第23回・静岡親鸞講座の「質問&感想」に応えて

第23回 静岡親鸞講座は2026年6月17日に開催された。そこで出た質問&感想への応答を転載する。

1、人間的な意味現象。
「死」、「時間」、「空間」は、上記意味現象である。判ったようで、判らない言葉でしたが、これが真実なのではないかと感じています。

武田→ 私の言わんとしているところをよくお汲み取り下さり有り難うございます。この「意味現象」という言葉は私の言葉ですから、なかなか理解はしてもらえません。それでも言い続けております。いつも思い出すのは、安田理深先生のこの言葉です。
「我々の経験は現実そのものに触れているのではない。現実に触れているならば悩みはない。現実の中の解釈に触れているのである。」(『安田理深選集』第1巻p229)
 この文章こそ〈真実〉を語られていると思っているのです。この「解釈」ということが、私の言う「意味現象」ということになります。私たちは、自分の眼を疑うことはありません。ですから、自分の見たとおりに環境(世界)があると思っていて疑ったことはないのです。ところが、それは「現実」ではなくて、「解釈」だと先生はおっしゃるのです。
 ただ我々が、「解釈」という言葉を聞くと、今度は、「解釈」と「現実」の二つがあると思い込んでしまうのです。そうではありません。人間にとっての「現実」とは「解釈」以外にはないという意味です。目の前にサンマの塩焼きが置かれていれば、それは「食べ物」としてしか見えないのです。それが「生き物」としては見えないのです。それでは、「生き物」と見る眼が真実なのかと言えば、それも人間が見た限りの「魚」でしかありません。
「死」も「解釈」されたものであって、「現実」にはどこにもありません。まして私自身に「死」はないのです。「死」という観念はあっても、「死」を実体験することはありません。『歎異抄』第九条では、「いささか所労(しょろう)のこともあれば、死なんずるやらんとこころぼそくおぼゆることも、煩悩の所為(しょい)なり」と言っています。「所労」とは病気です。ちょっと病気にでもなれば、やがて死ぬのではないかと不安になるのも、不安にさせる煩悩のはたらきなのだ、と言っています。我々は、他者の「死」を見て、「死」という観念を発達させました。その「死」を見て、自分に引き当てて、「ああはなりたくない」と思い、「死」を恐れます。そのように考えさせる正体こそ「貪欲(とんよく)」という煩悩なのです。
 つまり、「死」は「解釈」であって、「現実」ではありません。言えば「現実」をご存じなのは阿弥陀さんだけでしょう。「現実」をご存じなのは阿弥陀さんだけだと言って手放すことを「南無」というのです。ですから、人間には「現実」は分からないのです。
 そして、それは「死」ばかりでなく、「時間」も「空間」も、そうなのです。

2、『一念多念文意』の中に「正定聚の人のみ真実報土にうまるればなり」というお言葉が有りますが、私のような凡夫と行く浄土が違うのでしょうか。「正定聚の人のみ」とは武田先生のような人を言うのでしょうか。

