この世を生きるは唯一人。絶対の一人。唯一無二人。この一人が開かれたとき、初めて、この世は〈一人一世界〉へと開かれる。こういう順序でなければならない。いきなり自己が関係性で出来上がっているということから発想された〈一人一世界〉ではない。
唯一無二人が開かれてから、〈一人一世界〉が開かれる。この順序だと思う。
「死」は唯一無二人にしか存在しない。それも「死」という「意味」であり、客観的、物理的、生理的な「死」など、人間には存在しない。
唯識的に言えば、「死」は「識」としてのみある。つまり、「意味」としてのみあるのだ。「意味」としてのみあるから、いつでも意味転換できる可能性がある。それを〈真・宗〉では、「救い」と譬喩的に表現する。
もっと丁寧に言ってみよう。私は「一切衆生の中の特殊存在」である。これが唯一無二人だ。仏教語で言えば、「不共業」だ。同じものを食べても、見ても、感じても、それは決して他者と同じようには経験できない。ある程度までは共有できる。それは生物学的に似た形態をしているから当然だ。しかし、微妙な感覚まで突き詰めて問うていけば、決して「同じ」とは言えないものが残る。
つまり、それは、この「世界」の感じ方が、決して他者と、ピタッと重ならないということだ。と言うことは、この「世界」とは唯一無二人の私が感じることのできる、「唯一無二の世界」ということになる。
と言うことは、私が目にしているこの景色は、厳密に言えば、唯一無二人の私だけが見ることのできる景色であり、「世界」である。こうなると、「世界」は私と対立して存在しない。見ている景色そのものが世界であり、それを感じる私と同化する。つまり、「私が世界」となる。
こんなことは、唯識思想では常識だ。護法さんの書かれた『成唯識論』には「識体識転似二分(識体転じて二分に似る)」とある。「二分」とは、「見分(見る世界)」と「相分(見られた世界)」のことであり、強引に訳せば、「自己」と「世界」のことである。この二つは別々のものではなく、両方とも「識体」というものから出来上がっているという。「識体」を現代語に翻訳すれば、「意味」である。
こうなると、いつも言うことだが、「一全世界(一世界全生物包摂世界観)」は、幻想だと知らされる。一つの大きな袋の中に、地球上のすべての生物が包み込まれているわけではない。そこに一つの生物が存在したなら、そこに一つの世界があるのだ。ここに、一人の私がいるということは、そこに私だけの、「固有の領土」として、一つの世界があるのみだ。地球上には八十億人以上のひとがいるそうだが、正しく言えば、八十億の世界があるのだ。ただ、その八十億は透明であり、互いに重なっているから、たった一つにしか見えない。
この見方は〈真実〉なのだが、悲しいことに、自分は〈真実〉を拠り所として生きることができない。どうしても、「一全世界」に汚染され、「比較心」の餌食とされてしまう。「比較心」を仏教では、「慢」と言う。親鸞は、それを「邪見憍慢悪衆生」(「正信偈」)と言い、別のところでは、それを「恥ずべし、傷むべし」(『教行信証』信巻)と歎かれている。
特徴的に「一全世界(一世界全生物包摂世界観)」が知らされる場面が、「葬儀」だ。そこには一つの「遺体」が安置され、「身内」のひとが、それを取り巻いて見ている。「身内」のひとたちは、「生の世界」にいて、「遺体」は「死の世界」にあると、見なされる。「遺体」になっているひとは、独りで「死の世界」にあるが、「身内」は「大勢の生の世界」にあると、「身内」は考える。問題は「遺体」ではなく、「大勢の生の世界」にあると思っている「身内」だ。「身内」は、喪失感に打ちひしがれ、悲嘆するが、「遺体」は黙ったまま、決して動かない。一切の「問題」から解放されている、と「身内」には見える。
