二〇二五年九月一七日に真勝寺(静岡市葵区2-18-23)で開催された、第20回静岡親鸞講座で出た「質問&感想」への応答を、ここに転載する。
①「他者」の「死」を学ぶこと以外に、人間には「死」を知る方法はない。死別の悲しみを通して「死」ということに向き合っていく。そのような場として葬儀があるのでしょうか?
武田→ これは有名な話ですが、ネアンデルタール人の遺骨の傍に花の花粉の化石が発見されました。これが古人類が「死者」に対して花を手向けた、つまり、「葬儀」を行った、原初の痕跡ではないかと解釈されています。それ以前の、遙か昔の人類は、恐らく「葬儀」をしていなかったのでしょう。それは大脳の発達と関係していると言われます。つまり、「死」ということを発見し、身内の「死」を傷み悲しむようになったのは、大脳が発達したからなのです。逆に言えば、大脳が類人猿程度の大きさであれば、「死」を「死」として発見することはできなかったことでしょう。
我々、人類も乳児・幼児期には「死」を、大人が感じるようには感じられません。「死」を大人が感じるように感じられるまでには、「死」をたくさん学ばなければなりません。多くの「死」に対する知識を学ぶことを通して、初めて「死」を、大人が感じるように受け取れるのです。これも、人類に於ける脳の成熟過程と類似した現象を物語っているのでしょう。
つまり、「死」とは生理的な現象のように見えて、実は、「知的」な現象でもあるのです。これを敷衍すれば、人類以外の生き物には、「死」は存在しないということです。
そこで、あらためて人類に於ける「葬儀」を考えてみましょう。特に重要なことは、近親者の「葬儀」です。人間は「自我の遠近法」を持っています。近親者という二人称の関係から、他者という三人称の関係を、親しい者から疎遠な者として、線状に配置して生きています。切実なものは、「二人称の死」でしょう。「身内の死」です。まあ一番は「一人称の死」ですが、基本的に、これを体験することはできませんので、切実なものは、「二人称の死」でしょうね。
こっそり言いますが、「一人称の死」と言えども、本質は「二人称の死」なのです。自分の「死」を考えるということは、自分を「二人称の自己」として対象化しなければできません。私は、自分自身とどのような人間関係を持っているかということが問われます。つまり、自分をいかなるものとして受け取っているかということです。だから、人間には「一人称の死」はあり得ないのです。どこまでも、「考えられた死」という「範疇(はんちゅう)」を超えることはできません。
まあ、これはさておき、「二人称の死」には、悲嘆の感情が起ります。人間の自我は、他者との関係(間)に於いて成立しているので、その他者が欠損してしまうのですから、こころは不安定になり、感情的には悲嘆が起ります。この悲嘆の感情を表出し、他者と共感することで、悲嘆を乗り越えていくグリーフワークが「葬儀」の大事なはたらきだとも言われています。身内の死が、いままでの平穏な日常を崩し、非日常が剥き出しになる。そこに悲嘆が湧き起こり、それを表出し、他者との共感をへて、やがて再び日常へと戻っていく。このような癒やしの過程を経るために、人類は「葬儀」をおこなってきたのかも知れません。
これは文化人類学的な観点から述べた「葬儀」です。それでは、〈真・宗〉に於ける「葬儀」とはどのようなものでしょうか。これは私見ですが、私は、「この世は〈私一人〉を教育する阿弥陀さんの(いのち)の学校である」といただいております。その視点を採れば、「葬儀」も阿弥陀さんから与えられた、〈私一人〉に対する教材ということになります。「死」が「生理的」なものではなく、「知的」なものである以上、それを「教材」として学ぶ可能性が生れます。「死」が「生理的」であり、「物理的」であるならば、「死」は変化しません。しかし、「知的」なものであるならば、改変することが可能です。なぜなら、我々が生きている世界は、「物理的な世界」ではなく、「意味の世界」だからです。「死」の「意味」を転換すれば、そこには新しい意味が生まれます。