第21回静岡親鸞講座の「感想&質問」に応えて

第21回静岡親鸞講座(2025年12月25日開催)の「質問&感想に応えて」をここに転載する。  

1、「自己内面の「悪逆性」を教えてくださった教材として、「提婆」に「尊者」という敬称を付けたのではないか」というお言葉になるほどと思いました。でも、現にある様々な事件の犯人を「尊者」とは思えないのですが、先生はどう思われますか?

武田→ 単刀直入にお答えすれば、そこに「阿弥陀さん」を媒介としているか否か、ということだと思われます。親鸞は「阿弥陀さん」を媒介として「提婆」の「悪逆性」を自己の実相を教えて下さった存在として、「尊者」と表現されたのかも知れません。これは、どこまで問い詰めても、「…かも知れません」としかお答えできません。
 本当のところは親鸞聖人に聞いてみなければ分からないことですから。ですから、どこまでも、この問題を、現代の「唯一無二の自己」が受け止めた限りでのお答えという域をでません。ただ、これは親鸞聖人が存在していない以上、どなたが考えても同じことだと思います。
 それを前提に考えてみますと、やはり、親鸞聖人は、当初、「提婆」を外に見ていたのだ思います。「外に」というのは自分とは無関係の、つまり第三者としての「悪人」としてです。ところが、自分の内面を深くありのままに見ていく段階で、「外に」見ていた「悪人提婆」が、実は自分と同じ存在に見えてきたのだと思います。それは第18願文の「唯除五逆誹謗正法」に起因します。自分の内面を除けば、「誹謗正法」でしかないのです。その懺悔が、「誠に知りぬ。悲しきかな、愚禿鸞、愛欲の広海に沈没し、名利の太山に迷惑して、定聚の数に入ることを喜ばず、真証の証に近づくことを快しまざることを、恥ずべし、傷むべし」(『教行信証』信巻)でしょう。「誹謗正報」とは、敢えて仏法を誹謗するということ以上に、自己弁護、自己保身以外で仏法と関わっていないことです。阿弥陀さんなど居なくても、生活するのに何ら支障がないと思っている。そして仏法を「名利に人師を好む」(「悲嘆述懐和讃」)ように、生活の足しにしようとさえしているさもしいこころです。このこころに気づいてしまったら、とても「提婆」だけを悪人と見下すことができません。むしろ私こそが「提婆」ではなかったのか。このように自己の悪逆性を教えて下さった諸仏として、「提婆」を「尊者」と仰いだのでしょう。
 さらにそのように見えたのは、自分の洞察力ではなく、「阿弥陀さんの鏡」を媒介にして、阿弥陀さんから「教えられたこと」として受け止められたのだと思います。
 仏教史の中で語られる「提婆」は「五逆を犯した罪人」であり、「決して救われない存在」でした。それを親鸞が「尊者」と受け止めたことは破格のことでしょう。(ただ『法華経』には「提婆達多品」という章があり、提婆が釈尊の善知識として説かれます。恐らく大乗仏教に於いて救いの普遍性を証明するために、つまり誰であっても例外なく救われねば大乗ではないという要求から、提婆の成仏が問題となったのかも知れません。大乗は「万人の救い」を標榜しますから、提婆を除外することが出来なくなったのでしょう。
 ご質問に戻りますと、「現にある様々な事件の犯人を「尊者」とは思えない」ということですが、それにはまず、貴方と「犯人」とがどのような関係にあるのかが問われなければなりません。そこに「犯人」との「1.5人称の関係」が存在しなければ、空論になってしまいます。「真宗門徒であるなら、すべての『犯人』を『尊者』として受け止めなければならない」と言ってしまえば、それは空論でしょう。空論というのは、そこに「自分」が抜けているということです。ですから、親鸞も「自分に於いては、提婆が『尊者』としていただけたのだ」とおっしゃったのだと思います。「自分に於いては」であって、「誰に於いても」ではありません。それを私は「1.5人称」の関係と呼んでいます。「2人称」は、まだ他人事ですが、「1.5人称」とは、他者の問題が同時に自己の問題でもあるという関係です。親鸞は「提婆」を「1.5人称」の関係で受け止めたからこそ、「尊者」という表現が生れてきたものだと思います。
 それには親鸞が、「唯除五逆、誹謗正法」に深くこだわられていたからだと思われます。このご質問の出所を探っていきますと、ご自身が、この「唯除の文」をどのように受け止めるかということ一つに掛かっていることだと思われます。つまり、ご自身が、「現にある様々な事件の犯人を「尊者」とは思え」るかどうかは、この「唯除の文」の理解次第だと受け止めます。

