに、得たと思って喜ぶこと」が好きだ。つまり原因の段階だけに関心があるのだ。
まだ済んでいないことだけが好きなのだ。

今朝、トイレでウンコしながら、ふと思った。南無阿弥陀仏の中でウンコをしているのか、ウンコをすることの中に南無阿弥陀仏があるのかと。
これって、ものすごく重大なことだ。もし南無阿弥陀仏のなかでウンコをしていないのならば、それは恐ろしいことだ。ウンコと南無阿弥陀仏が別々になっていたら、それは恐ろしい。考えただけで、恐ろしい。
南無阿弥陀仏の中でウンコができるから、安心してウンコできるんだ。もし別々だったら、出るものも出なくなるはずだ。
食べることもウンコすることも、すべてが南無阿弥陀仏の中に吸い取られていく。まさに南無阿弥陀仏はブラックホールだ。
●2017年1月11日●
写経の会は、静寂の中に、日常を超える時間をもらえる。
やはり、いいもんだと、改めて感じた。筆ペンであらかじめ薄墨で印刷されているお経をなぞり書きする形式のものだが、やっていると、いろいろな意識や感情を体験できる。
それこそ、文字をうまく書いてやろうという欲も出てくる。思ったように筆が進まず、下手くそだなぁと歎いて見たり、そうかと思うと、昨日の出来事を思ってみたり、そのうちに肩が凝ったなぁと感じてみたり、眠気もやってきたり、留まっているということがない。まさに散乱粗動だ。身は椅子に腰掛けてはいても、こころはバタバタと動き回っている。
それもこれも、後から思えば、みんな他力だったなぁと感慨に耽ることもできる。「考える」ということくらい自由にやれるだろうと思っているのだが、そんなことは絶対にない。「考え」も受動性の生き物だから、自分の自由に考えているわけではない。ある種の文脈が強制的に考えさせているのだ。ただ思いは「自分で自由に考えている」と思い込まされているだけだ。事実は他力、思いは自力だ。
写経が終わってお茶を飲んでいるとき、ヨシタケシンスケの絵本『これから どうしちゃおう』を紹介して、みんなでガヤガヤとおしゃべりした。つまり自分の死後にどうしてほしいか、あるいは死後の世界はどんなふうなのか、どんなふうに自分はいのちを終わっていくのか。
実は、そんな話はまったく話題には出なかった。出なくてもいいのだ。みんなの心の中でいろいろな動きがあったはずだし、それは各人各人が家へ持ち帰って考えればよいことだ。
そして、「生きる」でもなく「死ぬ」でもなく、第三の扉が開かれていけばよいと思う。「生きる」も「死ぬ」もあやふやになってしまえと思う。
それがあやふやになってしまえば、もっと〈いま〉が豊かに溢れ返ってくるはずだ。
お釈迦さんは「色即是空」という。そんなものは人間の迷いだ、すべては空なのだ、無実体なのだと。しかしそれだけでは不十分で、虚無主義になってしまう。
そこから、「空即是色」が復活してこなければ、〈いま〉の内容が充実しない。何も無いからこそ、〈いま〉が成り立っているのだ。無いことの豊かさが開かれなければだめだ。
私たちは「行者」だったのだ。
今日、正信偈を称えているとき、「行者正受金剛心」という言葉が気になった。「行者!正(まさ)しく金剛心を受けしめ」と親鸞は読む。我々は自分ではそんなこととは思っていないが、「行者よ!」と呼びかけられているのだ。阿弥陀さんからみたら、我々は「行者」なのだ。修行者なのだ。
ただ、その目的が教えられていないだけだ。
●2017年1月10日●
仏法を外に求めたら
実は 内にあった
そして
まわりを見渡したら
仏法だらけだった

厄介なことを
厄介だと
口に出して
言える喜び

今日は、ふたつの詩が、私にやってきて、留まって下さったので、おすそ分け。
●2017年1月4日●
絵本『このあと どうしちゃおう』(ブロンズ新社)が面白いと勧められ読んだ。
とても面白かった。作者はヨシタケ シンスケさん。
絵本の帯には「しんだらどうなる?どうしたい?いきてるあいだに考えてみよう」とあって、ユーモアたっぷりに描かれたイラストたちを見ていて、思わず大笑いしてしまった。何度も大笑いした。
難しい言い方をすれば、これは「死の準備教育」だ。でも扱い方が実に明るい。子供とか大人とかを問わない、年齢を超越した内容になっているから面白い。
他にもヨシタケさんの『りゆうが あります』とか『りんごかも しれない』とか『ぼくのニセモノを つくるには』を読んだが、『このあと どうしちゃおう』ほどは、インパクトを受けなかった。
彼がお祖父さんを亡くして、考えたことを絵本にしたらしい。「死」についてお互いに語ったり考えたりできるのは、「元気なとき」だと気付いたのだという。それは必ずそうだ。「死」について考えられるのは、元気なときに違いない。お墓のことについてもそうだ。だから、元気なときに「死」について、ユーモアを交えて考えようというのだ。

話は変わるが、ヨーロッパでは日本のように「寝たきり老人」はいないらしい。つまりは「寝たきり」になる前に亡くなっているかららしい。あっちでは、老人に経管栄養とか点滴とかをやらないらしい。老人というのは、もともと弱っていくもので、枯れていくものだから、それは自然の成り行きで、逆に延命医療を施すことは老人虐待だと考えるらしい。
私も、胃ロウとか点滴は拒否すると家族に言ってある。
だが日本の場合、そうはいっても、最後の判断をするのは「家族」に任される場合が多い。病状が迫ってきたとき、「これをやらないと、死ぬかもしれませんよ」と医療従事者に言われて、拒否できる家族もいないのではないか。だから、必然的に「寝たきり」へと加速していく。
後は、「家族のエゴ」という面もある。家族が、一分でも一秒でも長く生きてほしいから、医者の言われる通りに、「はい、はい」と承諾してしまうのだ。悪く言えば、それは家族のエゴを慰めるために、病者を利用することになる。そのときの言葉が「かわいそうだから」だ。病者がかわいそうだと決めているのは家族の意志だということが見えないのだ。そうならないためにも、普段から「死」について考えておく必要がある。お互いの「死についてのエゴイズム」を見える形にして、何度も語り合っておくほうがいい。
我々日本人は明治以後か戦後以後かは知らないが、「死」について考えなくなってきた。まあ文明は「死」を抹消して、無いかの如くに偽装するための道具だから、それも仕方がない。学校でも、唯一「死」については教えてくれない。公教育では、敢えて触れないようにしているのだろう。宗教系の私立学校では少し教えているようだ。
だから、寺は、「必ず死にますよ。人間の死亡率は百パーセントですよ」とだけ言っていればよいのだろう。ひとの嫌がることを言うところが寺というところだ。見たくないことを見せるところが寺なのだ。
寺までが右肩上がりのイメージを植えつけてしまえば、寺の存在意義はないだろう。それでも、「お役に立ちますよ、お寺は」などというメッセージに擦り寄っていこうとするきらいもあるから、困ったものだ。
●2017年1月3日●
やっぱり、聴衆が演奏家で、小生(話者)は楽器だと、つくずく思わされた。
いつも電動車椅子で来られるAさんが、「きょうのお話は、乗ってましたね!」と言い置いて帰っていった。彼女は、昨日も拙寺の修正会に来られていたからだ。
因速寺でお話するのと、真宗会館でお話するのと、どう違うのかはわからない。場が違うということは聴衆も違うし、すべてが違う。ただ、真宗会館での修正会でのお話は弾んでいた。
それは仕方がない。
それはひたすら聴衆の引き出し力にかかっている、と思っている。また、昨日と今日とは、すべてが違う。同じように見えて、まったく違うことが逆に証明された。
むしろ、同じようになることのほうがおかしいのだ。違って当然だ。
拙著の題名は『もう済んだと思ったが、まだ始まっていなかった』だが、今日は、他の味わいも生まれてきた。それは「もう済んだから、まだ始まっていなかった」のだ。「もう済んだ」というのは、弥陀成仏だ。もうあらゆる苦悩する存在が救われてしまい、法蔵菩薩は阿弥陀仏になっているのだ。もう済んでいるのだ。
済んでいないから、始まっていないのではない。済んでしまっているから、まだ始まっていないと言えなければならない。
もう救われてしまっているのだ。それで阿弥陀さんは仏さんとして成仏している。十劫の昔に。しかし、それが自分にとっては、まったく済んではいないのだ。「もう済んでいる」のは、阿弥陀さんの成仏がだ。人間の側のことではない。
弥陀成仏を、その通りだと、人間が「いま」言えなければならない。
そのためには、回心を「体験」という概念から救ってやらなければならない。
回心は自分の努力ですることのできる体験だと思い込んできたのだ。だから、自分で自分の腹を探って、体験したのか、してないのかと詮索する。そんな、自分の「体験」の内容に回心はならないものだ。『歎異抄』第16条でいう「ただひとたびあるべし」の「ひとたび」を体験から救い出さなければならない。
決して、回心は人間の「体験」にはならないからだ。つまり、身に覚えるものにはならないのだ。もし身に覚えるものになってしまったら、「まだ始まっていなかった」が消え失せてしまう。
お話は芸術だ。教訓話や啓蒙になってはならない。一回限りのライブであって、それをどう評価するかという領域にはない。だから夏空に一瞬きらめく、花火なのだ。花火を、「あれはどうだこうだ」と言えないように、法話もそれと同じ質のところにある。だから、それっきりでよいのだ。ただほれぼれとなれればよいのだ。
昨日は、打ち上げ花火を話者も聴衆もともに味わった。
ただそれだけでよいのだ。

●2016年12月31日●
外は、事のほか静だ。
これが「年末年始」という共同幻想を実感する感覚だ。マスメディアから情報を得ることがなければ、「年末年始」など、どこにもないかのようだ。
毎年のことだが、このループ状の一年という繰り返しの時間感覚がどこからやってくるのかを突きつけられる。〈ほんとう〉は「繰り返し」などはどこにもなく、二度と同じことがない出来事の連続のはずだ。
それであっても、人間はループ状の車輪の如き「一年」という時間感覚を固く信じている。日本には「四季」があるからループに受け止めやすいのかもしれない。地球上の四季がない地域では、また違った感覚なのだろう。
〈ほんとう〉の信仰とは、その「当たり前」に感じられる時間というものを疑うことだから、世間とは逆行してくる。
滅罪思想は、その「当たり前」に感じられる時間をベースにして成り立っている。過去の罪を現在に滅することで、罪の重さが軽くなり、未来は清浄になるという考えだ。
「断煩悩」という発想で成り立っていた聖道門仏教も、それと軌を一にしている。
おそらく親鸞の関心は〈いま〉ということだったと受け取っている。
「弥陀成仏のこのかたはいまに十劫をへたまえり」という『和讃』がある。阿弥陀さんはもともと阿弥陀さんでなく、最初は修行中の法蔵菩薩だった。全存在を救い取ったときに阿弥陀仏と名前が変わる。それなのに経典は、阿弥陀さんがすでに十劫(永遠)の過去のとき、既に成仏していると述べてくる。
ということは、現在においては、救われていない存在はいないということだ。ひとりでも救われていないものがいないのであれば、まだ法蔵菩薩の段階だ。法蔵菩薩の願が満足したとき、初めて法蔵菩薩は阿弥陀仏になるのだから。
私も、とうの昔に救われてしまっていたのだ。しかし、そうは言われても救われたという実感がないではないか。それを確認する一点が「いま」である。
それで「弥陀成仏のこのかたはいまに十劫をへたまえり」と言っているのだ。阿弥陀さんが成仏したことを証明できる場所は「いま」なのだ。ということは「いま」が抜けてしまえば、すでに私が救われていることを証明できないことになる。さて、果たしてこの「いま」とはどういう〈いま〉なのかが問題だ。
 哲学者・中島義道は「ある種の有機体S1が言語を学ぶようになると、固有の身体を持つS1は驚くべき転回を成し遂げる。ひとことで言えば、S1は自己中心的な身体に反逆し、自己に現に開かれているパースペクティヴと並んで、他の(とりわけ他の類似の有機体すなわち他の人間の)パースペクティヴをも承認してしまう。いや、むしろ世界にはさまざまなパースペクティヴが開かれていることを理解してしまい、みずからの身体は偶然的にそのうちの一つを受け持つにすぎないと理解してしまうのである。」(『不在の哲学』)
と述べている。
 ここでは、時間論を特に述べてはいないが、「いま(時間論)・ここ(場所論)・私(主体論)」の原点は同じ形をしているから、取り敢えずこれを引用してみた。
 中島の言い回しは「哲学的」なので難しいが、簡単な事実を述べているに過ぎない。
ただ「簡単な事実」を誰もが納得できる形にまで表現することが難しいだけだ。
 まず、人間は「言葉」を抜きにして、時間も場所も自分も「与えられない」ということだ。幼児期、ひとは自己中心的であり、自己中心的であることに無自覚に生きている。ところが言葉を習得することによって、自己中心的な自分の他に他人がいることを理解し、自分以外のひとたちの見え方があることも理解する。さらに、全世界には何十億人の人間が住んでいて、その人々にもそれぞれの人生観や世界観があることをも理解する。
 自分という身体は、たまたま偶然に、全世界の何十億分の一の存在だと思ってしまう。つまり、何十億人の中のひとつに過ぎないと自分自身が「相対化」されてしまうのだ。さらに、全人類のパースペクティヴが「客観的事実」だとマインドコントロールされ、自分のパースペクティヴは取るに足らない「個人的」なものに貶められる。
このマインドコントロールをうっちゃって、自分のパースペクティヴを復権しようというのが、親鸞の直感した信仰であり、〈ほんとう〉から導き出された考え方である。だから哲学者も、私と同じようなことを考えているのだと思う。
そこに流れている〈ほんとう〉は、人間を「客観的」という共同幻想から解放するのだ。それを「あるBeing」という言葉で象徴しているだけだ。
ひとは「するdoing」に目を奪われがちだが、動くための基点こそ「あるBeing」であり、その基点がなければ、すべての「するdoing」は虚仮不実になってしまう。
まずは「あるBeing」が円満しなければならない。「存在の零度」が成り立たなければ、すべては嘘だ。
そうそう臨済録の「随処に主となれば、立処、皆な真なり」は、そのことを語っているのだ。その「主」こそ「存在の零度」であり、「親鸞一人がため」(『歎異抄』・後序)の「一人」である。
特殊的個と別次元に、普遍的個を開くことだ。それが開かれなければ、真にはなり得ない。
長い間、人間に「真」はないと思い込んでいた。「真」に触れたということも傲慢で、人間は不実であり虚偽であり醜いものだと思い込んでいた。「真」に触れたという思いそのものが傲慢であると。当然、その考えは自分を閉鎖的にし、絶望へと導いた。
しかし、触れたという思いも、触れ得ぬという思いも、ともに「自分の心の中の出来事」だった。
阿弥陀さんに、そのこころの根っこの閉鎖性を破ってもらうしか、そこから抜け出ることができない。「触れられるか、触れられないか」その両方の考えを超えさせてもらうことだ。
淨土へのカギは、こちら側にはついていない、向こう側からしか開けてもらえないようになっているのだ。
●2016年12月27日●
NHKの朝ドラ「べっぴんさん」の主役・すみれのセリフが気になっている。
それは「あまちゃん」の「ジェジェジェ」でも、「アサが来た」の「ビックリポン」でも、「八重の桜」の「さすけねぇ」でもない。
あまり感情を刺激するようなインパクトのある言葉ではない。
それは「な・ん・か・なぁ…」である。
必ずすみれが独り言の形で、自分に問い返すように、ゆっくりと、漏れる吐息のようなセリフだ。
それは対人関係で行き詰まったときや、何かを新しく生み出すアイデアをひねっているときに漏れる。
「なんかなぁ…」だ。

例えば、大手デパートへの出店が決まり、すみれたちのベビー服の店舗コーナーの飾り付けが一応整ってからの一言が「なんかなぁ…」だった。
なんかこれでは寂しい、何か現状に満足しないときに漏れた言葉だった。

ドラマの作者は、まさか流行り言葉を狙ったわけでもないと思うのだが、「なんかなぁ…」は、ボディブローのように、効いてくる言葉だ。

それで、気がつくと、自分の日常の中でも、「なんかなぁ…」が漏れていた。

別に文句があるわけでもないし、それでもいいんだが、どうももうひとつ捻らねばならんと感じるときに出てくる。

直近なことでいえば、送られてきた『月刊 同朋』を読んでいたとき、ある文章を見ていて感じた。
別に問題もないし、間違ってもいないし、そうなんだけど、「なんかなぁ…」と感じてしまった。
仏法の言葉が、食いついてこないんだ。
仏法の言葉は、読み手に食い込んでこなければダメだと思っている。
お前はどうなんだと問われれば、何とも答えようがないが、ただ仏法の言葉としては、そういうものだと思う。

読み手のこころに切り傷が残るようなことばでなければ仏法の言葉ではない。
歎異抄の言葉たちが、まさにそうだ。
そして、言葉たちは、そういう表現を待ち望んでいるのだと思う。
たかだか50音しかないんだが、それの組み合わせは無限に近いのだろう。
単なる組み合わせなんだが、そう思わせない力をもっている。

人間は言葉で考える生き物だから、やはり、迷うのも、また迷いから覚めるのも言葉なんだ。
言葉は、考えるための道具ではない。考え、そのものだ。言葉を抜きにして、人間は考えることはできない。ただ、考えることと言葉は別だと思い込んでいて、自由に「考え」ることができるという迷信にとらわれているだけだ。言葉がコードといって、キチンとした規則に則って並べられるように、「考え」もキチンと規則に沿って流れている。規則に沿ってというよりも、その「規則」に縛られているといったほうがよい。その「考え」は自分自身で考えたものか、どこかで聞いたり、読んだりしたものか、またマインドコントロールにかかっている「考え」かのいずれかだ。
だいたいが、自分の独創ということはない。ほとんどが言葉の法則に則った「考え」が自分の考えだとマインドコントロールされているのだ。あの相模原の障害者施設を襲った青年の「考え」もだ。あるいはまた、「平均寿命」という「考え」もだ。
それらは、ある法則どおりに考えられて、法則通りに行為が運ばれるのだ。果たしてその法則に〈ほんとう〉はあるのかと逆照される意味場がない。
そんなときに「なんかなぁ…」が漏れてほしい。

「なんかなぁ…」と、言葉が漏れたときには、何か新しい表現を生んでほしいと言葉が望んでいるときなのかもしれない。そこには〈ほんとう〉はあるのかと自己を問いかえす視点が「なんかなぁ…」である。
●2016年12月25日●
「迷うのも、ただ闇雲に迷っているのではない。迷うのも真理の法則によって迷っているのだ」という安田理深先生の言葉に救われたことを思い出す。
それまで、自分が迷いに迷って沈んでいたのは、自分の側に問題があると思い込んでいたからだ。ところが、迷いが真理と無関係ではなく、むしろ真理の法則に則って迷っているのならば、迷いも自分の劣等性によるものではないと教えられた。まあそれだからといって、すぐに迷いへの執われから吹っ切れたわけではないが、大きな感動を得たことは間違いない。
物語的に語れば、救われないのは、自分の経験や能力ややり方が悪いからで、阿弥陀さんの救いにはあずかれないと思っていた。ところが、迷うのも阿弥陀さんのお手回しで、迷わされて迷っていたのである。となると、迷っているということが阿弥陀さんの救いの一環に組み込まれてくる。
自分では阿弥陀さんとの関係は「無」だと決めてかかっていたのだが、実は阿弥陀さんの手の中だったのだ。
ということは、自分の劣等性で迷っていると考えたのはなぜだろうか。おそらく、自分の頭で自分の力や経験などを判断して、これではダメだと劣等評価を下していただけなのだ。
まさに「弥陀いかばかりのちからましますとしりてか、罪業の身なれば、すくわれがたしとおもうべき」(『歎異抄』第13条所引の『唯信鈔』。『唯信鈔』は「弥陀」ではなく「仏」となっているが)だ。
傲慢にも阿弥陀さんがどほれどの救済力があるかを小賢しい凡夫の知恵で判断した上で、自分のような罪業深い身では、とても阿弥陀さんの非力な救済力では救われないだろうと判断しているのではないかと批判している。
つまり救われるか救われないかを誰が判断するのかといえば、自分自身で判断しているのだ。それで自分のように罪深いものは救われないだろうと思い込んでいる。まして、阿弥陀さんは私のような罪深いものをお救いいただけないだろうと。それは、喉から手が出るほど救って欲しいのに、「救ってくれなくてもいいよ」と拗ねているのだ。
結局、救われるのも救われないのも、それを判断しているモノサシは自分のもっている小賢しい知恵なのだ。いわば自分で自分の罪を判断して、自暴自棄になっていただけだ。そこには阿弥陀さんは介入しいないと思い込んでいた。ところが、それこそが阿弥陀さんの手の内だったのだ。
自分が判断する前の自分、自分が自分自身を考える前の自分、それを一番最初の根底に据えてしまっていた。この根底の岩盤のような自分の底に、それを基礎づけている悲愛があった。
はじめに悲願ありきだ。
●2016年12月22日●
昨日は本年最後の池袋親鸞講座だった。
テーマは『歎異抄』第16条の「回心」の問題だ。
信仰に関わっている過程において、大いなる翻りがやってくる、それを回心と仏教でもキリスト教でも言っている。昨日はイスラムについて触れられなかった。それを補う意味で『岩波イスラーム辞典』から引用しておきたい。
 この辞書で「回心」の項目を引くと、「タウバ」を見よと矢印がついていて、「タウバ」を引くとアラビア語では「tawba 」とあり「改悛、改心、悔悟。自らの罪を悔い改めることで、文脈によって異なる意味をもつ。クルアーンにおいては、それまでの罪を悔悟して神へと回帰することがしばしば命じられている。タウバは一般的には異教徒がイスラームに入信することや、誤った信仰をもったムスリムが正しい信仰に復帰することをさす。またスーフィズムにおいては俗世の関心を捨てて修行道に入ることを意味し、修行者がたどる階梯(マカーム)の第一段階とされている。そのタウバの後に過去の自分の罪を忘れるべきか否かについてが議論の的となった。」等とある。
この辞書の解説も断片的なものかもしれないが、ニュアンスとして伝わってくるものは、以前の自分や罪を脱ぎ捨てて、正しい信仰に入るということのようだ。単純化して考えると「180度の転換」ではないか。
一方、『歎異抄』が語る回心とは、「360度の転換」である。これはあくまで私のイメージに過ぎないのだが。
歎異抄は「一向専修のひとにおいては、回心ということ、ただひとたびあるべし。その回心は、日ごろ本願他力真宗をしらざるひと、弥陀の智慧をたまわりて、日ごろのこころにては、往生かなうべからずとおもいて、もとのこころをひきかえて、本願をたのみまいらするをこそ、回心とはもうしそうらえ。」と語る。
 この「ただひとたび」をどう了解するかだ。『歎異抄』の言葉もすべてイメージ言語なので、曖昧さが付きまとう。私たちはこの「ただひとたび」を、一回の体験と受け取ってしまう場合が多い。つまりいままで人生を生きてきて、その中で大きな信仰体験をすることだと理解する。卑近な礼だが、いままで自転車に乗れなかったが、何回も転びながら乗れるようになる体験と近いだろうか。感動的な映画をみて、それからの人生観が変わったというものよりも、自分の身体を通した体験だから、自転車の譬えのほうが近いような気がする。
 一度自転車に乗るという体験が出来上がると、長い間、自転車に乗っていなくても、いつでも乗りこなすことができる。回心も、それと同じように、人生のある時点に成り立った経験だと理解してしまう。自転車が乗れるという体験は、傲慢を生む。自転車を乗れない人間に対して、優越感を抱く。体験とは「するかしないか」という行為に属しているから、必ず優越感と劣等感に引き裂かれる。しかし、『歎異抄』のいう「ひとたび」という意味は、それとは違っているように思える。
 まあ私も、回心という体験が欲しくてたまらない時期があった。意識的に真宗に触れ始めた40年前のことだ。回心を体験していなければ、人前で法を説くこともできず、一人前の信仰者ではないと思っていた。それで回心の体験を切望していく中で、回心を体験したのだ。ところが、体験としての回心は、すぐに色あせてしまう。「わかった!」と躍り上がり、「これこそが回心だ!」と感動したのが、少し日がたつと、その体験も色あせてくる。元の木阿弥で、あの体験は嘘だったのではないかと絶望に突き落とされる。
 面白いことに、自分が幸せを感じたり、喜んだり、笑ったりしているときに、特に激しい絶望感が襲ってきた。はらわたがよじられるほどの絶望感だった。それでまた振り出しに戻された気持ちになって、またひたすらわかったようなわからないような教えの世界へ埋没していった。こんなことなら、真宗をやめようかなと思うほどだった。まあ真宗はやめてたとしても、自分自身を脱ぎ捨てて生きることはできないのだから、それは無理なのだ。さとりや救いの条件を一切排除したのが真宗だから、方法論がないのだ。これこそが難行道だ。
 それでわかったことは、私は回心を「能力」の問題として考えていたということだ。回心ができるはずなのに、自分に回心の体験がないのは、自分の能力が足りないから、経験がたりないから、勉強が足りないからじゃないかと考えていた。回心できていないのは、自分に責任があると劣等感に沈んでいただけだ。
 実は回心とは能力の問題ではないのに、それを能力の問題と間違って受け取り、自分自身を苦しめていただけだったのだ。それは第9条の唯円の問題と同質なのだ。信心を喜べないのは自分に問題があるんだと考える考え方だ。煩悩を制御できると考えている心が自分を苦しめているだけだ。
 いまでは、回心をしていようとしていまいと、そんなことはどっちでもよくなった。
だいたい回心は体験ではないからだ。回心とは、いま(時間観)・ここ(世界観)・私(主体観)がそっくり転換されることで、人間の「体験」にはなり得ない出来事だ。
 回心が能力だと考えている心は、時間を「客観的なもの」と考えて、過去→現在→未来と考えている。これを通時的時間観と私は呼んでいる。その時間観を土台にして、回心という体験をそれに当てはめようとする。回心の体験をしたかしないかを判定するのは、自分だから、自分に聞いてみれば一番よく分かる。過去に体験がなければ未来に体験があるはずだと考える。その手の体験は自転車の譬喩と同じだ。自分が自転車を乗れるようになったかどうかは自分以外にはわからない。それは能力主義をベースにして考えているからだ。
 ところが歎異抄のいう「ひとたび」とは、いわば「一生涯を包むようなひとたび」なのだ。通時的時間観をベースにして、ある時点に体験を固定化するのではなく、その時間観そのものを転換させることである。それを共時的時間観と私は名づけている。この時間観は、〈いま〉という時間の内部に未来も過去も包み込まれるものだ。つまり時間は過去から未来へと流れるものではなく、すべてが今の内容となるものだ。
 だから、「何年、何月、何日に回心したのですか?」という問いかけが役に立たなくなるような時間論だ。浄土系の新興宗教では、回心の年月日を明記させるものがあるらしい。もしそんなものがあったら、それはカルト宗教に違いない。「信前信後」などという用語自体が、真実を見失わせる見方なのだ。
 もし「信前信後」という言葉を使うならば、信前と信後は何も変わらないと言えなければならない。何も変わらないけれども、まったく変わってしまった、それが360度の転換だ。
 先にも書いたように「いま(時間観))「ここ(世界観)」・「私(主体観)」が360度かわることが回心だ。
1、いま→時間観は、通時的時間観→共時的時間観へ
2、ここ→世界観は、一世界全人類包摂世界観→一人一世界観へ
3、私→主体観は、主体としての自己→客体としての自己へ
3の主体観は、いままで自分自分と思ってきたが、自分は「主体」ではなく、「客体」だったと転換することだ。つまり、すべては受動が先行していて、誕生から死までが「させられて、している」ということなのだ。呼吸は、自分が自由にしているわけではない。意識的に止めようとしても止められない。だから、「呼吸させられて、呼吸している」のだ。「見させられて、見ている」「歩かされて、歩いている」、「考えさせられて、考えている」すべて受動が先行している。
 自分とは煩悩が沸き起こる器だ。自分が煩悩を起こしているのではない。私にとって煩悩は受け身だから、「怒らされて、怒っている」のだ。どこにも自分の能動的な意志は混じっていない。では何が主体になって、そうしているのかといえば、それは阿弥陀さんだ。阿弥陀さんが「私」という場所において腹を立てさせて、私に腹が立つという感情を教えてくれる。主体は阿弥陀さんで、私は客体になることだ。
 
 「真実」とは何だろうか。もっと正しくいえば、親鸞が「真実」という言葉で表現したかったものは何だろうか。それは言葉ではいえないものなのだ。私も「回心コンプレックス」に陥ったが、それはこっちから獲得しようとしていた回心だった。しかし、自分は「回心してはいない」ということははっきりと感じられた。これは不思議なことだった。回心などまったくわからないのに、それであるのに自分は回心してはいないと明確に言うことができた。ということは、私はどこかで回心ということを知っている、感じているのだ。感じているから、「回心していない」と明言できたのだ。
 回心がわからないときは、つまり真実とひとつになっていないときは、何をやっても空しいのだ。どれだけ刻苦勉励して励んでも、苦しい作業などをしても、これでよしとは言わせないものがあった。その一点が明確になれば、何をしていてもよいといえるようなもの、それが「真実」だ。だがその一点が不明確であれば、何をしても、どれほど苦しい修行をしたところで、それはすべて空しいのだ。
 まあ、空しくさせてくれるのも自分を超えたはたらきなのだと、いまでは感謝できる。