親鸞聖人が、「悪を転じて徳を成(な)す正智(しょうち)」(『教行信証』総序)と言われるように、「転じる」ということが起るのです。これは、単に意識の持ち方を変えるということではありません。これは「世界」が変わることなのです。それで私は「〈真・宗〉は『死なない』宗教」という妙な問題提起をしております。これは私の私見ではなく、親鸞聖人の受け売りです。親鸞聖人は、『教行信証』信巻の冒頭で、「大信心(だいしんじん)はすなわちこれ、長生不死(ちょうせいふし)の神方(しんぽう)」と述べています。いままで「死」が「客観的」なもので不動のものだと思っていた世界が破れ、「死」という観念から解放される世界が与えられるのです。それが「長生不死の神方」だと思います。あらためて、「葬儀」を思えば、やはり、「長生不死の神方」を学ぶための、〈私一人〉への学習システムなのではないでしょうか。
蛇足ですが、「葬儀」を執行する側の問題としては、「死」を他者の問題として見るのではなく、自己の問題として引きつけて考えることが大切だと思います。ただどこまで引きつけて考えても、実際の悲しみは当事者でなければ、決して分かりません。それが現実です。ただ、身内のかたの悲しみを、「さぞや悲しいでしょうね」と思い計ることはできます。人間には、この「さぞや」という思いまでが限界です。またご遺族も、「私は、あなたの悲しみが分かります」と言われれば、その言葉に違和感を感じるはずです。「お前に、私の悲しみなど分かるはずなどないだろう」と反感すら生れます。
ですから、「葬儀」を執行する者は、「無力」でなければなりません。ご遺族に対しては、「何もすることができない」ということが原点です。まあ読経や傾聴などはするのですが、こころの奥底では、「何もすることができない」という空白地帯を持っていなければなりません。この「何もすることができない」という空白地帯がある場合に限り、遺族との間で、そこに何かが生まれることもあるのです。故人だけでなく、「私もまたこの世から旅立っていくものです」という座りが空白地帯を生み、遺族との間に何かを生むのでしょう。
故人だけが「旅だったひと」ではなく、私もあなたも共に「旅立つひと」だという座りです。だから、遺族に向かって何かを伝えるという態度ではなく、私は、阿弥陀さんとだけ対話していればよいのです。阿弥陀さんは、私とあなたの深層に、必ず在るのです。その対話の情景を「拾って喜ぶ」ということも起りましょう。「拾って喜ぶ」とは庄松さんの言葉です。(『庄松ありのままの記』)
或る住職が、庄松に「往相廻向(おうそうえこう)の利益を知っているか」と問うたら、庄松は「彼方(あなた)の御仕事を己(お)らが知ったことか」と答え、「それでは還相廻向(げんそうえこう)の御利益とは」と問えば、庄松は「それは己(おれ)が喜ぶと、人が拾うて喜ぶのじゃ」と応えています。「己(おれ)が喜ぶ」とは、庄松自身が阿弥陀さんとだけ対話しているときに生まれた感情でしょう。決して、周りのひとを意識してはいないのです。こうも言えるかも知れません。周りのひとを喜ばせようと意識していたら通じないけれども、阿弥陀さんとだけ対話していたら、その情景を横から見た他者のこころの中に何かが生まれる、と。庄松さんが、阿弥陀さんに向かって吐露した言葉を聞いた同行は、その言葉に刺激され、自己の深層深くに流れる真実性に感動するということです。真実性が感動を生むのであって、庄松の言葉ではないのです。
②往生とはこのようなものであるとはっきりと仰ってもらったほうが、分かりやすいように感じる部分もありますし、逆になんか息苦しいという感じもします。先生が仰るダイナミズムが失われるという言葉に、ハッとさせられました。