2、一人一世界と言われるが、絶対にその世界が変わることはないのか、聞きたいです。マンガ、スラムダンクの桜木と流川が山王戦で決勝点をとった後のハイタッチの場面は世界が変わっている、通じ合っていると思うのですが…。また深い意識ができない世界では連なっていると思っています。唯識を学ぶことがヒントになるのかと思って、これからゆっくり学んでいきます。
飛車角は面白い表現でした。他のコマは何でしょうか。

武田→ 〈一人一世界〉も、皆さんにとっては謎の言葉ですから、いろいろな受けとめ方をされています。この謎の言葉を解明するためには、皆さんが、「いま生きている世界」をどのような世界として受け止めているか、それを明確にしなければ分かりません。
 我々は、自分の見ている世界を、決して動かない、つまり「客観的」なものだと思っています。あまりに当たり前に見えているので、これが「客観的」なものであって、「自分だけにしか見えていない世界」だなどとは思いもしないのです。ところが、〈真実〉は、これが自分だけの「固有の世界」なのです。『仏説無量寿経』下巻にある有名な「独生・独死・独去・独来」とか、「無有代者」という言葉は、その「固有の世界」を暗示しているのです。誰も自分に変わって「自分」を生きてくれるひとも、死んでくれるひともいないでしょう。しかし、「生」も「死」も、それは「大多数の中の一人の生・死」だと見くびってしまうのです。この感覚を生み出している世界観を、私は「一世界全生物包摂世界観」(略称:一全世界観)と呼んでいます。「世界」は「大きな風呂敷」みたいになっていて、その中にたくさんの生き物や人間たちが暮らしているのだという世界観です。物理的には確かに、そうなっているのです。ただ、そこに一度、「自分」という存在が介入すれば、まったく違います。そこに「無有代者としての自己」が生まれれば、それは「唯一無二の固有の世界」となるのです。これは何度も引用して来ましたが、動物学者・フォン・ユクスキュルの言葉です。
 彼は、一つの大きな風呂敷のような世界の中に、人類やすべての生物が存在しているという見方を「妄想」と批判して、こう言っています。
この妄想は、世界というものは、ただ一つしか存在しないもので、その中にあらゆる生物主体が一様にはめこまれているという信仰によって培われている。ここからすべての生物に対して、ただ一つの空間と時間しか存在しないはずだという、ごく一般的な確信が生まれてくる。                     (『生物から見た世界』)
 ユクスキュルは、私の言う「一全世界観」を「妄想」と呼んでいます。これが「妄想」だと見えないということは、いま目の前にしている世界が、一つの「客観的な世界」であって、たった一つだと思い込み、これを疑ったことがないということです。「妄想」を「真実」だと思って生きているということです。簡単に言えば、「世界は大きい、しかし自分は小さい」という感覚です。「一全世界観」で生きているということは、人間の目で世界を秩序づけているということですから、必ず「劣等感」と「孤独感」に苛まれます。さらに「一全世界観」は「比較」の世界ですから、息が詰まります。「比較」は他の生物を差別するだけでなく、自己のいのちを差別する世界観です。
 人間が生きられる世界は〈一人一世界〉だけなのですし、「もともと」その世界しか生きてはいないのです。もっと言えば、「世界」の中に自己があるのでなく、「世界が自己」なのです。これを〈真・宗〉は、「身土不二」とか「身土一如」と言い表してきたのです。
 スラムダンクのことは不勉強で分かりませんが、「唯識」を学べば、〈一人一世界〉をよりよく理解できると思います。
 また、「飛車角は面白い表現でした。他のコマは何でしょうか。」ですが、これも私の直観的な受け止めです。将棋に譬えれば、親鸞にとって、「曇鸞は飛車、善導は角」です。飛車は将棋盤の上では縦横にしか動けません。縦横に動けて、とても強力な駒です。まるで将棋の骨格を形成するような駒です。これは曇鸞だと思ったのです。親鸞の教学的骨格は曇鸞の思想ですから。一方の善導は、角です。角は将棋盤では、斜めにしか動けません。縦横には決して動けない約束になっています。飛車と角は両方とも有力は駒ですが、角は、斜めに動くので飛車のような直角の動きはできません。この斜めに動くという印象が、善導の「方便と真実」とが混在したした教学のイメージなのです。つまり、柔軟性と言うか多様性をもった教学です。あくまで直角に動く飛車が骨格であり、その上を柔軟に斜めに動き回れるのが角です。こんなイメージで受け止めています。ですから、「他のコマ」のイメージはありません。これを援用して、ご自身で考えてみたらいかがでしょうか。

