浄土という一時預け場所

 やはり、自分のこの身体だけは脱いで逃げ出すことができない。一生、これを着ていかねばならない。若いときには、身体は、意識に食い込んでこないから、無いに等しい。若いときは、「無身体」だ。だが、徐々に年齢を重ねると、身体が意識に食い込んでくる。いわゆる、「体調の不良」というやつだ。よく、「体調不良で会に参加できません」などと欠席の知らせをもらうが、この「体調不良」という言葉の意味は、もの凄く深い。
 それこそ、瀕死の状態もあれば、風邪気味のときもある。この「体調不良」という言葉を聞いたとき、もの凄くバリエーションが多く、想像の域を超えてしまう。いつも、この「体調不良」という連絡に、違和感と不安を感じさせられる。
 老化とは、身体が意識に食い込んでくる状態のことではなかろうか。
 歳を取れば、「楽隠居」と想像していたが、まったく違っていた。それこそ一日に六千歩以上は歩けとか、大腿骨を骨折する危険が高いからスクワットをしろとか、筋肉が落ちないように筋トレしろとか。とにかくやることが多いことには驚いた。これが老化ということの本当の姿なのだろうか。若いときにはやらなくても済んでいたことが、やたらに多くなる。
 まあ、「老化」と言っても、日々、新たな自分と出会っているわけで、この言葉は的を射ていない。明日は、自分にとって、いつでもまったく新しい日であり、つねに若い。明後日から見れば、老いているのだが、今日から見れば、つねにまだ体験したことない明日だから、厳密に見ると、「老い」と「若さ」は両義的であり結論が出ない。
 年齢というものも、平均寿命という幻想から計算したときの数値であって、所詮は幻想だ。あるひとから見れば、若い。あるひとから見れば老いている。だから、絶対的な年齢というものはない。女房は六十六歳で亡くなったが、これが「若い」のか「老いている」のかは永遠に分からない。いのちは長さでは決して計れないものだから。
 それは幻想だと知りつつ、やはり平均寿命で自分の年齢を比べている自分もある。それもまたよしか。これは幻想だと知りつつ、幻想に付き合うというのも、娑婆の一興だ。
 親鸞も、自分の老化を、眼も見えずとか、書いている。若いときには経験できなかったことを新たに経験しているのだ。
 とにかく、平均寿命という幻想は幻想として、そこから自分を振り返っているときもある。それなので、ついつい終わりから見ようとする。若いときには、未来しか見ていないのだが、年老いてくると、過去を振り返ることが多くなる。突き詰めれば、「死」の方向から、〈いま〉を見ている。これは堪らないと思いつつ、そんなことを切実に考えてもいない。そんなことを考えていたら、日常生活が進んでいかないからだ。
 子どもが幼い頃、家族で遊園地に行くことになった。子ども達にとっては、躍り上がるほどに嬉しいことだ。ただ、次男だけは違っていた。喉から手が出るほど嬉しいことなのに、行きたくないと言い出した。そのわけを聞くと、遊園地に行ったって、どうせまた家に帰ってくるじゃないか、と言う。そんなの詰まらないと言う。つまり、遊園地に行くのは一瞬のことで終わってしまう。今日一日、遊んだら終わってしまう。そんなことでは、出かけたくない、この喜びをずっと継続したい。決して家に帰ってこないのならば出かけてもいいが、終わってしまうような楽しみは拒否する、ということだった。
 これを聞いて、確かに自分にも分かる感性だと思った。この世で、どれほど楽しいことがあっても、すべては一瞬の喜びであり、はかないものだと思っている。だから、永遠に続く喜びが欲しいのだ。この要求が、人間に「浄土」とか「天国」などという「他界」を要求したのだろう。幼子の中にも、「浄土」を求めるこころが兆すものかと、驚きもした。
 子どもにとっては、今日一日の喜びだけでは堪えられなかった。これをずっと縮めてみれば、ひとの一生と同じだ。どれほどこの世が楽しくても、必ず終わってしまう。喜びや楽しみは、一瞬のことであり、必ず終わりがある。なぜ、こんな世界に生れてしまったのか。自分は生れない方がよかったのかも知れない。こんな感情にまで繋がっていく。
 この感性は、お釈迦さんを城から出家させた。「死」で終わるような人生は堪らない、もっと何かあるはずだと、白馬に乗って城を後にした。それから紆余曲折があり、右往左往して、やっと「覚り」を開いたことになっている。この「覚り」を開くためのきっかけが、スジャータのミルクだった。「前正覚山」で、六年間の苦行をし身体がげっそり痩せ細り、精神的にもボロボロになったあげくに、差し出されたいっぱいのミルク粥である。このミルク粥を口にしたとき、いままで自分の身体だと思っていた身体が、自分のものではなかったと覚ったのだ。つまり、身体は「他力」以外の何ものでもないと覚った。
 それを確かめるために、尼蓮禅河を渡り菩提樹の下に座った。座っていると、様々な妄想が起こってきた。仏伝では、それを「煩悩」と言っている。この「煩悩」を退治して、覚りを開いたとなっている。この「退治」というのはどういう意味か。それは煩悩を起こらないようにしたということではない。煩悩と自分とを腑分けしたということだ。煩悩は「起こる」ものであり、人間が「起こす」ものではないという気づきだ。
 煩悩は煩悩の論理で正常に動くものだ。貪りが叶いそうなものには引き寄せられ、貪りが遮断されれば怒りが起こり、怒っても仕方のないものには絶望もする。それらは貪りの煩悩が引き起こすこころであり、これは煩悩が煩悩として正常にはたらいているということなのだ。
 このように、「自分」と「煩悩」との完全な腑分けができたことを「覚り」というのだ。スジャータのミルクでは、自分の身体が自分のものではないと「覚り」、菩提樹の下では、自分のこころが自分のものではないと「覚った」のだ。
 私の言い方で言えば、この世のことの「結論」を、すべて「浄土という部屋」に投げこんでしまった、ということだ。我々はどうしても、自分でその「結論」を見たいと欲望する。「死」で終わった後も、見てみたいのだ。そもそもなのだが、その「自分」という思いも「浄土という部屋」に投げ入れてしまい、すっかりこっちが空っぽになることだ。どうしても成果が欲しい、結論を自分で見てみたいと思うのだが、それを放り投げてしまう。放り投げないと、そういう妄念が、澱のように溜まっていく。溜まっていって、どんどん自分が重くなる。重くなって地面にめり込んでしまう。
 そんな荷物を抱える必要はないのだ。その荷物は、「浄土」という一時預け場所に預けてしまい、こっちが軽くならなければならない。つまり、自分は何ものでもないものになるのだ。「自分」という「思い」も預けてしまうのだから、もう「自分」で自分のことをあれこれと結論づけなくてよいのだ。これが「安楽」というものではないか。
 空を飛んでいる鳥も、木々や草花も、「結論」など持ってはいない。生き物たちは、そんなけち臭い根性とは無縁だ。人間は荷物を持ちすぎているのだ。その荷物を「浄土」という一時預け場所に預けてしまい、こっちがすっからかんになれば、それでよいのだ。「存在の零度」とは、そんなイメージなのだ。
 親鸞も、「信心」を「浄土」という一時預け場所に預けたのだろう。それで、「信ずる必要がなくなった」のだ。「信心」とやらを握っていたら、重たくてしかたがない。そんなものは預けてしまえばよいのだ。そして「存在の零度」に帰っていればよいのだ。そこから動き出し、そこへ帰る。