「お袖すがり」のファンタジー

今朝の「お朝事」の『御文』は、「御袖すがり」だった。
「当流の安心のおもむきをくわしくしらんとおもわんひとは、あながちに智慧才学もいらず、男女貴賎もいらず、ただわが身はつみふかきあさましきものなりとおもいとりて、かかる機までもたすけたまえるほとけは、阿弥陀如来ばかりなりとしりて、なにのようもなく、ひとすじに、この阿弥陀ほとけの御袖にひしとすがりまいらするおもいをなして、後生をたすけたまえとたのみもうせば、この阿弥陀如来は、ふかくよろこびましまして、その御身より八万四千のおおきなる光明をはなちて、その光明のなかにそのひとをおさめいれておきたまうべし。」(五帖目第十二通)
 この「阿弥陀ほとけの御袖にひしとすがりまいらするおもいをなして」という文章から、これを解釈史では、「御袖すがり」と名づけている。以前の私は、この御文があまり好きではなかった。何だか浪花節的というか、お涙頂戴的な感じがして、好きにはなれなかった。それでやっぱり蓮如はダメだなと見下していた。
 話は逸れるが、これは私だけの印象かも知れないが、現宗門では、蓮如の宗教家としての地位が低かった。封建教学の名残を引きずっているように感じられ、親鸞と比べて下に見られていた。ところが、一九九八年(平成十年)に行なわれた、「蓮如上人五百回忌御遠忌法要」をきっかけにして、蓮如の功績を再評価する機運が高まったように感じた。「真宗再興の上人」として高く祭り上げられた。
 蓮如上人ほど、親鸞の『教行信証』をしっかり読まれたかたはいないのだという表現を耳にしたこともあった。えっ、いままであれほど蓮如上人の評価が低かったのに、お祭り気分に乗じて、今度は持ち上げるのかと思ったものだ。
 まあ私自身も「低く」見積もっていたのだから、それは他人事ではないのだ。この「御袖すがり」の『御文』のような、人情に訴えかけて涙を誘う表現は〈真・宗〉の表現ではないと見下していたのだから。
 まさか阿弥陀さんが、あんな猿芝居のようなことをするわけもないし、蓮如が書いた演出はナンセンスだと思った。こんな表現をするから〈真・宗〉は誤解を受けるのだとさえ思った。
『教行信証』のような思想的宗教表現は、〈真・宗〉を分かっているひとの表現で、「お袖すがり」のような「演劇的表現」は分かっていないひとの表現だと見下していたのだ。というよりも、『教行信証』のような表現は高度な表現で、「お袖すがり」のような表現は幼稚な表現だと思っていた。
 ところが近ごろは、この『御文』が耳に心地よく、うっとりするほどに聞こえて来るようになった。自分でも、この変化はどうしたことだろうかといぶかしく思ったほどだ。やはり、歳を重ねると涙もろくなるのかとも思ったが、そればかりではないと感じたので、自分自身の内面の変化を問うてみた。
 そして出てきた答えが、私は〈真・宗〉を知っているという傲慢さが、蓮如を見下していたという答えだった。では、なぜ〈真・宗〉を知っているということが蓮如を見下すことになるのか。それは自分が、〈真・宗〉の何たるかをちゃんと弁えているという思いがあり、その思いを基準にして『御文』の表現を幼稚だと見下しているからだ。自分の〈真・宗〉理解が正当であって、あれはまだまだだと見下すのだ。
 しかし、あるとき、そういうお前は、本当に〈真・宗〉を分かっているのかという「反問性」に襲われた。この「本当に?」という視線は、阿弥陀さんからの視線だ。
 こう問われてみると、改めて、自分は、〈真・宗〉に指一本も触れていないということが暴き出された。阿弥陀さんなど、本当は「知らない」のに、自分はもうすでに知っていると思っている。ただ、それは、お前の固定観念に過ぎないじゃないかと教えられた。
 こうなってくると、私は本当の阿弥陀さんを「知らない」のだから、蓮如の「お袖すがり」を批判する資格はないのだ。本当の阿弥陀さんを知っているのであれば、蓮如の表現を評価する資格もあろう。でも「知らない」のだから、蓮如のような「演劇表現」が間違っているとか、劣っているとは言うことはできない。
 この「知らない」という地平が開かれてみれば、実は、親鸞も蓮如も私も、〈真・宗〉には指一本触れていないし、阿弥陀さんなどまったく知らないということが分かった。「知らない」の地平こそ「平等の地平」だった。もし誰かが〈真・宗〉を知っているのであれば、その表現は間違っていると評価できるだろう。しかし、誰も知らないのだから、どのような表現が生まれてきても、それを云々することはできない。親鸞は親鸞的に、蓮如は蓮如的に、私は私的に、それぞれが、それぞれの限界を持ちながら表現行為をすればよいのだ。