いかなる「行為」でも、真実とひとつになることができない。どんな誠実なことをしたからといっても、どんな難行苦行をしたからといってもダメなのだ。何といったらよいか、存在といったらよいか。真実と一部分の接点で触れ合っているといった感覚だ。アンテナの一部分触れ合っている。髪の毛の細さの、羽の毛先の先端で触れていられれば、いつでも、どこでも、何をしていても、それは「真実」なのだ。
 自分が真実と同化したり一体化するわけではない。自分は徹底的に「偽善」でしかない。ただその偽善の私が、真実と毛先の先端の一部分接触している。その一部分があることで、〈いま〉が安定してくる。こっちから真実になろう近づこうとして「行為」している間は、〈いま〉が不安定になる。逆説的な言い方だが、近づこうとする動きが止まって零度に制止したとき、向こうから真実が触れてくる。いや向こうは最初から制止していたのだ。向こうからこっちへ近づいてくるわけではない。こっちの動きが止まったとき、実は最初から触れていたことに目覚めただけだ。
 一点の接触で、自分はどこまででも偽善をなめ尽くすことのできる安心感が与えられる。それが「地獄一定」の安心感だ。 
●2016年12月19日●
真実とは何かと問いを立てている。しかしその問いの中に答えが既に収まっている。
つまり、自分が問いを立てて、自分が答えをつかみ取ることができるという問いの質が、そこに答えを出している。
つまり、自分で掴んだ限りの答えは、答えにはならないと。そうなると、真実とは自分にはわからない、つまり掴めないものとしてしか無いのだ。
親鸞も、「不可称、不可説、不可思議」などといっている。たとえ「真実」という言葉を使っているからといって、真実を知っているわけではない。言葉になって人間に理解される限りでの真実は〈ほんとう〉の真実ではない。真実は人間が語ることも考えることもできないものだからだ。そして人間が掴めないものだから、人間にとっては、それが、いわゆる「救い」になるのだ。人間が掴めるものは、人間より小さいか、人間と同程度のものだけだ。人間を超えたもの以外に「救い」はない。
いわば「逆照」だ。
自分が掴もうとする形で真実は手に入らず、むしろ真実から逆照されることによってだけ真実に触れるということだ。だから、親鸞も釈迦も真実を掴んだわけではない。わかったわけでもない。
それには触れえないという形でのみ、真実と出遇うのだ。
強烈な光に照らされた影のみが光の存在を証明する。影の濃さだけが真実を証明するのだ。 親鸞は自分はとても仏弟子とは言えないといって「釈」を名のらない場所がある。それが「悲嘆述懐」といわれる部分だ。
「誠にしりぬ、愚禿鸞、愛欲の航海に沈没して、名利の太山に迷惑して、定聚の数に入ることを喜ばず、真証の証に近づくことを快しまざることを、恥ずべし傷むべし。」(『教行信証』信巻)
普通は、「愚禿釈親鸞」と署名するのに、ここでは「釈」が抜けている。なぜ抜いたのかは親鸞に聞かないとわからないのだが、まあ仏弟子失格の自分だとという自覚を表したものだろうと想像する。
それは愛欲の広い海に溺れ、名利の山に迷い入って、さとりに近づこうとか仏道を求めようなどということをまったく喜んではいない自分だというのだ。愛欲は説明しなくてもわかる。名利とは名声と利害損得だ。現代人は、欲望や利害があるのは当たり前じゃないか、それがなければ娑婆を生きていけないじゃないかと、居直る。
親鸞は居直れず、それを「恥ずべし、傷むべし」と懺悔した。これが阿弥陀の光に逆照された証明だろう。「恥ずべし、傷むべし」は自己反省ではない。自己反省は慙愧だ。慙愧の底が破れたのが懺悔だ。これは懺悔の表白だと思う。
さとりを求めようとする心そのものが、個人的な安楽を求める自我関心から出発している。自分さえ助かればよいのだという関心だ。だから仏道を求めること自体が恥ずかしいことなのだ。
それでは、やめられるかといえばやめられない。個人的な自己関心であっても、それでもその道をいくしかない。なおその底を突き破って、そうせざるを得ないものに突き動かされているからだ。
そして突き動かしているものが、実は自分を超えた力だったと気付く。それがオセロのように次々と黒が白にひっくり返され、いよいよすべてが他力だと覚めていき、とうとう自分というものなどどこにもないと覚める。
自分の底で自分を突き動かしているものこそ真実なのだ。真実とは名詞でなく動詞なのだ。
●2016年12月14日●
泣いても笑っても、怒っても悲しんでも、所詮は「一人一世界」の内的出来事だ。
なぜならば、私たちがこの世と関わる先端は五官というインターフェイスだが、それをとりまとめているのが自我意識だからだ。その自我意識を仏教では三毒といってきた。貪欲(欲望)、瞋恚(感情)、そしてそれらを成り立たせている愚痴(意識)である。それを細分化して、唯識では「貪・瞋・痴・慢・疑・見」を六大煩悩とし、それをさらに細分化して「随煩悩」(忿・恨・覆・悩・嫉・妬・誑・諂・害・憍・慳・無慚・無愧・掉挙・惛沈・不信・懈怠・放逸・失念・散乱・不正知)と分析した。
これらが私たちが、この世と関わるときのこころの構えなのだ。これ以外にはないのだ。ただ、それが透明になっていて、自分には見えないというということが最大の問題だ。
究極的に、自分たちは「被害者」なので、それが私たちを煩悩発生装置に変えていく。赤ちゃんは煩悩不具足だが、大人は煩悩も成長し発展し、煩悩具足に育っていく。
そして、あたかも、自分を苦しめるものが外界にあるかのように錯覚する。まあ外界は素材だ。その素材を料理し、味付けして、煩悩の対象物として育て上げるのも煩悩だ。
煩悩は何かを恐れている。恐れて身構えている。
それは自分自身の投影した煩悩が恐ろしいのだろう。
そのとき、歎異抄は「悪をもおそるべからず」(第一条)と訴えかけてくる。翻訳すれば「煩悩をもおそるべからず」だ。
煩悩は幻想だったのだ。自らつくり、自らが恐れおののく。それを自業自得というのである。
●2016年12月10日●
昨日、15時頃、チビ太(さくら)君は生きを引き取った。
ここ数日、動きがかなり緩慢で、餌もあまり食べていなかった。ずっと寝ていることが多かった。お気に入りの場所は、因速寺の大玄関前のマットの上。
 晩年は、そこでよく寝ていた。まるで招き猫のようだった。来客は、一向と動こうとしない猫を邪魔臭そうにしながら、入り口から入っていた。猫好きのひとは、必ずしゃがんで彼を撫でていた。
息子が中学生の頃、拾ってきた雄猫だった。その息子も31歳だから、17歳くらいの老猫になっているはずだ。長い尾っぽを蓄えた、細身の素敵な猫だった。
若いころは、やんちゃな性格で、向こう意気が強く、いつまでも撫でていると、「やめろ!」といわんばかりに爪でひとの手を引っ掻いたものだ。縄張り争いで、怪我をしてきたのは数えきれないくらいだ。雄猫なんで、餌を食べたら、必ず表へ出かけていく。寒い夜も、雨の日も。こんな日くらい、暖かい家の中にいたらと言っても、そんなことはお構いなしで、ドアの前で「出して下さい」といわんばかりに鳴く。仕方なく、ドアを開けると颯爽と表へ出かけていった。
ハルノ宵子さんが『それでも猫は出かけていく』という本を出しているが、その題名の通りの生きざまが猫という生き物なのだ。人間には計り知れない世界を生きている。
母は、やれ病院へ連れて行くとか騒いでいたが、娘たちは、このまま自然の成り行きにまかせて、楽にしてあげればよいと対立した。とうとう、自然の成り行きにまかせることになった。
横たわって、お腹の下の方がかすかに上下していた。それもいまで静まり返り、やがて体が固くなっていった。ノミは現金なもので、自分たちが取りつく宿主から血液が吸えないと察知したのか、宿主からピョンピョンと出ていってしまった。
いのちが、ひとつ、世界とともに消えた。

※生前、可愛がっていただいた方々に、彼に代わって御礼申し上げます。有り難うございました。
●2016年12月4日●
昨日の六組聞法会では、岐阜県髙山市から三島清圓先生にお越しいただいて「必ず死ぬのになぜ生きる」という六組サブテーマに沿ってお話いただいた。
印象に残ったのは「それで?」だった。若いころ三島先生の師匠に「大学の卒論のテーマを決めました」と報告すると、「それで?」と応答されたという。また「結婚することになりました」と報告すると、「それで?」と。「就職することになりました」と報告すると、「それで?」と必ず応答され、それで育てられたと話されたことだ。
それはちょうど夏目漱石の「それらか」と共鳴した。漱石は結局「門」の前に立ち止まり、門をくぐることはなかった。それはもとかく、「それで?」とは、いわば、「人生に結論無し」と師匠が言いたかったのではないかと想像した。
自分自身は、何のためにこの世に出てきたのか、誕生したのか、それが分からないから、あれこれと、それを掴もうとする。しかし、それをことごとく「それで?」と応じられることで、どれもこれも結論ではないとひっくり返されてしまう。だから、報告するたびに、妙な違和感というか不快感を感じられたのではないか。まあ、どれもこれも「取り敢えず」そうしておく問題で、結論ではないと、落ち着かせてくれないからだ。
「必ず死ぬのになぜ生きる」というテーマは、我々に「その答えを見付よ」と迫ってくる。そして結論を出そうとする。「このために生きてきたのだ」、「このために生きるのだ」と。しかし残念なことに、人間が掴んだ結論はすべて「それで?」と打ち消されてしまう。砂上の楼閣というか、粒子の細かい砂を手で掴もうとしても、スルスルと指の隙間から砂は漏れてしまうようなものだ。
私は「必ず死ぬのになぜ生きる」という問いを、人間が自分自身に向けてしまったら、これは究極的に絶望以外にないのだと思う。そうではなく、向こうから問いかけられている問いと受け止めれば、それは光となってくると思っている。「問う者かから、問われる者へ」だ。
擬人化していれば、このテーマは阿弥陀さんから問いかけられている問いであって、自分が自分自身へ向けて問われているのではないということだ。自分でその答えを出そうとすると、自分より小さなものしか答えにはならない。自分で「これだとわかった答え」は、すべて奪われてしまう答えだからだ。自分の手で掴んだ答えは、自分より軽いものだし、自分より小さなものだから、自分が、ひっくり返されるものではない。
その答えで安心しようとするのだが、その答えの賞味期限は早い。あっと言う間に賞味期限切れで、色あせてしまい魅力を失ってしまう。
孫が可愛いからといって溺愛して来たが、成長してくると憎らしいことも言うし、言うことも利かなくなる。そうすると、これまで可愛がってきたのにと愚痴になる。人間の自我は不安定なものだから、なんでも答えにするのだが、その答えに一生涯安定感を見いだすことはできない。
だから、「必ず死ぬのになぜ生きる」という問いは、ある種の脅迫でもある。何ものにも答えを見いださせない脅迫的問いである。
それでひっくり返る。ひっくり返れば、それは人間の問いではなく、阿弥陀さんの問いだと夢からさめる。阿弥陀さんから問われるとどうなるかといえば、その答えは阿弥陀さんだけがご存じだとなる。つまり南無阿弥陀仏ということだ。
「親鸞におきては、ただ念仏して、弥陀にたすけられまいらすべしと、よきひとのおおせをかぶりて信ずるほかに別の子細なきなり」(歎異抄第2条)である。そもそも「念仏が浄土へうまるるたねにてやはんべるらん、地獄へおつべき業にてははんべるらん。総じてもって存知せざるなり」(同)だからだ。浄土へ生まれるために生きているのか、地獄へ堕ちるために生きているのか、私は知りませんよ、そもそもそんなことは阿弥陀さんにすべておまかせしてありますからというのだ。
そこまで来れば、「生きる意味」という病から解放される。そして脱自的客体としての生が始まる。生きていることの主体が阿弥陀さんそものもであり、「私」とは脱自的客体となる。それが「愚者になりて往生す」(末燈鈔)という法然の言葉の真意だろう。愚とは相対的な愚ではなく、本質的な愚である。無色透明な「愚」である。
それはいつもいうように、「見せられて、見ている」という世界だ。自分の住める世界は「客体」だったのだ。南無の世界だったのだ。
●2016年12月2日●
「論註の会」に佐藤研先生が出てくれた。
観経疏の「三仏菩提尊」の箇所で、なぜ二仏でなく三仏かと質問した。仏身説には二身説と、三身説と四身説がある。1法身と2生身(色身・応身)の二身説。それに3報身を加えた三身説だ。「法身・応身のほかに、仏となるための因としての行を積み、その報いとしての完全な功徳を具えた仏身として報身が立てられた」(『岩波仏教辞典』)とある。
『唯信鈔文意』では、次のようにいっている。
「極楽無為涅槃界 随縁雑善恐難生 故使如来選要法 教念弥陀専復専」(法事讃)。「極楽無為涅槃界」というは、「極楽」ともうすは、かの安楽浄土なり。よろずのたのしみつねにして、くるしみまじわらざるなり。かのくにをば安養といえり。(略)「涅槃」をば、滅度という、無為という、安楽という、常楽という、実相という、法身という、法性という、真如という、一如という、仏性という。仏性すなわち如来なり。この如来、微塵世界にみちみちたまえり。すなわち、一切群生海の心なり。この心に誓願を信楽するがゆえに、この信心すなわち仏性なり。仏性すなわち法性なり。法性すなわち法身なり。法身は、いろもなし、かたちもましまさず。しかれば、こころもおよばれず。ことばもたえたり。この一如よりかたちをあらわして、方便法身ともうす御すがたをしめして、法蔵比丘となのりたまいて、不可思議の大誓願をおこして、あらわれたまう御かたちをば、世親菩薩は、尽十方無碍光如来となづけたてまつりたまえり。この如来を報身ともうす。誓願の業因にむくいたまえるゆえに、報身如来ともうすなり。報ともうすは、たねにむくいたるなり。この報身より、応化等の無量無数の身をあらわして、微塵世界に無碍の智慧光をはなたしめたまうゆえに、尽十方無碍光仏ともうすひかりにて、かたちもましまさず、いろもましまさず。無明のやみをはらい、悪業にさえられず。このゆえに、無碍光ともうすなり。」と述べている。
 親鸞は、阿弥陀如来の本願が報われた身体を「報身」といい、また『末燈鈔』では、「三身というは、一には法身、二には報身、三には応身なり。いまこの弥陀如来は報身如来なり」(『末燈鈔』)と述べている。
法身とは、無色透明で考えることもできない真実そのものだといい、応身とは、応化身のことだろうから、法をさとった肉親の仏さんをイメージしているのだろう。そのどちらでもないのが報身だという。いわば言葉であり意味であるような法のはたらきを擬人化しているのだ。
原理的に考えれば、真実が方便かの二元論でよいのだ。また真実か虚偽かということだから、デジタルな二元論でなければならない。なぜ、3というこうが大切なのか。親鸞の思想世界は「3」で成り立っている。昔から「三々の法門」と呼ばれてきた。
これはキリスト教の「三位一体」説と共鳴している。
1阿弥陀・2釈迦(親鸞)・3本願の関係と、1神(父)・2イエス(子)・3聖霊の関係は似ている。なぜキリスト教では3を大切にするのかという質問をしてみたら、佐藤先生は「3によって動きが生まれる」というように語られたように聞こえた。なにせ耳が遠いので、よくは聞こえないのだ。
どうしても2項ではスタティック(静的)になってしまって動きが消える。「あれかこれか」という二つに一つになるからだ。しかし3を加えると、1から2へ、2から1へという動きが生まれる。1+2=3、3-2=1という流れだ。3とはいわば1から2へ2から1へということが展開する「場所」のことなのかもしれない。
キリスト教でも聖霊がなければ、神とイエスをつなぐものがないのだろう。そこは浄土教と同じ形ではないか。
ただ違っているところもあるという。佐藤先生はキリスト教では「人間は神の被造物であるということで線を引いてしまう」といわれた。だから、被造物である私の本質を究明する、禅では「己事究明」ということなどは論外だそうだ。スタティックな感じだ。おそらくそのへんが気に食わないので、佐藤先生は「禅キリスト教」などとおっしゃっているのだと思われる。
私も仏教とかキリスト教とかは現象であってどうでもよいと思っている。人間についての〈ほんとう〉が表現されていれば、それでよいのだ。だから、モザイクでよいのではないか。
ただし、そこへ行き着くまでには、やはり「2」が大切なのだ。2がなければ3は開けないように思える。つまり、自分の側に「真実」はない、虚偽そのものだという場が決定したところから、3が開かれるのだ。この世のどこかに真実があると希望をいだいたりしたら3にはならない。この世に真実がないから、お互いにボチボチデンナーという世界が開かれるのだし、いろんなひとと対話の場が開かれるというものだ。
お互いに、意味もわからずこの世に投げ出された存在だからだ。
そもそもこの世に誕生してきたこと自体、自分は「客体」で、いま「自分」という「一人一世界」を与えられたわけだ。この世に存在せしめたものの枝葉の展開が「自分」である。「存在せしめたもの」を具体的に想定して言っているわけではないのだが、そんなふうに思える。キリスト教では、「神の御心のまま…」というのだろうが、私は「阿弥陀さんの御心のまま…」といった感じ。人間的に見れば、ひとはみんな「老苦・病苦・死苦」を受けて死んでいくわけで、それでも「生きる意味はあるのか?」と宿題が与えられている。それにどう答えるかは一人一人に任されている。
まどみちおさんの詩に「喜んでいるのだろう」がある。(何度か書いたことだが)

犬は喜んでいるのだろう 自分がちょうど犬くらいに 犬にして貰えていることだけは
スズメも喜んでいるのだろう 自分がちょうどスズメくらいに スズメにして貰えていることだは
ヘビもアリもタンポポもスミレも みんなめいめいに喜んでいるのだろう
自分がちょうど自分くらいに 自分にして貰えていることだけは
で 人間よ もちろん きみも 喜んでいるのであってくれますように!
自分がちょうど人間くらいに 人間にして貰えていることを
そして そのうえに 犬もスズメもヘビもアリもタンポポもスミレも
そのほかのどんな生き物でもが みんな ちょうどその生き物くらいに
その生き物にして貰えていることをまでも

まどさんから「で、お前よ!もちろん 君も喜んでいるのだろうな!」と突きつけられている。この優しい刃から、誰も逃れることができない。
●2016年11月28日●
久しぶりに「大食い選手権」を、ちょっとだけ見た。
以前から、この手の番組は批判を受けやすい。食べ物を粗末にしているとか、飽食の極みだとか、飢えて死ぬ子供たちがいるんだとか、食料不足だった頃のことを思うととても見ていられないとか、まったく下らないとか。確かにそういった批判のあることはよくわかる。私の内部にもそういうわだかまりがある。しかし、下らない番組なのに、なぜひとはそれを見るのか。この文化現象を考えてみた。
まず「食べる」ということは、生き物である限り避けて通れない問題だ。動物は、自ら他の生物に近づき、それを捕食する。ほとんどの植物は素早く動かないが、人間は「動く物」、動物である。動物には、すでに胃袋がある。だから捕食行動をとる。人間以外は、まあいろいろな生き物もあるが、ほとんど食べ物を探し回っている時間が人生ではないか。
そういう捕食性質が、無意識にまで達しているから、なぜだか大食い番組に魅せられるのだろうか。見ていても、そんなに美しいものではない。ただ制限時間内に獲物に武者振りついているのだから。ライオンがインパラを食べているシーンも美しいものではない。美しいものではないし、むしろ醜いものだが、そこに眼が惹きつけられるのはなぜか。
自分が思っている以上に、何かもっと本能的な野獣性がそうさせるのだろうか。
大食い文化をリードしていたのは、ギャル曽根だが、彼女の満腹状態をレントゲンで撮ったら、胃がお腹いっぱいに膨らんでいた。特異体質で、どんどんお腹に詰め込んでも大丈夫なのは、胃が拡大していたからだ。普通の胃袋の持ち主では、とてもあれだけの量を食べることはできない。いくら努力しても、あれだけを食べることは不可能だ。だから、いわば異常体質のなせるわざだ。これもある意味では、オリンピックに近いかもしれない。彼らは訓練や鍛練の結果、ひとが達せられないものを成し遂げるのだが、後天的なものだけではあれほどにはなれない。やはり特異体質でなければダメだろう。
見ている側は、むしろギャル曽根の食べっぷりを見ていて、徐々に、崇高さまで感じてしまうのだ。特にギャル曽根の食べっぷりは美しい。演劇か芝居のように熟練した食べ方だった。これは他の大食いファイターにはないところではないか。
あそこまで、底無しに食べられることに対する羨ましささへ感じてしまう。番組を見終わってしまうと、妙に空しいものが残るのも事実だった。やはり食べるということは、食材を消去することだから、空しいものなのだろう。まあ、彼女たちは、味わっているという余裕はないはずだ。ただ胃袋に食材をできるだけ多く制限時間内に詰め込むという行があるだけだ。
そこには、とてつもない無意味さが横たわっている。
この空しさを見たいために、あの番組に惹かれるのか。そうかも知れない。無意味さを前にして、無意味さへの共感として、あの番組が成り立っているのかも知れない。
●2016年11月25日●
勉強会、「読む会」報告。
昨日は、『教行信証』の「教巻」をすべて読んだ。冒頭の「謹んで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり、一つには往相、二つには還相なり。往相の回向について、真実の教行信証あり。」から始まった。この「回向」の考え方は、親鸞独自だ。親鸞以前の「回向」という言葉は、行者(人間)が他に働きかけて何らかの効果を得るという文脈で使われきた。桐山靖雄教授は「回向」には経典に現れる回向には大きく分けて二つの意味があると見いだされた。「内容転換の回向と方向転換の回向」。「内容転換」とは、行者の修行が、亡者の利益になるとか、行者の修行の行為が他者の受ける利益に転換されるという意味だ。もうひとつは、回向が自分自身の利益にかえってくるのではなく、他者へ向かうというのが方法転換の回向だ。しかし親鸞のいう「回向」とは、すべて如来が人間に向かってくる回向なので、概念がまったく違う。
 ここで「回向に二種あり」というのだが、これは二つの種類の違った回向があるのではなく、如来回向が表面上二つに現れた回向という意味だ。往相というのは、「往生浄土の相」の略称で、私たち人間が浄土へ往生するという能動の側面、しかし、それは人間の自発性によるものでなく、あくまで如来からの回向という意味で、「還相回向」を説く。還相とは「還来穢国の相」の略称で、浄土から穢国、つまり我々の娑婆に還ってくる方向だ。この二つが異質のように感じてしまうのは、「二種」という言葉があるからだ。ただ二つのはたらきを「二種」といったのだ。譬えれば、回向がループ状になっていると想像すればわかりやすい。自転車のチェーンのようにループになっていれば、上のチェーンが前へ進むと、下のチェーンは後へいくのと同じ。私たちが浄土へ往生するという動きは、実は如来が浄土から娑婆へ戻ってきて、私を後から浄土へ押し出すというイメージだ。回向はループ状なんだ。ただ方向が違うだけ。もし往相回向だけだと、その根拠が不明になってしまう。私たちが浄土へ向かおうとするはたらきの根拠は、私たちにはないのだから、往相回向だけでは不十分なのだ。そこで往相回向の根拠として還相回向がなければならない。つまり、私たちには浄土へ向かう必然性はない、あくまで如来からの促し以外にないということだ。
よく還相回向は、私たちが「社会実践」をして他者を利益することだという説を聞くが、それは誤読だ。回向の主体は、いかなるときでも如来以外にはない。
また続いて、「真実の教を顕さば、すなわち大無量寿経これなり」と親鸞はいう。ここで浄土三部経全部を上げずに大経だけをあげている。もう大経を出せば、その中に観無量寿経も阿弥陀経も包含されているという理解だと思う。だから三部経全部を出さずに大経ひとつをあげている。大経がテーブルで、その上に観経も阿弥陀経も乗っかっているというイメージだ。
さらに「この経の大意は、弥陀、誓いを超発して、広く法蔵を開きて、凡小を哀れみて、選びて功徳の宝を施することをいたす。釈迦、世に出興して、道教を光闡して、群萌を掬い、恵むに真実の利をもってせんと欲してなり。」と出てくる。
ここに「弥陀と釈迦」という浄土教の基本概念である「二尊教」が明記されている。弥陀は「救主」、釈迦は「教主」。釈迦の「言葉」によって教えられた弥陀の本願という「意味」によって救われるのだ。だから、私は弥陀は「意味」、釈迦は「言葉」と考えている。これを一人の人間、つまり釈迦一仏にやられてしまったのが法華経だ。これをやると、釈迦というカリスマが出来上がってしまう。そこをあくまで「教えは釈迦、救いは弥陀」と分けることで信仰の健康性を取り戻した。
続いて「ここをもって、如来の本願を説きて、経の宗致とす。すなわち、仏の名号をもって、経の体とするなり。」と締めくくる。「経の宗致」とは、経の究極的な意味のことで、それは阿弥陀さんの本願だ。また経の体とは「体系」、つまり全体像は南無阿弥陀仏なのだという意味だ。いわばあらゆる経を短縮すれば南無阿弥陀仏という六字になるし、南無阿弥陀仏の意味を展開すれば、そこらか無限の経が生まれる。それでその経が指し示している意味は、阿弥陀さんの悲愛だけだと宣言している。
そこから「何をもってか、出世の大事なりと知ることを得るとならば」と切り出して、大経、平等覚経、無量寿如来会の三つの「大経異訳の経典」を引いていく。大経がインド語から翻訳されたものは、時代によって12本あったといわれる。ところがいま伝わっているのが5本だけなので、「五存七欠」という。五つが存在し、7つが欠けている。親鸞は、南無阿弥陀仏が真実であることを証明するために、大経を中心に異訳の経典も補って引用する。この大経の引文では、従兄弟の阿難が普段と違ったお釈迦さんを見て、「いつもと違うね!輝いているね!」といったと、そして「どうしてそんなに輝いているの!」と阿難がいったら、お釈迦さんは、「お前は凄いところに気付いたね。誰かにそのことを教えられて聞いているか、それとも自分の実感か?」と尋ねたという内容です。そして先の「二尊教」の内容が展開したと記されている。
私は、阿難の「対幻想」(吉本隆明用語)からの覚醒がここで述べられているのだと思う。幻想からの覚醒こそが仏道の要だというのだろう。
『教行信証』といって、教巻・行巻・信巻・証巻(真仏土巻・化身土巻)とあるのだが、分量的にどの巻も同じかと思いきや、「教巻」はわずか3頁くらい。一番分量が多いのが信巻で、親鸞はやはり信巻を重点的に書いたと言えるだろう。教巻はこれで十分だと判断したのだろう。まあ、ほんとうは南無阿弥陀仏という六字以外には経はないのだから、この経こそが我々の教なのだと、それで十分なんだ。
 親鸞以前は、「教→信→行→証」だ。教えを信じて修行して証(サトリ)を得ると。これは何かを成し遂げようとする方法論としては正しいように見える。しかし親鸞は「教行信証」という。信の位置が違う。「教信行証」と「教行信証」は文字は似ていて順番が違うだけのように見えるが、ものが違うのだ。いわば、親鸞が考える「信」には教も行も証も収まってしまうのだ。『歎異抄』(第一条)でいえば「信心を要とすとしるべし」である。教えは「南無阿弥陀仏」ひとつだ。そして信心も、阿弥陀さんのはたらき、つまり「行」からの促しで成り立つことだし、証というサトリも、信心の内容として語られる。一切合切が、阿弥陀さんからの促しの上に成り立つ仏教を確立したのだ。
 親鸞以前は「行」はすべて人間が行うという理解だったが、親鸞が考える「行」はすべて如来が主語である。それの行を受動することを「信」という。さらに、「証(サトリ)」もその信の中に成り立つことだと受け止められている。
 話し合いをしているとき、大経や平等覚経に出てくるお釈迦さんは、ずいぶん傲慢な言い方だねという話が出た。これを「傲慢度」という言葉で量ると、大経も確かに傲慢なところがあるが、法華経に出てくるお釈迦さんの傲慢度はもっと高い。お前たちにのようなものにはとても説けないといって説法を拒否している。舎利弗が三回お話いただけませんかと請うたが、釈迦は三回とも「止めよう」と断ったというので、「三止三請」といわれる。
 まあ、お釈迦さんも、まだ未熟だったので、そのような傲慢な態度を取ったのだと思われる。お釈迦さんも留まることなく生涯、成長していたのではないか。

〔難波別院発行の新聞『南御堂』紙の2017年2月号&3月号の第一面に小生の文章が載ります。ご縁のある方はご覧ください。因みに『南御堂』(ミナミミドウ)紙は、真宗大谷派の大阪の難波別院が毎月発行している新聞で、エッセイや法話ダイジェストなどが載っていて、とても素晴しい新聞です。毎月、講読されることをお勧めします。年間購読料は2000円。申し込みは、℡06-6251-5820。難波別院まで!
 もうひとつお勧めは、京都東本願寺本山が毎月発行している『ともしび』紙〔10頁もの〕です。(これに小生の文章は載りません!)これは本山の日曜講演でピックアップされた方のお話が冊子にされています。よって、京都まで行かなくてもお話が「読める」という優れものです。年間購読料は1500円です。申し込みは、075-371-9189東本願寺出版まで。お勧めです!〕
●2016年11月23日●
河合隼雄さんには、私の人生を生きるについていろいろと教えられることが多く、いつ読んでも、氏の本には刺激を受け、頭が下がる。いわゆる仏教と科学である精神分析とは異質だと考える頭の固いひとには、理解されないことが多い。
しかし、仏教も精神分析も扱っている素材は同じなのだ。つまり「苦悩する人間存在」という素材である。だから、光の当て方が少し違っているだけで、お互いに教えられることが多いのだ。さて、『物語と人間の科学』(岩波書店1993年)の、この箇所に刺激を受けた。
「例えば家へ帰ったら奥さんが死んでいたということがありますね。自分の目の前で恋人が交通事故で死ぬ。あるいは自分自身が思いがけない病気になることがある。急に会社がつぶれることがある。われわれの世界が急にコロッと変わる。自分が支えられていたものを急に失っていく。そのとき、私は本当は何に支えれらているかということが問題になる。
そういうとき、自分の支えをこの世の支えを超えて、超越的な、絶対的なものとの関連において考えることが宗教的なことだと思います。たとえば、死んでからあちらの世界で住む家が確立している人は、この世が急に変化してもそれほど驚かないことでしょう。」
確かに、この世を超えたところに支えをもっているひとは、この世のことが崩壊しても
うろたえないのかもしれない。だから、あの世の支えを持とうというのは、いかがなものだろうか。
確かに、この世を超えた支えとして真宗は「阿弥陀さんの浄土」を語ってきた。願わくは、この世のことが崩壊したときには、支えとなって下さることをと思う。しかし、そのことと、初めからこの世が崩壊したことを想定して、あの世(浄土)を支えとして手に入れようすることはちょっと違うような気がする。
これはなかなか微妙な話だ。
親鸞は、曇鸞の浄土論註を『教行信証』に引用して「楽のためのゆえに生まれんと願ずるは、また当に往生を得ざるべきなり」(真宗聖典293頁)と述べている。自分が楽をしたいから極楽へ生まれたなどというのは、往生できないのだという。「楽のため」というのは、自分の都合に合うようにということだ。この世の支えが崩れたとき、浄土を支えとしたいので「浄土」を願うというのは、これに当たらないか。
 ある新興宗教の信者さんと話したとき、まあ彼はとても明るく快活でエネルギッシュな方だったが、彼は「あの世」を、そのまま信じていた。「あの世」を心にもつことが、これほどひとを生き生きとさせるものかと感心した。彼は、この世はすべて仮の世であり、本当の世は「あの世」なのだと言っていた。だから、この世で失敗しても、何があっても、すべてはあの世へいくための試練だとも言っていた。まあ、ご自分では「あの世」の存在を確かめられないので、超能力をもった教祖が「ある」という言葉を信じてのことだが。こういう信仰のスタイルは、その新興宗教にだけある特殊な形ではない。キリスト教でも仏教の何かもある。
 浄土真宗の内部にもあって、このスタイルを親鸞は「19願」的信仰と位置づけている。19願的信仰では、「真実報土」(=浄土)へはいくことができず、方便化土にしか生まれられないといっている。親鸞も、19願はひとを勇気づけることは知っているのだ。これも本願の内部の出来事だから。しかし、それでは18願の浄土へはいけないという。それはどうしてだろうか。
 それは〈いま〉を〈いま〉として十全に生きられないからだ。〈いま〉が「あの世」へいくための条件や手段になってしまう。まあ、それでもいいじゃないかというひともある。そこで留まって安住したいというひとには、それでもよいのかもしれないが、親鸞は飽き足らなかった。そして19願から18願へと肉薄していった。
「あの世」を知っていて、そこへいきたいというのは、まだ行ったことのないアメリカやベトナムの有ることは知っていて、そこへいきたいというのと、そうそう変わらない。
つまり、「あの世」を知っているという知そのものが、「この世」の知なのだ。「この世」の知でいけるところは、「この世」までだ。
それでも超能力や特殊霊能力で、「あの世」へいけると考えるひとは多い。『歎異抄』第2条に登場する親鸞の弟子たちもそうだ。彼らも「この世」を延長した意識で、「あの世=浄土」を考えていた。そしてそこへいく方法を親鸞という超能力者は知っていると思い込んでいる。
それに肩すかしを食らわすように、親鸞は「念仏はまことに浄土に生まるるタネにてやはんべるらん。また地獄に堕つべき業にてや、はんべるらん。総じてもって存知せざるなり」と答えている。
皆さんは、念仏を「あの世=浄土」へいくための方法だと思っているようだが、行き先は地獄かもしれませんぜというのが親鸞の答えだ。どうしてそのような答え方をしたかといえば、弟子たちは「あの世」を安楽でよいところだと思い込んでいるからだ。安楽ならいきたい苦しいところならいきたくないというのは、信仰ではなく単なる打算だ。打算で「あの世」を求めているのであれば、答えも打算の結果でしかない。「問いの中につねに答えは」あるのだから。
弟子たちは胸算用しているのだ。それは阿弥陀さんにおまかせしている心ではありませんよと親鸞はいっているのだ。私は阿弥陀さんにおまかせした心だけが浄土へいけるこころです、他には何もありませんよと。
だから、人間が行き先を知ったうえでおまかせするのではなく、どこへいくかなどという問題関心から完全に解放されることが、念仏=南無阿弥陀仏なのだ。
『歎異抄』第9条の末尾には「踊躍歓喜のこころもあり、いそぎ浄土へまいりたくそうらわんには、煩悩のなきやらんと、あやしくそうらいなまし」と親鸞はいう。躍り上がるような感動が始終起こり、またいち早く「あの世=浄土」へ参りたいなどと思うひとは、煩悩がないんじゃないかと、怪しく感じられるなあと言っている。
ちょっと具合が悪ければ「死なんずるやん」、死んでしまうかもしれないと不安になるからこそ、浄土へ往生すること間違いなしだとも言う。不安になるこころも自分がコントロールできるものではない。不安にさせて下さっているはたらきがあるからだ。そのはたらきこそ本願のはたらきなのだから、どこまでも本願から逃れることはできない。
不安にもなれる幸せを与えられているということだ。死んだらどこへいくのかわからないといって不安になるか、どこへいくからわからないから安心だと言えるか、二つにひとつだ。
●2016年11月20日●
見るということが、そのまま貪欲なんだ。
透明に、テレビカメラが見るように見るということは、人間にはあり得ない。
五官というインターフェースを取りまとめているのが、三毒であって、この三毒で人間は「この世」と関わっている。
貪欲・瞋恚は、激しいけれども単純な煩悩だ。一番厄介で、巧妙で、タチの悪いのが愚痴と呼ばれる「知」の煩悩だ。
だから『歎異抄』(13条)でも「本願ぼこりといましめらるるひとびとも、煩悩不浄、具足せられてこそそうろうげなれ。それは願にほこらるるにあらずや。」と批判している。ちょっと解説すると、「本願に甘えて悪いことをする人々はいかん!と戒めているひとたちも、煩悩だけで生きているのではないですか。それはあなたが批判している『本願に甘えて悪いことをしているひと』と同じことではないですか」という意味だ。
まあそうやって批判しているひとは、自分は本願には甘えて悪いことなどしていないと思い込んでいるひとだ。ところが唯円の眼からみれば、邪見驕慢で生きている人間は、自己肯定で自分を甘やかし、驕りたかぶって生きているのだから、実は本願に甘えていることと変わらないのだよというのだ。むしろ「本願ぼこり」に無自覚なだけ救いがない。
自分は正しいことをやって生きていると思い込んでいるのだから、かえってタチが悪い。ついでに言っておくと、自分が正しいこと、いいことをやっていると思えたときが、人間が一番危ないときなのだ。
だから宗教が正しいことやいいことを言い出したら、気をつけなければいけない。正しいことやいいことは、誰からも批判されることがないという免罪符だからだ。その危険性を『歎異抄』は通奏低音のように批判していく。
「阿弥陀さんなんか、お経に書かれているだけで、そんなものはいるわけではないでしょう」といわれる。私も「そうですよ、そんなものはいませんよ」と答える。「それじゃ、なんでお経にウソ八百が書かれているんだ」とさらに聞かれる。それに対して私も「それがウソかどうかどうして分かるんですか。あなたは確かめたことあるの」と聞き返す。そして「阿弥陀さんがいるかいないかなんてどうでもいいんです。ただ『阿弥陀さん』とお経に書かざるを得なかった理由を探してみてください」と続ける。
お経は、ひとつの文学作品だ。だから、奇想天外の空想が書かれているようなのだが、そう書くことによって、人間の奥深くに潜む真実を抉りだそうとしているのだ。結局、端折っていえば、人間の内部に潜む真実を抉りだそうとしているものがお経という文学作品なのだ。日常の言語世界では、人間の奥深さに下りていくことはできない。そこにはやはり、ファンタジーが必要なのだ。夢が奇想天外であるように、そこから更に奥へ分け入っていくと、どうしても私たちの人生にはファンタジーがなくてはならない。
昔話やお伽話や神話や物語が必要だったのは、人間がそういうものを内奥に必要としているからなのだ。曽我量深が「念仏は原始人の叫びだ」と直感したのも、曽我量深の生命の根っこに原始人が包み込まれているからだ。原始人と根っこの切れた現代人はいないはずだ。
現代人が、ふたたび原始人を取り戻すには、どうしても昔話や神話や物語が必要だったのだ。河合隼雄が「物語には結びつけるはたらきがある」というのは、そういうことだろう。現代人と原始人を結びつけるものが物語である。不条理なことに出合ってしまった自分とそれに対してうろたえている自分とを結びつけるなどというテーマは、物語抜きには難しいだろう。この世は「阿弥陀地獄」だから、人間は誰しも、必ず不条理に出くわすようになっている。
死に神に出合って驚いたひとは一目散に逃げ出した。死に神も驚いた。こんなところでこのひとと出合う予定になっていなかったからだ。そしてお互いに逃げて走っていった果てに、再開した。実はその時こそ、そのひとの臨終の時だったというお話が落語にある。私たちの日常も似たりよったりではないか。ガンが怖くて、毎月のように検診していたひとが、ガンでなくなるということがある。
 まさに不条理が人生の奥底に横たわっている。でも大丈夫だ。その底に「阿弥陀地獄」が待っているから。
●2016年11月19日●
信仰を処世術にするな!
信仰は芸術だ!
でも人間は処世術がほしいのだ。困ったときにはこう考えよ、こういう形で理解したほうがいいよ、それはダメ、こうしなさいという指示が欲しい生き物でもある。「私たちは煩悩具足の凡夫で罪深いものです、怒り腹立ち、妬み、嫉みで満ちてますなあ」などといわれると、「そうだ、間違いない、私はいつもそういう煩悩で右往左往しているなあ。こんなことではいかんなあ」と処世術で受け止めてしまう。
それをマイナスイメージで受け取れば、劣等感で受け止めているに過ぎない。「こんなことではいかんなあ」という思いは、裏には「もっとよい人間にならねば。もっと優しい人間にならねば」という処世術が張り付いているのだ。それを『歎異抄』は「善人」と呼ぶ。悪人成仏を生きているように錯覚しているだけで、本音は善人成仏を目指しているのだ。
『歎異抄』16条でも「くちには願力をたのみたてまつるといいて、こころには、さこそ悪人をたすけんという願、不思議にましますというとも、さすがよからんものをこそ、たすけたまわんずれとおもうほどに、願力をうたがい、」と批判されている。
 口先では本願を頼みますよといっておきながら、内心では、「悪人をたすける願があるからといっても、ほんとうは、善人を助けるものだ」と本願を疑っているといっている。悪人成仏の教えを、いつのまにか善人往生に変えて受け取ってしまうのだ。それも自分では無意識のうちに変えてしまっているのだ。