「身内」は「遺体」が動かないから、逆に意識を働かす。「遺体」を見て、どのような感情を起こすだろうか。また「遺体」を見ながら何を思うだろうか。様々だろうが、「遺体」を見ながら、「遺体」になっているひとの生前の姿を思い出すだろう。懐かしむだろう。しかし、その思い出は、「過去の記憶」でしかない。現実には、「遺体」は決して動かないのだから。
厳密に言えば、「身内」は「遺体」と関係した「過去の記憶」を思い出し、懐かしみ、その思いに悲嘆するのである。「遺体」そのものを悲嘆するのではなく、必ず「過去の記憶」に対して悲嘆する。それも「身内」が勝手にねつ造したイメージではなく、いわば「遺体」と「身内」の間にのみなり立つイメージに対してだ。このイメージは、いつでもそこにあるものではなく、「身内」が、ふと思い出すときにだけ立ち現れるイメージだ。だから、「身内」が二十四時間、思い出せるものではない。「身内」は、「先立たれた者」としての日常生活を生きているだから、睡眠時や仕事時間などには忘れている。
相変わらず、「身内」の生きる世界は賑やかだ。どうしても、我々「生者」の世界は、賑やかであり、いくら「極楽浄土」が素晴らしいものだと聞いてはいても、やはり、「苦しみ多き娑婆」を恋しく思いしがみつく。親鸞聖人も、こう言っている。
「久遠劫よりいままで流転せる苦悩の旧里はすてがたく、いまだうまれざる安養の浄土はこいしからずそうろうこと、まことに、よくよく煩悩の興盛にそうろうにこそ。」(『歎異抄』第九条)と。
「四苦八苦」して青色吐息で生きているのに、やはり、人間は、本質的に「苦しみ」が好きな生き物なのだろう。だから、「生」にしがみつく。それを親鸞聖人は、「よくよく煩悩の興盛にそうろうにこそ」とおっしゃる。「生」にしがみつかせているのは、「煩悩」であり、この「煩悩」が猛烈に私を蹂躙しているからだと、ご覧になっている。
「生者」の世界は、苦しみもあるけれども楽しみもあり、馴染み深い世界だ。でも、「死」の世界は、いくら「極楽浄土」が「安楽」な場所だと聞かされても、やはり「暗く、冷たく、寂しい世界」だと思えてしまう。これが「生者」の実感である。
だが、そこには盲点がある。「生者」は、「〈真実〉の死」を知らないのだ。誰も、「〈真実〉の死」を経験したことがないだから、本当には知らない。知らないのに、「死」の〈真実〉を知っているという錯覚を起している。この「〈真実〉の死」を知らないということは、決して絶望ではなく、逆に「生者」の救いを暗示している。
なぜなら、「死」を知らないにもかかわらずマイナスイメージで受け取らせるものが、「煩悩」であり、その「煩悩」と〈真実〉を峻別することで、「煩悩」の脅かしから解放されうる可能性が開かれるからだ。そのためには、自分は「〈真実〉の死」を知らないと、徹底した「非知」を獲得しなければならない。これが「無分別智」だ。
「死」を、「暗く、冷たく、寂しい世界」と受け取らせるものは「貪欲」という煩悩だと、白日の下に暴露するのが、〈真実〉である。これが「他なる遺体」であれば切実さが薄い。これが自分自身であると見たならば、自分が将来迎えるであろう「死」が、「暗く、冷たく、寂しい世界」に同化してしまう。「貪欲」とは、心理学が分析した「欲望」よりももっと深く根元的なものだ。自我意識をも支配しているものが「貪欲」である。親鸞聖人は、「貪愛」と言う。「貪欲と愛執」の合体した意識である。いわば、親鸞聖人が、「自力」という言葉で総合した「煩悩」だ。
「自力」とは、「わがみをたのみ、わがこころをたのむ、わがちからをはげみ、わがさまざまの善根をたのむ」(『一念多念文意』)こころのことである。唯識では、それを詳細に分析して「四の根本煩悩」と呼んでいる。「我癡、我見、我慢、我愛」のことである。「我癡」とは「無明なり。我の相に愚にして、無我の理に迷う」こと。「我見」とは、「我執なり。我に非ざる法に於いて妄計して我とする」こと。「我慢」とは「踞傲なり。所執の我を恃みて心をして高挙ならしむる」こと。「我愛」とは「我貪なり。所執の我に於いて、深く耽著を生ずる」こと、と『成唯識論』には出ている。