3、以前「質問&感想に応えて」で先生の応答の中に「分からない、分からない」と言って不安になっていた者を「分からなくてよかった」と安心した者にするのが「阿弥陀さんです」と書いてありました。「分からなくてよかった」と安心するとはどういうことでしょうか?分からないとやはり不安になり安心などできないと思ってしまいます。もう少し詳しく教えてください。

武田→ これに一言でお答えすれば、「阿弥陀さんを本尊として生きているか、それとも自分を本尊として生きているか」の違いです。「自分を本尊とする」ということは、自分が分かったことだけを分かったことだと考えているという世界です。この「分かる分からない」ということも二種類あるように思います。「知的」と「実存的」です。
「知的」な「分かる分からない」の判断は、自分の知による判断です。まあ一言で言えば、ハウツーHow toの知で判断した「分かる分からない」です。しかし、これが「実存的」な「分かる分からない」にまで深まるのが信仰の面白いところです。これはWhyの次元です。「実存的」とは、自分の存在に関わることです。つまり、「必ず死ぬのになぜ生きるのか?」とか、「なぜ自分は自分として生き、そして死んでいくのか?」という問いの次元です。
 この「実存的」な次元に応答してくるのが「阿弥陀さん」です。「阿弥陀」とは、漢訳すれば「無量」です。「阿」は「a=無」・「mita=量」です。注意しなければならないのは、「無量」とは、「無量なるものがある」という意味ではありません。「無量」とは名詞でなく、動詞なのです。人間には決して「量れ無い」という否定語です。しかし、「無量」と名詞化されてしまうと、人間は「無量なるものが在る」と思い込こんでしまうのです。「無量」が名詞化されてしまえば、そこには、何の感情も動かず、驚きも起こりません。それはもうすでに「分かったこと」となって、「知の棚」の中にしまわれてしまうからです。だから、本来、この言葉は、人間に使うことが許されていないのです。
 いわば、「無量」とは、人間には「量れ無い」のですから、「分からない」という意味です。人間の「分かっていること」全体を全否定する言葉が「無量」なのです。しかし、「分からない」と言ってしまえば、「分からない」ということをも「分かって」しまうのが人間です。そして「分かって」しまえば、それは人間の知のまな板に乗せられてしまいます。
「まな板」とは「貪欲」の支配する世界のことです。人間が知的に「分かりたい」と思わせるものは、「貪欲」という煩悩なのです。「貪欲」はあらゆるものを知りたい分かりたいと欲望するのです。この「貪欲」は「分からない」ものを、「分からない」ままにしておくことはできません。どこまでも「分かりたい」のです。これが「流転」の原動力でしょう。しかし、どこまで知りたいと求めても分からないのです。それは「貪欲」を根拠にして考えているからです。
 この「貪欲」のカラクリを見破ったとき、「分からない」が敗北ではなく、ひかりとして復活してくるのです。「貪欲」を本尊としている限り、「分からない」は不安であり、敗北です。「貪欲」にとって、「分からない」は決して許されないものです。敗北ですから、そこに断念と恨みも起こります。「残念」なことですからね。
 だから、「貪欲」を「貪欲」として見破ればよいのです。見破るというのは、私が求めるのは貪欲が求めさせていることだと、はっきり知るということです。もっと言えば、「自分」と「貪欲」とが分離されることです。「自分」と「貪欲」の棲み分けです。「貪欲」など決して消すことはできませんし、消す必要もないのです。棲み分けられれば、「貪欲」は邪魔になりません。そうすれば、いままで許すことできなかった「分からない」が、今度は、私を支えて下さる「分からない」に変わります。これが「自分を本尊とするのではなく、阿弥陀さんを本尊とする」という意味です。〈真・宗〉で言う、「おまかせ」とはこのことです。
 文化人類学でも「人類が分かっていることは、ほんの少しで、分からないことがほとんどだ」と言いますね。これも「〈真実〉のフォルム」に適っている断片描写だと思います。「分かること」が故郷ではなく、「分からないこと」が安心のできる存在の故郷なのです。