 もし〈真・宗〉を知っている、阿弥陀さんを知っている、という思いで表現していたとしたら、それは恐ろしいことだ。こうなると、もし間違ったことを表現したら、ひとびとに〈真・宗〉を誤解させることにもなり、阿弥陀さんを汚したことにもなるからだ。
 この「間違ったことを表現しているのではないかという不安」は、どこから起こるのかと言えば、自分にはどこかで〈真・宗〉を知っているという直観である。〈真・宗〉を知っているという思いがあるから、それは間違った表現かも知れないと不安になるのだろう。
 そんなことを考えていたら、あるエピソードを思い出した。ある先生に向かって弟子が、こう言ったのだ。
「先生、私も法話をするような立場になったのですが、『不浄説法は罪だ』と聞いたことがあります。もし自分が間違った理解をしていて、それを門徒たちに語ったら、『不浄説法』になるのではないかと不安になるのです」と。
 それを聞いた先生は、即座に「大丈夫です。あなたの説法は、まだ『説法』になっていませんから」と断言した。応答は、そこまでだが、この先生の言葉を続ければ、「大丈夫です。あなたの説法は『説法』になっていないから、安心して法話しなさい」となるだろう。
 この応答は、個人的なことで終わらない。だから、その弟子が〈真・宗〉を分かるようになったら、初めて法話をする資格があるという与太話ではない。これは、あらゆる〈真・宗〉表現に通底している事柄なのだ。つまり、誰一人として、〈真・宗〉を分かったひとはいないということだ。たとえ親鸞であっても、まだ〈真・宗〉を分かったひとではない。人間は、ことごとく〈真・宗〉を分かってはいない。〈真・宗〉を分かっているひとは、ただ一人、阿弥陀さんだけである。
 この、「同じく分かっていない」という地平こそが〈真・宗〉の地平なのだ。親鸞は分かっている、自分は分かっていないという見方こそ権威主義的見方なのだ。宗教は、ついつい権威主義的な見方を生んでしまう。しかし、これを突き崩してくれるのが阿弥陀さんという絶対基準である。これを私は「反問性」と呼んでいる。いつでも、それは反問してくる。それは本当のことなのか?と。お前が本当だと思っていることは、お前の「思い込み」ではないのか、と。こうやって反問されてくると、人間は「思い込み」でしかすべてを判断できない生き物だと知らされる。「思い込み」とは、固定観念のことだが、それ以外に、ひとは阿弥陀さんとも、〈真・宗〉とも関わる接点を持っていない。
 先の弟子ではないけれども、人間はあらゆることを「固定観念」で受け取っている。その「固定観念」で不安になったり、恐れたりしているだけだ。だから、その弟子は、自分の説法を「不浄説法」だという「固定観念」を作り上げ、それに対して不安になっていただけのことなのだ。
 その不安を生み出す正体が、「自分はどこかで〈真・宗〉を知っている」という「固定観念」だ。この「固定観念」が横に置ければ、不安はなくなる。それは自分の法話が「不浄説法」かどうかは、自分では判断できないという地平を開くからだ。
 これが親鸞の言う「仏意惻り難し」(『教行信証』信巻)という地平だ。阿弥陀さんのこころなど、人間には知り得ないという座りだ。こうやって〈真実〉と截然と根切りされたところから、「しかりといえども竊にこの心を推するに」(雖然竊推斯心)と、無限の表現が生まれる。人間は、「分からないから語れない」と考える。「分からないことをなぜ人間は語れるのか」と考える。しかし、〈真・宗〉は違うのだ。分からないから語らないのではなく、分からないから永遠に語り尽くす可能性が生まれるのだ。分からないから、どれだけ表現しても〈真実〉を汚すことがないという安心感だ。どれだけ表現を尽くしても、それは指一本、〈真実〉に触れ得ないという確信が、永遠の安心感を生むのである。
 そうは言うものの、やはり、「願わくは如来の真実義を解したてまつらん」(三帰依文)などという野心も生まれるのが凡夫というものだろう。私の表現は、そもそも〈真実〉に触れていないのだから、阿弥陀さんの〈真実〉になど触れ得るはずもないのに、やはり、どこかで阿弥陀さんの〈真実〉に触れたい、触れた表現であって欲しいと欲望してしまう。これも煩悩の起こす野心だから、それはそれなりに煩悩が健康にはたらいているという姿なのだろう。
 改めて、蓮如の「ひとすじに、この阿弥陀ほとけの御袖にひしとすがりまいらするおもいをなして」を読むと、この「演劇表現」にうっとりする。おそらく、蓮如は「阿弥陀さん」のことなどまったく知らないという座りがあった上で、そこから「演劇表現」を遊んでいるのだろう。ある門徒が蓮如さんに向かって、「阿弥陀如来の袖にすがっても袖は切れませんか」と問うたらどうだろう。おそらく蓮如さんは「ワシは知らんけど」と嘯かれるのではなかろうか。