ある牧師さんの感想

知人Tさんの知り合いの牧師さんが拙著を読み、感想をアップされたので送りますと、以下の文章をいただいた。
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誤読ノート662  「浄土真宗とキリスト教は親戚かもしれません」
「なぜ?からはじまる歎異抄」(武田定光、真宗新書、2016年)
 武田定光さんは浄土真宗の住職であり、ぼくはプロテスタントの牧師ですが、武田さんはぼくがもっとも共感できる宗教者のひとりです。
 安易に「まったく同じ」などと言うつもりはありませんが、この本に出てくる宗教思想には、プロテスタントの信仰とかなり強く共鳴するものがあると感じました。
 「「自分が何かを信じる」のではなく、阿弥陀如来に自分がまるごと信じられていると受け取ることです。私は主語ではなく、むしろ客体です」(p.27)。
 プロテスタントは「私は神を信じる」ということを言いますが、その前提に、「神が無条件に私を愛してくれる」という信仰があり、救いにおいては、神が主語であり、私は客体です。
 「人間は劣等感と優越感で苦しみます。強い劣等感は自分を責め苛みます。人間は、都合によっては自分をも見捨てる生き物です。そうであっても阿弥陀如来は永遠に愛を投げかけ、私を一方的に愛し続けてくださいます。「あなたが自分を見捨てても、私は永遠にあなたを見捨てない」と」(p.29)。
 この阿弥陀如来を「神」や「キリスト」と置き換えれば、そのまま、キリスト教の信仰になります。
 「念仏は人間が称えるものではなく、阿弥陀如来自身が称えられるものです。私たちはその声をお聞きするだけです。」(p.46)。
 キリスト教には「主の祈り」というものがあります。わたしたちの主(しゅ)であるイエス・キリストが教えてくれた祈りとして聖書に記されています。キリスト教徒はこの祈りをことあるごとに唱えるのですが、最初に唱えたのはキリストであるとすれば、主の祈りも、キリストの称える主の祈りを聞くことだとも考えられるのではないでしょうか。
 「親鸞の言う「善人」は「自分の力で往生できると考えるひと」ですし、「悪人」は「他力をたのみたてまつるひと」です」(p.50)。
 新約聖書の福音書においては、律法を守る自分たちは救われているとする人びとをイエスは「偽善者」とか「正しい人」と呼び、彼らが「罪人」呼ばわりする人びとこそが神の国に入ると言ったことが想い出されます。
 「本質的には阿弥陀さんは、人間のような形をしていません。人格神のように錯覚されますが、一神教の人格神とは違います。阿弥陀さんとは、人間の「how to」の知恵を絶対否定してくださるはたらきを、仮に人格的に表現したまでのことです」(p.183)。
 キリスト教の神は人格神と言われますが、旧約聖書には「知恵」、新約聖書には「言(ことば)、ロゴス」という言葉が出てきます。あるいは、旧約にも新約にも「霊」「聖霊」という言葉が出てきます。キリスト教徒の中にはこれらを人格神と信じる人びともいますが、阿弥陀さんのような「はたらき」と理解する人びとも少なくないと思います。
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以上が牧師さんの感想だ。「この阿弥陀如来を「神」や「キリスト」と置き換えれば、そのまま、キリスト教の信仰になります。」とまで評して下さり、有り難いと思った。牧師さんも、だからと言って、「安易に『まったく同じ』などと言うつもりはありませんが」とちゃんと一線を越えない座りが素晴らしい。
 しかし、なぜここまで「プロテスタントの信仰とかなり強く共鳴するものがあると感じました。」とおっしゃるのかと言えば、それは小生の理解が、「仏教をキリスト教的に理解している」ということでも、また牧師さんの理解が、「キリスト教を仏教的に理解している」ということでもない。もはや、「仏教」とか「キリスト教」とかいう表層の差異を超えて、その深層にある「〈真実〉のフォルム」に共鳴することから起こる現象ではなかろうか。