4、捨身往生や遺身という言葉が衝撃的でした。身を捨てて往生する。真宗で求めていく在り方とはどのようなものなのでしょうか。「真宗の修業は一生の聞法である」と聞いたことがあります。そのことについて、ご意見をお願いいたします。

武田→ 古代や中世に於いては、実際に、「身体を捨てる」ことで理想の他界、つまりは、浄土や天国などに転生できると思われていたのでしょう。しかし、近代、現代では、それもなくなり、それを「死と再生」というテーマで、神話学や民俗学や心理学では考えてきたようです。真宗教団でも、信仰の譬喩として、例えば曽我量深先生は、「信に死して願に生きよ」という表現をされました。これも〈真・宗〉信仰を表現するための譬喩的表現だと思います。つまり、信仰表現の譬喩として「身をすてる」ということも言えるのでしょうが、実際に、他界を信じて崖などの高所から身投げをすることは意味のないことだと思います。
 蓮如も、こう言ってます。「115 一 同じく仰せに、「まことに、一人なりとも信をとるべきならば、身を捨てよ。それは、すたらぬ」と、仰せられ候う。」(『蓮如上人御一代記聞書』)ここでの「身を捨てよ」は、「わが身を犠牲にしてでも、み教えを勧めなさい」(『蓮如上人御一代記聞書―現代語版―』本願寺出版社発行)という意味です。
 また、「194 一 前々住上人、仰せられ候う。「信決定の人をみて、あのごとくならでは、と、思えば、なるぞ」と、仰せられ候う。「あのごとくになりてこそと、思いすつること、あさましき事なり。仏法には、身をすててのぞみ求むる心より、信をばうることなり」と云々」にある、「身をすててのぞみ求むる心より」とは「命がけで求める心があってこそ、信心を得ることができる」(同書)という意味ですから、あくまでも精神性について譬喩的に語るのであって、実際に身体をうち捨ててという意味ではありません。
 それから、ご質問の「真宗の修業は一生の聞法である」という表現は、私も耳にしたことのあるフレーズです。真宗門徒は一生涯、聞法を継続していくものだという意味ですね。しかし、これを「~する(doing)」文脈で受け取るか、それとも「ある(being)」文脈で受け取るかの違いがあります。「~する(doing)」文脈で受け取れば、こうなります。「真宗の話は聞いても聞いても難しいなあ。しかし、分からなくても、それでも法座に身を置いて、生涯、教えを聞いていかなければならないのが真宗門徒ですね」です。結局、難しいと言って、無理にでも身を運び、聞きたくない法話を聞かなければならないという息苦しい義務感で閉塞します。
 しかし、「ある(being)」文脈で受け取れば違ってきます。「真宗の法話は難しいけれども、身を運んで聞いていると、どこかで『そうだなぁ』と感じることがある。だから、法話は難しいけれども、また聞きたくなるのです」。「ある(being)」文脈は、難しいのだけれども、それだけではないものを感じているのです。だから、自ずと法座に足が向いているということが起こるのでしょう。このように身に感じると言うか、どこかに法話の味わいが旨味として感じられる。この旨味を栄養にしてきたのが真宗門徒ではないでしょうか。
「聞かねばならない」という義務感だけではじり貧になり、やがて法座との縁は続きません。極端なことを言えば、「真宗だけが真の仏教」なのです。まさにお釈迦様が霊鷲山で説法されている、その一番前の席に座って聞き続けてきた姿こそ真宗門徒のエートスです。

5■レジュメの19以降のことについて教えてください。
・A、因と縁と果、縁起について教えてください。
・B、自の業識についてもう少し教えてください。また、「業が深い」とはどのようなことでしょうか。外縁(父母)と内因(自己の業識)これはどちらが先でしょうか?
・C、外縁だけでも人として生まれていますが、内因(信心の業識)、又は内因の認識がないと本当の意味で人となれないということでしょうか。

