私は果たして、「生きている」のか

私は果たして、「生きている」のか。これを、「私たちは『生きている』のか」と問おうとして、思い直した。やはり、どこまでも「私は‥」と問わなければならない。物事を表現するときの基点は、つねに「私は‥」でなければならない。場面によって、「私たちは‥」と口走っていたとしても、内面の、つまり意味的には「私は‥」という視座を座りとしていなければならない。なぜならば、この世を「生きている」と言いうるのは、私一人でしかないからだ。
 それも、大勢の人々が生きている、私もその中の一人であるという意味の「一人」ではない。極端な言い方をすれば、私一人しか「生きていない」という意味の「一人」である。厳密に言えば、他のひとは、私から見れば「生きている」ように見える、私から見れば「生きている」ように感じられるということだ。それは間違いなく、人間という生物として「生きている」に違いないのだ。私と業を融通する「人類」なのだから、私と似たような存在として「生きている」のだ。ただし、仏教が問題としてきた「生老病死」ということになると、他者ではなく、間違いなく「私一人」以外のところにはない。『仏説無量寿経』にある、「独生独死独去独来 (略)身自当之 無有代者」(独り生じ独り死し独り去り独り来たりて、(略)身、自らこれを当(う)くるに、有(たれ)も代わる者なし)が、それを物語っている。この表現を孤独感で受け止めるか、それとも救いの言葉として受け止めるか、二つに一つしかない。この表現に共感を覚えないひとは、まずいない。その場合の共感とは、孤独感で彩られている。大勢のひとたちが「生きている」のに、自分一人だけが老い、病に罹り、死んでいくのか、という孤独感である。『仏説無量寿経』は、人間を孤独感に追い込むために、そのように表現しているのではないと思う。生と死を、厳密に見てみると、人間は、本当の「死」を知らないということを言おうとしているのだ。人間が知っている「死」は、二人称と三人称だけで、一人称の死は体験できない。自分自身が「死」を体験するときは、生理的な機能が停止した状態なのだから、「これが死ぬということか」という認識は成り立たない。だから、私が「死」を知っていると思うことは間違いであり、傲慢なことなのだ。本当の、つまり、自分自身の体験する「死」は成り立たず、そこには「死」という幻想だけが横たわっていることになる。
 そうなると、その「死」が成り立つための根本原因である「生」はどうなのか。事故や病気や災害や老化によって人間は死ぬわけではない。それらは「死」の条件であって、原因ではない。「死」の根本原因は間違いなく、この世に誕生した、つまり「生」以外にはない。死なない唯一の方法は、誕生しないことだ。
 そこで再び、「私は果たして、『生きている』のか」と問うてみる。これはあまりに当たり前すぎで、問うたこともないのだ。確かに、ご飯を食べ、仕事をし、他者と会話し、生々しく「生活」をしているのだから、間違いなく「生きている」に違いない。それは重々承知しているのだが、果たして「生きている」ということを分かっているのかと問うてみると、そこに分からなさが顔を出す。「生きている」って、一体、どういうことなのか。生きていることの実感は間違いなく感じられるのに、まあ感じられるから、そんなことを問う必要もないのだ。しかし、そう問うてみると、「生きている」ということが分からなくなる。それは「生きている」ことの意味が不明だからだ。アウグスティヌスの、「時間とは何か」と問う前は、時間が分かっていたのに、これを問うた途端に曖昧なものになるという感慨と似ている。別に「生きている」とはどういうことかと問わなくても、人間は生きていけるのだ。そんな問いには目もくれずに、目の前のことに専念していけば、それで済むことだ。ただ一度、その問いに取り憑かれてしまったひとは、それが気になってしかたなくなる。
 どうも、私は「生きている」という実感はリアルにあるのに、それが一体どういう意味なのかと問うた途端に曖昧になる、これが「生きている」ことの本質なのだろう。それは私には「過去」しか知らされていないという理由から来ているらしいのだ。これは哲学者・中島義道さんの時間論に教えられたことである。彼は、こう述べている。
「たしかに、昨日・今日・明日という時間がバラバラではなく、「一つの」ものであることは、ほとんど疑う余地のないほど明らかに思われる。しかし、そうでしょうか。そのとき、あなたは何を直観しているのか、慎重に反省してみてください。すると、過去・現在・未来という三つの異なった時間のあり方そのものを直観しているのではなく、じつは昨日・今日・明日という三つの時間が、あたかも三つの事物のように一つの線上に並べられた状態を理解しているだけではないでしょうか。
