この間、面白いことを経験した。それは東大島駅で電車に乗ろうとしていたときのことだ。都営新宿線(地下鉄)で、新宿行きの電車に乗るために、改札からエスカレーターでホームへ上がった。東大島駅の構造は面白く、西側の出入口は「江東区」にあり、東側の出入口は「江戸川区」にある。ちょうど、昔から流れている中川が行政区分となっていて、その川の上にホームがまたがっている形だ。電車は江戸川区側からホームに滑り込んできて、先頭車両は江東区側で停まる。
電車は、中川を越え、荒川放水路を越えるために東大島駅から地上に出て、次の船堀駅までは、地上三階くらいの高さを走って行く。「地下鉄」なのに、ここは「地上」を走らざるを得ない。だからここだけは「地下鉄」ではなく、「地上鉄」だ。
この東大島駅近くの地下が車両基地となっているためか、ここに大きな駅事務所が併設されていて、運転手や車掌の交代が行なわれる。私がホームに上がったとき、ちょうど運転手の交代要員が、そこに待機していて、自分が運転するための電車が来るのを待っていた。私は好奇心が強いので、そのひとに話しかけたくなった。一日にどれくらい運転するのかを知りたくなったからだ。
そして彼に近づき、「電車の運転は、一日に何時間くらいするのですか?」と尋ねた。彼は「そうですね。長いときには10時間ほど運転しますね。もちろん休憩は取りますけど。」
私は「へぇー、ずいぶん長いんですね。8時間ではないんですね。しかし、よくあの停止線に停められますね。すごいです!本当にご苦労様です」と返した。彼は、温かそうな表情を私に返してくれた。
たったそれだけの会話だった。しかし、会話というものは、単に言葉という情報を交わすだけのことではない。そこには身振りや態度や顔つきなど、声から感じるものなど、言葉以外のいろいろな情報を交換できる。いわゆるノンバーバルコミュニケーションが起こるのだ。
やがて電車がホームへ入ってきた。案外車内は空いていて、座ることができた。そして電車がゆっくりと出発した。徐々に加速されて電車は地下空間へと入っていく。しばらく走って行き、減速しながら次の大島駅で停まった。それから数駅を出たり停まったりして電車は進んでいった。すると面白い感覚になった。この加速と減速は、先ほど言葉を交わした彼が運転していたのだ。それはどの運転手が運転しても、だいたい同じことなのだろうけれど、彼が運転しているのかと思ったら、この加速と減速に人間味を感じた。この加速と減速に、まさに個性を感じたのだ。「そうかあ、これは彼が運転しているのか」と、仄かにこころが温かくなった。
もし彼と会話をしていなければ、この加速と減速は、それこそ「機械的」な、まさに無味乾燥なものであり、それこそ意識にも上らないことだったのだろう。そこに些細な会話があっただけで、そこに「人間」を感じ取れた。
そのことから一気に、いま行なわれているイスラエル・アメリカによるイラン攻撃が頭に上ってきた。いまではあれが「戦争」と呼ばれているが、当初は、一方的な「攻撃」だった。アメリカは距離的に離れていて、直接の脅威を感じることもないイランを攻撃する理由はない。やはり、イスラエルはイランと近く脅威を感じているから、アメリカに加勢を頼んで攻撃したのだろう。戦争は始めるのは簡単だが、終えるのは大変だと、よく言われる。まさにいつ終わるとも分からない戦いが展開している。まさに全世界がこころを痛めている。
これはもの凄く幼稚なことだとは分かっているのだけれども、もし、相手国に知り合いがいれば、戦いに傾くこころをいくらかでも制止する力がはたらくのではなかろうか。国とか民族とか宗教などという眼に見えない境界を作ってしまうから、生身の、一対一の人間が見えなくなるのだろう。
いつも思うのだが、人間は本質的に個別な存在を見て、ついつい「あいつらは」と一括りにしてしまう。「あいつらは」と発想したときに、自分は決して「あいつら」の側にはいない。「あいつらは」とは、自分は別であって、「あいつら」よりは上位に位置づけられている。上位にいる者が、「あいつらは」と発想することで、「あいつら」を下位に見る差別的な発想だ。この傾向性は、人間が「共同幻想」を生きるものとして、決してなくならない傾向性だ。「共同幻想」は「個的幻想」が逆さまになった観念だから、それは突き詰めると、「末那識的な幻想」である。自我を最優先する傾向性である。つまり、「自分さえよければ、世界などどうなってもかまうものか」というニヒリズムの極致だ。