武田→ Aについて。「因と縁と果」は「縁起」の道理を分かりやすく説明するための「説明論理」です。説明ですから、事実とは異なります。植物の種が因だとすると、縁は条件ですから、水や光です。その結果、花を咲かせるのが果と考えられます。すべては因が条件(縁)を待って、結果が実ると説明するのが「説明論理」です。しかし、事実はどうでしょうか。その原因である種にも、原因があるはずです。この世に存在するあらゆるものには、原因の前の原因がありますね。それを遡及していくと、阿弥陀さんにまで行き着いてしまいます。結局、根本的な原因は分からないのです。物理学で言う、物質にしても原子があり、中性子がありと遡及していって、根源的な物質の核は分からない、つまりは運動だということになっています。ですから、根源的には、「縁」しかないのです。縁、つまり、関係性しかないのです。私の身体にしても、実体があるようですが、これも関係性で成り立っています。つまり、縁起です。そもそも、実体がないことを「無我」と仏教は言います。「無我」が事実の姿ですが、人間は「我」があると思って生きています。本当は「無我」ですが、「思い」は「有我」だと思っています。この違いが明確になればよいのです。事実は「縁」以外にはないと気づくはずです。「事実」は縁、「思い」は幻想です。

「B、自の業識についてもう少し教えてください。また、「業が深い」とはどのようなことでしょうか。」これも善導大師に聞いてみないと、本当のところは分かりません。ですから、これはどこまでも、「如是我聞」で私が受け止めた限りのお話です。常識的に考えられるいのちの発生源は、父母だけです。現代の医学でも、そう考えるのでしょう。しかし、善導は、それだけではないと考えて「自の業識」という言葉を作ったのでしょう。おそらく、自分が生まれた原因を父母に限定すると、自己は偶然の産物になってしまうからだと思います。無から有が生ずることはありませんから、やはり、因を考えたのでしょう。それを「自の業識」という言葉を作って、自己は自己になるための業因縁で生まれて来たと考えたのではないでしょうか。この受け止めがあって初めて、自分のいのちに対する責任が生まれます。「お前が生まれて来たのは両親がセックスしたからではない、お前が生まれたいと思ったから生まれたのだ」とでも善導は言いたかったのかも知れません。つまり、自己存在を、これこそが自分自身であると受け止めたかったのでしょう。「責任」と言ってしまうと倫理的なニュアンスに偏りますが、そうではなくて、自分に不平不満を言うのではなく、これこそが自分であると、自己を丸ごと自分自身として引き受けたいという願いが、その言葉を生み出したのだと思います。
 また「「業が深い」とはどのようなことでしょうか。外縁(父母)と内因(自己の業識)これはどちらが先でしょうか?」ですが、「「業が深い」」とは「迷いが深い」と言ってもよいのではないでしょうか。例えば、阿闍世の親殺し事件なども、「業が深い」と言えるかも知れません。両親と阿闍世との関係が深いからこそ、父殺しという結末にまで行き着いてしまったのでしょう。普通のと言うと語弊がありますが、一般的な家庭では、頻繁に親殺しは起こりません。やはり、特殊な例でしょう。しかし、「業が深い」ので、そこまでの結末になってしまったのです。ただそれを親鸞聖人は、「浄邦縁熟して、調達、闍世をして逆害を興ぜしむ。」(『教行信証』総序)と述べています。阿闍世が父殺しをした因縁は、浄土が明らかに開かれる機縁が熟すことによって、引き起こされたのだと受け止めています。言えば、阿闍世の「業が深い」ということは、浄土の機縁が熟した出来事だったと言うのです。「業が深」くなければ、父殺しなどは起こしません。しかし、それは人間からみれば「業が深い」と見えますが、本当は、浄土の機縁が熟した姿だと親鸞聖人は受け止めたのです。ですから、事件や犯罪を単なる、事件や犯罪と見るか、それとも、そこに「当事者意識」を介入させて、自己の問題として見るかによって、まったく違った世界が表われるということでしょう。

