典洋さん

昨日、新聞を見ていたら、加藤典洋さんの『大きな字で書くこと』が紹介されていて、購入しようと調べたら、なんとこれは遺稿だと言うではないか。えええっとビックリした。ええっ、加藤さんが亡くなった!遺稿!ちょっと、最初は何が起こったのか分からなかった。読み間違えじゃないのか、遺稿って、誰かの遺稿を加藤さんが書評したのではないか!と。再度、こころを落ち着けて読んでみると、やはり、加藤さんの遺稿だという。あの、テンヨウ(典洋)さんが!
昨年11月に、急性白血病を発症し治療を続けていたが、今年の5月16日に亡くなられたという。ショックだ。まして、半年も前に亡くなられていたのに、そのことにまったく気づかなかったことへの後悔というか慚愧を感じた。テンヨウさんとは、かつて塩尻で会ったし、その後も講演会ではお目にかかっていた。竹田青嗣・橋爪大三郎と同年の思想的リーダーの三羽カラスだ。『敗戦後論』や『戦後を戦後以後考える』など、沢山の思想的刺激を受けた。これからも思想のリーダーとして、いつまでも同伴して下さる方だと思っていた。ほんとうに残念でたまらない。
しかし、今朝になって少し頭が冷やされてきたら、みんな阿弥陀さんの世界へ還っていかれるのだなと、受け止め直した。みんな還っていくのだ。還っていく姿を、私に教えてくれている。そういう私だけは還っていくのではなく、「往く」のだろう。いまだかつて往ったことのない世界へ行くのだろう。みんなは還っていくが、私は「なごりおしくおもえども、彼の土へは」往くのだろう。私の目には、みんなは還ると映っている。私は未知の世界へ「往く」ということだと思い直した。私は「臨終のいま」に接しているのだから、テンヨウさんとも、「やあ」と声を掛けるくらいに近いとことにいるのだ。いや、もっと近くに。私の内部に住まれたのかもしれない。

以上のブログを載せたところ、テンヨウさんが亡くなられたのは、昨年だとご指摘いただいた。
まったく、間抜けでごめんなさい。