現代社会には脳死問題や地球温暖化や防衛問題や貧困問題まで、さまざまな問題がひしめいている。そのとき「宗教者」はどう考えるのかと問われることがある。それらを突き詰めていくと、現れてくるのが、「取り敢えずそうしておく」という次元だ。問題は次々に変化して現れてくるから、それらに対処していくためには、「取り敢えず」そうしておくしかない。それさえ決定すれば、永遠にその決定事項に従っていくということは不可能だ。
まあ「緊急の課題」と「永遠の課題」という具合に、別々の課題なのだと分けてしまうことにも問題があるようだ。二つに分けると、二つが同じテーブルの上に乗っているかのような錯覚に陥るからだ。〈ほんとう〉は、ふたつは比べることも並べることもできないものなのだ。
そもそも「緊急の課題」の場所は、他者と自己の関係、「永遠の課題」の場所は、自己と永遠の関係だからだ。

昨日、大垣別院公開講座へ行ってきた。
話が終わったあとで、「一人一世界はひとりに一つの阿弥陀さんということか」と質問を受けた。そして「世界全体が阿弥陀さんで出来ていると考えてよいのか」とも聞かれた。
私は、阿弥陀さんは、光と譬えられるから、その光を受けるのは、、一人一人だと答えた。
また、世界全体が阿弥陀さんだと考えると、天台本覚論になってしまい、現状維持の現状肯定論になってしまうから危険だとも答えた。
天台本覚論では、そこに阿弥陀さんに背いているとか、罪という問題が抜け堕ちてしまうからだ。
また彼はどうして、阿弥陀に「さん」をつけるのかとも聞かれた。
もし阿弥陀が「概念」に止まるなら、知で人間が阿弥陀さんを掴んだような傲慢さを感じる。いかなる概念規定をも超えているのが、阿弥陀さんだ。
親鸞も「十方微塵世界の 念仏の衆生をみそなわし 摂取してすてざれば 阿弥陀となづけたてまつる」(『和讃』)、ここに「阿弥陀となづけたてまつる」といっている。
「阿弥陀と名付ける」でよいのに、なぜ「たてまつる」と、「名付けさせていただきます」と書いたのか。そこには名付けることの不可能なものを仮に名付けさせていただきますと、頭を下げている親鸞がいる。
名付けることは、とても失礼なことをしているのだという感情がある。そこに申し訳ないという懺悔である。名付けることは、知による所有であり、貪欲だから。知による暴力だ。決して名付けられないものを名付けるのは、自分が理解しやすいように相手にレッテルをはることだ。自己満足のために。自分の知の獲物にするために。

 阿弥陀に「さん」を名付けることであたかも擬人化されていて気持ち悪い、それがネックで真宗に入れないというかたもいる。
阿弥陀は、はたらきであり、作用だから、擬人化してはダメなんではないかと。しかし、私にはどうしても「かたじけない」という謝念が根底にあるから、呼び捨てにできない。
はたらきなんだが、私の固定観念の迷いを解いてくれたので、それに対しては申し訳ないという感情が起こる。
たとえば、心臓が休まずはたらいているとか、呼吸や体温をちゃんと調節している生理的なはたらきがあるが、それを当たり前と感ずるか、あるいは、驚きに感ずるかだ。別に、阿弥陀さんなるものがあって、心臓を動かしているというニュアンスではない。そういう言い方はちょっと気持ちがわるい。擬人化して受け取っているのだが、それは実体的な人格ではない。無人格のはたらきだ。
やはり阿弥陀さんは情感も知も満たして下さるから、阿弥陀さんなんだ。知だけだと冷たい。切れ味はよいが、切られたものから、血が吹き出す。知だけではダメだ。そこに温もりがなければ。
阿弥陀さんの性格を観音菩薩と勢至菩薩で表現するのは、そのためだ。観音は絶対受容、勢至は条件付き受容である。観音は感情、勢至は知だ。その両方で成り立つのが阿弥陀さんだ。
 
●2016年11月18日●
16日は池袋親鸞講座だった。
一夜限りのライブだった。
その中で曽我量深先生の言葉が、ものすごくインパクトがあったので、ここに再び記しておく。
「仏さまの本願によって、われわれもまた仏さまと同類だということを教えられる。われわれのようなものでも仏さまと同類かといわれるかもしれないけれども、本願を聞くと、同類ということが分かる。
本願ということを別の言葉でいえば、南無阿弥陀仏というのでしょう。南無阿弥陀仏という言葉を聞くと、われわれは本当に仏さまと同類だということを知らされる。
成仏したといってもよい。そういうわけではないかもしれんけれども、成仏したと同じことなんです。これ以上成仏しなくともよい。もう、これでたくさんだ。
何かちょっとたらんところがある、もっと完全でなければならん、などというが、私はそうならんでもいいと思うんです。これでたくさんだと思います。南無阿弥陀仏。これでたくさんであります。」(『法蔵菩薩』)
いわゆる「教学的」な文脈からいえば、「とんでもない!」と批判されるような話だ。「成仏」などは、浄土に往生して、そこで成り立つことで、現世で、しかもいま、ここで成仏したなどとは言ってはいけないというのが、「真宗教学」の正しい理解だろう。
だから、「正統」真宗教学者であれば、曽我先生の表現は、「何を世迷い言を!」と一蹴されるに違いない。
まあ、私は「正統」とはほど遠いところにいるので、「正統か異端か」というもモノサシをもっていない。その立場で読むと、実にインパクトのある力強い表現だと受け取れる。ここには、〈ほんとう〉が流れていると直感する。
 まあ、親鸞の表現も結果であり、そのように親鸞に表現を促したものこそ〈ほんとう〉だから、曽我量深にそのように表現させたものと通底していて当然だ。「正統教学」のニュアンスでは、「何かちょっとたらんところがある、もっと完全でなければならん」に終始してしまう。「往生」が臨終のときに成り立つという「正統教学」だと、今という時点では、必ず「何かちょっとたらんところがある、もっと完全でなければならん」というものが残ってしまう。そのニュアンスを親鸞は19願という文脈で直感したのではないか。そして18願こそ〈ほんとう〉だと言ったのだ。18願とは、〈いま〉がすべてだという直感である。
 さて、ここでいう「〈いま〉」をどう受け止めるかだ。「〈いま〉がすべてだ」という言葉を見た途端に、それを見た人の頭の中には、固定観念としてある「〈いま〉」を思い浮かべるに違いない。断っておくが、その「〈いま〉」では全然ない。
 それは幻想としてある〈いま〉であって、曽我量深の直感した〈いま〉ではない。幻想としての〈いま〉とは、「過去→現在→未来」と流れるかの如くに感じる〈いま〉である。まあ、私たちは、〈ほんとう〉の信仰に開かれるまで、この時間の観念しか知らない。だから、〈いま〉は流れさっていくものだと感覚してしまう。
 〈ほんとう〉の時間とは、流れることのない時間だ。さらに過去も未来をも包み込んだ〈いま〉なのだ。別の言い方をすれば、過去と未来とによって成り立っている〈いま〉である。こんな時間の観念は、信仰以前には成り立たないのだ。そしてこの時間の観念が〈ほんとう〉であり、流れる時間は幻想だったと逆転する。
 まあ、過去を悔いているのも、過去を喜んでいるのも〈いま〉だし、未来に不安を感じているのも、未来に希望を感じているのも〈いま〉でしかない。〈いま〉考えている未来であり、過去だ。だから〈いま〉以外を人間は生きることができない。
 この〈いま〉は物理的な〈いま〉ではない。これは如来回向の〈いま〉なのだ。如来から以外に時間はやってこない。まあ根底には阿弥陀さんの救済物語が流れているのだから、時間も、空間も、主体も、すべて如来回向を背景にしなければ成り立たない現象である。
 それを知るまでは「時間・空間」は、物理的に存在している客観的なものだと信じ込んでいる。しかし、それすら吉本隆明がいうように「幻想」だったのだ。幻想が幻想だと気付くまでは、それが「客観的現実」だと錯覚しているのだ。幻想を幻想だと気付いたときだけ、初めて、それが幻想だったと夢から覚めるわけだ。
 曽我量深が、雄叫びのように叫んでいる。
「成仏したといってもよい。そういうわけではないかもしれんけれども、成仏したと同じことなんです。これ以上成仏しなくともよい。もう、これでたくさんだ。」と。
「もう、これだたくさんだ」という絶対の満足がなければ、それは〈ほんとう〉ではない。ただし、満足は、またつねに枯れていくものでもある。枯れていってもよいのだ、枯れていくのも阿弥陀さんのはたらきだから。それにまかせておけばよい。
 自暴自棄も絶望も、すべてそのままでよい。なぜならば、この世であらゆる存在が救われたとしても、その最後の最後の、一番最後に救われるのが私なのだから。
 それでよい。
●2016年11月15日●
名古屋別院の信道講座に行ってきた。13日は雲一つない快晴で、新幹線の車窓から見える富士山が美しかった。やはり富士山には雪が冠にならなければ絵にならない。末広がりというのだろうか、あの八の字に広がった稜線が、実に見事だ。ため息が出るほどに美しい。以前、山折哲雄が、親鸞が帰洛するとき、必ず富士山をみているだろうに、なぜ富士山についてひと言も書いていないのか不思議だというようなことを書いていた。確かにそうだなと思うのだが、それは文字に書くほどのことでもないと思っていたかもしれないし、文字に表現できないほどの美しさだと思ったのかもしれない。ただし、親鸞の心をも動かしていただろうことは十分に想像できる。
帰りもお天気が続いていたので、上り電車でも見ようと思ったが、あいにく浜松辺りで爆睡し、気がついたのが小田原辺りだった。悔やんだが遅かった。
名古屋市中区橘にある「真宗大谷派名古屋別院」は広大な敷地に立っている。
「元禄3(1690)年、尾張の地に本願念仏のみ教えを伝える道場として、一如上人(いちにょしょうにん)(東本願寺第16代)によって開かれた真宗大谷派の寺院です。当時の尾張藩主、徳川光友公(とくがわみつとも)より織田信長の父信秀(のぶひで)の居城「古渡城」の跡地1万坪の寄進を受けて建てられました。以来、約300年にわたり、名古屋別院は尾張の人々の信仰を仰ぎ、広く「御坊さん」の名で呼び親しまれています。」と案内には載っている。
信道講座は、毎月のように講師を呼んで講座を開催している。今回のテーマは『歎異抄』で、それぞれの講師が一条ずつお話をする連続講座になっていた。私の与えられた課題は第6条だった。問題は、原始教団の中で、弟子を取った取られたという争いが起こったとき、「親鸞は弟子一人ももたずそうろう」と断言したというのが6条だ。宗教は個人から発生するが、個人に終わらない性質をもっている。それは仏教もキリスト教も他の様々な宗教もそうだ。仏教は、お釈迦さんが覚りを開いて、5人の比丘(弟子)が誕生したところに端を発した。イエスにも12使徒が生まれた。なぜ宗教は個人に留まらないのか。
それは人類というものが集団生活をする生き物だからということにも通じるものだろう。それは、原始未開の時代、獲物を捕らえたとき、一人で食べてもよいのだが、必ず分配するという生物学的本能から来るのかもしれない。私たちの日常でもそうだろう、美味いものを個人で食べても十分美味いのだが、それを気心の知れた人間たちと食べると美味さが倍増するというようなものだ。
釈迦の悟りもそういう生物学的本能から、他者への伝達が始まったのではないか。つまり、覚りの素晴しさを知れば知るほど、他者にその喜びを分配したくなったのではないか。それは、梵天勧請という神話で語られてきたが、案外、単純なところにあったのかもしれない。別に、他者が可哀相だから、その苦しみを癒すために説法を始めたというのとは、ちょっと違うように思う。釈迦を覚らせたはたらきそのものが、釈迦を説法させずにはおかなかったのではないか。釈迦個人の内面に留めておけるほど小さな喜びではなかったというとではないか。そういう「はたらき」を親鸞は「阿弥陀の促し」と擬人化して受け取ったのだと思う。
 釈迦の「覚り」がecstasyエクスタシーを伴うものだとしても、それだけで、「さとり」は完結しないだろう。エクスタシーが、やがて知へと浮上してきて、「そうかこのことだったのか」と落ち着いたとき、初めて「さとり」が成就するのではないか。人間は言葉で考える生き物だから、やはりエクスタシーという感情が知へと凝固しなければ「さとり」は未完だったというべきだろう。言葉とは社会的産物だから、言葉化したということは、もうすでにそこに他者が想定されているのだ。だから釈迦がもし覚りを開いたとして、それを音声言語として発語しようとしまいと、もうすでに釈迦の内部では内語として覚りが成立していたと見た方が事実に近いのではないか。
 阿含経典が述べるように、「俺が苦労してやっと証得したものを、なぜ愚かな人々に説かねばならぬのか」という傲慢な態度にはちょっと賛成しかねる。「覚り」とは、自分が苦労したという思いを捨てさせるものだからだ。そして受動的に向こうから覚りが開かれてきたという表現に落ち着くはずである。だから受動的表現のない「覚り」は偽物ではないかと思う。
ところで、親鸞が自分自身をどう受け取っていたかといえば、「法然聖人の弟子」という意識である。だから、自分が「師」(教えの導き手)だと思ったことはないと言い放つ。
その理由は「ひとえに弥陀の御もよおしにあずかって念仏もうしそうろうひとを『我が弟子』ともうすこと、きわめたる荒涼のことなり」(第6条)と述べている。たとえ、真宗に触れる縁が人間(導き手)であっても、その人間が弟子を育てて一人前にするのではないというのだ。人が教育されて一人前になるためには、阿弥陀さんの教育を受けなければならないし、それは「面々のおんはからい」(第2条)で各人各人に任されていることなのだ。決して、「俺のお蔭であいつも一人前の念仏者になった。あいつは俺の教え子だ、弟子だ」などと思い上がってはならないのだ。
 そうであっても、親鸞にはたくさんの門弟、つまり弟子たちがいるではないかと質問されることがある。そこで、私は「相対的師弟関係」と「絶対的師弟関係」と分けたほうがいいように思っている。相対的師弟関係とは、自分を横に置いて、「法然は師で親鸞が弟子ですね」と考える意味場である。それに対して絶対的師弟関係とは、「自分にとって法然は師である」と考える意味場である。そして第6条での親鸞の発言は、この絶対的師弟関係における師弟を語っていると思う。絶対的師弟関係だから、自分にとってはこのひと以外は絶対の師ではないという決断がある。親鸞にとっての師は、親鸞の受け止めた心の世界にしか成り立たない。相対的にというか、客観的に「師」がどこかにいるわけではない。「師」は弟子が仰ぎ見る心の中にのみ存在するのだ。
真実の教えに出遇うには、どうしても師が必然する。『歎異抄』の序文にも「幸いに有縁の知識によらずば、いかでか易行の一門に入ることを得んや」と書かれているし、第2条では「親鸞におきては、ただ念仏して、弥陀にたすけられまいらすべしと、よきひと(法然)の仰せをこうむりて信ずるほかに別の子細なきなり」と言っている。
 師は自分の人生を決定したキーパーソンである。しかしそれだけ絶大な存在だからこそ、弟子が師に依存するということも起こる。その人に会わなければ助からなかった、ゆえに、その人物に依存してしまうのだ。師弟関係は諸刃の刃だ。しかし、その関門をくぐっていかなければならない。蓮如さんも「善知識頼み」は異義だとみている。現代でも、「〇〇先生のいうことは正しい」と受け取って、〇〇先生絶対依存というひとも存在する。
 ここに妙好人・讃岐の庄松さんの興味深いエピソードがある。
又平という同行さんが信仰に不審なところがあるので、庄松さんに尋ねようと彼を招待したという場面だ。
庄松「袈裟衣を掛けた坊さんのお説教は不足なんか。」
又平「いやいや、左様なわけはないが、あなたは無我の同行さんと承り、一口、聞かしてもらうたらと、存じて…」というと。
庄松「食い物のさし嫌いするは病のからだぢゃ」と。
又平「しかれば、どなたのお説教にも替わり目はござりませぬか」といえば、
庄松「何でも食うのも病のからだぢゃ」と申された。

 ここに、法を中心に置いて人物に依存してはならないという信仰のモラルが述べられている。又平さんは、坊さんの説教がわからず、庄松さんが篤信の妙好人だから丁寧に教えてくれるだろうと尋ねたのだ。「食い物のさし嫌い」というのは、「好き嫌い」という意味だ。この先生の話はいい、この先生の話はダメだと好き嫌いしていたのでは、〈ほんとう〉の仏法はいただけませんよと。それを聞いて又平は、「それならどの先生の教えもみな同じなんですね?」と聞いたら、どの先生の話を聞いても同じだというのも病気だと批判している。ここに「聴聞の機微」というか、絶妙な問題を提起しているように思う。
 親鸞の『教行信証』にも引かれている、「法に依りて人に依らざるべし」(依法不依人)という大智度論のモラルだ。しかし、これが難しいのが、人間でもある。自分の好みに合うひとは善し、好みに合わないひとは悪しと決めつけてしまうものだからだ。
 師は弟子を所有し自由に支配したいという欲をもち、弟子は師に依存し没我的に生きたいという欲をもっている。親鸞も「名利に人師を好むなり」(『和讃』)とちゃんと自分自身の支配欲を対象化している。一方、カリスマ信仰や超能力信仰で、自分にはとても及びもつかないほどの人の言うことだから、これこそ本当だと信じてしまう依存型信仰も存在する。ただし、支配したいというメシア・コンプレックスも、また依存したいという小羊コンプレックスも、決して無駄ではない。依存をしたからこそ、初めて依存していた罪を自覚できるのだし、支配したいという思いがあったからこそ、「名利に人師を好むなり」と親鸞は懺悔できたのだ。
 どっちにしても、人間は救われがたい生き物だが、またどっちに転んでも阿弥陀さんのふところのうちだ。
〈ほんとう〉の師とは、人間ではなく阿弥陀さんだけなのだ。
●2016年11月14日●
なぜ「あれかこれか」という選択が必要かといえば、それは「この世」とかかわる接点が、私一人という、このこのひとつだからではないか。なぜ多神教は曖昧で、一神教でなければならないかと言えば、やはり、私が一人の独存として、この世とかかわっているという一人性に起因しているからではないか。
扇子がバラバラにならないのは、要(かなめ)という中心があるからなのだ。
間違いなく「私」という意識が、この世とかかわるインターフェイスは五官だ。眼・耳・鼻・舌・身だ。それらの感覚器官を統合しているのが自我意識だ、と一応考えている。脳科学の池谷裕二は、「脳はさびしい器官なんです」と書いていたのを思い出す。頭蓋骨というヘルメットのような固い骨で外界と遮断され、おそらく内部は真っ暗闇で、外界とまったく自分で接することはできない。そんな孤独な器官がようやく、かろうじて五官というインターフェイスで外界を感じ取っているらしい。脳は一人では何にもできない、劣った器官だ。なんだかとても、可哀相な気がしてきた。
 それであるのに、俺様は一番偉いんだと思っているようで、何だか、とても哀れな感じだ。脳は、ひとつも自分自身で作ってはいないのに、皮膚や眼球や骨や腸が、あたかも自分の所有物であるかのように振る舞う、というか感じている。これは傲慢なことではないか。
 さらに、眼球を通して視覚で見た範囲内を「自分」だと錯覚している。確かに、皮膚で包まれた内側を「自分」だと思うのは、普通の感覚だ。手で触ってみれば、確かに皮膚と外界とは違っている。でも、空気も「無」ではないはずだ。空気を感じるセンサーがあれば、皮膚と空気とは異質だが、つながっている。
 バカなこと考えてるなと思われるが、自分の左手を右手で掴んでみると、自分は自分自身を掴んでいるのか、あるいは掴まれているのか、よくわからなくなる。
 仏教用語に「身土一如」とか「身土不二」という言葉がある。身体と環境(土)とは一つであって一つではない、二つであって二つではないという妙な言葉だ。これは私の言う「一人一世界」のことなのだ。環境と身体との関係は「不二」だ。
だから、生き物と生き物との間には大きな断絶があって、みな絶対の孤独の世界を生きている。ガン患者は、ひとりひとり自分のガンと孤独に向き合う。誰とも代わってもらえないし、誰に話してもこの苦しみを理解してもらえるものではない。絶対の孤独だ。この極限状態になったとき、初めて「一人一世界」へと覚醒されていく。
ただし、「一世界全人類包摂世界観」にマインドコントロールされていると、「なぜ自分だけ?」「どうして自分だけ孤独に死ななければならないのか?」と考えてしまう。まあ長年、空気のように親しんできた世界観だから、その世界観をベースにして自分の死をも考えてしまう。その世界観がようやく死ぬときがきたのだ。それは「仮の世界観」「幻想の世界観」であって、〈ほんとう〉の世界観ではなかったと。
もともと、誕生もそして生も、性も、死も、すべてたったひとりの世界に起こった、たったひとつの出来事だったのだ。だから、他者と比べることができない。もともと絶対異質と異質の関係だから。そして、この限界状況は、私ひとりの出来事ではなく、それぞれの「一人一世界」でも必ず起こることなのだ。それに対して、一人一人が受け取っていかねばならない課題だ。
まあ、この世とかかわる五官インターフェイスを統轄しているのが自我なのだが、その自我を仏教は「煩悩」と命名した。貪欲・瞋恚・愚痴の三毒の煩悩がこの世とかかわる、唯一のインターフェイスだ。だから、いわば人間の自我意識は、煩悩で汚れている。決して、自分の目には「客観的真実」が映っているわけではない。眼という器官を統轄している自我意識のフィルターを透過しているのだ。これは透明だから、フィルターがないように思ってしまうが、そうではない。このフィルターを通さなければ、人間は世界とかかわることは不可能だ。
死ぬのが嫌だというのは、この貪欲の呻き声だ。もっと楽しいことがあるのに、もっと素晴しい人生が待っていたかもしれないのに、それを中断させられるのは真っ平ごめんだと怒っている。この貪欲を殺してもらうのには、阿弥陀さんの劇薬以外にないのだろう。所詮、この世に生み出されたのも、絶対他力の阿弥陀さんの仕業なのだろうから、仕方がないのだ。一人一人が阿弥陀さんと対決し、答えを出していかなければならない。
そして自分のみている世界は「仮の世界」で、自分の生きている時間も「仮の時間」で〈ほんとう〉の世界でも時間でも、そして自分でもなかったと、どんどん殺されていくしかない。
〈ほんとう〉の世界ではないと、知らせてくる作用に翻弄され、殺されていくしかない。最後の最後は、阿弥陀さんといのちのやり取りをする以外に道はない。
●2016年11月11日●
昨日の湘青会研修会(湘南組若手会)では、呉智英の『つぎはぎ仏教入門』(ちくま文庫)をたたき台にして、二時間ほどしゃべった。
呉さんの考えている仏教は、彼だけの特殊な考え方ではなく、おそらくインテリ仏教徒と自認している方々の典型ではないかと思った。彼は現代の仏教があまり芳しくないのは、葬式仏教がダメなのではなく、葬式仏教を徹底していないのがダメなところだという。そして根本的に現代仏教が立ち直るためには、大手術が必要だという。それは現代の日本の仏教は仏教ではないということを認めるところから出直すべきだといっている。ちょっと長いが引用してみよう。
「そもそも釈迦が覚りを開き、それを説いた宗教が仏教である、ということだ。それ以に仏教があり得るはずがない。後世少しずつ新しい解釈が加えられたとしても、基本は迦が説いた教えが仏教である。その釈迦こそが唯一の仏(仏陀、覚者、如来)である。一譲ったとしても釈迦が人類最初の仏である。
釈迦から二千数百年、その教えである仏教は変容に変容を重ねてきた。最初に根本分があり、それを受ける形で大乗とか小乗の分裂があった。小乗仏教では金口(こんく)の阿含経典原則的に守り釈迦一仏論であったが、大乗仏教はいつくもの経典を創作し、いくつものを考案した。        (金口→仏の金色の口の意から、仏の言説・教えをさす)
釈迦入滅後何百年もして成立した経典は、ありていに言って、偽経(ぎきよう)である。そこに描れた諸仏も釈迦の与り知らぬものである。その偽経に依拠し、その仏に帰依する大乗、那・朝鮮を経由して日本に入り、さまざまな宗派のさまざまな祖師たちがさらに自分勝に仏教を解釈してしまった。これを「祖師仏教(そしぶつきよう)」と呼ぶ。大乗の創作した偽経や諸仏にろ、祖師仏教にしろ、それはそれで思想的に全く無意味というわけではないが、そうしものをそのまま仏教とすることは決してできない。(略)
仏教は釈迦の原点に還るべきである。これは各宗派にとって大手術になるが、それでここで大手術をしないと宗派も壊滅する。一方、後で述べる通り、釈迦の原点に還るなば、そして宗派が誠実に対応する限り、宗派の危機にはならないし、寺院の再興も可能ある。
釈迦の原点に還るには、日本のすべての仏教徒は、まず、大乗非仏説論を認めるとこから始めなければならない。大乗仏教は釈迦の説いたものではない。実証的な歴史学や献学が進歩した現在、富永仲基の大乗非仏説論の時代よりさらにこのことは確実になっいる。これを認める知性と勇気を持つべきである。(略)
広義の阿含経典、(四阿含ほかの初期仏典)こそ釈迦が説いた教えの原形に最も近い。して、その中に現れた釈迦は、梵天勧請品に読み取れるように、小乗と大乗の葛藤の中ある。そうであれば大乗は小乗を劣位に見ることをやめなければならない。それどころか小乗はむしろ釈迦の本心である。そして、大乗はその中核となる慈悲を選び取った釈迦決断である。このことが理解できていれば、小乗と大乗はそれぞれの道を協同しながら歩むことができる。
小乗-釈迦の本心を受け継ぐ仏教
大乗-釈迦の決断を受け継ぐ仏教
大乗仏教が非仏説であり、大乗仏典が偽経であるとしたら、非仏説と偽経の上に成立しいる祖師仏教も当然仏教ではない。
 浄土宗・浄土真宗が仏教と余りにもかけ離れた宗教であることは、前に書いた通りでる。法華経が仏教とは縁遠い偽経であることも、前に書いた通りである。禅宗が仏教とうよりも荘子思想であることも、前に書いた通りである。
 しかし、いずれもがいくらかは仏教である。前に初期仏教について書いたところで、う言っておいた。金の含有量が少なく混ぜ物の多い指輪を純金の指輪と呼ぶことはできい、と。ただ、本物の輝きを知ったうえでそれを楽しむことも可能だ、と。」(187頁~)