 次の、「C、外縁だけでも人として生まれていますが、内因(信心の業識)、又は内因の認識がないと本当の意味で人となれないということでしょうか。」にお答えします。この質問にある「内因(信心の業識)」は、「内因(自の業識)」の間違いではないでしょうか。善導の語るところは、「外縁」は「父母の精血」ですし、「内因」が「自の業識」です。つまり、我々の生存理由についての考え方が述べられています。しかし、「内因(信心の業識)」という言葉は、善導の説にインスパイアされた親鸞の信心成立理由です。「生存理由」と「信心成立理由」とは位相が違っています。ですから、次の「内因の認識がないと本当の意味で人となれないということでしょうか。」の問いも、いまひとつ意味がつかめません。これを要約すると、「信心の自覚がないと本当の意味で人となれないのですか」という問いでしょうか。もしそうだとすれば、この問いの質が「当事者目線」からの問いか、「脱当事者目線」からの問いかで答えが違ってきます。「当事者目線」からの問いとは、「もし信心がなければ本当の意味で、自分を生きたと言えないのではないか」という問いです。そして「脱当事者目線」からの問いとは、そこに或るひとがいて、「そのひとに信心の自覚がなければ、本当の意味でひとに成れないのですか」という問い方になります。ここに「問いの質」が自分に肉薄したものなのか、それとも「他人事」なのかが問われます。
 それで、もしそれが「当事者目線」の問いでれば、「その通りです」と応えます。しかし、「脱当事者目線」の問いであれば、この問いに答える気力が失せてしまいます。まず、このご質問の質が、「他人事」か「当事者目線」かの見極めをご自身でしていただくより他はないと思います。
 これは補足ですが、親鸞が「信心の業識」と言ったことについて記しておきます。「行巻」では、「徳号(名号)」を父である「能生の因」とします。そして、「光明」を母である「所生の縁」とします。この二つが和合しても、「信心の業識」がなければ、「光明土に到る」ことができないと記します。
 さらに、父母を縁とし、信心の業識を因として「報土の真身を得証す」と述べています。
これを「両重の因縁」と解釈史では呼んできました。一重は、名号と光明によって信心が成り立ち、浄土に「往生」すること。そして二重は、名号と光明が縁となり信心を因として、結果として「成仏」すること。一重で十分なのですが、そこに二重の因縁を設けたのは、「往生」だけでは不十分で、「成仏」を補うためだったのではないかと考えられます。
 それで浄土教に於ける「往生と成仏」の関係を曽我量深先生は、大胆に語ります。
 誤解を恐れずに言えば、これは「既往生」したから「未往生」が成り立つということだと思います。別の言い方をすれば、「本願」から「本願成就」が生れたのではなく、「本願成就」から、「本願」が生れたのです。従果向因です。それでは曽我先生の語りを紹介します。
「本願ということほど、尊いことはない、と思うのです。仏さまの本願によって、我々もまた仏さまと同類だということを教えられる。我々のようなものでも仏さまと同類かと言われるかもしれないけれども、本願を聞くと、同類ということが分かる。本願ということを別の言葉で言えば、南無阿弥陀仏と言うのでしょう。南無阿弥陀仏という言葉を聞くと、我々は本当に仏さまと同類だということを知らされる。成仏したと言ってもよい。そういうわけではないかもしらんけれども、成仏したと同じことなのです。これ以上、成仏しなくともよい。もう、これでたくさんだ。何かちょっと足らんところがある、もっと完全でなければらなん、などと言うが、私は、そうならんでもいいと思うのです。これでたくさんだと思います。南無阿弥陀仏、これでたくさんであります。」(p139・傍線は武田)(曽我量深『曽我量深選集』第12巻所収「法蔵菩薩」)
 この「本願を聞くと」というのは信心獲得ですし、これは「往生」の成立です。しかし、曽我先生は、もう「成仏したと同じ」とおっしゃる。つまり、これは、浄土に「往生」して、それから「成仏」するという二段階論を超えていると思います。すべての仏教が目指した「成仏」がもうすでに成り立っているということです。「何かちょっと足らんところがある、もっと完全でなければらなん、などと言うが、私は、そうならんでもいいと思うのです。」と言い切ります。これは「往生」では何かが足りないのではないか、やはり、「成仏」しなければダメなのではないかという「不足感」を一気に超えています。最終的な目的地に達している。ただ、目的に達しただけでは終わらないのです。目的地に達したから、初めて、出発点が見付かったのです。つまり、「救われて成仏した」から、「決して救われない〈いま〉」に立つことができたのだと思います。「決して救われない〈いま〉」が、「不足感」の〈いま〉ではなく、「満足感」の〈いま〉に変わったのです。「救われて成仏した〈いま〉」と、「決して救われない〈いま〉」が連動し、一つのこととして動き出すのです。
