生活のどこを切り取ってみても、それが「南無阿弥陀仏」であればよいのだろう。車の運転をしていても、遊んでいても、酒を飲んでいても、寝ていても、生活のどの瞬間を切り取ってみてもだ。そのためには、一度、「意味の病」の病根を抉り出し対象化しておかねばならない。人間は、自分の人生を振り返るとき、必ず「意味の病」で振り返る。まあ、人生を振り返るなどという大げさなものでなくてもよい、昨日のことを振り返るときでもよい。人間は、過去に行ったことの意味を、「それはどんな意味があったのだろうか」と問わずにはおれない。自分の思い通りのことが叶ったときには、そうは思わないが、思惑が外れたときによく問うものだ。その問いは「意味の病」から起こってくるものだ。ところが人生は「塞翁が馬」で、結論の分からない劇場である。昨日、掲示板に「生きている人は必ず死人(しびと)になる。沢山の死人が生きているだけ」と貼った。人生の結論と呼ばれている「死」を持ってくれば、「意味の病」はぺしゃんこになってしまう。まあ「死」を見えないように、あるいは見ないようにして、あれこれと自分に「意味」を飾り付けているだけだ。「死」という究極を突き付けられると、嘘がバレてしまう。
究極が「死」であってみれば、この瞬間も「死」の可能性に裏打ちされているのだから、「生」は儚い。昨日の葬儀で、この世に生きている人間は、すべてこの火葬場のお釜で焼かれていく存在だと思えた。焼かれる前の存在が、無数に、この世に蠢いているのだと思えた。我々は焼かれるのを待っている「死人」だった。そう思えたら、この瞬間も「南無阿弥陀仏」だったのだと見えた。自分は「阿弥陀仏」に直面し、「阿弥陀仏」に「南無」していたのだと。「阿弥陀仏」は、「死」の象徴だ。だから「死」に直面している。直面というのが「南無」だろう。
ところがそこにカラクリがあって、いままで「死」を分かっていることにしていた意識が解体されていなければならない。人間は他人の「死」は知っていても、自分の「死」は知らないのだ。知らないのに知っているような顔で生きている。本当の「死」は知らないのだと教えてくれるのが「阿弥陀仏」である。「死」を知っているという「意味の病」からの解放である。
人生のどの瞬間を切り取ってみても「南無阿弥陀仏」だということは、その「教え」である。人間が意味づけする手を払いのけて、剥き出しの〈無・意味〉を与えてくれる。自分の意識から言えば、「意味」がいつでも空洞になっている状態だ。人間が生み出すどんな「意味」も空無化されてしまう一点だ。そこへ還される一点だ。「空より生じ、空に帰す」とでも言えようか。「空」とは「空しさ」というような否定的な意味ではなく、「豊かさ」である。この空無化される状態を、何と呼べばよいかと問われたので、それを「往生道」と仮に名付けたのだろう。だから自分が自分の足で歩いていくようなイメージでなはい。自分は一点も、そこから動いてはいない。動いているのは向こうであり、向こうから空無化という運動が私に迫ってくるだけだ。まあ教学用語で言えば、それが「還相回向」である。
人間は動物であり変化の生き物だから、「動詞」で応えて欲しいという欲求を持っている。それで「往生する」とか「成仏する」などという「動詞」で、それに応えてきたのだろう。しかし、究極は「動詞」では応えられない。動詞的に言えば「向こうからの運動」である。親鸞はそれをすべて「受動形」で表現する。だから人間から言えば、「されている」としか言えない。この「されている」という表現も、いまひとつの表現だ。「されている」と言えば、必ず「して下さって、有り難うございます」と御礼を要求されるからだ。この御礼を要求される意識が解体されていないと「されている」にはならない。いま咲き始めた沈丁花は、光を届けてくれる太陽に「有り難う」と返礼しただろうか。大地の水に返礼しただろうか。おそらく、「される」とか「する」とかという世界を超えて、ただそのようにあるということではないか。「するもの」があってしているわけではなく、また「されるもの」があってされているのでもない。だから、ただ「南無阿弥陀仏」が「南無阿弥陀仏」として展開しているだけなのだ。ここまで空無化されてしまえば、ようやく満足が、遙か彼方から顔を覗かせることもあるのではなかろうか。