「不思議」の唸り

 お寺では、毎朝、「お朝事」という、朝のお勤め(法要)が行われている。この法要に参詣するひとは、ほぼいないが、寺の人間たちは、それでも毎朝お勤めをする。なぜするのかという理屈はいろいろあるのだが、まあ一言で言えば、「お朝事」をすることになっているからやっている、というのが一番道理に適った答え方だと思っている。
 私も、若い頃は、「惰性」でやっていたが、近ごろは、楽しくなってきた。それは、毎朝、親鸞の作った「和讃」などに接することができるからだ。「和讃」は、和歌と似たリズムで作られていて、称えていて気持ちがよい。これは当時の「今様」という形式であり、これは現代で言えば「流行歌」に匹敵するそうだ。おそらく親鸞は、「和讃」を流行歌のように、ひとびとが口ずさめるようにと思って作られたものだと思われる。
「お朝事」では、「三帖和讃(浄土和讃・高僧和讃・正像末和讃)」を称えるのだが、これは三百五十首ある。それをすべて称えるわけではないが、毎朝、六首ずつ勤めるので、三百六十五日で割ると、五十八となり、ほぼ二ヶ月で一周する。
 ところが親鸞は、この他にも「和讃」を残されていて、それも合わせれば、五百首以上にもなるという。鎌倉の祖師方で、これほど「和讃」を残された仏者は、親鸞以外にはない。ここまで巧みに作られるのであれば、「和歌」も作られればよかったのにと思うのだが、「和歌」は一首も残されていない。これは伝記にも片鱗が表われているのだが、「和歌」は公家たち上流階級のたしなみであり、「非僧非俗」をエートスとした親鸞からは創作意欲が起こらなかったのかも知れない。
 とにかく、毎朝、「和讃」を読むのが面白い。毎朝、親鸞から「お前はこれをどのように頂くのだ?」と問いかけられているように感じる。何にも感じないこともあり、また「おや?」と疑問を感じたり、「へえーっ!」と納得させられたりしている。
 昨日の和讃は、「高僧和讃」に納められている曇鸞の、この和讃だった。
「いつつの不思議をとくなかに 仏法不思議にしくぞなき 仏法不思議ということは 弥陀の弘誓になづけたり」だ。
 これは曇鸞の『浄土論註』に書かれていることを題材にして作られている。ちなみに、「高僧和讃」の中では、曇鸞のものが三十四首とダントツに多い。次が善導で二十六首、その次が直接の師である法然の二十首とランキングされる。この和讃の数から言っても、やはり親鸞が思想的に一番刺激を受けたのは曇鸞なのだと思われる。
 それはともかく、この日は、「仏法不思議」という言葉が目にとまった。これが『浄土論註』に書かれている「いつつの不思議」の中の一つであり、それは「弥陀の弘誓」のことなのだと親鸞は受け止めたと述べられている。
 そこから自分の頭の中に、「仏法不思議」とは何なのだろうかという思いが浮上して来た。これは声明作法としては推奨されないが、私は目をつぶって「お朝事」を勤めることが多い。それで、目をつぶって、それは自分にとってどういう意味として受け止められているのかと思いを巡らした。思いを巡らしたというよりも、もう自然と、頭がそちらのほうに動いていたというのが正確なところだ。
 そう思いながら、ハッと目を見開いて外界を見た。そこは本堂の内陣だから、いろいろな「荘厳」(儀式用具等)があり、それらが目に入ってきた。それを一つ一つ見てみれば、「不思議」でないものは一つもなかった。
 目の前に「和讃卓」があるが、なぜここにこれがあるのかと考えると、それこそ「不思議」だ。それは仏具店で製作したものだが、始めはどこかの山に生えていた樹木のはずだ。それを誰かが伐採し仏具を作るための職人に渡され、削られたり漆を塗られたり、あれこれあって、ようやくここに置かれた。ここに「和讃卓」があるためには、無量無数の因縁が関わっていた。ただそこにジッとして動くこともない「和讃卓」だが、ただそこにそれが「ある」ということが、もの凄い説得力で私に迫ってきた。「ある」の背景には、「不思議」が唸りを上げていた。