 これも誤解を受けそうな言い方だが、まだ仏教もキリスト教も、〈ほんとう〉の宗教表現には至っていないのではないか。目指すべき宗教表現は、人類が誰でも納得せざるを得ない、「〈真実〉のフォルム」である。ひとが感動する、あるいは「救われた」などと感じるのは、その表現が「〈真実〉のフォルム」に適ったときに起こる現象である。
 そうは言うものの、「〈真実〉のフォルム」が完璧に言葉となって表現されることはない。これは深層界にあるものであって、現象界に表現されてしまえば、それは固定化され、いのちを失うからだ。
 一方では、〈ほんとう〉の宗教表現を目指すべきだと言い、他方では、完璧に言葉で表現することは不可能だと言う。これは矛盾したことを述べているのだ。しかし、この矛盾が〈真実〉なのだ。決して言葉で表現することが不可能だからこそ、徹底して、どこまでも言葉で表現していくべきなのだ。これこそが、所謂、「宗教」と呼ばれる現象の真髄ではないか。
 『歎異抄』第10条で、親鸞は、「念仏には無義をもって義とす。不可称不可説不可思議のゆえに」と言っている。「無義」とは、人間の思いを超えているということだ。「〈真実〉のフォルム」など、人間に開示されているわけではない。だから、「不可称不可説不可思議」なのだ。人間が口で称えたり、説明したり、考えたりすることを完璧に超越しているのだから。だからと言って親鸞は、その後、念仏ばかりを称えて、一生、黙して語らなかったということではない。むしろ、晩年に言語表現をたくさん生んでいる。まあこの「晩年」という言い方も、傲慢な言い方だ。これこそ「〈真実〉のフォルム」には適っていない。我々は親鸞の生涯を年表的に理解しているから、著作をたくさん残した年齢が「晩年」だと知っているだけだ。果たして親鸞には「晩年」などという感性はあったのだろうか。これも小生の邪推だが、親鸞には「晩年」という意識はなかったのではなかろうか。まあ表層的に、ひとから問われれば、「ワシも晩年を生きておるわい」程度の答え方はしただろう。しかし、本心を言えば、常に「臨終の一歩手前」という意識で生きていたのではないか。これも断っておくが、「自分は明日には死ぬのではないか」と強迫神経症のようになって、日常が手に付かないというような意識ではない。もっと深層のところで感じている意識のことだ。つまり、自分の表層の意識としては、明日が来ないなどというのは受けいれられないのだ。そんなことは分かっている。ただ、それが〈ほんとう〉ではないということを知っている。〈ほんとう〉は、死の可能性は、誰に於いても次の一瞬にあるからだ。表層の思いは「仮のこと」であり、〈ほんとう〉は「臨終の一歩手前」だと知っているというだけのことだ。この「仮」と〈ほんとう〉との棲み分けされた世界を親鸞は生きていたのではないか。
 だから、自分に迫ってきた衝動に応じて、執筆活動を盛んに始めたのではないか。それは、自分が亡くなった後、弟子たちが頼るものがなくなるから、せめて「言葉」を残しておこうと思ったのかもしれない。しかしそれは表層のことだ。〈ほんとう〉は、親鸞に表現を要求したものがあったのだろう。それは、「〈真実〉のフォルム」自身の悶えだ。「〈真実〉のフォルム」そのものが親鸞に取り憑いて表現を生み出させたのだ。
 親鸞ほど、「和讃」をたくさん残されたひとはいない。「和讃」は「今様」形式で作られているから、いわば当時の流行歌だ。この「和讃」を生み出した背景には親鸞の「遊びごころ」が感じられる。まだ見ぬ「〈真実〉のフォルム」に揺さぶられながら、このように歌わざるを得なかった親鸞が、彷彿とされる。夕立の後に、しばらくの間、空にかかる虹のようなはかなさだ。花火師は、夜空に広がる、一瞬の花火のために一年間を費やすのだそうだ。いわば一瞬のためだ。これこそ「〈真実〉のフォルム」の要求ではないか。無駄と言えば、無駄だ。はかないと言えば、これほどはかないことはない。
しかし、「沈香も焚かず、屁もひらず」というような生き方から、一番遠くにあったのが親鸞ではないか。それで、私は「親鸞」を知っているのかと言えば、まだ知らない。「過去の親鸞」は知っていても、「未知の親鸞」には出会ったことはない。「未知の親鸞」は、「〈真実〉のフォルム」の輪郭と同時に浮き上がってくるものではないか。