この「末那識的幻想」が戦いの深奥の根拠であることは間違いない。これは生理的現象に近いものだから、もし地球上からあらゆる戦いを根絶するのであれば、人類を全滅させる以外にない。問題は、これを温存したままで、どうやって共存するかだ。
まあ、特効薬は、「無我」が、存在の本来性だと目覚めることだ。本来「無我」であり、実体のないものを我として錯覚している、錯覚させているのが「末那識」である。本来は、因縁所生の関係性が「我」であり、これが「開放系の我」だ。それを「末那識」は「閉塞系の我」として凝固させてしまう。そして無いはずの線を引いて、「自と他」を分断する。
「開放系の我」こそが、世界の本質的な形ではないか。それを教えてくれたのが、些細な運転手との会話である。相手を見知れば、そこに「閉塞系の我」が砕かれていく。そして、「開放系の我」が世界のありのままの姿なのだと教えられる。この「開放系の我」への手引きとして、中島みゆきの「顔のない街の中で」(2007年作品)が強く訴えてくる。
見知らぬ人の笑顔も
見知らぬ人の暮らしも
失われても泣かないだろう
見知らぬ人のことならば
ままにならない日々の怒りを
物に当たる幼な児のように
物も人も同じに扱ってしまう
見知らぬ人のことならば
ならば見知れ 見知らぬ人の命を
思い知るまで見知れ
顔のない街の中で
顔のない国の中で
顔のない世界の中で
見知らぬ人の痛みも
見知らぬ人の祈りも
気がかりにはならないだろう
見知らぬ人のことならば
ああ今日も暮らしの雨の中
くたびれて無口になった人々が
すれ違う まるで物と物のように
見知らぬ人のことならば
ならば見知れ 見知らぬ人の命を
思い知るまで見知れ
顔のない街の中で
顔のない国の中で
顔のない世界の中で
ならば見知れ 見知らぬ人の命を
思い知るまで見知れ
顔のない街の中で
顔のない国の中で
顔のない世界の中で
みゆきの「ならば見知れ」が、強くこころに迫ってくる。でも、これは「誰とでも隔てなく仲良くしなさい。嫌いなひとを作ってはいけません」という道徳訓として受け取ってはダメなのだろう。それでは綺麗事で終わってしまう。
好き嫌いが温存されなければ嘘になる。辛淑玉と永六輔の対談本『日本人対朝鮮人』(光文社)1999年で、辛淑玉は、こう述べている。
日本と韓国の関係を見ていますと、いつも日本の場合は「仲良くしよう、仲良くしよう」とやるわけです。韓国の場合は「仲良くしよう」なんてやってない。だからいつもうまくいかない。
でも私は「仲良くしよう」と言うんじゃなくて、喧嘩をしない努力をすればいいと思うわけです。隣り近所の関係でも、「あいつ気に入らねえな」と腹の中で思っても、とりあえずニッコリ笑っておく。で、いざというときに、たとえば地震が起きたら、「こっちが危ないぞ」とか「こっちに水があるぞ」という関係を築けばいいのであって、無理して仲良くする必要はないと思っているんですね。
好き嫌いは理屈ではなく感受性の問題だから、それを否定したら人間を否定することになる。だから好き嫌いが遠慮なく大手を振って言える関係でなければならない。好き嫌いを温存しながら、それであっても関係性を保っておく。まあ、所詮、いかなる人間であっても、人間とは浅く付き合わねばならないということだ。これは何も他人ばかりのことを言っているわけではない。当の自分自身とも浅く付き合わねばならないのだ。
好き嫌いを絶対視してしまう自我と浅く付き合わねばならない。人間が間違うのは、「白か黒か」、「ゼロか百か」というデジタル的硬直発想だ。人間という存在は、どこまでも「グラデーション」を持った存在だからだ。つまり、「程度の生き物」が人間なのだ。
「一悪を以て衆善を忘れず」(『帝範」)という中国の古い故事が教訓になる。一つ悪いところがあるからといって、それが全部悪いことにはならない。一つ欠点があるからといって、その他のさまざまな善があることを忘れてはいけないと言っている。
だから、好き嫌いを絶対視してしまう自我と自分自身とを分割し、棲み分けなければならない。つまりは、自分の中の「閉塞系の我」と、それとは異次元の「開放系の我」とを棲み分けることだ。人間にとって他者との人間関係も大問題だが、それ以上に、自分自身の中で、自分との人間関係を開かなければならない。