 これはたった一つの「和讃卓」だが、眼を他のものに移せば、同じように「不思議」が展開している。そう思うと地球上に存在しているモノはすべて「不思議」で出来上がっているではないか。私が呼吸しているのも「不思議」だし、ここに寺が建っていることも「不思議」だ。この世はすべて「不思議」で出来上がっているじゃないか。
無量無数の「不思議」に我々は支えられていた。「不思議」がこの世の「常態」だったのだ。
 ここに意識が行く前までは、「不思議」とは何だろうと考えていたが、目を開いてみれば、「不思議」が飛び込んできて、「不思議」に圧倒された。「不思議」がどこにあるのかなどと詮索する知が、へし折られた。「不思議」以外のものは、この世に存在しない。
そう思えたら、この世が何だか妙に温かいモノに感じられてきた。この「不思議」が「思議」を包み込んでしまったようだ。「思議」が、温かい「不思議」の毛布に包まれたような感じだ。
「宗教臭い」表現で言えば、「当たり前」のことは、この世に一つもないということだ。いま目の前で起こっていること一つ一つが、まさに「奇跡」だ。 
 『無門関』などに「百尺竿頭、一歩を進む」という言葉があるそうだが、それを私は「生死巌頭、一歩を進む」と言い換えたい。いまある目の前の一歩は、まさに「生死巌頭」に立ったところからの歩み出しだ。その一歩を踏み出した大地は、まさしく「不思議」の大地である。だが、その一歩は、必ずしも一歩が保証された一歩ではない。踏み出す前までは、踏むべき大地が保証されているが、踏み出された一歩は断崖絶壁からの一歩に違いない。だから、「不思議の一歩」だ。
「日常」の皮を一皮剥けば、そこは「不思議」の大地だ。だから何が起こっても「不思議」ではない大地だ。八潮市の道路陥没事故も、漁船の転覆事故も、そしてひとの「死」も。それは「日常」という皮が破られ、「不思議」という〈真実〉が顔を覗かせた瞬間だ。
 事故に出遭えば、人間は、「まさか」という感想を漏らす。それも偽りのない感想だし、誰でも、そう感ずる。ただ、〈真実〉は、「まさか」の上に「日常」が乗っかっていたのだ。辛うじて、「まさか」が起こっていないかのように振る舞っているだけなのだ。
 ただ、そんなことを「日常」は忘れさせる。平凡に、明日が今日になり、今日が昨日になる日々を生きているかのように錯覚させる。また、その一歩が「生死巌頭」に立った一歩だなどと思い詰めたら、家から一歩も外には出られなくなる。外界は危険がいっぱいだからだ。交通事故の危険もあれば、事件に巻き込まれることすらある。でも外界だけが危険なのではない。家の中にいても、事故は起こる。老人の怪我で、最も多いのが自宅での転倒事故だそうだ。さらに家の中でジッとしていたとしても、空を飛ぶ飛行機が墜落してこないという保証はない。特にここ荒川沿いは、羽田空港からの離着陸のルートになっているから、その確率は高い。
 だから「不思議」を忘れていなければ、「日常」は動かない。この「忘れる」というのも意味のないことではない。「忘れる」ということがあるから、「不思議」に感動できるのだから。「不思議」が常態になってしまったら、「不思議」が「当たり前」になり、驚きも感動もなくなる。
 まあ、この「忘れる」というはたらきも、実は「不思議」なはたらきだ。所詮「不思議」から誕生し、「不思議」を生き、「不思議」にこの世を去って行く。「不思議」は、「思議」を「不」と否定することによって、「思議」で窒息しそうな人間を救ってくれる大いなる御利益だったのか。