意味の病

九十四歳になる母は、いま介護付き老人ホームに入っている。身体も硬直し、意思の疎通も難しく、寝たきり状態である。コロナもあって面会も難しいのだが、「看取り期」にあるため面会に便宜を図ってもらっている。面会のときには、必ず防疫ガウンと手袋とマスクをつける。ベッドに横たわっている母を見つめながら、いろいろと話しかけてみる。寝ているときが多いのだが、たまに言葉を発することもある。もちろん何を言わんとしているのかは意味不明だ。それでも、いろいろと喋ろうとしていることだけは伝わってくる。そんな母を見ていると様々な感情も起こる。若かりし時のエピソードなどを、一方的に話してみたり、意地悪されたときのことを話してみたり。短い面会時間を終えて、「また来るね」と言い置いて、その場を離れる。
 そして最終的には、あのようにしてまで生きることに何の意味があるのだろうかという疑問を浴びせられながら帰ってくる。もし「人間の眼」だけで考えれば、母の生は「無意味」ということになるのではなかろうか。何の役にも立たない生だから、ただいのちを消費しているだけだ。全介護だから、食べるのも排泄も、すべてが他人の世話になっている。
 もしその「人間の眼」を批判するものがなければ、母の生は「無意味」の一語で終わる。「相模原障害者施設殺傷事件」を起こした植松聖の眼と同化してしまう。植松聖がやったことは、その「無意味」を極限にまで異常化した行為だが、私の中にも同じ眼がある。彼のやったことは酷すぎる。そんなことを私はやらない。やらないのだが根っこは通底してしまっていた。
 そういう見方が、もし同じように、「人間の眼」からの批判であれば、私は彼と同じように「死刑」にされなければならない。ヒューマニズムの優しさから、「人間には基本的人権があって、無条件に生きる意味があるのだから、植松の犯行は許せない」と言うのであれば、それもやはり「人間の眼」の範囲内のことになる。
 いやいや、人間だれしも損得根性で生きているのだから、植松にも同情の余地があるのではないかという意見もある。それもこれも、つまり、裁くのも許すのも「人間の眼」から一歩も出てはいない。
 リルケが「いのちみな生きらるべし」と言ったのは、「人間の眼」以外の眼を直感したからではないか。西洋では、それを「神の眼」というのだろう。それに対応して言えば、やはり私は「阿弥陀さんの眼」と言いたい。
 阿弥陀さんの眼は、「生きることに意味があるかないか」と問う「人間の眼」を丸ごと抉り出す。そして、意味があっても無くても、それをそのままに肯定する。「人間の眼」は必ず意味を問う眼だから、これから逃れることはできない。自分は人間だから、これは死ぬまで付いてまわる。しかし、阿弥陀さんは、その「人間の眼」を「意味の病」として教えてくる。やはり、いのちそのものは人間の自由になるものではないのだ。いのちのは阿弥陀さんのものだから、意味があろうが無かろうが、それは阿弥陀さんまかせなのだ。そこに至ってようやく、自分を責める「意味の病」から解放される。
 そんなことを言って、自分で自分を許す言い訳に、阿弥陀さんを使っているのではないかという声が聞こえた。人間というやつは、自分を優遇するためには、何でも、手当たり次第に利用するものだ。「利害損得心」が自分の実相だから。
 しかし、自分を許そうとするのも、また自分を責めようとするのも、両方ともに、「人間の眼」から一歩も抜け出ていないことだけは、〈真実〉だ。どこまで行っても、阿弥陀さんの御こころなど、人間が知りうることはできないのだ。