武田→ まず、言葉の約束事から語れば、「正定聚」という言葉は、「邪定聚」と「不定聚」という言葉とセットになった言葉です。「正定聚」とは、「浄土往生が如来より正しく定められた聚(なかま)」、「邪定聚」とは、「浄土往生を自分で決めた聚」、「不定聚」とは、「浄土往生が自分では決められない聚」です。親鸞は、あらゆるひとが誰でも、真実信心を得て「正定聚」に入り弥陀の浄土へ往生して欲しいと願われています。「浄土和讃」にはこう詠われています。「安楽国をねがうひと 正定聚にこそ住すなれ 邪定不定聚くにになし 諸仏讃嘆したまえり」(聖典p574)と。弥陀の浄土を信じ受け入れるひとは、正定聚になるのだから、邪定聚のひとも、不定聚のひとも浄土にはいないのだと、諸仏たちが褒めていると。だから、たとえ「邪定聚」や「不定聚」であっても、必ず正定聚になるのだと信じておられます。
 これは、一応、「正定聚のひと」、「邪定聚のひと」、「不定聚のひと」と「ひと」という観点から述べたものです。しかし、内面の「信心」から見れば、また違ってきます。親鸞は、こう言っています。「誠に知りぬ、悲しきかな、愚禿鸞、愛欲の広海に沈没し、名利の太山に迷惑して、定聚の数に入ることを喜ばず(略)恥ずべし、傷むべしと。」(『教行信証』信巻・聖典p285)本当は、「正定聚」の数に入ることは浄土往生が決定することだから、とても嬉しいことのはずなのだ。ところが、「定聚の数に入ることを喜ばず」と言っています。これはどうしたことでしょうか。これはちょうど「唯円」の信仰問題と同じです。唯円は、「念仏もうしそうらえども、踊躍歓喜のこころおろそかにそうろうこと、またいそぎ浄土へまいりたきこころのそうらわぬは、いかにとそうろうべきことにてそうろうやらん」と親鸞に問うています。(『歎異抄』第九条)
 親鸞はこの問いを、「親鸞もこの不審ありつるに、唯円房おなじこころにてありけり」と感動的に受け止めています。これは親鸞の「定聚の数に入ることを喜ばず」と同じこころではありませんか。本当は喜ばなければならないことなのに、それが喜びと感じられない。まったく「恥ずべし、傷むべし」です。いわば、自分は「正定聚」どころではない。むしろ「邪定聚・不定聚」の信心だと懺悔しているのです。これを見ると、こういうことが言えるのではないでしょうか。「正定聚」とは、自分の信心こそが「邪定聚・不定聚」として自覚された信心だと。逆に、「自分こそ正定聚だ」と思っているひとこそ、「邪定聚・不定聚」のひとなのです。
 まあ『歎異抄』に於ける親鸞の展開は、まだ続いています。本当は喜ばなければいけないのだけれども、喜ばせなくさせている作用があると。それが「貪欲(とんよく)(煩悩)」です。この煩悩の者を救おうと誓っているのが阿弥陀さんだから、浄土往生は間違いなしだと言うのです。ですから、「恥ずべし、傷むべし」と懺悔のこころのあるものだけが、浄土往生が定まった者ということになりましょう。
 ところが、この「懺悔」がくせ者なのです。もし「懺悔」している自分が見つかってしまったら、それは「懺悔」ではないのです。自分が見つかってしまうということは、「懺悔している自分」を認める(肯定する)自分が生まれてしまうからです。その自分が見つかってしまったら、またまた「懺悔」しなければなりません。こうやって無限後退させる作用こそ「真の懺悔」です。つまり、言えば、永遠に「懺悔できない」ことを懺悔するということが、本当の「懺悔」です。
「私のような凡夫と行く浄土が違うのでしょうか」と言われていますが、あなたは、本当に「凡夫」になっているのでしょうか。「凡夫」を卑下するということは、本当の「凡夫」ではありません。「凡夫」とは、阿弥陀さんからの呼びかけです。つまり、「仏説」です。自分で自分自身のことを「凡夫」と卑下することではありません。また、「浄土が違うのでしょうか」と言われていますが、浄土はたった一つです。いくつもあるわけではありません。ただあなたの考えておられる浄土かどうかは分かりません。あなたは、浄土を死んでから往く世界のように考えておられるのでしょうか。実は、いま、ここが「浄土」なのです。「浄土」の中なのです。「浄土」という言葉が機能する場所は、いま、ここ以外にないのです。そのことに気づけないから、親鸞は「光明寺の和尚の『般舟讃(はんじゅさん)』には、「信心の人は、その心、すでに浄土に居(こ)す」と釈し給えり。居(こ)すというは、浄土に、信心の人のこころ、つねにいたりというこころなり。」(『御消息集』善性本・聖典p723)と述べているのです。ここが浄土だと思えない者を何とかして浄土だと教えるために苦心されているのです。
3、武田先生は奥さんを亡くされて、奥さんが浄土に生まれて、すぐ近くにいる、そばに感じるということをお話されましたが、私は妻を亡くして、すぐそばにいるという感覚がありません。先生がずっとお話された浄土は、そこに奥さんはどういうかたちで生まれられたのか、どういうふうにそれを認識されているかということをお聞きしたいです。
武田→ まあいろいろなことを思います。変な言い方ですが、「女房の身体の中で生きているような感じ」とも言ったことがあります。ただ、どれほど思おうとも、それは「幻想」に違いないと思っています。浄土とは、いかにも「極楽浄土」で、この世の苦しみをすべて超え離れた安らかなところというイメージですが、それは人間が思い描いた「幻想」でしかありません。〈真実〉の浄土とは、人間の思いが届かないところに違いないと思います。だからお経では、「無量光明土」や、「無量寿国」と表わします。この「無」は動詞であって名詞ではありません。人間の思いでは決して届かないと否定を表わす「無」なのです。
 ところが人間は知恵が発達してるので、「無量光明土」もイメージできてしまうのです。つまり、「分からない」という言葉の意味も分かってしまうのです。私はそれを指摘するために、親鸞は、「難思往生」と「難思議往生」と使い分けたのだと思っています。「難思」とは、人間の思いでは「分からない」という意味です。「分からない」という意味も人間の知で分かってしまった「分からない」です。人間が知ってしまった「分からない」には、不満や不安や未練が残ります。ところが、親鸞は真実の往生とは「難思議往生」だと言います。「難思議」とは、人間の「分かる・分からない」を超えた「分からない」という意味なのです。ですから、「浄土」は、安らかなところでも、苦しい世界でもありません。人間の欲の眼でみた他界を完全に超えさせてくれるものが「浄土」です。これが「たのもしい」(『歎異抄』第九条)という信頼感や、「ただほれぼれと」(『歎異抄』第16条)という感嘆を生むのです。
 たまに女房のことを思い出すこともあるのですが、何と思おうとも、それは「貪欲」が演出した幻想だと思わされ、そのままそっとしておきます。煩悩はそっとしておけば、やがて静まりかえっていくので、邪魔にはなりません。自分が貪欲に操られているのだと見えればよいのです。見えれば、もう貪欲の奴隷になることはありません。貪欲が貪欲のはたらきを失うからです。