まあこれはインテリ仏教徒特有の発想ではないか。私はそれを「源流純粋論」と呼んでいる。釈迦の直説、つまり「源流」は純粋な水だったが時代を経ることで宗派仏教になったのは、「汚濁」をくり返してきたからだと。私は、その「汚濁」の中に源流の水が混在しているのだから、その中から純粋なものを濾過できなければならないと思っている。むしろ「濾過純粋論」に立たなければならないのではないか。
大きくいえば、彼は、純粋なものが時代を経ることで汚濁していくという「源流純粋論」に立っていて、仏法の真実が時間・空間を超えて遍在していることをまったく知らないのだ。「純粋な法」が釈迦の口からだけ表現されるのであれば、釈迦という特殊人格だけからしか仏法は生まれないことになる。それこそ釈迦のカリスマ化だ。
まあ呉さんご自身は、「私は仏教の信者ではない。それどころか、仏教以外のどの宗教の信者でもない。今までもそうであったし、これからもそうである。」と言って切っているのだから、あくまで傍観者として評論しているに過ぎない。そこに自分の存在がかかっていない気がした。
そして呉さんは、いまの浄土宗・浄土真宗・禅宗・密教・法華経などは、仏教ではないと批判していき、特に、浄土宗・浄土真宗の批判に多くの頁を割いている。浄土経典は、紀元後に北西インドで成立しているし、阿弥陀如来は西アジアの古い神だから、まったく仏教とは異質だと述べいる。これは仏教史学では、常識になっている考え方だろう。
それをひっくり返すために、いやいや浄土教こそが仏教なのだと力説する必要もないような気がする。仏教史学では、そう考えられているのだから、それはそれでよしとしておくことだろう。
私の関心は、浄土教がどんな形で発生してきたかとか、それが釈迦の説いた仏教であるかないかというところにはない。それが〈ほんとう〉のことであるのならば、人間にとって、〈ほんとう〉がどう現れるのかという関心である。ここでいう「それ」とは、皆さんの頭に固定観念としてある「仏教」や「宗教」や「信仰」である。「それ」を仮に「宗教的なるもの」と呼んでおく。
何千年前も、そしてこれから何千年後にも、人類にとって「宗教的なるもの」なしに人間は生きられるのだろうか。地球のあちこちで一神教や多神教が発生してきたのも、「宗教的なるもの」を人類が求めた結果ではないか。それは人類が政治・経済・文化だけでは済まないものを抱えているからだろう。
簡単にいえば、「どのように生きるか」という関心の根底に「なぜ生きるか」という関心が埋まっているのだ。もっといえば、みすみす死ぬのになぜ生きねばならないかだ。その問いに応じる形で、人類は「宗教的なるもの」を〇〇教という宗教現象として形成した。だから、どの〇〇教も、まだ〈ほんとう〉の「宗教的なるもの」を完璧な形で表現し尽くしてはいないのだ。それを私は「真実のフォルム」と呼んだりしている。
手前味噌になるが、親鸞が「真宗」という言葉で直感していたものは、「真実のフォルム」のことなのではないかと思っている。世界にたくさん存在する「〇〇教」と名のつくものは、その「真実のフォルム」の一部分を表現しているに過ぎないのではないか。砂漠地帯で生まれた一神教monotheismも、まだ完璧な形で、それを表現し尽くしてはいない。仏教もそうだ。誤解を受けるであろうが、親鸞の直感した「真宗」とは、一神教と仏教とを昇華したところに成り立つものだろう。それが「真実のフォルム」により近い形のものであれば、もはや宗教の発生がどの地域だとか、それは仏教ではないなどという問題を超えてしまっている。
いわば法然の「廃立」という姿勢は、一神教的厳しさをもっている。「選択選捨」とは、「あれかこれか」という決断だ。徹底して〈ほんとう〉と対決することだ。そしてこの「廃立」をくぐったところに生まれたものが親鸞の「隠顕」という姿勢である。「隠顕」という言葉そのものは善導のものだが、親鸞はこれを自らの生きる姿勢とした。「隠顕」とは、正確にいえば「顕彰隠密」だ。表面上に「顕れ」ているものの奥に「隠されている〈ほんとう〉を見る視座である。
「廃立」だけでも「隠顕」だけでもダメで、「廃立」をくぐった「隠顕」でなければならない。簡単にいえば「あれかこれか」という信仰的決断をくぐることで、「あれもこれも」の上に〈ほんとう〉を見いだす眼が開かれるということだ。
そして「隠顕」の眼が開かれることで、自分がいままで捨ておいてきたものの中に「真実のフォルム」を見ることができる。だから「あれかこれか」という決断をくぐったひととは、立場が違っていても共感が成り立つ。たとえば、禅宗の青山俊董さんや、キリスト教の井上洋治さんや、詩人のまどみちおさんだ。彼らは私と同じように「真実のフォルム」を探しているし、そのフォルムの一片を掴んで見せてくれる。真宗では「妙好人」という、文字の読み書きなどとは縁遠い在野の方で、〈ほんとう〉の信心を得ているひとが誕生している。この妙好人の言葉には「真実のフォルム」の一片が散りばめられている。それはいわゆるインテリジェントintelligentなどという知性とは異質の「知」である。親鸞は「信心の智慧」といっている。親鸞の著述の中で二回しか出てこない言葉だ。
「釈迦弥陀の慈悲よりぞ 願作仏心はえしめたる 信心の智慧にいりてこそ 仏恩報ずる身とはなれ」「智慧の念仏うることは 法蔵願力のなせるなり 信心の智慧なかりせば いかでか涅槃をさとらまし」と。
竹部勝之進さんという念仏詩人が、「垣ヲスル 垣ヲシテ 垣のウチダケヲ ワガモノト思ッテイルガ ソウデハナイ 天地ガワガモノデアル」(『詩集・はだか』)と歌っているが、これなどは、「真実のフォルム」の表現ではないか。垣根をつくって、その内側だけを自分の世界だと思い込んでいるがそうではないというのだ。「垣根」とは自我意識だろう。世界を区切って、我が物と思っている。しかし、その「思い」が成り立っているのも、その「思い」を成り立たせている全世界があるからだ。「思い」だけでなく、私のいる環境全体が自分の世界なのである。これは私のいう「一人一世界」だろう。大きなひとつの世界の中に、一人一人がいるわけではない。一人一人がひとつひとつの世界なのである。まあこれも私の解釈なのだ。私という視座から切り取られた竹部勝之進さんの詩なのだ。それは果たして竹部さんの言いたかったことだったのかどうかはわからない。もうすでに亡くなっているから確かめようもない。しかし、それはどうでもよいことなのだ。「真実のフォルム」の一片をその中から読み取れればよいのだ。親鸞が『教行信証』で論語を引用して、自分なりに読み替えてみせたではないか。孔子の言いたかったことでは、当然ないはずだ。しかし、「真実のフォルム」の断片を表現しているように親鸞には見えたのだ。それでよいのだ。
 そういう視座を「信心の智慧」というのだろう。これは呉さんの考えている知性の世界ではない。その知性をも成り立たせている環境と一体になった智慧なのだ。そしてそこにこそ〈ほんとう〉が花咲くのだ。おまけにその〈ほんとう〉は他者にも影響を与え、他者に新たな発見と感動とゆとりをもたらすのだ。『歎異抄』のいう「柔和忍辱のおもい」である。
 インテリジェントintelligentは、ものすごく切れ味のよい刃物で、切られたものの切り口を見れば、みんな「おお!」と感心し驚くような切れ味だ。だが、切られたものは死んでいる。しかし「信心の智慧」は、ちもろん切れ味もよいのだが、それだけでは生き物は死んでしまうのだ。そこにすっぱり切ったものを包み込んで生かす愛が「信心の智慧」である。
 これは阿弥陀さんが智慧=勢至菩薩(知)と慈悲=観音菩薩(愛)で成り立っていることと同じことである。「信心の智慧」とは、人間内部から生まれるものではなく、やはり阿弥陀さんと擬人化されて語られてきた、超越項からの促しなのだ。
●2016年11月8日●
「真実のフォルム」を〈真・宗〉という。
そのフォルムは、円形なのか楕円形なのかはわからない。誰も全体像を見たことがないし、全体像など見えるはずもない。ある一部分だけを人間は取り出すことができる。親鸞がやったように。釈迦がやったように。
また、それは人間が書いた文字、経典やら文学やらの中にも見いだせるものである。「真実のフォルム」は部分的に点在しているものだから、この部分は真実のフォルムの一部分を表現しているが、他の部分はそうではないということが起こり得る。
それはひとつの文学作品の中にもあるだろうし、ひとりの人物の人生の中にも存在するだろう。
だから、その真実のフォルムの曲線と合致した一部分をつなぎ合わせてみればよいのだろう。
気をつけなければいけないのは、自分が真実を占有したとか、自分だけが真実を知っているという思いだ。真実は決して人間の手に入るものではない。それはあくまで向こうにあるもので、人間の所有物にしてはならない。人間のものになったと錯覚してはならない。そこが危ないところだ。もし真実を知っているとか自分だけが真実をもっていると錯覚すると、限りない自己肯定の地獄へ堕ちていくことになる。自己肯定は決して幸せではない。自己肯定は苦しいはずだ。
自己と真実とが一体化すると、精神が硬直してしまう。それは親鸞のいう「金剛心」とは違うはずだ。親鸞の「金剛心」は、「柔軟心」と矛盾しないのだから。
親鸞は「ただこの信を崇めよ」(教行信証・総序)といった。その「信」とは、自らの内側にはない真実だ。だから、自分はその「信」を崇めよと対象化できるのだ。
親鸞がそこで「信」と語ったものは、〈ほんとう〉は阿弥陀の願なのだ。私たちは「信」と「願」とは違ったものだという固定観念をもっている。「信」は私がすること、「願」は阿弥陀さんが起こすものと。
確かに、「信と願」を分けて語る意味場もある。しかし「信と願」が同じ意味を示す意味場もあるのだ。「信と願」が同じ意味ということを言葉でいえば「信」も阿弥陀さんの「信ぜよ」という命令だからだ。「願」は当然、阿弥陀さんの私たちを助けたいという悲愛だ。もっといえば私たちに「安楽国に生まれんと願ぜよ」と命令するのだ。この「ただこの信を崇めよ」という場合の「信」は、阿弥陀さんの「信ぜよ」という本願のはたらきを意味している。
だから、人間の「信ずる」という心を必要としないのだ。人間が信じようとしたら、それは「自力の心」であり、阿弥陀さんの悲愛が不要だと言っているようなものだ。
人間には「信」ということが起こらないということを見越して、阿弥陀さんは本願を起こして下さっているのだ。それが「佛、かねて知ろしめして、煩悩具足の凡夫とおおせられたることなれば」(『歎異抄』第9条)である。この「かねて知ろしめして」が有り難い。
「かねて」とは、曠劫よりかねてだ。それくらい前から知って下さっているのだ。
だからもし私に信心が起こったら、阿弥陀さんは不要だと言っているようなものだ。徹底して、信心の起こらない者にだけ、阿弥陀さんは悲愛の焦点を当ててくる。
これが「唯除」の奥義だ。
昨日の湘南組主催の聞法集会を憶念して、いままた、以上のような法の華が咲いた。

[もしご縁がありましたら、以下の法座に出講します。お近くの方は遊びにいらして下さい]
11月13日(日)午前10時~12時 名古屋別院 信道講座 テーマ「法然を師と認可した親鸞」(『歎異抄』第六条を中心に)

11月16日(水)午後6時30~8時30分 池袋親鸞講座 テーマ「覚りと救いの関係-第15条に学ぶ-」(池袋駅側メトロポリタンプラザ12階)

11月18日(金)午後7時~9時 大垣別院仏教公開講座 テーマ「真宗創造論-もう済んだと思ったが、まだ始まっていなかった-」
●2016年11月6日●
「信心とは視座である」。それは「考え方」や「気の持ちよう」ですかと問われることがよくある。しかし、それは違う。「考え方」や「気の持ちよう」では、それを考えている自己意識がドンと居すわって何も変わっていない。「心臓の鼓動が他力だとはわかります」とか、「無量無数の先祖のお蔭で自分が存在していることに感謝しています」という発言を聞くこともあるが、それではまだ、意識の表層の変革でしかない。深層の感受性のレベルまでの変革には至っていない。
 「一応、そういうふうに考えることはできます」という程度だと、「考え方」や「気の持ちよう」だから、「考え方」が変われば、そんなものは吹っ飛んでいってしまう。そうとも考えられるが、こうも考えられるというその「考え」そのもののテーブルがドンと居すわったままだ。
 そのエアーズロックのようにドンと居すわった岩盤のような意識が、揺らぎ始め、柔らかくとろかされていくことが、信心という言葉で親鸞が直感していたものだと思う。「善悪のふたつ総じてもって存知せざるなり」(『歎異抄』後序)とは、その信心のゆるやかさから溢れてきた言葉だ。だから信心とは、表層でなく深層の根っこの問題なのだ。
 今まで何十年か、「人間」という生物を生きてきた「私」は一体何ものなのかが根底的にわからなくなること、それが信心の利益である。
 取り敢えず「自分」というものを知ってはいるが、それが根本的なことではない。それはあくまで「取り敢えず」という次元のことだ。そして、いままで固定観念としてあった「私」とか「世界」とか「時間」とか「生きる」ということが、根底的に不可知になることだ。生きることがよいことなのか死ぬことがよいことなのか、そんなことはわからないことだと開き直れる、広い心だ。
 それを比喩的に「自分が客体になり、阿弥陀さんが主体になること」と語ったりする。何でもわかっている自分が主体ではなく、阿弥陀=不可知が主体になる。そしてわかっていると思っている自分が客体にされる。主客の逆転だ。
 今朝もお朝事をしながら公団住宅を取り囲むケヤキやスズカケの紅葉を眺めていた。ハナミズキは紅葉が早く、いまでは真っ赤っかだ。サクラは徐々に黄色になり葉数も少なくなっている。ケヤキの先端は緑から赤へ、スズカケだと思われる木は真っ黄色だ。
 この光景は、根本的に自分が見ている光景ではない。正確にいえば「自分が見せられている光景」なのだ。自分は見る主体ではなく、見せられる客体なのだ。おそらくこの光景は何百年前の人間たちが「見せられていた光景」なのだ。時間を超えて、その瞬間に立ち会っている自分。これは奇跡だ。
 根本的に、すべては受動されるものだ。歩かされて歩く、見せられて見る、食べさせられて食べる、話させられて話す、息をさせられて呼吸する。そこには「能動」というののない世界が展開している。
 これが信心という視座に映された情景ではないか。
[明日7日午後2時~湘南組主催の「聞法集会」へ出講します。会場は本厚木のレンブラントホテル厚木です。もしご縁があるかたは、ご参詣下さい]
●2016年11月5日●
昨日の「無人の会」公開講座は一期一会の会だった。
求道会館という建築物が、ものすごく宗教的感性を生む場の力をもっている。教会建築と寺院建築とが合体した、不思議な空間なのだ。時代をトリップして、明治時代に人間のたましいを連れ戻す。
遠くは愛知県や山形県からお越しの方々もおられた。会館の椅子が満席の窮屈さもなく、かといって閑散でもない。何か理想的な埋まり方だった。
西田真因先生の講演テーマは「敗戦後70年と真宗のアイデンティティを問う」だった。幕末から明治大正期にかけて、真宗人が西洋文化とぶつかった。その中で、仏教は「学問」ではないのではないかという疑義も突きつけられた。当時の真宗人は、江戸期までの教学と西欧近代の実証主義とのぶつかり合いをどう乗り越えたのか。
西田師の話では、「ぶつかり合い」にならなかったのではないかという提起だ。もし「ぶつかり合い」があったのならば、「阿弥陀さんの実在、浄土の実在」を証明しなければ真宗は成り立たないという問題意識が起こったはずだという。確かに西欧では、近代科学への目覚めがキリスト教とぶつかり合った。いままで誰も問うことがなかった「神の存在証明」という問題意識がキリスト教に起こった。問うまでは、大前提であって、敢えて俎上に昇らなかったものを近代の知は対象化した。
もし近代知と真宗がぶつかり合っていたら、「阿弥陀さんの実在、浄土の実在」をどう証明するかという問題が浮かび上がり、その上で現代へと展開してきたはずだと。それを問えなかったことが、大きな真宗教学の停滞を生んでしまったと。これは講義では触れられなかったが、現代の真宗学は「真宗学」ではなく「親鸞学」、つまり親鸞がこう言ったああ言ったということを研究するものになってしまったとも語られていた。それは真宗の学ではなく、人物の歴史研究学なのだ。どこでボタンを掛け違えたのかといえば、それは近代知と真宗がぶつからなかったことであり、ひいては明治の真宗人の教学の欠点なのだ。
だから、教学者を批判するようなことになるので、自分は敢えて今日のテーマは話したくないテーマなのだともおっしゃった。
しかし、私はなぜ近代の実証主義を額面通りに受け取れなかったのかと思った。その原因を教学者の資質や発想だけに押しつけられるだろうかと。もうひとつは、まだぶつかり合っていないのであれば、これからぶつければよいではないかとも思った。
西欧の一神教の物語は神が「造る」物語だ。天地創造物語は、神が創ったのだから、世界に矛盾があってはならない。しかし現実には矛盾があるじゃないか。神が創った世界なのに貧富の差があり、悪徳がはびこっているじゃないか等という疑問を人間はもった。
どうも「神様」は「いる」ということが大前提になっているけど、本当にいるのだろうか。本当に「いる」のならば、どういう形で「いる」のだろうか。それがちゃんと証明できなければ、信じることはできないではないかと。ニュートンも結果的に「万有引力」という言葉で引力を証明したが、その研究の動機は「神の存在証明」だった。
そういう「創造の物語」が底辺にあったから、近代知もそれとぶつかり合うことができたのではないか。むしろ近代知そのものも一神教を生んだ知と同質なのではないか。同質だから、そこでぶつかり合うことができたのではないか。
ところが真宗には、「創造の物語」がない。『仏説無量寿経』の阿弥陀仏物語は「救済の物語」だからだ。「救済の物語」では、阿弥陀仏が存在するか否かという問題意識は生まれないし、そもそも実在的存在として阿弥陀仏があるとは最初から考えていない。だから、存在証明という問題意識は起こらなかったのではないか。どうも西欧近代の知とキリスト教の知とは異質な知の質で真宗は成り立ってきたのではないかとも思う。
むしろ究極の関心は「自己の救済」だったのだ。昨日のお話でも出てきたが、金子大栄師の「浄土の観念」や曽我量深師の「法蔵菩薩は阿頼耶識なり」は、確かに近代知とのぶつかり合いの中から誕生した発見だったに違いない。しかし、西田師は、それを「正面からぶつかっていない」と批判されていた。正面からというのは、実在証明という方向ではなかったということだ。
私にとっては、阿弥陀仏が実在であるか否か、浄土が実在であるか否かという問題意識はいまだかってなかったし、これからもないと思う。しかし、このような知のあり方は、すでに曽我量深などの影響を受けてしまった知、ゆえのあり方なのかもしれない。
私は、21歳のとき京都大谷専修学院へ入学し、そこで初めて知的に真宗と出合うわけだ。そのころのことを考えても、先生方の語る言語体系、意味体系がどのようになっているのか、どこから先生方の言葉が生まれてくるのか、それを知りたいということだけだったような気がする。だから、先生方の語られる言葉の意味として阿弥陀仏や浄土があったとしても、それを地上の実在としてイメージすることはなかったし、そんなことは無意味だとも思っていた。
だから、ある人間の真実を表現する物語内部の用語だと思っていた。だからそれが実在か否かという関心ではなく、その言葉自体のもっている意味に関心があったのだと思う。阿弥陀仏や浄土という言葉を用いて、人間の、つまり私個人の何を問題にしているのかという関心、ひいては、人類にとって普遍的な問題として、どういう意味があるのかという関心だった。
西田師が正面から問うというのは、阿弥陀仏の実在を問うとなれば、その問い方、そして問う知とは何かということが必然的に問題になってくるだろうということかもしれない。
それをうがって考えてみると、恐らく「真宗」を親鸞学から真宗の学へと開示しなければならないという問題提起なのだろう。真宗を親鸞学にしてしまったポイントの切り換えが、うまくできなかったのは、近代知とぶつからなかったからだと考えられたのだろう。

ところで西田師が冒頭に紹介された精神病院の話が、昨日の講演全体のメタファーになっていたのではないかと思えた。
ある精神病院の患者が、病院の風呂場にいって、バスタブに釣り糸を垂れているという。しばらくすると、また自室に戻り、再び風呂場に向かったという。それを見ていた精神科医が患者に向かって「釣れますか?」と尋ねたそうだ。すると患者は「バカ!風呂で魚が釣れるわけはないだろ!」と答えたという。それだけのエピソードだ。
そこにいる患者とは誰のことか。それは他ならぬ私たち現代人ではないのか。患者は風呂場で魚が釣れないことくらいはわかっているのだ。しかし、わかっていても釣りに行かねばならないのだ。そうせざるを得ないのだ。
これは私たちの日常生活そのものではないか。日々、学校へ仕事へリハビリへ病院へ行く。誰しも、死ぬことを知りつついくのだ。だから、所詮無意味なことなのだと知りつつ行くのだ。しかし、無意味だとはわかっていても、そうせざるを得ないのだ。
「仕事にいかねば喰えないじゃないか」と。宮戸道雄師は「食わなんだら死ぬ。しかし食っても死ぬ」とおっしゃった。我々は、そうせざるを得ないことを、「喰わねばならないから」と理屈付けをしているだけだ。本当は無意味なことと知っていても、無意味なことをしなければならないという絶望感を打ち消したいのだ。

風呂で魚は釣れないと思っているが、釣りに行かざるを得ない患者が、私ではないのか。それに目覚めてしまったなら、もはや釣りができなくなる。それこそお釈迦さんが出家さぜるを得なかった動機ではないか。そして親鸞が山を降りざるを得なかった動機ではないか。
その後、その患者さんは、どうしたのだろうか。

●2016年11月2日●
 宗教とは、ひとがひとに対して、こうしろとかああしろとか、こうしたほうがよいとかああしたほうがよいとか、そういうお節介をやくような質のものではないはず。
ひと知れず。各人格人が、各人の内面において、「お恥ずかしい」と感じさせるものを、各人各人が見いだすことのはずだ。
私も不特定のひとにお話をすることがあるが、その基調音が「指示表出」に傾いていないかと思うときがある。法話はどこまでも「自己表出」でなけれはならないはずだ。つまり画家が絵を描くように、美そのもの、そのようにしか表現せざるを得ないものをそのように表現するだけに徹していなければならない。ところが、どうしてもひとを目の前にしていると、「指示表出」の色合いに引っ張られることがある。「ある」というより、しょっちゅう引っ張られている。
 本質的には「自己表出」なのだが、それもひとりで部屋に閉じこもっていては出てこない話なので、やはり聴衆が必要なのだ。聴衆を目の前にしているから、どうしても「指示表出」の色合いに引っ張られる。引っ張られるのだが、やはり窮極は「自己表出」の産物だから、詩的にならざるを得ない。
 そこに名利心も浮かび上がってくる。人々に素晴しいと称賛されたい名利心、感動したと褒められたい名利心。親鸞も「名利に人師をこのむなり」(『和讃』)の述べているから、おそらく私と同じものを感じていたのかもしれない。ということは、私は自分の内面に親鸞をいま体験しているのだ。
 名利心の顔色を伺っているようなことではダメなんだと思う。それは法話が「指示表出」になってしまっているからだ。その思いを振り払って、「自己表出」の階段を深層へとおりていく。それでも「自己表出」と「指示表出」とを行ったり来たりしている。
 ゴッホは、キャンバスに向かっているとき、完全に「自己表出」の世界だけに浸っていたのだろうか。そうだ、そうに違いない。完全に没入していたに違いない。私も子どものころ絵画をやっていたが、描いているときは、そのこととひとつになり、邪念は介入してこない。だから、没我の状態はわかる。
 ということは、そもそも絵画と講演は異質な表現形態だという単純な結論に落ち着くのだろうか。
 そう思うと講演とは、聴衆と話し手とが共同作業で作り上げる芸術なのかもしれない。講演会は数時間で終るのだが、そのとき聴衆と話し手が一緒になって何かを作り上げる。その何かとは「法」と語られてきたものだろう。それで、時間と共に終わっていき、そこには何もなかったかのようになっている。芸術とはそういうものなのだろう。
 そこに講演会の生と死がある。そしてひとりひとりの生と死が。
やはり終わりがあるから尊いのだ。
●2016年10月30日●
雑多な思いが、ナンマンダブツと口ずさむことで消されていく。
わだかまりや、不安や、後悔などが、消えていく。
ナンマンダブツで、沸騰する思いのレベルがオフになる。そういうときもあってよい。

そして、原始人が目にしていたであろう光景が、展開する。
やっと「存在の零度」にたち戻ることができる。

私がこの世と関わる接点は、何だ。それは、三毒だ。 三毒以外にない。
だから、三毒で感じとられた世界以外を知らないのが私だ。ダニが振動と酪酸の嗅覚でしか世界と接点を持っていないのと同じだ。
三毒とは、貪欲、瞋恚、愚痴だ。
貪欲は、むさぼりの欲望だ。食欲や淫欲や睡眠欲や視欲や笑欲や意欲や飲欲や性欲や考欲や触覚欲などだ。これが無いと人間は生きることができない。まどみちおの「ことり」には「目でなら触ってもいい」という言葉があった。見るというのも自分のものとして触る欲に支えられている。
二番目の瞋恚とは、その貪欲が拒絶されたときに起こる怒りの感情だ。私の目の前をノロノロと走る車があった。私はイライラし始めた。イライラとは怒りの感情だ。なぜイライラしたのか。それは、私が自由にスピードを貪れるのに、その貪りの感情が拒絶されたからだ。
テレビニュースを見ていても、怒りの感情を感じる。築地市場の豊洲移転のニュースでも、盛り土をしたとかしないとか、誰が指示したとかわからないとか。政治家や官僚の杜撰なやりかたに対して怒りを感じ、それを毎度毎度ニュースで流す報道機関へも怒りを感じた。総じて、現代日本は、責任者を特定して、そいつを血祭りに上げなければ気が済まない社会になっているのだ。「罪を憎んで人を憎まず」という感性はなくなった。まあ社会機構を変えて、チェックシステムを構築していくしかないのだが。
私は「過去は未来の鏡だ」と言っているので、この問題も新しいようで古い問題だ。政治家がダメなのでも官僚がダメなのでもない、そもそも人間という存在がダメなものなのだ。そうやってイライラしていたら、紀元後100年頃に成立した『仏説無量寿経』にある「不急の事を争う」という言葉を思い出した。つまり、急がなくてよい問題を人間は常に争っているということだ。〈ほんとう〉に急ぐべき問題は、そこにはないと。
三番目の愚痴とは、人間の意識作用全体を述べている。つまり、貪欲と瞋恚を下で支えている知のはたらきだ。自我中心の意識そのものだ。そもそも無色透明な「意識」というものは人間には存在しない。「自分」という意識も、意識というテーブルの所産である。だからちらっと思うことも、すべて自分というテーブルの上での「思い」なのだ。このテーブルの上に乗っかって「貪欲」も「瞋恚」も動いている。
だから、唯識思想は、自我意識は自覚できる部分と、自覚できない深層の部分があると発見した。それを「末那識」(マナ識)という。自分では決して意識できない深層のエゴイズムだ。さらに、その底にもっと深層の「阿頼耶識(アラヤ識)」があるだろうと類推した。まあ、なんで人間が意識することのできない深層意識を人間が知ることができるのか。それは矛盾じゃないか。確かに矛盾だ。ただインドの瑜伽唯識派(ヨーガ・唯識派)は、ヨーガという瞑想法をもち、それで人間の表層意識を極限まで停止させて、深層意識を感じ取るという修練をする。その結果に感じ取った意識だという。だから日常意識ではまったくわからないのだという話になっている。
親鸞は、唯識思想は「自力の教え」だと考えていたようだ。だからといって、私たちがそれを学ぶのは無意味だとはならない。曽我量深は、唯識思想を学ぶことを通して、「法蔵菩薩は阿頼耶識なり」という直感を得た。唯識思想と浄土教の神話用語とをぶつけ合わせ、新たなテーゼを生み出したのである。仏教研究としては邪道視されるのだが、しかしこれが新しい思想の創造なのではないか。違う意味世界の言葉がぶつかって新しい言葉を生み、そのテーゼが力をもって時代に受け入れられていく。むしろ思想創造運動だと私は思う。
そうそう吉本隆明が「共同と幻想」という言葉をぶつけて「共同幻想論」としたり、あるいは、「存在と倫理」をぶつけて「存在倫理」という言葉を作ったのは、新しい概念を生み出したことになる。日本人の場合、どうしても新しい概念を生み出すのは漢字と漢字の結合だ。西田幾多郎の「絶対矛盾的自己同一」もそうだ。鈴木大拙の「即非の論理」もそうだろう。
話がズレた。曽我量深は「法蔵菩薩は阿頼耶識なり」と表現することで、深層のエゴイズムよりも深い意識である阿頼耶識が、実は、我々を救うためにはたらいている作用(これを人格的に法蔵菩薩と呼ぶ)だと直感した。
曽我量深は、浄土教の世界では、人類を救済するための絶対的存在として、向こう側において語られてきた阿弥陀如来を、自己の深層の「内在性」に捉え直したのである。ここに窮極の「救い」の構造を直感したのだろう。超越項が自己に対立するものであるかぎり、「恩寵」の宗教になってしまう。我々は救われる側、超越項は救う側と対立したままで、超越項によって救われることで、我々はそれを拝跪し、恩寵を蒙るという形だ。安田理深がかつて「それでは一生、我々は阿弥陀さんに頭の上らない存在になってしまう」というふうに述べた。自分たちは哀れで救われがたい劣等者であり、それだから超越項は、私たちを哀れんで下さり、救いを恵んで下さると。江戸期の浄土真宗はそういう劣等意識の宗教になっていたのではないか。
それを打ち破ったのが「法蔵菩薩は阿頼耶識なり」という直感だ。実は、超越項だと向こう側に対立的に考えていたものが、自分以上に自分に近く内在していると直感したのだ。そうなってくると、愚痴という煩悩だが、その愚痴を愚痴としてはたらかせている深層意識が見えてきたのだ。
愚痴の痴は「病垂(ヤマイダレ)」に「知」がくっついた漢字だ。知のはたらきなのだが、病んでいる知である。病んでいるということは、真実に合致した知ではなく、エゴイズムに彩られた知であることを教える。エゴイズムは、貪欲を導き出す源だが、それは何かを暗示している。自分を自分以上に愛してやまない知が「末那識」なのだが、それを末那識として成り立たせているはたらき、それこそが阿頼耶識という深層意識なのだ。
なぜ自分が自分だけを愛するのか、その理由を我々は知らない。それは私の意識では届かない、もっと深層から沸き起こってくるものなのだからだ。それが阿頼耶識だ。
三毒で私はこの世との唯一の接点をもっているということを述べようとして、ずいぶん深い話になってしまった。
ここまでおりてくると「救い」とか「さとり」とか、もはやそんなことはどうでもよくなってくる。
自分は「表層の自分」しか知らないということなのだ。いわば火山の噴火口だ。噴火口に吹き出してくるマグマがどのくらい深いところから湧きだしてくるのか。そんなことは知らずに噴火口を生きている。

