自分は、大勢の人々の中に埋没し、「平凡」という名前の洞窟に隠れて生きられるように錯覚していた。ところが、その自己が、白日の下にさらけ出された。逃げ場のないところに連れ出された。というよりも、本来、逃げ場のないところを生きていたのだった。それは人類の代表として、一切衆生の典型として。私は〈一人一世界〉と言いながら、どこかに隠れられるような錯覚をしていたのではないか。そんな場所などなかった。「済んでしまった」場所はどこにもなかった。すべては、未知の世界だ。不可思議の世界だ。いままで分かっていた世界が溶解していく。桜のように冬には葉を落とすものもあり、松のように常緑のものもある。なぜかは人間に知らされていない。不可思議が〈ほんとう〉の有りようだった。そう思うと、自己は、前人未踏の〈いま〉に立ち会っているのだ。「万劫の初事」として、剥き出しにされているのだ。