 このとき、あなたにこの線を「時間である」と言わしめているものをさらに反省してみますと、あなたが巧妙な態度変更をおこなっていることに気づきます。すなわち、現在から(例えば)明後日に視点をずらして、昨日・今日・明日をいずれも過去の異なった時として見渡しているがごとき態度、未来完了時制のように、未来の時に自分をおいて、そこから現在や未来でさえも「過去」と見る態度が生じていることに気づきます。あと三〇分でこの仕事を切り上げ、それからXと会い二時間くらいで用件を済まし、そのあとでYと飲み‥‥といった「予定表的時間」が、日常的時間理解の核心に位置するものですが、それは未来完了的時間理解であること、つまり、現在や未来の出来事ですら一旦過去化してとらえなおしていることにお気づきのことでしょう。
 かくして、時間一般を理解するとき、とりわけ直観するとき、われわれは現在・過去・未来のうちで「過去」のあり方だけに着目し、それを不当に普遍化しているのです。(略)では、なぜ現在や未来ではなく過去に時間一般のあり方を統一しようとするのでしょうか。この問いには簡単に答えられます。実際のところわれわれは過去しか知らないからです。」(『「時間」を哲学する』講談社現代新書p42)
 彼が「未来完了的時間理解」というのは、未来にはこうなるはずだという期待や予定を、〈いま〉の観念の中に再現してしまっていることで、それを「過去化」と呼んでいるらしい。これを分かりやすく「予定表的時間」とも呼んでいるが、この「予定表」をズッと延長していけば、自分の「死」までを入れ込むことができる。「未来完了的時間理解」とは、自分の「現在」から「未来」までを「過去」という観念の中に押し込め、既知の出来事として編集し直すことだ。
 こうなると、私は「過去化」した時間を「生きている」と呼んできたようだ。まあ中島は、それは人間の「認識」という問題に還元して考えているのだが、そればかりでなく、「剥き出しの〈今〉」という言い方もしてくる。
「〈今〉とは徹頭徹尾概念的なものであることを強調してきました。しかし、じつはそう言えば言うほど〈今〉は単なる言葉ではない剥き出しの時として立ち現れてくるのです。それは、「痛み」の場合と似ています。
 概念としての「痛い」はうめき声としての「ウッ」からは千里の距離があり、痛くない場合でも「痛い」と言えること、つまり「痛みの不在」に対して「痛い」と言えることこそが「痛い」という概念を了解していることだ、(略)それでも「痛み」が剥き出しのかたちで現在しているからこそ、そう言えるのです。(略)剥き出しの時としてのもう一つの〈今〉とは、われわれが概念化=過去化された個物ではなく、なまの個物に出会う時、われわれに「痛い!」と言わせる個々の刺激に出会う時です。ですから、そうした〈今〉はつねに異なった〈今〉です。」(p209)
 中島は、私と同じように、「客観的時間」というものが如何に幻想であり、人間の観念の産物であるかを解明していくのだが、最後に「剥き出しの〈今〉」という生々しい生理現象に救いを見出しているようだ。そうなると「生きている」ということは、個々別々の生理現象があるだけで、それを統一する視座を失うのではないか。そんな統一した視座など、人間の幻想であって、それこそ危険なものだと彼は考えているのかも知れない。
 それでも私は「いま・ここ・私」というところへすべてが統一され、そこへ還っていく「物語」がなければ満たされないものを感じる。まあそれは強固な観念ではなく、私の言葉だが〈存在の零度〉であり、〈零度の存在〉なのだ。空間的に表現すれば、それは虚空であり、ドーナツの穴の如きものだから、どのようなものでも通過する。融通無碍の空間だ。ここでもあり、どこでもある。また時間的に表現すれば、それは〈いま〉であり〈永遠〉でもある時間だ。「流れる時間」は観念で作った時間だが、「流れない時間」こそ時間の本質なのだ。主体論で語れば、それは「一切衆生の特殊存在」でありつつ、「一切衆生の典型存在」である自己への覚醒である。特殊でありつつ普遍。普遍でありつつ特殊という主体論だ。
 それを親鸞の「弥陀成仏のこのかたは いまに十劫をへたまえり」という和讃の言葉に見出している。これはポエムだから、いくらでも味わいが生まれてくる。いくらこのことについて語っても、語り尽くすことができない。それほどに深淵な言葉だ。
 ここまで来て、再度「私は、果たして『生きている』のか」と問うてみた。そこから感じられたことは、私は「生きている」とは思ってきたけれども、果たして「生きている」とはどういうことなのか、その本質は分からないということに落ち着いた。その本質をご存じなのは阿弥陀さんだけだと、擬人化して受け止めなければ納得しないものを実感した。