武田→ 親鸞聖人は、「往生と言うは、『大経』には「皆受自然(かいじゅじねん)虚無之身(こむししん)無極之体(むごくしたい)」と言えり。」(『教行信証』真仏土巻)と明言されています。これを私は「死観の解体」といただいております。「自然虚無之身」、「無極之体」とは、人間の「身体観」を超えています。 一般的には、皮膚で包まれた内側が自己の「身体」だと考えられています。しかし、本当は「身体」の内側も外側も、この全体が「自己の身体」であるという感覚が、「自然虚無之身無極之体」でしょう。「虚無」とは、消極的な意味ではなく、「広大無辺際(こうだいむへんざい)(『浄土論』)」と言われるように広々とした意味です。固定的な実体があるわけではなく、いわば関係性(縁)そのものが「自己」であります。ここには、自己の身体観に対する大きな転換がなければなりません。それを促す言葉が「往生」だと思われます。
「往生」の字義は、「往き生まれる」ですから、人生の方向性を示した言葉です。前にもお話したように、「絶望道」から「往生道」へという方向性のシフトチェンジです。別の言い方をすれば、「絶望道」とは、人生に「結論」を持ってしまった人生観です。「自分の人生は、生で始まり死で終わるのだ」という「結論」です。この「結論」を解体し、「結論」を奪ってくれるのが阿弥陀さんです。阿弥陀さんは、人間の出す「結論」を「結論」とは認めません。つねに、その「結論」をはぐらかしてしまいます。老齢になると、「もう済んだ」という「結論」を持ちたくなるのですが、阿弥陀さんは、それを認めません。阿弥陀さんは、「まだ済んでいないばかりか、まだ始まってもいないのではないか」という叫びを浴びせます。この叫びを聞くとき、「結論」を握っていた手が開かれ、新鮮な「不可思議」が生まれます。「死」を知っていたという思いが解体され、「不可思議界」に放り込まれます。これが、『歎異抄』(第16条)の言う「ただほれぼれと弥陀のご恩の深重(じんじゅう)なること、つねはおもいいだしまいらすべし。」です。この「ただほれぼれと」という感情が御利益なのです。「結論」を握ってしまったら、「往生」のダイナミズムが失われてしまうのです。
③「煩悩」を介在させてみれば、「過去」は「後悔」であり、「未来」は「不安」であるとも言える。私の中に忘れられない後悔があり、また未来への漠然とした不安がある。それは過去でもなく、未来でもなく今なのですね。ということは過去も未来も変えられると考えてもいいのでしょうか?
武田→ その通りです。しかし、「過去も未来」も「変えられる」と言うと、ちょっと言い過ぎな感じもします。もっと事実に則して言えば、「過去も未来もいただき直すことができる」でしょうね。理性で、このことを言ってしまうと傲慢なのです。そこに阿弥陀さんを媒介とすれば、「過去と未来が頂き直される」と言うべきでしょう。「後悔」も「不安」も人間から無くすことはできません。人間が自我(煩悩)を持っている以上、それは無理です。しかし、「後悔と不安」を阿弥陀さんを媒介として頂き直せば、阿弥陀さんから頂いた「後悔と不安」に変えられます。「後悔と不安」が、「貪欲」という煩悩の生み出した幻想として頂き直されるのです。
阿弥陀さんとの出遇いは、つねに「いま・ここ・私」という〈存在の零度〉です。ですから、「過去」も「未来」も、〈いま〉の内容として頂き直されます。そもそも〈いま〉しか人間は生きてはいないのです。明日のために心臓が、〈いま〉動いているわけではありません。『臨済録』で、臨済さんは、「赤肉(しゃくにく)団上(だんじょう)に一無位(いちむい)の真人(しんじん)あり。常に汝ら、諸人(しょにん)の面門(めんもん)より出入りす」と言います。この「一無位の真人」が、私の言う〈零度の存在〉です。これは、モノ(実体)ではなく、コト(はたらきそのもの)のことです。だから、「汝ら、諸人の面門より出入りす」です。これは、お前たちの顔面から出たり入ったりしているという意味です。何を言っているのかと言えば、これは「息」(呼吸)ですね。口から吸った息は、また口から吐き出されます。この現実の実働態こそ、コトとしての身体です。身体というモノはあたかもモノのように存在していますが、それを存在せしめているはたらきそのものがコトとしての身体だと思います。『臨済録』は臨済宗のテキストとして用いられていますが、〈真・宗〉の眼が開かれれば、その中にも「〈真実〉のフォルム」を見出すことができます。〈真・宗〉の眼は融通無碍(ゆうずうむげ)に、目にするもの、感じるものから「〈真実〉のフォルム」を見つけることができます。ですから、この世に、決して「済んだこと」はないのです。