4、講義の中の、「「選択」は「あれかこれか」であり、「摂取」とは、「あれもこれも」だ。「あれかこれか」がなければ信仰にならない。しかし、「あれかこれか」だけだと「排外主義」になる。そこに「あれもこれも」が開かれることによって、「あれかこれか」を潜った「あれもこれも」となる。「あれもこれも」の視座とは、阿弥陀さんとの絶対関係が開かれれば、すべての相対関係が、阿弥陀さんの中に包まれる。つまり、相対世界すべてが、阿弥陀さんの表現世界(荘厳)に変わってしまうということだ。絶対の中に相対が包まれ、絶対と相対の対立は解消される。」ということについて、「あれかこれか」で「あなたは尊い」というと、あなただけが尊い、となるけれど、「あれもこれも」で「あなたは尊い」というと、すべての人が尊い、ということになるのかなと思いました。

武田→ このご質問は、今回のお話の中でも出てくると思います。法然の「廃立」は「あれかこれか」ですが、親鸞は、「あれかこれか」を潜ったところから「あれもこれも」という視座を開きました。これを「顕彰隠密」と言います。「顕」は表面上の違いを明確にする「廃立」の見方です。「彰」とは、表面上の違いを超えて統合的に見る見方(顕彰隠密)です。「あれかこれか」を潜らないと、曖昧な「あれもこれも」になり信仰にはなりません。厳しいようですが、源信は「曖昧」な「あれもこれも」だと思います。確かに「往生之業 念仏為本」とは言っているのですが、これは「念仏も」という意味合いであって、「ただ念仏」にはなっていません。法然は、「選取・選捨」で、「観念念仏」を廃して「称名念仏」を選択しました。だから、比叡山の念仏とぶつかり弾圧されました。これが法然の「ただ念仏」です。親鸞は、「ただ念仏」の洗礼を受け、称名念仏(口業)を内面化して「信心(身業)」で受けました。「ただ念仏」を「ただ信心」と受けたのです。ここから「顕彰隠密」が生まれたのです。「ただ信心」を説明するのは、もの凄く難しいです。苦し紛れで言えば、「ただ信心」とは、一切の能動性が剥奪され、受動性のみになることです。つまり、「~する自分」から「~されている自分」に逆転することです。親鸞は、「自分がする念仏」から逃れられませんでした。この「~する」の「始点」を自分に置いていたのです。言えば「自分が生きる」と思っていたのです。ところがそれが逆転して、「生きるようにさせられていた」と気づいたのです。これが「他力回向」の感得です。こうなると、人間から出てくるものがすべて相対化されてしまいます。極端なことを言えば、あの何千巻という「一切経」が、すべて「南無阿弥陀仏」の意味として統合されてしまったのです。あれは仏説は言われているけれども、すべては「人間の営み」ですから。つまり、あらゆる人間の営みには〈真実〉が無いと見切ったのです。私の言う「〈真実〉のデッサン」です。人間が表現した部分はすべて影(〈真実〉ではない部分)です。ひかり(〈真実)は、決して人間が表現することはできないと決着したのです。ですから、親鸞にとって、いままでは、「聖なる領域」と「俗なる領域」があったのですが、その両方が相対化されてしまい、「俗」一色になってしまったのです。そこで初めて「聖」が阿弥陀さんとして立ち現れました。これが「ただ信心」の世界です。前置きはこのくらいにして、あなたの質問に戻ります。
「あれかこれか」で「あなたは尊い」というと、あなただけが尊い、となるけれど、「あれもこれも」で「あなたは尊い」というと、すべての人が尊い、ということになるのかなと思いました」についてですね。「「あれかこれか」で「あなたは尊い」というと、あなただけが尊い、となる」とは「好き嫌い」ということで理解できます。しかし、「けれど、「あれもこれも」で「あなたは尊い」というと、すべての人が尊い」はちょっと難しい表現ですね。私が憶測すると、そこには阿弥陀さんの媒介が必要だと思います。阿弥陀さんの媒介があれば、「あれもこれも」で「あなたは尊い」というと、すべての人が尊い」が成り立ちましょう。人間の感情は「すべてのひとが尊い」とはならないからです。人間には必ず「自我の遠近法」があるので、そうはなりません。ただ、全人類が同じ阿弥陀さんという根源から生まれてきたひとなのだと教えられて、初めて「すべてのひとが尊い」とうなずけるのだと思います。一度、「自我の遠近法」が相対化され、宙づりにされた後、阿弥陀さんから、「すべてのひとが尊い」のだと浴びせられるのだと思います。阿弥陀さんを媒介とするかどうかが要だと思われます。