 とすると、いま目の前に見えている世界は、原始人が目にした光景と、そうはかわらないのだろう。それがたとえ人工物だとしても、地球の素材を加工したに過ぎない。形が変わっているだけで、原始とそうはかわらない。都会も原始林なのだろう。そして私たちは原始人なのだ。
どこに向かって今日を生きるのか。そんな目的地があるのか。果たしてないのか。ただ目的地が曖昧になってくると、〈いま〉という場所が充実してくる。〈いま〉いる場所が目的地なのかもしれないからだ。
その〈いま〉は原始時代と融通している〈いま〉だったのだ。
●2016年10月29日●
妙好人といわれた、森ひなさんの言葉に次のものがある。
他力他力とおもうていたが
  思う心がみな自力
目が覚めるのも他力、呼吸をするのも他力、生きていること全体が他力だ、ああ有り難いといって暮らしていたのが森さんだった。
ところが、その思いが砕けた言葉が、それだ。これも他力だ、それも他力だと思って掴んだこころは自力のこころだったのだと懺悔した。
聞法生活が始まった当初は、みんな、そんなふうに解釈して安心してしまう。生かされているのだ、ああ有り難いで停止してしまう。その底を破ってくるのが、〈ほんとう〉の他力だ。
他力など人間にはわからないことなのだ。それは阿弥陀さんだけがご存じの世界だから。人間には、その他力の片鱗しか感じ取ることはできない。果たしてそれが人間にとって有り難いことなのかどうかもわからないことなのだ。
老・病・死も、他力に違いない。しかしそれは人間にとって「有り難い」ことでは、決してない。安心したいこころは、停滞のこころだ。「これで他力を理解した」と思って掴んだこころは停滞する。そして、御利益の信仰へと堕す。
人間は御利益がほしいものじゃないですかと、いわれると、そうだと答えるしかない。しかし、御利益だけでも救われないのが人間の奥深さだ。
他力だ、他力だと掴んだ手からスルッと落ちていく。それが〈ほんとう〉の他力だ。人間の手では掴むこともできない、純粋で、清浄で、透明なものは。
そう思ったら、その言葉がひっくり返ってきた。
「自力自力と思うていたが 思うこころもみな他力」と。
これも〈ほんとう〉だ。あらゆることが他力であるのなら、「考える」「掴む」という意識性も他力の仕業に違いない。そうであるのに、これは自力、これは他力と差別していたに過ぎない。
だから、絶対他力なのだ。あらゆることが他力の中でのいとなみなのだ。どこかで、分別し、差別し、隔てを作ろうとしていた意識が崩されていく。
落ちていく、落ちていく、他力の底へ落ちていく。永遠の深淵へ落ちていく。
原始人の叫びが聞こえてくる。
●2016年10月28日●
今日は、二人目の孫の初参式だ。
世間では、神社への初参りとかやるらしいが、真宗では「初参式」をする。生まれて初めて正式に阿弥陀さんの前で出産を報告し、お祝いし、これからの赤ちゃんの成長を祈り、菩薩としてこれからの人生を生きてほしいという願いを確認する式だ。
 記念念珠も本山からお祝いとして無料でいただけるのだ。
しかし、初参式も他人事にしていたなと、今朝、気付いた。初参式を受けるのは孫で、自分はお祝いする側だと決め込んでいた。それは間違っていたと今朝、気付いた。
つまり、もう生まれたことを済んだことにしていたのだ。
〈ほんとう〉に自分は、生まれたのか。何十年か前、母の胎内から産道を通って、この世に生み出された、その瞬間など覚えていないのに。だから、無自覚のまま、今日まで、ただだらだらと、悪戯に暮らし明かしてきた。だから、果たして「生まれた」と過去形で語れるのか。
まだ、そんな自覚をもった覚えもないのに。果たして、生まれたのか、自分は。
こういうことを問うていき、「生まれた」と過去形にしていた意識を掘削し、破壊していくのが初参式の趣旨かもしれない。
だから孫の初参式ではなく、自分自身の初参式だったのだ。
まさに「生」を過去形にしていた意識のゲシュタルト崩壊だ。
こうやって、阿弥陀さんから攻撃を受けないと、眼が曇ってしまうのだ。阿弥陀さんは、ほんとうに人が悪いから、いつも、藪から棒だ。やはり阿弥陀さんにとり憑かれていたんだなあ。
●2016年10月24日●
昨日、因速寺で最も重たい行事である報恩講が勤まった。
一日のみの行事なのだが、それまでの準備がある。まず講師の先生の日程調整、そして毎年やっていただくハンドベル(グロッケン・シュピール)演奏家との日程調整。そして報恩講勤修のお知らせを全門徒へ郵送し出欠を確認する。さらに、スケジュールの確認や当日配布するための資料を作る。さらに当日の弁当の手配やお茶の準備、また当日、振る舞うための精進料理の構想と食材の取り寄せと買い出し。懇親会のための酒の買い出しや、仕出屋さんへの注文。さらに、本堂の仏具磨きと清掃等々だ。
当日は、本堂の幕張、荘厳の確認、配布物の詰め合わせ作業、下足の準備、お昼ご飯(お斎)のための調理等々。世話人さんや女性たちにお世話になりながら、ようやく準備が完了する。
今年の報恩講では、御伝鈔といって、親鸞の伝記を拝読する儀式が加わった。京都の本山では毎年お勤めされているのだが、因速寺では初めてのことだった。拝読するための燭台(2本)さらに卓(ショク)という読むためのテーブル、拝読するための巻物。それらを作法に則って拝読した。小生は、声量もなくできないので、息子が拝読した。
朗々と大きな声で拝読するので、文面は古文調なのでわからない部分もあるが、それでもところどころ理解できるところがあり、とにかく感動した。
この御伝鈔の拝読があったためか、通常の報恩講以上に、ずしんと重たみの増した報恩講になった。一日のなんと長かったことか。
昨夜の懇親会場や台所を見渡して、散乱ぶりに、どこからどうやって手を着ければよいのか、唖然としてしまう。その結果、自分では判断不能なので、坊守たちの指示に従って、動くことになった。指示をされないと、どこから手を着けてよいのかも見当がつかないのだなと、あらためて知らされた。
昨夜のお酒も残っているのだろう、体が重たい。喉の痛みもあり、風邪を引いたようだ。とはいえ、この身体の疲労感は、なんとも味わい深い疲労感だ。この気だるさを味わいながら、しみじみと報恩講を思い出している。
報恩講の次の朝は「お浚い」のお勤めが勤まる。そのとき用いられる親鸞の和讃が、これだ。
〈第一首〉
不了仏智のしるしには
如来の諸智を疑惑して
罪福信じ善本を
たのめば辺地にとまるなり

<第二首>
仏智の不思議をうたがいて
自力の称念このむゆえ
辺地懈慢にとどまりて
仏恩報ずるこころなし

<第三首>
罪福信ずる行者は
仏智の不思議をうたがいて
疑城胎宮にとどまれば
三宝にはなれたてまつる

報恩講当日は、恩徳讃で有名な「如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし 師主知識の恩徳も 骨をくだきても謝すべし」を熱唱する。如来に向かって、高らかとこの和讃を熱唱し、ファナティックな熱狂に包み込む。
ところが、報恩講が終了した次の日の朝には、この「不了仏智のしるしには…」からの疑惑和讃が勤まるのだ。これは報恩講の熱狂を覚ますための和讃ではないか。
熱狂も大切だが、熱狂を覚ますことも必要なのだ。如来大悲への恩徳は身を粉にしても報いなければならないと熱狂し、ところが、報恩などということとはほど遠いお前ではないか、仏智を疑っているのがお前ではないかとと覚醒させてくる。この「お浚い」が大事なのだ。
報恩などという、気持ちをこれっぱかしも抱いていないのがお前だと教えられ、自分の「居場所」に戻ることができる。
八木重吉の「心よ」を思い出した。

こころよ
では いっておいで

しかし
また もどっておいでね

やっぱり
ここが いいのだに

こころよ
では 行っておいで

ここが自分の「居場所」なのだ。こころは、いろんな場所を旅する、ときには激しく、優しく、苦しく、悲しく。しかし、自分の「居場所」に帰ってくる。「やっぱり ここが いいのだに」と。
この静寂と透明の原点を、みんな求めているのだ。ちゃんと帰ってくる場所があるから、どこへでも出かけていくことができるのだ。
もう済んだと思ったが、まだ始まってはいないのだから。
●2016年10月22日●
どういう人生という〈物語〉を生きているか。自分という主人公がいて、どのような〈物語〉を生きてきたのか。そしてどのような〈物語〉を生きるか。
仏法を知る以前の物語の描き方は、どうだったか。日本人として生まれて、家族をもち、仕事をして、やがて老いて死んでいくという物語だったような気がする。そのときそのときの人生の場面では、貪欲(欲望)と瞋恚(怒り)と愚痴(作為)に翻弄されながら、死ぬなどということは眼中になく、ただ生きてきたように思える。
仏法を知ったいまはどうか。
根本的には、人間にとって生きる意味などわかるものではないと思っているのだが、そのうえで、阿弥陀さんの救済の物語の中を生きているとは思っている。
仏法を知る前の物語は、最終的には絶望で終わっていたが、いまは究極的には、阿弥陀さんの悲愛が残ると思っている。
それで、だ。〈いま〉という時間が物理的に流れているものではないとも思っている。時間とは「時間という意味」であり、計測不可能ななものだ。まあ、仏法を知る前は、時間は物理的なもので、それを生き物は生きていると思っていた。ところが、いまは違う。
時間は、阿弥陀さんから開かれ、与えられるものだと思っている。
物理的な時間が流れているという感覚は、無味乾燥であり、それは絶望に結びついている。
絶望に結びつかない時間とは、どこからやってくるのか。それは、絶望にすら希望を抱かない真の絶望の底からだ。そこは闇であり、闇を突き抜けると透明になっていく。
唯円が念仏を称えても嬉しいとも何ともないという言葉を吐いた、その感覚だ。つまり、日常という名前の絶望のそこに流れているものだ。
日常とは、いったいどこに向かっているのか、どこを向いているのか、何をしているのか、〈ほんとう〉のところは意味不明の場所だ。だから、念仏を称えても嬉しいとも何ともないのだ。だが、この日常の場所から、何かが生まれなければならない。ありきたりの、とるにたらない、なんの変哲もない、この場所から。
この場所が、自分の一生のおり場所である。
そして、ここが一人一世界のど真ん中だ。目の前に広がっている一人一世界をどういただくかだ。それはあなたに任されている。あなた次第だ。つまり「面々のおんはからい」だ。
他者を貪欲の対象としていただけば、自分にとって都合のよい人間は「好き」、自分にとって都合の悪い人間は「嫌い」となる。もっといえば、都合のよい人間は貪り愛し自分の従属物にするが、都合の悪い人間は殺しても飽き足らない障害物となる。
そういうふうに他者をいただくいただき方が「貪欲」というフィルターを通したいただき方だ。
まあ貪欲と欲望で、瞋恚は貪欲を拒絶されたときの怒りの感情だから、自覚しやすい。一番、厄介なものが「愚痴」である。愚痴とは、意識性そのものだから、自分にとっては透明でなかなか意識化できない。貪欲と瞋恚が実行部隊なら、愚痴は参謀本部だ。参謀本部は、戦場では見つからない。影に隠れているから。
この参謀本部を攻撃しなければダメだ。
自我意識という本丸がすべての病根だ。自我意識は、独我論にも傾斜するのだが、一人一世界の根拠にもなる。
独我論だと、ヒットラーにもなる。この世界は自分が支配することのできる世界とイメージされる。ところが一人一世界だと、支配される他者にもそれぞれの世界があると見える。つまり自我が相対化される。そのうえ、それぞれの世界が、ひとつになることは決してない。それぞれのひとが、それぞれの世界を構成しているからだ。
そうなってくると、世界を統一する視座は、生き物の数ほどあることになる。つまりいわば無秩序だ。これが生き物の世界ではないか。無秩序の中に、不思議な秩序を生んでいる。
阿弥陀さんの悲愛は、それぞれの生き物と一心同体になっている。その悲愛とは、人生には結論がないという緩みを生み出す。「死ぬ」というのも、人間が愚痴で考え出したイメージであって、〈ほんとう〉の死ではない。いままで、ガッチリ、意識で固定化し、実体化していたものが緩み出す。
阿弥陀さんの悲愛だけが、私の物語を〈ほんとう〉に理解してくれているのだろう。
四苦八苦が人生の結論であれば、人生は絶望以外には成り立たない。その人生観をすべてうっちゃるためには、その底に阿弥陀さんの悲愛がなければならない。
「諸々の庶類のために請せざる友となる。群生を荷負してこれを重担とす」と『仏説無量寿経』にはある。
絶望と孤独の淵にあっても、こちらから頼みもしないのに、向こうから友だちとなって下さり、我々の苦しみと一心同体になって、これを担い引き受けて下さる悲愛だ。
愚痴という、自我の思いを当てにしないでよい世界が開かれているというべきか。
これを「物語」という言葉で、果たして表現してよいのだろうか。
「物語」という言葉も、手垢がついていて、すぐに一神教の物語をイメージさせてしまう。あるいはおとぎ話や、ギリシャ神話を想起させてしまうからダメだ。
 阿弥陀さんの悲愛の物語は、人間の知で把握できる物語ではない。阿弥陀さんだけがご存じの物語である。だから、人間から呑気に、「物語」などという言葉を使うこともできない。
 神話といおうが、実存神話といおうが、メソドラマといおうが、言い当てられない。
たとえば、交通事故で最愛の家族を亡くした場合、それを人間が知的に受け止めることができるだろうか。医学では、生理学的な解説をして、出血多量とか多臓器不全とか心肺停止とか命名する。だが、それがなぜ、最愛の家族で、どんな理由があって、こんな目に遭わなければならなかったのかは不明である。そこで登場するのが「物語」だ。
 それは、神の書かれた試練だといわれる場合もある。これはあなたに乗り越える力がるかどうかを確かめる神の試練なのだと。あるいは、あなたには乗り越える力があるから、あなたに不幸が訪れたので、他のひとではこの不幸にとても耐えられないのだとか。あるいは、この不幸に出合うことで、あなたのあの世での霊の位が上るのだとか。様々に「物語」は脚色する。
 しかし、どれだけ解釈しても、本質的には納得できないものなのだ。まあ納得できないものでも、仕方がないと、それらの物語を飲み込み、そうに違いないと思い込もうとすることもよくあることだ。だが、不可解は残るはずだ。
 その不可解さをごまかさないで、それを引き受ける道はあるか。たったひとつだけある。それが、その不可解さをごまかさないで、それをそのまま受容させる世界だ。いい加減な「物語」で納得しない力強さだ。それは人間にはわからないことなのだ。それが本質なのだ。
 でも、わからないことをわからいなこととして受容させる力、それを阿弥陀さんの悲愛とイメージ言語で語ることしかできない。
 そのことで、着実に人生を歩めるという物語が挫折し、そもそも「着実」などということは人生にはないのだと、〈ほんとう〉に着地することができる。
 
●2016年10月21日●
日本料理屋の庭に「鰻霊供養塔」が建っていた。
そうか、やはり鰻を捌くのは生き物を殺しているのだから、職人さんたちの罪の意識が、鰻の霊を弔い感謝するというこころを生むのだろうと納得がいった。当初は、へえ、そういうこともあるなあと思っていた。そう思っていたのだが、その思いが、意外に私の内部の深いところまで浸透してきた。
これは、私たち日本民族のたましいの深い部分にある問題を表現しているようだ。医学部のある大学にも、動物の霊を供養するモニュメントがあると聞く。これは意外に、自分で意識する以上に、根深く我々のたましいにまで達している問題のようだ。
現代は、生々しい事柄は、すべて隠蔽されている社会である。隠蔽されているだけで、それがなくなったわけではない。死体はテレビや写真では流れない。犯罪者もブルーシートで隠蔽される。生き物が殺される場面も隠蔽だ。問題は、古代からある問題で、人間が生きるということはさほど変わってはいない。
ただし現代社会は、細分化された分業社会だから、誰かが自分の生々しい部分を代行してくれているだけだ。古代であれば、漁労・狩猟などは、ひとに変わってもらえず、自分たち自らが行わなければならなかった。さらに生き物を食べるという場合、死んだ生き物の肉を食べるのは例外であって、ほとんど、殺した直後に血液を抜かなければならないという問題がある。日本では死刑執行の絞首ボタンは誰が押しのかわからないようにしている。
本来は自分手ずからやならければならなかったことを、第三者の誰かが代行してやっているのだ。代行してくれているだけで、その罪がなくなったわけではない。罪はあるのだ。ただ殺生が見えないように隠蔽されているだけで、そこには生々しくあるのだ。 我々の「美味い」の背景には、殺生の罪が張り付いている。
それに対して黙っていることができないので、鰻の霊を供養しなければならないのだ。そこには鰻に対する謝罪の気持ちと、自分に対する贖罪の感情が混ざり合っている。以前、生きている伊勢海老をいただいたことがある。みんな触ることも嫌がるので、いざ、それを調理しょうと、包丁で伊勢海老を刺したとき、キューッと何とも言えない声を出した。それがいまでも耳にこびりついている。あのキューッが。
これが生々しい、人間の「生きる」という姿だったのだ。恐らく古代人も感じていたであろう生々しさだったのだ。それが現代の私の内部で疼いた。
だから、罪を帳消しにしたいという思いが積み重なって、滅罪思想が生まれたのだろう。『歎異抄』第14条は滅罪をテーマにしている。滅罪の道具として念仏を称えるというのは、自分の力で自分の身体から罪を削りだすようなもので、不可能だという。滅罪の意識をひっくり返すようにして、「罪消えざれば往生はかのうべからざるか」と問いかけてくる。罪が消えなければ阿弥陀さんの浄土へいけないとでも思っているのですかという意味だ。
滅罪思想そのものが、善人根性から生まれたことをあぶり出してくる。むしろ罪と一体となって、いや、罪と一体になどなれるものではない。
ただ罪を自分の身体から削り取ろうとする善人根性では、「裁きの自己」の罪が問われてこない。「見られる自己」の罪を裁いて排除しようとする自己の罪が。
罪とは、そもそも自分が感じ取れる範囲内のものでしかない。自分がこの世に存在するに到った、連綿と続いてきたいのちの連鎖が負ってきた罪の集積は問われることがない。 だから、自分が罪と感じ取るのは、そのごく一部分でしかない。
そのことに驚愕し、唖然とする。「如来の御恩ということをば沙汰なくして、われもひとも善し悪しということのみ申しあえり」(『歎異抄』後序)だ。
如来がご覧になるように、我が罪をみることはできない。如来がご覧になるように、自分の罪をみることができたら、絶望するしかないだろう。とても生きてはいけないかもしれない。
その絶望する思いよりも、もっと深いもの、その罪のものと一体になろうとする愛にまかせる以外にない。自分で自分の罪を救おうとしてはならない。罪とひとつになって、もっと深く、もっと闇へと堕ちていくしかない。光の届かない深海へと落下していく。
その罪のものと一体化しようとはたらいてくるのは、一心同体になろうとする悲愛なのだから。
そこまでくると、自分は「生きる主体」ではなく、あくまで客体、もっといえば、述語としてあるだけだ。私たちは「私は…」と発想するのだが、そんな実体はないのだ。〈ほんとう〉は「…している私がいる」と感じるだけだ。その「主体」なるものは空洞なのだ。誰もその空洞を占めることはできない。述語として生きるのみだ。
●2016年10月16日●
敢えて自分を加害者の側に立たせる本願の働き。
真宗は、とことん、悪人の側に自分を見いださせる。なぜなら、善人には救いがないからだ。相模原の事件の容疑者と、自分は通底していると見いださせる。
そして法然、親鸞を弾圧した側の人間として自己を見いださせる。
徹底して、罪の側に見いださせるから、一見すると、息が詰まりそうになる。
息が詰まりそうになるということは、まだ自己と罪とが一体化していないのだ。絶望しそうになるのは、まだ自己と罪が一体になっていない証拠だ。
その罪を汚らわしきものと考え、自分から罪を削ぎ落とそうとする意識こそが、絶望の意識なのだ。絶望の意識は、「善人根性」から起こってくるのだ。善人だけが絶望するのだ。
だから、〈ほんとう〉の悪人には成れていない。
〈ほんとう〉の悪人とは、人間が反省して掴めるものではない。反省の意識では、そこまで深く掴むことはできない。
だから、自分以外の力がなくては、罪と自分とが一体化できない。
その力を擬人化して阿弥陀さんと呼ぶ。阿弥陀さんだけが、自分を罪人とご存じなのだ。
その阿弥陀さんという光源に照らされた存在として、自分があるのだ。
だから、自分は常に、阿弥陀さんから悪人として攻撃を受けなければならない。攻撃を受け続けなければ、自分が「存在」として重みを回復できないのだ。
●2016年10月13日●
阿弥陀如来の48願は人間の願いではない。
そのように『仏説無量寿経』には書かれている。正確には「阿弥陀仏」に成る前の菩薩の段階で、「法蔵菩薩」の本願として書かれている。まあ、この世にはすでに経典制作者が存在していないので、どういう趣旨でそのように書かれたのかを正確には確かめることができない。そこで、後代のものは、文字と文脈を頼りに、解読していくしかなかった。
ただ、あまりに、表面上の文字の意味にとらわれすぎると、経典のマインドが死んでしまう。
何が言いたいのかといえば、経典制作者に、このように書かしめたマインドは何かということだ。経典制作者が何を直感して、このように書かざるを得なかったのかということだ。
それを突き詰めて、分かりやすい言葉で表現したのが、宮沢賢治の「世界がぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない」だ。法蔵菩薩はそのように願っている。この願いは、普通の人間の願いではなく、法蔵菩薩の願いなのだと書かれているし、そう思ってきた。
しかし、よくよく考えてみると、これは普通の人間の根本に隠れている、〈ほんとう〉の願いなのではないか。
普通の人間の願いは、確かに欲望でしかない。どれほど純粋な人間の願いであっても、「欲望」の域を出ない。
だから、欲望としての願いではない。むしろ、人間には対立するような、敵対するような形の願いだ。もし人間の願いだとしたならば、それは人間を押しつぶす願いになってしまう。人間が法蔵菩薩のように願ったとしたら、その願いによって人間自身が押しつぶされ、破壊してしまう。それでもなおその願いを追究していけば、最終形態は、連合赤軍の粛清殺人にまで発展する。政治的には革命という変革に力を注ぐと同時に、身近なところでは粛清が行われる。自分が本願の主体になってしまうと、世界中の不幸を、自分が背負って、自分が解消していかなければならないという幻想を自分に背負わせる。最終的には自滅する。
法蔵菩薩の願いと経典制作者が書かざるを得なかったマインドは、人間の願いではなく、異質なものだと言いたかったからだはないか。それであえて人間ではなく、法蔵菩薩と擬人化して人間に対立たせたのだ。人間の本願ではないと。むしろ人間に願われていることだと。
擬人化させて人間に対立させたのだが、それだからといって人間に無関係ではない。擬人化させる形で人間に関係させたのだ。なぜそんなややこしいことをしたのか。
それは、人間の欲望としての願いではなく、人間存在を根底で支える願いだからではないか。欲望としての願いは、未来にある状態、たとえば「世界全体の幸福」が成り立たなければ満足しない願いである。ところが人間存在を根底で支える願いは、「世界全体の幸福」が成り立たなくても、満足する願いでなければならない。満足すると言い過ぎだ。決して満足しないことにおいてだけ満たされる願いだ。なんだか矛盾した言い方しかできない。
そんな願いがあるのかと人間は疑ってしまう。そんなことは自分とは無関係で、自分はただ自分の欲望を叶えることだけで精一杯だと。まあ欲望としての願いはそれでよいのだ。しかし、人間はいくら欲望としての願いを叶えたとしても、それで根本的には満たされたとは言わせないものを抱えている。それが法蔵菩薩の願いとして擬人化された願いである。
つまり、この世に苦悩がある限り、自分は絶対に幸福とは言えないという自覚である。それは、逆にいえば、自分だけいい気になって喜んでいるという状態を許さない自覚である。もっといえば、この世には絶対なる救いは成り立たないと覚めている状態でもある。しかし、そのことにたじろぐこともなく、そのことで絶望するわけでもなく、淡々と、その救いなき状態を生きていく、それを成り立たせるような願いである。
だから、48願は、人間の欲としての願いではなく、人間を根本的に支えるような願いなのである。まったく矛盾した言い方だが、決して満足しないことにおいてだけ満たされる願いなのだ。
●2016年10月10日●
『もう済んだと思ったが、まだ始まっていなかった』の略称を『もう・まだ』と付けてくれたのは能登の畠山正信さんだ。お蔭様で、1000部が捌け、2刷1000部増刷した。嬉しい悲鳴をあげている。
『なぜ?からはじまる歎異抄』は第3刷が増刷された。
『もう・まだ』には『なぜ?歎』が生まれた背景が書かれているので、いわば「親」である。『なぜ?歎』は子ども。だから、この二冊は親子関係である。
これからは「親子丼セット」で売っていこうと思っている。親は子ども以上に過激なのだ。
自分の内心では、『なぜ?歎』は詩集、そして『もう・まだ』は、漫談だと思っている。でも面白いもので、それらの言葉たちが生まれてきたての段階では、小躍りして感動していたのに、それも薄らいでいくものだ。
この世に生まれたときには、あれほど喜んでいたのに、徐々に当たり前になっていく。これは、人間の子どもの誕生と同じだなと、苦笑いしている。
人間というものは、そういうふうになるように出来上がっている生き物なのだから。
いわば、この世に現れたものとは、「方便」という次元にあるものだ。まだこの世に現れない段階を「法性」という。あの言葉たちは、どこにあったのだろうか。とても自分の脳内や心の内にあったものとは思えない。
 自分は、自分の内部のどこかにあるように錯覚しているのだ。やがて言葉たちは現象の世界へ、つまり「方便」の次元へと具体化させられていく。そして紙の上にインクが乗り、日本語というコードに則った「文字」になっていく。もはや「方便」の次元に現象したものは、自分の手を離れ、文字自身が一人歩きをはじめていく。
 当初の感動はどこへやらだ。でも、感動も覚めてくれなければダメなんだ。感動しっぱなしでは、感動してないのと同じだ。やはり、そこには、「覚める」ということがなければならない。
 覚めなければ、また新たな誕生もなくなるからだ。「深広無涯底」という言葉が思い浮かんだ。「深広にして涯底なし」とは、『大経』の東方偈の言葉だ。「如来の智慧海は、深広にして涯底なし。二乗の測るところにあらず。唯仏のみ独り明らかに了りたまえり。」(如来智慧海、深広無涯底、二乗非所測、唯仏独明了)の記されている。
 仏法の醍醐味は、どこまで掘り尽くしても掘り尽くせない、汲み尽くしてても汲み尽くせないところではないか。
 だから、「方便」の次元に現象したものに対して、飽きるということがなければならない。それで満足させないものがはたらいている。
 より深く、深く、底へ底へと掘り進んでいかなければならない。
●2016年10月5日●
「勝つ」ことだけの人生でいいのか。
「負ける」練習をしてこなかったのが現代人なのかもしれない。「負ける勇気」とか「負けを知ることで勝利する」などのテーマは、本屋の自己啓発系か経営者向け系の本の題名のようで、うさん臭い。
しかし、癌にかかれば「闘病」、受験は「受験戦争」、交通事故も「交通戦争」、バーゲンは「争奪戦」等々。
人生の大半を「勝つ」ことに必死になって生きてきたのだから、晩年に癌を宣告されても、打つ手がないのは当然の結末だ。しかし自業自得だと豪説してもいられない。
いつでも、どこにでも、人生のどんでん返しが口を開いているからだ。
切羽詰まったときには、必ずどんでん返しがやってくる、それだけは信じてよいことだろう。
人生に結論はないのだから、それだけは信じられる。
自分が考えている以上に、自分は自分以外のものと関連し絡み合っている。
しかし、どんでん返しは、やはり、どうしても、人間の手を通さないところからやってくるものなのだ。
癌を宣告され、病院をたらい回しにされた男性患者が、早春の、まだ肌寒い海岸で、遠くを見渡したたずんでいたとき、どんでん返しがやってきたように。
また、ふと病室の片隅においてある、花が、いままでの花とは違ってみえたとか。
スピリチュアルなものとは、概して人間の手を離れたところにある。
もっともスピリチュアルな象徴が「阿弥陀」なるものだ。それは言葉であり、文字であり、影像であり、彫像である。つまりそれはイメージなのだ。
イメージだから、概念で説明してしまえば、そのもののいのちは死んでしまう。決して人間の知に還元することのできないものなのだ。
ただ、「阿弥陀」といえば、もの凄く手垢がついた言葉なので、この言葉を使うことすら躊躇われる。「阿弥陀」といえば、「ああ浄土教ね」「浄土真宗ね」「本尊か」と誤解されてきたからだ。
まあ、そうであってもよい。私にとってはイメージ存在として「阿弥陀」があるのだから。阿弥陀は「〈無・意味〉」として私を解放するイメージなのだから。
「阿弥陀」というだけで、仏教の中の特殊な一宗一派の仏という亜流のように感じてしまう自分がいる。どういうわけか、ひとに説明するためには、「阿弥陀」が人類にとって普遍的なことなのだと説明したくなる。だが、それももう必要ないのだろう。
亜流中の亜流で、どんどん狭く狭くなっていった果てに、針先のピンポイントで出遇うものだからだ。
だから、なぜ「阿弥陀」なのかを、決してひとに説明することはできない。説明し尽くす努力は惜しまないのだが、どこまで説明しても決して説明し尽くせない。
説明し尽くせないものだから、生き生きとしているのだ。もし説明し尽くせてしまうものならば、それは「人間的なもの」に過ぎないことになる。そして「人間的なもの」で人間が救われることはないのだ。
人間を救うものは、人間を超越しているものでなければならない。風や雨や、日の光は、常に人間を超越している。そして、この肉体としての自分自身は、つねに「自分という思い」を超越しているのだから。
●2016年10月2日●
昨日は六組聞法会だった。
先生は大阪の藤田恭樹先生。テーマは「尊きいのち」だった。
1、縁の不思議。私がいまここにいるということ。私の先祖は何十億人だ。それを忘れている。
オリンピックでもボルトがいなければ、400メートルリレーで日本が金メダルだった。これも縁の不思議。
2、いのちの重さ
いのちは量的にはかることができない。重たいいのちも軽いいのちもない。
ジャータカ(シビ王の話)。鷹に王様の肉を削って鳩の重さに釣り合うようにしたが、秤は釣り合わなかった。王様が絶命したとき鳩の重さと秤が釣り合ったという話。
3、いのちはなぜ尊いか。
①たまわったいのち
②関係存在としてのいのち
③生死するいのち
④無上尊としてのいのち
4、いのちを奪うもの
①戦争
②原子力という名の核
5、あたり前のことと有り難きこと
以上は当日レジュメの言葉と聞書。
(資料も4部あったが割愛)
お話では信国淳先生の『いのちは誰のものか』より、武者小路実篤の「人知るもよし、人知らぬもよし。我は咲くなり」を紹介された。
これは花だが、我々は「ひと知るは善し、ひと知らぬは悪し」になっているのではないかといわれた。人間は、ひとから知ってほしい、名声がほしいと思う。またひとから「善きひと」として思われたい、そういう欲望をもっている。
お釈迦さんは「天上天下唯我独尊」とおっしゃったが、それは「俺だけが尊いのだ」という自己顕示欲の表明ではなく、「我独りにして尊し」であるといわれた。
さらに『信国淳専修』第六巻「個人と衆生」を引かれた。
「私どもはよく誰かのために苦しむと言い、また実際そう思っているのだけれども、実はそういうことはありえない。誰かのために苦しむということは私どもにはないのであって、いつでも自分のためにそこ苦しむのである。私どもは子のために苦しみ、親のために苦しみ、夫のため妻のために苦しむと思っているが、それは誰かのためにと思いながら、(略)実はすでにその誰かから自分が離れ、それを厭い憎んでいるからにほかならない。(略)それは自分一人を愛する故に他に対して冷酷になり、他に対して冷酷であるが故に、他によって苦しめられ、他のために悩まねばならぬという錯覚をおこさないわけにはいかぬ。」
この錯覚は自己愛が原因だと述べられていく。
この文章を読むと、人間愛とかヒューマニズムとか人情というもののもっている甘い幻想が木っ端みじんにされていくのがわかる。
もっと正確にいえば、「苦しむ」ということは、人間である限り逃れることのできない限界状況である。その「苦しみ」を分析してみると、人間は他者によって「苦しめられる」と感じる。「苦しみ」の原因は他者にあって自分には責任はまったくないと思っている。ところが信国先生は、それは「錯覚」だといっている。
「苦しみ」とは、自分の思い通りにならないという意識が感じる感覚であって、その「苦しみ」を引き起こしているのは自分自身だからだ。「自分の思い通りにしたい」という欲望を仏教は「貪欲(トンヨク)」と呼んできた。
「苦しみ」は感情だから、正確には他者と自己との間に引き起こされる感情だといってよい。だから、他者と自己という関係がなければ引き起こされない。いってみればその両者の合作なのである。
苦しみの縁(条件)は他者であっても、苦しみの因(原因)は自己愛というべきだろう。
他者と付き合う場合に、縁が深ければ、自分の思い通りにしたいと思い、自分の思い通りになっているときには「愛」を感じ、そうならない場合には怒りや憎しみにもなり、その怒りの感情に自分自身が疲れ、苦しみに変化する場合もある。この怒りと苦しみの循環は、人間である以上逃れることはできない。
ただその「苦しみ」の感情分析がちゃんとできれば、その感情から少しは身を遠ざけることができるということなのだ。まあそれが仏教の御利益といえば、そういえる。
たとえ、分析がちゃんとできたとしても、相変わらず他者が苦しめているという思いは残る。縁も因も他者に押し付けたくなる「善人意識」も兼ね備えているからだ。
以前にも書いたが、安田理深先生は「夫は夫自身を愛するが故に妻を愛し、妻は妻自身を愛するが故に夫を愛す」といっている。つまり人間は自己愛以外には他者に対して「愛情」を感じることはないというのだ。
何だか、立つ瀬もないというか、身も蓋もないというか、完膚無きまでに人間の情愛がエゴイズムという罪であると抉りだし、白日のもとに曝け出してしまった感じだ。
これが〈ほんとう〉がもっている力だ。
〈ほんとう〉は人間に真実はあるのか?とつねに問いかけてくる。
この問いかけに対して、「人間には無い」と応答せざるを得ない。注意すべきことは、これは〈ほんとう〉が問いかけているので、人間が問いかけているのではないということだ。人間の他者批判や自己批判には冷酷さしかない。そこに救いはない。ただ〈ほんとう〉からの絶対批判にだけ温もりが宿る。
そうそう、例の相模原の事件にもお話で触れられたが、やはり現代社会の根底にくすぶっている問題が現象化したのだと私は思った。
最大の問題は「自己」なのだ。自分自身が一番危ないのだ。自分自身の根底に眠っている凶悪性をこそ引きずり出して、それを殺していくべきだろう。(「殺す」というのも譬喩だが)
座談会のとき、車椅子で通ってくる女性が恐ろしい目に遭ったと話された。バスに乗ろうとしているとき、車椅子の場合、バスの中央の扉から運転手の介助で乗るそうだ。その間、乗客は出発を待たされる。そのとき男性の老人が「あんたのようなものがいるから困る。あんたたちは家に引っ込んでいればいいんだ!」と怒鳴ったそうだ。と、その声を受けて、40代の男性が、その老人に対して、食ってかかったそうだ。まあやがてその場は収まったらしい。近くのひとが、「あんな言葉を気にしちゃダメよ、へこたれてはダメですよ」と励ましてくれたし、運転手も「また利用して下さいね」と女性に対して優しく語った。
彼女は、相模原の事件があってから、外出するのが怖くなったと言っていた。
この話を聞いて、ますます現代人の心が劣化していることを知らされた。例の「キレル高齢者」問題だ。
結論の結論を述べれば、自分自身の心を映す鏡がないということだ。決して、自分自身の心は、自分自身の心を映す鏡にはならない。まあ、〈ほんとう〉という鏡が必要なのだ。
人間の鏡は「評価」の鏡だ。大雑把にいえば、「劣等感(絶望)と優越感(楽観)」の秤だ。
「有用か無用か」の秤だ。
そんな秤をもって自分自身の心をはかってはならない。〈ほんとう〉という鏡がなければならない。
果たして〈ほんとう〉の鏡を手に入れることができるかが、これがまさに現代の窮極の課題ではないか。
危ないのは、自分自身なのだ。他者ではない。
●2016年9月30日●
浄土真宗の修行って何ですか?と問われたので、私は「生活」ですと答えた。
しかし、それだけでは足りなかったなと反省している。質問した相手は「そうなんだ」という顔をしたが、〈ほんとう〉は、「あなたの考えている『生活』ではありませんよ」と付け加えなければならなかった。
「生活」という言葉を聞けば、「なんだ生活か」と、わかったこととして受け取られてしまう。さらに「それだったら信仰も要らないし、信じているひとも信じていないひとも同じじゃないか」と思われてしまう。
だから、対話も気をつけなければならない。対話はつねに言葉を媒介にするのだが、言葉があるから、分かり合えるということはない。言葉があるから逆に、迷いが深まるということもあるのだ。人間は誤解の生き物だから、自分の経験した範囲内でしか言葉の意味を想像することはできない。それで、言葉を理解して、わかったことにして済ましてしまう。
つねに人間は、「意味場」を生きている。ただ、意味場はいつも揺らいでいるので、いま、そのひとがどういう意味場を生きているかを考えに入れておかなければならない。意味場も、自分で意図的に作ることができないものだ、まるで気分のように浮遊している。