親鸞が受け止めた「二種深信」とは、この運動そのもののことだと思います。
 登山に譬えれば、頂上に達したとき、初めて登山口が見付かったようなものです。頂上と登山口は、同時に成り立つ出来事なのです。しかし、根源的な問題を言えば、「往生」か「成仏」かではなく、それらがともに「救済物語」の中で成り立つ出来事だということです。つまり、問題は「救物物語」が、そのひとに開かれるかどうかなのです。
 浄土教一般は、この世では覚りを開けない、つまり「成仏」できないので、浄土で「成仏」するのだと語ります。この世で覚りを開けないのは、煩悩を完全には滅却することができないからです。煩悩が完全に消滅するときは「臨終」です。そこで臨終を縁として、まず阿弥陀如来の浄土へ「往生」し、そこで覚りを開き「成仏」するというセオリーを仕立てたのでしょう。
 なぜ、このような説き方をしたのかと言えば、浄土教は「傍宗」だという批判を交わすためでしょう。つまり、浄土教は仏教に似ているけれども、仏教ではないという批判です。その批判を交わすために、浄土教も仏教であると主張したかったのです。その理由として、「この世」で成仏しようと考えても、それは所詮、不可能であって、「浄土」に於いて成仏するのだと主張したのではないでしょうか。それで、「成仏」を最終目的地として、少し無理をして、「物語」の中に組み入れたのでしょう。
 でも、浄土教が一番言いたかったことは、「往生」です。まあ「往生」という言葉も、「往き生まれる」という意味に縛られているので、「なぜ?」という問いが必然します。つまり、「何のために往生するのか?」です。それで、その答として、「それは最終的に成仏するためなのです」と答えざるを得なかったのだと思います。
 だが、「往生してから、まだその先に成仏の修行をしなければならないのか。」という問いが起こるでしょう。「往生」ではまだ不完全で、「成仏」して、そこで初めて完成なのでしょうか。それはそうではないだろうと、曽我先生は大胆に語られたのだと思います。「南無阿弥陀仏という言葉を聞くと、我々は本当に仏さまと同類だということを知らされる。成仏したと言ってもよい。そういうわけではないかもしらんけれども、成仏したと同じことなのです。これ以上、成仏しなくともよい。もう、これでたくさんだ。何かちょっと足らんところがある、もっと完全でなければらなん、などと言うが、私は、そうならんでもいいと思うのです。」です。
 これは「往生という救済物語」全体が開かれたことを述べているのだと思います。これが開かれれば、「往生してから、浄土で成仏するのだ」と語ることも「物語」の内容として成り立ち得るのです。それは「往生」ではまだ不完全であり、「成仏」で完成なのだという「不足感」がないからです。曽我先生が大胆に語られたのは、「往生」ではまだ不足で、その先に「成仏」でようやく満足するのだという「不足感」を批判するためではないでしょうか。言わば我々にとっては、「往生という物語」が開かれれば、それでよいのです。そもそも、親鸞が手紙でやりとりしている場面では、「往生論」への関心がほとんどです。「いかにして浄土へ往生するか?」という関心です。これは「絶望道という物語」を生きる人間に向かって、いかにして「往生道という物語」が開けるかという問題提起なのだと思います。
 現代人と言うか、人間は大人になれば、みんな「絶望道という物語」を行き始めます。「生で始まり死で終わる絶望的物語」です。この物語から、「往生道という物語」にシフトチェンジするのが〈真・宗〉でしょう。
 このシフトチェンジは、何をチェンジするかと言えば、いつも話しているように、既存の、既知の「いま(時間)・ここ(場所)・私(主体)」を「万劫の初事」として受け止め直すことです。これは、千石剛賢(千石イエス)が述べた「客観が動く」という質の転換です。我々は「客観」は動かないものだと信じて疑いません。しかし、「客観が動く」のです。それは「受けとめ方が変わった」という程度の生やさしい言葉では表現できません。意識の変化だけではなく、まさに「客観」が変化するのです。
 どこかで、我々は「客観」は動かないと固く思い込んでいます。それは私の言う「一全世界観(一世界全生物包摂世界観世界)に洗脳されているからです。たった一つの「客観世界」は動かない。動くのは「主観」だろうと思っているのです。ところが、その「主観」の世界とは〈一人一世界〉なので、「主観」の変化は、そのまま「客観」の変化になるのです。〈一人一世界〉が「主観的世界」であり、「客観」は動かないと考えているひとは、自分が「一全世界観」に洗脳されていることに気づきません。実は、「主観」こそが「客観」なのです。「主観」の他に「客観」があるわけではありません。