④「おばあちゃん幾つになるの?」「阿弥陀さんと同じ年」。阿弥陀さんに養育を受けてきた豊かな聞法の時間が感じられ、また軽やかな雰囲気がとても好きです。
武田→ 真宗門徒の大らかさは、やはり、「この世の尺度」を超えているところから生まれてくるのでしょう。この大らかさは、〈真実〉を見抜く眼があってのことなのだと思われます。「阿弥陀さんと同い年」とは、〈真実〉です。いま、ここに、自分として存在している私の背景を憶念すれば、これこそ〈真実〉だと思われます。何十億年といういのちの連鎖を経て、その末端に辛うじて私があるのです。ですから、私になるまでの、この阿弥陀さんの養育、お育てというものがなかったら、私は私にはなっていないのです。
他のひとでもよかった。他の生き物でもよかった。しかし、数限りなく少ない可能性で、いま、ここに私がいるのです。これは私の「思い」をはるかに超えた奇跡です。私は私のものでもはありません。私を超えた何かなのです。
三帰依文には、「人身(じんしん)受け難し、いますでに受く。」と在りますが、これを阿弥陀さん抜きで受け取れば、損得勘定で汚染された御恩感情でしょう。そこに「仏法聞き難し」が抜ければ、単なる世間話です。「仏法聞き難し、いますでに聞く」と受け止めたとき、本当に人間に身を受けたことが幸せなのかどうかが分からなくなるという世界が開かれるのです。これが「仏法」、つまり阿弥陀さんの尺度です。阿弥陀さんが不可思議のように、自己自身も不可思議なるものとして受け止め直されるのです。
⑤「共時的時間論」から「救済論的時間論」へというお話でしたが、歎異抄の「念仏もうさんとおもいたつこころのおこるとき」も親鸞聖人にとっての救済の時と考えてよいでしょうか?
武田→ そうですね。ただし、この「念仏もうさんとおもいたるこころのおこるとき」には前提があります。「弥陀の誓願不思議にたすけられまいらせて」があった上でのことです。「弥陀の誓願不思議にたすけられまいらせて」ということは、「いま・ここ・私」が「たすけられ」てあるという認識です。「たすけられ」は、決して過去の体験を語っているわけではありません。つねに、〈いま〉のことなのです。〈いま〉「たすけられ」てあるわけですから、念仏を称えようと思うことも、「たすけられ」た中で起っていることです。
念仏を称えようと意図して行為することだけを、「念仏もうさんとおもいたつ」と言っているわけではありません。全人生が、そのなかに包まれてあるのです。
この『歎異抄』第一条の「弥陀の誓願不思議にたすけられまいらせて往生をばとぐるなりと信じて、念仏もうさんとおもいたつこころのおこるとき」を、「弥陀の誓願不思議に……信じて」、それから「念仏もうさん」という心が起ると「段階論」で受け取ってはダメだと思います。これは親鸞の言葉で言えば、「行信(ぎょうしん)一如(いちにょ)」を言っています。一つの信仰的事実を「弥陀の誓願不思議に……と信じて、念仏もうさんと…。」と線状性(せんじょうせい)で表現したまでのことでしょう。「線状性」とは言語学のソシュールの言葉です。経験としては、一つのことなのですが、それを表現するには文字で表現します。紙に文字を印刷すれば、分かりますが、それは必ず線状に印刷されます。地球上の民族で、文字を使う民族であれば、すべて文字を線状に記します。文字は線状性を免れることはできません。
信仰も、同じことです。経験としては一つのことであっても、それを表現するときには線状になりますし、音声言語に変換するとき、つまりお話をするときにも、通時的時間に沿って発語されていきます。やはり、線状性は免れません。たとえば、親鸞が『教行信証』(化身土巻)に書いた、いわゆる「三願転入(さんがんてんにゅう)」と言われる文章も同じです。親鸞にとっては「第十八願」の眼が開かれたという一つの経験しかありません。「第十八願」の眼が開かれることによって、「第十九願・第二十願」が対象化されたのです。だから、「段階論」を使って、「第十九願」から「第二十願」が開かれ、その後に「第十八願」が開かれたなどと言うことではないのです。これは、通時的時間観念が対象化されていない受けとめ方になってしまいます。
