西に行ったひとの話

私は、人生に行き詰まり、ひたすら車を西に走らせました。
すると、辺りは真っ暗になり、周りには誰も居なくなりました。しばらく走って行くと、道は行き止まりになりました。
 私は車を降りて、辺りを見回しました。すると、暗闇からうなり声がしました。それは恐ろしい猛獣のうなり声でした。慌てて、車に戻り、エンジンを掛けようとしましたが、エンジンがかかりません。焦っていたのですが、よく見ると、それは猛獣ではなくて、巨大な化け物でした。化け物は、私の乗っている車を揺さぶり、いまにもドアをこじ開けて入ってこようとしました。私は恐ろしさのあまり、身動きが取れませんでした。
 そのときです。フロントガラスの向こうを見ると、渡れそうな橋が架かっているではありませんか。私は「しめた」と思いました。あの橋まで逃げれば何とかなる。そう思って、化け物の揺さぶる合間をかいくぐり、ドアを押し開け、一目散に、橋のほうに走って逃げました。
 何とかうまく逃げおおせましたが、その橋には問題がありました。橋は、木製で、かなり老朽化していて、とても向こう側まで渡れそうにありません。
 さらに何としたことでしょう。その橋に向かって、さっきの化け物が、火の塊となった溶岩のようなものを投げているでは
ありませんか。
化け物は、私を渡らせまいとして、火の塊となった溶岩を投げているのです。木の橋は、もう既に焼けてしまい、所々、穴が空いています。さらに危険なのは、この橋の下には、激流となった河が、土石流のようにゴウゴウと流れているではありませんか。
 もし私が渡ろうとしたら、溶岩に当たって焼け死んでしまうかもしれません。足を滑らせでもしたら、あの穴に落ちて、激流に飲み込まれてしまうかも知れません。そう思うと恐ろしくなりました。
 そのときです。どこからともなく、お前は大丈夫だ!決して、火にも焼かれず、水にも落ちないぞと励ましてくれる声が聞こえてきたのです。えっ!と思っていると、今度は、橋の向こう側から、私はお前を必ず守ってあげるから、安心して渡って来なさい!という声が聞こえてきたのです。
 この声を聞いた私は、こう思ったのです。「どうせここに居ても化け物に殺される。溶岩に当たって死ぬかもしれないし、激流に落ちて死ぬかも知れない。どのみち死ぬんであれば、この橋を渡って行こう」と。

※これは中国(唐代)の善導大師の「二河の譬喩」を小生がリメイクしたものです。「お彼岸」という言葉が生まれるためには、このような凄まじいドラマがあったのです。果たして、このひとは橋を渡って、向こう岸(西方浄土)へ行けたのでしょうか。それは貴方自身が渡ってみるしか、確かめる方法はありません。