私が「生活」と答えたのは、根源的受動性の上に成り立って、生きることを引き受けたという意味だったのだ。簡単にいえば、「させられて・している」という意味なのだ。そこに死と再生が激突しているのだ。自分というのは、その「場」のことだ。
 そういう意味場で「生活」を使っていたのに、その質問者には届かなかったかもしれない。
 信仰は、「一人一世界」の意味場で起こっていることなので、決して他者と合致することはない。
 昨日のクローズアップ現代で、ベテルの家の向谷地生良と池上彰がコメンテーターとして登場していた。話題は、例の障害者施設での殺人事件のことだった。なぜあのような事件が起こったのか。それは現代社会が多様性を認められない社会になっているとか、弱さを表現できにくくなっているとか、社会に役に立つか立たないかで人間の価値が決められているとか、様々に話されていた。
 結論としては、生きていることそのことが素晴しいという価値観をどう生み出すかなのだ。しかし、そこから先は、やはり「信仰」という領域に降りてこなければならないだろう。政治・経済・文化などの根底には、「宗教」がなければならない。政治・経済・文化と並列的に「宗教」があるのではない。それらを根拠付けるためにこそあるのだから。
 人間というものは、そもそも、そういう階層的な構造をもっているからだ。how to(どのようにしたらよいか)という問題だけで人間の問題は片づかないようにできているではないか。だから、「なぜ?」という実存的な問いが必然的に起こってくるのだ。そしてこの問いに答えを出さなければ、決して「生きているだけで素晴しい」という価値観は生まれてこない。無条件の生の肯定は、人間の精神が根底的に無条件の意味場に変更されていなければ成り立たないからだ。
 ただ、NHKでは、そこから先の問題には触れなかった。まあ薄々は予期しているのだろうが池上彰もそこからさきに踏み込めていない。「宗教」という言葉を使うことすらタブーになっているからだろう。
「宗教」はとにかく妄信であって、信じた人間にだけ成り立つことで、普遍的なものではないという思い込みがあるからだ。そういう危険性をもっているものが宗教だが、危険性があるものだから、ひとを根底で生かす力にもなるのだ。そもそも、人間そのものがグロテスクなものを内面に秘めた危険な存在なのだ。
 だから、一度、人間の危険性を抉りだし、そいつを解毒しなければならないのだ。そのためには信仰が不可欠なのだ。
 その「普遍性なもの」というのは、幻想なのだ。誰が飲んでも、そこそこの効き目しかない薬は、重病には役に立たないのだ。重病に効くのは、やはり劇薬なのだ。
●2016年9月29日●
蓮如が「細々に信心のみぞをさらえて、弥陀の法水をながせといえる事ありげに候う。」(御文・第二帖第一通)と述べている。
改めて、お朝事で耳にすると、そうだなあと教えられる。この「弥陀の法水」という表現は、唯一、ここにしか出てこないようだ。
まるで水洗便所の譬喩である。でも、だからこそ、身に覚えがあって、よくうなずける。日常生活では、泥のように煩悩滓が溜まってくる。自分では気付かないうちに溜まっているのだ。自分で意識できているうちはまだよいのだろう。無意識のうちに、溜まっていて、それがわだかまりになっていく。
おそらく自分にもたくさん溜まっていたのだろう。「弥陀の法水をながせ」という言葉を聞いて、初めて溜まっていたことがわかった。
水洗便所だなあ。
法水を流せという声を聞いたときにだけ、自分の汚物の溜まっていることに気付くのだ。
だから、普段は溜まっていても、それに気付くことはない。まあ、溜まっていることを知らないのは自分だけで、周りにいる人にはわかっているのだ。汚物の悪臭が漂ってくるから。だいたい自分の体臭に自分は無自覚でいられるから。
法水を流せという言葉で、何事かのスイッチが入るのだろう。まあ、流せと聞いても、流し切ることはできないのだが。またすぐに溜まるから。
でも、流されたときには、「零度」に帰ることができる。禅宗でいえば「父母未生以前の自己」だろう。「零度の存在」に帰れればよいのだ。
もう済んだと思ったが、まだ始まっていなかったのだと、「零度」に帰れれば。
布団の中で、他力によって眼が覚めて、あっ「零度」だったのだと教えられる。目が覚めることが、宗教行為だったのかと驚かされる。
●2016年9月27日●
相模原の犯人があんな犯罪を犯したけれど、あそこで展開した凶行が、人間の本質をまざまざと曝け出させた。
「どうしてあんな悲惨な事件を起こしたのか?信じられない!」というふうな受け止めは、元来、人間はあんな凶行を行う素地はないはずだという性善説に立っている。本当はあんな犯行は行えないはずだ、どこかで何かが間違って、ああいう偏向した考えになり、犯行に及んだんだと考えてしまう。
しかし、そうだろうか。あれが人間の本質なのではないか。「罪悪深重煩悩熾盛の凡夫」(歎異抄第一条)とは、そういう意味ではないか。人間の本質を、暴き出し、白日のもとに曝け出したのが、あの事件じゃないか。
 あまりにも無惨な凶行だから、あの事件から眼を背けたくなるのだ。
しかし、あの犯行を見たとき、「あれこそが人間の本質なんだ」と見なければならないだろう。何かが間違って、あんな犯行をしたのではないのだ、人間はもともとああいう犯行を行う素地をもっている存在なのだ。
 あの犯人と自分とは地続きなのだ。一体なのだ。だから、まず自分自身を恐れなければならない。もっとも危ないのは「自分自身」なのだ。
性善説に立っているひとは、「自分」はあんな犯行は行わないだろうとタカをくくっているのだ。「自分」ほど優しくいいひとはいないのだから、あんな犯行を行う人間は鬼か蛇かと思っているのだ。まして、「自分」とは無関係だと思っている。果たしてそうだろうか。
イエスは、姦淫の思いをもったひとは、実際に姦淫をしたことと同じなのだというふうに言っている。やはり犯罪の根っこを「自分」と地続きだと考えている。こういう受け止めを〈ほんとう〉の宗教というのだろう。
〈ほんとう〉の宗教とは、〇〇教でも〇〇派でもない。そこにも内包されているが、それがそのまま〈ほんとう〉ではない。いわば〈ほんとう〉の宗教は超党派だ。
あの凶行から眼を逸らすことなくしっかり凝視できる力が、むしろ信仰の底力ではないか。
 凶悪は、人間の偏った異常形態ではく、むしろ人間の基本形態なのだ。だから、犯罪を見たとき、最初は驚愕するのだが、次には、人間の本質として目を背けずに、ちゃんと凝視し続けなければならない。人間の本質を教え続ける、〈ほんとう〉の教材として。
●2016年9月26日●
昨日のBサロンには、初めて埼玉県から参加された青年がおられた。
ここに来られた因縁をお聞きしたら、小生の本がきっかけだったという。書店で、『逆説の親鸞』を手にとられたのがきっかけだったそうだ。お話を聞くうちに彼は「『新しい親鸞』だったら手には取らなかったと思います」と語られた。
以前から来たい来たいと思っていたが、なかなか都合がつかず、昨日ようやく念願が叶っておいで下さった。〈ほんとう〉に頭が下がった。
そして『逆説の親鸞』という書名についてお話しした。実は、あのタイトルは小生が付けたタイトルではない。雲母書房で小生の編集を担当して下さった上田恵子さんが付けてくれたタイトルなのだ。
本ができあがって、タイトルをどうるすかという段になり、上田さんと相談した。小生は「流罪の親鸞」を提案したが、そのタイトルでは、歴史書のジャンルに誤解されて分類されるから、ダメだといわれた。それでは「実存の親鸞」はどうですかと話すと、それでは哲学書でしょうと却下され。数日後、彼女から提案されたのが「逆説の親鸞」だった。このタイトルを見たとき、私の言いたかったことを一言でズパッと射抜いてくれた快感があった。自分では、あれこれと言いたいことがあるのだが、それを一言で射抜くというのは、至難の業だ。やはり、自分では自分のことは見えないものだとつくづく教えられる。 そういえば、『なぜ?からはじまる歎異抄』も大須賀護さんという編集者の提案だし、『歎異抄の深淵』は芹沢真幸さんだった。
すべて編集者に助けられ励まされ、ようやく本を作ることができた。一切合切が、やはり他力の所産なのだ。
もと辿れば、五十音も借り物だし、漢字文化や様々な知識なども借り物に過ぎない。どこにも、自分というものはない。
辛うじて自分というものがあるとすれば、それは編集眼だろう。親鸞が『教行信証』を編集した眼だ。
この眼がけが個性なのだろう。それは間違いなく個性なのだが、その個性が単なる個性に終わってしまえば、これまたそれだけのことだ。その個性が、人類の普遍性に根を降ろしていなければならない。
個人が、極めて個人的なことを書いていて、それが永遠の普遍性に根を降ろしていること、それを目指している。
奇しくも『逆説』という言葉が、彼を射止めたように。
●2016年9月21日●
お釈迦さんが、悟りを開いてから三週間は無言のままだったといわれる。悟りを、人間界の言葉に変換してしまうと、必ず誤解を生じることを危ぶまれたからだ。さらに、言葉にするということは、言葉が理解できる人間やら民族を限定してしまうことになる。
お釈迦さんは、日頃、釈迦族がつかっていた地方の俗語をしゃべっていたようだ。だから、いわば方言で悟りの内容を語ったのだろう。方言とは、極めて限られた空間の人々にしか通じない。
「限られる」ということで思い出すことがある。
特急電車の「特急」を英訳すると「limited express」となる。最初、この英語を見たとき、妙な違和感を感じた。limitは「限度・限界」という意味で、日本語にするとどうしてもマイナスのイメージがつきまとっていたからだ。限度や限界をもった「急行電車」では、何だかスピードに限界があるような、それでいて特急電車というのは、どうも違和感を感じてしまった。
それが解けたのは「別」に二つの意味場があることに気付いてからだ。limitを日本語の「別」と訳すと、この語が二つの意味場に浮いている。ひとつには「差別・区別」という、いわば否定的な意味場であり、もうひとつは「特別・格別」という肯定的な意味場だ。特急電車の場合は、その肯定的な意味場だったのだ。それを否定的な意味場で受け取っていたから違和感を感じたのだ。

お釈迦さんの言葉が方言であれば、やはり狭い地域における意味場でしか通じなかったことだろう。それが特別な言葉であるがゆえに、却って他の地域の人々には区別された限界性をもってしまう。
これは言葉そのものが持っている限界性である。
南無阿弥陀仏に親しんだ人間にとって南無妙法蓮華経は親しみをもてない。そればかりか違和感すら感じてしまう。それは逆の立場でも成り立つだろう。三遊亭円歌が日蓮宗で出家してお勤めをしていると、舅たちが、ナンマンダブナンマンダブとやるから、たまらんと話していた。
法が言葉として語られたために、却って、結果的にはその言葉に親しみのない人間を排除してしまうことになる。
だから、〈ほんとう〉は言葉に限定しないほうがよいのだ。お釈迦さんは無言のままで死んでいったほうがよかったのかもしれない。
そう思うと、お経や教えの言葉の一文字一文字の裏側には、仏さんの涙が張り付いているように感じる。
ある人に通じる言葉は、あるひとを排除する言葉でもあるからだ。
こうなるとナンマンダブツといって有り難がってばかりはいられないだろう。ナンマンダブツを耳にして、違和感や嫌悪感をもつ人々が生まれてしまうのだから。
本願が、あらゆる存在の救いを誓っているのであれば、そういうことが言えるのではないか。
よくよく、私たちは意味場に意識を払わなければならないだろう。長川一雄先生は「バカ!とバカーンは違う」と言われていたそうだ。文字にすれば「バカ」だが、それが侮辱の意味場にあるのか、それとも甘えの意味場にあるのかで意味が違ってくる。
あの蓮如さんの『御文』(御文章)にも「女人」という言葉が使われているが、あの女人という文字をどの意味場で受け取るかだ。
近頃は、女性差別の意味場であれを受け取る傾向が強い。男性の蓮如が女性を蔑視して女人は罪深いものだと受け取る意味場だ。まあそういう意味場で受け取ることは可能なので、それを否定するつもりもない。
ただ別の意味場もある。「女人」という言葉を「機の深信」で受け止める意味場である。
汝、女人よと蓮如が語るとき、それを聞いた女性たちは自分自身の罪悪深重性で受け止めていたのではないか。そういう意味場で受け止めていたから、苦渋に満ちた日常生活をしっかり受け止めて黙々と生きる力になっていたのではないか。女性蔑視という意味場で受け止めていたのであれば、そこにはルサンチマンがくすぶってしまう。つまり怨みが残る。
怨みは「否定の感情」であって、決して「肯定の感情」にはならない。
問題は、「意味場」なのだ。
言葉は一つだが、意味場は受け取る人間の数ほどにあると言ってもよい。やはり窮極の問題は、「言葉」ではなく、それが浮いている「意味場」なのだ。
●2016年9月19日●
「如来のよびごえ」とか、「聞こえる」という比喩は、意味場が与えられたということだ。「天の声が聞こえた」とか、「神様の声に命じられた」とかいうものとは違う。そんな声が聞こえたとたら、それは幻聴か妄想に違いない。
そういうことを言いたいわけではない。
私が「汝、悪人よ」という呼び声を阿弥陀さんから聞くというとき、それは、「意味場」が開かれたことを言っているのだ。
阿弥陀さんと出遇う前には、自分という存在は無色透明な透明人間だったのだ。それこそ娑婆の三原則で、「快-不快・損-得・善-悪」という原則に操られて、フラフラと根無し草のように付和雷同して生きていたのだ。譬えては悪いが、海に漂うクラゲさながらの存在だった。
 その存在に意味が与えられ存在の足場が出来た。その存在の足場というのが「意味場」だ。その「意味場」を「汝、悪人よ」という弥陀の呼び声によって与えられたと比喩的に述べているのだ。
 それは自分が自分の存在を「これでよし」と把持したのではなく、向こうから言い当てられるという安定の仕方だ。自分で自分を安定させようとしても、所詮、その自分そのものが付和雷同しているのだから、それでは不安定そのものでしかない。
 だから、「向こうから」というのだ。向こうは人間に捕まえることができない。向こうからは掴まれるだけで、それを人間が捕まえられない。だから、自分で自分のことをハッキリと了解したという意味ではない。あくまで自分は「客体」として把持されたと受動的にしか語れない。
 「汝、悪人よ」とは、自分で自分自身を意味づけできない存在に、存在を与えて下さったということだ。「悪人」というのは、人間が使うことのできる言葉ではない。これは阿弥陀という「向こう」から把持された名称であって、自分ではよくそのことがわからない。なぜ「善人」ではなく「悪人」として把持されるのか。
 それは、存在の重みが罪の重さと関係しているからだ。罪が軽ければ善人、重ければ悪人だ。存在の重みは、「悪」とか「災」とか「罪」という意味場にある。
 その「罪」ということも、人間の言葉のようだが、実は「阿弥陀さん」からの視線で成り立っている言葉なので、〈ほんとう〉のところは人間が理解できないのだ。
 自分で自分の存在の意味がわからなくなることが、「悪人」という意味なのだ。〈ほんとう〉のことは阿弥陀さんしか知らないのだ。だから、自分で自分を理解する手を放棄して、おまかせしているに過ぎない。
 根本は、「させられて」「している」に過ぎない。
●2016年9月18日●
講演録『もう済んだと思ったが、まだ始まっていなかった』をお読みの方々へ。
36ページ5行目の「恵信尼」は「覚信尼」の誤りです。謹んで訂正させていただきます。親鸞の墓守をしたのは、お連れ合いの恵信尼ではなく、末娘の覚信尼です。ご指摘いただいて、アレッという感じです。なんで、このような間違いに気付かなかったのか、後悔しております。すでにお読みいただいた方々もお気づきのこととは存じますが、改めて訂正させていただきます。
在庫の本には、訂正用紙を挿入させていただきました。悪しからず、お許しください。
●2016年9月17日●
信仰を処世術にしてはならない。
しかし、処世術にならないような信仰を人間は欲するだろうか。つまり、信ずることによって、人間の側に何らかの好ましい変化が生まれなければ、そんなものを欲するだろうか。親鸞も、無言の要請によって、現世利益和讃を作っている。この和讃を真言系統のひとが、「親鸞は真言宗を理解した真の真言宗徒だ」というのもわかるような気がする。
親鸞としては、人間の欲望や願望のあらゆるものをぶち込んで、最終的に、なんとか我々が南無阿弥陀仏に縁を結んでほしいと願っている。その必死感が伝わってくる。
 そうであっても、親鸞の根底的な座り所は、「信仰は処世術ではない」というところではないか。
 つまり、処世術とはこの世を生きるために役立つものだから、それでは信仰がこの世的なものにならざるを得ない。この世的なものを超越させるのが信仰だったはずだ。
 この世的なものを超越すること、それが第一義であって、そのことで、生まれてくる「好ましいこと」はグリコのおまけみたいなものだ。おまけは、あとから付いてくるもので、おまけを目当てにしてはならない。
 まず、この世的な価値観が、こころの座り場所として崩壊していることが信仰の大前提だ。
 近頃は、阿弥陀さんが本願で願っているのだから、私たちもその本願に従わなければならないというふうなニュアンスで誤解されているひともいる。本願には無三悪趣の願があって、この世に地獄・餓鬼・畜生がある限り、私は仏には成らないと阿弥陀さんは語る。だから、本願がそのように願っているのだから、人間もそのような願いに沿って生きなければならないと理解してしまう。
 それは誤解である。もし本願の願いを人間が背負おうとしたら、人間の肩が砕け、身体は押しつぶされてしまう。
 本願は私たちの願いではない。私たちは常に本願に背いている存在だからだ。むしろ地獄・餓鬼・畜生製造器が私なのだ。
 しかし、常に、私に向かって、本願に背いているものだと教える形で本願は悲愛を伝える。背いているということは、よいことでも悪いことでもない。この「背いている」ということにも固定観念があって、「背いていてはいけないのだ」と受け取ってしまう。そういう意味ではない。「背いている」ということも、本願の教えだから、自分の理解に変えてはならない。
 「背いている」ということは、本願と自分とがつながる唯一のパイプなのだ。
「背いている」ということも、本願の教えだから、人間が理解できる事柄ではない。自分とは全人類の罪悪が詰まっている「パンドラの壺」である。この「パンドラの壺」から、すべてが溢れだして世界を形成している。
 だから、〈ほんとう〉の意味で、自分のダメさや愚かさを人間は知らない。新聞を見れば、諸問題が噴出していることがわかる。これらが「パンドラの壺」から展開する諸現象だ。その罪悪と対面していくことしかできない。
 歎く必要も、楽観する必要もない。これこそが「処世術を超える信仰」の座り場所だ。この世的な価値観が、日々崩されていくこと。この世的なものが死んで、再生されていくこと。それが信仰のダイナミズムである。
 ただ再生には、「物語」が必要なのだ。
●2016年9月13日●
「弥陀成仏のこのかたは、いまに十劫をへたまえり」とは、永遠の過去こそが、永遠の未来であることを暗示している。
阿弥陀仏は、あらゆる存在を救い尽くせなければ自分は仏には成らないと語る。つまり、「弥陀成仏のこのかたは」とは、あらゆる存在が救われて、法蔵菩薩が阿弥陀仏になってからという意味になる。阿弥陀さんが仏になってから「十劫」という永遠の時間が過ぎてきて、〈いま〉があるのだという。
ところが、阿弥陀さんが既に仏になってしまっているのであれば、いまだに救われない現在の人間はどうなるのか。未だに救われていない人間がいるということは、法蔵菩薩が仏には成れていないということではないか。
阿弥陀さんがあらゆる苦悩する存在を救って仏になるのは、永遠の未来のことでなければならない。未来にも苦悩する存在があるからだ。過去に仏さんに成っていてもらっていては困るのだ。
そもそも、本願は最初から矛盾した論理で成り立っているのだから、そういう疑問は必ず出てくる。私は「矛盾こそ真実」と語っているので、矛盾の底を追究していかなければならない。矛盾の底をどこまでも掘り進んでいくと、矛盾が「逆説」に変化していく。そこまで突き詰めていかねばならない。

それで、私が直感したのは、弥陀成仏という永遠の過去の問題こそが、永遠の未来の問題として解決していたということだ。
未来に置いて解決される問題が、実は既に過去において解決されていたということだ。
阿弥陀さんが全存在を救いたいという「御約束」が、成り立つのは、〈いま〉以外にない。
未来以外にない。
限りなき未来において、永遠の過去の問題に触れる。
未来の問題は「これから、これから」だが、それが「すでにして、すでにして」と過去に答えられていく。
なんと時間とはダイナミックなものではないか。
●2016年9月11日●
罪にも個人的次元、民族的次元、人類的次元、生物的次元と深さの違いがあるのではないか。
戦争という課題であっても、個人的、民族的、だけでは済まない、人類的、生物的次元までをも含めて罪を問題化して見なければならない。
加藤典洋が言うように、広島原爆投下の罪をアメリカに申し立て謝罪要求をしなければならない。それと同時に、日本が占領した国々に対して謝罪をしなければならない。
それで、「日本」は日本人としてのスタートラインに立てる。その上で、これがもっとも難しいことだが、アジア史全体を各国が検討して、共通理解として作り上げていかねばならない。
その上でだ、人類的、そして生物的次元の罪へと眼を向けなければならない。

佐藤優は、「恐慌か、さもなくば戦争か。資本主義システムが続くためには、この二つのどちらかが起きることは必然なのです」(『資本主義の極意』)と述べている。
やはり「過去は未来の鏡である」というテーゼこそ真実だ。

常に自己の内面世界に、全人類の罪を発見していかなければならない。この内面世界への着目こそが、全人類の平和を導く基礎となる。
ちらっと他人をうらやみ、妬み、怒るこころの糸をずっとたどり続けて、降りていくと、その底には全人類の罪へとつながっている。
そこまでを親鸞は「唯除」と、救いから除いている。つまり免罪符から除いている。
親鸞は、一人だけ救われてはダメなのだ。全人類の一番最後に救われていかなければダメなのだ。
●2016年9月10日●
私は「オシッコをするのも宗教行為」と言っているが、そんなのは「考え方」だけで、事実は生理現象ではないかといわれる。実は、この生理現象を、どう意識が了解するか、その了解の仕方が重大なのだ。
オシッコはただの生理現象だと思っているひとは、ニヒリズムの「意識」に支配されているひとだ。つまり、生命体としての人間が水分を補給し、体内の老廃物を体外へ排出する生理現象がオシッコだとのみ考えている。あるいはそれに価値付けして、「汚く汚らわしい液体排出行為」と考えているかもしれない。
 そこには、感動もくそもない。だからオシッコを生理現象だとのみ受け取っているひとはニヒリズムなのだ。
 「オシッコをするのも宗教行為」という意識は、オシッコをする生理体としての自分と、それを受け止める信仰主体とを、まず分離している。オシッコは自分の意志で出したいと思っても出ない。オシッコを出したいという思いは、生理体そのものの促しからやってくる。その意味で、オシッコは自分の意志を超越している。
 だから、オシッコが実際に放出されるとき、信仰主体を超越した現象が起こっていることに感動する。
 そうか、オシッコは自分が行う宗教行為ではない。生理体そのものが信仰主体を超越して展開する宗教行為だったのだ。
 単なるオシッコを、宗教行為と受け止められるものを信仰主体というのだ。

オシッコがそうだったとすると、そこから浜辺にある砂上の楼閣のように、あらゆる現象が雪崩を打って崩れ出していく。
 生理現象は、崩れやすい。もっとも崩れにくいのが「意志」だ。意志くらいは、人間がコントロールできるのではないかと、最後に立てこもる砦だ。しかしその意志すら受動性が支配していることを知ったとき、もやは楼閣は跡形もなく波に崩されていく。
 そして最後には何も残らない。
たったひとつ残るものは波の音だけだ。
●2016年9月8日●
我々の主催している「無人(ムニン)の会」の公開講座を下記の要領で開催します。参加ご希望の方は、ぜひお申し込み下さい。(無人の会では毎年、11月に公開講座を開催しております)
「無人(ムニン)の会」公開講座のご案内

謹啓、秋麗の候、皆様におかれましては日々ご清祥のこととお慶び申し上げます。
敗戦後、アメリカ隷従できた日本人のこころは、もはや「日本人」ではなく、アメリカと日本のサイボーグだ。安倍政権は、そのアメリカに対して面従背腹しつつ「美しき国」を画策している。その方向性は国家神道を捏造した精神への回帰でしかない。
 そこには民族を超えた普遍的な真実は見いだせない。一方、西欧は国家がそれぞれに独立しても、一神教という強固な地盤をアイデンティティの根拠にしている。
 このような状況の中で、いまこそ真宗の真のアイデンティティを思想に耐えうる形で表現していくべきではないか。骨の髄まで資本主義に洗脳されてしまった脳を、どのように対自化し、蘇生させていくか。その方途を皆さんと一緒に考えてみたい。
 今年も講演と共に武田定光さんと西田先生との対談の中で、再びスリリングな講座になると予感いたします。たくさんの皆様がご参会くださいますようご案内申し上げます。

テーマ 戦後70年と真宗のアイデンティティを問う

日時 2016年11月4日(金)午後2時~5時(一時半より受け付け)

会場 求道会館(キュウドウカイカン)
   東京都文京区本郷6-20-5電話03-5842-4803

講師 西田 真因 先生(真宗大谷派 元教学研究所所長)

会費3000円(学生及び年金受給者は千円)
懇親会 五時半より希望者のみ(三千円[僧職は五千円])
懇親会会場 求道会館近隣の「ルベソンベール」にて

「無人の会」発起人 花園 彰・建部 真文・近角 真一・菅原 建・大内 真・武田定光)

無人の会事務局
 〒111-0035台東区西浅草1-9-3(円照寺内 花園彰住職)
   電話03-3844-1990

※参加お申し込みは、武田にメールかファックスを下さるか。あるいは事務局へ直接電話で参加の趣旨をお伝え下さい。

※10月20日が参加応募の締め切り日です。

因速寺メアドinsokuji@at.wakwak.com
因速寺fax 03-3648-4391
因速寺℡03-3644-0986
●2016年9月5日●
〇講演録『もう済んだと思ったが、まだ始まっていなかった』を出版した。
これは、三重県の志、篤きひとたちによって開催された学習会での話を中心に加筆したものだ。120頁の小さいもので、読みやすい。
ご希望の方があったら、実費冥加金500円程でお分けしている。

〇また、この度、『なぜ?からはじまる歎異抄』の第3刷が発刊された。
初版3000部、2刷り3000部、3刷り5000部、合計、11000刷が世に出ることになる。
これは、無上の喜びであり、快挙ではないか。
世間でいうミリオンセラーとはいかないが、宗教書としては快挙ではないか。恐らく勤行本を除けば、東本願寺出版でも、無類の成績なのではないか。
これは「濾過純粋論」のお蔭だと思っている。
2500年前のお釈迦さんの源流が、長い歴史の地層を染み渡り、アジアの東の島国に伏流水として湧出し、親鸞へ届いた。また親鸞から、800年という歴史の地層を沁みて、現代に湧出した。地層によって濾過されて、ようやく飲める水になったのだ。
あまりに純度の高い水は、人間の飲み水には適さない。むしろ砂利やら砂のミネラルが混じることで、ようやく人間が飲める水になる。
それが『なぜ?からはじまる歎異抄』だ。
これは散文の文章ではなく、私は詩集だと思っている。
だから、短い文章の言葉に立ち止まり、「なぜ、そういうことがいえるの?」と疑問が湧く。
その疑問という湧水が泉となり、飲み水となる。
「なぜ?」がなければ、泉は湧かない。
この「なぜ?」だけが、真実の井戸を掘り進む唯一のツルハシなのだ。
●2016年8月28日●
京都の専修学院に在学中、「真実に生きよう」がテーマだったことを思い出す。
何だか、小学校か中学校のスローガンのようで気恥ずかしかった。人間はとても真実になど沿うような生き方はできないのではないかと思っていたからだ。何だか、ずいぶん甘いというか、楽観的なテーマで、くすぐったかった。初めからできない目的を掲げて努力するような、偽善すらも感じていた。
このスローガンをどのように受け止めるかということも、いまになって思えば、「一人一世界」のことだったのだ。私が感じたように、すべてのひとが感じていたわけではないだろう。ただ自分の感じた感じ方が「客観的」なものであって、それが「正しい感じ方」だと思い込んでいただけだ。
そういうふうに感じたのは、人間が人間に向かって叫ぶスローガンだと受け取ったということだ。人間が人間に向かって叫ぶスローガンなら、まさに偽善でしかない。スローガンの発端には、人間が真実に生きられないからこそ、真実に生きようという叫びがある。
それは、絵に描いた餅でしかない。
ところが、これが阿弥陀さんからの呼びかけだとしたら、違った文脈が生まれる。
阿弥陀さんは人間がもともと真実に生きられないものだと見抜いているからだ。真実に生きられないものに向かって、なぜ「真実に生きよう」と呼びかけるのか。できない努力を重ねろということではないだろう。
徹底して、真実に背を向けてしか生きられないものに向かってだけ、「真実に生きよう」と呼びかけているのではないか。
そこからもうひとつ奥に問題のあることがわかった。
それは、「真実」というものを自分が知っているのかという問題である。いままで真実を知っているという前提で、真実に背を向けて生きていると感じていたのだ。そのあなたが前提としている「真実」とは、何なのかという問題である。
こう問われると、いままでわかっていた「真実」が曖昧になってくる。ただ「真実に生きよう」と呼びかけられると、自分は真実に背いているなあ、真実になどなれるはずがないなあという挫折感が湧いてくるだけだ。
ということは、私は「真実」の一部分をどこかに感じていたということではないか。言葉でそれを表現することはできないのだが、どこかで直感していたということだ。その直感があるから、「真実に背いているなあ」という感覚が湧いてきたのだろう。
これが阿弥陀さんの呼びかけの本質なのではないか。
それで親鸞は「善悪のふたつ、総じてもて存知せざるなり。そのゆへは、如来の御こゝろによしとおぼしめすほどに、しりとをしたらばこそ、よきをしりたるにてもあらめ、如来のあしとおぼしめすほどに、しりとほしたらばこそ、あしさをしりたるにてもあらめど、」
(『歎異抄』後序)と語ったのではないか。
ここでは「善悪」といわれているが、それは「真実と虚偽」と言い換えるとわかりやすい。
阿弥陀如来がご存じのように真実も虚偽も知らないのに、あたかもそれをわかったような顔で生きていることの、なんと傲慢なことかと思い知らされる。
そうだとすると、「真実に背いているなあ」と直感したことも、傲慢のあらわれだ。真実など感じることもできないはずなのに、それを感じた思うことは、どこかで真実を直感しているという自惚れが潜んでいる。
そうやって徹底的に、「真実」とも「虚偽」とも絶縁していることを教えられて、「ゼロ度」に立たされる。
相対的な価値判断のとどかない深淵に突き落とされる。
それで、親鸞は、自分を名のるときに「釈」の一字を外したのではないか。「悲しきかなや愚禿鸞」と。
 「釈」は釈迦の弟子という意味だが、つまり仏教徒として自己規定していた範疇から逸脱したのだ。
 ということは、仏教をも超えたと言ってよいのかもしれない。