5、武田先生のお話は哲学的で難しく感じるのですが、お話を理解しないと救われないのでしょうか。

武田→ この手のご感想はよく受けます。この一見、「哲学的」な表現は、私の業(ごう)なので、お許し下さい。ただ、いままでの「教学用語」をそのまま使うことに抵抗を感じてしまうのです。その「教学用語」を、現代人に理解してもらうためには、「現代」という知の次元へ還元しなければならないと思うのです。
 だからと言って、私の表現が分からなければ救われないということでは、まったくありませんのでご安心下さい。私の話は聞き流してもらえればよいのです。ある意味、聴聞は砂金探しのような面もあります。何度も、何度も法座に足を運んでいると、あれっと思うようなこともあるものです。人間は、「言葉」を聞いているようですが、本当はもっと深いところで「何か」を聞いているものですから。

6、二河譬を絵に画かれたものがありますが、白道の途中に歩いている人が描かれています。救いとは、東の岸にいて釈迦の「この道をいけ」という声と弥陀の「この道を来なさい」という声が聞こえることでしょうか。それとも白道を歩くことでしょうか。それとも西の岸に至ることでしょうか。

武田→ 善導大師の『観経疏』(散善義)を読みますと、東岸(娑婆)から、「行くこと一分二分するに」(『教行信証』信巻・聖典p248)とありますから、「白道」を少し進んだところに行者がいるというのが正確なようです。いずれにしても、これは「信心」というものを物語で表現したものですから、いろいろな味わい方ができると思います。「東の岸にいて釈迦の「この道をいけ」という声と弥陀の「この道を来なさい」という声が聞こえること」と受け止めてもよいと思います。「東の岸」とは、「いま・ここ・わたし」の場所ですね。ここから「西の岸」つまり、西方浄土を目指せとは、人生に「方向性」が与えられたということです。「西方」という「方向性」が見つかるまでの人生は、無方向なのです。どこから来て、どこに向かって生きているのかなど、考えたこともないのです。そのことに疑問を持ち、白道を発見し、釈迦と阿弥陀の「発遣(はっけん)と招喚(しょうかん)」に遇い、人生に「西方」という「方向性」が与えられるのです。
 私は、「方向性」が与えられることだけでよいと思うのです。それを「歩む」という表現で語られたりもしますね。「方向性」とは人生の方位磁石(コンパス)みたいなものです。言えば人生は、暗夜行路(あんやこうろ)です。真っ暗闇で、次の瞬間に何が起こるかわかりません。そんな中に磁石があれば、方向性だけは確保されます。あとは縁にしたがって動いていけばよいのでしょう。動いても方向は「西方」だと決まっているのですから安心感があります。
最後に書かれている、「それとも西の岸に至ることでしょうか。」は、いまの文脈で言えば、「方向性」が与えられるということに尽きます。「方向性」が与えられれば、「西の岸」は一瞬先のことになります。もう目の前です。だから、わざわざ「西の岸」に行く必要はありません。もうすでに「西方」が来ているのですし、「西方」に面しているのですから。