この中でもっとも根本的な煩悩は「癡」であり、「諸々の煩悩の生ずるは、必ず癡に由るが故に」と書かれている。唯識では、この「癡」も、表層のものと深層のものに分析されている。表層のものは、「愚痴を吐く」という程度の「癡」であり、深層の「癡」とは、もはや反省することもできないくらい深い知の病であると述べる。自分が見ている世界は、間違った世界の姿であり、自分の感じている時間が、間違った時間であるなどと、疑ってみたこともないほどに深い迷いである。いわば、これは「常識」と言われるものであるが、この「常識」こそが「癡」の病で出来上がっていると見るのが唯識だ。
この見方は、「大いなる達見」である。ちょうど、庄松さんが「御本尊様がものを仰せられたら、お前らは一時もここに生きて居られぬ」(『庄松ありのままの記』)と言い放った「達見」と同質だ。初め、住職が「吾が本堂の御本尊は、生きてござろうか」と庄松さんに問うたのに対して、「生きとる生きとる」と答えた。それに住職が反応して、「生きていらっしゃっても、ものを言わぬではないか」とさらに反応した。この言葉を聞いたとき、咄嗟に庄松さんの口から出てきたのが、その応答だ。
住職の受け止めた知のレベルと、庄松さんの応答した知のレベルは位相を異にしている。住職は、本尊である阿弥陀如来を、人間の知で受け取ることができる程度に考えている。しかし、庄松さんは、人間の知を超えているレベルにある。人間の知を超えているから、本尊が人間の言葉を話し、それを人間が聞けるとなると、その人間は「人間界」には存在できない。それを譬喩的に「お前らは、一時もここに生きて居られぬ」と喝破した。
それでは庄松さんが、「生きとる、生きとる」と答えた「生きとる」とは何か。それは、本尊が、人間に向かって、「決して、お前の頭の中にはおらんぞ」と四六時中はたらき詰めにはたらいて下さっている実感から生まれた言葉だろう。
これは譬喩的な言い方だが、庄松さんは、阿弥陀さんに背を向けたのだ。住職は、阿弥陀さんと正面で向き合ってしまっている。ところが阿弥陀さんは「超日月光」とも言われるほどに、強烈なひかりそのものだ。だから、住職が阿弥陀さんと対面しようとすれば、ひかりが強すぎ、逆光となり幻惑されてしまう。つまり、阿弥陀さんと正面から対面しようとすると、阿弥陀さんには対面できない。そこでクルッと反転して、阿弥陀さんに背を向けるのだ。庄松さんは背を向けた。背を向ければ、阿弥陀さんとは正面で対面することはできない。そのかわり、背を向けた背中から阿弥陀さんのひかりが放たれ、あらゆる世界を照らし出し、ひかりに包まれた世界が、鮮やかに浮かび上がる。背中に阿弥陀さんのひかりの温もりを受け、見渡す限りに阿弥陀さんのひかりによって、世界が浮かび上がる。もちろん自分の眼で阿弥陀さんを見ることなどできない。もし直接、見ようとすれば、眼はひかりで焼かれてしまう。それほどまでに強烈なひかりだ。
だから、阿弥陀さんに出遇うにはコツがあるのだ。阿弥陀さんとは背中で出遇うものなのだ。
親鸞聖人も、「高僧和讃」(源信章)で「煩悩にまなこさえられて 摂取の光明みざれども 大悲ものうきことなくて つねにわが身をてらすなり」と詠っている。まあここでは、煩悩が障害となって阿弥陀さんのひかりが見えないと言っている。その煩悩とは、阿弥陀さんと正面で対面しようとするこころである。まさか、それが煩悩などとは思えないようなこころだ。阿弥陀さんに出遇おうとするこころなのだから、それは「菩提心」であり、善いこころではないか。ところが、それが却って阿弥陀さんとの出遇いを阻害してしまうのだ。これに気づいたとき、親鸞聖人も身を反転したのだろう。反転させられたと言うべきか。そして背中から阿弥陀さんのひかりを浴びたのだろう。それで、「わが身をてらすなり」と言ったのではないか。「わが身」とは背中のことだったのだ。
背中から感じられるひかりは、世界をも浮かび上がられせる。これが〈一人一世界〉の風光だろう。