●2016年8月26日●
共同幻想の国(クニ)にアイデンティティを置くことは、どこか危ない。
安倍さんたちの発想は「戦前の日本」の美しさや尊さにアイデンティティを置いているようだ。政治的手法でいろいろと画策しているが、その夾雑物を取り除いて、一番ホットな部分を取り出してみると、そういうような気がする。
この問題を、日本だけに限定しないで、いろんな国に応用してみると、まずアメリカはどうか。移民の国であり、多民族国家であるアメリカは、やはり「一神(God・ヤハウェ・アッラー)」なる概念が国民のアイデンティティを形成しているように見える。
アメリカには、やたらと国旗がはためいているらしい。それは、統合の象徴をいつも目に見えるところに置いて確認していないと不安になるからだといわれる。日本では国旗掲揚は、現在では稀なことになっている。
だからアメリカ人の感じる「国」の中身と日本人の感じる中身は違っているに違いない。アメリカばかりでなく、一神教文化圏は、そういうことではないか。国の中身を支えているのは、共通の「一神」ではないか。だから政治的な手法で線引きをした国境は、二次的なもので、それを超えたところにアイデンティティを見いだしているのではないか。
日本はどうか。
日本が危ないのは、いつも「日本古来の」という考え方だ。日本神話を持ち出し、それをあれこれ捏造して「尊いもの」を作り出してしまう。人類学的にいえば、日本人はモンドロイドだから、アジアの民と基層ではつながっているはずだ。
ところが、現在の日本人は、アジアの民と断絶する手法で、自分たちのアイデンティティを立てようとしている。
だからどうしても「民族」という程度の分類で、アイデンティティを立てても、それはもろいのではないか。むしろ民族を超えた普遍的なものでなければ駄目なのではないか。 なぜ日本人は凄いのかといえば、民族を超えた普遍的な真実をもっているからだという手法でなければ駄目なのではないか。
神道は日本民族限定だが、仏教と名のれば、いちおう民族を超えていける。インド、シルクロード、中国、朝鮮を経由しているから。しかしそれでもまだ狭い。もっと広くなければ。
まあ、これは所詮無理な話だが、「真実」というのはどうだろうか。
〇〇教とか〇〇宗とか、名のったとたんに狭くなる。だからそういう名前を外して、ただ「真実」とする。
政治経済の原理は、「①快-不快・②善-悪・③損-得」だが、それでは国家や民族を超えられない。その根底に「真偽」という原則がなければならない。この「真偽」原則を生きる根底に据える。
それは「〈ほんとう〉か」と問われる人民だ。それが「善」であっても、国益という「得」であっても、まだその根底から、それは「〈ほんとう〉」だろうか」と、真実から問われる手法だ。
「真実」を生活の最も根底に据えている民族だから日本は素晴しいのだと、こういうアイデンティティを立てるべきだろう。
 これがあれば、日本古来の云々というアイデンティティを超えていけるのではないか。
「真実」を誰かが知っているということでもないし、誰かが占有できるものでもない。「真実」とは、つねに人間が問われるところにはたらくものだ。それは「〈ほんとう〉」だろうか」「真実に適っているのだろうか」と。
 だから、「真実」を、自分を支えるアイデンティティにしてはならない。いわば固まろう固まろうとするアイデンティティをつねに揺さぶり続けてくるものである。民族や国家は固まろう固まろうとする。それを揺さぶり続けてくるものなのだから、逆に人間はそれを拒否するかもしれない。
 まあ、話は飛ぶが、鎮護国家の宗教は固まろう固まろうした。それを解体するところに真実があるのだと叫んだ専修念仏は弾圧された。そういうと、また一宗一派の狭い話に終わってしまいそうだ。
 ただ、それ以外に、全人類が国を超えて民族を超えて、出合っていける地平はない。真実から問われるところ以外に。
●2016年8月23日●
親鸞は晩年(84歳)のとき息子(善鸞)を勘当している。
いわば、息子ひとりをも救うことができなかったのだ。それを取り上げて、「だから親鸞は駄目なんだ」というひともいる。
しかし、私は、「だから親鸞でよかったのだ」と腑に堕ちている。
親鸞が息子ひとりを救うことができなかったと考えるひとは、「親鸞」という人間が救いを左右できると考えているひとなのだ。だが、救いはあくまで阿弥陀さんと個人との関係での出来事であり、人間と人間の関係で成り立つことではない。だから、いくら親子であっても、人間と人間との関係で救いが左右できるわけではない。イエスも、預言者は身内には尊ばれないというように、宗教は身内という関係にこそ大きな溝があるのだ。むしろ他者のほうが、宗教的人格とは触れやすい。「遠きは近き道理なり」とはこのことだ。
近いからこそ、逆に遠くなってしまう。釈迦さんと阿難の関係もそうだ。従兄弟だからこそ見えなかったのだ。
宗教的人格は「ある種の人格的影響力」をもっているから、逆に身内には、それが強く反応する要因にもなる。私は、職人の奇形を想う。竹細工の職人にしても、彫刻職人にしても、一流になると、指など身体のどこかが「奇形」している場合が多い。いわば「通常」ではないのだ。それが宗教的人格の場合には「精神的奇形」になっているのではないか。
それが他者には、あまり見えないが、身内には耐えられない場合が多い。他者からは「几帳面」と見えても、身内からは「神経質」と見えたり、他者からは「大胆」と見えても、身内からは、「いい加減」と見えたりする。親鸞の場合も、そうとう頑固だったようだから、身内からは「扱いにくい」と感じられていたかもしれない。むしろ精神的奇形のないところに、宗教的人格は生まれないとも言えるかもしれない。
親鸞でさえ、息子に手を焼いたのかと、微笑ましく思える。ただそのことと親鸞の生きた信仰とは別物である。親鸞の表現はあくまで、真理の一部分でしかない。だから限界も奇形もある。
親鸞が真理というご馳走を全部食べ尽くしていたら我々には食べるところは残されていない。親鸞が真理の一部分だけを食べていたので、我々にもご馳走が残されたのだ。これは有り難いことだ。
しかし、親鸞も息子を勘当するまでには、いろいろと悩んだことだろう。いわばこれは、いつの時代にもある親子の問題だから、悩みを共有できる部分もある。その悩みを抱えつつ、阿弥陀さんとどういう対話をしたのだろう。この世の問題があれこれ起こってきたときには、それをどう受け止めたらよいかと阿弥陀さんと相談しているはずだ。
そして、最後には、息子が混乱を引き起こしたことで、あなたたち(門弟たち)の信心がはっきりしていなかったことがあぶり出されたのだから、よいことだったではないかと腑に堕ちたのだろう。
親鸞と阿弥陀さんの距離も、門弟と阿弥陀さんとの距離も、そして私と阿弥陀さんとの距離も、つねに等距離なのだから。
●2016年8月19日●
すでに救われたということを知れば知るほど、いよいよ、まだまだ救われざることを思わされる。
 救われたということが、いまだ救われざる根源に帰らせるのだ。
この窮極の救いの動態を、表したものが「弥陀成仏のこのかたはいまに十劫をへたりまえ」だ。言葉にすれば、大矛盾だ。
 あらゆる苦悩する存在が救われなければ、私は成仏しないと弥陀自身が言っているのだ。しかし、それが永遠の昔、十劫にすべての存在を救い取って阿弥陀仏になっていると言い張る。これは大矛盾ではないか。
 その大矛盾の意味を追い求めていくと、究極的に、救われたということは、いまだ救われざる根源に、ことごとく帰らせられるということなのだ。
救いなき場所以外に、救いは起こらないということだ。
 簡単にいえば、不幸のないところには救いはないのだ。
 人間は不幸から逃げるために日々を生きている。だから、救いからどんどん遠ざかって逃げているのだ。
●2016年8月17日●
とても在り来りなことを述べているようで、自分でもためらいながらいうのだが、虚無感や空虚感を何が超えさせるのかといえば、それはたったひとつの感動である。
この「感動」という言葉も、安っぽい言葉で、「なんだ感動か」という感動もある。また「感動がなくて、なんで生きているのですか!」と熱っぽく語れる感動もある。
そのふたつの「感動」ではない感動を言い表したいのだ。
オリンピックの卓球女子団体戦で、銅メダルが決まったとき、自分の内部からこみ上げてくるものがあった。これを自分の意志で押しとどめることができなかった。知らずに涙が出ていた。
長い戦いの末に、ようやくというか、辛うじてというか、勝ち取ったメダルだった。すべての試合を観戦したわけではないが、彼女たちの戦いぶりを観て、そして彼女たちのコメントを聞いていた。
それらが知らず知らずのうちに、自分の内部に何かを形成していたのだろう。まさか銅メダルが決まったとき、涙が出てくるなどとは予想もしていなかった。
予期せぬことが起こったのだ。
お釈迦さんが「さとりを開いた」ときも感動があったはずだ、親鸞が信心を開いたときにもそうだったのではないか。自分では予期せぬ感情が襲ってきたに違いない。
そのたったひとつの感動の意味を、一生かかって表現し尽くしていったのではないか。
親鸞でいえば「憶念弥陀仏本願」だ。「弥陀仏の本願を憶念すれば」だ。人間になぜ感動が起こったのか、そのことの理由は人間にはわからない。それは「弥陀仏の本願」だけがご存じのことだ。それであるのに、人間にはわからないそのことの理由を一生かかって「憶念」する。
決して溶けることのない甘露の飴を、一生かかって味わい尽くす。
そのためには、いつでも、つねに目の前の出来事が「不可知」でなければならない。
うちの猫は、決して、「当たり前」を前提に生きていない。洗濯物が置いてあっても、「こいつは何ものだ」「あやしいやつめ」と、前足でちょっかいを出す。
人間は、いつもそのへんに置いてある洗濯物じゃないかと思うのだが、彼らには「当たり前」が存在しない。必ず、自分の疑いをこそ信じて疑わない。
人間以上に、猫は仏に近いのだなあと思い知らされる。
●2016年8月15日●
「素晴しい戦いをして監督を黙らせてみたい!」とオリンピック選手がテレビの中で言っていた。
私は、「よっぽど監督に酷い訓練をされてきたのかなあ?監督を黙らせてみたい!なんて、こんな場所で言っていいのかなあ?」と家族に言い放った。
すると家族は、「監督じゃなくて、観客だから!」と応答してきた。私は「なんだ観客かあ!」と撃沈した。観客ならば、話が通じるぅ…。
単なる「耳が遠い」せいだったのか。恥ずかしくなるやら、ショボンとするやら。
まあ日常茶飯事なので、慣れてしまった。
家族がテレビを観ながら笑っていることがある。私にはよく聞こえないので何が面白いのかがわからない。それで「ねえ、ねえ、何が面白いの」と聞くと。「いま面白いところだから黙って!」とか、「説明したら面白くないじゃないか」などといわれ、すごすごと好奇心を引っ込めることになる。
まあ「耳の遠い」ご老人のやるせなさがよく分かるようになった。
補聴器はハウリングを起こして装着する気がしなくなるし、人間の声以外の音まで拾ってしまうので、鬱陶しい。
「目には蚊を、耳にはセミを飼っている」という老人川柳が納得できるのは、自分がまさに老人に成ったということだろう。(目は飛蚊症、耳は耳鳴りという意味です)
この老人というのも定義が難しい。高齢者を60歳以上とも、65歳以上というのもあるし、65歳から74歳までが前期高齢者、75歳以上が後期高齢者という分類もある。
 まあ、「年齢と寿命」は違うし、「加齢年齢と健康年齢」とも違う。日本は「超高齢化社会」に入った。
 まあ高齢化=役に立たない存在、むしろ足手まとい、などのマイナスイメージが、嫌がうえにも覆い被さってくるから、それを何とか払拭したいと、「老」ではなく年が熟する「熟年」と言ってみたり、日本語を嫌悪して「シニア」とぼかしたりもしてきた。
 しかし、若年層ばかりでなく、高齢者自身が、資本主義に洗脳されているから、それを払拭することができないでいる。
 相模原の障害者施設を襲った青年も、役に立つ者は生きてよい、役に立たないものは死ねという資本主義の観念に洗脳されていた。
この洗脳をどのようにぶっ壊すかが、全人類の課題なのだ。
そういえば西本文英先生が「金というのは生活という機械をまわす油である。多すぎても駄目、少なすぎても駄目」とおっしゃっていたのを思い出す。
そんなことを話していたら、「あなたは、まだまだ若いじゃないですか。私など」と高齢の方に慰められた。そのとき感じたのは、老化の愚痴を漏らす相手も選ばなければないといけないということだ。
そうか、老化も「比べる」ための武器になるのだ。生理的な年齢と、そのひとが「老化」をどれだけ内面化させ、思想化しているかということは別なのだ。明恵上人が15歳になったとき、「我は既に老いたり」と述べていることをどういただくかだ。
たしかに5歳の子どもより15歳の子どもは老化している。しかし、普通の子どもはそんなことは考えない。さすが明恵だと思う。「老いる」ということを仏道の課題として思想化しているのだ。
だから、明恵に、「まだまだ若いじゃないですか」などととても言えない。29歳のお釈迦さんが、老いるということを仏道の課題としたように。
老化も「一人一世界」の内的体験なのだ。別に生理的な「老化」を問題にしているわけではない。だから、「比べる」こともできない。若年者と年齢を「比べる」ことで、「まだまだ若いじゃないですか」と自分を高みにたてることも、「昔は若かったのになあ」と悲観することもないのだ。
 その「比べる」という毒を、どう仏道の課題として昇華するかだ。
●2016年8月10日●
 お朝事のときに、ふと思った。親鸞は「和讃」をどういうときに上げてほしかったのだろうと。
我々坊さんは、葬式や法事のとき、あるいは法要のときに上げるのが当たり前になっているが、親鸞は果たしてどういうときに上げてほしかったのだろうか。
「和讃」は「大和言葉で経典の意味を和らげほめ讃える」という意味だ。これは当時の今様形式と呼ばれ、誰でもが口ずさめる歌謡曲なのだ。だから、民衆が洗濯しながら、ご飯を食べながら、歩きながら口ずさめるようにという意味だったのかもしれない。困ったことに親鸞には「和讃」の取扱説明書がない。
 だから後世のものが、あれこれ思案して、なんとか称えられるように作り上げてきたのだ。まあ真宗には基本形はないのだから、どのような形でもよいことはよいのだ。
 そういえば、親鸞には「和歌」がない。和歌は庶民の歌ではなく、上流階級の所有物だと思っていたフシがある。『親鸞聖人正明伝』には、慈円と親鸞が朝廷に呼ばれた「恋の歌事件」が記されている。不犯の聖僧である慈円が、見事な恋の歌を詠んだことで、こいつは女性と交わっているに違いないと疑義が生まれ、それでは僧侶がしたことのない狩り(殺生)の歌を読めと天皇から要求され、詠んだら見事だったと。これで疑義が晴れたついでに、お付きの親鸞にも狩りの歌を詠めといわれ、これも見事だったので、天皇から「衣」をいただいたというエピソードだ。そのエピソードを親鸞は「あさましや」と歎いている。歌が上手く詠めたからよかったものを、もし上手に詠めなければ殺されるような貴族の世界は空ごとたわごとであり、まったく「あさましい」ことだと言っている。こういうエピソードが残っているということは、親鸞が生涯「和歌」を詠まなかったことのひとつの裏づけになるのかもしれない。
 それでも「和讃」をたくさん残しているということは、やはり庶民になんとか仏法の味を知ってほしいという願いが込められているように感じる。
 また漢文の著作以上に、「和讃」に自分の本心を込めたふうにも感じる。疑惑和讃や愚禿悲嘆述懐和讃は、親鸞の内面を十分に表現している。もしこれらの和讃がなければ、親鸞の重みは半減したであろう。
 たとえば、阿闍世の獲信でも『教行信証』だけでは十分に伝わってこない。これらがあるから、阿闍世の内景が十分に忍ばれるのである。まあ、それも親鸞の眼から見た限りでの阿闍世には違いないのだが。
 仏法は、自分の内面に他者を経験することである。自分の内面に親鸞を釈迦を、そして阿闍世を経験していける。これが「無我」の仏法ではないか。
●2016年8月9日●
真宗には基本形はない。
お朝事(朝のお勤め)のときは、声明作法に則って読経が進む。カネを打つひとを、鏧役(キンヤク)という。鏧役は、最初に発声する「調声人」が合掌を解く、つまり両手を離したと同時に第一打のカネを打つ決まりになっている。
すべてに決まりがあるのだ。習い始めの頃は意識しないと、所作がこなせないのだが、慣れてくると、それが無意識でおこなえるようになる。それが「身につく」ということだ。身につくと、所作が流れるようにスムースに進むので、気持ちがよい。
気持ちよくお朝事が終わって、ハタと感じた。そうか「真宗には基本形はない」のだと。だから、真宗大谷派の儀式としては、その所作で間違いないのだが、それは、「共同幻想としての正しさ」ということだ。
〈ほんとう〉の儀式作法ではない。この「〈ほんとう〉の」という問い返しを、擬人化して「阿弥陀さん」とか「真実」とか「仏法」と言っているだけだ。「〈ほんとう〉の儀式作法は阿弥陀さんしか知らない」と神話的表現で語ったりもする。
それは、つまり、人間の決め事は「取り敢えず」であって、決して「決定版」ではないということだ。
その見方をすべてに当てはめていくと、儀式作法だけでなく、「人間の生活」とか「人間の生き方」ということまでを包んでしまう。
「人間の生活」や「生き方」に〈ほんとう〉はないのだと教えられる。人間はどこまでも「取り敢えず」のことでやっているだけで、決して、〈ほんとう〉のことは知らない。
知らないからこそ、いろいろとフレキシブルに変形させていけるのだ。
憲法改正論議も、〈ほんとう〉を感じ取る教化活動としては面白い素材だ。
私は安保法制が成立したとき、これなら憲法を変えなくても、権力はなんでもやれる手応えを再確認したと思った。まあ違憲の軍隊である「自衛隊」を「憲法解釈」という魔法で、成立させているのだから、何でもやれるのだ。
憲法論議で、日本国民が「国」というものを考える切っ掛けになれば意味のあることだと思う。もし国民投票で改憲が決まれば、少なくとも「自分たちが決めた」ということで腹が据わる。どうもGHQ指導の憲法は「お仕着せ」じゃないかという観念が日本人の中にはある。誰かが決めた憲法だから、自分は無関係という無責任感覚だ。国民投票をやれば、その感覚だけは払拭できるのではないか。まあどの程度の国民が投票に参加するかにもよるのだが。
護憲論者は、よいものはよいので、それは誰が決めたというものではないとも言っている。憲法九条を護るとはいっても、外国から見れば「軍隊」をもっている国が、戦争放棄を主張するのは矛盾しているんじゃないかと思われても仕方がない。現況の国際情勢の中で、自衛隊解体、そして完全武装解除は、あまりに危険ではないか。まあいずれにしても、アメリカの核の傘と、その下にある「自衛隊」という軍隊の日傘の下にいるから何でも言えてしまうのだ。
こういうことも含めて、やはり「国」ということを日本人が考える切っ掛けが憲法論議だろう。
まあ果たしてどの国の国民でも、「自国を護る」というときの「自国」のイメージは共同幻想でしかないだろう。戦前の日本はその中心に「天皇」という本尊を捏造したわけだ。しかし敗戦で、カリスマ性を失った天皇は二度と日本の象徴にはなれないだろう。
果たして、「自国」の内容をどう豊かにイメージするかだ。
日本人の国民性を日本人は大好きなはずだ。謙虚とか温厚とか人情味とか協調性とか控えめとか柔和とかいう言葉に親和性を感じる。一方、自己主張の強い西洋人や中国人を嫌悪するのは、そういう人間性があるからだ。
以前、河合隼雄さんが、スイスで生活しているとき、ご子息が通っていた幼稚園の話が面白かった。スイスには日本の「ジャンケン」がないようで、遊ぶときの遊具を誰が優先するかというルールがない。朝、先生が順番に子どもに聞くのだそうだ。「〇〇ちゃん、何して遊びたい?」と。するとその子は「ブランコ」と言うと、先生は「ブランコに行きなさい!」いう。次の子にも同じように聞くと、「滑り台」というと、「滑り台に行きなさい」と指示するという。そうすると、「ブランコ」に人がたくさん集まってしまい、誰が最初にブランコに乗るかで揉めるそうだ。それでもかまわず先生は、次の子どもがやってきて「ブランコ」といえば、「ブランコに行きなさい」とどんどん送り込むという。日本人の先生なら、「ブランコは込んできたから滑り台に行ったら」などというだろう。しかしスイス人はそうしない。日本には「ジャンケン」があるので、順番を決めることができるが、スイスにはそれがないので、いきなり「話し合い」というか喧嘩というか、揉め事が起こる。
 それでも先生は、「揉めてるな」とは知っていても、そんなことは知らん顔でどんどん子どもを送り出すそうだ。そうやって、子どもたち自身でその難局をいかに解決するかに気を配っているのだそうだ。つまり、幼稚園の頃から、そうやって「自己主張」を研鑽してきているのが西洋人だというのだ。日本人とは「自我意識」の鍛え方が根本的に違うのだ。そう思うと、ジャンケンという「偶然性に任せる解決方法」があってよいのかどうかわからなくなる。河合さんは別にスイスがよくて日本人がダメと言おうとされているわけではない。これからの日本人は、国際化していくから、外国人の人間性を理解していないと付き合えなくなるよというわけだ。また、相手を知ることによって、日本人自身の特異性とか特徴が理解されてくる。自己と他者を理解することで、関係がスムーズに結べるのだいう主張だ。
 まあ日本人は、自己を主張するよりも、全体の流れを察知して、「空気」を読んで、その流れに身を任せようとすることが多い。引いては、それが、日本の治安の良さをかもしだしているのかもしれない。衛生観念も、日本の緑豊かで四季のある環境からやってくる日本人独自のものかもしれない。
オリンピックでも日本人選手が外国人選手と戦う場面では、知らず知らずのうちに日本人を応援している自分がいる。金メダルでも取ろうものなら、「日の丸」の掲揚を神々しくさえ感じる。歌詞には問題があるが、あの独特の「君が代」のメロディーに親和性を感じる自分がいる。
 そうではあっても、「自国」の何を大切に思っているのかと問われると、戸惑ってしまう自分もある。問われるまでは感じていた、しかし問われた途端に曖昧になるという、どこかで聞いたようなフレーズを思い出した。
 親鸞ならば、聖徳太子を「日本国」の内容としてイメージしていたかもしれない。仏法の理念で政(まつりごと)を治めようとしたのだから、政教一致なのだ。
 しかし、「いかにするか」という政治問題と「なぜあるか」という宗教問題は水と油のような関係にしておかなければ駄目だろう。宗教問題を政治問題の言い訳にしては駄目なのではないか。つまり、物部氏を叩くのは、仏法護るためなのだと、言い訳にしてはならないのではないか。神が肯定するから、他者に制裁を加えるというふうに言ってしまえばカルト宗教に堕してしまう。宗教をもって政治を肯定する論理は、邪道だ。
政治の次元は、つねに「いかにするか」という次元だ。それは、どのスーパーマーケットで買い物をするかという次元から、日米安保条約をどうするかという次元までを包み込んでいる。そして「いかにするか」という場面に出くわしたとき、我々は往々にして、「なぜあるか」という宗教の次元で、その問題を解こうとする。
つまり、自分がこうしたのは、聖書に書いてあるからとか、コーランに書いてあるからとか、親鸞がこう書いてあるからとか、そこに回答の答えを求めてしまう。それを言い訳にして、自分の行為を正当化してしまう。それは危ないのではないか。
我々、「真宗大谷派」に属するものは、阿弥陀如来の本願があるから、本願が願っているから、我々も徹底して平和主義にならなければならないと、ついつい考えてしまう。つまり、自分で選んだ問題なのに、その選びの責任を阿弥陀さんに負わせてしまう考え方だ。
つまり、「阿弥陀さんが平和を願っているのに、我々は、それに反逆しているのではないか。だから、徹底的に平和主義を主張しなければいけないのではないか」という論理だ。
その論理は、殺人をも神が許すのだという論理に一致してしまう。
 イエスも「あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい」(マタイ5-48)という危ない表現をしている。隣人を愛せとか、むしろ迫害する者のために祈れという意味は、お前たちも神様と同じように成れるのであり、そう成りなさいというのだ。『聖書』のここの表現だけを取れば、これは「善人思想」だ。
真宗は、阿弥陀さんと我々凡夫との間には、決して超えられない境界をもっている。だから、阿弥陀さんのように願えとか阿弥陀さんのように成れとは決して言わない。むしろ成れると思うこと自体が傲慢なことである。
阿弥陀さんは、徹底して平和主義であることはわかる。「無三悪趣の願」で願われている。それに対して、我々は徹底的に三悪趣の生き物である。貪欲・瞋恚・愚痴の生き物である。それが戦争の根源にある毒だ。
 だから、その毒の存在に対して、平和でありますようにと願っているのだ。平和は阿弥陀さんだけが願っているので、我々は戦争だけを願っている存在だ。反戦論者は参戦論者を憎み、排除したいという煩悩を起こしてしまうのだから、人間の平和は不完全な願いでしかない。
 そこまで言ってしまっては、人間に夢も希望もないではないかと言われそうだ。人間だって平和を願うことがあるではないかと。確かにそうなのだ、戦争だけを願っているわけではない。極悪人のカンダタにも、ふと蜘蛛を助ける「ホトケごころ」があるのだ。
その「ホトケごころ」を増やしていけば、やがてもっと「聖なる存在」に成れるのではないかと幻想してしまう。それが危ないのだ。
親鸞がやろうとしたことは、人間には平和を願うこころも、他者を思うこころもない、「極悪深重」として自己を見いだしたことだ。
「悪性さらにやめがたし こころは蛇蝎のごとくなり 修善も雑毒なるゆえに 虚仮の行とぞなづけたる」さらに「小慈小悲もなき身にて 有情利益はおもうまじ 如来の願船いまさずは 苦海をいかでかわたるべき」(『愚禿悲嘆述懐和讃』)と述べている。
自己の心の中を覗けば、毒々しい煩悩が渦巻いている。それをどこまでも見逃すことなく暴き出すのが阿弥陀の光だ。つまり阿弥陀の光に遇うということは、自分の中には慈悲の心が皆無であることを知らされることなのだ。
光が強ければ強いほど、闇の内部まで闇を照らしだす。
だから阿弥陀さんが平和を願っているから、我々も一緒になって願わねばならないという論理は成り立たない。
 政治には「聖なる部分」は決してないと知りつつ、「取り敢えず」の形で収めるしかないのだろう。民主主義にしても微妙な問題は49対51になる。イギリスのEU離脱国民投票がそうだ。負けた49が51に従わなければならない〈ほんとう〉の理屈はどこにもない。
 全世界の生き物の幸福を目指すのが政治だとするならば、それを目指すのは若者たちだけでよいように思う。「大人たち」はその考え方に無力感を感じているのだから。
 インドの四住期のように、年齢に応じたライフスタイルがあってよいようにも思う。還暦を過ぎたら、「いかにするか」という次元から「なぜ」という次元へ深化してよいのではないか。
 老齢になっても、「いかるするか」ということにかかずらっていると、人間に生まれた醍醐味が味わえないのではないかと、邪推してしまう。
 いずれにしても、世界に展開している災厄は、この自分自身の内面から流出したものなのだから、「過去は未来の鏡」であって、人間は同じことを営々とくり返してきたのだから。
「なぜ」という問題は解決のないような問題だから、いつまでも「くよくよ考える」ということがよいのだ。そう簡単に答えを出さずに、いつまでも「くよくよ」と。
●2016年8月6日●
ブラジルでのオリンピックが始まったが、まったく気分が乗らない。
今朝も開会直前に、開会反対のデモ隊を警官隊が催涙弾で鎮圧したとニュースで報じられていた。ブラジル各地から警官をリオデジャネイロに集めて治安を維持するらしく、ブラジル全土が無法地帯だ。警官が「welcom to hell」と書かれた看板をもって、空港から出てくる外国人たちにアピールしていた。
治安の悪さ、衛生面の悪さなどが報じられ、とてもオリンピックを平然と観覧する気分にはなれない。
オリンピック開催地が北半球に集中しているので、このあたりで南半球でも開催せねばという論理から、ブラジルでの開催が決まったらしい。開催国の経済的事情もある。開催を決定したときのブラジルの景気は右肩上がりで、これから経済も治安も回復していくと見込まれていた。ところがあにはからんやである。
開催期間中、選手の体調管理や身の回りの警護は大丈夫なのだろうか。不安ばかりのオリンピックだ。
これは素人の勘繰りだが、選手たちは、あまりブラジルへは行く気がしなかったのではないか。男子ゴルフでは、世界ランキング上位の選手は参加を辞退した。いやそれでも、全世界で四年に一回しか開催されないのだし、それはそれこれはこれで参加の決意は別だいうことかもしれない。
オリンピックはそもそも、人類の極限を見せてくれる「見本市」のようだ。訓練によって能力が開発されるのだろうけど、もともともっている特殊能力がベースにあって、いわば「超人」の戦いを観覧する感覚だ。
大食い選手権で、ギャル曽根に相撲取りやプロレスラーが敵わないように、特殊能力というか、特異体質というか、そういうものがなければ、決して優勝は難しいのではないか。ロシアも国ぐるみのドーピング不正で、オリンピックに泥を塗ってしまった。以前、NHKスペシャルでシンクロナイズスイミング選手の潜水能力の凄さをデータ検証していた。彼女は幼いころから潜水の訓練をすることで、潜水時に脾臓から心臓への血流を増やし、脅威の潜水時間を獲得していた。これが長時間、水に潜ったまま競技を継続できる底力だそうだ。
洗練された肉体や競技の素晴しさを見ることで感動することもあるが、それにしてもオリンピックとは何なのかが改めて考えさせられる。
以前、岡本太郎が、広大な場所に何万人も集めて、そこで世界の人々と一緒に体操をしたらいいんだ、それこそオリンピックだと語っていたのを思い出す。
確かに、一部の人たちがやるのではなく、全員が参加するというのも面白い考えではある。まあ私は、やりたくはないが。子どもの頃から、「みんなでやる」ということに対して馴染めない性格だったので、どうしてもそうなってしまうのだ。
オリンピックは、それこそ、ひとつの文脈で切り分けられるほど易しいものではないのかもしれない。文化現象は、その時代を映す鏡ではあっても、その正体を一面的に分析できるものではない。
●2016年8月5日●
介護殺人
近頃、ご高齢の家族、特に夫婦が、どちらかの伴侶を死に至らしめるケースが多いとニュースで報じられていた。以前は「老人介護」といえば、ご老人を若い世代が介護することをいっていたが、現代では「老々介護」が当たり前の状態になってしまった。以前は、「老々介護」という言葉に驚いていた自分があったが、最近は驚くこともなくなってしまった。
ご老人を介護する伴侶自身が高齢化していて、とても介護生活を続けることが困難な状態になっている。
この度、天皇が「退位」を表明するというが、いままではそのようなことすら問題にならなかったそうだ。「退位」を表明する前に、すでに天皇は存命していなかったからだ。一世一代で、すんなり世代交代が進んできた。皇室にも「高齢化」が課題として迫ってきたということだ。宮内省は天皇がアドリブで本音を語られることを恐れて、ライブ放映ではなくビデオレター形式で「お言葉」を報じる作戦らしい。
しかし「介護殺人」という言葉には、あまりに悪意が混じっているのではないかと思う。せめて「介護心中」とか言えないものだろうか。
老齢の伴侶の介護は並大抵ではないだろう。自分自身の世話も大変なのに、伴侶とはいえ生活不自由者をケアするのは、心身ともに疲弊する。食事の世話、排泄の介助、入浴の介助、夜間の不眠対策等々。ケースによって、様々だ。
その介護生活の中で、もし自分が伴侶を世話できなくなったらどうしようかという不安を常に抱えている。そのような状況がやってきたら、相手がいま以上に苦しむのではないか、そうなる前に自分の手で何とかしてあげようと考えてしまう。考えがどんどん坩堝にはまってきて、最後は相手を死に至らしめてしまう。
ここまでに夫婦が閉じられた関係になっていれば、他人が介入する余地はない。
決して、それは相手を「苦しめよう」としてすることではなく、相手を何とか楽にしてあげようとする結果の苦肉の策ということではないか。
あるケースの場合には、おばあちゃんがおじいちゃんに「殺して、はやく殺して」と懇願したという。おじいちゃんも殺したくはなかったのだ。しかし、ギリギリのところで、懇願に負けて、やってしまっただけなのだ。それは極限の優しさだったのかもしれない。
だから、これは「殺人」ではなく「心中」に属することではないだろうか。
後追いをするけれども、死に切れず残ってしまっただけなのだ。
その二人の閉じた関係には、「社会」は介入できない。それを犯罪だといおうが何といおうが、それはそれで完結していることではないか。そのことについて他人がどうのこうのと口をはさむことはできないのではないか。
●2016年8月1日●
親鸞は、たくさんの和讃を残している。八代目の蓮如は、その中から『三帖和讃』として三五〇首を選び出している。それを本願寺では長年、声明作法として詠み伝えてきた。ところが、声明(ショウミョウ)の習わしとして、つまり儀式のときの読経では、決して声に出して読まない和讃がいくつかある。