ちょっと気になるのは、「親鸞聖人にとっての救済の時と考えてよいでしょうか?」というご質問ですが、この「救済の時」も通時的時間観念で受け止められているのではないかという危惧です。つまり、「親鸞聖人が救済された時」を通時的時間で受け取ると、「過去」化されてしまいます。人間は通時的時間を生きるものですが、そこに共時的時間を開くのが〈真・宗〉です。それは、阿弥陀さんとの関係に於ける〈いま〉を開くことです。阿弥陀さんとの関係に於ける〈いま〉は、決して「過去化」しません。それは「現在」を得るということなのですが、もっと言えば、「超現在」を頂くことです。「超現在」とは、「現在に安住するわけでもなく、来たるべき未来に期待するわけでもない」という意味です。
⑥「臨終間際の方に向かって、浄土でまた会いましょう」という言葉、温かく感じました。そんな世界がある、また会いたいと思える出会いがとてもありがたいなと思いました。
武田→ この表現は、私が臨終間際の妻と交わした会話の中にも出てきました。四十六年間連れ添った妻ですが、やはり、「会者定離(えしゃじょうり)」で、別れは必ず訪れるものだと教えられました。そこには、「愛別離苦(あいべつりく)」という悲しみも当然ありました。しかし、終わりが現実のものとして近づいてくると、もはやこの世の娑婆の論理は通用しません。それで、私は、「先に行って待っててね」と言いました。「向こうで、また会おうね」とも言いました。
これは、「居酒屋さんに先に行って、私の席を取っておいてね」という感覚と、すごく近い感覚なのです。だから、ちょっと私よりも先に行って、向こうの店で待っていてくれる、といった感覚なのです。これは娑婆の日常性の中での、極ありきたりな表現ですが、それと地続きの感覚であって、特別感がないのです。
これは日常の、つまり表層意識の世界を突き破って、非日常の深層意識で通じ合えることだと思いました。だから、ちょっと私よりも先に浄土へ往ったのだと思えました。また、そこへ往かないひとは誰一人としていないのだとも思いました。別れのない夫婦が、この世に存在しないように、出会いの中に別離が、必ず約束されています。これは人間としては見たくないことですが、(いのち)の〈真実〉の姿であります。
そう思えるようになったら、娑婆に滞在する時間が圧縮されて、もの凄く短いものに変化しました。つまり、すぐに、あっちで待っていてくれる居酒屋に行ける、という感覚です。それは焼き場で、白骨と対面したときにも感じました。あの白骨は彼女の滓(かす)だと感じました。あの白骨が彼女自身ではないという感覚です。では本当の彼女は何処に往ったのか。それは「浄土」と真宗門徒が呼んできた場所(意味場)なのです。親鸞は、「浄土(真土)」を「無量光明土(むりょうこうみょうど)」(『教行信証』真仏土巻)などと言っています。「無量」ですから、人間には「量れ無い」という意味です。まあ人間には「分からない世界」です。この「分からない」ということが、「分かる」ことで苦悩している人間を根本的に救うのです。人間は、「分からない世界」をも分かったことにする生き物です。だから「分からない世界」を「分からない世界」として明確に手放すことによって、初めて「分からない世界」と出遇うということが起こるのです。この出遇いを「光明土」、つまりひかりの体験として親鸞は表現しているのです。「分からない」ことは闇の体験ではなく、ひかりの体験なのです。
ですから、私は、この「根本的無知」を根底にして、残りの人生を「阿弥陀さんの用事をする」ことに決めました。「分からない世界」を「浄土」と言うのですが、この「浄土」は目と鼻の先にありますから、一瞬先に待っていてくれる世界なのです。しかし、それは一瞬先にあるのですが、また、永遠の遠さをも持っている世界でもあります。永遠でありつつ、目と鼻の先にある、こんな世界を「浄土」という言葉で、真宗門徒は表現してきたのだと思いました。