正像末和讃の冒頭にある、これだ。

康元二歳丁巳二月九日夜
          寅時夢告云
弥陀の本願しんずべし
本願信ずるひとはみな
摂取不捨の利益にて
無上覚をばさとるなり

 この和讃にはご覧のような、前文がついている。親鸞が85歳(1257年)の二月の九日の夜というから、翌日の午前四時ころに夢の御告げで聞いた和讃という意味だ。誰の告げであるかは分からない。それは誰でもよいのかもしれない。ただ「告げ」ということは、自分から思いついたというよりも、誰かから受け取った、つまり受動された言葉という意味だ。これから130首を制作するための基調音となる和讃なのだろう。
 これは究めて親鸞の個人的な内面の自覚を表現した和讃であるから、声明作法として大きな声で称えることを慎んだのだろう。読経作法である「節符」は付されていない。「節符」とは発声のリズムや長さを表現するための記号なのだが、これは恐らく蓮如の頃に出来上がったのではないかと思う。
 
さらに「節符」の付されていない和讃が正像末和讃の中に、もうひとつ納められている。
念仏誹謗の有情は
阿鼻地獄に堕在して
八万劫中大苦悩
ひまなくうくとぞときたまう

「念仏を誹謗する人間たちは、無間地獄に堕ちて、永遠の大苦悩が永遠に続くのだと説かれている」という意味だ。
 親鸞は、和讃を制作するときには、その和讃の元となる経典や論書の制約を受けている。つまり、自分勝手な思いで和讃を作っているのではない。そこには必ず先人の教えがあって、その教えを易しい言葉で、誰にでも称えられるようにという思いがあるのだろう。
この和讃も『十往生経』や『観仏三昧経』を下敷きにして作成されていると解釈されている。(柏原祐義『三帖和讃講義』平楽寺書店)
 しかし、それらがあったとしても、単に下敷きの本を解説したというだけではないように思う。ここには、親鸞の感情が入っているのではないか。
 最初にあげた冒頭の、通称「夢告和讃」と呼ばれるものを受けた日付が、2月9日である。
 この日付は「承元の法難」(1207,建永2年)で、安楽房遵西が六条河原で首を刎ねられた日付と同じ日である。これから憶測すると、親鸞が無実の罪により「専修念仏」を弾圧した権力に対して怒りの感情を抱いていたと考えても不思議はない。
 有名な「主上臣下、法に背き義に違し、忿を成し怨を結ぶ」(『教行信証』後序)という表現には、どうみても怒りの感情がにじみ出ている。
 それにしても、この和讃をどうして声に出して読まないのか。
蓮如が編集して、節符まで工夫したと考えれば、蓮如が不読を指示したと考えられる。
あるいは、時代が下って江戸期に「節符」が作成、あるいは改変されたと考えれば、江戸期の本願寺教団の指示であったとも考えられる。
 本願寺教団が時の権力から弾圧を受ける「被弾圧教団」であった時代は、むしろこの和讃を称えることに抵抗はなかったように思える。悪いのは権力であり、無実の罪で専修念仏が弾圧されたのだから、彼らこそ無間地獄へ堕ちるべきだと主張することに抵抗はないだろう。
 しかし、本願寺教団が蓮如を経て巨大化し、時代が下って江戸期に入ると状況が違ってくる。江戸幕府から庇護された東本願寺教団は、「被弾圧教団」の面影は消え失せて、逆に「加弾圧教団」の勢いすらあったと想像できる。
 それだけの力のある教団が、この和讃を大声でとなえるとなると、他教団と不協和音を生じかねない。一番、ぶつかるのは法華教団であろう。日蓮は「念仏無間、禅天魔」(『四箇格言』と高らかに標榜した。本願寺教団も、いわゆる「大人の教団」となった以上は、無下に他教団との軋轢を好まなかったのだろう。むしろ大声でこの和讃を称えることは、一歩間違えば、教団同士の「内ゲバ」の論理に傾斜してしまう。そういう理由から、称えることを忌避したのではないか。
 あるいは本願寺教団内の急進派、つまり「造悪無碍派」の人々が、この和讃を大声で称えることを恐れたのかもしれない。できるだけ穏やかな、体制保管作用として本願寺があろうと志せば、このような和讃を大声で称えること自体を慎んだのかもしれない。
 もちろん親鸞の意図を我々は知り得ない。だらかすべては想像の域を出ない。
 私は、やはり「内ゲバ」の論理に傾斜しかねない和讃を、敢えて称えないというのが作法なのかなと思っている。もしそこに親鸞の並々ならぬ怒りがあったとして、その怒りにケチをつける気はまったくない。むしろ法難を意識していたとすれば、その怒りはまっとうな怒りである。
 それとは別次元の問題として、そう思うのだ。開祖の勇み足は、後世のものが、塩梅よくしておくのがいいように思う。つまり日蓮宗であれば、『四箇格言』は否定する必要もないが、敢えて、クローズアップしないとか。我々であれば、この和讃を大声であげないとか。日蓮にしても、親鸞にしても、若気の至りの部分は、否定はしないが、強調する必要もないのではないかと思う。
 いずれの先輩も「発展途上の求道者」であることに間違いなので、彼らの表現が「絶対」だとは思わないことだ。玉石混淆が、人間が何かを表現するときのまっとうなあり方だ。だから、石の部分はそっとしておき、玉の部分を大切にいただいていけばよいのではないか。それは、いささか大人びた考えに傾斜しすぎだろうか。
 
●2016年7月28日●
今日が〈ほんとう〉の誕生日。
今朝、寝床で眼が覚めた。眼が覚めるのも受動体験だ。決して、みずからの意志で眼を開くことはできない。思い起こせば、自分には記憶はないのだが、この世に誕生した日があったようだ。それを誕生日という形で、肉親に教えられた。〈ほんとう〉の誕生日かどうかは、自分自身で知ることはできない。いわば「事後報告」の形以外で、誕生日を知ったひとはいない。だから誕生日を教えられるのも受動体験以外にない。
この誕生日というのは、自分にとって必ず過去の出来事である。〇年〇月〇日と。カレンダーという謎の時間計測装置があるので、それに当てはめると、毎年誕生日がやってくるような錯覚に陥る。1月1日から始まって12月31日で一周し、また新しい年が始まると幻想的に考える。間違ったり困ったりしたことがあっても、それは水に流して、また新しい年が目の前に広がると幻想する。
〈ほんとう〉の時間というのは、「同じことの繰り返しはない」ということだ。だから、カレンダーのように時間が循環するという観念は「幻想」でしかない。
「去年今年貫く棒の如きもの」は高浜虚子の句だが、「貫く棒」とは時間の直線性を表現しているように感じる。決してカレンダーのように循環しない時間だ。おそらく時間の直線性に人間の意識が耐えられないから、循環する幻想の時間を作り上げたのだろう。
時間が直線であれば、些細な罪も決して浄化されることがないし、過ちや、後悔も、決して削除されることがない。これではあまりに辛すぎる。そこで年が改まり新しい年がやってきたときには、それらが徐々に薄らいでいくように幻想したのだろう。
仏法は「同じことの繰り返しはない」と主張するのだから、時間は直線性だといっているのだ。それが「一期一会」だ。
観念は「繰り返し」という循環幻想を生き、事実は「繰り返しがない」という直線の時間を生きているのだろう。
そう考えると、「今日が〈ほんとう〉の誕生日」ではないか。
この世に生まれて、今朝は、生まれて初めて体験する朝だ。眼が覚めるという受動体験と、この世に誕生した受動態件は同じ意味だ。事後報告の形で知っている「誕生日」ではない、生々しい自覚的な「誕生日」が今朝だった。
その体験を、後付けで、〈いま〉記している。人間は「過去」しか知ることのできない悲しい生き物だ。「後悔」という人間特有の感情は、過去しか知ることができない証拠だ。
その「過去」を突き詰めると、「阿弥陀さんの十劫正覚」だったのだ。私がこの世に生を受けるための長い旅路と阿弥陀さんの救いの歴史が同じ長さだった。それは何十億年かわからないのだが、私を生んだ母、その母を生んだ母といのちの流れを遡及していくと、何十億年といういのちの旅路がイメージされる。
どっちが先かといえば、阿弥陀さんだ。私は後だった。私がこの世に生を受けるための原初には阿弥陀さんの悲愛があったのだ。悲愛があって、それを受動していのちの旅路が始まったのだろう。
それを〈いま〉思い知らされる。未来は、人間にとって未だ知らされないことだが、それが〈いま〉となって人間に自覚され、「過去」となるととき、何十億年といういのちの旅路が開かれる。未来とは、永遠なる過去を知るための〈いま〉の内容なのかもしれない。それで親鸞は「弥陀成仏のこのかたは いまに十劫をへたまえり」(『和讃』)と書いたのかもしれない。
阿弥陀さんの悲愛は、〈いま〉明かされる永遠なるいのちの旅路だったのだよと。今日という誕生日に、永遠なるいのちの旅路がお前自身なのだと、つねに未来から教えられるのだろう。
●2016年7月27日●
「阿弥陀」といおうが「浄土」といおうが、すべては自己了解のための契機に過ぎない。それらを考えなければならないのは、自己自身の根底に理由があるからである。
人間は何を考えて暮らしているのだろうか。
「自分、自分」といって暮らしているけれども、その「自分」とはどこからどこまでを意味しているのだろうか。自分を包んでいる空気はどうか、自分の食べる食物はどうか、自分が「自分」と考えている身体はどうか。そうやって「自分」というものを考えていくと、厳密に線引きされた「自分」などというものはないように感じる。
「自己了解」と先に書いたが、その「自己」とは人体のことだけではない。自分が見ている空や世界、自分を包んでいる環境、つまり人生観や世界観までをも含むものだ。
それらを引っくるめて、自己とは何ものなのか、それを一生かかって考えていくものなのだろう。
そもそも、人間は何のために生きているのかを知らない生き物なのだから。火の粉を振り払うように、向こうから迫ってきた問題に対処しているのが日々の暮らしだ。
「シシュポスの神話」さながらだ。
だから、どうしても、人間は〈自分〉の窮極の意味を知りたいのだ。
だって、自分が頼んでこの世に生まれてきたわけではないから。気がついてみれば、自分は自分だったのだし、理由があって、この世に誕生してきたわけではないから、この世は本当のところ、「未知なる世界」に満ちあふれているのだ。
目にするもの、すべてが未知なるものだ。ちょっと見ただけで分かった気になってはいけない。〈ほんとう〉はあなたが見ている世界は、あなただけの特殊な世界なのだから。いくら障害者や老人が世の中に役に立たないと思ったとしても、それでひとを殺めてはいけない。役に立つか立たないか、役に立つものは存在価値があり役に立たないものは存在価値がないという判断は、あなたが描いた妄想なのだ。だから「ちょっと見ただけで分かった気になってはいけない」のだ。
実はあなた自身も「役に立つか立たないか」という差別思想によって、自分自身が殺されてしまうのだ。
〈ほんとう〉のことは分からないのだ。自分の狭い妄念によって分かった気になってはいけない。人生のどの場面でも〈ほんとう〉のことは分からないと思えたら、そこに謙虚が生まれる。

●2016年7月25日●
「如来は我なり」は曽我量深先生の言葉です。(『曽我量深選集』第2巻)
どうしても浄土真宗は「阿弥陀さん」という偶像を立てるので、そこが受け入れられないというひとがいる。仏教はもともと、法(ダルマdharma)を悟ることであって、「阿弥陀さん」という一神教のような仏を立てる必要はないではないかと。
そういうひとには、必要はないのだが「敢えて立てる」のだと答えている。何のためにといえば、人間が〈ほんとう〉に出遇うためにである。「法を悟る」という説き方だけでは、まだ不十分だったのだ。
「阿弥陀さん」という言葉があるからといって、そんなモノが存在するわけではない。またそんな偶像が実体的にあると信じているわけでもない。まず、理念として、「阿弥陀さん」というものがあると考えてほしい。
なぜ理念として必要なのかといえば、それは「私」が人格的存在だからだ。この人格的存在の救いを考えるためには、人格的偶像として「阿弥陀さん」が理念的に必要なのだ。
もし私が、人格的存在でなければ、「阿弥陀さん」は必要ないのだ。
だいたい、「阿弥陀さん」は浄土教の救済物語に登場している架空の存在だ。
仏は、修行段階のときには菩薩と呼ばれ、この菩薩の願いが成就して仏となるという構造になっている。無量寿経の法蔵菩薩も同様に、あらゆる存在を救うために本願を発し、もうすでに十劫の昔にすべての存在を救い尽くし願を成就されて、阿弥陀さんに成ったと説かれている。だから、それが〈ほんとう〉ならば、この世に苦しんでいる存在はいないことになる。
ところが現実には救われずに苦しんでいる存在がたくさんあるではないか。だから、十劫の昔に阿弥陀仏になったということは、一見、架空の話だ。
だから阿弥陀さんは、〈ほんとう〉は存在しないのだ。ただ、その苦しんでいる存在を救うために、いま現在進行形で救済活動をされていることは確かだ。そのエネルギーを法蔵菩薩と、これまた人格的に呼ぶ。
この菩薩の救済活動の動機は、どこにあるのかといえば、これが「阿弥陀の誓願」ということになる。ひとりでも救われないものがいるのならば、私は苦しい、私は救われない、だから是非この機会に救われて下さいという必死な誓いだ。
それではいつ私が救われるのかといえば、それは〈いま〉である。〈いま〉法蔵菩薩の救済活動によって救われましたと救いを自覚したときである。その〈いま〉の自覚内容をみると、それは〈いま〉ではなく、実はもうすでに「十劫」の昔に私は救われていたのだという確信になる。やがて救われるという確信が、もうすでに救われていたという内容に転換する。
決して完璧に救われてしまって、もう救われる必要はないということにはならない。だから救いは未来にしかない。しかしその未来の内容が永遠の過去に救われていたという安心感なのだ。
未来は、実は過去の中にあったのだ。
阿弥陀さんはもうすでにあらゆる存在を救って仏となったのが十劫の昔だ。それに対応するのが「機の深信」のことばで「自身は現にこれ罪悪生死の凡夫、曠劫よりこの方つねに沈みつねに流転して、出離の縁あることなき身」である。
阿弥陀さんは「永遠の昔」に救っているといい、我は「永遠の昔」から迷い続けてきた身であるという。これが「現に」というところでスパークする。仏さんは「十劫」であり、自分は「曠劫」である。この「曠劫」は、自分自身の迷いの深さを暗示した言葉だ。この世に生まれて迷ったのではなく、大昔から迷い続けて、ようやく人間に誕生してきたという迷いの長さへの感慨だ。
それはただ闇雲に迷ってきたのではない、大昔から阿弥陀さんが救おう救おうと働きづめにはたらいていた長さと同じなのだ。それが「現に」いま出遇い、阿弥陀の悲愛と自己の存在がひとつになったのだ。

いままでは自分一人が救われれば、それが救いだと思っていたのだ。ところが〈ほんとう〉の救いとは、あらゆる存在が救われなければ自分は救われないという確信だ。自分一人が救われればよいということでは、救い自身が満足しないのだ。
だから、阿弥陀の誓願とは、人間の奥深くにある、〈ほんとう〉の願いだったのだ。
あらゆる存在が救われていくにしても、自分はその一番最後に救われる存在になったということだ。
いままで、「阿弥陀」という言葉が、自分とは無関係に、超越した存在としてイメージされていたのだろう。それが、〈ほんとう〉は自分自身の内奥のことだったのだと教えるのだ。阿弥陀とは自己のことだったのだ。
 それが曽我量深先生の「如来は我なり」という表現と共鳴する。その展開で「如来我となりて我を救ひ給ふ。如来我となるとは法蔵菩薩降誕のことなり」である。
 間違っていけないのは、これは「梵我一如」とか「仏凡一体」ということではないということだ。
 たとえば白隠禅師にこういう和讃がある。
「衆生本来仏なり。水と氷のごとくにて。水をはなれて氷なく。衆生の外に仏なし。」(『坐禅和讃』)
 これが悟りの表現だとして、これを誰がどの立場で語るかが問題だ。もし人間の立場で語っているのであれば、これは「天台本覚論」と同じことになり、現状肯定、自我肯定の罪を犯すことになる。
 衆生はもともと仏さんなのだから、もはや修行する必要もないし、何をやってもいいのだと自我肯定の骨頂に堕す可能性もある。
 「如来は我なり」とはまったく異質な表現だ。
これは、曠劫以来犯してきた罪の集積体である自己と、その自己を永遠の昔から同伴して救おうとしてきた法蔵菩薩が、いまここで出遇い、「機法一体」になったということである。機法一体もいろいろな解釈があるが、私はモーターのたとえを使う。自分がS極であり、菩薩がNだ。それが軸を中心にして引きつけ合う。そしてグルグルと回り始める。決して「一体」だからといって、SとNが密着して一つになったわけではない。それでは「救済」というダイナミックな運動が死んでしまう。機法一体とは、永遠に引きつけあって運動が始まることをいうのだ。
 S(自己)は永遠に救われない。それをN(菩薩)が永遠に救おうとはたらく。そういう運動体のことなのだ。固定したら信仰は死ぬのだ。
 

●2016年7月22日●
お勤めの終わりには「回向文」というものを称える。一番馴染の深いものが「願以此功徳」だろう。これは、善導大師の「勧衆偈」(帰三宝偈・十四行偈)の末尾の四句だ。「願以此功徳 平等施一切 同発菩提心 往生安楽国」が、それだ。
書き下しにすると「願わくは、この功徳をもって、平等に一切に施して、同じく菩提心を発して、安楽国に往生せん」だ。
親鸞はこの偈文を解説していないようだ。
どうも善導大師の文脈だと「我々が以上の功徳をもちいて、平等にあらゆる存在に施して」と「我々」が主語に読めてしまう。まあほとんどの回向文の体裁は、「人間」が主語だろう。
しかし、親鸞の文脈に置き直せば「主語」は阿弥陀さんと読まなければならない。つまり「願わくは、私があらゆる存在を救おうと建てた悲愛によって」と、そこまではよいのだが、その後の「同発菩提心」をどう読むかだ。
法然は浄土宗独立のために「菩提心」を諸行のひとつとして廃捨した。まあ法然の捨てた菩提心とは、人間が努力して発す心、つまり「聖道の菩提心」である。法然は「末代になりぬれば力及ばず、行人の不法なるによりて機は及ばぬなり」(『十二問答』)で述べ、時代も末法で荒んできたし、それを行う人間の能力も低下しているから、発すことができないのだという。ただし浄土に生まれたいと素朴に願う菩提心は肯定的に評価はしている。
これを受けて弟子の親鸞は、「横超の大菩提心」と積極的な表現に打って出た。法然の『選択集』を断罪した明恵は、仏道の大前提として「菩提心」を見ている。その菩提心を否定した法然を許せなかったのだ。その批判を受けて、実は師・法然の真意は「横超の大菩提心」を表現したかったのだと弁明した。
ただし、同じ「菩提心」でも、明恵の見ている「菩提心」と親鸞の見ている「菩提心」はまったく異質なのだ。
親鸞は、明恵の考える菩提心は「自力の菩提心」、法然のいうのは「他力の菩提心」と定義し、さらに「真実信心はすなわちこれ金剛心なり。金剛心すなわちこれ願作仏心なり。願作仏心すなわちこれ度衆生心なり。度衆生心すなわちこれ衆生を摂取して安楽浄土に生ぜしむるの心なり。この心すなわちこれ大菩提心なり。この心すなわちこれ大慈悲心なり。」(『教行信証』信巻)と展開した。
親鸞のいう「菩提心」とは信心のことなのだ。明恵の考える信心は、恐らく人間のこころの内なる経験だろう。しかし親鸞のいう信心とは「如来から信ぜよとはたらく命令」のことなのだ。その命令こそが菩提(さとり)を求める心なので、人間の起こそうとする意志ではない。
親鸞は「菩提心」とは何かとこだわって考えたに違いない。「菩提」はbodhiの音写語で、漢訳では「智・道・覚」などと訳された。「これを得た者が仏であり、これを目指す有情(衆生)を菩薩という。(『岩波仏教辞典-参照)仏は仏陀の略語で、buddhaの音写語だし、菩薩もbodhisattaが原語だ。そられはすべてbudhが語根になっている。budhは「知る・知覚する」という意味らしい。
すると「菩提心」とは、「仏に成りたい」「仏法を知りたい」「悟りを得たい」という素朴な発心を意味する。僧侶は誰しも、その心がなければ仏法を求めることが成り立たないではないかと明恵は考えている。
しかし、親鸞はもう少し意地悪く考える。菩提心は聖なるものを求める心で、一見するとよさそうに見えるが、果たして人間にそんな心があるのかと疑った。人間が「悟りを求める」というとき、その人間は煩悩の眼で悟りを見ているのではないか。だいいち、まだ「悟った」こともない人間が、どうして「悟り」が素晴しいなどと分かるのだろうかと、意地悪く考える。所詮、迷いの眼でしか物事をみえないものが、「悟り」に近づこうとするのは、そこに欲心や邪心があるからに違いない。
そのように考えると、もはや仏道に近づくことが煩悩の手で悟りを掴もうとしていることになる。それはとても聖なる菩提心ではない、煩悩の泥沼の中の出来事でしかいのだ。
まあ、人間が仏法に近づくのには、そういう方法しかないのだ。ウンコに銀蠅が吸いよせられるようなものだ。仏道を求めようなどという聖なる心は、自分にはひとつもないと親鸞は見抜いている。
その自分に、信ぜよ、まかせろと迫ってくるもの。それこそが「横超の大菩提心」だと言い当てた。煩悩具足の凡夫が、妙な臭いに吸いよせられる。この吸引力こそ阿弥陀さんの力だ。自分の外部から関わってくるはたらきだ。これを「大菩提心」と言い立てたのだ。
ここまで噛み砕いて、初めて「同発菩提心」が、落ち着いてきた。これは「同じく、等しく信心を発して」と読めた。
まあ、善導の文脈を再度、親鸞の文脈に置き直して読まなければ、真宗にはならない。そうすると「願以此功徳」は、「願わくは、この功徳を以て」とは、人間の願いではなく、阿弥陀の本願と読まなければならない。そして「此の功徳」も南無阿弥陀仏という名号として読むべきだろう。
「阿弥陀如来がおっしゃるには、『願わくは、この南無阿弥陀仏の功徳を、あらゆる苦悩する存在に施し、ひとしく同じ信心を発して、私の国に生まれたいと願いなさい』と」このように回向文を読むことで、私への呼びかけとしてシックリと受け止められた。決して人間が人間に対して発す願いではなかったのだ。

●2016年7月20日●
駅へ着いたとき、タッチの差で電車が出てしまった。次の電車が来るまでの間が、実にむなしい。
可能な限りの最長の待ち時間だからだ。
仕方なくホームを歩いていたら、南無阿弥陀仏がやってきた。
ここはお前の思い通りになる場所じゃなく、本来、南無阿弥陀仏の場所じゃないか、と。
いわれてみれば、その通りで、その瞬間、退屈感が吹っ飛んでいった。そうか、ここは南無阿弥陀仏の場所で、南無阿弥陀仏の時なんだ。
万劫の初事だったんだ。すべて目の前の事故的現実は。
しかし、それがすぐに「日常」に飲み込まれてしまうのだ。「古池やカワズ飛び込む水の音」(芭蕉)だ。飛び込んだカエルの波紋は、円を描いている。しかし、飛び込んでカエルは池深くに潜ってしまって、姿はない。後に残ったのは、ポチャンという水の音、それすらいまは消えてない。目に映るのは、水の波紋。
日常というやつは、なんとも不思議だ。この「当たり前」感覚なくして、おそらく人間の自我はやっていけないのだろう。自我はつねに揺れ動いているから、不安定な状態には耐えられないのだろう。新婚さんは、相手から、つねに「愛している」というメッセージをもらい続けないと不安になってしまうのだ。職場でも「あなたがいるお蔭でうまくいっている」というメッセージがほしいのだ。こういうエサを補給し続けないと自我は不安になるのだ。誰かが認めてくれなくても、「自分が苦労しているから、この家もうまくいってるんだよな」などと慰めている。
このように「自我」の不安定を相手にして一生をうかうかと送ってしまうものこそが人間なのだ。
自我とは、私のいう「一人一世界」なのだが、その繭玉のような世界で一生を終えてしまう。「私の思いの中の人生」、これを曇鸞は「蚕繭自縛」(サンケンジバク)とメタ化している。蚕が自分の糸で自分を縛り、自分の世界の中に閉じこもっているようなものだと。この「私の思いの中の人生」を食い破って、そこから抜け出ることが願われている。
なぜ?か。それは〈ほんとう〉に背いているからだ。まさに自己中心的世界は、真実に背いていると教えるものがあるからだ。自己中心的な世界は、どこかおかしい、間違っていると知らせてくるものがあるたらだ。
それは何なのかは人間にはわからない。ただそれを〈ほんとう〉とか「真実」と命名しているに過ぎない。
「一人一世界」しか生きてはいないのだが、その世界はあなたの恣意的な世界だと教えてくるものがある。「一人一世界」は不実の世界だと。
それでは、その外にあなたの生きられる真実の世界があるのか、そこへ抜け出ていけるのかといえば、それは不可能だ。そんなものは外にはない。たとえ外へ抜け出ていけるとして、そこへ行ったとしても、そこは相変わらず「一人一世界」の内部になってしまう。
「一人一世界」は不実の世界だと知らせてくるかたちでしか真実は姿を表さない。
親鸞が「念仏には無義をもって義とす」(歎異抄第10条)と語ったようにだ。人間のはからいを「義」というのだから、はからいで念仏(真実)を表現してはならない、それでは真実が人間の「義」になってしまうではないかという批判がある。お釈迦さんが覚りを開いてから沈黙した問題だ。
覚りは真実を体験したことだが、それを人間の言葉に還元すれば「不実」になることをお釈迦さんは知っていた。親鸞も、そして唯円も、その問題に突き当たった。
そこをどう超えたか。それは、人間が覚ったとか、信心を得たとかいうことで、真実を知ったことにはならないという諦観である。真実を知っている人間ならば、その真実を言葉に表現することも可能だろう。しかし真実を知ったとか体験したということ、そのことが不実そのものだったと、底が抜けたのだ。つまり、真実の味を知ったとか、わかったという世界と決別したのだ。そして自分の体験も、人間の言葉も同じように「不実」の側にしかなかったと諦観した。
その諦観から、親鸞も唯円も、ともに無尽蔵の言葉で「真実」を表現していったのだ。表現することの勇気は、自分には、そして人間には不実以外の場はないという絶対認識だ。だから、真実を感じたとか、体験したとか、それを言葉にしたとか、それらは同じ次元のことなのだ。人間の体験は、それが体験として感じられたときには、すでに「言葉」の次元に入っていたのである。
それを自分は真実を得たから、とても大衆に説くことはできないと錯覚したのがお釈迦さんだ。その時のお釈迦さんは自分を「真実の側」に置き、大衆を「不実の側」に見ている。それをも超える言葉が「無義をもって義とす」だ。
義とは人間のはからい、観念の世界たから。それを不実、つまり「無義」と教える作用そのもの以外に真実はないのだ。
それで、真実に触れ得たとか、ちょっとでもかすったとか、そういう幻想から解脱できたのだ。真実という天界に飛翔できたという幻想が破れ、天使の羽がもぎ取られ、地上へ突き落とされた。この地上以外に自分が安心して生きられる場所はないのだ。
「罪悪深重、煩悩熾盛」が自分の安住できる住処だったのだ。それで真実に一生涯、背を向けて生きることが始まったのだ。絶望的な娑婆の生活だが、それはもともと娑婆の本質がそうだからなのだ。その本質を味わう以外にない。
電車が自分を待ってくれなかった。空しくホームにたたずむ。その空しさこそが娑婆の本質なのだ。娑婆の本質が剥き出しになって、赤裸々に娑婆のありのままを私に教えて下さっているのだ。実は、ここが逆説的に「浄土」だったのだ。

●2016年7月19日●
うわぁ、この世界は、私だけの、私一人の世界だったのだと気付いたとき、またまた驚いた。わかっていても、ついつい忘れてしまうのだ。だから、「忘れる」というのも御利益がある。
「一人一世界」だった。たったひとりの私の世界だから、とても丁寧に扱わなければならない。細心の注意を払いながら、丁寧に、大切に扱わなければならないと思った。
他者と生活しているのだが、他者との関係は、「貪欲と瞋恚」の関係だから、激しい関係なのだが、まだ単純な関係だ。自分にとって都合のよい相手か、都合の悪い相手かという関係だけで成り立っているのだから。
〈ほんとう〉は、もっと重大な問題があるのだ。
それは、阿弥陀さんとの関係だ。小林勝次郎という、妙な念仏者がいたそうだ。彼が二階堂行邦さんのお寺にふらっと立ち寄って、まだ大学を卒業したての二階堂さんにこう尋ねたそうだ。「坊さんとは何だ?!」と。二階堂さんはビックリしていると、小林さんは続けて「坊さんというのは、仏さんのことだけを相手にしている人間のことだ!」と言い放ってさっさと立ち去ってしまったと。
この話を二階堂さんから伺ったことがある。
二階堂さんは、学校を出て、さあこれから門徒の皆さんたちと仏法の会を立ち上げたりといろいろと考えていたそうだ。だから人間をどうするかということだけを考えていたところに、それとまったく反対の答え方をされて驚いたそうだ。
でも、小林さんの言葉は真理の一言だろう。坊さんが仏さんのことだけを考え、仏さんのことだけに専念していたら、アマゾンの「お坊さん便」などは生まれてこなかったに違いない。
どうしても、自分とか他人とか、人間のことにかかずらわってしまったので、駄目になったのだ。〈ほんとう〉は仏さんのことだけを一生懸命に考えなければならない。
いや〈ほんとう〉ということのみに関心の中核を置かねばならないのだ。
曇鸞は「如実修行相応」ということをいう。「如実」は「真実の如し」だから、まあ〈ほんとう〉ということだろう。親鸞はそれを「実の如く修行し相応せんと」と読んでいる。その「〈ほんとう〉の如くに修行すること」と一つになろうという意味だ。その「修行」とは、簡単に言えば「生活」ということだろう。つまり生活の一部分だけを「修行の時間」とするのではなく、生活全体が「修行」にならなければ嘘なのだ。つまり、「生きる」ということと修行がひとつになっているということだ。修行が「何かのための修行」であるなら、生活全体を営む意味も「何かのための生活」でなければならない。
その「何か」がわからないから、生活が「如実」、つまり〈ほんとう〉にならない。それを曇鸞は「不如実修行」という。その問題を突き詰めて、「〇〇のため」と目的意識をもってしている生活、修行は「不如実修行」だと見抜く。「〇〇のため」と未来に目的を設定して何かに励むのでは、目的が欲望の対象になってしまうではないか。それは「如実」から生まれた修行ではない。「不如実」の生活だ。
答えは、ハッキリしているのだ。
目の前の生活の瑣末な部分に、「如実」が顕現しているとみえなければならないのだ。それを曇鸞は「出第五門」という問題で暗示している。「阿修羅の琴」の譬えでそのことを語る。神話的表現だから、「阿修羅の琴」なんか誰も見たことがない。たとえば、「阿修羅の琴の鼓する者なしといえども、音曲自然なるがごとし」という。つまり演奏者がいないのに自動演奏のように琴が自分で音を出すという。これは、生活を能動的にする主体がなくても、生活そのものが自然に動き出すということで、私のいう「生活の客体」になることを暗示している。いつもいうように「させられて」(受動)、そのうえで「している」(能動)のが〈ほんとう〉の有り様なのだ。
もうひとつは、ライオンが鹿を捉えるようなものだとも譬えている。ライオンは鹿を捕獲するのに、必死ではなく、遊んでいるようなものだという譬えだ。そこに「遊戯」を暗示する。まあこれも人間がライオン(獅子)が鹿をとる様子を見て感じただけのことだ。いかにもライオンは必死ではなく、遊んでいるかの如くに鹿を捕まえているように、人間には見えるだけのことだ。当のライオンは、必死になってやっているのかもしれないのだ。
うちにも猫がいて、たまに雀などを捕まえてきた。猫は、別に雀を食べるために捕獲するようでもない。確かに最後には食べてしまうのだが、捕まえた当初は、飼い主に褒めてもらいたくて半殺しの状態の雀をくわえて室内に運んでくる。半殺しの雀は動かないでい